第5話 データの海の亡霊
ー/ー
「で、クエンティン。心当たりってどこなの?」
「へへっ、それは着いてからのお楽しみってことにしてください」
埃っぽいeスポーツ部の部室を出た僕たち四人は、ダウンタウンの雑多な路地裏を歩いていた。ミミ先輩の問いに、クエンティンは意味ありげに笑うだけだ。
やがて彼が足を止めたのは、古びた電子部品やジャンクパーツが店の外まで溢れ出している、一軒の店の前だった。錆びついた看板には、かろうじて『シュミットの工房』と読み取れる文字が残っている。
「ここ……?」
「ああ。俺が中学の頃からバイトしてる店だ」
店主のヴィル爺さんは、僕の親友の、もう一人のお爺さんのような人だ。クエンティンが中学の頃からバイトをしているこの店は、彼にとって第二の家みたいなものだった。
「頼む、ヴィル爺さん! 今日から毎日、ここでFFOの練習をさせてほしい! バイト代は、練習代で全部引いてくれて構わないから!」
クエンティンが、真剣な眼差しで頭を下げた。その本気に、いつもは飄々としているヴィル爺さんも、少しだけ驚いたように目を見開いた。
「……親父さんのことは良いのかい? いま、大変なんだろ?」
その言葉に、クエンティンの表情が一瞬、痛みに耐えるように歪む。
「だからこそ、今やらなきゃならないんです」
彼の声に宿る覚悟を感じ取ったのだろう。ヴィル爺さんは、ふっと息を吐いて頷いた。
「……分かったよ。夕方の暇な時間なら、ただで使って良い。その代わり、面白い試合を見せな」
「! ……ありがとう、ヴィル爺さん!」
こうして始まった僕たちの練習。短い時間の中でも、いくつかの発見があった。リョウガ先輩は、腕に板の盾をクラフトしてやると、その巨体と相まって鉄壁の守りを見せる、理想的なタンクだった。ミミ先輩は、予測不能な動きで敵をかく乱する、天性のトリックスターだ。
クエンティンの腕は、言うまでもない。
問題は、僕だった。自分のイメージする、リアルタイムでの高速かつ正確なクラフトが、どうしても実現できない。焦れば焦るほど、指がもつれ、簡単な接着さえミスしてしまう。チームの足を引っ張っているのは、明らかに僕だった。
練習後、一人落ち込んでいると、ヴィル爺さんが声をかけてきた。
「どうした、暗い顔して」
「いえ、ちょっと……」答えに詰まる僕に、彼は優しく続けた。
「まぁ、練習を見てたから分かるよ。お前さん、自分のイメージするクラフトができないって悩んでるんだろ?」
「はい……。僕がやりたいのは、リアルタイムで正確なクラフトを高速でやることなんです。そうすれば、高価なジョイスティックみたいな装備がなくても、相手の意表を突けると思うんです」
「まぁ、そうかもしれないな……」
「でも、これまでもFFOはやってきたけど、戦闘中のクラフトは本当に難しくて……」
僕が俯くと、ヴィル爺さんは少し考え込むように天井を見上げ、やがて、秘密を打ち明けるように声を潜めた。
「……噂を聞いた事があるんだがな。FFOのバックドアの奥に、『亡霊』がいると……。その亡霊と出会った者は、思わぬ幸運に見舞われるってね」
「なんだそりゃ? ヴィル爺さん、いくらなんでも亡霊って……」
隣で聞いていたクエンティンが、呆れたように言った。
「なに、老人のたわごとと思って、聞き流してくれて構わんよ」
ヴィル爺さんはそう言うと、悪戯っぽく笑った。
その日の夜、僕は自室のベッドで、クエンティンとテキストチャットをしていた。
「練習場所を借りられたのは良かったけど……。クエンティンは言わずもがなだけど、リョウガ先輩やミミ先輩だって意外と上手いよ。やっぱり僕なんかがチームに入って、本当に良いのかな?」
僕が弱音を吐くと、すぐに返信が来た。
「……もう決めたことだろ。覚悟を決めてくれ。それに俺、リクがクラフターをやってくれれば、絶対上手くいくって予感がしてるんだ」
「なんだよ、それ……根拠なしかよ」
「ホントだって! 明日も練習あるから早く寝ろよ」
「うん……」
チャットを終えても、僕はなかなか寝付けなかった。クエンティンの根拠のない「予感」が、嬉しくもあり、重くもあった。そして、なぜか、ヴィル爺さんの言っていた「亡霊」の話が、頭から離れなかった。
幸運に見舞われる、か。今の僕に一番必要なものかもしれない。
気づけば、僕はPCの前に座っていた。
「よし! ……行ってみよう!」
ネットで検索すると、FFOのメンテナンス用バックドアの場所は、意外と簡単に見つかった。
僕は、震える指でコマンドを打ち込み、サーバーの裏口へと接続する。正規ルートではない、薄暗いデータ回廊。その先に、ヴィル爺さんの言っていた「何か」があるのかもしれない。
そう思った瞬間、足元のデータが崩れ、僕のアバターはバランスを失った。
「うわっ!?」
操作ミス。僕の体は、奈落へと落ちるように、暗闇の中へと吸い込まれていった。
どれくらいの時間が経っただろう。
僕が意識を取り戻したとき、そこにいたのは、今まで見たこともない、不思議な空間だった。
完全な無音。そして、床も壁も天井もない、無限の闇。その中心に、無数のモニターに囲まれた、ガラス張りの部屋のような空間が、ぽつんと浮かんでいた。
そして、その部屋の中に、一人の少女がいた。
銀色の長い髪。着ているのは、ゲームのデータとは思えない、シンプルな白いワンピース。彼女は、モニターに映し出される、数多のFFOの試合を、ただ静かに、瞬きもせずに見つめていた。
僕の存在に気づいたのか、彼女はゆっくりとこちらを振り向く。その瞳には、何の感情も浮かんでいなかった。
「……あなたは、誰?」
少女が、初めて口を開いた。その声は、合成音声のように平坦で、温度がなかった。
「僕はリク。ミシマ・リク。君は?」
少女は、少しだけ首を傾げた。まるで、「自分の名前」という概念を、今初めて聞いたかのように。
「私……? 私、……ビルドナンバー759」
それは僕にとって、まさに運命の出会いだった。
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「で、クエンティン。心当たりってどこなの?」
「へへっ、それは着いてからのお楽しみってことにしてください」
埃っぽいeスポーツ部の部室を出た僕たち四人は、ダウンタウンの雑多な路地裏を歩いていた。ミミ先輩の問いに、クエンティンは意味ありげに笑うだけだ。
やがて彼が足を止めたのは、古びた電子部品やジャンクパーツが店の外まで溢れ出している、一軒の店の前だった。錆びついた看板には、かろうじて『シュミットの工房』と読み取れる文字が残っている。
「ここ……?」
「ああ。俺が中学の頃からバイトしてる店だ」
店主のヴィル爺さんは、僕の親友の、もう一人のお爺さんのような人だ。クエンティンが中学の頃からバイトをしているこの店は、彼にとって第二の家みたいなものだった。
「頼む、ヴィル爺さん! 今日から毎日、ここでFFOの練習をさせてほしい! バイト代は、練習代で全部引いてくれて構わないから!」
クエンティンが、真剣な眼差しで頭を下げた。その本気に、いつもは飄々としているヴィル爺さんも、少しだけ驚いたように目を見開いた。
「……親父さんのことは良いのかい? いま、大変なんだろ?」
その言葉に、クエンティンの表情が一瞬、痛みに耐えるように歪む。
「だからこそ、今やらなきゃならないんです」
彼の声に宿る覚悟を感じ取ったのだろう。ヴィル爺さんは、ふっと息を吐いて頷いた。
「……分かったよ。夕方の暇な時間なら、ただで使って良い。その代わり、面白い試合を見せな」
「! ……ありがとう、ヴィル爺さん!」
こうして始まった僕たちの練習。短い時間の中でも、いくつかの発見があった。リョウガ先輩は、腕に板の盾をクラフトしてやると、その巨体と相まって鉄壁の守りを見せる、理想的なタンクだった。ミミ先輩は、予測不能な動きで敵をかく乱する、天性のトリックスターだ。
クエンティンの腕は、言うまでもない。
問題は、僕だった。自分のイメージする、リアルタイムでの高速かつ正確なクラフトが、どうしても実現できない。焦れば焦るほど、指がもつれ、簡単な接着さえミスしてしまう。チームの足を引っ張っているのは、明らかに僕だった。
練習後、一人落ち込んでいると、ヴィル爺さんが声をかけてきた。
「どうした、暗い顔して」
「いえ、ちょっと……」答えに詰まる僕に、彼は優しく続けた。
「まぁ、練習を見てたから分かるよ。お前さん、自分のイメージするクラフトができないって悩んでるんだろ?」
「はい……。僕がやりたいのは、リアルタイムで正確なクラフトを高速でやることなんです。そうすれば、高価なジョイスティックみたいな装備がなくても、相手の意表を突けると思うんです」
「まぁ、そうかもしれないな……」
「でも、これまでもFFOはやってきたけど、戦闘中のクラフトは本当に難しくて……」
僕が俯くと、ヴィル爺さんは少し考え込むように天井を見上げ、やがて、秘密を打ち明けるように声を潜めた。
「……噂を聞いた事があるんだがな。FFOのバックドアの奥に、『亡霊』がいると……。その亡霊と出会った者は、思わぬ幸運に見舞われるってね」
「なんだそりゃ? ヴィル爺さん、いくらなんでも亡霊って……」
隣で聞いていたクエンティンが、呆れたように言った。
「なに、老人のたわごとと思って、聞き流してくれて構わんよ」
ヴィル爺さんはそう言うと、悪戯っぽく笑った。
その日の夜、僕は自室のベッドで、クエンティンとテキストチャットをしていた。
「練習場所を借りられたのは良かったけど……。クエンティンは言わずもがなだけど、リョウガ先輩やミミ先輩だって意外と上手いよ。やっぱり僕なんかがチームに入って、本当に良いのかな?」
僕が弱音を吐くと、すぐに返信が来た。
「……もう決めたことだろ。覚悟を決めてくれ。それに俺、リクがクラフターをやってくれれば、絶対上手くいくって予感がしてるんだ」
「なんだよ、それ……根拠なしかよ」
「ホントだって! 明日も練習あるから早く寝ろよ」
「うん……」
チャットを終えても、僕はなかなか寝付けなかった。クエンティンの根拠のない「予感」が、嬉しくもあり、重くもあった。そして、なぜか、ヴィル爺さんの言っていた「亡霊」の話が、頭から離れなかった。
幸運に見舞われる、か。今の僕に一番必要なものかもしれない。
気づけば、僕はPCの前に座っていた。
「よし! ……行ってみよう!」
ネットで検索すると、FFOのメンテナンス用バックドアの場所は、意外と簡単に見つかった。
僕は、震える指でコマンドを打ち込み、サーバーの裏口へと接続する。正規ルートではない、薄暗いデータ回廊。その先に、ヴィル爺さんの言っていた「何か」があるのかもしれない。
そう思った瞬間、足元のデータが崩れ、僕のアバターはバランスを失った。
「うわっ!?」
操作ミス。僕の体は、奈落へと落ちるように、暗闇の中へと吸い込まれていった。
どれくらいの時間が経っただろう。
僕が意識を取り戻したとき、そこにいたのは、今まで見たこともない、不思議な空間だった。
完全な無音。そして、床も壁も天井もない、無限の闇。その中心に、無数のモニターに囲まれた、ガラス張りの部屋のような空間が、ぽつんと浮かんでいた。
そして、その部屋の中に、一人の少女がいた。
銀色の長い髪。着ているのは、ゲームのデータとは思えない、シンプルな白いワンピース。彼女は、モニターに映し出される、数多のFFOの試合を、ただ静かに、瞬きもせずに見つめていた。
僕の存在に気づいたのか、彼女はゆっくりとこちらを振り向く。その瞳には、何の感情も浮かんでいなかった。
「……あなたは、誰?」
少女が、初めて口を開いた。その声は、合成音声のように平坦で、温度がなかった。
「僕はリク。ミシマ・リク。君は?」
少女は、少しだけ首を傾げた。まるで、「自分の名前」という概念を、今初めて聞いたかのように。
「私……? 私、……ビルドナンバー759」
それは僕にとって、まさに運命の出会いだった。