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第4節 悪意の座標/ §6

ー/ー



   ―セクション6―

 警部の二重(ふたえ)は、たるんだ顎に流れてくる汗をぬぐった。

 ――厄介な事になったなと思っていた。

 大久保議員は警察の上層部にも多く知人が居る大物だ。その息子が川に転落し、同じ学校の生徒に突き落とされたと証言したことから、二重に対応が任されたのだ。

 厄介な事になったと感じる一番の理由は、大久保の息子と、川から救助し病院へ付き添ってきた高次犯罪対策室所属の警官ロボットの証言が、食い違っているからである。

 ダスティという警官ロボットは、大久保律我が自分で飛び込んだと言う。

 父親である大久保議員はそれを聞き、大激怒である。「そんなわけあるか」、と。

 父親は、犯人を呼べと鼻息荒く喚き立てており、二重は佐々城と言う少年の家庭に連絡を入れようとしたが、高犯対(こうはんたい)が対応するからと制止されてしまった。

 二重としては、宙ぶらりんな立場である。

「お疲れ様です。二重警部」

「あ、えっ――」

 呼ばれて顔を上げた二重は、目を瞬かせた。半月程前に、南波記念病院の前の事故で見かけた少年が、目の前にいたからだ。

「え⁉︎ さ、佐々城――室長⁉︎」

 出動服を着、小柄ながら堂々たる立ち姿を見せる少年を見て、思わず声が上擦る。

 あのときはラフな私服姿だったが、「高次犯罪対策室室長の佐々城です」と名乗ったことは覚えていた。

 二重は慌てて敬礼した。

「覚えていて下さり恐縮です」

 大杜は薄く笑ってみせた。

「大久保律我さんと、保護者の方にお会いしたいのですが」

「はぁ、助かります。本人とそちら所属の警官ロボットの証言が違っており、困惑しているところでして――ん? 佐々城……?」

 大杜は笑みを深くした。

「彼が主張している犯人は僕です」

「それはいったい……」

「どちらが正しいか、はっきりさせに来ました。中に入っても?」

「も、もちろん」

 扉の前に立っていた二重は慌てて横に飛び退いた。

 大杜は軽く会釈をすると、ドアの前に立った。背後には、アイビーが控えている。

 ノックすると、中から怒声が聞こえてきた。

「なんだ⁉︎」

 大杜は一瞬ぴくりと肩が跳ねかけたが、グッと堪えた。怯むわけにはいかない。ハッタリも必要ですよ、と紀伊国にアドバイスされてきたところだ。

 大杜は自分の頬を叩いて、息を吸った。

「――失礼します」

 ことさら格好をつけた口調で病室へ踏み込むと、見本のように美しい敬礼をしてみせた。

「警視庁高次犯罪対策室、室長の佐々城です。先輩、いえ、大久保律我さんの橋からの転落の件につきまして、直接ご説明に伺いました。――私が容疑者ということですので」

「はっ?」

 大久保議員が素っ頓狂な声を上げ、息子を見やる。

「どういうことだ?」

「いや――どういうことだよ⁉︎」

 律我は大杜に疑問を返した。

「どうとは? そのままですよ。私が特務員である事、ご存知でしたよね?」

 大杜の静かな声に、律我が唾を飲み込んだ。

「転落の件の前に、ひとつ、一年半前のとある事故、いえ事件について、お話しさせて頂こうと思っていますので、悪しからず」

「事件だと……」

 父親が呟いた瞬間、律我は明らかに顔色を変えた。

「父さん! 僕、橋からは自分の不注意で落ちたんだ。だからこの件はもう終わりでいい!」

「何を言ってるんだ、お前――」

「そうですね。ほんと、いまさら何を言ってるんだか」

 大杜はすっと目を細めた。

「大久保律我さん、あなたは、球状の物を投げた際に軌道を操り加速させることのできる能力をお持ちですよね。球状の認識範囲は広く、紙を丸めたようなもの、風船、小石――かなり応用が効く能力です。正しく使えば、多くの人を救うことができたかもしれませんが、残念ながら、あなたはその力を自分の承認欲求のためだけに使い続けた。――あなたの野球部での実績も、この力のお陰ですよね」

 父親がぎくりとした様子で大杜を見つめる。律我のピッチングが特殊能力であるとバレれば、息子が野球部のエースである実績がイカサマになってしまうからだ。

「そして一年半前、女子中学生が、コンビニでバイクと接触して入院する怪我を負った件――」

「おい、その話は……」

 父親が事件について思い出し、焦って言うのを、大杜は無視し、父親に視線を移して話を続ける。

「コンビニのカメラには、女子生徒が転倒する際の律我さんの挙動も映っていました。能力のことを知っているあなたは、それを見てすぐにわかったはずだ。息子が、その女子生徒に怪我をさせるきっかけを作ったと。息子の能力や愚行を隠すべく、知り合いの警察幹部に働きかけ、証拠を隠滅し、彼を別の中学に転校させた」

「……証拠を隠滅だと? 言い掛かりだ。証拠などない話だから、隠滅などと言っているのだろうが……」

 分が悪くなっていることを察しているのか、父親の反論は先程までの威勢がなくなっていた。

「あなたはご存知ですか? 息子さんが彼女に仕掛けたものはこの一つではないんですよ?」

 そばに控えていたアイビーがタブレット画面を大久保親子に向けた。動画が再生され始める。

 そこには、学校内、街中などのさまざまな防犯カメラに偶然捉えられていた律我の悪行が映っていた。

「お、お前‼︎ あのとき、能力を悪用したのは初めてだと言ったではないか‼︎」

「こんな映像は嘘だ! 合成だよ、こんなの、簡単に作れる! フェイク動画だ!」

「フェイク? では映像の元を全てお教えしますので、納得いくまで問い合わせてして下さい。あと、コンビニの映像もありますよ。疑うなら、今再生しましょうか?」

「まさか! あれは削除させたはず!」

「そうですか。削除させたんですね」

「……っ」
 大久保議員がはっと口を手で覆った。

「あ、いや――そうだ。話をしようじゃないか。互いに利になる話を……」

 大杜は侮蔑を込めた視線を大久保議員に投げかけた。

「大人の世界の都合の良いお話でしたら、後日、部下が伺いますので、その時にどうぞ。――さて、律我さん」

 律我はさっきから無言で、ただ震えながら下を向いている。

「これだけ嘘を垂れ流して、まだ私に突き落とされたと主張しますか? むしろ、助けてあげたことを感謝して欲しいぐらいです」

 大杜は語気を強めた。

「嘘を付き、誤魔化し続けた数々の罪を蒸し返されたくなかったら」

 大杜は律我を睨みつけた。

「二度と花鈴の前に現れるな」



「大杜、おはよー」

 駅を出たところで声を掛けられた大杜は、立ち止まった。振り返ると、改札口で花鈴が手を振っている。

 花鈴とすれ違った男性が、彼女の視線を目で追い、大杜に視線が到達して目が合った。

(相手、こいつかよ、って目で見られたな……)

 大杜は内心苦笑する、花鈴は美人だが、それ以上に、内側からあふれる華やかさのようなものを持っている。地味な自分と比べられたら堪らないな、と大杜は思った。

 二人は横に並ぶと、ゆっくりとした歩みで学校へ向かった。

「ねぇ、昨日のケガ、具合どう?」

「大したことないよ。もう痛みもほとんどないし」

「そ、なら良かった!」

 花鈴は笑い、カバンから、透明フィルムに包んでリボンを巻いた何かを、大杜の前に差し出した。

「はい、これあげる」

「え、何? ――クッキー?」

「そう! なかなかうまく焼けたと思うんだよね」

 そう言って笑う花鈴の手に、包帯をみつけて、大杜が目を細めた。

「花鈴、それは?」

 昨日たくさん見た、花鈴が怪我をする映像が脳裏を過ぎる。放課後、花鈴はすぐに部活に行ったし、大久保は自分をつけていて、花鈴に危害を加えるタイミングはなかったはずだと思いながらも、鼓動が大きくなる。

 花鈴は恥ずかしそうに言う。

「ヤケド、しちゃったんだよねー」

「え?」

「部活で作ったクッキーの色が悪くて、日彩に焦げ過ぎってダメ出しされちゃった。そんなのを渡すわけにいかないから、家帰ってからリベンジしたんだけど、オーブンから取り出す時に――ね」

 花鈴がイタズラっぽく舌を出すのを見て、大杜は「なんだ……」とほっと胸を撫で下ろした。

「大丈夫? 病院には?」

「行くほどじゃないから大丈夫。ちょっと水膨れが出来てて触れるのが怖いから、包帯巻いてるだけ」

「それならいいんだけど……。えっと――クッキーありがとう」

「そうそう、私からの手作りスイーツ貰える人なんて多くないんだから、ありがたく食べてよね! ってのはまぁいいとして――その……昨日、ガラスから庇ってくれてありがとう。これはお礼みたいなもの」

「ううん。花鈴が無事で良かったよ」

「私、昔から事故に巻き込まれやすいのよね。よく怪我して――中学の時は特に辛かったな」

 大杜はどきりとする。早めに言うべきだとは思いつつも、いつ切り出そうかと思っていた話題を、意図せず花鈴に振られてしまった。

「……花鈴、その――普通の友達に戻ろう」

「え……なに?」

「だから、その――君が、か、か、彼女っていうやつ――」

「大杜、彼女って言うのに、そんなに緊張するの?」

 花鈴がおかしそうに笑うが、仕方がない。中学以前では、まともに話した異性は母親と鈴木副社長ぐらいで、「彼女」という言葉を「恋人」という意味合いで使ったことなど皆無なのだから。

「で、なに? 彼女のフリをやめて欲しいってこと?」

 大杜の言わんとしている事に気付いた花鈴から笑顔が消える。

「私、何がダメだった? お菓子作るぐらいでヤケドしちゃうようなドジだから? 料理の得意な子の方が好き?」

「なんでそんな話に……。そうじゃなくて、花鈴、ストーカーから逃げてたでしょ。そのストーカー、もう現れないよ。だから俺を隠れ蓑にしなくても大丈夫、って話」

「……大杜、知ってたの?」

「いや――知ってたってわけでもないけど」

 昨日の事件がなければ、具体的なことはわからないままだった。

(そういえば、貴島君は何か知ってる風だったな……)

 大杜は彼が示した指先にヒントを得たのだ。彼は窓の外と、花鈴のハンカチを指差した。

「リトルバードで初めて会ったとき、誰かから逃げてきたよね? なぜ喉も乾いてない、お腹も空いてないのに、入ってきたのかと思ってたんだ」

「え、そのときから疑問に思ってたの⁉︎」

「詮索してごめん。不思議なことがあった時、どうしてそれが起きたのか、考える癖があって」

「……そう」

 花鈴は納得いかない風に顔を顰めたが、諦めたように話し始めた。

「大杜の言うとおりよ。中学の時、元々苦手な先輩がいたんだけど、その人に気に入られちゃって、すごくアプローチされたの。私はその人に裏表を感じて怖かったんだけど、周囲にはすごく人気あったから、周りの圧でくっつけられたみたいになって。仕方なく付き合い始めたけど、やっぱり生理的に無理というか――やたらと世話を焼いてくるのが承認欲求の塊みたいな感じで、嫌悪感すらあって、すぐに別れようって言ったけど、聞く耳持ってくれなくて――」

「……大変だったね……」

「うん。でもある時、突然転校してって連絡が途絶えたの。私も携帯番号変えて連絡こないようにしたから、関係を断てたと思ってたんだけど――」

「高校で再会した?」

「そう。入学式の日、委員会活動のメンバーだとかで式の手伝いに来てた。会った瞬間、お前は今でも俺の恋人だからな、なんて言ってきて、下校時に付いてくるし、気持ち悪くて逃げて、カフェに飛び込んだ。そして――」

 そこまで言うと、花鈴はハッとして大杜を見やった。

「考えてみれば、私がやってたこともおんなじじゃない……。無理やり彼女だなんて言って大杜に付き纏って――。ごめんなさい。嫌がられて当たり前ね……」

「え、ちょっと、違うよ⁉︎」

 話が逸れて、大杜は慌てた。

「花鈴に訳があったこともわかってたし、花鈴は俺が嫌がるようなこと何もしてないよ。むしろ、俺には、この先もあるかないかの貴重な機会だったというか……」

 言いながら少し情けなくなる。

「とにかく、俺は嫌な訳じゃないんだ。ただ、彼はもう現れないから、フリは必要ないよって――」

「その人が誰か知ってるの? もしかして、何かしてくれた?」

「あ、うん、ちょっと話し合いをね。もう、君の前に現れないって約束を取り付けたから、安心していいよ」

 花鈴は驚いたように大杜を見つめていたが、その目に涙が浮かび上がる。

「花鈴……大丈夫?」

「ごめん、ホッとしたら、なんか勝手に出てきちゃっただけ。――ね、クッキー食べたら感想聞かせて」

「え、あ、うん」

「今度はハンバーグ作るらしいから、うまくいったら朝作ってお昼に食べさせてあげる」

「うん……」

「それから、エプロン可愛いの用意しようと思ってるから、買ったら一緒に料理しない?」

「……え?」

「これからも一緒にいたいな。駄目?」

「だ、駄目ではないけど……えっと、どう言う意味で……」

 大杜が動揺気味に聞くと、花鈴は大杜の襟を引っ張って、首元に軽いキスをした。

「大杜の好きな方の意味で取ってくれたらいいよ」

 門に向かって走り去った花鈴を呆然と見送っていた大杜は、降り始めた雨が頬に落ちて我に返った。

「タイト、スズは急ぎすぎる。関係はもっとゆっくり作るものだ」

「付いてくる代わりに、口出しはしない約束だろ!」

 大杜はカバンの隅から覗いてきたアイビーを押さえ込むと、傘がわりにカバンを頭に置いた。



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   ―セクション6―
 警部の|二重《ふたえ》は、たるんだ顎に流れてくる汗をぬぐった。
 ――厄介な事になったなと思っていた。
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 厄介な事になったと感じる一番の理由は、大久保の息子と、川から救助し病院へ付き添ってきた高次犯罪対策室所属の警官ロボットの証言が、食い違っているからである。
 ダスティという警官ロボットは、大久保律我が自分で飛び込んだと言う。
 父親である大久保議員はそれを聞き、大激怒である。「そんなわけあるか」、と。
 父親は、犯人を呼べと鼻息荒く喚き立てており、二重は佐々城と言う少年の家庭に連絡を入れようとしたが、|高犯対《こうはんたい》が対応するからと制止されてしまった。
 二重としては、宙ぶらりんな立場である。
「お疲れ様です。二重警部」
「あ、えっ――」
 呼ばれて顔を上げた二重は、目を瞬かせた。半月程前に、南波記念病院の前の事故で見かけた少年が、目の前にいたからだ。
「え⁉︎ さ、佐々城――室長⁉︎」
 出動服を着、小柄ながら堂々たる立ち姿を見せる少年を見て、思わず声が上擦る。
 あのときはラフな私服姿だったが、「高次犯罪対策室室長の佐々城です」と名乗ったことは覚えていた。
 二重は慌てて敬礼した。
「覚えていて下さり恐縮です」
 大杜は薄く笑ってみせた。
「大久保律我さんと、保護者の方にお会いしたいのですが」
「はぁ、助かります。本人とそちら所属の警官ロボットの証言が違っており、困惑しているところでして――ん? 佐々城……?」
 大杜は笑みを深くした。
「彼が主張している犯人は僕です」
「それはいったい……」
「どちらが正しいか、はっきりさせに来ました。中に入っても?」
「も、もちろん」
 扉の前に立っていた二重は慌てて横に飛び退いた。
 大杜は軽く会釈をすると、ドアの前に立った。背後には、アイビーが控えている。
 ノックすると、中から怒声が聞こえてきた。
「なんだ⁉︎」
 大杜は一瞬ぴくりと肩が跳ねかけたが、グッと堪えた。怯むわけにはいかない。ハッタリも必要ですよ、と紀伊国にアドバイスされてきたところだ。
 大杜は自分の頬を叩いて、息を吸った。
「――失礼します」
 ことさら格好をつけた口調で病室へ踏み込むと、見本のように美しい敬礼をしてみせた。
「警視庁高次犯罪対策室、室長の佐々城です。先輩、いえ、大久保律我さんの橋からの転落の件につきまして、直接ご説明に伺いました。――私が容疑者ということですので」
「はっ?」
 大久保議員が素っ頓狂な声を上げ、息子を見やる。
「どういうことだ?」
「いや――どういうことだよ⁉︎」
 律我は大杜に疑問を返した。
「どうとは? そのままですよ。私が特務員である事、ご存知でしたよね?」
 大杜の静かな声に、律我が唾を飲み込んだ。
「転落の件の前に、ひとつ、一年半前のとある事故、いえ事件について、お話しさせて頂こうと思っていますので、悪しからず」
「事件だと……」
 父親が呟いた瞬間、律我は明らかに顔色を変えた。
「父さん! 僕、橋からは自分の不注意で落ちたんだ。だからこの件はもう終わりでいい!」
「何を言ってるんだ、お前――」
「そうですね。ほんと、いまさら何を言ってるんだか」
 大杜はすっと目を細めた。
「大久保律我さん、あなたは、球状の物を投げた際に軌道を操り加速させることのできる能力をお持ちですよね。球状の認識範囲は広く、紙を丸めたようなもの、風船、小石――かなり応用が効く能力です。正しく使えば、多くの人を救うことができたかもしれませんが、残念ながら、あなたはその力を自分の承認欲求のためだけに使い続けた。――あなたの野球部での実績も、この力のお陰ですよね」
 父親がぎくりとした様子で大杜を見つめる。律我のピッチングが特殊能力であるとバレれば、息子が野球部のエースである実績がイカサマになってしまうからだ。
「そして一年半前、女子中学生が、コンビニでバイクと接触して入院する怪我を負った件――」
「おい、その話は……」
 父親が事件について思い出し、焦って言うのを、大杜は無視し、父親に視線を移して話を続ける。
「コンビニのカメラには、女子生徒が転倒する際の律我さんの挙動も映っていました。能力のことを知っているあなたは、それを見てすぐにわかったはずだ。息子が、その女子生徒に怪我をさせるきっかけを作ったと。息子の能力や愚行を隠すべく、知り合いの警察幹部に働きかけ、証拠を隠滅し、彼を別の中学に転校させた」
「……証拠を隠滅だと? 言い掛かりだ。証拠などない話だから、隠滅などと言っているのだろうが……」
 分が悪くなっていることを察しているのか、父親の反論は先程までの威勢がなくなっていた。
「あなたはご存知ですか? 息子さんが彼女に仕掛けたものはこの一つではないんですよ?」
 そばに控えていたアイビーがタブレット画面を大久保親子に向けた。動画が再生され始める。
 そこには、学校内、街中などのさまざまな防犯カメラに偶然捉えられていた律我の悪行が映っていた。
「お、お前‼︎ あのとき、能力を悪用したのは初めてだと言ったではないか‼︎」
「こんな映像は嘘だ! 合成だよ、こんなの、簡単に作れる! フェイク動画だ!」
「フェイク? では映像の元を全てお教えしますので、納得いくまで問い合わせてして下さい。あと、コンビニの映像もありますよ。疑うなら、今再生しましょうか?」
「まさか! あれは削除させたはず!」
「そうですか。削除させたんですね」
「……っ」
 大久保議員がはっと口を手で覆った。
「あ、いや――そうだ。話をしようじゃないか。互いに利になる話を……」
 大杜は侮蔑を込めた視線を大久保議員に投げかけた。
「大人の世界の都合の良いお話でしたら、後日、部下が伺いますので、その時にどうぞ。――さて、律我さん」
 律我はさっきから無言で、ただ震えながら下を向いている。
「これだけ嘘を垂れ流して、まだ私に突き落とされたと主張しますか? むしろ、助けてあげたことを感謝して欲しいぐらいです」
 大杜は語気を強めた。
「嘘を付き、誤魔化し続けた数々の罪を蒸し返されたくなかったら」
 大杜は律我を睨みつけた。
「二度と花鈴の前に現れるな」
「大杜、おはよー」
 駅を出たところで声を掛けられた大杜は、立ち止まった。振り返ると、改札口で花鈴が手を振っている。
 花鈴とすれ違った男性が、彼女の視線を目で追い、大杜に視線が到達して目が合った。
(相手、こいつかよ、って目で見られたな……)
 大杜は内心苦笑する、花鈴は美人だが、それ以上に、内側からあふれる華やかさのようなものを持っている。地味な自分と比べられたら堪らないな、と大杜は思った。
 二人は横に並ぶと、ゆっくりとした歩みで学校へ向かった。
「ねぇ、昨日のケガ、具合どう?」
「大したことないよ。もう痛みもほとんどないし」
「そ、なら良かった!」
 花鈴は笑い、カバンから、透明フィルムに包んでリボンを巻いた何かを、大杜の前に差し出した。
「はい、これあげる」
「え、何? ――クッキー?」
「そう! なかなかうまく焼けたと思うんだよね」
 そう言って笑う花鈴の手に、包帯をみつけて、大杜が目を細めた。
「花鈴、それは?」
 昨日たくさん見た、花鈴が怪我をする映像が脳裏を過ぎる。放課後、花鈴はすぐに部活に行ったし、大久保は自分をつけていて、花鈴に危害を加えるタイミングはなかったはずだと思いながらも、鼓動が大きくなる。
 花鈴は恥ずかしそうに言う。
「ヤケド、しちゃったんだよねー」
「え?」
「部活で作ったクッキーの色が悪くて、日彩に焦げ過ぎってダメ出しされちゃった。そんなのを渡すわけにいかないから、家帰ってからリベンジしたんだけど、オーブンから取り出す時に――ね」
 花鈴がイタズラっぽく舌を出すのを見て、大杜は「なんだ……」とほっと胸を撫で下ろした。
「大丈夫? 病院には?」
「行くほどじゃないから大丈夫。ちょっと水膨れが出来てて触れるのが怖いから、包帯巻いてるだけ」
「それならいいんだけど……。えっと――クッキーありがとう」
「そうそう、私からの手作りスイーツ貰える人なんて多くないんだから、ありがたく食べてよね! ってのはまぁいいとして――その……昨日、ガラスから庇ってくれてありがとう。これはお礼みたいなもの」
「ううん。花鈴が無事で良かったよ」
「私、昔から事故に巻き込まれやすいのよね。よく怪我して――中学の時は特に辛かったな」
 大杜はどきりとする。早めに言うべきだとは思いつつも、いつ切り出そうかと思っていた話題を、意図せず花鈴に振られてしまった。
「……花鈴、その――普通の友達に戻ろう」
「え……なに?」
「だから、その――君が、か、か、彼女っていうやつ――」
「大杜、彼女って言うのに、そんなに緊張するの?」
 花鈴がおかしそうに笑うが、仕方がない。中学以前では、まともに話した異性は母親と鈴木副社長ぐらいで、「彼女」という言葉を「恋人」という意味合いで使ったことなど皆無なのだから。
「で、なに? 彼女のフリをやめて欲しいってこと?」
 大杜の言わんとしている事に気付いた花鈴から笑顔が消える。
「私、何がダメだった? お菓子作るぐらいでヤケドしちゃうようなドジだから? 料理の得意な子の方が好き?」
「なんでそんな話に……。そうじゃなくて、花鈴、ストーカーから逃げてたでしょ。そのストーカー、もう現れないよ。だから俺を隠れ蓑にしなくても大丈夫、って話」
「……大杜、知ってたの?」
「いや――知ってたってわけでもないけど」
 昨日の事件がなければ、具体的なことはわからないままだった。
(そういえば、貴島君は何か知ってる風だったな……)
 大杜は彼が示した指先にヒントを得たのだ。彼は窓の外と、花鈴のハンカチを指差した。
「リトルバードで初めて会ったとき、誰かから逃げてきたよね? なぜ喉も乾いてない、お腹も空いてないのに、入ってきたのかと思ってたんだ」
「え、そのときから疑問に思ってたの⁉︎」
「詮索してごめん。不思議なことがあった時、どうしてそれが起きたのか、考える癖があって」
「……そう」
 花鈴は納得いかない風に顔を顰めたが、諦めたように話し始めた。
「大杜の言うとおりよ。中学の時、元々苦手な先輩がいたんだけど、その人に気に入られちゃって、すごくアプローチされたの。私はその人に裏表を感じて怖かったんだけど、周囲にはすごく人気あったから、周りの圧でくっつけられたみたいになって。仕方なく付き合い始めたけど、やっぱり生理的に無理というか――やたらと世話を焼いてくるのが承認欲求の塊みたいな感じで、嫌悪感すらあって、すぐに別れようって言ったけど、聞く耳持ってくれなくて――」
「……大変だったね……」
「うん。でもある時、突然転校してって連絡が途絶えたの。私も携帯番号変えて連絡こないようにしたから、関係を断てたと思ってたんだけど――」
「高校で再会した?」
「そう。入学式の日、委員会活動のメンバーだとかで式の手伝いに来てた。会った瞬間、お前は今でも俺の恋人だからな、なんて言ってきて、下校時に付いてくるし、気持ち悪くて逃げて、カフェに飛び込んだ。そして――」
 そこまで言うと、花鈴はハッとして大杜を見やった。
「考えてみれば、私がやってたこともおんなじじゃない……。無理やり彼女だなんて言って大杜に付き纏って――。ごめんなさい。嫌がられて当たり前ね……」
「え、ちょっと、違うよ⁉︎」
 話が逸れて、大杜は慌てた。
「花鈴に訳があったこともわかってたし、花鈴は俺が嫌がるようなこと何もしてないよ。むしろ、俺には、この先もあるかないかの貴重な機会だったというか……」
 言いながら少し情けなくなる。
「とにかく、俺は嫌な訳じゃないんだ。ただ、彼はもう現れないから、フリは必要ないよって――」
「その人が誰か知ってるの? もしかして、何かしてくれた?」
「あ、うん、ちょっと話し合いをね。もう、君の前に現れないって約束を取り付けたから、安心していいよ」
 花鈴は驚いたように大杜を見つめていたが、その目に涙が浮かび上がる。
「花鈴……大丈夫?」
「ごめん、ホッとしたら、なんか勝手に出てきちゃっただけ。――ね、クッキー食べたら感想聞かせて」
「え、あ、うん」
「今度はハンバーグ作るらしいから、うまくいったら朝作ってお昼に食べさせてあげる」
「うん……」
「それから、エプロン可愛いの用意しようと思ってるから、買ったら一緒に料理しない?」
「……え?」
「これからも一緒にいたいな。駄目?」
「だ、駄目ではないけど……えっと、どう言う意味で……」
 大杜が動揺気味に聞くと、花鈴は大杜の襟を引っ張って、首元に軽いキスをした。
「大杜の好きな方の意味で取ってくれたらいいよ」
 門に向かって走り去った花鈴を呆然と見送っていた大杜は、降り始めた雨が頬に落ちて我に返った。
「タイト、スズは急ぎすぎる。関係はもっとゆっくり作るものだ」
「付いてくる代わりに、口出しはしない約束だろ!」
 大杜はカバンの隅から覗いてきたアイビーを押さえ込むと、傘がわりにカバンを頭に置いた。