表示設定
表示設定
目次 目次




@12話

ー/ー





** 12/27 **


 


「気にすることなんかないんじゃないかい?」


 蓮水は天恵の目を逸らさず見つめる。その目力は強い。自信の表れであろうか? 2人の距離は肩が触れ合うほど。蓮水はいつもそうだ、相手の左側に位置し、相手の左の耳から情報を入れることで、右脳に語り掛ける。論理的に自信があればこそ、の立ち位置だ。


 


「月下のお義母さんは離婚したいんだろう? だったらその神社に行かせるのは簡単じゃないか」


「そっか! 縁切りのお守り!」


「そうさ、あそこの神社は全国でも珍しい知る人ぞ知る、復縁と浮気封じの神社」


「そっか! そこから派生した、浮気相手と別れさせるアイテム『縁きりのお守り』を勧めれば……」


「お義母さんの方への1問目の問題をこれにしたのは、宮東も良く考えてるよ、もし宮東に相談しても恐らく答えは僕と同じなんじゃないかい?! それに……」


「それに?」


「月下が何もしなくたって、お義母さんは今日あたり神社に行くんじゃないかな?」


「どうして?」


「天赦日だからさ」


「?? ……良く分かんないけど蓮水が言うならきっとそうね、ありがとう」


 蓮水と天恵のこれは、時間的には短いものだったけれど、大通り沿いのベンチに並んで腰かけて話し込んでいたのなら、三輪自転車で通りを進んでいた真一の目に留まらないはずも無かった。


 ホテルはボナペティがある駅へと向かう通りと、その一本西側の線路を潜る(アンダーパス)通りの両道路と接している。そのアンダーパス側の道には大きな公園があり、通り沿いにはところどころにベンチが設置されている。


 2人が座るベンチの側の銀杏の街路樹には、枯れかけた花束が置かれている。


 


「月下? と蓮水……」


 三輪自転車を止めて2人の後姿を見つめる真一は、まだ天恵からのメッセージに気付いていないままだった。並んで座る2人の距離はきっと、天恵の髪の香りが蓮実に届いていることだろう……。ふと夏陽を思い出して頭を振る。


 ふと公園の奥が太陽の光を反射して真一の目をグレアする。その原因が何かは分からないが、間違いなく不快グレアだった。何がそうさせているのか、公園の奥にズームインしようとしたそのとき、真一のデバイスが大音量の『ピタゴラスイッチ』で着信を知らせる。びっくりして端末を取り出すと、天恵にバレないよう慌てて身を隠す。それは不思議な背徳感であった。


 


** 12/25 **


 


「真一何? その着信音」


「着信音? ……あぁ『鬼のパンツ』知ってんだろ?」


「知ってるけど……みんなのウケ狙い?」


「なんで自分じゃなく他の誰か基準なんだ? 周囲を気にして選曲しないよ」


「着信音って意外と周りの人の耳にも残ってるものよ。雑学自慢の真一なら『Happy Birthday to You』なんていいんじゃない? 世界一有名なく曲よ!」


「知識を誇ったつもりなら申し訳ないけれど、『Good
Morning to All』なんだよ原曲は」


「誰もが『Happy Birthday to You』を思うでしょ? 認知の無い解は正解じゃないわ! そもそも着信音は歌詞無しのメロディなんだから」




「分かったよ……でも、わざわざ着信音を買うまでもないから」


「そっか、でもじゃあ、本当になんだっていいの?」


「なんだっていいよ、俺自身が嫌な曲じゃあなければ」


「そっか、じゃあ、今度あたしのおすすめ、真一にプレゼントするね」




 


** 12/27 **


 


 天恵の方もどこかから『ピタゴラスイッチのテーマ』が聞こえた気がして振り返るが、もうその音は天恵に届かない。


 


「?」


「どうかした?」


「ううん、別に……」


 


(そっか、真一は鬼のパンツだもんね……そーいえば真一にまだあれ、贈ってなかったな)


 天恵の着信音は勿論、あのアニメの定番のテーマソングだ。真一にはそれにして欲しくて、プレゼントしようと思っている。


 


◆◇◆◇


 


 真一への着信は同級生の飛田夏陽だった。


 


 その名の通り夏の太陽のように開放的な明るい女子。夏陽少しは変わった女子だ。彼女は彼氏を欲しがっている、その第一条件は『頭脳』だそうだ。彼女のお眼鏡にかなう頭脳明晰の人物を彼女の中で決定させ、見事選ばれた真一。


 彼女の銘は『優秀な遺伝子を残す』であり、中学校の文集にそう残されているそうだ。そして彼女は短距離選手だが陸上走り高跳び中学大会では負けなし、全日本大会にエントリーされる程の身体能力の持ち主である。


 


** 高校入学 1学期 **


 


「私家に帰ると疲れてすぐ寝ちゃうんだけど、そんな私が勉強するにはどうしたらいい?」


 夏陽は先ず、真一にそんな相談をしてきた。


 


「小難しいことは無理だから、できるだけシンプルに」


 夏陽の要望である。だから真一は朝の時間を使うことを勧めた。朝練に行く前の20分だけでもまず、『習慣』を覚えさせることから始めるというアドバイス。


 


「えー!? 朝練の前って……鬼か?」


「……じゃあ魔法のスイッチを渡すよ。コーヒーは好き?」


「え?」


「コーヒー。好き?」


「好きよ」


「そうしたら、今度からコーヒーを飲む前にこのスイッチを押すようにして」


「なんで?」


「スイッチを入れたらコーヒーを淹れる。コーヒーを淹れたら勉強する。それを一連の作業とするんだ」


「はぁ……」


「騙されたと思って、まずはスイッチを押すようにして、押したならコーヒーを淹れて、勉強することから始める。スイッチを押す癖がついたなら朝、目覚まし時計を止めるのと同じように、このスイッチを押して、お決まり事としてコーヒーを飲みながら朝20分の勉強してみてよ」


「どれどれ……?」


 夏陽が真一の示すスイッチとやらを見定めるため近寄る、その距離が近い。夏陽のショートヘアから女性らしい香りが漂う。真一は嗅いで良いのか迷ったあげく、少し距離を開けた。


 


「ふーん……」


 不思議と真一から渡された貧相なスイッチを押すだけで、『仕方ない、やるか』と始めた勉強が習慣となった。


 夏陽はもともと厳しい練習を自身に課し達成できる人間だ、自分を律することは不得手ではない。真一の助言を実感した夏陽は真一を認めた。


 


* * *


 


「凄いね、あの魔法のスイッチは」


「俗にいう『やる気スイッチ』ってやつ。なんでもないただのスイッチなのは分かってると思うけど。偉そうに言ったけど、俺も中学のとき同じように言われて貰ったんだ」


「なんか、その名前だと逆にモチベが下がった……」


「じゃあ、『ルーブ・ゴールドバーグ・マシン』、ならどう?」


「マシン、か……その方がそれっぽい」


「またの名を『ピタゴラスイッチ』ってどう?」


 簡単にできることが次々と連鎖していくことで、まるで手の込んだカラクリを実行しているかのように思える。きっかけは指一本で起きた小さな現象。それがバタフライエフェクトとなって周囲にも影響を及ぼす。真一はたった小さな『きっかけ』を作ったに過ぎない。結果は夏陽が起こした現象だ。それが自信となる。


 


「何も難しいことなんてしてないんだよ。シンプルが積み重なって大層なことに見えるもんだ」


 以来、夏陽は真一に心酔している。


 


* * *


 


「優秀な遺伝子を残すため、協力して欲しい」


「え、まぁ、協力できることがあれば……」


「ありがとう。私の身体能力と宮東くんの頭脳が合わされば……」


 ある日夏陽にそう言われた。真一は夏陽の言葉の言い回しに深く思いを巡らせなかった、変わった子だから……そして昨日、『どうしても夏陽の家に来て欲しい』と言われ、朝からお決まりの三輪自転車(愛車)で向かった。それは夏陽に押し切られた形だった。


 


『簡単に女子の家に男子を呼べるわけないでしょう?!』真一の頭の中では天恵の台詞がグルグル蘇っていた。




スタンプを贈って作者を応援しよう!



みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



** 12/27 **
「気にすることなんかないんじゃないかい?」
 蓮水は天恵の目を逸らさず見つめる。その目力は強い。自信の表れであろうか? 2人の距離は肩が触れ合うほど。蓮水はいつもそうだ、相手の左側に位置し、相手の左の耳から情報を入れることで、右脳に語り掛ける。論理的に自信があればこそ、の立ち位置だ。
「月下のお義母さんは離婚したいんだろう? だったらその神社に行かせるのは簡単じゃないか」
「そっか! 縁切りのお守り!」
「そうさ、あそこの神社は全国でも珍しい知る人ぞ知る、復縁と浮気封じの神社」
「そっか! そこから派生した、浮気相手と別れさせるアイテム『縁きりのお守り』を勧めれば……」
「お義母さんの方への1問目の問題をこれにしたのは、宮東も良く考えてるよ、もし宮東に相談しても恐らく答えは僕と同じなんじゃないかい?! それに……」
「それに?」
「月下が何もしなくたって、お義母さんは今日あたり神社に行くんじゃないかな?」
「どうして?」
「天赦日だからさ」
「?? ……良く分かんないけど蓮水が言うならきっとそうね、ありがとう」
 蓮水と天恵のこれは、時間的には短いものだったけれど、大通り沿いのベンチに並んで腰かけて話し込んでいたのなら、三輪自転車で通りを進んでいた真一の目に留まらないはずも無かった。
 ホテルはボナペティがある駅へと向かう通りと、その一本西側の|線路を潜る《アンダーパス》通りの両道路と接している。そのアンダーパス側の道には大きな公園があり、通り沿いにはところどころにベンチが設置されている。
 2人が座るベンチの側の銀杏の街路樹には、枯れかけた花束が置かれている。
「月下? と蓮水……」
 三輪自転車を止めて2人の後姿を見つめる真一は、まだ天恵からのメッセージに気付いていないままだった。並んで座る2人の距離はきっと、天恵の髪の香りが蓮実に届いていることだろう……。ふと夏陽を思い出して頭を振る。
 ふと公園の奥が太陽の光を反射して真一の目をグレアする。その原因が何かは分からないが、間違いなく不快グレアだった。何がそうさせているのか、公園の奥にズームインしようとしたそのとき、真一のデバイスが大音量の『ピタゴラスイッチ』で着信を知らせる。びっくりして端末を取り出すと、天恵にバレないよう慌てて身を隠す。それは不思議な背徳感であった。
** 12/25 **
「真一何? その着信音」
「着信音? ……あぁ『鬼のパンツ』知ってんだろ?」
「知ってるけど……みんなのウケ狙い?」
「なんで自分じゃなく他の誰か基準なんだ? 周囲を気にして選曲しないよ」
「着信音って意外と周りの人の耳にも残ってるものよ。雑学自慢の真一なら『Happy Birthday to You』なんていいんじゃない? 世界一有名なく曲よ!」
「知識を誇ったつもりなら申し訳ないけれど、『Good
Morning to All』なんだよ原曲は」
「誰もが『Happy Birthday to You』を思うでしょ? 認知の無い解は正解じゃないわ! そもそも着信音は歌詞無しのメロディなんだから」
「分かったよ……でも、わざわざ着信音を買うまでもないから」
「そっか、でもじゃあ、本当になんだっていいの?」
「なんだっていいよ、俺自身が嫌な曲じゃあなければ」
「そっか、じゃあ、今度あたしのおすすめ、真一にプレゼントするね」
** 12/27 **
 天恵の方もどこかから『ピタゴラスイッチのテーマ』が聞こえた気がして振り返るが、もうその音は天恵に届かない。
「?」
「どうかした?」
「ううん、別に……」
(そっか、真一は鬼のパンツだもんね……そーいえば真一にまだあれ、贈ってなかったな)
 天恵の着信音は勿論、あのアニメの定番のテーマソングだ。真一にはそれにして欲しくて、プレゼントしようと思っている。
◆◇◆◇
 真一への着信は同級生の飛田夏陽だった。
 その名の通り夏の太陽のように開放的な明るい女子。夏陽少しは変わった女子だ。彼女は彼氏を欲しがっている、その第一条件は『頭脳』だそうだ。彼女のお眼鏡にかなう頭脳明晰の人物を彼女の中で決定させ、見事選ばれた真一。
 彼女の銘は『優秀な遺伝子を残す』であり、中学校の文集にそう残されているそうだ。そして彼女は短距離選手だが陸上走り高跳び中学大会では負けなし、全日本大会にエントリーされる程の身体能力の持ち主である。
** 高校入学 1学期 **
「私家に帰ると疲れてすぐ寝ちゃうんだけど、そんな私が勉強するにはどうしたらいい?」
 夏陽は先ず、真一にそんな相談をしてきた。
「小難しいことは無理だから、できるだけシンプルに」
 夏陽の要望である。だから真一は朝の時間を使うことを勧めた。朝練に行く前の20分だけでもまず、『習慣』を覚えさせることから始めるというアドバイス。
「えー!? 朝練の前って……鬼か?」
「……じゃあ魔法のスイッチを渡すよ。コーヒーは好き?」
「え?」
「コーヒー。好き?」
「好きよ」
「そうしたら、今度からコーヒーを飲む前にこのスイッチを押すようにして」
「なんで?」
「スイッチを入れたらコーヒーを淹れる。コーヒーを淹れたら勉強する。それを一連の作業とするんだ」
「はぁ……」
「騙されたと思って、まずはスイッチを押すようにして、押したならコーヒーを淹れて、勉強することから始める。スイッチを押す癖がついたなら朝、目覚まし時計を止めるのと同じように、このスイッチを押して、お決まり事としてコーヒーを飲みながら朝20分の勉強してみてよ」
「どれどれ……?」
 夏陽が真一の示すスイッチとやらを見定めるため近寄る、その距離が近い。夏陽のショートヘアから女性らしい香りが漂う。真一は嗅いで良いのか迷ったあげく、少し距離を開けた。
「ふーん……」
 不思議と真一から渡された貧相なスイッチを押すだけで、『仕方ない、やるか』と始めた勉強が習慣となった。
 夏陽はもともと厳しい練習を自身に課し達成できる人間だ、自分を律することは不得手ではない。真一の助言を実感した夏陽は真一を認めた。
* * *
「凄いね、あの魔法のスイッチは」
「俗にいう『やる気スイッチ』ってやつ。なんでもないただのスイッチなのは分かってると思うけど。偉そうに言ったけど、俺も中学のとき同じように言われて貰ったんだ」
「なんか、その名前だと逆にモチベが下がった……」
「じゃあ、『ルーブ・ゴールドバーグ・マシン』、ならどう?」
「マシン、か……その方がそれっぽい」
「またの名を『ピタゴラスイッチ』ってどう?」
 簡単にできることが次々と連鎖していくことで、まるで手の込んだカラクリを実行しているかのように思える。きっかけは指一本で起きた小さな現象。それがバタフライエフェクトとなって周囲にも影響を及ぼす。真一はたった小さな『きっかけ』を作ったに過ぎない。結果は夏陽が起こした現象だ。それが自信となる。
「何も難しいことなんてしてないんだよ。シンプルが積み重なって大層なことに見えるもんだ」
 以来、夏陽は真一に心酔している。
* * *
「優秀な遺伝子を残すため、協力して欲しい」
「え、まぁ、協力できることがあれば……」
「ありがとう。私の身体能力と宮東くんの頭脳が合わされば……」
 ある日夏陽にそう言われた。真一は夏陽の言葉の言い回しに深く思いを巡らせなかった、変わった子だから……そして昨日、『どうしても夏陽の家に来て欲しい』と言われ、朝からお決まりの|三輪自転車《愛車》で向かった。それは夏陽に押し切られた形だった。
『簡単に女子の家に男子を呼べるわけないでしょう?!』真一の頭の中では天恵の台詞がグルグル蘇っていた。