―セクション1―
「よお! おはよ」
「おう」
翌朝、研矢は川内の挨拶に答えながら、学校の正門を抜けた。
松宮邸の侵入者の件は解決していなかったが、ケリアに自由に過ごせば良いと言われていたため、いつも通り一人で登校した。
一年一組の教室は窓の修理ができていない関係で、空き教室――いつもお弁当食べている教室だ――に皆移動している。当面、この教室を使うらしい。
昼飯を食べる場所をどうしようかと考えながら、研矢は教室に入った。
すると、駆け寄るようにして花鈴がやってきた。
「おはよ。大杜は今日もお休み?」
「ああ」
「カスミは? 昨日の昼からカスミも見ないけど」
「ああ……その、任務終わったからな」
「ええ⁉︎ もう来ないの⁉︎ 挨拶ぐらいしたかったのに!」
「まぁ、また会う機会はあるだろ」
ひどく残念そうに言う花鈴に、研矢は少し気まずくなって、そう言う。
「そっか――そうね。でも大杜もお休みかぁ」
改めて残念そうに言うので、研矢はなんだと首を傾げる。
花鈴は、研矢の机の上に英字の包装紙でラッピングした何かを置いた。
「昨日の部活で作ったスコーンよ。大杜には前にもお菓子あげたんだけど、今回は特に上手にできたから、プレゼントしたかったのに」
「専門棟であんな騒ぎがあったのに、部活あったのか……」
「調理室は本館だもの。関係ないわよ」
「なるほど」
「仕方ないから、研矢が食べてよ」
「はぁ? なんでだよ」
「昨日作ったのよ。一晩ならまだしも、明日渡すわけにはいかないでしょ。あ、それから、こっちも」
花鈴はもう一つ包みを机に置く。
こちらは透明なラッピングの中に色鮮やかなマカロンが並んでいる。かなりの出来栄えだ。
「日彩のか」
研矢が言うと、花鈴は不機嫌そうに言う。
「なによ、スコーンだってそれなりに難しいのよ」
「別にお前のに文句付けてねぇだろ」
「顔が言ってる」
「あのな――」
「とにかく、JKの手作りのお菓子なんだから、ありがたく食べなさい」
「自分で言うなよな。――そうだ。あいつと分けることにする」
研矢はちょうど教室に入って来た武朗に視線を向ける。
「貴島君?」
「そ。仲良くなったんだ」
自分の名前が出て来たことに気付いた武朗が向かって来て、研矢の声が聞こえたのか、顔をしかめた。
「別に仲良くなってないだろ」
「気にするな。それより、これ、JKお手製のスコーンだってさ。やるから食えよ。お前菓子好きなんだろ」
武朗は訝しげにラッピングを見つめた。
「花鈴が大杜に渡したかったやつだそうだ。あいつ休みだからさ、代わりにもらってくれよ」
「ちょっと、それならマカロンと半々で分けなさいよ」
花鈴が研矢を睨む。花鈴製の方を押し付けられているのだと察した武朗は、真面目な顔で指摘する。
「砂糖と塩、間違ってないだろうな」
「そんなベタな間違いしないわよ。二人してなんだと思ってるの。言っとくけど、私の手作りなんて、全男子が欲しがるシロモノよ」
「だから自分で言うなって」
研矢が呆れたように呟くと、武朗は溜め息をついた。
「まあ、もらっておく。ありがとう」
武朗はそれ以上は追及せずに、包みを手にして自席に向かう。
思いのほか素直に礼を言ったので、研矢は驚いて見やり、花鈴も、
「あんまりしゃべんないし、よくわかんない奴だと思ってたけど、いい奴じゃない」
と武朗への評価を上げていた。
花鈴が席に戻って行ったのを見届けてから、研矢は武朗の席へ移動した。
「一応警告しとくけど、気をつけて食えよ。毒は入ってないだろうけど、マジで砂糖と塩を間違えかねない奴だからな」
「そう思うなら寄越すな」
「う……まぁ、そうだな」
「――佐々城は休みか」
「ああ。病院だってさ」
「ふぅん」
武朗は興味なさそうだが、本当に興味がなければ聞きもしないだろうから、気にはなっているのだろう。
研矢は昨日、武朗が帰った後のリトルバードの騒動を思い出したが、勝手に話をするのはよくないかと思い、口をつぐむ。
研矢は自席に戻ると、早速マカロンを一つ口に放り込んだ。甘酸っぱい味が広がる――カシス風味だろう。
(じょうずだな。店みたいな味だ)
研矢は隣のクラスの日彩を思う。
花鈴が言うには、彼女より頭がいい日彩が二組になってしまったのは、入学試験当日体調が悪く、本来の力が発揮できなかったからだそうだ。そんなコンディションでも合格できたのだから、頭がいいのはその通りなのだろう。
おとなしい上にクラスが違う日彩とは、毎日のように昼を一緒に食べていても、ほとんどしゃべったことがない。
しかし、彼女の言動、態度の節々に感じることがある。
――好意を寄せられているんだろう、と。
そしてそれは花鈴も承知していることのようだった。
放課後、研矢が帰りの準備をしていると、跳ねるようにして花鈴が近付いてきた。思わせぶりな行動に、研矢がチラリと横目で花鈴を見る。
「何だよ」
「んーと、研矢、この後、ヒマ?」
「暇? まぁ、別に用事があるわけじゃねぇけど」
「ならね、ナショナルタウンズにでも遊びに行かないかなぁ? ――3人で」
「大杜は休みだろ」
「違うわよ。研矢と、私と、日彩、の3人」
(……ああ、なるほど)
研矢は納得した。
気のある女子に、友達とくっ付けようとされる事には複雑な気持ちはあるものの、
(花鈴は、大杜の彼女……だもんな)
花鈴に本気になってしまう前に、他の女子と親しくなるのも手かもしれないとも思う。
日彩は自分のこれまで惹かれてきたタイプとは違うが、深く話してみれば相性が良い可能性もあるし、向こうが自分に好意を持ってくれているなら、親しくなる機会をみすみす失うべきではないようにも思える。
「――いいぞ」
「え、ほんと!?」
「誘っといて『ほんと?』はねぇだろ。今から行くのか?」
「うん、そう! あ、でも私はリップ変えたり、ちょっと準備したいから、先に日彩と行っててよ。屋上にオープンカフェもあるしそこで待ってくれててもいいわよ」
「……わかった」
あからさまだなぁと研矢は苦笑しながら、2組の入り口へ向かう。
中を伺うと、日彩がカバンにノートを詰めているところだった。
「秦」
入り口から呼ぶと、何人もの生徒が振り向き、驚いたような顔をする。
戸惑っていると、
「松宮君だ」
「やっぱかっこいいよね」
「頭の出来も違うし」
そこかしこでヒソヒソとした会話が聞こえる。
一組では大杜が皆の目を引いていたためか、自分が話題に上ることも注目されることもなかったが――
(そういや、中学までの俺ってこういう感じだったな)
不意に中学以前の学校生活を思い出す。高校に入ってからはなぜか過去を思い出すことがほとんどなかった。
幼稚園からの一貫校で、周囲は皆知った顔ばかり。凝り固まり、皆から向けられる自分の印象を変えることは難しく、置かれるポジションに辟易としていた。新しい環境に身を置いてみようとここへ来た日が、ずいぶんと前のことのように思える。
「松宮君」
日彩がカバンを持って駆け寄ってきた。
「どうしたの?」
「どうしたっていうか、花鈴から、ナショナルタウンズへ行こうって誘われたんだ。――お前と先に行っておいてくれってさ」
「ええ⁉︎」
日彩は思わず大きな声を出し、慌てて口を押さえた。この様子では、この計画は花鈴ひとりで練られたもののようだ。
「あいつ……」
研矢が呆れたように呟くと、日彩が事情を察して、研矢を廊下の隅に連れ出した。
「あの、ごめんね。花鈴、無理やり松宮君のこと誘ったんでしょ……」
「あーいや、無理やりってわけじゃない。3人で出掛けるのも悪くないかなって、俺も思ったしさ」
「ほんとに?」
「ああ」
「じゃなくて……だって、花鈴のこと……」
日彩は呟く。
研矢は日彩が察しているらしいことに焦った。昼休みぐらいしかまともに顔を合わせない日彩が気付いているということは――
(大杜やアイビーも気付いてんのか?)
恥ずかしくて顔から火が出そうだ。なにより、花鈴本人に気付かれていたとしたら――
研矢はいたたまれなくなって、日彩の手を取った。
「何言ってるのか、わかんねぇな。ほら、行こうぜ」
電車で十五分。このエリアで一番大きな駅の一等地にあるショッピングエリア、ナショナルタウンズは、平日でも賑わっていた。
メインビルの屋上カフェへ向かうべく、研矢と日彩が広場を抜けていると、華やかな服装の美女が、向かいから歩いて来る。
意図的に向かって来ているようで、二人は思わず立ち止まった。
美女は研矢の前に来ると、挨拶をした。
「こんにちは。――あなた、松宮研矢君でしょ?」
「え、あ……はあ、そうですけど……あなたは?」
「私は鈴木舞華。たーくん――大杜君やあなたのお父様の友人よ。六連星の制服だなと思って見てたら、松宮さんの面影が重なって、それで大杜君から聞いてた研矢君の事を思い出したの」
「そうなんだ……そうなんですね。初めまして」
慌てて敬語に修正した研矢に笑いかけながら、舞華は興味深そうに二人を見やった。
「お父様はプライベートな時間を他人と共有しない人だけど、研矢君は違うみたいね」
「え?」
「デート中よね。邪魔してごめんなさいね」
「え、あ、いや、これは」
研矢は否定すると日彩に失礼かと思って答えあぐねる。日彩もどう反応して良いかわからずに戸惑った。
舞華は思わず吹き出した。
「ごめん、ごめん。冷やかしたつもりはないのよ。――大杜君から、あなたのことはよく聞くわ。親切で優しくて頼りになるんだって。苦労も多い子だから心配してたけど、あなたのおかげで学校も楽しいみたいだし、うれしいわ。私からもお礼を言うわ」
「あ、いえ、そんなこと――っていうか、あいつのことよく知ってるんですね」
「ええ。小さな頃から知ってるわよ。私、大杜君のお兄さんの恋人だったの。だからずっと弟みたいに思ってるわ」
研矢は息を呑んだ。
お兄さん――それは、殉職したという、年の離れた兄のことだろう。研矢はなんて答えてよいかわからず、言葉に詰まった。
「あなたみたいな子が友人としてそばにいてくれるなら心強いわね。これからも、仲良くしてあげてね」
「……はい」
「お嬢さん、邪魔してごめんね。素敵な彼氏、大切にしてね」
「彼氏……」
言うだけ言うと颯爽と去っていく舞華を、二人は呆気に取られたように見送る。
数メートル後ろを、警官ロボットがついていくことに研矢は気付いた。そして、彼女を見た時に既視感があったことの理由にも思い至る。
(新学期初日に、立花さんのところで見た女の人と、警官ロボットだったのか――)
「佐々城君のお兄さんの恋人って言ってたけど、佐々城君、お兄さんがいたのね」
「ああ。でも兄貴、亡くなってるんだってさ。複雑な事情があるみたいだ」
「そうなの?」
日彩は驚いたように改めて舞華が去っていった方角を見やる。が、人混みに紛れて、警官ロボットの姿共々、見えなくなっていた。
二人は気になるフロアに寄り道をしながら、三十五階建てビルの屋上にあるオープンカフェに入った。屋上のフェンスは透明板なので、風景が遠くまでよく見える。赤い空が燃えるように美しい。
研矢は何となく周囲を見回した。どこかでケリアが見ているのかと思ったが、見つけることはできなかった。
カウンターでドリンクを受け取ってから、二人はフェンス沿いの丸いテーブルに掛けた。
「秦のは抹茶ラテ?」
「うん。抹茶味好きだから」
「抹茶って甘くても苦いままでもうまいよな」
同じ物が好きと言うだけで、うれしい気持ちになれるから不思議だ。
(……そうだ、少しずつお互いのことを知っていったらいいんだ。きっと秦にも興味が持てるはず)
研矢はそんなことを思いながら、自身のカップを口に付ける。
「松宮君はそれ――カフェラテだよね?」
「ああ。俺はこれが好きかな」
「……そう……なんだ……」
日彩は少し戸惑ったな表情を見せる。
研矢は首を傾げた。
「なんか変なこと言ったか?」
「そういう訳じゃ――ううん、あのね……」
日彩が何かを言いあぐねるように俯く。
「どうした?」
「……今さらなんだけど、聞きたいことがあって……」
毎日のように顔を合わせているのに、なぜ今なのだろうかと思いながら、もしかしたら、花鈴や大杜には聞かせたくない話なのかと気付く。
「他の奴に知られたくない話か? だったら秘密は守るから、別になんでも聞いていいぞ」
研矢は軽い気持ちで言う。実際、何を聞かれるにしても大したことではないはずだ。自分たちは面識もないのだし、せいぜい、「花鈴のことどう思ってる?」ぐらいが一番の爆弾といったところだろうと研矢は考えた。
――だが、違った。
「あなたは……どうして松宮君を名乗っているの……?」