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第6回

ー/ー



●伝説の覚醒

「――以来、覚えてないな!」

 そんな叫声に揺り起こされ、目を開いたとき。真正面に男の背が見えた。
 瓦礫の山にかぶさるように(もた)れた自分を庇うように立ち、魅妖が放つ攻撃のことごとくを渦巻く火炎の盾で溶かし、隙を突くように宙に浮かべた炎弾で応戦している。

 決して楽々ととは言い難い、むしろ動けず受けに回っている分押され気味の闘いだが、それは善戦と称して良いものだった。

 独力でここまで力を導けるとはめずらしい。なかなか力のある魔断だ。
 だが相手は魅妖。このまま長引けば向こうに軍配が上がるのは必至だろう。

 それに――たとえどれほど力を持つ魔断であろうとも、人に害を為した魅魎を断つのは自分たち、人である退魔師でなくてはいけない。

 そう思って、見る。

 求める『物』は、すぐ傍らにあった。
 不可視の封印を受け、光の檻とともに疑似空間に閉じられている。

 どうすれば解けるかは不要の考えだ。

 自分が封じたのだから。

「戻ってきたよ」

 血で赤く濡れた手をそちらへ伸ばす。

「今、帰ってきた……」

 言葉か、血か、それとも魂そのものか。施されていた封印が反応して光を放ち始めた壁に指を差し入れる。
 先の折り、触れられることを拒んだ結界は、今度は何の反発も見せず素直に手を受け入れ、むしろ極限にまで極まった喜びを表すように空間を震撼させた。

 そして次の瞬間、長き封印からついに解き放たれたことを歓喜する『声』が、真昼の如き輝きとなって『それ』から輻射されたのだった。




「なんだ?」
「しまった!」

 互いをどうにかして突き崩そうとする闘いに没頭していた2人だが、目をくらませるまぶしい力の解放に気付いて、それぞれがそれぞれの反応を見せる。

 放射される光の洪水は1度この小部屋全体を飲みこむ。そして一瞬後に消失したあとには、燦然と立つ女の姿があった。

 瓦礫に伏せていた左側は赤く、血に染まってはいるものの、陽の光そのもののように白金色に輝く髪が波打ち、いつもにまして強くあざやかな光彩を放つ碧翠色の瞳はもはや、竜石というより竜心珠と表すべきだと思えるほど、内に秘めた強い力で輝いている。

 なお一層驚いたことに、今あきらかにその瞳には、朱線と分かるものが横一筋、切りこむようにはっきりと浮かび上がっていたのだった。

「……セオドア?」

 何も感じられない、何ひとつ発していないようでいて、その実凄まじく放たれている際立った巨大な気に、別人のような感を受けて男が尋ねる。
 それとは対照的に、蒼白しきった顔で漣は彼女の手元を見ていた。

 そんな、まさか、そんな……!

 背後の漣から突如沸き起こった狼狽と、それを上回るおびえに気圧され、男は再び漣へと視線を戻したあと、その視線の先を追っていく。
 視線がからみついた先、彼女の手に握られている『物』に気付いて、男もあっと声を上げた。

「竜、心珠……?」

 はっきりとは言い切れず、語尾を濁す。
 『それ』が放つ威光は竜心珠に相違ない。だが、あの形はなんだ? あの、竜心珠にはあり得ない、見たこともない、造形は。

「竜心珠の、柄……?」

 自身、口にしながらも、到底信じられるものではなかった。

 竜心珠は結界強化の道具。その内には魅魔すらもからめ取ることができるほど、膨大な力が蓄えられている。だがそれは、大きさに差こそあるものの、常に真球の形をしていた。
 なのに、この竜心珠はどう見ても球体であるとは言い難い。どの竜心珠もまるで自ら望んでいるように、そろって真球へとその姿を変えるというのに。

 ではこれは、この竜心珠は。
 望んでこの形態へと生まれてきたのか?
 強大な力を内に秘め、魔を断つために?

「お、のれ……させるものかっ!」

 いち速く先を読んだか。我に返り、余裕が全く失われたひび割れた声のまま、漣が次なる攻撃をしかけようとする。
 それを視線のみで圧し、押しとどめると、彼女は小さく笑んだ。

「来い」

 今までのものとは違う、いつになく自信に溢れた低いつぶやきが発せられる。

「セオドア、か?」

 まるでらしくない。
 彼女が彼女ですらないような、全身に(みなぎ)る自信に、今までの印象とずれた違和感を感じた男が用心深く問いかける。

 しかしそれに彼女は答えようとしなかった。

 まるで歴戦の勇士のように落ちつきはらい、眼前の敵へ向けて集中力を高めている。我が身をおし包んだ空気の流れになんら歪みを生じさせることなく頭上に掲げたその手元で、キイイイィン、と柄が『ともなり』を始めた。

 それは己の刃を持たぬ魔導杖。
 その強大な力を秘めた内に収まるにふさわしい、強力な刀身・魔断を求めて空震を起こす。

 音の高まりが最高に達したとき。初めて険しい表情を刻んで、彼女は叫んだ。

「来い!! ()()だ!!」

 操主の言葉に同調するように一際輝く翠色の光を発したそれに漣が息を飲んだと同時に、掲げられた柄の先端には、黒紅炎の刃を持つ刀身が現れていた。


 今ではこの残骸ばかりの空間に身を置くのは彼女と漣だけだったが、2人にそれと気付いている様子はなかった。

 漣はもはや彼女から目を離すことはできなかったし、彼女は自分と、そして倒すべき魅妖以外の者の存在など完壁にその思考から排除しきっていたからだ。

 『煌炎牙(こうえんが)』との名が、脳裏を閃光となってかすめる。

 奥にあるはずの刀身すらも見えないほど黒い紅色の炎が噴き出している剣。その刀身から発する力は周囲を包む空気すらひずませている。

 試すように、ぶん、と宙を切る。
 それだけで、届くはずのない距離にある氷塊が真二つに割れ、ジュッと音をたてて溶ける。
 それを見て、彼女は満足そうに目を細めた。

「煌炎牙か。千年は超えているのだろう、見事に高められたその力、しばしの間借り受けるぞ」

 そうして宙に身を置く漣の姿を、今や竜心珠と同一の色となった双眸で見据える。
 くっきりと横一文字に朱線の入ったその瞳から発せられる気だけで、漣の体は目に見えない力によって盲縛され始めていた。

「魅妖」

 宙の漣に向けて言葉を放つ。
 身を固くし、反射的ひるんだその一瞬に、漣の体は強烈な捕縛視によって完全に捕われた。

「気が向いた。1度だけ、言ってやろう。
 去れ。町を元に戻し、女たちを解放し、この地より去るのであれば、この場は見逃してやる。
 わたしの目によって半ば以上の力を封じられ、五体の自由もままならぬその姿では、もはやわたしの剣をかわすこともできないだろう。
 その命、断たれたくないのであれば去ることだ」

 口端に笑みまで浮かべ、宣告する姿は、いささか尊大にすぎる。

 これは本当にあの女か? 先までとはまるで別人ではないか。
 何の力も持たないことに歯がみし、ただちょろちょろと逃げ回っていただけの、口だけは達者な、ハイイロネズミのように冴えない女だったのに。

 それは到底信じられるものではなかった。全身からにじみ出る力も、百戦錬磨の自信に満ちた気も、以前とは格段に違っている。皮一枚まとっただけの、別人としか思えないほどに。

 あの魔導杖を手にしたからか? あの、千を超えて以来数えていないと言った魔断を、手に入れたから?

 決して女だけのものではないと、頑なに、漣は認めることを拒否した。

 いつ死んでもおかしくない傷を全身に負いながら、悠然とこの漣の前に立ちはだかり、なおかつ自分を断つと言う、人間。

 

 その名称が、漣のひるむ心を止めた。

 たかが人間ごときに、この私がおめおめと退くことなどできようか。


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●伝説の覚醒
「――以来、覚えてないな!」
 そんな叫声に揺り起こされ、目を開いたとき。真正面に男の背が見えた。
 瓦礫の山にかぶさるように|凭《もた》れた自分を庇うように立ち、魅妖が放つ攻撃のことごとくを渦巻く火炎の盾で溶かし、隙を突くように宙に浮かべた炎弾で応戦している。
 決して楽々ととは言い難い、むしろ動けず受けに回っている分押され気味の闘いだが、それは善戦と称して良いものだった。
 独力でここまで力を導けるとはめずらしい。なかなか力のある魔断だ。
 だが相手は魅妖。このまま長引けば向こうに軍配が上がるのは必至だろう。
 それに――たとえどれほど力を持つ魔断であろうとも、人に害を為した魅魎を断つのは自分たち、人である退魔師でなくてはいけない。
 そう思って、見る。
 求める『物』は、すぐ傍らにあった。
 不可視の封印を受け、光の檻とともに疑似空間に閉じられている。
 どうすれば解けるかは不要の考えだ。
 自分が封じたのだから。
「戻ってきたよ」
 血で赤く濡れた手をそちらへ伸ばす。
「今、帰ってきた……」
 言葉か、血か、それとも魂そのものか。施されていた封印が反応して光を放ち始めた壁に指を差し入れる。
 先の折り、触れられることを拒んだ結界は、今度は何の反発も見せず素直に手を受け入れ、むしろ極限にまで極まった喜びを表すように空間を震撼させた。
 そして次の瞬間、長き封印からついに解き放たれたことを歓喜する『声』が、真昼の如き輝きとなって『それ』から輻射されたのだった。
「なんだ?」
「しまった!」
 互いをどうにかして突き崩そうとする闘いに没頭していた2人だが、目をくらませるまぶしい力の解放に気付いて、それぞれがそれぞれの反応を見せる。
 放射される光の洪水は1度この小部屋全体を飲みこむ。そして一瞬後に消失したあとには、燦然と立つ女の姿があった。
 瓦礫に伏せていた左側は赤く、血に染まってはいるものの、陽の光そのもののように白金色に輝く髪が波打ち、いつもにまして強くあざやかな光彩を放つ碧翠色の瞳はもはや、竜石というより竜心珠と表すべきだと思えるほど、内に秘めた強い力で輝いている。
 なお一層驚いたことに、今あきらかにその瞳には、朱線と分かるものが横一筋、切りこむようにはっきりと浮かび上がっていたのだった。
「……セオドア?」
 何も感じられない、何ひとつ発していないようでいて、その実凄まじく放たれている際立った巨大な気に、別人のような感を受けて男が尋ねる。
 それとは対照的に、蒼白しきった顔で漣は彼女の手元を見ていた。
 そんな、まさか、そんな……!
 背後の漣から突如沸き起こった狼狽と、それを上回るおびえに気圧され、男は再び漣へと視線を戻したあと、その視線の先を追っていく。
 視線がからみついた先、彼女の手に握られている『物』に気付いて、男もあっと声を上げた。
「竜、心珠……?」
 はっきりとは言い切れず、語尾を濁す。
 『それ』が放つ威光は竜心珠に相違ない。だが、あの形はなんだ? あの、竜心珠にはあり得ない、見たこともない、造形は。
「竜心珠の、柄……?」
 自身、口にしながらも、到底信じられるものではなかった。
 竜心珠は結界強化の道具。その内には魅魔すらもからめ取ることができるほど、膨大な力が蓄えられている。だがそれは、大きさに差こそあるものの、常に真球の形をしていた。
 なのに、この竜心珠はどう見ても球体であるとは言い難い。どの竜心珠もまるで自ら望んでいるように、そろって真球へとその姿を変えるというのに。
 ではこれは、この竜心珠は。
 望んでこの形態へと生まれてきたのか?
 強大な力を内に秘め、魔を断つために?
「お、のれ……させるものかっ!」
 いち速く先を読んだか。我に返り、余裕が全く失われたひび割れた声のまま、漣が次なる攻撃をしかけようとする。
 それを視線のみで圧し、押しとどめると、彼女は小さく笑んだ。
「来い」
 今までのものとは違う、いつになく自信に溢れた低いつぶやきが発せられる。
「セオドア、か?」
 まるでらしくない。
 彼女が彼女ですらないような、全身に|漲《みなぎ》る自信に、今までの印象とずれた違和感を感じた男が用心深く問いかける。
 しかしそれに彼女は答えようとしなかった。
 まるで歴戦の勇士のように落ちつきはらい、眼前の敵へ向けて集中力を高めている。我が身をおし包んだ空気の流れになんら歪みを生じさせることなく頭上に掲げたその手元で、キイイイィン、と柄が『ともなり』を始めた。
 それは己の刃を持たぬ魔導杖。
 その強大な力を秘めた内に収まるにふさわしい、強力な刀身・魔断を求めて空震を起こす。
 音の高まりが最高に達したとき。初めて険しい表情を刻んで、彼女は叫んだ。
「来い!! |こ《・》|こ《・》だ!!」
 操主の言葉に同調するように一際輝く翠色の光を発したそれに漣が息を飲んだと同時に、掲げられた柄の先端には、黒紅炎の刃を持つ刀身が現れていた。
 今ではこの残骸ばかりの空間に身を置くのは彼女と漣だけだったが、2人にそれと気付いている様子はなかった。
 漣はもはや彼女から目を離すことはできなかったし、彼女は自分と、そして倒すべき魅妖以外の者の存在など完壁にその思考から排除しきっていたからだ。
 『|煌炎牙《こうえんが》』との名が、脳裏を閃光となってかすめる。
 奥にあるはずの刀身すらも見えないほど黒い紅色の炎が噴き出している剣。その刀身から発する力は周囲を包む空気すらひずませている。
 試すように、ぶん、と宙を切る。
 それだけで、届くはずのない距離にある氷塊が真二つに割れ、ジュッと音をたてて溶ける。
 それを見て、彼女は満足そうに目を細めた。
「煌炎牙か。千年は超えているのだろう、見事に高められたその力、しばしの間借り受けるぞ」
 そうして宙に身を置く漣の姿を、今や竜心珠と同一の色となった双眸で見据える。
 くっきりと横一文字に朱線の入ったその瞳から発せられる気だけで、漣の体は目に見えない力によって盲縛され始めていた。
「魅妖」
 宙の漣に向けて言葉を放つ。
 身を固くし、反射的ひるんだその一瞬に、漣の体は強烈な捕縛視によって完全に捕われた。
「気が向いた。1度だけ、言ってやろう。
 去れ。町を元に戻し、女たちを解放し、この地より去るのであれば、この場は見逃してやる。
 わたしの目によって半ば以上の力を封じられ、五体の自由もままならぬその姿では、もはやわたしの剣をかわすこともできないだろう。
 その命、断たれたくないのであれば去ることだ」
 口端に笑みまで浮かべ、宣告する姿は、いささか尊大にすぎる。
 これは本当にあの女か? 先までとはまるで別人ではないか。
 何の力も持たないことに歯がみし、ただちょろちょろと逃げ回っていただけの、口だけは達者な、ハイイロネズミのように冴えない女だったのに。
 それは到底信じられるものではなかった。全身からにじみ出る力も、百戦錬磨の自信に満ちた気も、以前とは格段に違っている。皮一枚まとっただけの、別人としか思えないほどに。
 あの魔導杖を手にしたからか? あの、千を超えて以来数えていないと言った魔断を、手に入れたから?
 決して女だけのものではないと、頑なに、漣は認めることを拒否した。
 いつ死んでもおかしくない傷を全身に負いながら、悠然とこの漣の前に立ちはだかり、なおかつ自分を断つと言う、人間。
 《《人間》》。
 その名称が、漣のひるむ心を止めた。
 たかが人間ごときに、この私がおめおめと退くことなどできようか。