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あの真夏のつめたい日に

ー/ー



 もう、季節は夏になる。
 放課後にはとにもかくにも汗臭い怒号が響き、ああ居心地が悪いなぁとか、思いながら廊下を進む。
 実はこれでもちゃんと所属している部活もあるのだが、誘ってきたクラスメートが2週間で先に辞め、俺もそれに続いて脱出……することに失敗し、そのまま居残り続けている。だからと言って真面目に参加するわけでもないという半端な状態だ。
 最近では教師や同じ部の連中も何も言ってこない。もうここまでくると今から本格的に参加するのも改めて退部するのもタイミングがおかしい気がする。

 そんなこんなで俯きがちに階段を降りようとすれば、見知った顔に出会う。

「ああ、何だお前。久しぶりじゃん」

 新入生の頃に少しだけ世話になった先輩だった。仲が良いとかそんなわけはなく、よく顔を覚えていたものだ。

「お前、最近ひま?」

 ——まあ、そこそこ。特にやることもない……す、
 とかなんとかもごもご返せば、先輩が声を低くした。

「……バイトやんない?」

 隣をユニフォームを着た集団が登っていく。そこで俺は、何となくうなずいていた。



「あのさ、別にヤベェことやって欲しいんじゃないのよ」
「はあ」
「あれな、俺も先輩から誘われてさ……あー、まあ、そんな大変なことはやんねえから」

 深夜の校庭。校庭の隅のフェンスの一部が壊れたまま放置されているらしい。いいのか、それで。
 こんな時間に学校にいる時点でそこそこまずい気がする。ひそめた声で話す先輩に相槌を打ちながら、目の前のそれを見上げた。

 飼育小屋だ。ウサギとか鶏とかを飼うやつ。うちの学校にいわゆる飼育委員はいない。この飼育小屋はとっくに廃墟のような有様で、入り口にあたる部分は閉鎖されている。中に何もいないからだ。少なくとも、そういうふうにされている。

「えさ、やってほしいんだわ」
「えさ? えさを、動物に、すか」

 先輩は青い、どこにでもあるバケツを持っている。中には何か入っているらしいが、警備員や近所の住人なんかの人の目を警戒してライトもつけていないため、暗くてよく見えなかった。すこし、嫌な匂いがする。

「ウチで飼えない猫とか犬を、誰かこっそりここで飼ってる……とかすか? はは」

 んな小学生みたいなことないよな、と思いながら辺りの暗さが怖かったから、少し笑えば、先輩は反応しなかった。

「……あの、もしかして人間、だれか、ここに居るとか……ないっすよね」
「んなこと、ねえよ、何言ってんだ」

 やたらと低い声で怒ったように先輩言う。
 不機嫌というより、これは怯えてるんじゃないかと思った。
 先輩が、廃墟のような飼育小屋の扉に手をかける。廃墟といっても、壁のあたりはずいぶんしっかり塞がれていて、内部が外から見えたりはしない。
 剥き出しの金網とかじゃなくて、木製の小さな小屋のようなのだ。急に、何か嫌な気分になった。

「……おまえさ、ちゃんと俺言ったよな、このバイトについては、誰も言うなって。金はちゃんとやっから、誰にも言うんじゃねえぞ」

 脅すように呟く先輩が、扉を静かに開ける。
 なにか、とてつもなく凶悪な生き物が見えた、とかはない。そこにあるのは暗闇で、何も起こらない。
 先輩のちょっと後ろに立っているから、床の辺りにまではよく見えない。本当に事情があって自宅で飼育できない犬や猫を誰かここで世話をしているだけなんじゃないか、と思って


「ヨシザキさん?」


 胃の辺りが急に冷たくなって慌てて周囲を見渡す。
 誰だ? 女の子の声だった。誰もいない! ひどく近い距離からの声だったのに。
 先輩と目が合う。喋るな、と唇の動きだけで伝えられる。

「ヨシザキさん?」

 ヨシザキって、誰だ。
 俺も先輩も、全然そんな名前じゃない。
 そんなことより、その若い、というより幼い女の子の声は、飼育小屋の中から聞こえた気がする。

 軽度のパニックに陥った脳内が、犯罪、誘拐、監禁、みたいな単語をちかちか光らせる。誰か、女の子をこんなところに閉じ込めているのか? 俺たちみたいな学生に世話をさせて?

 先輩の肩が震える。深呼吸をして、吐いたのだ。青いバケツの底を持って、中身を小屋の中にぶちまけた。
 暗くてよく見えなかったが、赤くて、ぬらぬらした、多分肉の類。テレビで見る動物園の獣たちを思い出す。

「やっぱり、ヨシザキさんだ」
「ありがと、きてくれたんだね」
「ヨシザキさん」

 一人の声ではなかった。
 いくつもの小さな声が聞こえて、ざわざわと響いてくる。動物が動いている音というより、数えきれないほどの虫の大群が押し合いへし合いしながら狭い床をみっちりと埋め尽くしている光景を幻視した。

 先輩が、扉を閉めた。鍵はかけなかった。そういえば、開錠していた様子もなかった。閉じ込めなくても、出ていかないのだ。

「返事、するなよ、何言われても」
「……はい」

 バイト、辞めていいっすか、ともやっぱり言えなかった。




 アルバイトは、週に一回。
 深夜に学校に入って、ほとんど使われてない倉庫の中に置かれた青いバケツを持って、飼育小屋に向かう。
 最初はこのなんかの肉まで自分で準備をしなくちゃいけないのかと思い憂鬱になっていたが、こちらはいつのまにか置かれている。あの先輩か、それとも他の誰かから貰ってきているのだろうか。

 あれからあとは、俺一人で餌やりを行っている。先輩とはあれきり、ほとんど話していない。校内で昼間に顔を合わせても露骨に逃げられるのだ。

 アルバイトをサボってやろうかと思ったこともあるが、あのバケツが昼間の学校で誰かに見つかると思うと、どんな騒ぎになるか考え、怖くなってしまう。青いバケツは倉庫に置いておくといつの間にか回収されているので、もしかしたらその何者かが隠しておいてくれるかもしれないが、その誰かが居るのが恐ろしいのだ。

 それほど時間もかからないし、誰か人と話さなくちゃならないわけでない。やってることと言えば、誰かが置いてくれている餌を投げに行くだけ。
 いつのまにか机の中か鞄の中に現金の入った封筒が入れられている。不気味なことは山ほどあるが、学生が短時間のアルバイトで得られる金額としてはかなりのものだった。

「ヨシザキさん?」
「ヨシザキさんだ」
「ありがとう、ヨシザキさん」

 いつも通りの声に無視をするのも、何度も繰り返せば慣れてくる。向こうも、返事がないことに気を悪くするわけでもないし。

「ヨシザキさん?」
「なんか変な匂いがするね」
「ヨシザキさん、ヨシザキさん」

 ——少し、動揺した。そんなことを言われたのは初めてだ。
 心当たりは、ある。最近、彼女ができた。軍資金もそれなりに貯まった時期だったし。
 そういうことも、した。まさか、それで? 
 先輩、そういうのを気にしなくちゃいけないなんて聞いてねえよ。

「ヨシザキさん?」

 なにも、おかしくはない。ただちょっと、この生き物たちは鼻がいいのだ。
 それだけの話。
 騒ぐ心臓の音まで気づかれないようにと祈りながら、餌を放り投げて扉を閉めた。鍵までかけてやりたいと思ったが、そんなものはどこにあるかわからなかった。



 その後のことだが。
 俺の彼女は行方不明になった。
 もともと遊び相手が多い子だったから、あまり周囲の人間は気にしていないようだった。

 深夜の校庭。
 いつも通り、青いバケツを持って、飼育小屋に向かう。
 小屋の裏側、目立たない場所に、見覚えのある靴が落ちている。

 何を言えばいいのかわからなかったが、その日俺は、衝動のままリュックサックに様々なモノを詰めてきていた。その中には、ライターも入っている。





「来てくれたんだね」

 どこにでもある喫茶店。隅のテーブルで、高校生くらいの女の子が微笑む。

 俺は困って、口を閉じたままだった。親戚でもない若い女の子と二人きりというのは、落ち着かない。

「また会えて嬉しいなあ」

 その女の子は、学生の頃に付き合っていた彼女とよく似ていた。
 その彼女は、行方不明になったきりで、あれからもう何年経っただろう。
 誰にも言わなかったが、もう見つからないだろうなと確信していたのは、俺一人だったと思う。

 再会したのは……再会、と表現するが、ついこの間。街中で声をかけられた。

「娘さん、もう8歳だってね」と言われた時は眩暈がした。
 いなくなった彼女が、すでに新しく家族がいる男に会いにくる。なんてドラマチック。そんなわけがない。そういうもの、ではない。

「あなたがヨシザキさんじゃないの、驚いちゃった。どこ行っちゃったんだろうね。まあ、いいんだ。時間がかかっても、探せばいいんだもん」

 微笑む彼女は、記憶の中の姿にそっくりで、毎秒心臓が痛くなる。

 お前たちは何なんだ、あの「火事」から逃げたのか、ヨシザキさんって誰なんだ。
 どうして、俺に会いに来たんだ。何年も経って全て終わったと思ったのに。何も言えるはずがなかった。

「みんな、あなたに会いたがってるよ。そうだ、またなんか食べさせてよ。あ、火が通ってないのにしてね?」

 焦げ臭くて、いやだから。

 そう笑いかけてくる彼女が相変わらず綺麗で、俺は、あのつめたい夏の飼育小屋を、耳鳴りの中で思い出していた。






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 もう、季節は夏になる。
 放課後にはとにもかくにも汗臭い怒号が響き、ああ居心地が悪いなぁとか、思いながら廊下を進む。
 実はこれでもちゃんと所属している部活もあるのだが、誘ってきたクラスメートが2週間で先に辞め、俺もそれに続いて脱出……することに失敗し、そのまま居残り続けている。だからと言って真面目に参加するわけでもないという半端な状態だ。
 最近では教師や同じ部の連中も何も言ってこない。もうここまでくると今から本格的に参加するのも改めて退部するのもタイミングがおかしい気がする。
 そんなこんなで俯きがちに階段を降りようとすれば、見知った顔に出会う。
「ああ、何だお前。久しぶりじゃん」
 新入生の頃に少しだけ世話になった先輩だった。仲が良いとかそんなわけはなく、よく顔を覚えていたものだ。
「お前、最近ひま?」
 ——まあ、そこそこ。特にやることもない……す、
 とかなんとかもごもご返せば、先輩が声を低くした。
「……バイトやんない?」
 隣をユニフォームを着た集団が登っていく。そこで俺は、何となくうなずいていた。
「あのさ、別にヤベェことやって欲しいんじゃないのよ」
「はあ」
「あれな、俺も先輩から誘われてさ……あー、まあ、そんな大変なことはやんねえから」
 深夜の校庭。校庭の隅のフェンスの一部が壊れたまま放置されているらしい。いいのか、それで。
 こんな時間に学校にいる時点でそこそこまずい気がする。ひそめた声で話す先輩に相槌を打ちながら、目の前のそれを見上げた。
 飼育小屋だ。ウサギとか鶏とかを飼うやつ。うちの学校にいわゆる飼育委員はいない。この飼育小屋はとっくに廃墟のような有様で、入り口にあたる部分は閉鎖されている。中に何もいないからだ。少なくとも、そういうふうにされている。
「えさ、やってほしいんだわ」
「えさ? えさを、動物に、すか」
 先輩は青い、どこにでもあるバケツを持っている。中には何か入っているらしいが、警備員や近所の住人なんかの人の目を警戒してライトもつけていないため、暗くてよく見えなかった。すこし、嫌な匂いがする。
「ウチで飼えない猫とか犬を、誰かこっそりここで飼ってる……とかすか? はは」
 んな小学生みたいなことないよな、と思いながら辺りの暗さが怖かったから、少し笑えば、先輩は反応しなかった。
「……あの、もしかして人間、だれか、ここに居るとか……ないっすよね」
「んなこと、ねえよ、何言ってんだ」
 やたらと低い声で怒ったように先輩言う。
 不機嫌というより、これは怯えてるんじゃないかと思った。
 先輩が、廃墟のような飼育小屋の扉に手をかける。廃墟といっても、壁のあたりはずいぶんしっかり塞がれていて、内部が外から見えたりはしない。
 剥き出しの金網とかじゃなくて、木製の小さな小屋のようなのだ。急に、何か嫌な気分になった。
「……おまえさ、ちゃんと俺言ったよな、このバイトについては、誰も言うなって。金はちゃんとやっから、誰にも言うんじゃねえぞ」
 脅すように呟く先輩が、扉を静かに開ける。
 なにか、とてつもなく凶悪な生き物が見えた、とかはない。そこにあるのは暗闇で、何も起こらない。
 先輩のちょっと後ろに立っているから、床の辺りにまではよく見えない。本当に事情があって自宅で飼育できない犬や猫を誰かここで世話をしているだけなんじゃないか、と思って
「ヨシザキさん?」
 胃の辺りが急に冷たくなって慌てて周囲を見渡す。
 誰だ? 女の子の声だった。誰もいない! ひどく近い距離からの声だったのに。
 先輩と目が合う。喋るな、と唇の動きだけで伝えられる。
「ヨシザキさん?」
 ヨシザキって、誰だ。
 俺も先輩も、全然そんな名前じゃない。
 そんなことより、その若い、というより幼い女の子の声は、飼育小屋の中から聞こえた気がする。
 軽度のパニックに陥った脳内が、犯罪、誘拐、監禁、みたいな単語をちかちか光らせる。誰か、女の子をこんなところに閉じ込めているのか? 俺たちみたいな学生に世話をさせて?
 先輩の肩が震える。深呼吸をして、吐いたのだ。青いバケツの底を持って、中身を小屋の中にぶちまけた。
 暗くてよく見えなかったが、赤くて、ぬらぬらした、多分肉の類。テレビで見る動物園の獣たちを思い出す。
「やっぱり、ヨシザキさんだ」
「ありがと、きてくれたんだね」
「ヨシザキさん」
 一人の声ではなかった。
 いくつもの小さな声が聞こえて、ざわざわと響いてくる。動物が動いている音というより、数えきれないほどの虫の大群が押し合いへし合いしながら狭い床をみっちりと埋め尽くしている光景を幻視した。
 先輩が、扉を閉めた。鍵はかけなかった。そういえば、開錠していた様子もなかった。閉じ込めなくても、出ていかないのだ。
「返事、するなよ、何言われても」
「……はい」
 バイト、辞めていいっすか、ともやっぱり言えなかった。
 アルバイトは、週に一回。
 深夜に学校に入って、ほとんど使われてない倉庫の中に置かれた青いバケツを持って、飼育小屋に向かう。
 最初はこのなんかの肉まで自分で準備をしなくちゃいけないのかと思い憂鬱になっていたが、こちらはいつのまにか置かれている。あの先輩か、それとも他の誰かから貰ってきているのだろうか。
 あれからあとは、俺一人で餌やりを行っている。先輩とはあれきり、ほとんど話していない。校内で昼間に顔を合わせても露骨に逃げられるのだ。
 アルバイトをサボってやろうかと思ったこともあるが、あのバケツが昼間の学校で誰かに見つかると思うと、どんな騒ぎになるか考え、怖くなってしまう。青いバケツは倉庫に置いておくといつの間にか回収されているので、もしかしたらその何者かが隠しておいてくれるかもしれないが、その誰かが居るのが恐ろしいのだ。
 それほど時間もかからないし、誰か人と話さなくちゃならないわけでない。やってることと言えば、誰かが置いてくれている餌を投げに行くだけ。
 いつのまにか机の中か鞄の中に現金の入った封筒が入れられている。不気味なことは山ほどあるが、学生が短時間のアルバイトで得られる金額としてはかなりのものだった。
「ヨシザキさん?」
「ヨシザキさんだ」
「ありがとう、ヨシザキさん」
 いつも通りの声に無視をするのも、何度も繰り返せば慣れてくる。向こうも、返事がないことに気を悪くするわけでもないし。
「ヨシザキさん?」
「なんか変な匂いがするね」
「ヨシザキさん、ヨシザキさん」
 ——少し、動揺した。そんなことを言われたのは初めてだ。
 心当たりは、ある。最近、彼女ができた。軍資金もそれなりに貯まった時期だったし。
 そういうことも、した。まさか、それで? 
 先輩、そういうのを気にしなくちゃいけないなんて聞いてねえよ。
「ヨシザキさん?」
 なにも、おかしくはない。ただちょっと、この生き物たちは鼻がいいのだ。
 それだけの話。
 騒ぐ心臓の音まで気づかれないようにと祈りながら、餌を放り投げて扉を閉めた。鍵までかけてやりたいと思ったが、そんなものはどこにあるかわからなかった。
 その後のことだが。
 俺の彼女は行方不明になった。
 もともと遊び相手が多い子だったから、あまり周囲の人間は気にしていないようだった。
 深夜の校庭。
 いつも通り、青いバケツを持って、飼育小屋に向かう。
 小屋の裏側、目立たない場所に、見覚えのある靴が落ちている。
 何を言えばいいのかわからなかったが、その日俺は、衝動のままリュックサックに様々なモノを詰めてきていた。その中には、ライターも入っている。
「来てくれたんだね」
 どこにでもある喫茶店。隅のテーブルで、高校生くらいの女の子が微笑む。
 俺は困って、口を閉じたままだった。親戚でもない若い女の子と二人きりというのは、落ち着かない。
「また会えて嬉しいなあ」
 その女の子は、学生の頃に付き合っていた彼女とよく似ていた。
 その彼女は、行方不明になったきりで、あれからもう何年経っただろう。
 誰にも言わなかったが、もう見つからないだろうなと確信していたのは、俺一人だったと思う。
 再会したのは……再会、と表現するが、ついこの間。街中で声をかけられた。
「娘さん、もう8歳だってね」と言われた時は眩暈がした。
 いなくなった彼女が、すでに新しく家族がいる男に会いにくる。なんてドラマチック。そんなわけがない。そういうもの、ではない。
「あなたがヨシザキさんじゃないの、驚いちゃった。どこ行っちゃったんだろうね。まあ、いいんだ。時間がかかっても、探せばいいんだもん」
 微笑む彼女は、記憶の中の姿にそっくりで、毎秒心臓が痛くなる。
 お前たちは何なんだ、あの「火事」から逃げたのか、ヨシザキさんって誰なんだ。
 どうして、俺に会いに来たんだ。何年も経って全て終わったと思ったのに。何も言えるはずがなかった。
「みんな、あなたに会いたがってるよ。そうだ、またなんか食べさせてよ。あ、火が通ってないのにしてね?」
 焦げ臭くて、いやだから。
 そう笑いかけてくる彼女が相変わらず綺麗で、俺は、あのつめたい夏の飼育小屋を、耳鳴りの中で思い出していた。