顧問の先生が決まったことで、生物心理学研究会の活動も、あとは部員の数さえ揃えば正式にクラブ連盟から認められるようになったそうだ。
先週から、ネコ先輩の言動に巻き込まれるカタチで、その活動に付き合わされることになった私は、当然のことながら、生物心理学研究会の立ち上げメンバーに名前を連ねることになってしまった。
どうして、こんなことに――――――。
と感じつつも、入部を希望していた文芸部との兼部が認められたことと、同じく美術部との兼部という条件で、生物心理学研究会の活動内容に興味を持った親友の佳衣子が、いっしょに入部してくれたこと、そして、彼女の
「音寿子は、ただでさえ、目の前の課題や活動から注意が逸れてしまいがちなんだし、自分の目の前のことに集中できるように、心理学的なアプローチを勉強する良い機会になるんじゃない?」
という言葉で、私の気持ちも少し前向きになっていた。
これで、ネコ先輩、日辻先輩、佳衣子、そして私と合計四名が部員として名前を連ねたため、正式にクラブ連盟から活動することを認められる部員数まで、あと1人だ。
そんな訳で、部活動を兼部している日辻先輩、佳衣子、私の三人がそれぞれの部で活動の無い、4月後半の火曜日に生物心理学研究会のメンバーが、第二理科室に集まることになった。
「……ということで、顧問も決定したことで、部員の確保が、我々、生物心理学研究会の喫緊の課題となっている訳だが――――――」
ネコ先輩が、部内会議という名の雑談の口火を切ると、佳衣子が「ハイハイ!」と手を挙げる。
「心理学で、部員勧誘に役立つ研究とか無いんですか?」
「うん。無論、そうした研究が無いわけではない。なかでも、行列のできる人気の飲食店に並びたくなる心理や、『利用者◯◯万人突破』というキャッチコピーに惹きつけられる人が多いとされるバンドワゴン効果というのが有名だな」
ネコ先輩の返答は、いつもどおり、わかりやすいものだけど……。
「そうなんですね! ただ、知名度が低い、生物心理学研究会には、あまり向いてなさそうですけど……」
私が、キッパリと言うと、日辻先輩も「そうだね~」と苦笑する。
「やっぱり、悩み相談に来る生徒を地道に勧誘していくしかないのかな〜?」
「ワタシとしては、すぐにでも要件を満たす5名の部員を揃えたいところなのだが……」
「でも、現実的には一気に部員を増やすことなんて難しいんじゃないですか? いま言ってたバンドワゴン効果を狙って、日辻先輩に美味しいお菓子でも作ってもらいますか?」
「ヨウイチをそんな勧誘のダシに使うなど、却下だな」
「別にボクは、みんなにお菓子を食べてもらえるなら、それでも、良いけど?」
笑顔で語る日辻先輩に対して、ネコ先輩は、複雑な表情を浮かべながら小声でつぶやく。
「ヨウイチの手作りスイーツは、邪な目的で利用して良いモノじゃないのに……」
そんな感じで、なかなか良い部員勧誘案が出ない中、第二理科室のドアが突然ノックされた。
「おっつ〜。生物心理学研究会が集まってるのって、ここで良いの〜?」
そう言って、ドアをガラガラと開けて、第二理科室に入ってきたのは、先日の2年1組のクラス旗の選定で、中心的役割を果たしていた桑来さんだった。
「桑来さん、どうしたの? ボクたちに用なのかな?」
「あっ、日辻! あんたもこのクラブにいたんだ? ちょうど良かった! ちょっと、ウチの相談に乗ってくれない?」
クラスでは、日辻先輩と仲が良いのだろうか? それとも、陽キャラ特有の語り口なのだろうか? 親しげな感じで話しかける桑来さんに、生物心理学研究会の代表者が割って入る。
「すまないね。我が生物心理学研究会に用があるなら、まずは部長のワタシを通してもらいたいのだが?」
どう見ても、日辻先輩とフランクに語るクラスの中心人物に嫉妬しているようすがあからさまな感じで、ネコ先輩が会話に割り込むと、桑来さんは、「あぁ、ゴメンゴメン」と、気まずそうに苦笑する。
「それで、相談事と言うのは、なんだい?」
まだ、正式にクラブ連盟に加入していない弱小団体の身でありながら、上から目線のネコ先輩の態度を気にするふうでもなく、あざやかなネイルがトレードマークの女子生徒は、悩み事を打ち明けた。
「ウチの実家は、市内でいくつかのスーパーマーケットを経営してるんだけど……父親が、集客目的で全国のレトルトカレーを集めて、カレーフェアってのを企画したんだ。ところが、これがサッパリ受けなくてさ。お米の値段が高くなってるのも原因かも知んないけど、カレーが全く売れないんだよね。これって、なんとかならない?」
いや、それは、生物学や心理学の分野じゃなくて、経営学とか経済学、もしくは、マーケティングとかの広報活動の話しなんじゃないの――――――?
生物学と心理学、どちらのジャンルの専門家でない私でも、即座にお断りする案件だと、感じたんだけど……。
そんな私の予想に反して、ネコ先輩は、いつものように興味深そうな表情で、桑来さんにたずねた。
「ちなみに、そのカレーは、何種類くらい用意されているんだい?」
「う〜ん、日本全国から集めたって言ってたから……たしか、50種類近くはあったんじゃないかな?」
その答えを聞いた生物心理学研究会の部長の目が妖しく光る。
「ふむ……なんとなく原因がわかった気がする。良ければ、そのカレーフェアの企画をワタシの言うように見直してみないかい?」