第7話 混戦の中で
ー/ー
麻乃の指示で足を攻撃された敵兵たちは、立ち上がることができずにもがくだけに留まっていた。通常なら致命傷となるはずの傷を負っているにも関わらず、彼らは諦めることなく這いずりながらも前進を続けようとしている。その異様な光景に、麻乃は改めて寒気を感じた。
これでようやく海岸を埋める人影が少しずつ減って見えるようになった。気持ちに余裕が出てくると、今度は修治のことが気になってくる。
(修治は……? 修治も敵兵がおかしいことに気づいているはず……)
戦場を見渡しながら、麻乃は修治の姿を探した。いつもなら真っ先に敵陣に切り込んでいく彼の姿が見えないことに、不安が募る。その姿を探して足を止めた瞬間、麻乃は背中に殺気を含む視線を感じた。
耳もとに息づかいを感じるくらい近くに誰かが立っている……そんな錯覚を起こさせるほどの強い視線だ。振り返ってみても、もちろん誰もいない。
混乱した戦場から波打ち際へ、そしてロマジェリカ国の戦艦の一隻に視線を移したとき、誰かの視線とぶつかった。
(あたしを見ている……?)
姿が見えるわけでもなく、向き合っているわけでもないのに、深く青い瞳が麻乃をじっと見つめているのがわかった。魂を見透かされているような、そんな恐ろしい感覚だった。
全身が粟立つような感覚に、神経が張り詰めていく。本能的に危険を察知した麻乃は、無意識のうちに刀の柄に手を伸ばしていた。目を細めてロマジェリカの戦艦を睨み、視線の正体が何なのかを確認しようとした瞬間、戦艦から一斉に弓矢が放たれたのが見えた。
「弓隊はいないと思っていたのに……!」
緩やかな弧を描いて真っ赤な塊が近づいてくる。
「あれは……火だ!」
威力はなくとも先端に火のついた矢は、標的を選ばず砂浜や敵兵にも突き立った。あの不自然な胴着には、すべて油が染み込んでいたのだろう。火矢が触れた瞬間、敵兵の体が炎に包まれ始めた。
砂浜に滴った油を介して急速に燃え上がり、あっという間に海岸沿いが炎で埋め尽くされていく。風に煽られた炎は勢いを増し、黒煙が空を覆い隠していく。
(火をかけた! まだ生きている兵もいたのに……味方だろうに!)
敵兵のこととはいえ、あまりの仕打ちに憤りを感じる。炎に包まれた敵兵たちは苦悶の表情すら浮かべることなく、ただ機械的に動き続けているのが見えた。その光景に、麻乃は思わず後ずさりをした。僅かながらも恐怖を感じたことに、麻乃自身が一番驚いた。戦闘に立って恐怖など、感じたことはなかったのに――。
ただ、今はそれどころではない。両腕で熱と煙を避け、炎で囲まれた状況をどう判断するか迷っていると、修治の怒号が麻乃の耳に届いた。
「退けーっ! 海岸沿いから離れろ! 堤防側へ向かえ!」
修治の指示に弾かれたように、近くにいた隊員たちは堤防へ向かって走り出した。砂浜の炎は壁のように広がり、波打ち際を舐めるように伸びていく。
海側にいた隊員たちの何人かが、炎を越えてこちら側へと転がり出てきた。麻乃はすぐさま駆け寄ると、上着を脱いで隊員たちの服についた火を叩き消した。麻乃自身の袖口にも油が染みていて、火が燃え移ったせいで火傷を負っている。じりじりと焼ける痛みが腕を走った。
勢いよく燃え上がる炎と黒煙に包まれて、しっかりと確認ができないけれど、体についた火を消すために海へ飛び込んだ隊員もいるようだ。しかし、海の中にも油が流れ込んでいるらしく、海面の一部も炎を上げている。
「隊長! これ以上は危険です! いったん、堤防へ退いてください!」
「あたしはいいから! あんたたちが先に……」
隊員の小坂に答えたのと同時に、炎の向こうから悲鳴に近い叫び声が響いてきた。敵艦からさらに弓矢が放たれたようで、麻乃と小坂の足もとに矢が突き立ち、慌てて飛び退いた。矢尻は熱で真っ赤に焼けており、砂に突き刺さると小さく煙を上げている。
煙と熱気で視界が悪く、握り直した刀で矢を打ち払うだけで精一杯で、この場から身動きが取れない。汗で手が滑りそうになるのを必死に堪えながら、麻乃は刀を振るい続けた。
炎を通しても、かなりの本数が麻乃たちのもとまで届いていることを考えると、海側にいる隊員たちはもっと多くの矢を受けているだろう。状況も見えず、助けにも行けず、何もできないことに焦れている。仲間を見捨てることになるかもしれないという恐怖が、麻乃の心を締め付けた。
煙を吸い込んだせいで咳き込み、目からは涙が止まらない。
「麻乃っ!」
呼び声に振り返ると、斧を振り上げた敵兵が麻乃の背後に迫っていた。咄嗟に構えるも刀を弾き飛ばされた上に左肩を斬りつけられて、生温かい血が腕を伝った。傷口は思ったより深く、痛みで意識が遠のきそうになる。
(反撃しなければ……! やられてしまう……!)
腰に帯びたもう一刀の柄を握り、ハッと我に返った。
(駄目だ……これは炎魔刀……!)
帯刀しているのは麻乃の母親の形見だけれど、麻乃はこの刀を扱うことができない。敵兵の瞳には生者の光が宿っておらず、まるで操り人形のようだった。
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麻乃の指示で足を攻撃された敵兵たちは、立ち上がることができずにもがくだけに留まっていた。通常なら致命傷となるはずの傷を負っているにも関わらず、彼らは諦めることなく這いずりながらも前進を続けようとしている。その異様な光景に、麻乃は改めて寒気を感じた。
これでようやく海岸を埋める人影が少しずつ減って見えるようになった。気持ちに余裕が出てくると、今度は修治のことが気になってくる。
(修治は……? 修治も敵兵がおかしいことに気づいているはず……)
戦場を見渡しながら、麻乃は修治の姿を探した。いつもなら真っ先に敵陣に切り込んでいく彼の姿が見えないことに、不安が募る。その姿を探して足を止めた瞬間、麻乃は背中に殺気を含む視線を感じた。
耳もとに息づかいを感じるくらい近くに誰かが立っている……そんな錯覚を起こさせるほどの強い視線だ。振り返ってみても、もちろん誰もいない。
混乱した戦場から波打ち際へ、そしてロマジェリカ国の戦艦の一隻に視線を移したとき、誰かの視線とぶつかった。
(あたしを見ている……?)
姿が見えるわけでもなく、向き合っているわけでもないのに、深く青い瞳が麻乃をじっと見つめているのがわかった。魂を見透かされているような、そんな恐ろしい感覚だった。
全身が粟立つような感覚に、神経が張り詰めていく。本能的に危険を察知した麻乃は、無意識のうちに刀の柄に手を伸ばしていた。目を細めてロマジェリカの戦艦を睨み、視線の正体が何なのかを確認しようとした瞬間、戦艦から一斉に弓矢が放たれたのが見えた。
「弓隊はいないと思っていたのに……!」
緩やかな弧を描いて真っ赤な塊が近づいてくる。
「あれは……火だ!」
威力はなくとも先端に火のついた矢は、標的を選ばず砂浜や敵兵にも突き立った。あの不自然な胴着には、すべて油が染み込んでいたのだろう。火矢が触れた瞬間、敵兵の体が炎に包まれ始めた。
砂浜に滴った油を介して急速に燃え上がり、あっという間に海岸沿いが炎で埋め尽くされていく。風に煽られた炎は勢いを増し、黒煙が空を覆い隠していく。
(火をかけた! まだ生きている兵もいたのに……味方だろうに!)
敵兵のこととはいえ、あまりの仕打ちに憤りを感じる。炎に包まれた敵兵たちは苦悶の表情すら浮かべることなく、ただ機械的に動き続けているのが見えた。その光景に、麻乃は思わず後ずさりをした。僅かながらも恐怖を感じたことに、麻乃自身が一番驚いた。戦闘に立って恐怖など、感じたことはなかったのに――。
ただ、今はそれどころではない。両腕で熱と煙を避け、炎で囲まれた状況をどう判断するか迷っていると、修治の怒号が麻乃の耳に届いた。
「退けーっ! 海岸沿いから離れろ! 堤防側へ向かえ!」
修治の指示に弾かれたように、近くにいた隊員たちは堤防へ向かって走り出した。砂浜の炎は壁のように広がり、波打ち際を舐めるように伸びていく。
海側にいた隊員たちの何人かが、炎を越えてこちら側へと転がり出てきた。麻乃はすぐさま駆け寄ると、上着を脱いで隊員たちの服についた火を叩き消した。麻乃自身の袖口にも油が染みていて、火が燃え移ったせいで火傷を負っている。じりじりと焼ける痛みが腕を走った。
勢いよく燃え上がる炎と黒煙に包まれて、しっかりと確認ができないけれど、体についた火を消すために海へ飛び込んだ隊員もいるようだ。しかし、海の中にも油が流れ込んでいるらしく、海面の一部も炎を上げている。
「隊長! これ以上は危険です! いったん、堤防へ退いてください!」
「あたしはいいから! あんたたちが先に……」
隊員の|小坂《こさか》に答えたのと同時に、炎の向こうから悲鳴に近い叫び声が響いてきた。敵艦からさらに弓矢が放たれたようで、麻乃と小坂の足もとに矢が突き立ち、慌てて飛び退いた。矢尻は熱で真っ赤に焼けており、砂に突き刺さると小さく煙を上げている。
煙と熱気で視界が悪く、握り直した刀で矢を打ち払うだけで精一杯で、この場から身動きが取れない。汗で手が滑りそうになるのを必死に堪えながら、麻乃は刀を振るい続けた。
炎を通しても、かなりの本数が麻乃たちのもとまで届いていることを考えると、海側にいる隊員たちはもっと多くの矢を受けているだろう。状況も見えず、助けにも行けず、何もできないことに焦れている。仲間を見捨てることになるかもしれないという恐怖が、麻乃の心を締め付けた。
煙を吸い込んだせいで咳き込み、目からは涙が止まらない。
「麻乃っ!」
呼び声に振り返ると、斧を振り上げた敵兵が麻乃の背後に迫っていた。咄嗟に構えるも刀を弾き飛ばされた上に左肩を斬りつけられて、生温かい血が腕を伝った。傷口は思ったより深く、痛みで意識が遠のきそうになる。
(反撃しなければ……! やられてしまう……!)
腰に帯びたもう一刀の柄を握り、ハッと我に返った。
(駄目だ……これは炎魔刀……!)
帯刀しているのは麻乃の母親の形見だけれど、麻乃はこの刀を扱うことができない。敵兵の瞳には生者の光が宿っておらず、まるで操り人形のようだった。