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あだばなだらけ

ー/ー



 こんなスカポンタン共のためにわざわざ金かけて教員を雇わなくてもいいんじゃないかな、と考えた人間はどこの誰かは知らないが慧眼である。まともに授業が行われていても勤勉に受けている生徒は少なかったことだろう。

 そう、だから授業内容を記録したテープレコーダーでも置いておけばいいだろそれで、と考えられていてもまあそんなに間違えてはいないと思う。思うんだが。


「はよーっす」

 教室の空気は相変わらず最悪だった。

 寝ぼけた頭を目覚まし時計に蹴り飛ばされながら起床し、どうにか時間ギリギリに陰気な空気で窒息しそうな女子寮を飛び出て校舎に入っても気が滅入りそうな光景しか目に入ってこないとは。

 教室の壁に貼られて何年か放置されているらしい黄ばんだ壁紙に書かれた「おはようございますと必ず元気に大声で。人間関係の基本です」の文言を一応守っているのは今では私を含めた数人くらいであろう。

 朝日差し込む教室に両手をポケットに突っ込みながら入り、(扉なんていう贅沢品は存在しないため)朝の挨拶をさわやかにかませば、ぬるまったい沈黙が返ってくる。

 私が教室に来るのは始業時間ギリギリなため、すでに全員が机に座っている状態だ。傷が目立つ床を浸食する汚水を踏まないように跨ぎ、自分の机を目指す。窓際の後ろ側の方。

 窓際の席のいいところは外の様子が見られることと好き自由に窓を開けられるところ、よくないところは日差しが良すぎて午後になると眠気に襲われることだ。惰眠を貪りに貪っておかわりまでしても誰に怒られるわけでもないのだが。

「……おはよ」

 カタツムリみたいにパーカーのフードを深く被った女子生徒が、隣の席から蚊の鳴くような声をかけてくる。机に突っ伏したままだったのが、ほんの少し顔を上げていた。

「おっすー、ツクミ。朝飯食った?」

 ツクミとは席が近いためそれなりに会話をする。いつも怯えたような色を小動物のような瞳に滲ませる彼女は毎朝私に声をかけてくれるし、その度に少し驚いた顔をする。無視したことなんて一度もないでしょうに。

「……た、たべてない。一滴も、誓って」
「いや本当は食べてきたでしょとか疑わないから」

 私の目を見上げたと思えば、机の表面に視線が泳いで、その後は床へと滑っていった。他人と目を合わせるのが苦手なのだろうかと判断しているのだが、その割にはよく私を見上げてくる。

 身長がひくく、目が大きくて痩せ型に見える。なので小動物っぽい。背を丸めているから余計に。
 痩せ型だが、頬はまるい。顔色はしろくて、目の下には隈が目立つ。隣の席から伺える範囲で言うと、水は良く飲むが食べ物はあまり食べたがらない。

 女子寮の中でどのあたりに部屋があるかも聞いたことがない。何度か一緒に帰ったことがあるが、階段を登る前に分かれたから彼女の部屋は多分一階なのだろう。同じ階に居ないと授業中以外は顔を合わせる機会はそんなにないのだ。

「アマヒサは? ごはん、食べた?」
「食べたよ。食堂、私が行く時間だと寝坊したやつくらいしか居ないけどね」

 遅刻を自分に許すと校舎に顔を出さないという選択肢すらそのうち出てきそうなので、そこら辺は自重している。少しくらいは真人間ぽい生活をしたい。すっかすかの食堂ですっかすかの味付けとすっかすかの量の朝食をかっこんで飛び出てくるのが大体いつもの朝だ。

「そろそろ授業開始時間です。準備、いいですか?」

 教室の中央あたりの机に座る女子生徒、コマトが立ち上がる。我らがクラスのまとめ役にあたる生徒である。あいよ、と手を振って返した。

 これは彼女の仕事だ。彼女が教壇の隣に置かれたダンボールからカセットテープを取り出し、日付と時間割りを確認したのだろう、数秒眺めてカセットプレーヤーに挿入した。

『では、みなさん……テキスト、52.ページの……』

 教室の中で、まともに起きている生徒たちが教科書をめくる音が聞こえ始める。コマトがいちばん早かった。これが私たちの授業風景だ。

 初めの頃はもう少し誰かを指名して問題を答えさせる時間があった気がするが、最近ではなくなった。その日に休んでいて居なかったりする生徒に指名が入るとどうしようもなく、みんなしてその時間が休憩時間になるかコマトが代わりに解答することもあった。

 もちろん、教室内の生徒以外の誰かがわざわざそれを聞いていることなんてないので、機械的に——文字通り機械的に、プレーヤーの中のカセットが記録されていた答えを吐き出すだけ。わからない部分があっても聞いてくれる教師は居ない。コマトが面倒を見てくれることはある。

 最初にコマトがまとめ役をするように指名されたようだが、本当に苦労しているだろう。誰に褒められることもない。わざわざ反抗するような気合のある生徒もいないため、その分では楽だろうけど。

 私たちの教室に教師はこない。というか、おそらく学校にもいない。授業はこのようにラジオと対して変わらない状態で行われる。提出物やテスト期間もなし。成績のようなものは最初から期待されていないのだろう。

 毎朝起きて決められた授業内容を聞き、時間が来たら帰る。もちろん、授業をサボることも可能だ。それを咎めるような奴はいない。前の席に座っていたやつはこのクラスが始まって二週間で寮にこもって出てこなくなった。結局まともに会話することもなかった。





 やがて昼の時間が来て、ツクミに声かけて食堂に行く。この時間だとそこそこ混み合っている。

「私今日うどんにする、ツクミは?」
「水。……あと、ゼリー」

 それは食事と呼んでいいのか。私が麺類コーナーの列に並び帰ってくると、ツクミは自販機から買ってきたらしい水のペットボトルと葡萄ゼリーをテーブルに並べて待っていた。気の弱い犬っぽい。

「先に食べてて良かったのに」
「……待ってるよ」

 じっと俯いていたツクミが席についた私を見上げて、葡萄ゼリーの蓋をぺりぺり開け始める。この学校の様子を見ていると自販機の中にある食べ物類の賞味期限がとても気になってくるのだが、割と大丈夫らしい。深夜か早朝にでも補充が来ているのだろうか。

 ツクミの動きが停止したので、よく見てみれば、ツクミの小さな指に葡萄ゼリーから溢れた液体が付着した様子だったので、近くにあった濡れ布巾を渡しておく。ゼリー、開封するの難しいよな。

「……ありがと」
「ん」

 不快にぬるまったく、硬いうどんを食べ始める。食堂で提供されるメニューはそれぞれ一長一短。麺類系は死んだみみずに似ている状態に成り果てることが多いが、出てくるのが早い。どれを頼んでも食べ物の旨みというものを感じた記憶はないのでなんでも良かった。

 食べ終わって、私よりも絶対に量が少ないはずのゼリーを未だもそもそ咀嚼しているツクミを見ていると、近くをコマトが通りがかった。

「や、コマト。飯食った?」

 彼女は顔色が悪かった。授業中以外の時の彼女と会うと大体そうである。

「……ちょっとは、食べたわよ。アマヒサは、その。よくそんなに食べられるわね」
「もう慣れたよ。いつものことじゃん」

 長い黒髪を伸ばした彼女が深いため息をつく。分けられた前髪から覗く額は白い。唇は紫色だった。

「それはそうだけど、そんなに慣れられるものかしら。あんな教室から出て、よくすぐにご飯の気分になるわ」
「臭いが酷いんだよな。わかるよ。絶対に服に染み付いてるから、学校の外に出る気がしないもん」

 もともと、この学校にいる生徒が外に脱走して生きていけるとは思っていないけど。この周囲に、子供が出歩いて無事ですむような場所はない。

「あなたの言う通り、本当にいつも通りだけどさ。あんな死体だらけの教室、本当にどうにかして欲しいわよ」

 頭痛と腹痛を同時に患っていそうな顔をして、コマトは去っていった。ツクミは一度も口を開かなかった。葡萄ゼリーを咀嚼し続けていたからだろうか。




 食堂を去り、教室に帰ってきた。扉が紛失したままの入口を通り抜け、すぐ近くの生徒の席に置かれた、汚れたシミだらけの袋から垂れて床に広がる濁った液体を踏まないように跨ぐ。ツクミはよく間違えて踏みかけているが、今日は大丈夫だったようだ。

 もはやその異様にでかいサイズの、何かしらが入っている袋からなのか、床に広がる液体からなのか、教室中に広がる異臭の原因としての割合はどっちが上なのかはわからない。

 その入口近くに座っていた生徒の名はヤカ。二ヶ月前に行方をくらまし、数日後にそうして彼女の席に置かれた。中身は言うまでもない。

 袋の表面には乱雑に文字が書かれた紙が貼り付けてある。「豚」。これが家畜を入れた袋のはずがない。

 そうなったのは彼女が初めてではない。その前にも何人もそうして袋に詰められて、いつの間にか教室に置かれていた。

 我らが教室は、三分の二以上の生徒がすでに物言わぬ肉塊になっている。




 最初はもちろんクラス中の誰もが驚いたし恐れた。自分の人生に関わってくるものだとは思わなかった殺人事件というものが目の前に躍り出てきたのだ。実際に現れたのは何一つとして動かなくなったクラスメートの肉体だったが。

 だが、どうしようもなかった。

 この学校の生徒からは外界に接触を持つ手段はない。外に出られたとしても、助けを求められる場所はひとつもなく、また、生きて帰ってこられるとは思わなかった。十代の少女が出歩くにはこの街は危険すぎる。

 この学校の本体、といえばいいのか、カセットテープや備品などを送りつけてくるところはどこなのか、こちら側は一切知らされていない。きっとコマトも知らないのだ。

 そしてこの学校の生徒に、家族や親類に連絡を取ることができるような手段はないし、あったところで頼れる相手がいるならこんなところに来ていない。どうしようもなかった。

 学園内に頼れる大人はいない。食堂にもスタッフなんてものはいない。全てが自動化されている。壊れた機械はそのままで、直されてもいない。

 不審者だか殺人犯だかがいるかもしれない場所に閉じ込められていることに恐怖した生徒たちの中で、当然外に出ようとするものも現れたが、そのまま帰ってこなかったり、うまくいかずに寮に引き篭もってそのうち死体になって教室に置かれたりもした。


 教室には監視カメラが置かれている。ダミーの置物とかではなく、一応機能しているらしいのだが、教室に少しずつ死体袋が増えてもなんの音沙汰もない。

 犯人を探そうとした者もいた。犯人を見つけたところでこのほとんど閉鎖空間に近い場所では永遠に拘束するか、殺人という行為を持って無理矢理その行動を止めるしかないのだが、それの覚悟も決めていたようだった。すでに何人も殺していた相手に話が通じるとも思っていなかっただろう。

 その彼女も今では死体袋の中に入れられて自分の席に座っている。

 そんな生活が数ヶ月続き、クラスの中で生存人数が少なくなってくると、割とみんなどうでも良くなって来るのかもしれない。コマトも日々顔色を悪くしながら、ツクミはどうでもよさそうな顔をして生活を送っている。

『それでは、生物、のテキスト——』

 流れてくる平坦な音声と、温かい日差しに当てられてあくびをする。隣のツクミは相変わらずちゃんと起きていた。眠くならないらしい。





「明日、日誌お願いね。寝ないで授業聞かないと書けないわよ」
「あいあい、わかってるよ」

 全ての授業が終わり、肩を回しているとコマトがやってくる。今では書く人間が随分と減ってしまったため、仕方がないがすぐに順番が回ってくる。

 なんとなくページを捲る。今日の日付が書かれたページを見る。一日分の授業内容についてみっちり書かれていた。
 すごいなコマト。こんなもんちゃんと書いたところで誰も見ないのに。提出物すらないのだ。

「帰るか、ツクミ」
「……ん、」

 たいしたものを入れていない鞄を持ち上げれば、日誌をぼんやりと眺めていた彼女が頷いた。

 ツクミと共に女子寮に向かう。私は2階に向かうために階段前で彼女とは別れることになる。

「じゃ、また明日」
「……アマヒサ」

 いつもほぼ無言で手を振ってくるツクミが、珍しく止めてきた。

「なに?」
「………あの、日誌、なんだけど」

 小動物みたいな目を泳がせて、何度か口を開閉する。彼女があまり話さないのはいつものことだが、何か言うべきものがあるのにどう言えばいいのかわからないという様子は珍しい。

 女子寮の入り口から、コマトと別のクラスの女子生徒が一緒に入ってくるのが見えた。ツクミが声を聞いてか、僅かに肩を震わせる。もともと人嫌いの気がありそうな子ではあるが、コマトが嫌いなのかそれなりに話す私以外が均等に嫌いなのか判断に困る。

「……い、いいや。じゃあね、アマヒサ。また明日」
「ん、そう。じゃあね。ちゃんと寝なよ」

 小刻みに首を振って自室があるらしい廊下に向かうツクミが、善処する、と小さく呟いたのがわかった。




 自室に戻り、鍵なんてものが機能しない扉を閉めて、あちらこちらを確認する。大人数での生活なので仕方がないが、中には手癖の悪い奴もいるため、勝手に物が消えていたり、他人のものがいつの間にか置かれていたりする。これで犯人と疑われても困る。

 その手癖の悪いと聞く生徒の中でいちばん犯人らしいのはサタネという女子生徒なのだが、何か物が盗まれたらしい生徒が糾弾しにいっても知らぬ存ぜぬと一点張りらしい。それで大乱闘になっていたのを以前見たことがある。うちの寮はボロいため、下手に騒ぐと廊下に穴でも開きそうなのが嫌である。

「……とりあえず変わりはなし、と」

 盗られるような私物はまともに置いてない部屋ではあるのだが、確認し終え、寝る支度を始めることにした。





「はよーっす」

 相変わらず教室の空気は最悪だった。

 今日の朝食も妙に油っぼくで不味かったと思いながら、入口付近の席から垂れ流される液体を踏まないように跨ぎ、自分の席を目指す。

 ……寝ぼけ眼が一気に冴えた。

 私の隣、ツクミの席には死体袋が置かれていた。貼られた紙には「羊」。

 羊というより、もっと小動物ぽかっただろうに。

 私の朝から、ツクミの返す蚊の鳴くような挨拶が永遠に消えた日であった。




 ツクミが死のうが、誰が死のうが、もう何もかもが変わらない。ずっと前からこの学園はそうだった。

『前回の続き——生物の……』

 いつも聞き流しているようなものだが、いよいよまともにこの「授業」も聞く気がなくなってきた。

 一応授業の時間までここにいたのも、自室に引きこもって外に出てこない連中を除き、そこそこ真面目に学生しようとしている奴らがうろついていない時間になるまで待っていただけだ。

 がた、と音を立てて立ち上がる。

「ちょっとアマヒサ、」
「ごめんコマト、ちょっと体調悪いんだわ」

 他の生徒はいつもと同じく何も反応しなかったが、やはりコマトだけは声をかけてくる。
 別にお前ひとりそんなに頑張らなくても、誰も怒りもしないし褒めもしないってのに。

 コマトは何か言おうとしたようだったが、手を振ってさっさと廊下に出ていくことにした。




 ツクミの自室を探し、ネームプレートにとりあえずとばかりに名前が書かれた扉を開く。やはり鍵なんて存在しない。そうだな、犯人にとっても入ろうと思えばいくらでも入れただろうな。

 ツクミの部屋もたいして物が置いていない。殺風景なものだ。

 何かしら見つからないかと来てみたが、犯人が深夜にでも押し入ったのなら手がかりくらいは消されているかもしれない。
 いや、就寝時間なんて決まっているわけでもないのだ、他の生徒が様子を見に来たらたまったものではないだろうから、それほど長時間他人の部屋にいるわけにもいかなかったのかもしれないし……

 古びたベッドの上にはぬいぐるみが放置されていた。もともと寮にあったものではないだろうから、外からこの学校に来る時に持ち込んだものかもしれない。

 ここに来るのは、家族がいても、実質二度と帰ってくるなという扱いでここに投げ捨てられるような奴らばかりだが。ツクミの持ち物だとしたら、一体いつから持っていたものなのだろう。大切なものなのかもしれないし、ぬいぐるみくらいしかわざわざ外から持って来たくなるような物はなかったのかもしれない。

「おっと」

 クマ……なのかわかりにくいが、なんらかの動物ぽい外見のぬいぐるみは生意気にも衣服らしきものを身につけているが、なんかズボンが思い切り脱がされている。可哀想に。尻丸出しだった。ちゃんとケツの穴らしきものがある。……なんか気になるな?

 ぬいぐるみの尻の奥に手を突っ込んでみる。思ったより入った。指先にくしゃりとした感覚があたる。……紙か何かか?

 ぺらりとした一枚の紙を取り出した。……誰かしら、もしかして私が、ここに来ることを期待して残してたのか?




 流石に、そろそろ来ることだろうと思うのだが。
呼び出した相手のことを考えると、たぶん、無視はない。ここまで積極的に事件を起こし死体を出し続けている相手だ。

 ここで私を無視できるなら、ツクミだって死んでない。

 ぴしゃ、という微かな音がする。夜になってから、廊下に水を撒いておいた。誰か来たのだ。

 本当に小さな音だから、よほど耳をすませていなければ聞こえなかっただろう。その水溜まりを越えなければ、この部屋に入れない。
 扉のすぐ横、壁に張り付くようにして息を殺す。

 そして。
 扉が凄まじい勢いで開き、目の前に、——ハンマーが振り下ろされる。転がるように部屋の奥に避ける。頭を棚にぶつけそうになった。あぶね!

「お前かよ、コマト!」
「なにが『犯人について知らない?』だ糞! アンタ私だって気付いたんだな!」

 扉を蹴り、そこに立っているのはコマトだった。
青白い顔の中、瞳だけがぎらぎら殺意で光っている。綺麗な黒髪が乱れて酷い有様だった。
 ツクミの部屋を漁った後、コマトが帰ってくる前に彼女の部屋にメモを置いておいたのだ。

 ツクミのぬいぐるみに隠されていたメモには。

 死体に貼られていた「豚」やら「牛」やら「犬」だの字が、日誌に書かれていたコマトの字とほぼ同じだったとあった。あの日は生物のなんやらかんやらについての授業だったから、たまたま死体に貼り付けられていた字と同じ字を日誌に書いていたのだろう。だから、犯人は彼女かもしれないと。

 もちろん、ちゃんとしたヒッセキカンテイだなんてやってらんないし、証拠もクソもない。日誌の文字をチラッと見ただけなのだ。そんなものはツクミの勘違いで、たまたまツクミが今回殺人犯の犠牲になった可能性もぜんぜんある。なので、コマトの反応を見たかったのだが……この様子ならご本人じゃないか。

「一応聞いとくけどさあ、全員ぶっ殺さないとならないような深刻な怨みがあったわけじゃないよな?このガッコの生活でそこまでむしろトラブル起こせないだろ!」
「それ動機きいてんの? ここで生活しておいて普通に暮らしてる方がおかしいだろ!」

 顔を引き攣らせるコマトのハンマーから目を逸らさないようにしながら後ろに下がる。いつ振り下ろされるかわかったものじゃない。少女の腕でぶん回しているのだ、そう大きなサイズでもないが、あたって無事に済むものでもない。

 しかしまあ結構騒いでるけど誰も来ないな! こりゃこいつも今まで人を殺すのなんて楽だっただろうよ。

「教室の監視カメラ! あれ一応動いてるの知ってるだろ! たまたま死んだ相手をああしておけば、流石に、誰か、学園に来ると思ってたんだよ!」

 力を入れすぎているのか、ハンマーを握るコマトの指が白くなり震えている。一歩、彼女が室内に入る。

「それがなんだよ、待っても待っても何も変わりゃしない! 仕方ないから二人殺して三人殺して!
わざわざ猟奇殺人犯の真似までしてやったのに! 未成年の女学生のみで生活してるようなところで、こんなことが起こってるのに誰も来やしねえ! 何考えてんだよ、何人死んでもいいってか!?」
「それが理由かよ……じゃ、死んだ連中が嫌いだったとかじゃないんだな」

 怨恨が理由とか人を殺さないといられないような異常者の犯行じゃなくてよかったね、だなんて言ってられないのだが。最初の一人目は事故だろうか?

「好きも嫌いもあるか! こんな異常な場所で生きなきゃならないのも、こんな場所に捨てられたのも最悪! 平然としてる奴らのことなんかわかるかよ! お前たちも、この学園を運営してる連中も頭おかしいんじゃないの?」

 全てから見捨てられたようなここに放り込まれたことに、何も思わないわけではないのは、まあそうなんだけど。

「わ、わたし、何もしてないのに! なんでこんなところに! すぐに迎えに来てくれるって言ってたくせに、アイツらなにがお前は何もしてないって信じてるだよ!」

 コマトの眼球が頻繁に動き、宙を睨む。
 ここに来るよう奴らは色々ある。私もちょっと、人間的に褒められないことをしでかして放り込まれたわけだが。ツクミもそうだったのかな。

「だいたいここ、『卒業』なんて無事にできるわけねえだろ、外に出ようとしたってもっと酷い場所に行かされるに決まってる! だからあそこまでやったのに……!」
「だからって、あんなに殺さなくてもよかったろ、……そりゃ、ここに来るようなのはろくでもない奴ばっかだけど」

 唇を震わすコマトと目が合う。そんなに泣きそうな顔するなよ。困る。

「うる、さいな!」

 ハンマーが、振り下ろされる。よ、ける、避けられた! 後ろはボロい棚!
 ろくに物も置いてない棚にハンマーが突き刺さる。ばき、とかいう崩れる音がする。

 コマトが呻いた。ど、と床に重いものが落ちる。

 棚の最上段に置きっぱなしになっていた像だった。何でできているのかはよくわからないが、とにかく重い。やたら仰々しいデザインなため、なんらかの大会か何かで賞を取った時の記念品なのかもしれない。

 とうぜん、自分のものではない。手癖の悪いやつがどこかの部屋から盗ってきたのだろう。

 しばらく前に部屋にあることに気がついたのだが、面倒なので置きっぱなしにしていた。私が盗んだとか言われても困るからだ。
 特に盗まれた像についての話を聞いたこともないので、持ち主はとうにどこかの教室で死んでるのかもしれないが。

 コマトの目から涙が溢れた。そのまま崩れ落ちる。
 その頭に、重い像が直撃したのだから、流石に効いただろう。



 ひんやりとした校庭に出る。すでに夜は遅い。校庭といっても、外につながるような門はどこにもない。
 えっちらおっちらコマトを背負ってここまで来た。

 彼女は動かない。死んだだろうか。まあ、どちらにしても校庭にでも埋めておこう。生きていたら、それはそれだ。
 とにかく、彼女が済んだら、あとはツクミだ。アイツも、ちょっとあのままじゃ可哀想だ。

 動かないコマトを見下ろす。そう背が高い相手じゃないが、人ひとり埋められるような穴を掘るのも苦労しそうだが。ここにいることに苦しんでいただろう彼女にとって、この学校の土の下に埋められることがいいのかなんてわからない。お化けとかになって出て来ませんよーに。

 『卒業』の時期になって、外に出られるのなんてわからない。コマトの言う通り、適当な理由つけて処分されるかも。私も家族が迎えにきてくれるわけないし。

 それなら、あっちでツクミやコマトとまたおしゃべりするだけだな、と倉庫から持ってきたスコップを握った。
 それはそれで、そんなに悪くはないだろう。






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 そう、だから授業内容を記録したテープレコーダーでも置いておけばいいだろそれで、と考えられていてもまあそんなに間違えてはいないと思う。思うんだが。
「はよーっす」
 教室の空気は相変わらず最悪だった。
 寝ぼけた頭を目覚まし時計に蹴り飛ばされながら起床し、どうにか時間ギリギリに陰気な空気で窒息しそうな女子寮を飛び出て校舎に入っても気が滅入りそうな光景しか目に入ってこないとは。
 教室の壁に貼られて何年か放置されているらしい黄ばんだ壁紙に書かれた「おはようございますと必ず元気に大声で。人間関係の基本です」の文言を一応守っているのは今では私を含めた数人くらいであろう。
 朝日差し込む教室に両手をポケットに突っ込みながら入り、(扉なんていう贅沢品は存在しないため)朝の挨拶をさわやかにかませば、ぬるまったい沈黙が返ってくる。
 私が教室に来るのは始業時間ギリギリなため、すでに全員が机に座っている状態だ。傷が目立つ床を浸食する汚水を踏まないように跨ぎ、自分の机を目指す。窓際の後ろ側の方。
 窓際の席のいいところは外の様子が見られることと好き自由に窓を開けられるところ、よくないところは日差しが良すぎて午後になると眠気に襲われることだ。惰眠を貪りに貪っておかわりまでしても誰に怒られるわけでもないのだが。
「……おはよ」
 カタツムリみたいにパーカーのフードを深く被った女子生徒が、隣の席から蚊の鳴くような声をかけてくる。机に突っ伏したままだったのが、ほんの少し顔を上げていた。
「おっすー、ツクミ。朝飯食った?」
 ツクミとは席が近いためそれなりに会話をする。いつも怯えたような色を小動物のような瞳に滲ませる彼女は毎朝私に声をかけてくれるし、その度に少し驚いた顔をする。無視したことなんて一度もないでしょうに。
「……た、たべてない。一滴も、誓って」
「いや本当は食べてきたでしょとか疑わないから」
 私の目を見上げたと思えば、机の表面に視線が泳いで、その後は床へと滑っていった。他人と目を合わせるのが苦手なのだろうかと判断しているのだが、その割にはよく私を見上げてくる。
 身長がひくく、目が大きくて痩せ型に見える。なので小動物っぽい。背を丸めているから余計に。
 痩せ型だが、頬はまるい。顔色はしろくて、目の下には隈が目立つ。隣の席から伺える範囲で言うと、水は良く飲むが食べ物はあまり食べたがらない。
 女子寮の中でどのあたりに部屋があるかも聞いたことがない。何度か一緒に帰ったことがあるが、階段を登る前に分かれたから彼女の部屋は多分一階なのだろう。同じ階に居ないと授業中以外は顔を合わせる機会はそんなにないのだ。
「アマヒサは? ごはん、食べた?」
「食べたよ。食堂、私が行く時間だと寝坊したやつくらいしか居ないけどね」
 遅刻を自分に許すと校舎に顔を出さないという選択肢すらそのうち出てきそうなので、そこら辺は自重している。少しくらいは真人間ぽい生活をしたい。すっかすかの食堂ですっかすかの味付けとすっかすかの量の朝食をかっこんで飛び出てくるのが大体いつもの朝だ。
「そろそろ授業開始時間です。準備、いいですか?」
 教室の中央あたりの机に座る女子生徒、コマトが立ち上がる。我らがクラスのまとめ役にあたる生徒である。あいよ、と手を振って返した。
 これは彼女の仕事だ。彼女が教壇の隣に置かれたダンボールからカセットテープを取り出し、日付と時間割りを確認したのだろう、数秒眺めてカセットプレーヤーに挿入した。
『では、みなさん……テキスト、52.ページの……』
 教室の中で、まともに起きている生徒たちが教科書をめくる音が聞こえ始める。コマトがいちばん早かった。これが私たちの授業風景だ。
 初めの頃はもう少し誰かを指名して問題を答えさせる時間があった気がするが、最近ではなくなった。その日に休んでいて居なかったりする生徒に指名が入るとどうしようもなく、みんなしてその時間が休憩時間になるかコマトが代わりに解答することもあった。
 もちろん、教室内の生徒以外の誰かがわざわざそれを聞いていることなんてないので、機械的に——文字通り機械的に、プレーヤーの中のカセットが記録されていた答えを吐き出すだけ。わからない部分があっても聞いてくれる教師は居ない。コマトが面倒を見てくれることはある。
 最初にコマトがまとめ役をするように指名されたようだが、本当に苦労しているだろう。誰に褒められることもない。わざわざ反抗するような気合のある生徒もいないため、その分では楽だろうけど。
 私たちの教室に教師はこない。というか、おそらく学校にもいない。授業はこのようにラジオと対して変わらない状態で行われる。提出物やテスト期間もなし。成績のようなものは最初から期待されていないのだろう。
 毎朝起きて決められた授業内容を聞き、時間が来たら帰る。もちろん、授業をサボることも可能だ。それを咎めるような奴はいない。前の席に座っていたやつはこのクラスが始まって二週間で寮にこもって出てこなくなった。結局まともに会話することもなかった。
 やがて昼の時間が来て、ツクミに声かけて食堂に行く。この時間だとそこそこ混み合っている。
「私今日うどんにする、ツクミは?」
「水。……あと、ゼリー」
 それは食事と呼んでいいのか。私が麺類コーナーの列に並び帰ってくると、ツクミは自販機から買ってきたらしい水のペットボトルと葡萄ゼリーをテーブルに並べて待っていた。気の弱い犬っぽい。
「先に食べてて良かったのに」
「……待ってるよ」
 じっと俯いていたツクミが席についた私を見上げて、葡萄ゼリーの蓋をぺりぺり開け始める。この学校の様子を見ていると自販機の中にある食べ物類の賞味期限がとても気になってくるのだが、割と大丈夫らしい。深夜か早朝にでも補充が来ているのだろうか。
 ツクミの動きが停止したので、よく見てみれば、ツクミの小さな指に葡萄ゼリーから溢れた液体が付着した様子だったので、近くにあった濡れ布巾を渡しておく。ゼリー、開封するの難しいよな。
「……ありがと」
「ん」
 不快にぬるまったく、硬いうどんを食べ始める。食堂で提供されるメニューはそれぞれ一長一短。麺類系は死んだみみずに似ている状態に成り果てることが多いが、出てくるのが早い。どれを頼んでも食べ物の旨みというものを感じた記憶はないのでなんでも良かった。
 食べ終わって、私よりも絶対に量が少ないはずのゼリーを未だもそもそ咀嚼しているツクミを見ていると、近くをコマトが通りがかった。
「や、コマト。飯食った?」
 彼女は顔色が悪かった。授業中以外の時の彼女と会うと大体そうである。
「……ちょっとは、食べたわよ。アマヒサは、その。よくそんなに食べられるわね」
「もう慣れたよ。いつものことじゃん」
 長い黒髪を伸ばした彼女が深いため息をつく。分けられた前髪から覗く額は白い。唇は紫色だった。
「それはそうだけど、そんなに慣れられるものかしら。あんな教室から出て、よくすぐにご飯の気分になるわ」
「臭いが酷いんだよな。わかるよ。絶対に服に染み付いてるから、学校の外に出る気がしないもん」
 もともと、この学校にいる生徒が外に脱走して生きていけるとは思っていないけど。この周囲に、子供が出歩いて無事ですむような場所はない。
「あなたの言う通り、本当にいつも通りだけどさ。あんな死体だらけの教室、本当にどうにかして欲しいわよ」
 頭痛と腹痛を同時に患っていそうな顔をして、コマトは去っていった。ツクミは一度も口を開かなかった。葡萄ゼリーを咀嚼し続けていたからだろうか。
 食堂を去り、教室に帰ってきた。扉が紛失したままの入口を通り抜け、すぐ近くの生徒の席に置かれた、汚れたシミだらけの袋から垂れて床に広がる濁った液体を踏まないように跨ぐ。ツクミはよく間違えて踏みかけているが、今日は大丈夫だったようだ。
 もはやその異様にでかいサイズの、何かしらが入っている袋からなのか、床に広がる液体からなのか、教室中に広がる異臭の原因としての割合はどっちが上なのかはわからない。
 その入口近くに座っていた生徒の名はヤカ。二ヶ月前に行方をくらまし、数日後にそうして彼女の席に置かれた。中身は言うまでもない。
 袋の表面には乱雑に文字が書かれた紙が貼り付けてある。「豚」。これが家畜を入れた袋のはずがない。
 そうなったのは彼女が初めてではない。その前にも何人もそうして袋に詰められて、いつの間にか教室に置かれていた。
 我らが教室は、三分の二以上の生徒がすでに物言わぬ肉塊になっている。
 最初はもちろんクラス中の誰もが驚いたし恐れた。自分の人生に関わってくるものだとは思わなかった殺人事件というものが目の前に躍り出てきたのだ。実際に現れたのは何一つとして動かなくなったクラスメートの肉体だったが。
 だが、どうしようもなかった。
 この学校の生徒からは外界に接触を持つ手段はない。外に出られたとしても、助けを求められる場所はひとつもなく、また、生きて帰ってこられるとは思わなかった。十代の少女が出歩くにはこの街は危険すぎる。
 この学校の本体、といえばいいのか、カセットテープや備品などを送りつけてくるところはどこなのか、こちら側は一切知らされていない。きっとコマトも知らないのだ。
 そしてこの学校の生徒に、家族や親類に連絡を取ることができるような手段はないし、あったところで頼れる相手がいるならこんなところに来ていない。どうしようもなかった。
 学園内に頼れる大人はいない。食堂にもスタッフなんてものはいない。全てが自動化されている。壊れた機械はそのままで、直されてもいない。
 不審者だか殺人犯だかがいるかもしれない場所に閉じ込められていることに恐怖した生徒たちの中で、当然外に出ようとするものも現れたが、そのまま帰ってこなかったり、うまくいかずに寮に引き篭もってそのうち死体になって教室に置かれたりもした。
 教室には監視カメラが置かれている。ダミーの置物とかではなく、一応機能しているらしいのだが、教室に少しずつ死体袋が増えてもなんの音沙汰もない。
 犯人を探そうとした者もいた。犯人を見つけたところでこのほとんど閉鎖空間に近い場所では永遠に拘束するか、殺人という行為を持って無理矢理その行動を止めるしかないのだが、それの覚悟も決めていたようだった。すでに何人も殺していた相手に話が通じるとも思っていなかっただろう。
 その彼女も今では死体袋の中に入れられて自分の席に座っている。
 そんな生活が数ヶ月続き、クラスの中で生存人数が少なくなってくると、割とみんなどうでも良くなって来るのかもしれない。コマトも日々顔色を悪くしながら、ツクミはどうでもよさそうな顔をして生活を送っている。
『それでは、生物、のテキスト——』
 流れてくる平坦な音声と、温かい日差しに当てられてあくびをする。隣のツクミは相変わらずちゃんと起きていた。眠くならないらしい。
「明日、日誌お願いね。寝ないで授業聞かないと書けないわよ」
「あいあい、わかってるよ」
 全ての授業が終わり、肩を回しているとコマトがやってくる。今では書く人間が随分と減ってしまったため、仕方がないがすぐに順番が回ってくる。
 なんとなくページを捲る。今日の日付が書かれたページを見る。一日分の授業内容についてみっちり書かれていた。
 すごいなコマト。こんなもんちゃんと書いたところで誰も見ないのに。提出物すらないのだ。
「帰るか、ツクミ」
「……ん、」
 たいしたものを入れていない鞄を持ち上げれば、日誌をぼんやりと眺めていた彼女が頷いた。
 ツクミと共に女子寮に向かう。私は2階に向かうために階段前で彼女とは別れることになる。
「じゃ、また明日」
「……アマヒサ」
 いつもほぼ無言で手を振ってくるツクミが、珍しく止めてきた。
「なに?」
「………あの、日誌、なんだけど」
 小動物みたいな目を泳がせて、何度か口を開閉する。彼女があまり話さないのはいつものことだが、何か言うべきものがあるのにどう言えばいいのかわからないという様子は珍しい。
 女子寮の入り口から、コマトと別のクラスの女子生徒が一緒に入ってくるのが見えた。ツクミが声を聞いてか、僅かに肩を震わせる。もともと人嫌いの気がありそうな子ではあるが、コマトが嫌いなのかそれなりに話す私以外が均等に嫌いなのか判断に困る。
「……い、いいや。じゃあね、アマヒサ。また明日」
「ん、そう。じゃあね。ちゃんと寝なよ」
 小刻みに首を振って自室があるらしい廊下に向かうツクミが、善処する、と小さく呟いたのがわかった。
 自室に戻り、鍵なんてものが機能しない扉を閉めて、あちらこちらを確認する。大人数での生活なので仕方がないが、中には手癖の悪い奴もいるため、勝手に物が消えていたり、他人のものがいつの間にか置かれていたりする。これで犯人と疑われても困る。
 その手癖の悪いと聞く生徒の中でいちばん犯人らしいのはサタネという女子生徒なのだが、何か物が盗まれたらしい生徒が糾弾しにいっても知らぬ存ぜぬと一点張りらしい。それで大乱闘になっていたのを以前見たことがある。うちの寮はボロいため、下手に騒ぐと廊下に穴でも開きそうなのが嫌である。
「……とりあえず変わりはなし、と」
 盗られるような私物はまともに置いてない部屋ではあるのだが、確認し終え、寝る支度を始めることにした。
「はよーっす」
 相変わらず教室の空気は最悪だった。
 今日の朝食も妙に油っぼくで不味かったと思いながら、入口付近の席から垂れ流される液体を踏まないように跨ぎ、自分の席を目指す。
 ……寝ぼけ眼が一気に冴えた。
 私の隣、ツクミの席には死体袋が置かれていた。貼られた紙には「羊」。
 羊というより、もっと小動物ぽかっただろうに。
 私の朝から、ツクミの返す蚊の鳴くような挨拶が永遠に消えた日であった。
 ツクミが死のうが、誰が死のうが、もう何もかもが変わらない。ずっと前からこの学園はそうだった。
『前回の続き——生物の……』
 いつも聞き流しているようなものだが、いよいよまともにこの「授業」も聞く気がなくなってきた。
 一応授業の時間までここにいたのも、自室に引きこもって外に出てこない連中を除き、そこそこ真面目に学生しようとしている奴らがうろついていない時間になるまで待っていただけだ。
 がた、と音を立てて立ち上がる。
「ちょっとアマヒサ、」
「ごめんコマト、ちょっと体調悪いんだわ」
 他の生徒はいつもと同じく何も反応しなかったが、やはりコマトだけは声をかけてくる。
 別にお前ひとりそんなに頑張らなくても、誰も怒りもしないし褒めもしないってのに。
 コマトは何か言おうとしたようだったが、手を振ってさっさと廊下に出ていくことにした。
 ツクミの自室を探し、ネームプレートにとりあえずとばかりに名前が書かれた扉を開く。やはり鍵なんて存在しない。そうだな、犯人にとっても入ろうと思えばいくらでも入れただろうな。
 ツクミの部屋もたいして物が置いていない。殺風景なものだ。
 何かしら見つからないかと来てみたが、犯人が深夜にでも押し入ったのなら手がかりくらいは消されているかもしれない。
 いや、就寝時間なんて決まっているわけでもないのだ、他の生徒が様子を見に来たらたまったものではないだろうから、それほど長時間他人の部屋にいるわけにもいかなかったのかもしれないし……
 古びたベッドの上にはぬいぐるみが放置されていた。もともと寮にあったものではないだろうから、外からこの学校に来る時に持ち込んだものかもしれない。
 ここに来るのは、家族がいても、実質二度と帰ってくるなという扱いでここに投げ捨てられるような奴らばかりだが。ツクミの持ち物だとしたら、一体いつから持っていたものなのだろう。大切なものなのかもしれないし、ぬいぐるみくらいしかわざわざ外から持って来たくなるような物はなかったのかもしれない。
「おっと」
 クマ……なのかわかりにくいが、なんらかの動物ぽい外見のぬいぐるみは生意気にも衣服らしきものを身につけているが、なんかズボンが思い切り脱がされている。可哀想に。尻丸出しだった。ちゃんとケツの穴らしきものがある。……なんか気になるな?
 ぬいぐるみの尻の奥に手を突っ込んでみる。思ったより入った。指先にくしゃりとした感覚があたる。……紙か何かか?
 ぺらりとした一枚の紙を取り出した。……誰かしら、もしかして私が、ここに来ることを期待して残してたのか?
 流石に、そろそろ来ることだろうと思うのだが。
呼び出した相手のことを考えると、たぶん、無視はない。ここまで積極的に事件を起こし死体を出し続けている相手だ。
 ここで私を無視できるなら、ツクミだって死んでない。
 ぴしゃ、という微かな音がする。夜になってから、廊下に水を撒いておいた。誰か来たのだ。
 本当に小さな音だから、よほど耳をすませていなければ聞こえなかっただろう。その水溜まりを越えなければ、この部屋に入れない。
 扉のすぐ横、壁に張り付くようにして息を殺す。
 そして。
 扉が凄まじい勢いで開き、目の前に、——ハンマーが振り下ろされる。転がるように部屋の奥に避ける。頭を棚にぶつけそうになった。あぶね!
「お前かよ、コマト!」
「なにが『犯人について知らない?』だ糞! アンタ私だって気付いたんだな!」
 扉を蹴り、そこに立っているのはコマトだった。
青白い顔の中、瞳だけがぎらぎら殺意で光っている。綺麗な黒髪が乱れて酷い有様だった。
 ツクミの部屋を漁った後、コマトが帰ってくる前に彼女の部屋にメモを置いておいたのだ。
 ツクミのぬいぐるみに隠されていたメモには。
 死体に貼られていた「豚」やら「牛」やら「犬」だの字が、日誌に書かれていたコマトの字とほぼ同じだったとあった。あの日は生物のなんやらかんやらについての授業だったから、たまたま死体に貼り付けられていた字と同じ字を日誌に書いていたのだろう。だから、犯人は彼女かもしれないと。
 もちろん、ちゃんとしたヒッセキカンテイだなんてやってらんないし、証拠もクソもない。日誌の文字をチラッと見ただけなのだ。そんなものはツクミの勘違いで、たまたまツクミが今回殺人犯の犠牲になった可能性もぜんぜんある。なので、コマトの反応を見たかったのだが……この様子ならご本人じゃないか。
「一応聞いとくけどさあ、全員ぶっ殺さないとならないような深刻な怨みがあったわけじゃないよな?このガッコの生活でそこまでむしろトラブル起こせないだろ!」
「それ動機きいてんの? ここで生活しておいて普通に暮らしてる方がおかしいだろ!」
 顔を引き攣らせるコマトのハンマーから目を逸らさないようにしながら後ろに下がる。いつ振り下ろされるかわかったものじゃない。少女の腕でぶん回しているのだ、そう大きなサイズでもないが、あたって無事に済むものでもない。
 しかしまあ結構騒いでるけど誰も来ないな! こりゃこいつも今まで人を殺すのなんて楽だっただろうよ。
「教室の監視カメラ! あれ一応動いてるの知ってるだろ! たまたま死んだ相手をああしておけば、流石に、誰か、学園に来ると思ってたんだよ!」
 力を入れすぎているのか、ハンマーを握るコマトの指が白くなり震えている。一歩、彼女が室内に入る。
「それがなんだよ、待っても待っても何も変わりゃしない! 仕方ないから二人殺して三人殺して!
わざわざ猟奇殺人犯の真似までしてやったのに! 未成年の女学生のみで生活してるようなところで、こんなことが起こってるのに誰も来やしねえ! 何考えてんだよ、何人死んでもいいってか!?」
「それが理由かよ……じゃ、死んだ連中が嫌いだったとかじゃないんだな」
 怨恨が理由とか人を殺さないといられないような異常者の犯行じゃなくてよかったね、だなんて言ってられないのだが。最初の一人目は事故だろうか?
「好きも嫌いもあるか! こんな異常な場所で生きなきゃならないのも、こんな場所に捨てられたのも最悪! 平然としてる奴らのことなんかわかるかよ! お前たちも、この学園を運営してる連中も頭おかしいんじゃないの?」
 全てから見捨てられたようなここに放り込まれたことに、何も思わないわけではないのは、まあそうなんだけど。
「わ、わたし、何もしてないのに! なんでこんなところに! すぐに迎えに来てくれるって言ってたくせに、アイツらなにがお前は何もしてないって信じてるだよ!」
 コマトの眼球が頻繁に動き、宙を睨む。
 ここに来るよう奴らは色々ある。私もちょっと、人間的に褒められないことをしでかして放り込まれたわけだが。ツクミもそうだったのかな。
「だいたいここ、『卒業』なんて無事にできるわけねえだろ、外に出ようとしたってもっと酷い場所に行かされるに決まってる! だからあそこまでやったのに……!」
「だからって、あんなに殺さなくてもよかったろ、……そりゃ、ここに来るようなのはろくでもない奴ばっかだけど」
 唇を震わすコマトと目が合う。そんなに泣きそうな顔するなよ。困る。
「うる、さいな!」
 ハンマーが、振り下ろされる。よ、ける、避けられた! 後ろはボロい棚!
 ろくに物も置いてない棚にハンマーが突き刺さる。ばき、とかいう崩れる音がする。
 コマトが呻いた。ど、と床に重いものが落ちる。
 棚の最上段に置きっぱなしになっていた像だった。何でできているのかはよくわからないが、とにかく重い。やたら仰々しいデザインなため、なんらかの大会か何かで賞を取った時の記念品なのかもしれない。
 とうぜん、自分のものではない。手癖の悪いやつがどこかの部屋から盗ってきたのだろう。
 しばらく前に部屋にあることに気がついたのだが、面倒なので置きっぱなしにしていた。私が盗んだとか言われても困るからだ。
 特に盗まれた像についての話を聞いたこともないので、持ち主はとうにどこかの教室で死んでるのかもしれないが。
 コマトの目から涙が溢れた。そのまま崩れ落ちる。
 その頭に、重い像が直撃したのだから、流石に効いただろう。
 ひんやりとした校庭に出る。すでに夜は遅い。校庭といっても、外につながるような門はどこにもない。
 えっちらおっちらコマトを背負ってここまで来た。
 彼女は動かない。死んだだろうか。まあ、どちらにしても校庭にでも埋めておこう。生きていたら、それはそれだ。
 とにかく、彼女が済んだら、あとはツクミだ。アイツも、ちょっとあのままじゃ可哀想だ。
 動かないコマトを見下ろす。そう背が高い相手じゃないが、人ひとり埋められるような穴を掘るのも苦労しそうだが。ここにいることに苦しんでいただろう彼女にとって、この学校の土の下に埋められることがいいのかなんてわからない。お化けとかになって出て来ませんよーに。
 『卒業』の時期になって、外に出られるのなんてわからない。コマトの言う通り、適当な理由つけて処分されるかも。私も家族が迎えにきてくれるわけないし。
 それなら、あっちでツクミやコマトとまたおしゃべりするだけだな、と倉庫から持ってきたスコップを握った。
 それはそれで、そんなに悪くはないだろう。