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初夏の思い出

ー/ー



私はお母さんと家の裏山で探し物をしている。季節は初夏。風にはまだ春の優しさが残っているけれど、草木からは青々とした夏の香りが漂い始めている。
探し物はなかなか見つからない。だって、まだ時期がちょっと早いもの。


私はこの頃小学一年生でまだ本を上手く読むことが出来なかった。自分の名前すらひらがなでも書くことが出来なかった。
国語の時間先生に音読させられる物語はいつも全然意味がわからない。先生もあんまり私の読み方が下手なのでいつも呆れた様子。
そんなんだからどんな物語を読んでも聞いても全く興味が湧いてこない。


ある日、国語の授業が終わった後、私は頭の中がボーッとした。
それは今までにないことだった。その日だっていつものように先生に指されて、いつものように文字が上手く読めなくて、いつものように何もわかっていないだけだったのに。。。
今更落ち込むなんてこともない。ただ、その日触れた物語は、上手く言えないのだけれど、なんだかとっても柔らかい気がしたんだ。
その物語が書かれているページを開くと本がほのかに甘いマシュマロになってしまったの。


その日の夜、お母さんが


「今日の学校はどうだった?」


と聞くから


「今日も全然本が読めなかった」


って答えたら、お母さんは


「いつも働いてばかりで一緒にいる時間が少なくてごめんね。文字の読み方もちゃんと教えてあげられていないよね。そうだ、たまにはお母さんが読んであげる」


そう言って私の隣りに座って授業で読んだ物語を読んでくれた。たった二、三ページしかない物語でお母さんはすぐに読み終えてしまったけれど、私はとっても気持ちがよかった。
それは蛍袋の物語。


「蛍袋って綺麗な花なんだよ。お母さん好きなんだ」


「ホタルブクロ?」


私にとっては初めて聞く奇妙な名前だった。


「そう、蛍袋。今度一緒に探しに行こうか。そろそろ咲き始める頃だし」


「うん、見たい!」


それで次の日曜日に裏山へ探しに行ったわけ。探す役目はもっぱらお母さん。私は周りをきょろきょろするだけで探そうにも探せない。だって、蛍袋なんて一度も見たことないんだもの。


「まだちょっと早かったかなー」


お母さんが微笑みながら言う。私は何も答えない。森にはガサガサと私たちの草をかき分ける音だけが響いている。蝉もまだ鳴いていない。


「あ!咲いてる!咲いてる!」


私はその声にすぐに反応してお母さんに駆け寄った。


「どこどこ?」


「ほら、そこ」


お母さんは他の草に埋もれそうに咲いている花を指差した。淡いピンクと青と紫が混じった涼しい色合い。花は妖精が使うランタンのような形をして俯いている。その様子はちょっぴり切ない感じ。
私は何も言うことが出来なかった。何て言ったらいいのかわからなかった。
たぶん、これが一目惚れ。


結局蛍袋を見た後も本の物語の内容はわかっていなかったのだと思う。今になっても全然覚えていないもの。けれど、そんなことはどうでもいいの。こんなに素敵なものが学校の教科書に出てきた、それだけで十分満足だった。


それでね、最後に夢を見たの。満点の星空の下、一人細い砂利道に立っていて、道の両脇には蛍袋が数え切れないほど咲いている。それらはみんな淡いピンクと青と紫に光って砂利道を照らしている。道は真っ直ぐな一本道でその先には大きな、とても大きな黒い扉がある。後ろを振り返りたくても振り返れない。そこには何もないのだから。私はずっとここに居たいと思う。
そんな夢。


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探し物はなかなか見つからない。だって、まだ時期がちょっと早いもの。
私はこの頃小学一年生でまだ本を上手く読むことが出来なかった。自分の名前すらひらがなでも書くことが出来なかった。
国語の時間先生に音読させられる物語はいつも全然意味がわからない。先生もあんまり私の読み方が下手なのでいつも呆れた様子。
そんなんだからどんな物語を読んでも聞いても全く興味が湧いてこない。
ある日、国語の授業が終わった後、私は頭の中がボーッとした。
それは今までにないことだった。その日だっていつものように先生に指されて、いつものように文字が上手く読めなくて、いつものように何もわかっていないだけだったのに。。。
今更落ち込むなんてこともない。ただ、その日触れた物語は、上手く言えないのだけれど、なんだかとっても柔らかい気がしたんだ。
その物語が書かれているページを開くと本がほのかに甘いマシュマロになってしまったの。
その日の夜、お母さんが
「今日の学校はどうだった?」
と聞くから
「今日も全然本が読めなかった」
って答えたら、お母さんは
「いつも働いてばかりで一緒にいる時間が少なくてごめんね。文字の読み方もちゃんと教えてあげられていないよね。そうだ、たまにはお母さんが読んであげる」
そう言って私の隣りに座って授業で読んだ物語を読んでくれた。たった二、三ページしかない物語でお母さんはすぐに読み終えてしまったけれど、私はとっても気持ちがよかった。
それは蛍袋の物語。
「蛍袋って綺麗な花なんだよ。お母さん好きなんだ」
「ホタルブクロ?」
私にとっては初めて聞く奇妙な名前だった。
「そう、蛍袋。今度一緒に探しに行こうか。そろそろ咲き始める頃だし」
「うん、見たい!」
それで次の日曜日に裏山へ探しに行ったわけ。探す役目はもっぱらお母さん。私は周りをきょろきょろするだけで探そうにも探せない。だって、蛍袋なんて一度も見たことないんだもの。
「まだちょっと早かったかなー」
お母さんが微笑みながら言う。私は何も答えない。森にはガサガサと私たちの草をかき分ける音だけが響いている。蝉もまだ鳴いていない。
「あ!咲いてる!咲いてる!」
私はその声にすぐに反応してお母さんに駆け寄った。
「どこどこ?」
「ほら、そこ」
お母さんは他の草に埋もれそうに咲いている花を指差した。淡いピンクと青と紫が混じった涼しい色合い。花は妖精が使うランタンのような形をして俯いている。その様子はちょっぴり切ない感じ。
私は何も言うことが出来なかった。何て言ったらいいのかわからなかった。
たぶん、これが一目惚れ。
結局蛍袋を見た後も本の物語の内容はわかっていなかったのだと思う。今になっても全然覚えていないもの。けれど、そんなことはどうでもいいの。こんなに素敵なものが学校の教科書に出てきた、それだけで十分満足だった。
それでね、最後に夢を見たの。満点の星空の下、一人細い砂利道に立っていて、道の両脇には蛍袋が数え切れないほど咲いている。それらはみんな淡いピンクと青と紫に光って砂利道を照らしている。道は真っ直ぐな一本道でその先には大きな、とても大きな黒い扉がある。後ろを振り返りたくても振り返れない。そこには何もないのだから。私はずっとここに居たいと思う。
そんな夢。