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第二十九話 華葉と美月

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 拓磨(たくま)の命令で(しゅ)の討伐任務とやらに付いてきたが、私は何故か今、小さな娘と手玉ごっこをして遊んでいる。
 暁の目に余る手さばきに耐えきれず、手を出してしまったのが運の尽きだ。ホイホイと雫に教わったものを披露してみれば、この幼女の興味を引いてしまったらしい。

 当たり前だが私はこんな小さな子供の相手をした経験はない。だから懐かれたところで対処の仕方が分からぬ。直感で「自分には無理だ」と思い拓磨に救済の目を向けたのだが、あの男はあろうことか「行ってこい」という無言の圧を送ってきたのだ。
 呆気に取られている間に、この美月(みづき)という名の幼女に別の部屋へ連れられて、今に至る。

 この屋敷に入る前、私は拓磨から〝術を使うな〟と〝口を聞くな〟という指示をされている。端から術を使う気はなかったが、この状況で口を聞かずにどう接しろと。

 大体、その呪とやらにかかっているのは、この幼女なのであろう?
 私と接している間に何かあっても知らぬぞ。

「うわぁ、今度は四つも! 華葉(かよう)様、本当にすごい。私にも教えてくださいまし」

 とりあえず雫に教わった技を全て披露してみたが、美月の好奇心を煽るばかりだ。仕方なく私は自分の両手に彼女の両手を乗せ、その状態で手玉をしてみせた。
 先ほど美月は父親にことを見せに来ていた。ならば一、二回は回すことができるのだろう。あとは体に投げる・受け取るの拍子を覚えさせれば良い。

 私もこうやって雫に教わった。
 ただ一つ違うのは、美月の手からは心地よい温もりが伝わってくるということ。

「わっ、わっ……あ、もしかして。この拍子で投げれば良いのですね?」

 必死に手玉を目で追いながら、楽しそうに私の顔を見てくる美月に、頷くことで返事をした。だが、なかなか声を発しない私を不思議がるのは当然のことで。

「華葉様は、お声が出せないのですか?」

 先ほどの爛漫とした表情は一転し、今度は悲しそうに眉尻を下げる。
 やめてくれ、そんな顔をするな。どうしたら良いか分からなくなるではないか。

「出せないのですね……。華葉様、可愛そう」

 ……あぁ、もう。

「分かったから、そんな顔をするな。美月姫が気に病むことではないだろう」
「!? 華葉様!?」

 溜め息交じりに声を発すれば、今度は零れそうなほど大きく目を見開いて驚いている。たった少しのことでこんなにも表情が変わるものなのか。人間とは興味深い生き物だ。

「良かった。お話できるのですね、華葉様」
「外の者には言うな? あと、その華葉〝様〟と言うのもやめろ。(かしこ)まった話し方も不要だ、私はそんな立場の者ではない」

 こうなったらもう、私の好きなようにさせてもらう。美月を私に託したのは拓磨だ、何も文句は言わせない。
 私の言葉に美月は満面の笑みで「はい!」と頷いた。聞き分けの良い子供だ。

「約束守るから、華葉も私のことは〝美月〟って呼んで」

 そう言うと美月は私に、小指を立てた小さな右手を差し出してきた。
 何だこれは? よく分からないまま真似をしてみると、彼女は私の小指に自分のそれを絡ませてきた。また再び、じんわりと美月の体温を感じる。

「ゆーびきーりげーんまんっ!」

 嬉しそうに呪文のような言葉を唱えた美月に、私はつられて微笑んだ。



『お人払い、ありがとうございました、大納言様。この寝殿に異常はないようです』
「おぉ、そうか。流石に早いな」

 寝殿内を汲まなく探索したが、ここには術者に繋がる形跡は何も残されていなかった。術者の力量次第では、現場に残した呪物(じゅぶつ)の波動を捉えてこちらの行動や会話を把握されかねないが、少なくともこの寝殿内のやり取りは漏れていないだろう。
 逆に言えば、今のところ手がかりなしということになる。どの道、後ほど美月の部屋も調べておかなければならないが、その前にやっておきたいことがあった。

 私は次の段階の準備に取りかかる間、暁に大納言にこれまでの経緯を聞くように指示した。

『美月姫様に呪が憑いていると思われたのは、いつからなのですか?』

 暁がそう尋ねると、大納言は眉を潜めて難しい顔をした。

「五日ほど前だ。就寝した後、屋敷の中で呻き声がするのでな。辿ってみると美月の部屋からであった」

 苦しそうに唸る声。それはとても幼女のものではなかったと言う。
 だがその声は確かに横たわる美月から発せられていたのだ。大納言は恐る恐る美月に掛けられた衣を(まく)ると、目を疑った。

「ひ、額には鬼のような角が生え……赤く充血した目に、口の中には牙が生えておった。私が悲鳴を上げると美月は飛び上がり、襲いかかってきたのだ」

 騒ぎは直ぐに家臣たちの耳に入り、二人は引き剥がされ大事には至らなかったようだ。暴れまくる美月の対処に悩んだ末、彼女の鳩尾を突き意識を奪った。そして気絶した直後に彼女の顔を見た時には、もう既にいつもの顔に戻っていたらしい。

「翌朝目が覚めた美月は、何も覚えていなかった。いつもと変わらない娘だ」

 恐怖を覚えた大納言は、知り合いの僧侶に相談し御札を貰った。だがその夜も美月は豹変して暴れまくり、翌朝にはコロっと一切を忘れている。日を追うごとに凶暴さは増し怪我をする者まで現れ、いつの間にか母親は美月に近づきもしなくなった。
 私は黙って二人の話を聞いていたが、徐々に不快感を覚えた。

『それでようやく陰陽寮に……。何故もっと早くご相談いただけなかったのですか?』
「私とてそうしたかったのだ! しかし、大納言の娘が呪にかかったなど……、悪い噂が立ったらどうする!?」

 そう啖呵を切られた暁は、驚いて萎縮してしまった。思わず口走ってしまったのか、大納言も罰が悪そうに目を泳がせている。どうして上流貴族という奴は、どいつもこいつも自分本意の馬鹿ばかりなのか。

 ほとほと呆れて溜め息が出る。だから人間は嫌いだ。

『分かりました。穏便に済ます為にも早急に解決しましょう。美月姫様をお呼び下さい』

 そう言われた大納言は、小さく了解の返事をすると美月を呼びに去った。
 足音が小さくなり聞こえなくなったと思った瞬間。

『クズですね』

 きっぱりと暁が言い放ったので、私は思わず吹き出してしまった。

「暁……、今それを口に出すな」
『だってそうじゃないですか! 自分の名誉を守る為に美月姫様は今も苦しんで……可愛そうすぎます!!』

 確かに本人に自覚はないようだが、その代償は多かれ少なかれ体に表れる。それを口に出さないということは、子供ながらに親に迷惑をかけたくないという思いが見て取れた。
 呪の苦しみは、かかった本人でなければ分からぬ。他人からすれば何事もないように見えても、暁が言うように美月は苦しんでいるはずなのだ。だが先ほど見た彼女はそれを感じさせずに明るく振る舞っている。

 〝母親は近づきもしていない〟だと? 冗談ではない。
 恐れているのか何なのか知らぬが、あの年頃の子供にとって、母の温もりはどんなに大切であったことか。

「結界術で奴の正体を吐かせる。抵抗される可能性があるから、油断するな」

 暁が了解の返事をして間もなく、華葉と仲良く手を繋いだ美月が奥から姿を現した。この短時間ですっかり打ち解けたようだが、華葉にはしっかり睨まれた。
 言いたいことは分かる。だが、満更でもなさそうではないか。……そう思ってほくそ笑むと、彼女はプイとそっぽ向いた。

 自分に何をされるのかと怯えている美月は、華葉にしがみついていた。この娘は親に自分の体について悟られぬよう振る舞える賢い子供だ、多くを語らずとも分かるはず。

「お前の中の悪い奴を追い出しにきた。手を貸してくれるか?」

 扇の上部から覗く美月の瞳が、ハッと大きく見開かれた。そして私を真っ直ぐに見据えると、小さく頷いた。思った通り彼女は直ぐに状況を理解した。

 庭の白砂の上に五芒星(ごぼうせい)を描き、その中に美月を座らせた。手前には祭壇、その前に私が腰掛ける。そして護符を取り出し、描いた五芒星に心力を送る。

「陰陽師、安曇拓磨の名の下に命ず。その娘に取り憑く者、姿を表せ」

 清々しい風が通り抜ける静寂の庭に、ゆっくりと負の気が立ちこめた。



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 |拓磨《たくま》の命令で|呪《しゅ》の討伐任務とやらに付いてきたが、私は何故か今、小さな娘と手玉ごっこをして遊んでいる。
 暁の目に余る手さばきに耐えきれず、手を出してしまったのが運の尽きだ。ホイホイと雫に教わったものを披露してみれば、この幼女の興味を引いてしまったらしい。
 当たり前だが私はこんな小さな子供の相手をした経験はない。だから懐かれたところで対処の仕方が分からぬ。直感で「自分には無理だ」と思い拓磨に救済の目を向けたのだが、あの男はあろうことか「行ってこい」という無言の圧を送ってきたのだ。
 呆気に取られている間に、この|美月《みづき》という名の幼女に別の部屋へ連れられて、今に至る。
 この屋敷に入る前、私は拓磨から〝術を使うな〟と〝口を聞くな〟という指示をされている。端から術を使う気はなかったが、この状況で口を聞かずにどう接しろと。
 大体、その呪とやらにかかっているのは、この幼女なのであろう?
 私と接している間に何かあっても知らぬぞ。
「うわぁ、今度は四つも! |華葉《かよう》様、本当にすごい。私にも教えてくださいまし」
 とりあえず雫に教わった技を全て披露してみたが、美月の好奇心を煽るばかりだ。仕方なく私は自分の両手に彼女の両手を乗せ、その状態で手玉をしてみせた。
 先ほど美月は父親に《《少しできた》》ことを見せに来ていた。ならば一、二回は回すことができるのだろう。あとは体に投げる・受け取るの拍子を覚えさせれば良い。
 私もこうやって雫に教わった。
 ただ一つ違うのは、美月の手からは心地よい温もりが伝わってくるということ。
「わっ、わっ……あ、もしかして。この拍子で投げれば良いのですね?」
 必死に手玉を目で追いながら、楽しそうに私の顔を見てくる美月に、頷くことで返事をした。だが、なかなか声を発しない私を不思議がるのは当然のことで。
「華葉様は、お声が出せないのですか?」
 先ほどの爛漫とした表情は一転し、今度は悲しそうに眉尻を下げる。
 やめてくれ、そんな顔をするな。どうしたら良いか分からなくなるではないか。
「出せないのですね……。華葉様、可愛そう」
 ……あぁ、もう。
「分かったから、そんな顔をするな。美月姫が気に病むことではないだろう」
「!? 華葉様!?」
 溜め息交じりに声を発すれば、今度は零れそうなほど大きく目を見開いて驚いている。たった少しのことでこんなにも表情が変わるものなのか。人間とは興味深い生き物だ。
「良かった。お話できるのですね、華葉様」
「外の者には言うな? あと、その華葉〝様〟と言うのもやめろ。|畏《かしこ》まった話し方も不要だ、私はそんな立場の者ではない」
 こうなったらもう、私の好きなようにさせてもらう。美月を私に託したのは拓磨だ、何も文句は言わせない。
 私の言葉に美月は満面の笑みで「はい!」と頷いた。聞き分けの良い子供だ。
「約束守るから、華葉も私のことは〝美月〟って呼んで」
 そう言うと美月は私に、小指を立てた小さな右手を差し出してきた。
 何だこれは? よく分からないまま真似をしてみると、彼女は私の小指に自分のそれを絡ませてきた。また再び、じんわりと美月の体温を感じる。
「ゆーびきーりげーんまんっ!」
 嬉しそうに呪文のような言葉を唱えた美月に、私はつられて微笑んだ。
『お人払い、ありがとうございました、大納言様。この寝殿に異常はないようです』
「おぉ、そうか。流石に早いな」
 寝殿内を汲まなく探索したが、ここには術者に繋がる形跡は何も残されていなかった。術者の力量次第では、現場に残した|呪物《じゅぶつ》の波動を捉えてこちらの行動や会話を把握されかねないが、少なくともこの寝殿内のやり取りは漏れていないだろう。
 逆に言えば、今のところ手がかりなしということになる。どの道、後ほど美月の部屋も調べておかなければならないが、その前にやっておきたいことがあった。
 私は次の段階の準備に取りかかる間、暁に大納言にこれまでの経緯を聞くように指示した。
『美月姫様に呪が憑いていると思われたのは、いつからなのですか?』
 暁がそう尋ねると、大納言は眉を潜めて難しい顔をした。
「五日ほど前だ。就寝した後、屋敷の中で呻き声がするのでな。辿ってみると美月の部屋からであった」
 苦しそうに唸る声。それはとても幼女のものではなかったと言う。
 だがその声は確かに横たわる美月から発せられていたのだ。大納言は恐る恐る美月に掛けられた衣を|捲《まく》ると、目を疑った。
「ひ、額には鬼のような角が生え……赤く充血した目に、口の中には牙が生えておった。私が悲鳴を上げると美月は飛び上がり、襲いかかってきたのだ」
 騒ぎは直ぐに家臣たちの耳に入り、二人は引き剥がされ大事には至らなかったようだ。暴れまくる美月の対処に悩んだ末、彼女の鳩尾を突き意識を奪った。そして気絶した直後に彼女の顔を見た時には、もう既にいつもの顔に戻っていたらしい。
「翌朝目が覚めた美月は、何も覚えていなかった。いつもと変わらない娘だ」
 恐怖を覚えた大納言は、知り合いの僧侶に相談し御札を貰った。だがその夜も美月は豹変して暴れまくり、翌朝にはコロっと一切を忘れている。日を追うごとに凶暴さは増し怪我をする者まで現れ、いつの間にか母親は美月に近づきもしなくなった。
 私は黙って二人の話を聞いていたが、徐々に不快感を覚えた。
『それでようやく陰陽寮に……。何故もっと早くご相談いただけなかったのですか?』
「私とてそうしたかったのだ! しかし、大納言の娘が呪にかかったなど……、悪い噂が立ったらどうする!?」
 そう啖呵を切られた暁は、驚いて萎縮してしまった。思わず口走ってしまったのか、大納言も罰が悪そうに目を泳がせている。どうして上流貴族という奴は、どいつもこいつも自分本意の馬鹿ばかりなのか。
 ほとほと呆れて溜め息が出る。だから人間は嫌いだ。
『分かりました。穏便に済ます為にも早急に解決しましょう。美月姫様をお呼び下さい』
 そう言われた大納言は、小さく了解の返事をすると美月を呼びに去った。
 足音が小さくなり聞こえなくなったと思った瞬間。
『クズですね』
 きっぱりと暁が言い放ったので、私は思わず吹き出してしまった。
「暁……、今それを口に出すな」
『だってそうじゃないですか! 自分の名誉を守る為に美月姫様は今も苦しんで……可愛そうすぎます!!』
 確かに本人に自覚はないようだが、その代償は多かれ少なかれ体に表れる。それを口に出さないということは、子供ながらに親に迷惑をかけたくないという思いが見て取れた。
 呪の苦しみは、かかった本人でなければ分からぬ。他人からすれば何事もないように見えても、暁が言うように美月は苦しんでいるはずなのだ。だが先ほど見た彼女はそれを感じさせずに明るく振る舞っている。
 〝母親は近づきもしていない〟だと? 冗談ではない。
 恐れているのか何なのか知らぬが、あの年頃の子供にとって、母の温もりはどんなに大切であったことか。
「結界術で奴の正体を吐かせる。抵抗される可能性があるから、油断するな」
 暁が了解の返事をして間もなく、華葉と仲良く手を繋いだ美月が奥から姿を現した。この短時間ですっかり打ち解けたようだが、華葉にはしっかり睨まれた。
 言いたいことは分かる。だが、満更でもなさそうではないか。……そう思ってほくそ笑むと、彼女はプイとそっぽ向いた。
 自分に何をされるのかと怯えている美月は、華葉にしがみついていた。この娘は親に自分の体について悟られぬよう振る舞える賢い子供だ、多くを語らずとも分かるはず。
「お前の中の悪い奴を追い出しにきた。手を貸してくれるか?」
 扇の上部から覗く美月の瞳が、ハッと大きく見開かれた。そして私を真っ直ぐに見据えると、小さく頷いた。思った通り彼女は直ぐに状況を理解した。
 庭の白砂の上に|五芒星《ごぼうせい》を描き、その中に美月を座らせた。手前には祭壇、その前に私が腰掛ける。そして護符を取り出し、描いた五芒星に心力を送る。
「陰陽師、安曇拓磨の名の下に命ず。その娘に取り憑く者、姿を表せ」
 清々しい風が通り抜ける静寂の庭に、ゆっくりと負の気が立ちこめた。