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第4話 チーム結成

ー/ー



 ——一ヶ月前
 その日は、年度末の試験も終わり、みんなが開放的な気分で夏休みの予定などを話している、そんな放課後だった。

「なあ、リク」

 ほとんどの生徒が帰り始めた、どこか気怠い空気が漂う教室。窓から差し込む西日が、床に長い影を落としていた。クエンティンが、一週間ぶりに僕のクラスに顔を出して、話しかけてきた。

「うん?」
「俺、eスポーツで世界を獲ろうと思う」
「ふーん」

 クエンティン・ミラーとは、小学校の頃からの腐れ縁だ。中学も、ここヘロン第九高等学校もずっと一緒。まあ、コロニーの土地事情を考えれば、アップタウンに住むようなお金持ちでもない限り、人口密度が過密なダウンタウンにある最寄りの公立校に通うことになるから、特に珍しいことじゃないけど。

「あっ! リク! 流したな! 今回ばかりは俺は本気だ」
「だってさあ、中学の頃にも『FFO(フォートレス・フロンティア・オンライン)のバックドアを誰よりも早く見つけてやる!』とか、『もっと人間っぽいAIを作ってやる!』とか言ってたじゃん」

「……今回は、そう言うんじゃないんだ」

 突然沈んだクエンティンの表情を見て、僕はいつもの軽口を叩くのをやめた。何かがあったのだと、直感的に悟った。オレンジ色の西日が差し込む教室は、ほとんどの生徒が帰り、シーンと静まり返っている。
「何かあったの?」
「……親父がさ、……ちょっと……」
 クエンティンの声は、かろうじて聞き取れるほど小さく、震えていた。彼を見ると、大きな目に涙をいっぱいに溜めていて、その瞳は夕日のせいでひどく赤く見えた。

「えっ! クエンティン、お父さんがどうかしたの?」
「悪りぃ、そんなつもりじゃなかったんだけどさ……。親父……コロニーのモノレールのメンテの仕事してるだろ? 仕事柄、最近やけに調子悪そうにしててさ、医者に行ったら……宇宙放射線病だって……」

 ——宇宙放射線病。
 僕ら宇宙生活者にとって、最も身近で、最も恐ろしい病だ。
 発症すれば、慢性的な倦怠感・疲労感に見舞われ、がんや白血病のリスクも跳ね上がる。もちろん、コロニー自体に宇宙線を防ぐ強力な磁場シールドもあるし、配給される飲料水には放射線への抵抗力を高めるミネラルが添加されている。だから、普通に暮らしていく分には大きな問題にはならない。
 だけど、クエンティンのお父さんのようにコロニーの外周、シールドが薄くなる危険なエリアで作業するような仕事だと、話は別だ。
 僕は、なんて声をかければ良いかわからず、ただ彼の言葉の続きを待つことしかできなかった。

「……親父のことはさ、結構前からこうなる覚悟はしとけって言われてきたから、……仕方ないと思っている面もある。でも、実際に親父が発症しちまうと、やっぱりショックでさ……」
 クエンティンは涙を乱暴に拭うと、僕をまっすぐに見つめた。
「でも、俺は親父のようにはならない。FFO(フォートレス・フロンティア・オンライン)の大会で大金を掴んで、こんな生活から抜け出してやる! だから、リク! 協力してくれ!」
「え……? 無理だよ! 僕、対戦とか苦手だし、それにPCのセッティングとか、難しいことはよく分からないし……」
 慌てて首を振る僕に、クエンティンは身を乗り出し、僕の肩を掴んだ。その手は、かすかに震えていた。
「お前は戦わなくていい! 戦いやPCのことは全部俺がやる! お前は、クラフターとして最強の『城』を作ってくれればいいんだ!」
 ……そういえば、以前協力プレイでFFOを一緒に遊んだとき、僕が遊びでクラフトしたアイテムに、彼がやたらと感心していたことがあった。うーん。……でも……。
「試合だと、ビルドフェイズの時間も結構短いって言うじゃないか」
「……まぁ、それはこれから練習するしかないんじゃないか? リクだってこの息苦しいダウンタウンから抜け出して、あのアップタウンで暮らしたいと思わないのか? 俺は嫌だ! 何が何でもあの暮らしを手に入れるんだ!」
「……分かったよ。そりゃあ、僕だって出来ることならアップタウンで暮らしたい。でも、ビルド時間の短縮に協力してくれよ!」
「もちろんだ!」
 僕らは固く手を握った。

 そして僕たちは、残りのメンバーを探して、校舎の隅にある旧視聴覚室へと向かった。
 錆びついたドアには、かろうじて「eスポーツ部」と書かれたプレートがぶら下がっている。僕らがそっとドアに近づくと、中からくぐもった会話が聞こえてきた。

「……ねぇ、部長~。じゃなくて会長~。一週間以内に、せめてあと一人会員を見つけないと、同好会ですらなくなっちゃうんだから」
「分かっている! しかしなんで、いくら勧誘しても部屋を見た途端、そろいもそろって逃げていくんだ?」
「いやいやいや、そりゃあ、無理ないでしょ。eスポーツやろうって来てみたら、ディスプレーとパソコンが1台置いてあるだけなんだから……って、ありゃ? お客さん?」

 ドアを開けると、そこは物置と見紛うばかりの、埃っぽい狭い部屋だった。壁には色褪せた往年の名作ゲームのポスターが数枚貼られているだけで、部屋の中央に、ぽつんと一台だけ置かれた旧式のディスプレーと、黄ばんだプラスチックケースのパソコンが、この部の全ての備品らしかった。ゴリラのような体躯の男子生徒——リョウガ先輩が、その唯一の席に座っており、僕らを見つけて目を輝かせた。
「おお! もしかして入部希望者か?」
「いえ、そういうわけじゃなくて……」僕は否定した。
「なぁ、俺達と組んでeスポーツの大会に出てみないか?」クエンティンは、リョウガ先輩を挑発するように言った。
「こんなしみったれた部活やっててもしょうがないだろ? 大会で勝って賞金を手に入れようぜ」
「ほう、言ってくれるな、一年か?」
「1年。クエンティン・ミラー」
「なら、まず俺に勝ってみせろ! フォートレス・フロンティア・オンラインでサシの勝負だ!」
「おうよ!」

 二人がFFOにログインすると、早速戦闘が始まった。
 ——1分後。
 クエンティンの圧勝だった。リョウガ先輩は、クエンティンに一太刀も浴びせることなく敗れたのだった。

「なんか、思ったほどじゃなかったなぁ……誘う相手を間違えたか?」
 流石にクエンティンも、聞こえないように小声で喋っていた。

「……お前、強いな。……仕方ない、お前の意見に従おう」
 がっくりと肩を落とすリョウガ先輩を背に、クエンティンは部屋の隅でスマホをいじっていた小柄な女子生徒――ミミ先輩に声をかけた。
「で、あんたはどうするんだ?」
「うーん、クエっちは、eスポーツの大会に出たいのよね?」
「……クエっちって。……まあ、ああ、そうだ」
「なら、付き合ってあげてもいいわよ。でもココじゃあ、まともに4人で練習もできないわよ」
「へへっ!……それは心当たりがある」

 そう言って、クエンティンは自信たっぷりに笑ったのだった。


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 ——一ヶ月前
 その日は、年度末の試験も終わり、みんなが開放的な気分で夏休みの予定などを話している、そんな放課後だった。
「なあ、リク」
 ほとんどの生徒が帰り始めた、どこか気怠い空気が漂う教室。窓から差し込む西日が、床に長い影を落としていた。クエンティンが、一週間ぶりに僕のクラスに顔を出して、話しかけてきた。
「うん?」
「俺、eスポーツで世界を獲ろうと思う」
「ふーん」
 クエンティン・ミラーとは、小学校の頃からの腐れ縁だ。中学も、ここヘロン第九高等学校もずっと一緒。まあ、コロニーの土地事情を考えれば、アップタウンに住むようなお金持ちでもない限り、人口密度が過密なダウンタウンにある最寄りの公立校に通うことになるから、特に珍しいことじゃないけど。
「あっ! リク! 流したな! 今回ばかりは俺は本気だ」
「だってさあ、中学の頃にも『|FFO《フォートレス・フロンティア・オンライン》のバックドアを誰よりも早く見つけてやる!』とか、『もっと人間っぽいAIを作ってやる!』とか言ってたじゃん」
「……今回は、そう言うんじゃないんだ」
 突然沈んだクエンティンの表情を見て、僕はいつもの軽口を叩くのをやめた。何かがあったのだと、直感的に悟った。オレンジ色の西日が差し込む教室は、ほとんどの生徒が帰り、シーンと静まり返っている。
「何かあったの?」
「……親父がさ、……ちょっと……」
 クエンティンの声は、かろうじて聞き取れるほど小さく、震えていた。彼を見ると、大きな目に涙をいっぱいに溜めていて、その瞳は夕日のせいでひどく赤く見えた。
「えっ! クエンティン、お父さんがどうかしたの?」
「悪りぃ、そんなつもりじゃなかったんだけどさ……。親父……コロニーのモノレールのメンテの仕事してるだろ? 仕事柄、最近やけに調子悪そうにしててさ、医者に行ったら……宇宙放射線病だって……」
 ——宇宙放射線病。
 僕ら宇宙生活者にとって、最も身近で、最も恐ろしい病だ。
 発症すれば、慢性的な倦怠感・疲労感に見舞われ、がんや白血病のリスクも跳ね上がる。もちろん、コロニー自体に宇宙線を防ぐ強力な磁場シールドもあるし、配給される飲料水には放射線への抵抗力を高めるミネラルが添加されている。だから、普通に暮らしていく分には大きな問題にはならない。
 だけど、クエンティンのお父さんのようにコロニーの外周、シールドが薄くなる危険なエリアで作業するような仕事だと、話は別だ。
 僕は、なんて声をかければ良いかわからず、ただ彼の言葉の続きを待つことしかできなかった。
「……親父のことはさ、結構前からこうなる覚悟はしとけって言われてきたから、……仕方ないと思っている面もある。でも、実際に親父が発症しちまうと、やっぱりショックでさ……」
 クエンティンは涙を乱暴に拭うと、僕をまっすぐに見つめた。
「でも、俺は親父のようにはならない。|FFO《フォートレス・フロンティア・オンライン》の大会で大金を掴んで、こんな生活から抜け出してやる! だから、リク! 協力してくれ!」
「え……? 無理だよ! 僕、対戦とか苦手だし、それにPCのセッティングとか、難しいことはよく分からないし……」
 慌てて首を振る僕に、クエンティンは身を乗り出し、僕の肩を掴んだ。その手は、かすかに震えていた。
「お前は戦わなくていい! 戦いやPCのことは全部俺がやる! お前は、クラフターとして最強の『城』を作ってくれればいいんだ!」
 ……そういえば、以前協力プレイでFFOを一緒に遊んだとき、僕が遊びでクラフトしたアイテムに、彼がやたらと感心していたことがあった。うーん。……でも……。
「試合だと、ビルドフェイズの時間も結構短いって言うじゃないか」
「……まぁ、それはこれから練習するしかないんじゃないか? リクだってこの息苦しいダウンタウンから抜け出して、あのアップタウンで暮らしたいと思わないのか? 俺は嫌だ! 何が何でもあの暮らしを手に入れるんだ!」
「……分かったよ。そりゃあ、僕だって出来ることならアップタウンで暮らしたい。でも、ビルド時間の短縮に協力してくれよ!」
「もちろんだ!」
 僕らは固く手を握った。
 そして僕たちは、残りのメンバーを探して、校舎の隅にある旧視聴覚室へと向かった。
 錆びついたドアには、かろうじて「eスポーツ部」と書かれたプレートがぶら下がっている。僕らがそっとドアに近づくと、中からくぐもった会話が聞こえてきた。
「……ねぇ、部長~。じゃなくて会長~。一週間以内に、せめてあと一人会員を見つけないと、同好会ですらなくなっちゃうんだから」
「分かっている! しかしなんで、いくら勧誘しても部屋を見た途端、そろいもそろって逃げていくんだ?」
「いやいやいや、そりゃあ、無理ないでしょ。eスポーツやろうって来てみたら、ディスプレーとパソコンが1台置いてあるだけなんだから……って、ありゃ? お客さん?」
 ドアを開けると、そこは物置と見紛うばかりの、埃っぽい狭い部屋だった。壁には色褪せた往年の名作ゲームのポスターが数枚貼られているだけで、部屋の中央に、ぽつんと一台だけ置かれた旧式のディスプレーと、黄ばんだプラスチックケースのパソコンが、この部の全ての備品らしかった。ゴリラのような体躯の男子生徒——リョウガ先輩が、その唯一の席に座っており、僕らを見つけて目を輝かせた。
「おお! もしかして入部希望者か?」
「いえ、そういうわけじゃなくて……」僕は否定した。
「なぁ、俺達と組んでeスポーツの大会に出てみないか?」クエンティンは、リョウガ先輩を挑発するように言った。
「こんなしみったれた部活やっててもしょうがないだろ? 大会で勝って賞金を手に入れようぜ」
「ほう、言ってくれるな、一年か?」
「1年。クエンティン・ミラー」
「なら、まず俺に勝ってみせろ! フォートレス・フロンティア・オンラインでサシの勝負だ!」
「おうよ!」
 二人がFFOにログインすると、早速戦闘が始まった。
 ——1分後。
 クエンティンの圧勝だった。リョウガ先輩は、クエンティンに一太刀も浴びせることなく敗れたのだった。
「なんか、思ったほどじゃなかったなぁ……誘う相手を間違えたか?」
 流石にクエンティンも、聞こえないように小声で喋っていた。
「……お前、強いな。……仕方ない、お前の意見に従おう」
 がっくりと肩を落とすリョウガ先輩を背に、クエンティンは部屋の隅でスマホをいじっていた小柄な女子生徒――ミミ先輩に声をかけた。
「で、あんたはどうするんだ?」
「うーん、クエっちは、eスポーツの大会に出たいのよね?」
「……クエっちって。……まあ、ああ、そうだ」
「なら、付き合ってあげてもいいわよ。でもココじゃあ、まともに4人で練習もできないわよ」
「へへっ!……それは心当たりがある」
 そう言って、クエンティンは自信たっぷりに笑ったのだった。