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第2章~第13話 蛙化現象⑩~

ー/ー



「あの……加絵留先輩は、女子の気持ちがわからなくて悩んでいるとうかがったですけど……その相手は、金野さんのことですよね?」

 学校を出て、徒歩数分の場所にある市営の野球場が併設された公園のベンチに腰掛けた私は、ペットボトルに入ったスポーツドリンクで喉を潤す上級生にたずねる。

 私の率直な質問に、一瞬だけ咳き込んだ加絵留先輩は、

「キミ、顔に似合わずストレートに聞いてくるな」

と、驚いたような表情で返答したあと、

「そうだよ、ぶっちゃけ、()()以外の女子のことは、どうでもイイ」

と、ぶっきらぼうにつぶやいた。

 ()()という言葉が、ただの三人称なのか、それとも、恋人関係にある女子を指す言葉なのかは判断に迷うところだったけど、私は後者の意味であることに賭けることにした。
 それに、どちらにしたって、

「彼女以外の女子のことは、どうでもイイ」

と言い切る加絵留先輩が、金野さんに対して、いまだに強い感情を持っているのは間違いない、という確信が私にはあった。

「あの……相手の女子の気持ちがわからないってことですけど……加絵留先輩は、どうして、その相手……金野さんのことを好きになったんですか?」

 またしても、単刀直入にたずねた私の言葉に、面食らったような表情を見せた上級生は、あきれたようすで苦笑する。

「すげ~、ドライブで突っ込んで来るのな……」

「ドライブ?」

「あぁ、ドライブってのは、相手を抜くためにボールを地面に強くつくドリブルのことな」

「あっ、そうなんですね」

「ところで、オレがマリに告った理由だけどさ……どうしても言わなきゃだめか?」

「はい! 他の人には言わないと約束しますから!」

 言い淀んでいるようすの加絵留先輩に対して、力強く断言すると、私の気迫に観念したのか、先輩は、ポツポツと語り始めた。

「オレ、中学の頃は、何度か女子に告られて、付き合ったりしてた時期もあったんだよね。けど、自分から女子を好きになったことって無かったかも。マリと最初に出会ったのは、入学式のクラス発表のときだったと思う。なんか、ちっちゃな女子がクラス発表の掲示板の前でチョコチョコ動いていたから、『クラスが気になるなら見て来るよ』って言って、名前を聞いたんだ。そしたら、偶然にも同じクラスだったんだよ」

 それは、私が金野さんから聞いた話しの導入部分と違わないものだった。
 ゆっくりとうなずきながら、私は、加絵留先輩に話しの続きをうながす。

「ただ、同じクラスになっても、しばらくは特別に彼女を意識することもなかった。大人しくて、クラスの誰かと騒がしくするタイプでもなかったからな。どっちかって言うと、クラスに良くいる地味目な女子かなって思ってたんだ」

「その印象が変わる出来事があったんですか?」

「鋭いな、そうだよ。たしか、1年の秋頃だったと思うんだけど……出掛けた先から家にか得る途中、母親に買い物を頼まれたんだ。『今夜はカレーだから、タマネギを3個買ってきて』って。オレは、野菜の値段とかわからないし、近所のスーパーに寄って、適当に大きなタマネギを3つ買ってスーパーから出ようとしたんだ」

「そこで、金野さんと出会ったんですか?」

「いや、会ったと言うよりも、オレが一方的に彼女を目撃したって方が近いかな? タマネギ3個をビニール袋に詰めて帰ろうとしたところに、近くで家族と電話をしているような話し声が聞こえてきたんだ。『お母さん、今日はタマネギが3個248円で安く買えたよ。これで、美味しいシチューが作れるから期待して待っててね』って。その声の主が彼女だった。週末だったからか、たくさん、買い物して重そうな袋を抱えてさ」

「そこで、金野さんの荷物を持ってあげたとか、ですか?」

「いや……それが、出来なかったんだ……」

 彼は、後悔するようにそうつぶやく。

「どうしてですか? 急いで帰らないといけなかったとか?」

「それも違う。オレは、ただ自分が恥ずかしかったんだ、と思う」

「えっ、恥ずかしかった、ですか?」

「あぁ……オレは、母親に言われたとおり、タマネギを3個買って満足してた。家のことを手伝ったりすることもなくて、買い物に行っても、モノの値段なんてわからないからな。けど、マリは違ったんだよ。ちゃんと、買い物や料理もこなして家族のためにがんばってる。あんな、ちっこい身体なのにな。そうしたら、親に甘えて学校に行かせてもらってるだけの自分が、とてつもなくちっぽけな存在に感じられたんだ。そうしたら、クラスメートに声をかけることも出来なくて……家に帰ったら、母親からは『3つで600円のタマネギを買ってくるなんて、どんな金持ちなんだ』って小言を言われたよ。それに、どうして、あのとき、マリの荷物を持ってあげられなかったんだ……? って、めちゃくちゃ後悔した。そのときからなんだ、彼女を意識したのは」

「それで、先輩から金野さんに告白した、と……」

「そうだな……あの秋の出来事から、ずっと彼女のことが気になってたから。オレ、これでも小学生の頃は、すげぇチビでさ。バスケを始めた頃は、デカい相手にドリブルで突っ込んでいくことが多かったんだ。だから、いまでも小柄な人ががんばってるのを見ると、応援したくなるんだよ。それが、あの日、彼女の買い物袋を持つことが出来なかった後悔につながっているのかも知れない」

「そうなんですね。いいお話しを聞かせてもらって、ありがとうございます。――――――でも、だったら、どうして……?」

「あぁ、彼女と付き合ってから、ずっと、うっすらとは感じたんだけど、オレ、マリに避けられてる気がするんだ。告白して受け入れてくれたってことは、オレのこと、ちょっとは好きでいてくれてるのかなって喜んでたんだけど……昨日、肩に触れようとしただけで、身体を強張らせるようにして、彼女に怖がられてしまったんだ。自分がガキの頃のことを思い出すと、チビだったオレは、ホントはバスケで対戦するデカい相手が怖かったんだよ。マリにそんな想いをさせていると思うと――――――」

 それから先の加絵留先輩の想いは、言葉にならないようだった。


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「あの……加絵留先輩は、女子の気持ちがわからなくて悩んでいるとうかがったですけど……その相手は、金野さんのことですよね?」
 学校を出て、徒歩数分の場所にある市営の野球場が併設された公園のベンチに腰掛けた私は、ペットボトルに入ったスポーツドリンクで喉を潤す上級生にたずねる。
 私の率直な質問に、一瞬だけ咳き込んだ加絵留先輩は、
「キミ、顔に似合わずストレートに聞いてくるな」
と、驚いたような表情で返答したあと、
「そうだよ、ぶっちゃけ、|彼《・》|女《・》以外の女子のことは、どうでもイイ」
と、ぶっきらぼうにつぶやいた。
 |彼《・》|女《・》という言葉が、ただの三人称なのか、それとも、恋人関係にある女子を指す言葉なのかは判断に迷うところだったけど、私は後者の意味であることに賭けることにした。
 それに、どちらにしたって、
「彼女以外の女子のことは、どうでもイイ」
と言い切る加絵留先輩が、金野さんに対して、いまだに強い感情を持っているのは間違いない、という確信が私にはあった。
「あの……相手の女子の気持ちがわからないってことですけど……加絵留先輩は、どうして、その相手……金野さんのことを好きになったんですか?」
 またしても、単刀直入にたずねた私の言葉に、面食らったような表情を見せた上級生は、あきれたようすで苦笑する。
「すげ~、ドライブで突っ込んで来るのな……」
「ドライブ?」
「あぁ、ドライブってのは、相手を抜くためにボールを地面に強くつくドリブルのことな」
「あっ、そうなんですね」
「ところで、オレがマリに告った理由だけどさ……どうしても言わなきゃだめか?」
「はい! 他の人には言わないと約束しますから!」
 言い淀んでいるようすの加絵留先輩に対して、力強く断言すると、私の気迫に観念したのか、先輩は、ポツポツと語り始めた。
「オレ、中学の頃は、何度か女子に告られて、付き合ったりしてた時期もあったんだよね。けど、自分から女子を好きになったことって無かったかも。マリと最初に出会ったのは、入学式のクラス発表のときだったと思う。なんか、ちっちゃな女子がクラス発表の掲示板の前でチョコチョコ動いていたから、『クラスが気になるなら見て来るよ』って言って、名前を聞いたんだ。そしたら、偶然にも同じクラスだったんだよ」
 それは、私が金野さんから聞いた話しの導入部分と違わないものだった。
 ゆっくりとうなずきながら、私は、加絵留先輩に話しの続きをうながす。
「ただ、同じクラスになっても、しばらくは特別に彼女を意識することもなかった。大人しくて、クラスの誰かと騒がしくするタイプでもなかったからな。どっちかって言うと、クラスに良くいる地味目な女子かなって思ってたんだ」
「その印象が変わる出来事があったんですか?」
「鋭いな、そうだよ。たしか、1年の秋頃だったと思うんだけど……出掛けた先から家にか得る途中、母親に買い物を頼まれたんだ。『今夜はカレーだから、タマネギを3個買ってきて』って。オレは、野菜の値段とかわからないし、近所のスーパーに寄って、適当に大きなタマネギを3つ買ってスーパーから出ようとしたんだ」
「そこで、金野さんと出会ったんですか?」
「いや、会ったと言うよりも、オレが一方的に彼女を目撃したって方が近いかな? タマネギ3個をビニール袋に詰めて帰ろうとしたところに、近くで家族と電話をしているような話し声が聞こえてきたんだ。『お母さん、今日はタマネギが3個248円で安く買えたよ。これで、美味しいシチューが作れるから期待して待っててね』って。その声の主が彼女だった。週末だったからか、たくさん、買い物して重そうな袋を抱えてさ」
「そこで、金野さんの荷物を持ってあげたとか、ですか?」
「いや……それが、出来なかったんだ……」
 彼は、後悔するようにそうつぶやく。
「どうしてですか? 急いで帰らないといけなかったとか?」
「それも違う。オレは、ただ自分が恥ずかしかったんだ、と思う」
「えっ、恥ずかしかった、ですか?」
「あぁ……オレは、母親に言われたとおり、タマネギを3個買って満足してた。家のことを手伝ったりすることもなくて、買い物に行っても、モノの値段なんてわからないからな。けど、マリは違ったんだよ。ちゃんと、買い物や料理もこなして家族のためにがんばってる。あんな、ちっこい身体なのにな。そうしたら、親に甘えて学校に行かせてもらってるだけの自分が、とてつもなくちっぽけな存在に感じられたんだ。そうしたら、クラスメートに声をかけることも出来なくて……家に帰ったら、母親からは『3つで600円のタマネギを買ってくるなんて、どんな金持ちなんだ』って小言を言われたよ。それに、どうして、あのとき、マリの荷物を持ってあげられなかったんだ……? って、めちゃくちゃ後悔した。そのときからなんだ、彼女を意識したのは」
「それで、先輩から金野さんに告白した、と……」
「そうだな……あの秋の出来事から、ずっと彼女のことが気になってたから。オレ、これでも小学生の頃は、すげぇチビでさ。バスケを始めた頃は、デカい相手にドリブルで突っ込んでいくことが多かったんだ。だから、いまでも小柄な人ががんばってるのを見ると、応援したくなるんだよ。それが、あの日、彼女の買い物袋を持つことが出来なかった後悔につながっているのかも知れない」
「そうなんですね。いいお話しを聞かせてもらって、ありがとうございます。――――――でも、だったら、どうして……?」
「あぁ、彼女と付き合ってから、ずっと、うっすらとは感じたんだけど、オレ、マリに避けられてる気がするんだ。告白して受け入れてくれたってことは、オレのこと、ちょっとは好きでいてくれてるのかなって喜んでたんだけど……昨日、肩に触れようとしただけで、身体を強張らせるようにして、彼女に怖がられてしまったんだ。自分がガキの頃のことを思い出すと、チビだったオレは、ホントはバスケで対戦するデカい相手が怖かったんだよ。マリにそんな想いをさせていると思うと――――――」
 それから先の加絵留先輩の想いは、言葉にならないようだった。