@16話 大街音穏
ー/ー
女は『嫌い』といって嘘を吐く。男は『好き』といって嘘を吐く。これは不倫の極意といえる。
摩己の浮気相手は、摩己が働く保育園に子供のお迎えで来るご主人だった。その子は男の子だったけれども、摩己は時々天恵のことを『教ちゃん』と言って間違えた、音は同じだが。摩己は『天恵』と呼んでいるから……男の子の名前は教博。
* * *
園庭の大きな木と、それに吊り下げられたブランコが有名な幼稚園に近づいたのなら、私立の幼稚園だからもう、年明けの仕事始めまで休園したにもかかわらず親子ずれの姿も多く見える。勝手に園児に見えているだけなのに、こうやって子供をダシに使い、摩己と浮気相手が会っていたと思うと、もう何年も経ってるのに反吐が出る。
(灯はどういうつもりなのだろうか?)
押しボタン信号が青になり、図書館斜向かいの幼稚園へと歩を進めながら明は疑問に思う。ここら辺の記憶は全て、灯との思い出であると同時に摩己との記憶でもある。もし灯がこのクロスワードパズルを使って何かを伝えたいのだとしても、もっと灯との結婚後以降のメモリーは無いのだろうか?
(……そう考えると……何もしてあげられていなかったな……)
輝季が産まれたこと以外何もない気がする。勿論、2人の間に長男ができたことは最高の記念ではある。
明は思った……灯には寂しい想いをさせてしまっていたのかもしれない、と。灯が離婚を言い出した理由は、灯が口に出して明に伝えた理由とは違い、本当の理由をこのクロスワードパズルを使って言いたかったのであろうと解釈した。
(まだ……やり直せるってことだろうか?)
◆◇◆◇
(また幼稚園まで行けって、近いから良いけど……効率悪いわね)
灯はクロスワードパズルに不経済をぶつける。
(これはやっぱり妲華摩己の呪い? ううん、月下摩己の呪いね)
灯もあの入園式での摩己の薄ら笑いが脳裏に残されている、と同時に天恵の会心の笑顔を思い出す。天恵の笑顔が摩己の笑みを上書きする。そんなデータをアウトプットする方法は、頭をくしゃくしゃにして振るというアナログのやり方しか知らない。
幼稚園は園児が父母らのお迎え無しで出退園することが多いため、この幼稚園では園児を介さずに先生と保護者が連絡帳のやり取りできる専用ポストがある。園の門が閉まっているなら、そのポストに向かう以外ない。それは明も分かっていたはずであった。
灯は封筒の中を確認する。いつの間にかパズルを解いている自分を客観視して薄く笑う。摩己の呪いはこの先一体何を見せようというのであろうか?
(このパズルは明さんとの思い出ばかりを辿らせてる……摩己さんだって明さんを捨てたのに、わたしが離れようとするのを邪魔しようとでもいうのかしら?)
確かに当時の灯は摩己から明を奪いたいほど好きだった。摩己が邪魔だった……しかし勝手に摩己は消えた。そして摩己との子である天恵は、クラスは違ったけれども幼稚園の頃から灯に良く懐いていた。2人の間を阻む障害なんてなかった。上手く行っていたはずだった。それなのに……。
摩己の幻影が浮かんでは消える……なんでまた摩己が邪魔をするのか……。
** 12/24 終業式の後① **
「天恵ちゃんだよね? お姉さんのこと覚えてる?」
(お姉さん?)
そこにはアラフォーとみられる女性が立っていた。自信をもって『お姉さん』を押し付けてくるあたり、厚かましい『おばさん』ではないだろうか? なんて真一は聞いてて思った。
天恵は相変わらずの人差し指を唇に当てたポーズで、斜め上の何もない空間を見上げる。
「え? あ、と……」
12月24日・木曜日。たったさっき冬休みに入ったばかりの終業式後のお昼時のことだった。天恵は真一と一緒に『赤いイクラ・黒いイクラ』というイクラ専門店でランチをしていた。
もちろん天恵が自身の部屋に来たいと言った真一を断ったため、今後どうするか、どこに集まるか、等を話し合うためのランチだ。
「黒いイクラのおばちゃ……お姉さん、よ!」
「あ……おばちゃま?!」
「おばちゃま?」
自分も一度言い間違えたのに、他人が間違えて『おばちゃん』なんて言おうものなら……そんな空気感が漂っている。
「あ、黒いイクラのお姉ちゃん! ……ネオンさん?!」
「そう、ネオンお姉ちゃんよ!」
ロシアでは鮭の卵を『赤いイクラ』チョウザメの卵=キャビアを『黒いイクラ』と呼ぶ。
「大きくなったねぇ」
「まだあのときは母が生きていたので……」
「そうねぇ……もう10年以上だもんね……」
「再来年は13回忌ですから……」
「もうそんなに経つのね……でも天恵ちゃん、高校時代の摩己にそっくりすぎて、一目でわかったわ」
「そんなに似てますか?」
「瓜二つ……ううん、瓜七つくらいよ」
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女は『嫌い』といって嘘を吐く。男は『好き』といって嘘を吐く。これは不倫の極意といえる。
摩己の浮気相手は、摩己が働く保育園に子供のお迎えで来るご主人だった。その子は男の子だったけれども、摩己は時々天恵のことを『|教《たか》ちゃん』と言って間違えた、音は同じだが。摩己は『天恵』と呼んでいるから……男の子の名前は|教博《たかひろ》。
* * *
園庭の大きな木と、それに吊り下げられたブランコが有名な幼稚園に近づいたのなら、私立の幼稚園だからもう、年明けの仕事始めまで休園したにもかかわらず親子ずれの姿も多く見える。勝手に園児に見えているだけなのに、こうやって子供をダシに使い、摩己と浮気相手が会っていたと思うと、もう何年も経ってるのに反吐が出る。
(灯はどういうつもりなのだろうか?)
押しボタン信号が青になり、図書館斜向かいの幼稚園へと歩を進めながら明は疑問に思う。ここら辺の記憶は全て、灯との思い出であると同時に摩己との記憶でもある。もし灯がこのクロスワードパズルを使って何かを伝えたいのだとしても、もっと灯との結婚後以降のメモリーは無いのだろうか?
(……そう考えると……何もしてあげられていなかったな……)
輝季が産まれたこと以外何もない気がする。勿論、2人の間に長男ができたことは最高の記念ではある。
明は思った……灯には寂しい想いをさせてしまっていたのかもしれない、と。灯が離婚を言い出した理由は、灯が口に出して明に伝えた理由とは違い、本当の理由をこのクロスワードパズルを使って言いたかったのであろうと解釈した。
(まだ……やり直せるってことだろうか?)
◆◇◆◇
(また幼稚園まで行けって、近いから良いけど……効率悪いわね)
灯はクロスワードパズルに不経済をぶつける。
(これはやっぱり妲華摩己の呪い? ううん、月下摩己の呪いね)
灯もあの入園式での摩己の薄ら笑いが脳裏に残されている、と同時に天恵の会心の笑顔を思い出す。天恵の笑顔が摩己の笑みを上書きする。そんなデータをアウトプットする方法は、頭をくしゃくしゃにして振るというアナログのやり方しか知らない。
幼稚園は園児が父母らのお迎え無しで出退園することが多いため、この幼稚園では園児を介さずに先生と保護者が連絡帳のやり取りできる専用ポストがある。園の門が閉まっているなら、そのポストに向かう以外ない。それは明も分かっていたはずであった。
灯は封筒の中を確認する。いつの間にかパズルを解いている自分を客観視して薄く笑う。摩己の呪いはこの先一体何を見せようというのであろうか?
(このパズルは明さんとの思い出ばかりを辿らせてる……摩己さんだって明さんを捨てたのに、わたしが離れようとするのを邪魔しようとでもいうのかしら?)
確かに当時の灯は摩己から明を奪いたいほど好きだった。摩己が邪魔だった……しかし勝手に摩己は消えた。そして摩己との子である天恵は、クラスは違ったけれども幼稚園の頃から灯に良く懐いていた。2人の間を阻む障害なんてなかった。上手く行っていたはずだった。それなのに……。
摩己の幻影が浮かんでは消える……なんでまた摩己が邪魔をするのか……。
** 12/24 終業式の後① **
「天恵ちゃんだよね? お姉さんのこと覚えてる?」
(お姉さん?)
そこにはアラフォーとみられる女性が立っていた。自信をもって『お姉さん』を押し付けてくるあたり、厚かましい『おばさん』ではないだろうか? なんて真一は聞いてて思った。
天恵は相変わらずの人差し指を唇に当てたポーズで、斜め上の何もない空間を見上げる。
「え? あ、と……」
12月24日・木曜日。たったさっき冬休みに入ったばかりの終業式後のお昼時のことだった。天恵は真一と一緒に『赤いイクラ・黒いイクラ』というイクラ専門店でランチをしていた。
もちろん天恵が自身の部屋に来たいと言った真一を断ったため、今後どうするか、どこに集まるか、等を話し合うためのランチだ。
「黒いイクラのおばちゃ……お姉さん、よ!」
「あ……おばちゃま?!」
「おばちゃま?」
自分も一度言い間違えたのに、他人が間違えて『おばちゃん』なんて言おうものなら……そんな空気感が漂っている。
「あ、黒いイクラのお姉ちゃん! ……ネオンさん?!」
「そう、ネオンお姉ちゃんよ!」
ロシアでは鮭の卵を『赤いイクラ』チョウザメの卵=キャビアを『黒いイクラ』と呼ぶ。
「大きくなったねぇ」
「まだあのときは母が生きていたので……」
「そうねぇ……もう10年以上だもんね……」
「再来年は13回忌ですから……」
「もうそんなに経つのね……でも天恵ちゃん、高校時代の摩己にそっくりすぎて、一目でわかったわ」
「そんなに似てますか?」
「瓜二つ……ううん、瓜七つくらいよ」