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第5回

ー/ー



「あ、ありがとうございます!」

 欠片を胸に押しあて、いくら感謝してもしたりないと深く頭を下げるセオドアを見て、まるで自分のことのように嬉しそうに朱廻はにこにことほほ笑んでいる。そして一体何を思ったのか、次に彼は、相変わらず自分を不愉快そうに見ているエセルの肩に、ぽん、と手を置いた。

「さあ、そういうことですので私たちは席をはずしましょう」
「なんでおまえとだよ」
「この方の集中の妨げになります。それに、主にお話ししましたところ、あなたさまにもぜひお会いしたいと申されまして」
「帰れ。俺には何の用もない」

 ほんのわずかも好意を見出せない、とげとげしい声で無愛想に言い捨てる。
 その態度は傍で見ているセオドアでもムッときた。

「エセル!」

 あらためろとばかりに名前を呼び、にらんだが、エセルは無視だ。
 そして当の朱廻はまるで気にしていないといった様子で笑みを絶やさない。

「そうですか。けれど私も、あなたさまには少々お聞きしたいことがありますので」

 声や顔つきは先までと変わらず柔和だが、肩をつかんだ手にこめられた力は有無を言わせないほど強い。
 そっぽを向いたまま、あくまで立とうとしないエセルの肩から手を外し、襟首を取る。

「あ、おいっ」
「それではご案内いたしますね。
 ああ、セオドアさま。幻聖宮との時差は約9時間あります。今ならちょうど向こうは起床時刻でしょう。無事つながれば、相手方には東方位の転移鏡を使用してもらってください。そうすればより強くなるはずです」

 それでは失礼いたします、と軽く頭を下げたあと、それほど力をこめているようにも見えない涼し気な顔でにこにこと笑いながら、朱廻は文句を言い続けるエセルを引きずって、湖を挟んでここからはほぼ反対側にある天幕へと連れて行ってしまった。

 大分遠くに離れたが、それでもまだ何か言い合っているのが聞こえる。
 よほど朱廻を嫌っているらしく、途中、つかんでいた手を乱暴に振り払うエセルの影が見えたが、こちらへ戻ってくる気はもうないらしい。服についた砂を払い、そのまま朱廻について歩いて行くのが見えた。

 また横から何かよけいな茶々を挟まれるのではないかと危ぶんでいたため、正直、エセルを遠ざけてくれるという朱廻の気配りにセオドアはほっと胸を撫で下ろす。
 そして、あらためて手の中の欠片を月光に照らして見た。

 もしかすると間に合うかもしれない。昨夜突然いなくなった自分を、きっと蒼駕は心配してくれているだろう。蒼駕は宮母さまの信頼を厚く得ているし、蒼駕ならきっと、なんとかしてくれるに違いない。
 いつだって、どんなことだって、蒼駕に任せればうまくいってきた。

 欠片をそっと、水の中へ沈める。

 もし、蒼駕とつながらなかったらどうしよう。心配してくれているまでも、まだ眠っていたり、明日を前に恐れて逃げ出したのだと失望され、もう諦められていたら……?

 ずきん、と音をたてて胸が痛んだ。
 そんなこと、想像しただけで動悸が不規則になり、胸が激しく痛む。鼓膜がじんじんと痛み、喉元までつきあげてくる、激しい不安に満足に息もできない。
 怖い。だけど、声だけでも聴きたい。

 そっと、セオドアは今一番会いたい人の名を、水の中の欠片に囁きかけた。

「蒼駕……」

 と。
 そうして彼女の願いは裏切られることはなかったのである。

『テディ? きみかい?』

 1日会わなかっただけなのに、もう懐かしく感じてしまう。胸がしめつけられるような、安堵を与えてくれる声が届いたのは、まさに次の瞬間だった。


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「あ、ありがとうございます!」
 欠片を胸に押しあて、いくら感謝してもしたりないと深く頭を下げるセオドアを見て、まるで自分のことのように嬉しそうに朱廻はにこにことほほ笑んでいる。そして一体何を思ったのか、次に彼は、相変わらず自分を不愉快そうに見ているエセルの肩に、ぽん、と手を置いた。
「さあ、そういうことですので私たちは席をはずしましょう」
「なんでおまえとだよ」
「この方の集中の妨げになります。それに、主にお話ししましたところ、あなたさまにもぜひお会いしたいと申されまして」
「帰れ。俺には何の用もない」
 ほんのわずかも好意を見出せない、とげとげしい声で無愛想に言い捨てる。
 その態度は傍で見ているセオドアでもムッときた。
「エセル!」
 あらためろとばかりに名前を呼び、にらんだが、エセルは無視だ。
 そして当の朱廻はまるで気にしていないといった様子で笑みを絶やさない。
「そうですか。けれど私も、あなたさまには少々お聞きしたいことがありますので」
 声や顔つきは先までと変わらず柔和だが、肩をつかんだ手にこめられた力は有無を言わせないほど強い。
 そっぽを向いたまま、あくまで立とうとしないエセルの肩から手を外し、襟首を取る。
「あ、おいっ」
「それではご案内いたしますね。
 ああ、セオドアさま。幻聖宮との時差は約9時間あります。今ならちょうど向こうは起床時刻でしょう。無事つながれば、相手方には東方位の転移鏡を使用してもらってください。そうすればより強くなるはずです」
 それでは失礼いたします、と軽く頭を下げたあと、それほど力をこめているようにも見えない涼し気な顔でにこにこと笑いながら、朱廻は文句を言い続けるエセルを引きずって、湖を挟んでここからはほぼ反対側にある天幕へと連れて行ってしまった。
 大分遠くに離れたが、それでもまだ何か言い合っているのが聞こえる。
 よほど朱廻を嫌っているらしく、途中、つかんでいた手を乱暴に振り払うエセルの影が見えたが、こちらへ戻ってくる気はもうないらしい。服についた砂を払い、そのまま朱廻について歩いて行くのが見えた。
 また横から何かよけいな茶々を挟まれるのではないかと危ぶんでいたため、正直、エセルを遠ざけてくれるという朱廻の気配りにセオドアはほっと胸を撫で下ろす。
 そして、あらためて手の中の欠片を月光に照らして見た。
 もしかすると間に合うかもしれない。昨夜突然いなくなった自分を、きっと蒼駕は心配してくれているだろう。蒼駕は宮母さまの信頼を厚く得ているし、蒼駕ならきっと、なんとかしてくれるに違いない。
 いつだって、どんなことだって、蒼駕に任せればうまくいってきた。
 欠片をそっと、水の中へ沈める。
 もし、蒼駕とつながらなかったらどうしよう。心配してくれているまでも、まだ眠っていたり、明日を前に恐れて逃げ出したのだと失望され、もう諦められていたら……?
 ずきん、と音をたてて胸が痛んだ。
 そんなこと、想像しただけで動悸が不規則になり、胸が激しく痛む。鼓膜がじんじんと痛み、喉元までつきあげてくる、激しい不安に満足に息もできない。
 怖い。だけど、声だけでも聴きたい。
 そっと、セオドアは今一番会いたい人の名を、水の中の欠片に囁きかけた。
「蒼駕……」
 と。
 そうして彼女の願いは裏切られることはなかったのである。
『テディ? きみかい?』
 1日会わなかっただけなのに、もう懐かしく感じてしまう。胸がしめつけられるような、安堵を与えてくれる声が届いたのは、まさに次の瞬間だった。