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第2節 静と動の変異/ §2

ー/ー



   ―セクション2―

 大杜と研矢は八階に移動した。このフロアは全部松宮家で借り上げられており、他の患者はいない。

 弓佳の病室の前に来ると、研矢は視線で中を示した。

 大杜は大きなガラス窓の前に立って、目を見張る。

 病室の中は生命を維持するための多数の機械が置かれ、コードやチューブが蜘蛛の巣のように交わり垂れているが、その中にあって、彼女の様子は異質だった。

 薄ピンク色の可愛らしいワンピース姿で、足元はシルクの白い大判スカーフで覆われており、白い肌も病的には見えない。

 病室のベッドで重い病と戦っているというより、眠りから覚める機会を待つ童話の中のお姫様のようだ。

「綺麗な子だね」

「子はないだろ。見た目は小さいけど、俺たちと同じ歳だからな」

「そっか。なんか小さな女の子を見てる気になってた」

「なら可愛いって言わないか?」

「うん。でも、なんだか可愛いって印象じゃない。目鼻が整ってて――完成されてる感じ」

「確かにな。こいつ、体は小さいのに、顔立ちはやたら大人びてるよな」

 研矢はベットに視線を向け妹を観察する。こんなにしっかり見たのは初めてかも知れない

「中に入る?」

 大杜は遠慮がちに聞く。

 研矢のこれまでの話から、病室に入ったことはほとんどないだろうと推測はできた。しかし彼がなんらかのトラウマのようなものを乗り越えようとしているなら、その背中を押したいとも思う。

「……そうだな……」

 研矢は逡巡した。

「……これが本当の最後になるかもしれないし、お前もついてきてくれてるしな……」

 研矢は覚悟を決める。

 病室に入り、弓佳の手を握り締めでもしたら、なにかが変わるようなそんな気もした。

「入るなら、三階のスタッフステーションへ連絡して、鍵を開けてもらわないといけないな。立ち会いも必要だったはずだ」

 研矢は近くにあるスタッフステーション直通の通信機に触れようと手を伸ばす。

 そのとき、エレベーターのある方向から白衣姿の医師がやってくるのが見えた。

(あれは――墜落騒動の時に、病院から出てきた奴じゃないか? 確か、シラー……?)

 研矢はその時のことを思い出す。ケリアの口振りから推測すると、大杜の部下だと思っていたが、改めて見ると、仕様は医師ロボットだ。

 医師ロボットは、優秀な人工頭脳を有した製品で、人間の医者と看護師の中間ぐらいの役割を担っている。大病院でも滅多に見掛けることのない、とても高価なロボットだ。

「こんばんは。医師ロボットのファクターです。弓佳さんのご家族の方ですね」

 医師ロボットは、研矢の正面に立つと、そう名乗った。

(シラーじゃなかったのか?)

 研矢は疑問に思ったが、大杜が何も言わなかったので、記憶違いだったかと考える。

「彼はお身内の方ではありませんね」

 ファクターは大杜に近付き、真正面から顔を覗き込むと、首元をそっと撫でた。

 大杜は緊張した面持ちで、じっとファクターを見返している。

「あの、彼は俺の友人で、俺が見舞いを頼んだんです。何か問題がありましたか?」

 部外者をこのフロアに入れた事を非難されているのかと思った研矢が慌てて口を挟むと、ファクターは柔かな笑みを浮かべて研矢を振り返った。

「いえいえ、ご家族の方がお連れになったのなら、問題はありませんよ。ただ、彼も入院患者でしょう? あまり長居はされない方がよいのではないかと思いまして――体調がすぐれないようですので」

 研矢は大杜を見やった。

 言われてみれば、確かに顔色が悪く見える。普通に会話していたから気付かなかったが、もしかすると無理して付いてきてくれたのだろうかと研矢は不安になった。

「面会をご希望なんてことはないですよね? それより早く戻って休まれたほうがよいと思いますよ」

「……そうみたいです」

 大杜が答え、研矢を見やった。

「……ごめん。面会は今度にしてもらっていいかな……」

「あ、ああ。もちろんだ。悪い、俺の方こそ体調に気が付かず連れ回して」

 大杜は早々にファクター医師に頭を下げるとエレベーターホールへ向かって歩き出す。

 研矢も頭を下げて後ろに続いた。

「良い判断だと思いますよ。――おだいじに」

 ファクターの言葉を背に受けながら、二人は廊下の角を曲がる。

 ファクターが乗ってきたと思われるエレベーターが待機していたこともあり、五階にはすぐに戻って来た。

 二人の戻りがあまりに早いことにアイビーが驚く。

「ずいぶんと早いな」

「うん……」

 大杜は小さく頷き、研矢を見る。

「中途半端になってしまってごめん。近いうちに必ず――」

「いやいや、いいんだ。お前が一緒に来てくれたから、あれでもいつもよりまともに顔を見ることができたぐらいだぜ」

「そう……? なら、良かった」

 大杜は微笑んだ。

「今日は来てくれてありがとう。また明日――は休むんだった。明後日、学校で」

「おう。ゆっくり休めよな」

 研矢はそう言うと病室を出た。素っ気ないかとは思ったが、あきらかに大杜が無理している様子だったため、負担にならないようにとの気遣いだ。

 研矢が廊下に出て、扉が閉まった瞬間、大杜はベッドに倒れ込んだ。

「タイト?」

「……シラーに連絡を取って。今すぐに……」

 気が緩んだことで、睡魔にあらがえなくなる。

 大杜の異常に気付いたアイビーが声を上げる。

「どうした⁉︎ すぐにドクターを呼ぶ!」

「俺は、大丈夫……母さんに使ってるのと同じ……だから……シラーに、なにか……」

 急速に意識が混濁して言葉が出なくなった大杜は、そのまま眠りに落ちた。



 本館との連絡通路の先に、ケリアが待っていた。

「護衛を任されている。自宅まで送る」

「まだ続いてたのか」

 研矢は肩をすくめた。

 時刻は六時を回っており、どこかで晩御飯を食べて帰ろうと思っていた研矢は、諦めて、ケリアの運転する車に乗った。

「食べて帰るつもりだったか?」

「あーまぁな。でも別に構わねぇよ」

「最寄駅にカフェがあるだろう。そこでよければ寄ろう」

「リトルバードか。いいのか?」

「ああ。向かいに交番があるから、私はそこで待つ。昼もそうしていた」

「ずっとロータリーに駐車していたわけじゃないんだな」

「覆面とは言え、バレると面倒だからな」

「それもそうか。――じゃあ、お願いするな」

「了解だ」

 ケリアは気難しそうだと思っていたが、意外と話しやすいと、研矢は認識を改めた。

 軽く目を瞑ってうとうとしていると、やがて静かに車が止まる。

「けけけけ、研矢君⁉︎」

「立花さん、こんばんは」

 交番から飛び出してくる顔馴染みの警官に、研矢は笑いながら挨拶をする。

「君、何かやったのかい⁉︎ こちらの方は高犯対だと――」

「何もやってないって。ちょっとリトルバードにご飯食べに行ってくる」

「はぁ⁉︎」

「では私はここにいる。ゆっくりで構わない。ただ、何かあればすぐに呼ぶように」

「ああ。サンキュー」

 目を白黒させるという表現はこんな時に使うんだなと立花を見ながら思い、研矢は公園へ向かう。

 散歩中の犬がいるのを横目に見ながら、研矢がリトルバードの入り口に向かった時、向かいの道路に見知った姿を見つけた。

「貴島」

 なんとなく声を掛けてしまう。

 自転車で信号待ちをしていた貴島は、驚いて見つめ返してきた。

 自転車の前と後ろのカゴには、通学カバンと筒型のリュックが押し込まれている。

(あいつ、ヘリで飛んで行ったのに、なんで今こんなところにいるんだ?)

 研矢が不思議に思いながら近寄ると、意外にも貴島は無視せずに、自転車にまたがったまま待っていた。

「お前、なんで自転車で? 昼にヘリで――」

「ストップ。ここで話す話じゃない」

「まぁそうだろうけど、お前の都合だよな。俺には関係がない」

 研矢があえて神経を逆撫でするような言い方をすると、貴島は眉を寄せて、自転車を降りた。

「わかった。話せる範囲で話してやる。だが道はよせ」

 人通りが多いわけではないが、散歩中の人間があちこちにいる。どこで誰が聞くかわからない。

「なら、リトルバードで話そうぜ。拒否権なしな」

「そこまで言われる筋合いはないぞ」

「いいけど、大杜に話すぞ?」

「……ちっ」

 余程話されたくないのか、貴島は自転車をリトルバードの側に停めて、研矢の後に付いてくる。

 木製の扉を開けると、心地良い音色が響く。

 中には二組ほどがいるだけだ。

 厨房にいたオーナーシェフの鷹田が研矢に気付いて軽く手を挙げる。研矢は手を上げ返すと、リソナに奥の半個室のソファー席をお願いし、二人は向かい合わせに座わった。



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   ―セクション2―
 大杜と研矢は八階に移動した。このフロアは全部松宮家で借り上げられており、他の患者はいない。
 弓佳の病室の前に来ると、研矢は視線で中を示した。
 大杜は大きなガラス窓の前に立って、目を見張る。
 病室の中は生命を維持するための多数の機械が置かれ、コードやチューブが蜘蛛の巣のように交わり垂れているが、その中にあって、彼女の様子は異質だった。
 薄ピンク色の可愛らしいワンピース姿で、足元はシルクの白い大判スカーフで覆われており、白い肌も病的には見えない。
 病室のベッドで重い病と戦っているというより、眠りから覚める機会を待つ童話の中のお姫様のようだ。
「綺麗な子だね」
「子はないだろ。見た目は小さいけど、俺たちと同じ歳だからな」
「そっか。なんか小さな女の子を見てる気になってた」
「なら可愛いって言わないか?」
「うん。でも、なんだか可愛いって印象じゃない。目鼻が整ってて――完成されてる感じ」
「確かにな。こいつ、体は小さいのに、顔立ちはやたら大人びてるよな」
 研矢はベットに視線を向け妹を観察する。こんなにしっかり見たのは初めてかも知れない
「中に入る?」
 大杜は遠慮がちに聞く。
 研矢のこれまでの話から、病室に入ったことはほとんどないだろうと推測はできた。しかし彼がなんらかのトラウマのようなものを乗り越えようとしているなら、その背中を押したいとも思う。
「……そうだな……」
 研矢は逡巡した。
「……これが本当の最後になるかもしれないし、お前もついてきてくれてるしな……」
 研矢は覚悟を決める。
 病室に入り、弓佳の手を握り締めでもしたら、なにかが変わるようなそんな気もした。
「入るなら、三階のスタッフステーションへ連絡して、鍵を開けてもらわないといけないな。立ち会いも必要だったはずだ」
 研矢は近くにあるスタッフステーション直通の通信機に触れようと手を伸ばす。
 そのとき、エレベーターのある方向から白衣姿の医師がやってくるのが見えた。
(あれは――墜落騒動の時に、病院から出てきた奴じゃないか? 確か、シラー……?)
 研矢はその時のことを思い出す。ケリアの口振りから推測すると、大杜の部下だと思っていたが、改めて見ると、仕様は医師ロボットだ。
 医師ロボットは、優秀な人工頭脳を有した製品で、人間の医者と看護師の中間ぐらいの役割を担っている。大病院でも滅多に見掛けることのない、とても高価なロボットだ。
「こんばんは。医師ロボットのファクターです。弓佳さんのご家族の方ですね」
 医師ロボットは、研矢の正面に立つと、そう名乗った。
(シラーじゃなかったのか?)
 研矢は疑問に思ったが、大杜が何も言わなかったので、記憶違いだったかと考える。
「彼はお身内の方ではありませんね」
 ファクターは大杜に近付き、真正面から顔を覗き込むと、首元をそっと撫でた。
 大杜は緊張した面持ちで、じっとファクターを見返している。
「あの、彼は俺の友人で、俺が見舞いを頼んだんです。何か問題がありましたか?」
 部外者をこのフロアに入れた事を非難されているのかと思った研矢が慌てて口を挟むと、ファクターは柔かな笑みを浮かべて研矢を振り返った。
「いえいえ、ご家族の方がお連れになったのなら、問題はありませんよ。ただ、彼も入院患者でしょう? あまり長居はされない方がよいのではないかと思いまして――体調がすぐれないようですので」
 研矢は大杜を見やった。
 言われてみれば、確かに顔色が悪く見える。普通に会話していたから気付かなかったが、もしかすると無理して付いてきてくれたのだろうかと研矢は不安になった。
「面会をご希望なんてことはないですよね? それより早く戻って休まれたほうがよいと思いますよ」
「……そうみたいです」
 大杜が答え、研矢を見やった。
「……ごめん。面会は今度にしてもらっていいかな……」
「あ、ああ。もちろんだ。悪い、俺の方こそ体調に気が付かず連れ回して」
 大杜は早々にファクター医師に頭を下げるとエレベーターホールへ向かって歩き出す。
 研矢も頭を下げて後ろに続いた。
「良い判断だと思いますよ。――おだいじに」
 ファクターの言葉を背に受けながら、二人は廊下の角を曲がる。
 ファクターが乗ってきたと思われるエレベーターが待機していたこともあり、五階にはすぐに戻って来た。
 二人の戻りがあまりに早いことにアイビーが驚く。
「ずいぶんと早いな」
「うん……」
 大杜は小さく頷き、研矢を見る。
「中途半端になってしまってごめん。近いうちに必ず――」
「いやいや、いいんだ。お前が一緒に来てくれたから、あれでもいつもよりまともに顔を見ることができたぐらいだぜ」
「そう……? なら、良かった」
 大杜は微笑んだ。
「今日は来てくれてありがとう。また明日――は休むんだった。明後日、学校で」
「おう。ゆっくり休めよな」
 研矢はそう言うと病室を出た。素っ気ないかとは思ったが、あきらかに大杜が無理している様子だったため、負担にならないようにとの気遣いだ。
 研矢が廊下に出て、扉が閉まった瞬間、大杜はベッドに倒れ込んだ。
「タイト?」
「……シラーに連絡を取って。今すぐに……」
 気が緩んだことで、睡魔にあらがえなくなる。
 大杜の異常に気付いたアイビーが声を上げる。
「どうした⁉︎ すぐにドクターを呼ぶ!」
「俺は、大丈夫……母さんに使ってるのと同じ……だから……シラーに、なにか……」
 急速に意識が混濁して言葉が出なくなった大杜は、そのまま眠りに落ちた。
 本館との連絡通路の先に、ケリアが待っていた。
「護衛を任されている。自宅まで送る」
「まだ続いてたのか」
 研矢は肩をすくめた。
 時刻は六時を回っており、どこかで晩御飯を食べて帰ろうと思っていた研矢は、諦めて、ケリアの運転する車に乗った。
「食べて帰るつもりだったか?」
「あーまぁな。でも別に構わねぇよ」
「最寄駅にカフェがあるだろう。そこでよければ寄ろう」
「リトルバードか。いいのか?」
「ああ。向かいに交番があるから、私はそこで待つ。昼もそうしていた」
「ずっとロータリーに駐車していたわけじゃないんだな」
「覆面とは言え、バレると面倒だからな」
「それもそうか。――じゃあ、お願いするな」
「了解だ」
 ケリアは気難しそうだと思っていたが、意外と話しやすいと、研矢は認識を改めた。
 軽く目を瞑ってうとうとしていると、やがて静かに車が止まる。
「けけけけ、研矢君⁉︎」
「立花さん、こんばんは」
 交番から飛び出してくる顔馴染みの警官に、研矢は笑いながら挨拶をする。
「君、何かやったのかい⁉︎ こちらの方は高犯対だと――」
「何もやってないって。ちょっとリトルバードにご飯食べに行ってくる」
「はぁ⁉︎」
「では私はここにいる。ゆっくりで構わない。ただ、何かあればすぐに呼ぶように」
「ああ。サンキュー」
 目を白黒させるという表現はこんな時に使うんだなと立花を見ながら思い、研矢は公園へ向かう。
 散歩中の犬がいるのを横目に見ながら、研矢がリトルバードの入り口に向かった時、向かいの道路に見知った姿を見つけた。
「貴島」
 なんとなく声を掛けてしまう。
 自転車で信号待ちをしていた貴島は、驚いて見つめ返してきた。
 自転車の前と後ろのカゴには、通学カバンと筒型のリュックが押し込まれている。
(あいつ、ヘリで飛んで行ったのに、なんで今こんなところにいるんだ?)
 研矢が不思議に思いながら近寄ると、意外にも貴島は無視せずに、自転車にまたがったまま待っていた。
「お前、なんで自転車で? 昼にヘリで――」
「ストップ。ここで話す話じゃない」
「まぁそうだろうけど、お前の都合だよな。俺には関係がない」
 研矢があえて神経を逆撫でするような言い方をすると、貴島は眉を寄せて、自転車を降りた。
「わかった。話せる範囲で話してやる。だが道はよせ」
 人通りが多いわけではないが、散歩中の人間があちこちにいる。どこで誰が聞くかわからない。
「なら、リトルバードで話そうぜ。拒否権なしな」
「そこまで言われる筋合いはないぞ」
「いいけど、大杜に話すぞ?」
「……ちっ」
 余程話されたくないのか、貴島は自転車をリトルバードの側に停めて、研矢の後に付いてくる。
 木製の扉を開けると、心地良い音色が響く。
 中には二組ほどがいるだけだ。
 厨房にいたオーナーシェフの鷹田が研矢に気付いて軽く手を挙げる。研矢は手を上げ返すと、リソナに奥の半個室のソファー席をお願いし、二人は向かい合わせに座わった。