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番外編二 告白 ―― 優しい味 ――

ー/ー



「……こうして素敵な方ともお付き合いできて幸せいっぱいだったでしょうに、何故あの子は……」

 突然紗子の笑顔に新月の夜の様な(かげ)が差す。

「お母さん、それを考えてはいけません。お願いです。そういう考えは捨てて下さい。私もそうやって何とかここまで立ち直ってきました。どんな理由も責任も、今詮索しても仕方のない事なんです。お願いします。」

 惠美は反射的に紗子の手を取る。少し手に力が入る。しっかりと紗子の顔から眼を離さずに話す。その眼は赤い。惠美や槇子だけではない。多喜の母である紗子もまた二人が抱えている苦悩に勝るとも劣らないものを抱えているに違いない。しかし紗子の目は惠美の視線から離れすっと俯く。

「そうなんです、そうですよね…… 分ってる、頭ではわかってるんです。でもやはり時折ある考えが頭をもたげてしまうんです」

「親である私が全てを捨てて逃げ出してしまったのを目の当たりにしているから……」

「だから……だから……だから! あの子も! あの子も何もかも捨てて逝ってしまったんじゃないかって!」

 惠美の手を振りほどいて両手を顔で覆いさめざめと泣く。

「ごめんなさい!ごめんなさい!本当に申し訳ありませんっ! 惠美さんという方までありながら、私は、私はあの子にいけない手本を見せてしまったばかりで、母親らしいことなんて何も!」

 紗子はとうとう惠美に向かって泣きながら平伏する。

 ずっと黙って事の成り行きを見ていた槇子は、耐え切れずに口を挟む。

「違う、違うわ紗子お姉さん。お姉さんはちゃんと帰ってきたじゃないの。そりゃ、一旦は離れたのかも知れないけれど、またちゃんと戻ってきてしっかり抱きしめてあげたじゃない。それはちゃんと多喜ちゃんも分ってたはずよ。信じてあげて。このことでそんなに自分を責めないで。」

 惠美も紗子の傍らに座し声をかける。

「多喜ちゃんは……多喜は、お母さんにそんな当てこすりのような事をする子じゃありません。愛するお子さんを信じてあげて下さい。お母さんがご存じな多喜はそんな意地悪な子じゃないですよね……」

「……ありがとう……ありがとう…… 二人とも本当に、ほ、ん当に優、しいんですね…… 本と、う、にお似合い…」
「!」
「!!」

 惠美と槇子の驚いた顔を見て少し緊張がほぐれたのか、紗子は小さな笑みを浮かべた。

「何を驚いているの? ………もしかして……気づいてないと思っていたんですか? 今日の様子を見てたらすぐわかりましたよ。二人とも脇が甘すぎ。フッ……」

 紗子は半分泣きながらも、今日初めて半分笑いながら二人をからかう余裕を見せた。

「やだもうお姉さんってばっもうっ」
「お、お恥ずかしい限りです……」

「今の二人の言葉に本当に救われた気がします。私は私の愛した娘を信じてみます。お話してよかった。こんなくだらない話を聞いて下さって本当にありがとうございました」

 惠美がはたと何かに気付いた表情で天井に目をやった。

「あ、そういえば」

「多喜ちゃんはちっちゃい時、風邪をひいて、その時お母さんが作ったおじやが優しい味で、今でもあれが一番の『お母さんの味』だと思う、って言ってました。それってその香川の…」

「確かに、確かにおみみさんを作ってやったことがありました。あの時の料理を? って思われるかもしれませんが、食べる相手を大事に思う料理だったのは間違いありません。結子を思って作った料理も、多喜を思って作った料理も、想い方は違えどその想った相手を大事に思って作ったことには変わりないんです… はたから見たら変な事かもしれませんが。」

「え、と、いや、その……香川にいた経験があったからこそ、おみみさんに出会えたわけで、その事で多喜は優しい思い出を一つ手に入れたと思えば…… ええと、辛い経験をもとに、小さいながらも一つの嬉しい光が(とも)ったと思えば、悪い事ばかりじゃなかったですよね、って」

「そう、そうですね…… 結子が、多喜に優しい思い出を作ってくれたんだと思えば何か少しだけ、ほんの少しだけ救われるような気がします」


【次回】
 番外編二 告白 最終話 ―― ナセル ――


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「……こうして素敵な方ともお付き合いできて幸せいっぱいだったでしょうに、何故あの子は……」
 突然紗子の笑顔に新月の夜の様な翳《かげ》が差す。
「お母さん、それを考えてはいけません。お願いです。そういう考えは捨てて下さい。私もそうやって何とかここまで立ち直ってきました。どんな理由も責任も、今詮索しても仕方のない事なんです。お願いします。」
 惠美は反射的に紗子の手を取る。少し手に力が入る。しっかりと紗子の顔から眼を離さずに話す。その眼は赤い。惠美や槇子だけではない。多喜の母である紗子もまた二人が抱えている苦悩に勝るとも劣らないものを抱えているに違いない。しかし紗子の目は惠美の視線から離れすっと俯く。
「そうなんです、そうですよね…… 分ってる、頭ではわかってるんです。でもやはり時折ある考えが頭をもたげてしまうんです」
「親である私が全てを捨てて逃げ出してしまったのを目の当たりにしているから……」
「だから……だから……だから! あの子も! あの子も何もかも捨てて逝ってしまったんじゃないかって!」
 惠美の手を振りほどいて両手を顔で覆いさめざめと泣く。
「ごめんなさい!ごめんなさい!本当に申し訳ありませんっ! 惠美さんという方までありながら、私は、私はあの子にいけない手本を見せてしまったばかりで、母親らしいことなんて何も!」
 紗子はとうとう惠美に向かって泣きながら平伏する。
 ずっと黙って事の成り行きを見ていた槇子は、耐え切れずに口を挟む。
「違う、違うわ紗子お姉さん。お姉さんはちゃんと帰ってきたじゃないの。そりゃ、一旦は離れたのかも知れないけれど、またちゃんと戻ってきてしっかり抱きしめてあげたじゃない。それはちゃんと多喜ちゃんも分ってたはずよ。信じてあげて。このことでそんなに自分を責めないで。」
 惠美も紗子の傍らに座し声をかける。
「多喜ちゃんは……多喜は、お母さんにそんな当てこすりのような事をする子じゃありません。愛するお子さんを信じてあげて下さい。お母さんがご存じな多喜はそんな意地悪な子じゃないですよね……」
「……ありがとう……ありがとう…… 二人とも本当に、ほ、ん当に優、しいんですね…… 本と、う、にお似合い…」
「!」
「!!」
 惠美と槇子の驚いた顔を見て少し緊張がほぐれたのか、紗子は小さな笑みを浮かべた。
「何を驚いているの? ………もしかして……気づいてないと思っていたんですか? 今日の様子を見てたらすぐわかりましたよ。二人とも脇が甘すぎ。フッ……」
 紗子は半分泣きながらも、今日初めて半分笑いながら二人をからかう余裕を見せた。
「やだもうお姉さんってばっもうっ」
「お、お恥ずかしい限りです……」
「今の二人の言葉に本当に救われた気がします。私は私の愛した娘を信じてみます。お話してよかった。こんなくだらない話を聞いて下さって本当にありがとうございました」
 惠美がはたと何かに気付いた表情で天井に目をやった。
「あ、そういえば」
「多喜ちゃんはちっちゃい時、風邪をひいて、その時お母さんが作ったおじやが優しい味で、今でもあれが一番の『お母さんの味』だと思う、って言ってました。それってその香川の…」
「確かに、確かにおみみさんを作ってやったことがありました。あの時の料理を? って思われるかもしれませんが、食べる相手を大事に思う料理だったのは間違いありません。結子を思って作った料理も、多喜を思って作った料理も、想い方は違えどその想った相手を大事に思って作ったことには変わりないんです… はたから見たら変な事かもしれませんが。」
「え、と、いや、その……香川にいた経験があったからこそ、おみみさんに出会えたわけで、その事で多喜は優しい思い出を一つ手に入れたと思えば…… ええと、辛い経験をもとに、小さいながらも一つの嬉しい光が灯《とも》ったと思えば、悪い事ばかりじゃなかったですよね、って」
「そう、そうですね…… 結子が、多喜に優しい思い出を作ってくれたんだと思えば何か少しだけ、ほんの少しだけ救われるような気がします」
【次回】
 番外編二 告白 最終話 ―― ナセル ――