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第2回

ー/ー



「ま、いいか」

 心機一転を図るような明るい声で、男が途切れた会話をつなぐ。

「あんまり女の子をいじめるのは俺の趣味じゃないし、それに、可能性は確かにあるしな。それがどんなに低い確率でも」

 少年のような笑顔を浮かべる男の顔から、セオドアは反射的に目をそらしていた。
 どういった角度を用いたのか、心に何重にも張り巡らせていた警戒の網目をすり抜けて、まっすぐ奥まで切りこんでこられたような気がして、見ていられなかったのだ。

 しかし男の方はそんなセオドアの動揺にまるで気付いた様子はなく、弱まった火を掻き上げて空気を含ませ、勢いを盛んにしていた。

「とにかく宮へ帰るには、転移鏡が設置されている町へ行くことが先決だな。
 ちなみにここはミスティア国のガド砂漠の東だが、どこにあるか分かるか?」

 ガド砂漠といえばヒスミル大陸でも端の端……幻聖宮からはほぼ反対側といってもいいくらいだ。
 頭の中で浮かべた大陸地図に、くらくらする。

 まったく……いくらショックだったとはいえ、ここにいると気付いた時にまず考えることだったんだ! 幻聖宮にいたときは夜だったのに、ここは真昼時。時差がこんなにも開いている!

「ミスティア国なら、6カ所ほどある……」

 これほど間の抜けた自分の声を、セオドアは今まで聞いたことがなかった。
 呆然自失の境で辛うじて意識を保ち、その町の名前を順にそらんじる。

「ああ、それならルビアの町が一番近いな。飲料水の心配もあったんだが、あそこならここから半日で着ける距離だ。
 よかったな。とりあえず、明日のために今夜はもう寝るか。魅魎のことならあの珠があるから心配しなくていい。半壊してしまってるけど、光が消えない限りは、まあ、役にたつさ」

 そんじゃね。
 セオドアの返事も聞かず、一人勝手に納得してそれだけ言うと、男はさっさと横になってしまった。
 よほど疲れていたのか、すぐに規則正しい寝息が聞こえてくる。

 なんとまあ、思い切りのいいやつだろう。
 セオドアは感心半分に息をついた。

 男のちょうど肩口から見える、砂上に置かれた竜心珠は、その命とも言える高潔な朱金の光を煙のようにたなびかせ、他の三方に配置された竜心珠とともに小さな結界を張っている。
 あれほど強大な力を凝縮させた珠だ。今日明日にも効果をなくすことはないにせよ、やがては力を放出しきってただの石になってしまうだろう。
 本当なら、何百年ももつ力なのに。
 そうしたのは、他ならぬ自分……。

「もう……泣きたいよ、蒼駕……」

 抱えこんだ両膝に額を押しつけて、セオドアは小さく(うめ)いた。
 当然ながら、どこからも返る声はない。

 指図されなくては何もできない子供ではないのだから、いい加減頼ってはいけないと思いつつも、やはり蒼駕が自分の中でかけがえのない位置にいるのは間違いない。
 歯をかみしめ、その面影を胸に眠りにつく。

 セオドアはまだ気付かない。もっと恐ろしく、そして彼女自身の運命を変えてしまうほど巨大な力との出会いが存在することを……。


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「ま、いいか」
 心機一転を図るような明るい声で、男が途切れた会話をつなぐ。
「あんまり女の子をいじめるのは俺の趣味じゃないし、それに、可能性は確かにあるしな。それがどんなに低い確率でも」
 少年のような笑顔を浮かべる男の顔から、セオドアは反射的に目をそらしていた。
 どういった角度を用いたのか、心に何重にも張り巡らせていた警戒の網目をすり抜けて、まっすぐ奥まで切りこんでこられたような気がして、見ていられなかったのだ。
 しかし男の方はそんなセオドアの動揺にまるで気付いた様子はなく、弱まった火を掻き上げて空気を含ませ、勢いを盛んにしていた。
「とにかく宮へ帰るには、転移鏡が設置されている町へ行くことが先決だな。
 ちなみにここはミスティア国のガド砂漠の東だが、どこにあるか分かるか?」
 ガド砂漠といえばヒスミル大陸でも端の端……幻聖宮からはほぼ反対側といってもいいくらいだ。
 頭の中で浮かべた大陸地図に、くらくらする。
 まったく……いくらショックだったとはいえ、ここにいると気付いた時にまず考えることだったんだ! 幻聖宮にいたときは夜だったのに、ここは真昼時。時差がこんなにも開いている!
「ミスティア国なら、6カ所ほどある……」
 これほど間の抜けた自分の声を、セオドアは今まで聞いたことがなかった。
 呆然自失の境で辛うじて意識を保ち、その町の名前を順にそらんじる。
「ああ、それならルビアの町が一番近いな。飲料水の心配もあったんだが、あそこならここから半日で着ける距離だ。
 よかったな。とりあえず、明日のために今夜はもう寝るか。魅魎のことならあの珠があるから心配しなくていい。半壊してしまってるけど、光が消えない限りは、まあ、役にたつさ」
 そんじゃね。
 セオドアの返事も聞かず、一人勝手に納得してそれだけ言うと、男はさっさと横になってしまった。
 よほど疲れていたのか、すぐに規則正しい寝息が聞こえてくる。
 なんとまあ、思い切りのいいやつだろう。
 セオドアは感心半分に息をついた。
 男のちょうど肩口から見える、砂上に置かれた竜心珠は、その命とも言える高潔な朱金の光を煙のようにたなびかせ、他の三方に配置された竜心珠とともに小さな結界を張っている。
 あれほど強大な力を凝縮させた珠だ。今日明日にも効果をなくすことはないにせよ、やがては力を放出しきってただの石になってしまうだろう。
 本当なら、何百年ももつ力なのに。
 そうしたのは、他ならぬ自分……。
「もう……泣きたいよ、蒼駕……」
 抱えこんだ両膝に額を押しつけて、セオドアは小さく|呻《うめ》いた。
 当然ながら、どこからも返る声はない。
 指図されなくては何もできない子供ではないのだから、いい加減頼ってはいけないと思いつつも、やはり蒼駕が自分の中でかけがえのない位置にいるのは間違いない。
 歯をかみしめ、その面影を胸に眠りにつく。
 セオドアはまだ気付かない。もっと恐ろしく、そして彼女自身の運命を変えてしまうほど巨大な力との出会いが存在することを……。