―セクション3―
研矢は本日のおすすめディナーを、貴島はプリンアラモードを頼んだ。
「ここの防犯カメラは?」
貴島の言葉に研矢は指で指し示す。
「あそことそこの二箇所だ。だが客のプライバー保護のため、音声は拾ってない。――さっきのシェフはここの店主で俺の叔父貴で、その本人から聞いた話だから信じていい」
貴島は仕方なさそうに口を開いた。
「で、何が聞きたいんだ?」
「聞きたいことは山程あるけど――まずはサンキューな。俺が無事か確認してくれただろ」
「個人的に心配したわけじゃない。お前は一般人だから、何かあったら面倒だと思っただけだ」
「そうだとしてもだ」
素直ではない物言いに、研矢は笑う。
「じゃあ、ここからは質問な。なんで今、自転車でここにいた?」
「用事が済んだから戻って来たんだ。家に直帰すると、明日乗っていく自転車がない。カバンも学校に置いたままだから、勉強も出来ない。だから学校の方に戻ってきただけだ」
「お前、真面目?」
「うるさい。俺は余計な事はしたくないが、しなければいけない事をサボるのも嫌いだ」
「意外だな」
「どこが。お互いのこと、何も知らないだろ」
「それもそうだな。じゃあさ、俺はお前のことが知りたい。お前も、聞きたいことがあれば聞けよ」
「ないな」
「じゃあ俺が聞くばかりになるな――。ウェザーブラインドだっけ? あれ、お前だよな?」
「……情報の出所は高犯対か? それはトップシークレットだぞ」
「そうなのか? お前が防衛省所属の能力者ってことも?」
「それは高犯対が知らないことだな。お前の勝手な想像だろ」
「誤魔化すなよ。あのヘリ、空自だったろ。ウェザーブラインドの能力者は自衛隊所属って聞いたぜ。お前は、大杜みたいに公言しないのか?」
貴島は諦めたように溜め息を付いた。
「一緒にするな。あいつは社会に密着した任務だが、俺は公の組織図には載っていない、諜報機関的な組織に属してる。公言なんてとんでもない」
「そうなのか」
研矢が驚いていると、プリンアラモードが運ばれてきた。
貴島の表情は特に変わらないが、雰囲気が穏やかになる。
(クリームソーダ飲みながら、警察機関の長だと言う奴がいたり、プリンアラモード食いながら、諜報機関所属だと言う奴がいたり……)
研矢はソファーの肘置きに肘を乗せ、ご機嫌にプリンを食べているクラスメイトを見やった。
「お前がヘリで去ったのってさ、あそこに危険が迫ってたからだろ? 教室の窓ガラスが割れたときも、お前、あの場所に危険があることを察して、保健室へ避難してたみたいだしな」
「……ノーコメント」
「ノーコメントになるような質問だったか?」
研矢は納得いかなさそうに首を傾げる。
「俺の能力や所属はまだしも、事情に関しては任務に関わる部分もあるから話せない。万が一、お前が佐々城や紀伊国に口を滑らせると、事情を探られて面倒なことにもなりかねないしな」
「紀伊国さんを知ってるのか?」
「ああ。のほほんとした自由人に見えるが、超問題児のオッサンだぞ。大昔防衛省にいたらしく、うちにも知り合いが多いが、おおむね仲は悪い」
「良い人だったぞ?」
「高犯対ではそうみたいだな。水が合うんだろ。丸くなったって噂だ」
「ふぅん。大杜のことも、大杜の母親のことも、大切にしてるっぽいもんな」
「母親のことも?」
「ああ、紀伊国さん、大杜の義理の父親だってさ」
その瞬間、貴島が軽くむせた。
「知らなかったんだな」
「知るか、そんなこと」
何度か咳払いをした後、水を喉に流し込む。
研矢の食事が届き、会話が途切れる。
「なぁ、お前の能力って、天気を操れるのか?」
「またその話か」
「そりゃ気になるだろ」
貴島は諦めたように説明する。
「厳密には、天気は操れない」
「え、でも……」
「俺が操るのは、雲の流れだ。雨を降らせるために雨雲を呼んだり、晴れさせるために遠ざけてりする。操れる雲は雷雲ぐらいまでだな。雪雲は操れたことがない」
研矢は不意に気付いて、体をテーブルに乗り出した。
「お前――保健室へ行く際、雷雲を呼んで行っただろ。カーテンが閉まってなかったら、ガラスの破片で何人か怪我をしてもおかしくなかった……。俺も大杜も、カーテンが閉まってて幸いだったと思ったが、あれはただの偶然ではなく、あわよくば誰かがカーテンを閉めるように――と思ってやったんだな?」
「……偶然だ」
貴島は表情を変えなかったが、一瞬言葉に詰まったことに研矢は気付いた。
(危険を察しながら、無責任に、自分だけ避難したんじゃねぇってことか……)
彼の事情を察するに、皆に危険があると伝えることはできなかっただろう。だから彼はできる範囲のことをしていったのだ。
そう思うと、研矢は何となくうれしくなった。
「天気が悪い間は、ずっと雲を呼んでたってことか」
「いや、呼ぶという感じじゃない。無意識だ」
「無意識?」
「たとえばお前が走る時、今から足を交互に動かすぞ、と考えたりはしないだろ。人が身体を無意識で動かすように、俺も雲をそのように扱う」
「……へぇ」
研矢が賞賛の眼差しを送ってくるので、貴島は内心落ち着かなくなった。
軽く咳払いをする。
「ただし、走ることができても早く走るには練習が必要なように、俺の能力も上手く使うには訓練が必要だ。範囲を広げたり雲の種類を増やしたり、努力してきた。何より、能力の発動が無意識というのはむしろ曲者で、常に精神を落ち着かせておかないといけない。感情の起伏が大きいと天候に影響を及ぼしかねないからな」
「便利な能力だと思ったんだが、大変なんだな。大きな力を持つには、代償も大きいってわけか……」
研矢は大杜のことを思い出しながら呟いた。
貴島は溜め息をつくと、空になったデザートの皿をスプーンの先でコンと叩いた。
「もうこれぐらいでいいだろ。俺は帰るぞ。お前もさっそと食え。冷めてるぞ」
伝票を持って立ち上がった貴島を、研矢は見上げた。
「武朗、伝票は置いてけよ。俺が払っとくからさ」
「断る。そういうことはのちのち面倒に繋がることがあるから、しないことにしている――というか馴れ馴れしいな」
「名前か? いいだろ。一緒に飯食うぐらい仲良くなったんだ」
「脅されて来たと思うが」
「思い違いじゃないか? 誘ったぞ、俺は」
貴島はこれ以上言っても無駄だなと諦めた。
「――好きにしろ」
「俺や大杜のことも名前で呼べよな。仲良くしようぜ」
貴島は手にした伝票を、研矢の顔に突きつけた。
「やっぱりおごれ」
「おう、任せとけ!」
研矢は楽しそうに言うと、伝票を取り上げて振って見せた。
武朗の背を見送った後、研矢はフォークとナイフを手に取った。
ケリアを待たせていることもあって、研矢は急いで食べたつもりだったが、いつの間にか他の客は帰り、研矢が最後の客となっていた。
研矢は叔父に簡単な挨拶してから店を出たが、数歩進んだところで、がさりという音に振り返る。
店の入り口の垣根のところから、黒い尻尾が見えていた。
(散歩中の犬か?)
研矢は辺りを見回したが、飼い主らしき者が見当たらない。
見えているのは尻尾の部分だけだったが、かなりの大型犬のようだ。
(リード離しちまったか?)
公園には散歩中の者もいるだろうし、放し飼い状態はよくないだろう――。
そう思い、研矢が犬の方に近寄っていくと、奥の方から、鍋が崩れるような音が聞こえた。
研矢は慌てて店内に戻った。だが入った瞬間、鋭く光る目に睨みつけられて、思わず後退する。
「な……なんなんだ⁉︎」
店内に犬が入り込んでいた。ただし一匹ではない。ざっと見ただけでも十匹はいるだろう。しかも大型でドーベルマンのようなスリムで背の高い犬だ。
「叔父貴‼︎」
研矢は声を上げ、犬をかわしながら、厨房へ向かう。勝手口が開いていて、犬たちはそこから入り込んできたようだ。
鷹田は驚いて床に尻もちを付いていた。
とその足に、一匹が噛みついた。
「うあぁ‼︎」
「叔父貴!」
研矢は包丁を手にした。長い得物の方が得意だが、手近にはこれしかない。
「だ、駄目だ。こいつらはそんなものでは殺せない! 逃げろ! 警察に連絡してくれ!」
「わかった!」
警察と言われてはっとする。ケリアがそばの交番で待機してくれている。
研矢は電話を掛けようとしたが、犬が意図を察したかのように、研矢の腕めがけて飛び掛かってきた。
研矢は噛み付かれることを覚悟したが、痛みが襲うことはなかった。
「通報の必要はないよ。緊急事態であることは把握済みだからね」
「は……? え、リソナ?」
犬の牙は、研矢の腕の代わりに、リソナのメタリックな手に食い込んでいた。
リソナは犬を振り払い、鷹田の側に寄ると、ロボットの強靭な脚で、鷹田に噛み付いている犬を蹴りやった。
犬は鳴きもせず、離れただけで、すぐに威嚇のポーズになる。
「ふむ。痛覚がなく筋肉も強化されているのか。これでは、リソナのボディで倒すのは無理だな」
リソナは研矢に向き直ると、敬礼してみせた。
「改めて、はじめまして。ボスのお友達の研矢君。私は高犯対Q0ー08のブルースターだよ」
「え?」
「内偵中だったんだ。――さて、私には倒せないけど、すぐに応援が来るから安心して。その間、二人を守るぐらいはできるからね」
「内偵……どうして……あ、いやそれより、無理して壊れたらまずい。今、ホーソンにはカスミが――」
「心配してくれてありがとう。でも私たちの使命は人を守ることだからね」
リソナの性能では笑みを上手く表すことはできない。キューレイなら、きっと優しい笑みを浮かべているところなのだろうと、研矢は思った。
「二人とも私の後ろへ。二手は守れないから」
「ああ」
研矢は頷き、叔父の横に並ぶ。そしてそばの清潔そうな布巾を手に取ると、傷口を縛ってやった。
「ありがとう、研矢」
「気にすんな」
「いや……その……ありがとうな……」
「?」
その時、店の窓が派手に割れて、ケリアが飛び込んで来た。
「研矢さん、無事か」
「ああ、大丈夫だ」
ケリアは頷くと、警棒を取り出した。
「え、拳銃は?」
「警官ロボットには拳銃の所持は許可されていない」
ケリアは、筋肉強化されているらしき犬にもまったく劣ることなく、手早く倒してゆく。
と最後の一匹がケリアの攻撃を避けて、研矢の方にやってきた。リソナが前に立ちはだかる。
「ブルースター!」
研矢が思わず目を瞑った瞬間、何かが叩きつけられる音がした。恐る恐る目を開けると、アキレアが、最後の一匹を手刀で倒した直後だった。
「うちの最強美女コンビだよ」
リソナがふざけるように言う。
研矢は苦笑した。
パトカーのサイレンも聞こえてくる。
「所轄がここの騒動は処理してくれるよ。鷹田オーナーは我々と来ていただけますね?」
「叔父貴……この騒動に心当たりがあるんだな?」
先ほど鷹田が「こいつらはそんなものでは殺せない」と言ったことを思い出して聞く。
鷹田は気まずそうに視線を一瞬そらしたが、呼吸を整えると、研矢を真っ直ぐに見つめた。
「研矢――俺はこれから警察で知っていることをすべて話すよ。本当はもっと早くに覚悟を決めて、自分から明かすべきだったんだろうが……もしかしたら、このままやり過ごせるんじゃないかなんて……思ってしまったんだ。――愚かだな」
程なくカフェの周りにパトカーが何台も到着し、にわかに周囲が騒がしくなった。
鷹田はアキレアに体を支えられながら、研矢の前に立った。
「研矢」
「ん?」
「俺は――お前も大切な甥っ子だと思ってる」
「……?」
叔父の言葉の違和感に、研矢は顔を顰めた。
「すまない」
「すまない?」
「また――会えたらいいな」
鷹田はそう言うと、連れられて行った。
叔父に聞きたいことはたくさんあったが、今は問うことはできない。
研矢はケリアと共に店を出て、今度こそ帰路についた。