カミシマさんは、時々わたしの部屋に来る。ご飯だったり、パンケーキとか、美味しいお菓子を持ってきてくれることが多い。
タッパーにつっ込んであったりして、お店で売っているものに見えないから、もしかしてカミシマさんが作ったの? それとも彼女さんとかに作ってもらってるの? と聞いたことがある。
俺じゃないし、俺に彼女は居ないよとのことだった。じゃあなんなの、と思ったが、持ってきてくれる食べ物はとても美味しいので、全部もらっている。
そのほかにも、洋服の類なんかもカミシマさんが持ってきてくれる。わたしは小学生なわけだが、それでも女の子のお洋服を持ってくるのは恥ずかしいのか、ちょっと気まずそうにしている。
それにしても、カミシマさんはどうしてここまでわたしによくしてくれるんだろう。わたしのことが好きなのか。
それはそれは、とっても反応に困る。まだ世間知らずな箱入り娘な乙女なもので。
同級生に男の子だっているけれど、あんまり話したことなんてないわけだ。
それとも、テレビや漫画で読むみたいに、事情があって隠しているが、わたしのお父さんだったりするのだろうか。
それでも娘のわたしが気になって世話をしにきているとか。それなら素敵ね。
まあでも、わたしのお母さんもお父さんも一緒に住んでて仲良くしているし、そんなことはないだろう。
朝に小学校に向かって、夕方に帰ってきて、夜は遅くまで起きていると怒られてしまうから(まあ、ねむくなってしまうから、そんなに起きてはいられないんだけど)健康的な時間に眠る。子供なので夜の間はぐっすりで、起きない。
そして、わたしの部屋にカミシマさんがやってきて、しゃべったりする。結構たのしい。
カミシマさんの年齢なんてわからないけど、わたしよりかは当然年上で、よくわからないひとだけど、多分いいひとだから。
だれかがみている
ぐっしゅ、と押し殺した破裂音みたいなのが部屋に響く。カミシマさんである。くしゃみをしたのだ。続いて鼻を啜る音。
ティッシュなんてこの部屋に置いてあったかな、と探したが、カミシマさんが手を振った。ポケットティッシュを持っていたらしい。知ってる、見たことあるから。駅前で配られてるやつだ。
「カミシマさんたら、かぜ引いたの? エアコンつけっぱなしもよくないんだってね」
「よく知ってるねえ、君は気をつけなよ」
年齢不明、そんなにお年寄りじゃない男の人。疲れた顔をしていることが多いから分かりにくいけど、若いのかも?
カミシマさんがそっぽを向いてティッシュを鼻に当てている。
毎日というわけじゃないけど、夜中にカミシマさんはわたしの部屋にくる。いろいろなおみやげをもって。奇妙なものもあるけど、まあ、いいかなって思うし、あったところで困らないし、部屋に置いておくとそのうちなんかしっくり来るから、よしとしている。
今日のカミシマさんはプリンを持ってきてくれた。きいろくてやわらかい、おいしい。わたしは二つあったうちの一つを遠慮なくもらっているわけだが、うーん、となって、カミシマさんを見る。
「かぜっぴきのカミシマさん、プリンたべてけば? 実はもう一つあるのよ」
「俺が持ってきたんだから知ってるけど、君が食べなよ。俺はいいから」
「保冷剤とかあるよ。つかう?」
「熱っぽくはねえんだけどな……まあ、これで長居すんのもあれか。今日は帰るよ」
鼻を啜るカミシマさんがのっそりと立って玄関に向かう。
気をつけてね、と声をかければ小さく返事が返ってくる。外は気になるが、出てはいけないと言われているから、やめておく。
カミシマさんがいなくなると、部屋の中はひっそりしてしまう。少し寂しい気もする。そのうち朝日が登ってきてしまうから、眠くもないけどベッドに入る。
ベッドにはウサギのぬいぐるみがある。これは、お母さんが作ってくれたもので、それで、カミシマさんが持ってきてくれた。
いつもお父さんやお母さんがくれるものは、カミシマさんがこの部屋に持ってくる。
……なんで? すこし、頭が痛くなってきたので、そろそろ眠ることにしよう。
だれかがみている
三日くらいまえ、お母さんと一緒に台所を手伝っていた時に、本当に少しだけ指を切ってしまった傷のことを話したときにもカミシマさんは変な顔をしていたが、今日はもっと変だった。(小さな傷だったからもう治ってるのに!)
今日は久しぶりに眠い日だったから、すこし頭を揺らしながら、首を振る。
「……んー、足首、? 怪我してないよ、ぜんぜんいたくないし……運動会? そっか、もうそういう時期だったね」
「ああ、君は、体育の時間に、運動会の練習で、怪我を、したんだ。骨を、折って」
わたし、今年はなんの競技に出るんだったかな。
「ごめん、本当にごめんな」
「なぁに、カミシマさん。カミシマさんなら、いいよ」
カミシマさんは、わたしの名前を呼ばない。
知ってると思うんだけど。カミシマさんの手が、わたしの足に伸びる。ほそい足首。そこを指が掴む。ぐ、と力が入ったのが見えた。
カミシマさんがトイレのなかで吐いている。何度か咳き込むような音がして、わたしは廊下でそれを聞いている。
運動会の練習で、体育の時間に怪我をした足はいたくないし、怪我をして痛かった。うん、痛かった。
お医者さんにも行ったけど、それほど酷いことにはなっていないらしいので、問題はないようだった。お父さんにもお母さんにもとても心配された。カミシマさんもこんなだし、なんか悪いことしちゃったかな、と思う。
「カミシマさん」
「………なんだい」
きずついた、ガラガラのひどい声で返ってくる。あとでお水でもあげよう。
「つかれてるでしょ、ちょっと休んできなよ」
「いいよ、そんなの」
「肩揉んであげる、お父さんにもうまいって言われたんだよ」
トイレが流れる音がして、カミシマさんが出てくる。廊下に膝をついて、わたしを見下ろしてくる。
すこし、目が泳いで、何か言おうとした。
「……いや、いいんだ。ありがとう。悪い、今日は帰るよ。君も早く寝な」
「そうなの。気をつけてね」
「もう、いい時間だから。おやすみ」
元気がないカミシマさんを見送る。慰めてあげようかなと思ったが、何を言えばいいのかわからなかった。
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「よろこびなさい紙島くん、すごい仕事が入ったよこれはガッポリ稼げるねよかったじゃない」
上司がすごく嬉しそうにしている時は、すごく嫌な事件があったということだ。
俺の仕事は、ひとさまが酷い目にあって、とんでもない不幸に押しつぶされてどうにもならなくなったのを、それなりにどうにかすることだから。
といっても、まだまだ一人で仕事を受けられるようなもんじゃない、半人前で、目の前の上司の手伝いをしているようなかたちになる。
「元は他の人のところに来たお話なんだけどね、どうにもならないから私たちのところに持ち込まれたわけだね、まあつもりそれくらい大変な仕事ということなので覚悟しておいてねたぶん時間かかるから」
俺は、かなりげんなりした。
今回、上司のところに持ち込まれた案件はこうだ。
ある夫婦の一人娘が、よくないモノに目をつけられた。この上司がよくないモノ、と言うのは、詳しく言っても俺がわからんだろうなと判断されているからだと思われるので、つまり、とても厄介なモノである。
「このままだとどう頑張ってもその子は十になる頃には連れてかれてもう人間が探しても見つからない場所に行っちゃうからね、いやあ今時神隠しなんてよくやるよねははは、
まあ笑ってる場合じゃないんだけどね、まあそうならないためにどうするかって言うと、もうその相手から目をつけられた子を隠すのも、もういっそやっつけちゃうってのも大変なんだよねそういうのが簡単にできる相手じゃないから、いや別に私だし無理ってわけじゃないかもだけどそこまでやるとほら、ちょっとお金かかりすぎちゃうから、あのご夫婦じゃ払えきれなくなっちゃうしまあこんなところで済まそうかっていうね、
そんなに欲しいんなら連れてってもらおうかなってやつ、ううん、本人じゃないよ、それはダメじゃない、だから、もう一つ代わりにつくっちゃえばいいってわけでね、
これならリスクも少ないし、そっち使っちゃえばいいんだよ私ならそれぐらいできるし、まあでもさっき言ったけど時間もかかるしそこらへんの細かいところは君に頼むよ私はやりたくないし、きっと大変だけどよろしくね」
相変わらず話が嫌に長くてわかりにくい上司の話をざっとまとめると、今回の作戦としては、狙われた女の子とそっくりのモノを作り出すのだそうだ。何がどうしてこの人はそんなことができるのだ、と思うが、できるのだから仕方がない。
もちろん、外見が同じというだけのモノを用意したところで誤魔化せる相手でもないので、「中身」もできる限り同一のものにする。この「中身」というのは記憶や、人格といったものだ。本当に、俺みたいな半人前には方法がわからないが、それをするそうだ。
「なるべく似せていくし、一定以上のズレが起きたら修正していくつもりだけど、どうしてもある程度私からじゃうまく弄れないところが出てくるだろうから、そしたら君が直接直しにいってくれよ。もう一つの存在をまるまるつくるってのが大変なのに、それを相手から気づかれないようにし続けなくちゃならないんだから」
俺がやることといったら、上司が今回のために作り上げた特別室の中に置かれた、狙われた女の子に似せて精巧につくられたニセモノの様子を見にいくこと、女の子と記憶の同期がうまく行っていないようだったから俺の手で調整をすること。
「余計な記憶」が俺が出てくるもののみならば後からまだ調整が効く範囲なのだそうだ。(それでも特別室の中には長居はするなとのことだが)といっても、その存在のため込める記憶領域には元の彼女の記憶をいっぱいいっぱい詰め込む予定だから、どれほど俺と出会ったことを覚えていられるのは不明である。
最初、そう聞いた時はいつものように訳のわからない化け物どもと顔を合わせるような仕事よりかはまだマシかとも思ったのだ。俺はかなり、想像力が足りていなかった。
女の子の起きている間は、その記憶を徐々に移していく準備を頭の中に仕掛けるためにニセモノの方は特別室の中で眠りについている。
重要なのはその記憶だ。その存在が彼女であると誤魔化すために、それのみが必要だ。
そして、本物の彼女が夜に眠りについた後に、ニセモノが目を覚ます。デリケートな存在なため、それは特別室のみで管理、調整を行わなければいけない。主に俺が。
そのあたりのニセモノのみが持つ夜の記憶は余分なものになるため、隙を見て少しずつ消していくことになる。人間ではなく、人間のようなものとは言え、記憶を弄るのは繊細な作業が必要となるらしい。
「これを、その子に渡してあげてはくれませんか」
「……これは?」
「お菓子を、作ったんです。うちの子はこれが好きで、喜んでくれるんですよ。馬鹿な、真似に見えますか」
女の子の母親のところに顔を出せば、手作りの子供が好きそうなお菓子を渡された。その目には自嘲じみた傷が見えた。自分の子供を助けるために犠牲する予定の存在へ、それを渡すという行為にだろうか。
「先日、澪正さんからは、問題はないはず、と」
澪正というのは、俺の上司の名前である。本物の彼女が母親からもらって食べているのだから、同じものなら腹に入れても問題がない、ということだろうか。
ニセモノが目を覚ましている間の記憶は、いつか消えてしまうものらしいし。できる限り本物に近づけておかなければならないのだから、そう考えると悪い話でもないのかもしれない。
俺は、愛情と憐れみと罪悪感がこもった贈り物を預かった。
俺は想像力が足りなかったのだ。
この世界に入って、人を助けられないのも、見捨てるのも随分と慣れた。そう思っていたが、ニセモノ——特別室の彼女と顔を合わせるのは、結構、いや。かなり、しんどかった。
同期がうまくいかないのなら、俺がやらなくてはならない。そうしなければ、時間がかかった今までの全てがパァになって、あの狙われている女の子が攫われてしまう。だから、だから。
トイレの便器にのしかかる。廊下で彼女が待っている。
だから、時々記憶が混濁する彼女をあの部屋の中にずっと閉じ込めて、本物の彼女と同じ物を食べさせて、服を渡して、同じ怪我をさせた。あの部屋には憐れみだけが詰め込まれている。いつか終わるためにあの部屋は続いている。
「時々危険なことになっていたようだけど君がどうにかしてくれてたみたいだね無事にここまで保ってくれて助かったよ。もうあの子も無事に完成したと見ていいはず、そろそろ相手が彼女を攫いにくる頃だし今が丁度いい時期だよ無駄に長く続けても仕方がないものさっさと済ませてしまおうね。この後別の仕事もないし暇でしょう、夜になったらあの子を連れてきてね場所はわかるよねいつものところだよよろしくね紙島くん」
上司からそう告げられたのは、突然だった。いつものように彼女の母親から食べ物を預かり、特別室がある場所へと向かうところだった。
今日はいちごのシュークリームを作ったんです。声が耳の奥でわんわん響く。
あの子はいちごって好きかしら?
あの子は貴方の娘さんと同じものが好きですよ。
だって俺たちがそうしたんだから。そういうものとしてつくったんでしょう。
「こんばんは、カミシマさん。顔色悪いね?」
いつも通り、彼女は話しかけてくる。
身体は小さい。どこから見ても、どこにでもいる女の子だった。テーブルに読んでいた本を置いた。こっちは、父親から預かったものだ。そのうち、俺から渡されたものではなく父親から直接貰った記憶の方が彼女のなかでほんとうのことになる。
俺と会っていた記憶はこの後消されるだろう。俺たちの夜の時間は、ご両親と住んでいる彼女には存在しないはずのことだから。
「あ、なあにそれ、何か持ってきてくれたの? ねえ、カミシマさんも一緒にたべる? 調子、悪そうだからやめた方がいいかな。カミシマさん、甘いもの、好きなんでしょ? いつもわたしが食べてるときにずっと見てるじゃない。しってるよ」
廊下で立ち尽くす。あの子を連れてきてね。ペタペタあの子が歩いてくる。
うちの子はこれが好きで。
カミシマさんがつくってくれたの? 違う? でも嬉しいなあ。
なあ、俺は君を、
「カミシマさん?」
ちいさな手のひらを握って俯く。
次に言うべき言葉に、俺はとても困っている。