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タケルとコタローのお見舞いから少し経ったころ。

「兄さん……いや、ジン。生きてたんだね」
動物の足音とはかけ離れた、まるで重いものを引きずるようなズルズルとした足音が、包帯だらけのジンの前で止まった。
血走った片目が、その異様な存在を見逃すわけがなかった。
やや、恐怖におののいたようなその目が。
だが今の彼は、指先一つ動かせる状態ではなかった。
「分かってるさ。ずっと無抵抗だったもんね。優しいんだから」
「てめえ、今度はなにしに来た……!」
「んー、今は戦う気は無いよ。やったところでジンが死んじゃったらお終いだもんね」
「ざけんな……くっ!」立ちあがろうとするその前足に巻かれた包帯から、血が滲み出した。

「ほーらね。それにさ、今日は話し合いに来たんだよ。兄さん」
わざとらしく「兄さん」のところだけゆっくりと。だが吐き捨てるかのように弟のザンは言った。
「話し合い、だと?」
「分かるでしょ? つまりはアイツのこと」
荒い息でこくりとうなづいた。そうだ。タケルのことだ。

「あいつを……どうしたいんだ?」
軽やかなステップで、ザンは自身を殺した兄の元へ歩みを進めた。
影のように黒い足跡の一歩ずつが、まるで煙のようにゆらりと立ち上り、瞬く間に消えてゆく。
そう、存在しなかったかのように。
「うん。とにかく今は兄さんから離したいんだ」
「え……」的を得ないその答えに、兄も戸惑いを隠せなかった。
「だってさ。事あるごとに兄さんはタケルに嫌味ばっか言ってるし。嫌いってことなんだよね? ほらあのみすぼらしいカッコしたコタローって奴。あっちの方が組んでてお似合いだよ?」
「はァ? 貴様にそんなことが分かるってえのか?」
空洞のような双眸が細まり、にこりと微笑んだ。
「わかるよ。だって僕はとっくにこっちの世界の身体じゃないもん」
「ザン、お前……!」夜に慣れた瞳が、弟の空洞をじっとにらみつけた。
「不思議だよねタケルって。生きてるのに生きてない。けど死が見えてないのに、あの姿はこっちにいるようなにしか見えないんだもん」
「それ以上言うな! タケルは、アイツは……!」
包帯だらけの身体をよろよろと無理やり立ち起こす。弟に一歩でも近づこうと。

「生きてるのかな? それともホントは違う身体なのかな? だから……」
あと一歩、牙を剥いたジンの口を煙のようにすり抜け、ザンの黒い身体は瞬く間に消えていった。

「ふふっ、もうちょっと調べさせてもらうね」
「ザン……貴様何をしようとしてるんだ!」

そしてまた、ジンは地面に倒れた。
「まさか……オヤジのしわざ……か」

暗闇のような厚い雲に包まれていた月が、ようやく姿を見せ始めた。消えたザンの姿に釣られたかのように。

「仲間たち……いや、人間たちにも危険が……」
⭐︎⭐︎⭐︎
「ぶへっきしょん!」
「タケル……もしかして風邪ですか?」
「え、ンなわけねーだろ。病気したことなんて生まれて一度もねえし」
「念の為、薬があれば飲んでおいた方がいいですよ。こじらせたら怖いですもん……って、へっくちん!」
「へえ、コタローってそんなかわいいクシャミするんだ」
「か、かわいい……ってそんな、もう」
「それしか服はないんだろ? 俺のTシャツ着る?」
「え、タケルの服……は、ちょっと」
「あ、お前いますっげイヤな顔したろ! きちんと洗濯してるぞオイ!」
「そ、そうじゃなくてぼくの侍としての心が乱れてしまうので、その!」


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タケルとコタローのお見舞いから少し経ったころ。
「兄さん……いや、ジン。生きてたんだね」
動物の足音とはかけ離れた、まるで重いものを引きずるようなズルズルとした足音が、包帯だらけのジンの前で止まった。
血走った片目が、その異様な存在を見逃すわけがなかった。
やや、恐怖におののいたようなその目が。
だが今の彼は、指先一つ動かせる状態ではなかった。
「分かってるさ。ずっと無抵抗だったもんね。優しいんだから」
「てめえ、今度はなにしに来た……!」
「んー、今は戦う気は無いよ。やったところでジンが死んじゃったらお終いだもんね」
「ざけんな……くっ!」立ちあがろうとするその前足に巻かれた包帯から、血が滲み出した。
「ほーらね。それにさ、今日は話し合いに来たんだよ。兄さん」
わざとらしく「兄さん」のところだけゆっくりと。だが吐き捨てるかのように弟のザンは言った。
「話し合い、だと?」
「分かるでしょ? つまりはアイツのこと」
荒い息でこくりとうなづいた。そうだ。タケルのことだ。
「あいつを……どうしたいんだ?」
軽やかなステップで、ザンは自身を殺した兄の元へ歩みを進めた。
影のように黒い足跡の一歩ずつが、まるで煙のようにゆらりと立ち上り、瞬く間に消えてゆく。
そう、存在しなかったかのように。
「うん。とにかく今は兄さんから離したいんだ」
「え……」的を得ないその答えに、兄も戸惑いを隠せなかった。
「だってさ。事あるごとに兄さんはタケルに嫌味ばっか言ってるし。嫌いってことなんだよね? ほらあのみすぼらしいカッコしたコタローって奴。あっちの方が組んでてお似合いだよ?」
「はァ? 貴様にそんなことが分かるってえのか?」
空洞のような双眸が細まり、にこりと微笑んだ。
「わかるよ。だって僕はとっくにこっちの世界の身体じゃないもん」
「ザン、お前……!」夜に慣れた瞳が、弟の空洞をじっとにらみつけた。
「不思議だよねタケルって。生きてるのに生きてない。けど死が見えてないのに、あの姿はこっちにいるようなにしか見えないんだもん」
「それ以上言うな! タケルは、アイツは……!」
包帯だらけの身体をよろよろと無理やり立ち起こす。弟に一歩でも近づこうと。
「生きてるのかな? それともホントは違う身体なのかな? だから……」
あと一歩、牙を剥いたジンの口を煙のようにすり抜け、ザンの黒い身体は瞬く間に消えていった。
「ふふっ、もうちょっと調べさせてもらうね」
「ザン……貴様何をしようとしてるんだ!」
そしてまた、ジンは地面に倒れた。
「まさか……オヤジのしわざ……か」
暗闇のような厚い雲に包まれていた月が、ようやく姿を見せ始めた。消えたザンの姿に釣られたかのように。
「仲間たち……いや、人間たちにも危険が……」
⭐︎⭐︎⭐︎
「ぶへっきしょん!」
「タケル……もしかして風邪ですか?」
「え、ンなわけねーだろ。病気したことなんて生まれて一度もねえし」
「念の為、薬があれば飲んでおいた方がいいですよ。こじらせたら怖いですもん……って、へっくちん!」
「へえ、コタローってそんなかわいいクシャミするんだ」
「か、かわいい……ってそんな、もう」
「それしか服はないんだろ? 俺のTシャツ着る?」
「え、タケルの服……は、ちょっと」
「あ、お前いますっげイヤな顔したろ! きちんと洗濯してるぞオイ!」
「そ、そうじゃなくてぼくの侍としての心が乱れてしまうので、その!」