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第6話 不死の兵

ー/ー



(今日だって、兵数は多いけど……)

 麻乃と修治の部隊なら、単純に一人当たり百人を倒せばいいと考えれば、苦戦を強いられることはないだろう。敵兵が多いことで多少の怪我を負う隊員はいるかもしれないけれど、戦士を引退しなければいけないほどの大けがや、命を落とす隊員までは出ないはずだ。

 現に麻乃の周りにいる隊員たちは、次々と敵兵を斬り伏せている。鋭い刃音が響き、血しぶきが砂浜に飛び散る。麻乃自身も愛刀である紅華炎(こうかえん)刀を振るい、敵兵の首筋を狙って一閃した。刃が肉を裂く鈍い音と共に、敵兵が崩れ落ちる。

(いつも通り。いつも通り戦えばいい。こいつらを一人残らず蹴散らして追い返す!)

 敵兵は数が多いだけで動きは素人同然、やみくもに武器を振り回しているだけに見える。剣筋は定まらず、足運びもふらつき、まるで酔っぱらいのようだ。

(武器も使い古した(やり)()びた剣と斧ばかりじゃないか)

 刃こぼれした剣、柄の腐った槍、錆で茶色に変色した斧――。
 どれも実戦で使うには心許ない代物ばかりだ。ただ、防具だけは妙に厚手の胴衣を巻いていてバランスが悪く、何か不自然な気がした。

 それに――。

 ロマジェリカの戦士たちが常に身にまとっている、淡い黄色の軍服を着ている兵士の数が少なすぎる。
 周囲の敵兵を斬り倒した麻乃は、もう一度、海岸に視線を走らせた。ロマジェリカの襲撃のときには必ずと言っていいほど、前線まで出てくる強者や指揮官の姿が見えない。

(こいつら……一体、誰が指揮をとっているんだろう?)

 これだけの兵数に対して指揮官が一人もいないのは、どう考えてもおかしい。
 いつもとは違う部隊なのだろうか?
 仮に違う部隊だったとしても、指揮官くらいはいるはずだ。軍隊として機能するには、必ず指揮系統が必要になる。これほどの大軍が指揮官なしで動いているとは考えにくいし、それが軍服を着ていない理由とは考えにくい。

 開戦から時間が経ち、麻乃だけでも七十の兵を倒しているけれど、なぜか敵兵が減ったように感じない。額に汗が滲み、息も荒くなってきた。刀を振るう腕に疲労が蓄積し、動きが鈍くなっているのが、自分でも分かる。足元が重く、もつれるような感覚に、疲労だけが重なっていくようだ。

(おかしい……こんなに倒したのに、なぜ数が減らない?)

 振り返れば、砂浜には無数の敵兵の死体が転がっているはずなのに、目の前には相変わらず大勢の敵兵が立っている。まるでどこからか湧いて出てくるかのように。大きく息をついて刀を構え直し、向かってくる敵兵へと切っ先を向けた瞬間、傍らで敵兵を相手にしていた隊員の川上(かわかみ)が、突然、麻乃の背後に寄り添ってきた。

「隊長! こいつら変です!」

「変? 何が……」

 手にした刀を構え直し、ひどく焦った様子の川上を振り返ると、その足元に転がっていた敵兵がむっくりと起き上がった。

 喉から溢れ出た血が、その胸元を濡らしている。それはどう見ても致命傷で、普通であればこと切れているはずなのに、武器を振りかぶって近づいてくる。その目は虚ろで、意識がないかのようだ。同じように周辺でも、倒れた敵兵たちが何人も起き上がりはじめた。胸を貫かれた者、首を半ば切り落とされた者——どれも生きているはずがない傷を負いながら、ゆらゆらと立ち上がる。生気のない敵兵の表情に、麻乃はゾッと背筋を震わせた。

「なんだ……こいつら……」

 戸惑う麻乃に向かって伸びてくる敵兵の腕を、川上が次々に斬り落としていく。切り落とされた腕は砂浜に転がり、そこからも透明な液体が流れ出している。背後から斬りつけてきたのを、身を低くしてかわし、回り込んですり抜けざまに胴を斬り払った。

 深く食いこんだ刃と吹き出す血しぶきに、明らかに命を絶った感触が伝わってくるのに、また、起き上がってきた。傷口からは血と共に、あの透明な液体がねっとりと流れ出している。

 あまりにも異様な光景にこらえ切れなかったのか、川上が嘔吐した。

(死んでない……死なないっていうのか? さっきからロマジェリカの兵が減った気がしないのはこのせい?)

 斬り払ったままの格好で呆然としていた麻乃の手に、生温かいものが滴ってきた。刀身を伝って(つば)を濡らし、柄糸にまで染みているのは、血ではなく透明な液体だ。濡れた指先をすり合わせると、ぬるりとした感触だ。

「血……? じゃあない……油だ……」

 たった今、斬ったばかりの胴衣からジワリと染み出して砂浜を湿らせている。足元が妙に重く感じていたのは油で濡れた砂のせいか。

 奇妙な敵兵はどういうわけか、麻乃の周辺に群がってくる。まるで自分を狙い撃ちにしているかのように感じる。隊長である麻乃を倒せば、部隊全体の士気を削げると考えているのかもしれない。小柄な体を生かして敵兵の腕を掻い潜り、今度は膝下あたりから足を斬り落とした。ざくりと肉を断つ感触と共に、敵兵がバランスを崩して倒れる。

 敵兵は足を失って立ち上がることができずに、ただ、もがいている。両手で砂浜を掻きながら、這いずるようにして麻乃に向かってくる異様な光景に肌が粟立つ。その顔には表情がなく、まるで人形のようだった。

「川上! 足だ! 足を落として動きを止めるんだよ! 誰か! 伝令を! 起き上がる兵は足を狙うように! 第四にも回るように、周囲への伝達を怠るんじゃないよ!」

 倒しても倒しても向かってくる敵兵に苦戦を強いられている川上だけでなく、周辺の隊員たちにも行き届くように大声で指示を出した。麻乃の声は戦場の喧騒の中でも大きく響き渡り、隊員たちがハッと顔を上げる。

 すぐに隊員たちの戦い方が変わった。胴体を狙っていた攻撃を足に集中させ、敵兵の動きを封じることに専念する。効果は絶大で、動きを止められた敵兵たちは、もはや脅威ではなくなった。

(一体、この敵兵たちは何なんだ……?)

 戦いながらも、麻乃の頭の中では疑問が渦巻いていた。死んでも起き上がる兵士、透明な油のような液体、そして指揮官の不在——すべてが異常だった。これまでの戦いとは根本的に何かが違う。
 敵兵の数はようやく減り始めていたが、戦いはまだ終わらない。麻乃は紅華炎刀を構え直し、次なる脅威に備えた。


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(今日だって、兵数は多いけど……)
 麻乃と修治の部隊なら、単純に一人当たり百人を倒せばいいと考えれば、苦戦を強いられることはないだろう。敵兵が多いことで多少の怪我を負う隊員はいるかもしれないけれど、戦士を引退しなければいけないほどの大けがや、命を落とす隊員までは出ないはずだ。
 現に麻乃の周りにいる隊員たちは、次々と敵兵を斬り伏せている。鋭い刃音が響き、血しぶきが砂浜に飛び散る。麻乃自身も愛刀である|紅華炎《こうかえん》刀を振るい、敵兵の首筋を狙って一閃した。刃が肉を裂く鈍い音と共に、敵兵が崩れ落ちる。
(いつも通り。いつも通り戦えばいい。こいつらを一人残らず蹴散らして追い返す!)
 敵兵は数が多いだけで動きは素人同然、やみくもに武器を振り回しているだけに見える。剣筋は定まらず、足運びもふらつき、まるで酔っぱらいのようだ。
(武器も使い古した|槍《やり》や|錆《さ》びた剣と斧ばかりじゃないか)
 刃こぼれした剣、柄の腐った槍、錆で茶色に変色した斧――。
 どれも実戦で使うには心許ない代物ばかりだ。ただ、防具だけは妙に厚手の胴衣を巻いていてバランスが悪く、何か不自然な気がした。
 それに――。
 ロマジェリカの戦士たちが常に身にまとっている、淡い黄色の軍服を着ている兵士の数が少なすぎる。
 周囲の敵兵を斬り倒した麻乃は、もう一度、海岸に視線を走らせた。ロマジェリカの襲撃のときには必ずと言っていいほど、前線まで出てくる強者や指揮官の姿が見えない。
(こいつら……一体、誰が指揮をとっているんだろう?)
 これだけの兵数に対して指揮官が一人もいないのは、どう考えてもおかしい。
 いつもとは違う部隊なのだろうか?
 仮に違う部隊だったとしても、指揮官くらいはいるはずだ。軍隊として機能するには、必ず指揮系統が必要になる。これほどの大軍が指揮官なしで動いているとは考えにくいし、それが軍服を着ていない理由とは考えにくい。
 開戦から時間が経ち、麻乃だけでも七十の兵を倒しているけれど、なぜか敵兵が減ったように感じない。額に汗が滲み、息も荒くなってきた。刀を振るう腕に疲労が蓄積し、動きが鈍くなっているのが、自分でも分かる。足元が重く、もつれるような感覚に、疲労だけが重なっていくようだ。
(おかしい……こんなに倒したのに、なぜ数が減らない?)
 振り返れば、砂浜には無数の敵兵の死体が転がっているはずなのに、目の前には相変わらず大勢の敵兵が立っている。まるでどこからか湧いて出てくるかのように。大きく息をついて刀を構え直し、向かってくる敵兵へと切っ先を向けた瞬間、傍らで敵兵を相手にしていた隊員の|川上《かわかみ》が、突然、麻乃の背後に寄り添ってきた。
「隊長! こいつら変です!」
「変? 何が……」
 手にした刀を構え直し、ひどく焦った様子の川上を振り返ると、その足元に転がっていた敵兵がむっくりと起き上がった。
 喉から溢れ出た血が、その胸元を濡らしている。それはどう見ても致命傷で、普通であればこと切れているはずなのに、武器を振りかぶって近づいてくる。その目は虚ろで、意識がないかのようだ。同じように周辺でも、倒れた敵兵たちが何人も起き上がりはじめた。胸を貫かれた者、首を半ば切り落とされた者——どれも生きているはずがない傷を負いながら、ゆらゆらと立ち上がる。生気のない敵兵の表情に、麻乃はゾッと背筋を震わせた。
「なんだ……こいつら……」
 戸惑う麻乃に向かって伸びてくる敵兵の腕を、川上が次々に斬り落としていく。切り落とされた腕は砂浜に転がり、そこからも透明な液体が流れ出している。背後から斬りつけてきたのを、身を低くしてかわし、回り込んですり抜けざまに胴を斬り払った。
 深く食いこんだ刃と吹き出す血しぶきに、明らかに命を絶った感触が伝わってくるのに、また、起き上がってきた。傷口からは血と共に、あの透明な液体がねっとりと流れ出している。
 あまりにも異様な光景にこらえ切れなかったのか、川上が嘔吐した。
(死んでない……死なないっていうのか? さっきからロマジェリカの兵が減った気がしないのはこのせい?)
 斬り払ったままの格好で呆然としていた麻乃の手に、生温かいものが滴ってきた。刀身を伝って|鍔《つば》を濡らし、柄糸にまで染みているのは、血ではなく透明な液体だ。濡れた指先をすり合わせると、ぬるりとした感触だ。
「血……? じゃあない……油だ……」
 たった今、斬ったばかりの胴衣からジワリと染み出して砂浜を湿らせている。足元が妙に重く感じていたのは油で濡れた砂のせいか。
 奇妙な敵兵はどういうわけか、麻乃の周辺に群がってくる。まるで自分を狙い撃ちにしているかのように感じる。隊長である麻乃を倒せば、部隊全体の士気を削げると考えているのかもしれない。小柄な体を生かして敵兵の腕を掻い潜り、今度は膝下あたりから足を斬り落とした。ざくりと肉を断つ感触と共に、敵兵がバランスを崩して倒れる。
 敵兵は足を失って立ち上がることができずに、ただ、もがいている。両手で砂浜を掻きながら、這いずるようにして麻乃に向かってくる異様な光景に肌が粟立つ。その顔には表情がなく、まるで人形のようだった。
「川上! 足だ! 足を落として動きを止めるんだよ! 誰か! 伝令を! 起き上がる兵は足を狙うように! 第四にも回るように、周囲への伝達を怠るんじゃないよ!」
 倒しても倒しても向かってくる敵兵に苦戦を強いられている川上だけでなく、周辺の隊員たちにも行き届くように大声で指示を出した。麻乃の声は戦場の喧騒の中でも大きく響き渡り、隊員たちがハッと顔を上げる。
 すぐに隊員たちの戦い方が変わった。胴体を狙っていた攻撃を足に集中させ、敵兵の動きを封じることに専念する。効果は絶大で、動きを止められた敵兵たちは、もはや脅威ではなくなった。
(一体、この敵兵たちは何なんだ……?)
 戦いながらも、麻乃の頭の中では疑問が渦巻いていた。死んでも起き上がる兵士、透明な油のような液体、そして指揮官の不在——すべてが異常だった。これまでの戦いとは根本的に何かが違う。
 敵兵の数はようやく減り始めていたが、戦いはまだ終わらない。麻乃は紅華炎刀を構え直し、次なる脅威に備えた。