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第4節 悪意の座標/ §5

ー/ー



   ―セクション5―

 大久保が再び何かを投げ付けた。橋の欄干が損傷するぐらいだから石か何かだと思ったが、避けた先にあったのは、ノートを破って丸めた物だった。

 オリーブの情報から、彼の能力についておおよそ知ってはいたが、大杜は改めて、これは厄介な能力だと気付いた。

 ――凶器を用意するのが簡単だからだ。

「あなたはこの――投げた物の威力を増し加速させる能力で、花鈴を何度も怪我させましたよね」

「は! 何を根拠に!」

「花鈴は中学2年のとき、二度の捻挫、一度の骨折、そして転倒により頭部を怪我して入院もしています」

「あいつは鈍臭いのさ。俺がそばで面倒を見てやってたから、死なずに済んだんだ。――よく世話をするできた彼氏だと、あいつは皆に羨ましがられてたぜ。感謝しこそすれ、俺から逃げるなんてのはお門違いだ!」

 大久保の言い様に、大杜は心の底から嫌悪を感じた。彼の中に罪の意識があるなんて思ってはいなかったが、それにしても身勝手が過ぎる。

 ――花鈴が気の毒でならなかった。

 花鈴に対しては、リトルバードで出会った時から違和感があった。喉が渇いているわけでも空腹なわけでもないのに、なぜカフェに入ってきたのか――

 その後、彼女は恋人だと言って自分について回った。不思議な行動には裏があるのだろうと思っていたが、要は、大久保律我から逃げていたのだと、今ならわかる。

「あなたは野球部ですよね」

「それがどうした!」

「野球部のエースの座につけたのも、この能力のためでしょう? 花鈴から離れないと、世間にバラしますよ」

 大杜は時間稼ぎをしながら、彼を制圧する方法を模索する。まずは脅してみることにしたが、大久保は鼻先で笑った。

「は! 貴様みたいな猿が言ったところで、誰が信用するんだ!」

 大久保は否定しなかった。否定などしなくても、問題ないと判断したのだ。

 そして、再び紙製の豪速球を繰り出す。

 だが今度は、大杜はそれを足先で振り払った。動体視力と反射神経に自信があるとはいえ、そのまま触れれば怪我をするそれを振り払えたのは、大杜のスニーカーが、安全靴並みの強度を持った特別製だったからだ。

 そんなことは当然知らない彼は驚愕する。初めてその表情に動揺が浮かんだ。

「貴様……そうか――特務員だという噂があったな。なんらかの能力を持ってるという訳か。――ちっ」

 大久保は次に繰り出すつもりで握っていた紙を川に投げ捨てた。そしてチラリと川面を見やる。

「貴様を葬る方法は色々あるんだ。たとえば、社会的に、とかな」

 大久保はおもむろに欄干に足を掛けた。

 意外な行動に、大杜が焦る。

「何してるんですか!」

「言っただろう。社会的に葬ってやる。二度と花鈴の前に出られないようにな」

「は……?」

「俺は貴様に橋から落とされたんだ」

 そう言うと、大久保は川面に飛び込んだ。

 大杜は声にならない叫びを上げながら、駆けつけ川に飛び込むと、かろうじて彼のシャツを掴んだ。

(やばい! 命もヤバいけど、この人の頭の中もヤバい!)

 オリーブから、彼の精神疾患の可能性についても聞いていた。しかし増水している川に飛び込む様な真似をするほど、破天荒な性格だとはさすがに思わなかった。

「ボス、これを掴んで!!」

 川岸から声が掛かり、大杜が視線をやると、カスミが木の枝を差し出しながら、川の流れに合わせて走っていた。

 大杜は右手で大久保の首元に腕を回し、左手で枝を掴んだ。首に手を回してもなんの文句も聞こえないことから、着水時に水を飲んで意識を失っているのかもしれない。

 差し出された枝に掴まりながら、数分流れに身を任せていると、やがて脇を持って抱え上げられようにして、上空に救い出された。

 飛行タイプのロボットであるケリアとダスティが到着したのだ。

「ボス、ご無事で何よりです!」

 ケリアが泣きそうな声で言う。

 大杜は「心配掛けてごめん」と謝りながら、大久保の呼吸を確認する。

「大丈夫そう、だね。一体どんな戦略があったんだろ。死なない自信はどこから来たの……?」

 呆れ過ぎて、怒る気力も湧かない。

 救急車がやって来ると、ダスティが付き添い、大久保が搬送されていった。救急車を見送った頃、痛みで頭の傷を思い出す。

(消毒しとかないと駄目だな)

 濁った川の水が頭から滴り、大杜は不快感に顔を顰める。

「間に合ってよかった。――あ、まさか口を聞かないってことはないよね?」

「はは。まぁ、助けてもらったし、文句も言えないか……」

「これに懲りたら、単独行動はやめてくれる?」

「なるべく……善処するよ」

「もう、ぜんぜん説得力がないんだから」

 カスミは笑うように言うと、大杜の腕を自身の肩に回す。

「ひとまず、本部に戻ろう」

「ならば私が――」

「疲れてるボスを上空から運ぶの?」

 カスミに言われてケリアが言葉に詰まる。

 土手にパトカーが止まり、ヒューマン型ロボットのアイビーが姿を現した。

「次はアイビーのお小言聞かなきゃね」

 カスミの言葉に、大杜は渋い顔をした。
 
 

 本部にある簡易のシャワーを浴びてきた大杜は、トレーニングウェアに着替え、ソファーに腰掛けた。髪から落ちる水滴が、ソファーに染みを作っていく。

「乾かしてこなかったのか。拭いてやろうか?」

 アイビーの言葉に大杜がムッとして顔を顰める。

「だから一人でできるってば。ねぇ、十才から、俺の年齢止まってない?」

「室長、十才の子は自分で髪を拭いてから来れると思いますよ」

 紀伊国に言われて、大杜はグッと喉を鳴らすと、しぶしぶ髪を拭き始める。

「ところで、揉み消された事件の映像、見てみますか?」

「うん」

 消された痕跡を見つけ、オリーブが復元した防犯カメラの映像には、コンビニを出たところで転んだ花鈴が、入ってきたバイクと接触したシーンが映っていた。その映像の隅には、何かを投げつける大久保の姿がわずかに捉えられている。

 人身事故として警察が映像を確認した際に、大久保の関連性が浮上しておおごとになったらしいが、この映像は公には消され、バイクと人の接触事故としての記録だけが残っていた。

 オリーブが拾い出した数々の映像には、花鈴が怪我するシーンがたくさんあったが、花鈴自身は、不運が続くな、と言う程度の認識だっただろう。凶器になる物がないからだ。

「人が人に対して、こんな身勝手な感情を持てるなんて――」

「まったくですね」

「でも花鈴が悪意には気付いてなかったみたいで、それは幸いだったな。――大久保のことは忘れて、花鈴にはこれからたくさん幸せになって欲しいな……」

「あなたが幸せにしてあげると言う手もありますね。大切な彼女でしょう?」

 紀伊国が冗談めかして言うと、大杜が咳払いをする。

「友人です。でも、大切な人であることには違いありません」

 そう強く言った大杜に、紀伊国はおやと目を見張る。

 高校に入学してたった数週間だが、彼は確実に成長している――紀伊国はしみじみとそう感じた。

「大久保とは、遅かれ早かれ決着をつけなければいけませんが――」

 紀伊国が何か言い掛けた時、スマートフォンが震え、彼は意味ありげに大杜に視線を送ってから電話を取る。

「大久保律我がお目覚めです。さっそく喚いているらしいですよ。一年一組の佐々城大杜に突き落とされた、とね。駆けつけた政治家の父親が大激怒だそうです」

「――紀伊国さん」

 大杜は一拍置いてから聞いた。

「うちの部署とその政治家、どちらが強いと思います?」

「さぁどうでしょう。政治家には色んなお友達がいらっしゃいますからね。一度警察関係者が彼の事件を抹消しているぐらいですし――」

 紀伊国は薄く笑った。

「でも大丈夫です。大人の事情は大人が解決しますから。大切なご友人のために、あなたはあなたのできることをして下さい」

「はい」
 大杜は頷く。

 花鈴が関わっている件だと知った時から、もとよりそのつもりだった。

 ――自分で彼女を守るのだ、と。
 


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   ―セクション5―
 大久保が再び何かを投げ付けた。橋の欄干が損傷するぐらいだから石か何かだと思ったが、避けた先にあったのは、ノートを破って丸めた物だった。
 オリーブの情報から、彼の能力についておおよそ知ってはいたが、大杜は改めて、これは厄介な能力だと気付いた。
 ――凶器を用意するのが簡単だからだ。
「あなたはこの――投げた物の威力を増し加速させる能力で、花鈴を何度も怪我させましたよね」
「は! 何を根拠に!」
「花鈴は中学2年のとき、二度の捻挫、一度の骨折、そして転倒により頭部を怪我して入院もしています」
「あいつは鈍臭いのさ。俺がそばで面倒を見てやってたから、死なずに済んだんだ。――よく世話をするできた彼氏だと、あいつは皆に羨ましがられてたぜ。感謝しこそすれ、俺から逃げるなんてのはお門違いだ!」
 大久保の言い様に、大杜は心の底から嫌悪を感じた。彼の中に罪の意識があるなんて思ってはいなかったが、それにしても身勝手が過ぎる。
 ――花鈴が気の毒でならなかった。
 花鈴に対しては、リトルバードで出会った時から違和感があった。喉が渇いているわけでも空腹なわけでもないのに、なぜカフェに入ってきたのか――
 その後、彼女は恋人だと言って自分について回った。不思議な行動には裏があるのだろうと思っていたが、要は、大久保律我から逃げていたのだと、今ならわかる。
「あなたは野球部ですよね」
「それがどうした!」
「野球部のエースの座につけたのも、この能力のためでしょう? 花鈴から離れないと、世間にバラしますよ」
 大杜は時間稼ぎをしながら、彼を制圧する方法を模索する。まずは脅してみることにしたが、大久保は鼻先で笑った。
「は! 貴様みたいな猿が言ったところで、誰が信用するんだ!」
 大久保は否定しなかった。否定などしなくても、問題ないと判断したのだ。
 そして、再び紙製の豪速球を繰り出す。
 だが今度は、大杜はそれを足先で振り払った。動体視力と反射神経に自信があるとはいえ、そのまま触れれば怪我をするそれを振り払えたのは、大杜のスニーカーが、安全靴並みの強度を持った特別製だったからだ。
 そんなことは当然知らない彼は驚愕する。初めてその表情に動揺が浮かんだ。
「貴様……そうか――特務員だという噂があったな。なんらかの能力を持ってるという訳か。――ちっ」
 大久保は次に繰り出すつもりで握っていた紙を川に投げ捨てた。そしてチラリと川面を見やる。
「貴様を葬る方法は色々あるんだ。たとえば、社会的に、とかな」
 大久保はおもむろに欄干に足を掛けた。
 意外な行動に、大杜が焦る。
「何してるんですか!」
「言っただろう。社会的に葬ってやる。二度と花鈴の前に出られないようにな」
「は……?」
「俺は貴様に橋から落とされたんだ」
 そう言うと、大久保は川面に飛び込んだ。
 大杜は声にならない叫びを上げながら、駆けつけ川に飛び込むと、かろうじて彼のシャツを掴んだ。
(やばい! 命もヤバいけど、この人の頭の中もヤバい!)
 オリーブから、彼の精神疾患の可能性についても聞いていた。しかし増水している川に飛び込む様な真似をするほど、破天荒な性格だとはさすがに思わなかった。
「ボス、これを掴んで!!」
 川岸から声が掛かり、大杜が視線をやると、カスミが木の枝を差し出しながら、川の流れに合わせて走っていた。
 大杜は右手で大久保の首元に腕を回し、左手で枝を掴んだ。首に手を回してもなんの文句も聞こえないことから、着水時に水を飲んで意識を失っているのかもしれない。
 差し出された枝に掴まりながら、数分流れに身を任せていると、やがて脇を持って抱え上げられようにして、上空に救い出された。
 飛行タイプのロボットであるケリアとダスティが到着したのだ。
「ボス、ご無事で何よりです!」
 ケリアが泣きそうな声で言う。
 大杜は「心配掛けてごめん」と謝りながら、大久保の呼吸を確認する。
「大丈夫そう、だね。一体どんな戦略があったんだろ。死なない自信はどこから来たの……?」
 呆れ過ぎて、怒る気力も湧かない。
 救急車がやって来ると、ダスティが付き添い、大久保が搬送されていった。救急車を見送った頃、痛みで頭の傷を思い出す。
(消毒しとかないと駄目だな)
 濁った川の水が頭から滴り、大杜は不快感に顔を顰める。
「間に合ってよかった。――あ、まさか口を聞かないってことはないよね?」
「はは。まぁ、助けてもらったし、文句も言えないか……」
「これに懲りたら、単独行動はやめてくれる?」
「なるべく……善処するよ」
「もう、ぜんぜん説得力がないんだから」
 カスミは笑うように言うと、大杜の腕を自身の肩に回す。
「ひとまず、本部に戻ろう」
「ならば私が――」
「疲れてるボスを上空から運ぶの?」
 カスミに言われてケリアが言葉に詰まる。
 土手にパトカーが止まり、ヒューマン型ロボットのアイビーが姿を現した。
「次はアイビーのお小言聞かなきゃね」
 カスミの言葉に、大杜は渋い顔をした。
 本部にある簡易のシャワーを浴びてきた大杜は、トレーニングウェアに着替え、ソファーに腰掛けた。髪から落ちる水滴が、ソファーに染みを作っていく。
「乾かしてこなかったのか。拭いてやろうか?」
 アイビーの言葉に大杜がムッとして顔を顰める。
「だから一人でできるってば。ねぇ、十才から、俺の年齢止まってない?」
「室長、十才の子は自分で髪を拭いてから来れると思いますよ」
 紀伊国に言われて、大杜はグッと喉を鳴らすと、しぶしぶ髪を拭き始める。
「ところで、揉み消された事件の映像、見てみますか?」
「うん」
 消された痕跡を見つけ、オリーブが復元した防犯カメラの映像には、コンビニを出たところで転んだ花鈴が、入ってきたバイクと接触したシーンが映っていた。その映像の隅には、何かを投げつける大久保の姿がわずかに捉えられている。
 人身事故として警察が映像を確認した際に、大久保の関連性が浮上しておおごとになったらしいが、この映像は公には消され、バイクと人の接触事故としての記録だけが残っていた。
 オリーブが拾い出した数々の映像には、花鈴が怪我するシーンがたくさんあったが、花鈴自身は、不運が続くな、と言う程度の認識だっただろう。凶器になる物がないからだ。
「人が人に対して、こんな身勝手な感情を持てるなんて――」
「まったくですね」
「でも花鈴が悪意には気付いてなかったみたいで、それは幸いだったな。――大久保のことは忘れて、花鈴にはこれからたくさん幸せになって欲しいな……」
「あなたが幸せにしてあげると言う手もありますね。大切な彼女でしょう?」
 紀伊国が冗談めかして言うと、大杜が咳払いをする。
「友人です。でも、大切な人であることには違いありません」
 そう強く言った大杜に、紀伊国はおやと目を見張る。
 高校に入学してたった数週間だが、彼は確実に成長している――紀伊国はしみじみとそう感じた。
「大久保とは、遅かれ早かれ決着をつけなければいけませんが――」
 紀伊国が何か言い掛けた時、スマートフォンが震え、彼は意味ありげに大杜に視線を送ってから電話を取る。
「大久保律我がお目覚めです。さっそく喚いているらしいですよ。一年一組の佐々城大杜に突き落とされた、とね。駆けつけた政治家の父親が大激怒だそうです」
「――紀伊国さん」
 大杜は一拍置いてから聞いた。
「うちの部署とその政治家、どちらが強いと思います?」
「さぁどうでしょう。政治家には色んなお友達がいらっしゃいますからね。一度警察関係者が彼の事件を抹消しているぐらいですし――」
 紀伊国は薄く笑った。
「でも大丈夫です。大人の事情は大人が解決しますから。大切なご友人のために、あなたはあなたのできることをして下さい」
「はい」
 大杜は頷く。
 花鈴が関わっている件だと知った時から、もとよりそのつもりだった。
 ――自分で彼女を守るのだ、と。