「舞羽は馬に愛されておる。舞香は、まぁ……優秀である」
駿吾の口癖であった。『天空号』の血を受け継ぐ馬を乗りこなし、馬術界に、世界に再び月皇の名を轟かせるべく才能……駿吾の期待は大きかった。
そして同時に、天沢家には天沢遊馬という天性を得ていた。『ジャパニーズローズ』の血統を操る継承者を。
時代は、月皇舞羽、そして天沢遊馬を奇しくも同世代として併存させた。
『他人より優れた者でなく、過去の自身より優れた者が気高い』。ヘミングウェイの言葉である。駿吾はその言葉を後々、思い知ることとなる。
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舞羽と舞香は双子の姉妹である。舞香は少し内気だが優しくて努力型。姉の舞羽の方が活発で面倒見がいい、もちろん舞香と等しく優しさも持ち合わせている。
三歳の頃から父駿吾に連れられ、乗馬クラブに出入りしていた姉妹には、馬のある生活が当たり前であった。
そんな舞羽のお気に入りは馬の『背』ではなく、『腹』だ。
「舞香知ってる? お馬さんのお腹っていい匂いがするんだよ」
「舞香には……良く分からないよ」
「干し草、みたいな匂いかな」
「ふーん……」
「ヒンメルの匂いが一番好きかな」
ヒンメルは馬の名前である。ドイツ語で『天空』を指す。
姉妹にとっては厩舎もその遊び場であり、ボロ(* 馬の糞)の臭いも、馬房から顔を覗かせている馬たちの風景も、慣れ親しんだものであった。