こんな夢を見ました。
気がつくと雲の上にいたのです。頭上には青く透き通った空が広がり、左手には真っ白な雲の平原がどこまでも続いています。右手の方は誰かに切り裂かれてしまったかのように私の立っているすぐそこで雲はキッパリとなくなっています。
そこから雲の下を覗くと小さな小川が流れていました。まるで透明な水晶が溶けてできたかのような水が川にある流木に当たり、静かな空間の中に優しいせせらぎをつくっています。
川の向こう側にはピンクや赤、黄色や橙色をした小さな名前もわからない花たちが一杯咲き乱れている野原があれば、その隣には暗く深い針葉樹の森、そして遠くには荒れ果てた荒野、湖までもがあります。そのずっと、ずっと向こうには地平線が光の白い線となって広がり、青空との間に境界線をつくっています。
ふと気がつくと、私の横には黒い中折れ帽を被り、膝下まである黒いコートを着た一人の男が立っていました。男は何か私に話しかけてきたのですがその時男とどんな話をしたかは覚えていません。
話終わると男は歩き出しました。私は何を思うでもなくその男の隣について行きました。私たちは小川にそって歩いて行きました。途中、男が
「あまり雲の隙間を覗いてはいけないよ、落ちてしまうと大変だからね。」
と言った他は私たちは一言も喋らなかったと思います。
しばらく歩いていくと川の向こう側の遠くの方に立派な入道雲が立ち上っていてその雲の隙間から中世ヨーロッパを思わせる綺麗な建物が一つ二つ見えてきました。また少ししてそれが街であることがわかりました。
「雲の中の街、なんて素敵なんだろう」
そう思って私は思わず雲の上から小川に飛び降り、街に向かって駆け出しました。バシャバシャと小川の水の冷たさも気にせず走り出した私でしたが突然男に腕を引っ張られて止められました。
「何をするの?」
私は少し怒った声で言いました。
「君はまだ向こう側へは行けないよ、行ってはいけないんだ」
男は静かにそう答えました。
「どうして?」
私は不機嫌になって聞き返しました。
「まだ行ってはいけないんだ」
男はそう繰り返します。
「だったらもう帰りたいんだけど」
ぶっきらぼうにそう言うと男は少し困ったように
「そうか、うーん、わかった、今聞いてくるよ」
と言って、すっと私の前から姿を消しました。
私は一人、遠くの雲の中にある西洋の街並みを眺めながら男が戻ってくるのを待ちました。時間の感覚はありませんでしたが男は一分も立たないうちに戻ってきたような気がします。
「元の世界に帰ってもいいよ、でもね、またここに戻ってこなくちゃいけないよ」
「どうして?」
そう聞き返したかと思った瞬間、私は目を覚ましました。
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何かの形で残しておきたい、そう思うきっかけとなった最初の夢のお話です。この夢を見て20年ほどの年月が経ちました。あの男は一向に私を迎えに来てはくれません。私は今すぐにでもあの雲の上に戻りたいと思いながら、それはもしかしたら明日かもしれないとこんなにも待ち望んでいるというのに。