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第5回

ー/ー



「お相手できずに残念ね、あなた。あなたのことは、あの男ともども結構気にいってたのよ?」

 獣の牙すら覗き見えそうな赤い唇で舌なめずりをする。

「こうしてあらためて見ても、やっぱりきれいな顔をしてるわね。魔断という種自体がそうなのかしら? 今まで会ってきた魔断も全員きれいな顔をしていたけど、あなたはその中でも特に私好みの端正な顔をしてるわ。その潔癖そうな顔が血に染まって歪むなんて、ぞくぞくしちゃう。
 どう? 今からでも遅くないわ、命乞いしてみる? そうしたら――そうね。この私が直々に裂いてあげてもいいわ。そのきれいな顔だけは、ちゃんと除いて。
 もちろん一撃でよ? 苦痛なんかに歪む前に、その頭を胴から切り外してあげるわ。それともいっそのこと氷像になって、私の宮の広間を飾ってみる? この冰巳が相手だと、ちょっとそこまで手を抜くことはできそうにないもの」

 ちら、と沐巳に視線をやる。
 その言葉に、今まで黙って2人のやり取りを見てきた朱廻は鼻白んだ。

 一体先の冰巳との会話は何だったのか……移り気が早いのが魅魎の特性とはいえ、この突飛(とっぴ)さにはとてもついていけず、その思考回路はやはり理解し難いものがあるなと胸の中で毒づく。

 だが、どちらにしても生かすことはないというわけだ。

 配下の魘魅が手古ずると言っている限りではそれほど過小評価はされていないようだが、結局魘魅の方が勝つとみている。

 しかし、今までにもこの顔についていろいろと言う魅魎はいたが、ここまではっきり「気に入った」と公言されたことはなかったな、とこの時、朱廻は全く別のことを思い浮かべている自分に気付いて、つい苦笑した。

  おごり、慢心し、我利我欲に満ちたどの魅魎も共通して、外面の美しさしか見ない。強い力を保持するものほどより美しく完壁にと表面を飾りたがるのがその証拠だ。

 さすがに目に映ることがすべてだと思ってはいないようだが、見えなければ意味がないとして他の輝き一切を切り捨ててしまう。それがどれほどに重要なものなのか、気付こうともしないで。

「あいにくと私は面食いでも自己愛の塊でもないから、この顔に何の愛着も持っていないんだ。だから顔だけ残ることに興味はないし、像になってじっと立っているだけという、退屈なのは苦手でね。
 それに、誉められるのが嫌いというわけではないが、言ってくれる相手を選べないというのが難点の言葉は、聞いたところで相手にしないことにしている」

 伏せ目がちに何の他意もくみ取れない声で淡々と返す朱廻を、温和で優しい性格だと表す者は少なくない。だがその者たちは何か履き違えていると、朱廻自身思っていた。

 一体こんな自分のどこが温和で穏やかなのだ? これだけの敵を前におとなしく降伏も、そしてルチアの命を救うことを諦めることもできないでいるのに。

 しかもこうして不安がる町の者たちを護ることを放棄して、ルチアを失いたくないというただ己の願望のために動いた身勝手さは弁明のしようもない。

 炎系の魔断の性質に多い特徴は、何事にも強欲で、そして果断であること。
 決断力も行動力も他の魔断を遥かに凌ぎ、こうと決めたことは絶対崩さず、そして追随することも許さない。

 悪くいえば自制心が足りず、短気で猪突猛進型。熱くなれば他を顧みれないほど狭い視野。顕示欲が強く、自尊心の高さも人一倍。
 第一に、魅魎を断つことを生業としている者に優しさだとか穏やかさとかが一番に出ていたら、闘いに生き残れるはずがないのだ。

 守ろうとする人間と断つべき魅魎、そして心を通わす操主。
 自然、接し方が変わるのは当然で、その受け取り方は人それぞれだからいちいち訂正はしていないが、大体相手によって態度を使い分ける者の性格が良いなどと、自分には到底思えない。

 もっとも、嫌われたいとは思わないからわざわざ自分から暴露する気もないが。

「あら。それって、私が言うのは不服ってことかしら?」
「べつに。ただ、あまり軽侮(けいぶ)しないでほしいというところかな。魘魅も断てないで魅妖の気を損ねさせようと考えるほど、私は愚かではないと自負している」

 漣の不愉快そうな声に気付かないふりをして涼しい顔で、こうもつけ足した。

「それと、あの方々を手許へ引きこんだのは、あまり得策ではなかったと思うよ」

 自分に意見する、そのこと自体に漣の眉がひそめられる。

「どうやらあなたも気付いているようね。だけど今さらあんな瞳がなんだというの?
 この冰巳のような者ならばともかく、あの程度の捕縛視にかかるほど、私の力は脆弱ではないわ。見もせずにあなた、相手の力量を判断するのは愚者のすることよ。
 それに、その道の者のあなたにわざわざ言う必要はないと思うけれど、退魔師に必要なのはあの娘の欲しているものだけじゃないわ。もちろんそれも必要でしょうけれど」

 だからあなたは呼ばなかったのよ。

 笑って、漣はこの会話を断ち切った。
 彼女の優雅な指の一振りで、空間に亀裂が生じる。

「あ、そうそう冰巳。忘れるところだったわ。これを、あなたにあげようと思っていたのよ」

 言葉とともに、ぽう……と闇の中に小さな光が浮かび上がる。

「そんな低級な生気を寄せ集めた体じゃ、この者との遊びにすらもちそうにないものね」

 言い終わると同時に光は冰巳へと飛来し、触れた瞬間彼女の体を包みこんだ。
 一瞬、周囲を真昼の輝きで照らす。
 突然放たれた強い光から両目を庇い、手で遮った朱廻は、目の前でどんどん膨れ上がっていく気を、わが目を疑う思いで凝視していた。

 ただ一人高く嗤う漣の声が、水路内をこだまして響き抜ける。
 冰巳は己を襲う激痛に身をよじって堪えていた。

「どう? その姿は。お馬鹿さんなあなたに、とってもお似合いのものでしょう」

 冷嘲のこもった漣の言葉にも何も返すことができず。己自身を掻き抱くように脇腹に爪を立て、じっと苦痛をこらえている。

 やがて気の膨張が止まり、安定した。
 どうやら内なる変化が終わったようだと感じると同時に、ごきり、と鈍い音が冰巳の体からして、外部変化が始まる。

 肩口が、服の上からでもはっきり分かるほど丸くせり上がった。急成長し、思い思いの形にねじれ、ぶつかり、組み合う骨の、聞くに堪えない音が聞こえてくる。到底着衣におさまり切れず、破けた下から現れた二の腕は丸太ほどもあり、カサカサで黒ずんだ肌の上に濃緑色がかった鱗が浮き出したと思う     や瞬く間に表皮を覆っていく。
 震えつつ放した腕の、開いた指の間にはかすかに水掻きのようなものが薄く張り、節くれだった指先の爪は伸びる先から硬く、鋭く、とがっていった。

 これから自分はどうなるのか……恐怖と激痛を色濃く映した瞳は目尻から血を流すほど強く見開かれ、あっという間に白濁するや楕円に潰れて額ごとぼこりと前面に盛り出した。
 黒艶の美しかった髪はみるみる白くなり、バサバサと抜け落ち始め、鼻も低く潰れる。耳の辺りまで裂けた唇が血色を失って薄くめくれ上がり……。
 元の姿より軽く5~6回りは大きくなった彼女からはもはや、先までの美貌を思い起こさせる箇所はどこにもなかった。

 爬虫類を想起させるその姿。魎鬼と呼ぶこそふさわしい。

「さ、漣さま、これは……!」

 不並びのまま伸びた牙のせいで閉じることのできなくなった口から、ひび割れてはいたが冰巳のものと分かる声がする。

 おそらく美しい姿を保つための力をなくし、攻撃力へと変えたのだろうが……。

「あのような姿にしながら意識を残すとは、残酷な真似をする」

 嫌悪感に目を細め、吐き捨てるように口にする朱廻のその言葉は、幸か不幸か漣の耳には入らなかったようだった。

「冰巳。それは私に分不相応な要求をした罰よ。おねだりをするんなら、今度からはちゃんと与えられた務めを果してからにしなさい。
 ああ、それから言わないと分からないお馬鹿さんなあなたのために教えてあげるけど、そこの小生意気な魔断の生気を喰らえば、あの姿に戻るくらいの分にはなるわ。
 あとはせいぜい奮闘して、私を満足させられたなら褒美として新しい依り代もあげる。
 でも、愚かしいあなたにはその姿のほうがずっとお似合いだと思うけど」

 言い終わると童子に漣の姿は間隙の中へ消えた。その間中、冰巳は一言ももらさずじっと頭を垂れ続けている。

 醜い容貌に変えられ、なおあんなふうに()しざまに(そし)られ続けたというのに、彼女の中の漣に対する畏敬の念は揺らいでいないらしい。

 こんなにも配下の者に盲信されながら、それを当然として気にもかけない。どこまでも利己的で、吐き気がするほど独善的な……それだけに、魅魎そのものに見える魅妖・漣。

 彼女が向かった場所は、間違いなく2人の元だろう。急がねば。

「おのれえ……」

 手元の剣へと落としていた目を声のするそちらへとやれば、魎鬼と化した冰巳は己の恐ろしく変貌を遂げた両手を、強く発光してまるで銀のように燃える目で凝視しており、激しく身を震わせていた。

「たかが……たかが、人間などに仕える卑しい下僕の身で、おこがましくもこの私にあのような侮辱を与え、そして今またこのような仕打ちを……。
 許さん! 何としてもその命、喰らってやるぞ、魔断め!」

 あまりの憤激にしわがれた声で威嚇と覚しき言葉を吐くとともに、冰巳の右手が高くふり上げられる。

「言葉を返すが、こちらも黙って喰われてやるわけにはいかない。私とてこれまでの三百有余年を魅魎との闘いの中、生き抜いてきたのは伊達(だて)ではないそ。
 歳月を重ねるごとに力を高めていく魔断の本力、なめてもらっては困る」

 正面、覆いかぶさるように鋭利な爪をかざす冰巳へ向けて、音をたてて鞘から抜き放たれた破魔の剣が正眼にかまえられる。

 朱廻より流れこむ力に、刀身が微弱な光を発し始めたときこそが、2人の死闘の幕開けだった。


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 獣の牙すら覗き見えそうな赤い唇で舌なめずりをする。
「こうしてあらためて見ても、やっぱりきれいな顔をしてるわね。魔断という種自体がそうなのかしら? 今まで会ってきた魔断も全員きれいな顔をしていたけど、あなたはその中でも特に私好みの端正な顔をしてるわ。その潔癖そうな顔が血に染まって歪むなんて、ぞくぞくしちゃう。
 どう? 今からでも遅くないわ、命乞いしてみる? そうしたら――そうね。この私が直々に裂いてあげてもいいわ。そのきれいな顔だけは、ちゃんと除いて。
 もちろん一撃でよ? 苦痛なんかに歪む前に、その頭を胴から切り外してあげるわ。それともいっそのこと氷像になって、私の宮の広間を飾ってみる? この冰巳が相手だと、ちょっとそこまで手を抜くことはできそうにないもの」
 ちら、と沐巳に視線をやる。
 その言葉に、今まで黙って2人のやり取りを見てきた朱廻は鼻白んだ。
 一体先の冰巳との会話は何だったのか……移り気が早いのが魅魎の特性とはいえ、この|突飛《とっぴ》さにはとてもついていけず、その思考回路はやはり理解し難いものがあるなと胸の中で毒づく。
 だが、どちらにしても生かすことはないというわけだ。
 配下の魘魅が手古ずると言っている限りではそれほど過小評価はされていないようだが、結局魘魅の方が勝つとみている。
 しかし、今までにもこの顔についていろいろと言う魅魎はいたが、ここまではっきり「気に入った」と公言されたことはなかったな、とこの時、朱廻は全く別のことを思い浮かべている自分に気付いて、つい苦笑した。
  おごり、慢心し、我利我欲に満ちたどの魅魎も共通して、外面の美しさしか見ない。強い力を保持するものほどより美しく完壁にと表面を飾りたがるのがその証拠だ。
 さすがに目に映ることがすべてだと思ってはいないようだが、見えなければ意味がないとして他の輝き一切を切り捨ててしまう。それがどれほどに重要なものなのか、気付こうともしないで。
「あいにくと私は面食いでも自己愛の塊でもないから、この顔に何の愛着も持っていないんだ。だから顔だけ残ることに興味はないし、像になってじっと立っているだけという、退屈なのは苦手でね。
 それに、誉められるのが嫌いというわけではないが、言ってくれる相手を選べないというのが難点の言葉は、聞いたところで相手にしないことにしている」
 伏せ目がちに何の他意もくみ取れない声で淡々と返す朱廻を、温和で優しい性格だと表す者は少なくない。だがその者たちは何か履き違えていると、朱廻自身思っていた。
 一体こんな自分のどこが温和で穏やかなのだ? これだけの敵を前におとなしく降伏も、そしてルチアの命を救うことを諦めることもできないでいるのに。
 しかもこうして不安がる町の者たちを護ることを放棄して、ルチアを失いたくないというただ己の願望のために動いた身勝手さは弁明のしようもない。
 炎系の魔断の性質に多い特徴は、何事にも強欲で、そして果断であること。
 決断力も行動力も他の魔断を遥かに凌ぎ、こうと決めたことは絶対崩さず、そして追随することも許さない。
 悪くいえば自制心が足りず、短気で猪突猛進型。熱くなれば他を顧みれないほど狭い視野。顕示欲が強く、自尊心の高さも人一倍。
 第一に、魅魎を断つことを生業としている者に優しさだとか穏やかさとかが一番に出ていたら、闘いに生き残れるはずがないのだ。
 守ろうとする人間と断つべき魅魎、そして心を通わす操主。
 自然、接し方が変わるのは当然で、その受け取り方は人それぞれだからいちいち訂正はしていないが、大体相手によって態度を使い分ける者の性格が良いなどと、自分には到底思えない。
 もっとも、嫌われたいとは思わないからわざわざ自分から暴露する気もないが。
「あら。それって、私が言うのは不服ってことかしら?」
「べつに。ただ、あまり|軽侮《けいぶ》しないでほしいというところかな。魘魅も断てないで魅妖の気を損ねさせようと考えるほど、私は愚かではないと自負している」
 漣の不愉快そうな声に気付かないふりをして涼しい顔で、こうもつけ足した。
「それと、あの方々を手許へ引きこんだのは、あまり得策ではなかったと思うよ」
 自分に意見する、そのこと自体に漣の眉がひそめられる。
「どうやらあなたも気付いているようね。だけど今さらあんな瞳がなんだというの?
 この冰巳のような者ならばともかく、あの程度の捕縛視にかかるほど、私の力は脆弱ではないわ。見もせずにあなた、相手の力量を判断するのは愚者のすることよ。
 それに、その道の者のあなたにわざわざ言う必要はないと思うけれど、退魔師に必要なのはあの娘の欲しているものだけじゃないわ。もちろんそれも必要でしょうけれど」
 だからあなたは呼ばなかったのよ。
 笑って、漣はこの会話を断ち切った。
 彼女の優雅な指の一振りで、空間に亀裂が生じる。
「あ、そうそう冰巳。忘れるところだったわ。これを、あなたにあげようと思っていたのよ」
 言葉とともに、ぽう……と闇の中に小さな光が浮かび上がる。
「そんな低級な生気を寄せ集めた体じゃ、この者との遊びにすらもちそうにないものね」
 言い終わると同時に光は冰巳へと飛来し、触れた瞬間彼女の体を包みこんだ。
 一瞬、周囲を真昼の輝きで照らす。
 突然放たれた強い光から両目を庇い、手で遮った朱廻は、目の前でどんどん膨れ上がっていく気を、わが目を疑う思いで凝視していた。
 ただ一人高く嗤う漣の声が、水路内をこだまして響き抜ける。
 冰巳は己を襲う激痛に身をよじって堪えていた。
「どう? その姿は。お馬鹿さんなあなたに、とってもお似合いのものでしょう」
 冷嘲のこもった漣の言葉にも何も返すことができず。己自身を掻き抱くように脇腹に爪を立て、じっと苦痛をこらえている。
 やがて気の膨張が止まり、安定した。
 どうやら内なる変化が終わったようだと感じると同時に、ごきり、と鈍い音が冰巳の体からして、外部変化が始まる。
 肩口が、服の上からでもはっきり分かるほど丸くせり上がった。急成長し、思い思いの形にねじれ、ぶつかり、組み合う骨の、聞くに堪えない音が聞こえてくる。到底着衣におさまり切れず、破けた下から現れた二の腕は丸太ほどもあり、カサカサで黒ずんだ肌の上に濃緑色がかった鱗が浮き出したと思う     や瞬く間に表皮を覆っていく。
 震えつつ放した腕の、開いた指の間にはかすかに水掻きのようなものが薄く張り、節くれだった指先の爪は伸びる先から硬く、鋭く、とがっていった。
 これから自分はどうなるのか……恐怖と激痛を色濃く映した瞳は目尻から血を流すほど強く見開かれ、あっという間に白濁するや楕円に潰れて額ごとぼこりと前面に盛り出した。
 黒艶の美しかった髪はみるみる白くなり、バサバサと抜け落ち始め、鼻も低く潰れる。耳の辺りまで裂けた唇が血色を失って薄くめくれ上がり……。
 元の姿より軽く5~6回りは大きくなった彼女からはもはや、先までの美貌を思い起こさせる箇所はどこにもなかった。
 爬虫類を想起させるその姿。魎鬼と呼ぶこそふさわしい。
「さ、漣さま、これは……!」
 不並びのまま伸びた牙のせいで閉じることのできなくなった口から、ひび割れてはいたが冰巳のものと分かる声がする。
 おそらく美しい姿を保つための力をなくし、攻撃力へと変えたのだろうが……。
「あのような姿にしながら意識を残すとは、残酷な真似をする」
 嫌悪感に目を細め、吐き捨てるように口にする朱廻のその言葉は、幸か不幸か漣の耳には入らなかったようだった。
「冰巳。それは私に分不相応な要求をした罰よ。おねだりをするんなら、今度からはちゃんと与えられた務めを果してからにしなさい。
 ああ、それから言わないと分からないお馬鹿さんなあなたのために教えてあげるけど、そこの小生意気な魔断の生気を喰らえば、あの姿に戻るくらいの分にはなるわ。
 あとはせいぜい奮闘して、私を満足させられたなら褒美として新しい依り代もあげる。
 でも、愚かしいあなたにはその姿のほうがずっとお似合いだと思うけど」
 言い終わると童子に漣の姿は間隙の中へ消えた。その間中、冰巳は一言ももらさずじっと頭を垂れ続けている。
 醜い容貌に変えられ、なおあんなふうに|悪《あ》しざまに|誹《そし》られ続けたというのに、彼女の中の漣に対する畏敬の念は揺らいでいないらしい。
 こんなにも配下の者に盲信されながら、それを当然として気にもかけない。どこまでも利己的で、吐き気がするほど独善的な……それだけに、魅魎そのものに見える魅妖・漣。
 彼女が向かった場所は、間違いなく2人の元だろう。急がねば。
「おのれえ……」
 手元の剣へと落としていた目を声のするそちらへとやれば、魎鬼と化した冰巳は己の恐ろしく変貌を遂げた両手を、強く発光してまるで銀のように燃える目で凝視しており、激しく身を震わせていた。
「たかが……たかが、人間などに仕える卑しい下僕の身で、おこがましくもこの私にあのような侮辱を与え、そして今またこのような仕打ちを……。
 許さん! 何としてもその命、喰らってやるぞ、魔断め!」
 あまりの憤激にしわがれた声で威嚇と覚しき言葉を吐くとともに、冰巳の右手が高くふり上げられる。
「言葉を返すが、こちらも黙って喰われてやるわけにはいかない。私とてこれまでの三百有余年を魅魎との闘いの中、生き抜いてきたのは|伊達《だて》ではないそ。
 歳月を重ねるごとに力を高めていく魔断の本力、なめてもらっては困る」
 正面、覆いかぶさるように鋭利な爪をかざす冰巳へ向けて、音をたてて鞘から抜き放たれた破魔の剣が正眼にかまえられる。
 朱廻より流れこむ力に、刀身が微弱な光を発し始めたときこそが、2人の死闘の幕開けだった。