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@ 21話 帝郷ホテル

ー/ー





 灯は幼稚園の隅々を見渡し、目を細める。灯の担任とは違うクラスだった天恵を目に掛けていたのも、灯の下心だったと言える。


 


  ** 灯 27歳 **


 


「昨日ね、お祖母ちゃんと料理したの。でもあたしはね、包丁やらせてもらえなかったの」


「じゃあ天恵ちゃんは何をお手伝いしたの?」


「あたしはね、お肉をこう……コネコネしたんだよ」


「そう! すごいのね。昨日はハンバーグ食べたの?」


「センセー正解っ! 昨日ね、ハンバーグ食べたの」


 当時、明と摩己そして天恵は月下家の実家で同居していた。それは明が高校で野球を挫折し、バイクに乗って停学を受けたり大学受験に失敗したことが、明の両親の過保護を増進させたからだ。


 摩己とは所謂『できちゃった婚』ではあったが、結婚の条件が『同居』であった。結婚後、すぐに明の父親は他界したが、母親()からの摩己への干渉は酷いものだったといえる。


 

* * *




「明、聞いてよ、お義母さんったら勝手に私たちのリビングのカーテン変えちゃってるのよ」


「明、お義母さんがね、冷蔵庫の中をチェックしているみたいなの、何とか言ってくれない?」


 明も初めはいろいろ言ってみたりもした。しかし明の母親は『家に入れるお金が少ないから』などとズレた論点を言い、聞く耳を持たない。


 


「天恵もうちょっとだ、がんばれ」


「お義母さん、天恵が初めて寝返りをしそうなの、見て」


 それでも摩己は姑と上手くやろうと努めてはいた。しかし明の母親はプライドが高く、溝は埋まらない。


 


「えいっ!」


 明の母は、あと少しで、自力で寝返りを打ちそうだった天恵に手を出して、返してしまう。そんなこんなで摩己は疲弊し、家庭が重荷となってついには浮気に走った。25歳、大学卒業して社会経験3年目で結婚という若さも摩己をアンモラルの道へと導いた。


 明の母親は孫の天恵だけには甘かったせいもあり、天恵はお祖母ちゃんと過ごす時間が増えていく。だから天恵の幼稚園での話題はおばあちゃんとのことが多くなった。


 


「天恵ちゃんはお祖母ちゃんと仲がいいのね」


 灯は、月下家の家庭事情が気になることなどないほどに、天恵はまっすぐ育っていた。


 


  ** 12/27 **


 


 灯は天恵が在園してた時の受け持ちクラスの『リンゴ組』のポスト。迷うことなく開けたそこには封筒がある。まさか明さんがさっき入れて行った?


 過った思いを『そんなバカな』と一蹴して封を開ける。


 


【縦8の鍵 ランチ学生大盛無料の人気店といえば?】


 灯の中で浮かんだお店があるが、同時に疑問符も浮かぶ。


 


ランチ(・・・)学生大盛無料?)


 今までのキーワードから一貫性を考えれば松代飯店しかあり得ない。しかし


松代飯店は常時(・・)学生大盛無料だったはずだ。


 


(このパズル、クロスワードパズルとしては出来損ないだと思ってたけど、なるほどそういう仕掛けだったのね……。あとはこの差出人が誰なのか……?)


 灯は気付いた。だからこの【縦8】は松代飯店しかあり得ない。灯は松代飯店へと向かった。


 


「っらしゃい!」


「こんばんは。御無沙汰してます」


 


 ここ松代飯店は、学生時代からのファンである灯は常連だ。明は馴染みではなかったが、明と灯と結婚して輝季が産まれ、2人が仕事で遅いとき、昼食を用意できないときに『天恵のご飯を』ということで毎月3万円、松代飯店に先払いして天恵の好きな物を食べさせてもらえるよう図ってもらっていた。


 明の母親がそれに大反対していたのは言うまでもない。


 


「灯ちゃん、来るの待ってたよ」


 そう言って灯に封筒を渡す。


 


「……ですよね、御迷惑おかけします」


 灯はそれが分かっていたように受け取ると、所狭しと壁に貼ってあるメニューには目もくれず注文で返す。


 


「餃子20個、レバニラ2人前、持ち帰りでお願いできます?」


「はいよ、ちょっと待ってな」


「あ、あと炒飯も追加で」


「あいきた。灯ちゃん、チャーハンもお気に入りだったもんな」


 


 夕ご飯はテイクアウトで済ませよう。餃子はマスト。レバニラも今更他所では食べられないほどおいしいし、チャーハンは明と音穏と3人で食べたあの日からのお気に入りである。


 いい臭いが鼻から入ってきたのなら、空腹が気になり始めた。灯は帰路への気持ちが少し軽くなっていた。




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 灯は幼稚園の隅々を見渡し、目を細める。灯の担任とは違うクラスだった天恵を目に掛けていたのも、灯の下心だったと言える。
  ** 灯 27歳 **
「昨日ね、お祖母ちゃんと料理したの。でもあたしはね、包丁やらせてもらえなかったの」
「じゃあ天恵ちゃんは何をお手伝いしたの?」
「あたしはね、お肉をこう……コネコネしたんだよ」
「そう! すごいのね。昨日はハンバーグ食べたの?」
「センセー正解っ! 昨日ね、ハンバーグ食べたの」
 当時、明と摩己そして天恵は月下家の実家で同居していた。それは明が高校で野球を挫折し、バイクに乗って停学を受けたり大学受験に失敗したことが、明の両親の過保護を増進させたからだ。
 摩己とは所謂『できちゃった婚』ではあったが、結婚の条件が『同居』であった。結婚後、すぐに明の父親は他界したが、|母親《姑》からの摩己への干渉は酷いものだったといえる。
* * *
「明、聞いてよ、お義母さんったら勝手に私たちのリビングのカーテン変えちゃってるのよ」
「明、お義母さんがね、冷蔵庫の中をチェックしているみたいなの、何とか言ってくれない?」
 明も初めはいろいろ言ってみたりもした。しかし明の母親は『家に入れるお金が少ないから』などとズレた論点を言い、聞く耳を持たない。
「天恵もうちょっとだ、がんばれ」
「お義母さん、天恵が初めて寝返りをしそうなの、見て」
 それでも摩己は姑と上手くやろうと努めてはいた。しかし明の母親はプライドが高く、溝は埋まらない。
「えいっ!」
 明の母は、あと少しで、自力で寝返りを打ちそうだった天恵に手を出して、返してしまう。そんなこんなで摩己は疲弊し、家庭が重荷となってついには浮気に走った。25歳、大学卒業して社会経験3年目で結婚という若さも摩己をアンモラルの道へと導いた。
 明の母親は孫の天恵だけには甘かったせいもあり、天恵はお祖母ちゃんと過ごす時間が増えていく。だから天恵の幼稚園での話題はおばあちゃんとのことが多くなった。
「天恵ちゃんはお祖母ちゃんと仲がいいのね」
 灯は、月下家の家庭事情が気になることなどないほどに、天恵はまっすぐ育っていた。
  ** 12/27 **
 灯は天恵が在園してた時の受け持ちクラスの『リンゴ組』のポスト。迷うことなく開けたそこには封筒がある。まさか明さんがさっき入れて行った?
 過った思いを『そんなバカな』と一蹴して封を開ける。
【縦8の鍵 ランチ学生大盛無料の人気店といえば?】
 灯の中で浮かんだお店があるが、同時に疑問符も浮かぶ。
(|ランチ《・・・》学生大盛無料?)
 今までのキーワードから一貫性を考えれば松代飯店しかあり得ない。しかし
松代飯店は|常時《・・》学生大盛無料だったはずだ。
(このパズル、クロスワードパズルとしては出来損ないだと思ってたけど、なるほどそういう仕掛けだったのね……。あとはこの差出人が誰なのか……?)
 灯は気付いた。だからこの【縦8】は松代飯店しかあり得ない。灯は松代飯店へと向かった。
「っらしゃい!」
「こんばんは。御無沙汰してます」
 ここ松代飯店は、学生時代からのファンである灯は常連だ。明は馴染みではなかったが、明と灯と結婚して輝季が産まれ、2人が仕事で遅いとき、昼食を用意できないときに『天恵のご飯を』ということで毎月3万円、松代飯店に先払いして天恵の好きな物を食べさせてもらえるよう図ってもらっていた。
 明の母親がそれに大反対していたのは言うまでもない。
「灯ちゃん、来るの待ってたよ」
 そう言って灯に封筒を渡す。
「……ですよね、御迷惑おかけします」
 灯はそれが分かっていたように受け取ると、所狭しと壁に貼ってあるメニューには目もくれず注文で返す。
「餃子20個、レバニラ2人前、持ち帰りでお願いできます?」
「はいよ、ちょっと待ってな」
「あ、あと炒飯も追加で」
「あいきた。灯ちゃん、チャーハンもお気に入りだったもんな」
 夕ご飯はテイクアウトで済ませよう。餃子はマスト。レバニラも今更他所では食べられないほどおいしいし、チャーハンは明と音穏と3人で食べたあの日からのお気に入りである。
 いい臭いが鼻から入ってきたのなら、空腹が気になり始めた。灯は帰路への気持ちが少し軽くなっていた。