第4話 麻乃
ー/ー
現在、泉翔には蓮華の印を持つ八人を筆頭に、五十人の戦士を一部隊として、全部で八部隊が存在していた。
そこに組み込まれていない戦士は、予備隊として同じく五十人を一組に数部隊がいた。洗礼で印を受けたばかりの者は、約二年間を訓練生として、戦うための体力の底上げや基礎を学んだ。
年々増えていく戦士を取りまとめるための組織も作られた。隊長と呼ばれる蓮華の印を持つ八人が、それぞれ一部隊ずつを統率し、全体を統括する総戦士機関が置かれた。
大陸の四つの国が侵攻をしてくる西、南、北区には戦士たちのためのさまざまな設備が配置されている。
敵国の艦隊を監視するための塔は、海岸線に沿って建てられ、常に見張りが立っていた。訓練をするための演習場は、実戦を想定した様々な地形が再現されている。
いつ襲撃をされてもすぐに対応できるように、また、十分な休息が取れるようにと、戦士たちの詰める宿舎が整備された。食堂、浴場、医務室なども完備され、戦士たちが最高の状態で戦えるよう配慮されていた。
常にどの浜にも二部隊ずつが配備され、残る二部隊は休息を与えられた。この交代制により、戦士たちは常に万全の状態で任務に当たることができた。
他にも、巫女たちを頼り、組み合わせの吉凶を占ってもらったり、収穫祭や奉納を行うための教示を受けたりしている。戦士たちにとって、女神への信仰は戦う力の源でもあった。
国を、民を守るためならば、人を殺めることさえいとわない。たとえ自分が命を失うことになっても戦い続ける。そんな強い思いと覚悟を抱いて戦士たちは全力を尽くし続け、今に至る。
-----
神殿のそばにある泉の森で、集められた子どもたちは、巫女の長であるシタラの話を聞いていた。毎年、こうして昔話が語り継がれている。
「さてさて……戦士たちはこうして生まれることとなったのだけれど、この中の何人が、新たな戦士として印を受けるかのう」
泉翔ができるまでの古い言い伝えだ。それは神殿の近くにある資料館にも、文献として残っている。この島国で起こったさまざまな出来事や、いにしえの伝承とともに。
「もちろん、必ず戦士にならなければいけない、ということはないのだよ」
「農業を営むもの、狩りをするもの、この国にはたくさんの職業があるのだから」
年寄りは口をそろえて同じことを言う。確かにそのとおりだと思う。みんながみんな戦士になってしまったら、人々の生活が成り立たない。戦士たちが使う武器を作る職人だって、当然、必要だ。
ただ、この国では物心がついたころから必ず、誰もが十六歳を迎えるまで道場へ通っている。たとえ戦士にならなくても、体を鍛え、自分の身は自分で守れるようにとの願いを込めて。
泉の森に集められた大勢の子どもたちの中で、その一番後ろに腰を下ろして膝を抱えた少女がいた。
小さな体をさらに小さくし、なるべく人の目に触れないようにしながらも、戦士になることを誰よりも強く望んでいるのは自分だと信じている。それが麻乃だった。
そんな思いを察したかのように、隣から大きな手が伸び、赤茶色のくせ毛をそっとなでた。
「俺たちは絶対に戦士になる。そうだろ? 麻乃」
「うん。なるよ。修治もあたしも、絶対に」
修治は麻乃の二歳年上の幼馴染で、いつも彼女を守ってくれる頼もしい存在だった。体格も良く、剣術の腕前も同年代では群を抜いていた。
巫女たちを取りまとめる、一番巫女と呼ばれるシタラが立ち上がると、その場にいた子どもたちも全員が立ち上がり、麻乃も修治とともに慌ててそれにならった。
つと、シタラの視線が麻乃に向く。その、どこか冷たく憂いを含んだ視線を受けるたびに、麻乃自身、言いようのない不安を覚える。
(おまえは違うのだよ――)
そう言われているように思えて、麻乃はその目を避けてうつむいた。指先、つま先から、全身が冷えていくようだ。小刻みに震えた手を修治がグッと握りしめてきた。
「俺がいる。おまえは大丈夫だ」
小さくうなずいて唇を噛み、泣きそうになるのをこらえた。修治がここにいる。それだけが支えだった。だからいつでも立っていられた。
-----
数年の時を経て、麻乃も修治もこの国の戦士となった。
厳しい訓練を乗り越え、洗礼の儀式で蓮華の印を授けられた。麻乃は小柄で華奢な体つきだったが、その分、俊敏性と集中力に優れていた。修治は力強く、仲間たちからの信頼も厚かった。
二人は共に部隊を持ち、ほとんどの任務を一緒にこなした。戦士になりたての不安な時期も、修治が共にいることが麻乃にとって大きな安心に繋がっていた。
過ごす時間が多くなればなるほど、自分の部隊の隊員たちとの距離が近づく。それは両親を失っている麻乃にとって、新たな家族の形として大切にしたいと思える関係だった。決して誰にも崩されることも、壊されることもないように守りたい……。
――そう。
だから今、あたしはここに立っているんだ。
すべてのものから……すべての不穏から守るために。そう。守るために。
海風を背に受け、麻乃は大きく振り返った。
背後には愛する故郷、泉翔国が広がっている。緑豊かな森、清らかな泉、平和に暮らす人々。女神さまが命を賭けて守ってくださったこの島を、今度は自分たちが守る番だ。
修治が隣に立ち、いつものように心強い笑顔を向けてくれた。
「行くぞ、麻乃」
「うん」
二人は剣を抜き、迫り来る敵船に向かって駆け出した。
女神の加護を受けた戦士として、この国を、この島を、そして大切な人たちを守るために。
戦いは続く。しかし彼らは決して折れない。泉の女神への信仰と、仲間との絆を胸に、麻乃たちは今日も戦い続けている。
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現在、泉翔には蓮華の印を持つ八人を筆頭に、五十人の戦士を一部隊として、全部で八部隊が存在していた。
そこに組み込まれていない戦士は、予備隊として同じく五十人を一組に数部隊がいた。洗礼で印を受けたばかりの者は、約二年間を訓練生として、戦うための体力の底上げや基礎を学んだ。
年々増えていく戦士を取りまとめるための組織も作られた。隊長と呼ばれる蓮華の印を持つ八人が、それぞれ一部隊ずつを統率し、全体を統括する総戦士機関が置かれた。
大陸の四つの国が侵攻をしてくる西、南、北区には戦士たちのためのさまざまな設備が配置されている。
敵国の艦隊を監視するための塔は、海岸線に沿って建てられ、常に見張りが立っていた。訓練をするための演習場は、実戦を想定した様々な地形が再現されている。
いつ襲撃をされてもすぐに対応できるように、また、十分な休息が取れるようにと、戦士たちの詰める宿舎が整備された。食堂、浴場、医務室なども完備され、戦士たちが最高の状態で戦えるよう配慮されていた。
常にどの浜にも二部隊ずつが配備され、残る二部隊は休息を与えられた。この交代制により、戦士たちは常に万全の状態で任務に当たることができた。
他にも、巫女たちを頼り、組み合わせの吉凶を占ってもらったり、収穫祭や奉納を行うための教示を受けたりしている。戦士たちにとって、女神への信仰は戦う力の源でもあった。
国を、民を守るためならば、人を殺めることさえいとわない。たとえ自分が命を失うことになっても戦い続ける。そんな強い思いと覚悟を抱いて戦士たちは全力を尽くし続け、今に至る。
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神殿のそばにある泉の森で、集められた子どもたちは、巫女の長であるシタラの話を聞いていた。毎年、こうして昔話が語り継がれている。
「さてさて……戦士たちはこうして生まれることとなったのだけれど、この中の何人が、新たな戦士として印を受けるかのう」
泉翔ができるまでの古い言い伝えだ。それは神殿の近くにある資料館にも、文献として残っている。この島国で起こったさまざまな出来事や、いにしえの伝承とともに。
「もちろん、必ず戦士にならなければいけない、ということはないのだよ」
「農業を営むもの、狩りをするもの、この国にはたくさんの職業があるのだから」
年寄りは口をそろえて同じことを言う。確かにそのとおりだと思う。みんながみんな戦士になってしまったら、人々の生活が成り立たない。戦士たちが使う武器を作る職人だって、当然、必要だ。
ただ、この国では物心がついたころから必ず、誰もが十六歳を迎えるまで道場へ通っている。たとえ戦士にならなくても、体を鍛え、自分の身は自分で守れるようにとの願いを込めて。
泉の森に集められた大勢の子どもたちの中で、その一番後ろに腰を下ろして膝を抱えた少女がいた。
小さな体をさらに小さくし、なるべく人の目に触れないようにしながらも、戦士になることを誰よりも強く望んでいるのは自分だと信じている。それが麻乃だった。
そんな思いを察したかのように、隣から大きな手が伸び、赤茶色のくせ毛をそっとなでた。
「俺たちは絶対に戦士になる。そうだろ? |麻乃《あさの》」
「うん。なるよ。|修治《しゅうじ》もあたしも、絶対に」
修治は麻乃の二歳年上の幼馴染で、いつも彼女を守ってくれる頼もしい存在だった。体格も良く、剣術の腕前も同年代では群を抜いていた。
巫女たちを取りまとめる、一番巫女と呼ばれるシタラが立ち上がると、その場にいた子どもたちも全員が立ち上がり、麻乃も修治とともに慌ててそれにならった。
つと、シタラの視線が麻乃に向く。その、どこか冷たく憂いを含んだ視線を受けるたびに、麻乃自身、言いようのない不安を覚える。
(おまえは違うのだよ――)
そう言われているように思えて、麻乃はその目を避けてうつむいた。指先、つま先から、全身が冷えていくようだ。小刻みに震えた手を修治がグッと握りしめてきた。
「俺がいる。おまえは大丈夫だ」
小さくうなずいて唇を噛み、泣きそうになるのをこらえた。修治がここにいる。それだけが支えだった。だからいつでも立っていられた。
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数年の時を経て、麻乃も修治もこの国の戦士となった。
厳しい訓練を乗り越え、洗礼の儀式で蓮華の印を授けられた。麻乃は小柄で華奢な体つきだったが、その分、俊敏性と集中力に優れていた。修治は力強く、仲間たちからの信頼も厚かった。
二人は共に部隊を持ち、ほとんどの任務を一緒にこなした。戦士になりたての不安な時期も、修治が共にいることが麻乃にとって大きな安心に繋がっていた。
過ごす時間が多くなればなるほど、自分の部隊の隊員たちとの距離が近づく。それは両親を失っている麻乃にとって、新たな家族の形として大切にしたいと思える関係だった。決して誰にも崩されることも、壊されることもないように守りたい……。
――そう。
だから今、あたしはここに立っているんだ。
すべてのものから……すべての不穏から守るために。そう。守るために。
海風を背に受け、麻乃は大きく振り返った。
背後には愛する故郷、泉翔国が広がっている。緑豊かな森、清らかな泉、平和に暮らす人々。女神さまが命を賭けて守ってくださったこの島を、今度は自分たちが守る番だ。
修治が隣に立ち、いつものように心強い笑顔を向けてくれた。
「行くぞ、麻乃」
「うん」
二人は剣を抜き、迫り来る敵船に向かって駆け出した。
女神の加護を受けた戦士として、この国を、この島を、そして大切な人たちを守るために。
戦いは続く。しかし彼らは決して折れない。泉の女神への信仰と、仲間との絆を胸に、麻乃たちは今日も戦い続けている。