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幕間①〜戌井犬太の気持ち〜

ー/ー



 幼なじみの音寿子(ねずこ)と親しく話すようになったのは、幼稚園の頃だったと思う。

 自宅が、隣同士で同じ幼稚園に通っていたので、親同士も仲良くなり、小学校に上る前から居酒屋を経営するウチの両親の店に、音寿子(ねずこ)の家族が来てくれることも多くて、この頃はお互いの家を良く行き来していた気がする。

 テレビゲームや簡単なボードゲームで、負けず嫌いな音寿子と対戦して遊ぶのは楽しかった。
 
 ただ、幼なじみと言っても、性別が違うし、オレは野球、音寿子は読書、と趣味がまったく違うからか、小学校に入学すると、お互いに仲の良い友だちが出来て、自然に彼女と過ごす時間は少なくなっていった。

 読書好きだからか、それとも、低学年のときから使っていたスマホのせいなのか、10歳を過ぎた頃からメガネを掛け始めた音寿子は、その趣味も相まって文学少女と言う言葉がピッタリの存在(事実、夏休みの読書感想文では、毎年のように何らかの賞をもらっていた)となり、小3の頃から地域の少年野球チームに入ったオレとは、少しずつ距離ができて行ったように思う。

 それでも、うちの親は、思春期に差し掛かろうとする子どもたちの気持ちとは関係なく、幼稚園の頃の関係性をを持ち出して、

「いっしょに遊んでいたネズコちゃんは、成績が良いのにオマエは……」

と、学業面のことで小言を言ってくることが増えた。

(勉強なんて、やりたい奴がやってれば、イイじゃないか……)

 そう考えて、少年野球チームでの活動を楽しんでいたオレにとって、学校での勉強は苦痛でしかなかったが、野球チームのコーチに比べれば、小学校の教師たちは怖い存在ではなかったので、ハッキリ言うと、その頃のオレは、自分が夢中になっている野球以外のことを色々と舐めていた、というか軽んじていたんじゃないかと思う。

 そんな舐めた態度のまま、中学生になったので、テストでの成績で順番が明らかになる中学校では、自分のバカさ加減があらわになり、部活動どころでは無い状況になってしまった。

 中1の一学期の期末テストで、五教科すべて20点台という低成績を記録してしまったオレの成績アップの決め手として白羽の矢が立ったのが、音寿子だった。

「あんた、こんな成績だから今度のテストは、ネズコちゃんに、勉強を教えてもらいなさい。今度も同じ成績なら、野球部は辞めてもらうからね!」

 母親に、そう脅されて、渋々、我が家に幼なじみを迎え入れると、音寿子はいやがる素振りもなく、小学生レベルの学習すらおぼつかなかったオレに対して、丁寧に、中1の授業内容に沿った勉強を教える役目を務めてくれた。

 その現実があまりにも惨めに感じられて、彼女に謝罪する。

「ゴメンな、音寿子。わざわざ、時間を取ってもらって……」

「別に……ケンタのご両親には、いつもお世話になってるからね。うちの家族がお店に行くときも、ずいぶん、割り引きしてくれてるって言うし、私が役に立てることなら、少しはね……」

 自分の部屋のフローリングに置かれた机で向き合った彼女は、いつの間にか大人びたように見え、小学生の頃から、まるで中身が成長していない自分が、ずいぶんと、ちっぽけな存在に感じられた。

「そっか……でも、音寿子はスゴいな。一学期の期末でも、トップの成績だったんだろう?」

「それも、別にすごくないって……私は、小学校の頃から勉強するのが嫌いじゃなかったし、運動とか全然ダメだから、こっちにチカラを入れてるだけ。ケンタだって、スゴいと思うよ。小学校の頃から、ずっと野球を続けてるんでしょ? 休みの日のたびに練習に行くなんて、私には真似できないもん」

「そうか? オレは、小学校のときから勉強できないし、野球に打ち込むってのも、勉強ができないことの言い訳にしていた部分があったと思う」

「そうなんだ? 自己分析できてて偉いじゃん! でも、小学生の頃から、ずっと野球をしてたなら、チームワークとか、そういうのも学べるんじゃないの? 私から見たら、ケンタは、一年なのに先輩たちにも気に入ってもらえてるみたいだし、それって、団体行動が苦手な私からすれば、スゴいことだと思うよ」

 そう言って、ニコリと笑った音寿子は、オレにとって、さっきまでよりもっと大人びて見えた。

「そ、そうかな……? まあ、先輩たちは、小学校のときから、同じチームに入ってた人も多いからな。それで、可愛いがってもらってるんだろう」

 オレがほおをかきながら、照れたように言うと、

「そっか〜。イイな〜男同士のそういう関係って! ちょっと、憧れるかも」

と、幼なじみは、うっとりと目を輝かせる。
 いまにして思えば、この音寿子の表情を勘違いしてしまったことが、オレの失敗だったのかも知れない。ただ、中坊になったばかりのオレには、そんなことに気付くだけの知識も経験も無かった。

 そして、メガネ越しの瞳を少しだけ潤ませながら、幼なじみが、また問いかけてくる。

「そうだ、野球好きのケンタに聞きたいことがあったんだ! プロ野球で優勝したチームって、ビールかけをするでしょ? たまに、テレビで見ることがあるんだけど、ファンの人は、自分が優勝した訳でもないのに、アレを見てナニが楽しいの?」

「えっ、ビールかけ? そうだな〜。推しの人たちが心の底から楽しんでる姿を見たら、ファンは、やっぱり、嬉しいんじゃね? あと、選手同士の仲の良さみたいな、普段は見えない人間関係が見えるから、そういうのも見ていて楽しいじゃないかな? 阪神が優勝したところを見たことが無いから知らんけど……」

 いまは、リーグ内で圧倒的な投手力と打力を誇り、優勝することも珍しくなくなった贔屓球団も、オレが中1になった頃は、まだ優勝から遠ざかっていた。だから、監督の胴上げシーンも、ビールかけのシーンも見たことが無かった(なにせ、この頃までは、平均すると20年に一度くらいしか優勝しなかったから)ので、確信を持った回答では無かったんだけど……。

「そっか〜、推しの幸せな姿と普段は見えない関係性ね――――――それなら、私にもわかるかも! ケンタ、見かけによらず、なかなか良いこと言うじゃん!」

 彼女が、オレを褒めてくれたワケと、その瞳が、さらに妖しく光った理由が、オレにはわからないままだった。


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 幼なじみの|音寿子《ねずこ》と親しく話すようになったのは、幼稚園の頃だったと思う。
 自宅が、隣同士で同じ幼稚園に通っていたので、親同士も仲良くなり、小学校に上る前から居酒屋を経営するウチの両親の店に、|音寿子《ねずこ》の家族が来てくれることも多くて、この頃はお互いの家を良く行き来していた気がする。
 テレビゲームや簡単なボードゲームで、負けず嫌いな音寿子と対戦して遊ぶのは楽しかった。
 ただ、幼なじみと言っても、性別が違うし、オレは野球、音寿子は読書、と趣味がまったく違うからか、小学校に入学すると、お互いに仲の良い友だちが出来て、自然に彼女と過ごす時間は少なくなっていった。
 読書好きだからか、それとも、低学年のときから使っていたスマホのせいなのか、10歳を過ぎた頃からメガネを掛け始めた音寿子は、その趣味も相まって文学少女と言う言葉がピッタリの存在(事実、夏休みの読書感想文では、毎年のように何らかの賞をもらっていた)となり、小3の頃から地域の少年野球チームに入ったオレとは、少しずつ距離ができて行ったように思う。
 それでも、うちの親は、思春期に差し掛かろうとする子どもたちの気持ちとは関係なく、幼稚園の頃の関係性をを持ち出して、
「いっしょに遊んでいたネズコちゃんは、成績が良いのにオマエは……」
と、学業面のことで小言を言ってくることが増えた。
(勉強なんて、やりたい奴がやってれば、イイじゃないか……)
 そう考えて、少年野球チームでの活動を楽しんでいたオレにとって、学校での勉強は苦痛でしかなかったが、野球チームのコーチに比べれば、小学校の教師たちは怖い存在ではなかったので、ハッキリ言うと、その頃のオレは、自分が夢中になっている野球以外のことを色々と舐めていた、というか軽んじていたんじゃないかと思う。
 そんな舐めた態度のまま、中学生になったので、テストでの成績で順番が明らかになる中学校では、自分のバカさ加減があらわになり、部活動どころでは無い状況になってしまった。
 中1の一学期の期末テストで、五教科すべて20点台という低成績を記録してしまったオレの成績アップの決め手として白羽の矢が立ったのが、音寿子だった。
「あんた、こんな成績だから今度のテストは、ネズコちゃんに、勉強を教えてもらいなさい。今度も同じ成績なら、野球部は辞めてもらうからね!」
 母親に、そう脅されて、渋々、我が家に幼なじみを迎え入れると、音寿子はいやがる素振りもなく、小学生レベルの学習すらおぼつかなかったオレに対して、丁寧に、中1の授業内容に沿った勉強を教える役目を務めてくれた。
 その現実があまりにも惨めに感じられて、彼女に謝罪する。
「ゴメンな、音寿子。わざわざ、時間を取ってもらって……」
「別に……ケンタのご両親には、いつもお世話になってるからね。うちの家族がお店に行くときも、ずいぶん、割り引きしてくれてるって言うし、私が役に立てることなら、少しはね……」
 自分の部屋のフローリングに置かれた机で向き合った彼女は、いつの間にか大人びたように見え、小学生の頃から、まるで中身が成長していない自分が、ずいぶんと、ちっぽけな存在に感じられた。
「そっか……でも、音寿子はスゴいな。一学期の期末でも、トップの成績だったんだろう?」
「それも、別にすごくないって……私は、小学校の頃から勉強するのが嫌いじゃなかったし、運動とか全然ダメだから、こっちにチカラを入れてるだけ。ケンタだって、スゴいと思うよ。小学校の頃から、ずっと野球を続けてるんでしょ? 休みの日のたびに練習に行くなんて、私には真似できないもん」
「そうか? オレは、小学校のときから勉強できないし、野球に打ち込むってのも、勉強ができないことの言い訳にしていた部分があったと思う」
「そうなんだ? 自己分析できてて偉いじゃん! でも、小学生の頃から、ずっと野球をしてたなら、チームワークとか、そういうのも学べるんじゃないの? 私から見たら、ケンタは、一年なのに先輩たちにも気に入ってもらえてるみたいだし、それって、団体行動が苦手な私からすれば、スゴいことだと思うよ」
 そう言って、ニコリと笑った音寿子は、オレにとって、さっきまでよりもっと大人びて見えた。
「そ、そうかな……? まあ、先輩たちは、小学校のときから、同じチームに入ってた人も多いからな。それで、可愛いがってもらってるんだろう」
 オレがほおをかきながら、照れたように言うと、
「そっか〜。イイな〜男同士のそういう関係って! ちょっと、憧れるかも」
と、幼なじみは、うっとりと目を輝かせる。
 いまにして思えば、この音寿子の表情を勘違いしてしまったことが、オレの失敗だったのかも知れない。ただ、中坊になったばかりのオレには、そんなことに気付くだけの知識も経験も無かった。
 そして、メガネ越しの瞳を少しだけ潤ませながら、幼なじみが、また問いかけてくる。
「そうだ、野球好きのケンタに聞きたいことがあったんだ! プロ野球で優勝したチームって、ビールかけをするでしょ? たまに、テレビで見ることがあるんだけど、ファンの人は、自分が優勝した訳でもないのに、アレを見てナニが楽しいの?」
「えっ、ビールかけ? そうだな〜。推しの人たちが心の底から楽しんでる姿を見たら、ファンは、やっぱり、嬉しいんじゃね? あと、選手同士の仲の良さみたいな、普段は見えない人間関係が見えるから、そういうのも見ていて楽しいじゃないかな? 阪神が優勝したところを見たことが無いから知らんけど……」
 いまは、リーグ内で圧倒的な投手力と打力を誇り、優勝することも珍しくなくなった贔屓球団も、オレが中1になった頃は、まだ優勝から遠ざかっていた。だから、監督の胴上げシーンも、ビールかけのシーンも見たことが無かった(なにせ、この頃までは、平均すると20年に一度くらいしか優勝しなかったから)ので、確信を持った回答では無かったんだけど……。
「そっか〜、推しの幸せな姿と普段は見えない関係性ね――――――それなら、私にもわかるかも! ケンタ、見かけによらず、なかなか良いこと言うじゃん!」
 彼女が、オレを褒めてくれたワケと、その瞳が、さらに妖しく光った理由が、オレにはわからないままだった。