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第15話 精霊結晶 ①

ー/ー



カド=ククナ

「ふぃか、せらむ?」
ベッドの上で、実体化したナダ=エルタが首を傾げた。
プラグのベッドは、使っていない時はナダ=エルタとラ=ヴィアに占領されている。
ラ=ヴィアは霊体を好んでいるが、ナダ=エルタは良く実体化して本を読んでいた。
読書が好きらしく、頻繁に図書室に通っている。彼女は生まればかりだから、色々な物に興味があるのだろう。勉強するのは良い事なのでプラグは好きにさせていた。

「そう。精霊結晶(フィカセラム)。ナダは作ったことある?」
五月十五日。アラークに殴られるという不幸があったものの――今日は倒れずに済んだので、忘れていた宿題を頼む事にした。
今、プラグは風呂から戻って、ベッドの側に立ち、濡れた髪を布で拭いているところだ。

「すみません、やったことが無いです……」
ナダ=エルタが起き上がって答えた。
「いや、そうだろうな」
ベッドに腰を下ろし、プラグは苦笑した。

やはりというか。ナダ=エルタは精霊結晶(フィカセラム)を作ったことが無いらしい。
生まれて二年では無理も無い。
「――ミ。私じゃだめ? ナダにはまだ、難しいかもしれないヨ?」
と言って、苦笑気味に、ラ=ヴィアが実体化した。

「ううん……宿題だから……ラ=ヴィアにやってもらう訳にもいかない……あ、でもラ=ヴィアがお手本を見せるのはいいかもしれない」
プラグは言った。
ラ=ヴィアはまだプラグの精霊では無い、と言う事になっているので、課題と言う事ならナダ=エルタしかいないのだ。
「ミ! それ、大さんせい!」
「そうですね、先輩が一緒なら心強いです!」
ナダ=エルタが頷いた。
「あ。でも、ラ=ヴィアも……そんなに得意じゃ無いよな……? どう……?」
プラグは思い出して声を潜めた。部屋にはアルスがいるのだ。アルスは机に向かって、別の宿題をやっていて、たまにこちらを見ている。気になるようだ。

ラ=ヴィアは、理数的というか、仕組みを考えたり形を考えたり提案したりは上手いのだが感覚的な事は少々苦手で、小さな結晶を作るのにもとても時間が掛かって、失敗し、最後には諦めていた。
――最もこれは、精霊としての『成り立ち』の問題かもしれない。
ラ=ヴィアは古代神に分類されるから、精霊としてフィカセラムを作る、という機能が……備わっていないか、原始的なのか。とにかく苦手だ。

「う゛。ミ。確かに、苦手だヨ。ひとり上手いコしってるけど……そのコはダメ?」
ラ=ヴィアが言いにくそうに言って、プラグを見た。
しかしプラグは、今の所、精霊結晶を作る気は無い。

「うーん。そうだな。そのコは、今回はちょっと。……丁度良い機会だから、二人にやってもらおう。簡単な物なら……二人とも、教本の中で気になる効果はあるか? 祝詞も載ってるし、これなら……どうかな」
プラグは教本を開いて見せた。
『恋愛が成就する(かもしれない)効果』
『落とし物をしない(かもしれない)効果』
『躓いて転ばない(かもしれない)効果』
『しゃっくりが出ない(かもしれない)効果』

「びみょーですね」
ナダ=エルタが言った。
「変なのばっか」
ラ=ヴィアも頷いた。

「そうだよなぁ。アルスはどうしたんだ?」
プラグはついにアルスに話しかけた。ずっと興味津々ですという顔をしていたのだ。
「! うん! あのね、私はウルが得意だって言うから、風を吹かせる結晶をお願いしたわ。ね、ウル」
するとウル=アアヤが実体化して、微笑んだ。
「はい。髪を乾かすのに良いと思って。夏は涼しいですし。火の精霊がいればいいのですが」
「それはお兄様が持ってたから大丈夫よ」
「――という訳です」
ウル=アアヤが頭を下げた。
確かにウル=アアヤは器用なので、アルスは問題なくできそうだ。
プラグは少し考えた。
「うーん。ウルに手伝って貰うのは、さすがに不味いか……自分の精霊で、って宿題だよな……頑張ってみるか。それで、どれがいい?」

ナダ=エルタと、ラ=ヴィアはベッドの上で教本を見ながら相談を始める――かと思いきや、ナダ=エルタは即座に教本を指さした。
「これ! 恋愛成就が良いです!」
この時、プラグは少し驚いた。
「あれ、字が読める? ああそうか、本、読んでるか……言葉もキルト語だし……あれ?」
改めて考えると不思議だ。
プラグは精霊は皆、古代ゼクナ語を話している、と思っていたが、ナダ=エルタはそう言えば最初からキルト語を話している。どこかで勉強したのだろうか?
するとウル=アアヤが。
「あ、新精霊はそうなんですよ。確かー。勉強しなくても、文字が読めるそうですよ。キルト語も話せて、その上、ゼクナ語も分かるそうです」
とさりげなく教えてくれた。
「そうなのか。へぇ凄い。……じゃあ、それにしてみるか。ラ=ヴィアは?」
「……んー……ミミミ……転ばないやつ? か、落とし物しないやつ、便利そう……主はどっちがいい?」
「んー……どっちも便利そうだけど。落とし物かな……いや転ばないのも……そうだな、転ばない方で。訓練棟の床、たまに滑るんだ」
「ミ!」
ラ=ヴィアが頷いた。
ラ=ヴィアはとても嬉しそうだ。……最近、構ってやれなかったので、ずいぶん拗ねていたのだ。

「よし、じゃあやってみよう」
「はい!」「ミ……」
ラ=ヴィアとナダ=エルタは集中して祝詞を唱え始めた。

そして――。
「できました!」
ナダ=エルタが言った。彼女の手の中には小さな六角形の、薄水色の結晶がある。
「え!? もうできたのか!?」
「み!?」
これにはプラグもラ=ヴィアも驚いた。ラ=ヴィアの方はと言うと、彼女の傍らに小さな光の粒が浮かんでいる状態だ。この粒は自由に出し入れできて、これを基本に祈りを続け、霊力を注いで、結晶を作っていくのだが――。

「ちょっと、見せてくれるか?」
「はい。これでいいんですか……?」
ナダ=エルタが結晶をプラグに渡した。確かに精霊結晶で、しっかりとした霊力を感じる。
「おお……! ちゃんと結晶だ。そうか君は得意なんだな」
「すごい……! おどろいた……! ナダ、才能あるヨ!」
プラグとラ=ヴィアに褒められて、ナダは耳まで真っ赤になった。
「あ、ありがとうございます……! あっさりできて吃驚しました」
「もしかしたら、精霊の性質かもな。氷を作るのが得意だから……。ラ=ヴィアは水鏡で形がないからちょっと苦手なのかも」
プラグの言葉にラ=ヴィアが項垂れ、申し訳無さそうな、しょんぼり顔をした。
「ラ=ヴィアも気にしないで、気長にやっていこう。時間がかかるのが普通だからな。そうだな……。ナダは……そうだな、明日は別の効果を作ってみよう。幾つか作って慣れたら、もう少し大きくする感じで」
プラグはラ=ヴィアとナダ=エルタの頭を撫でた。
「はい!」「ミ!」
ナダ=エルタとラ=ヴィアは返事をしてお互いに相談し始めたが、ラ=ヴィアは自信が無さそうだ。
「みー。……でも苦手……どうやるの? コツあるの?」
「えっとですね……集中? というよりはふわっと形にする感じ……?」
「ふわ……? もっとおしえて」
「えーと、……近かったのは、粉をふるう感じでしょうか? 固い感じじゃなかったかも……」
「ミ……!? そんな風なの?」
「ええ、そんな感じでした。霊力を細かくしてふるって、想像した形にふわっと乗せる感じで」
「なるほど、ミ……!」
ラ=ヴィアが再び祈り始めた。
プラグは苦笑する。
「ラ=ヴィア、お祈りは一日一回だぞ? 別の効果の物ならいいけど……」
「じゃあ、落とし物にする!」
ラ=ヴィアが言った。
「そうだな、焦らずゆっくり行こう」
プラグはよしよしと頭を撫でた。ラ=ヴィアが「ミ!」と言って、しっぽを振った。

するとアルスが。
「なんかプラグを見てると、精霊が犬か猫に見えてくるわ――そんな感じでいいの?」
と呟いた。アルスの傍らにはウルがいて、揃ってこちらを見ている。
「いいんじゃないか? 実際、可愛いし……」
プラグは答えた。
「そう……? ウルはどう思う? 私もああいう感じがいい? 頭なでなでして欲しい?」
「……いえ、ちょっと、恥ずかしいかも……」
ウルが苦笑する。
「精霊達ってプラグの事、皆大好きよね――たぶん、動物に好かれるタイプなのね」
アルスの言葉にプラグは少しどきりとしたが、結論にほっとした。
「そうかもしれない」
「そういう人って、似た雰囲気があるのねー。羨ましいわ」
アルスが誰かを思い描いているようだったので、プラグは聞いてみた。
「心当たりがあるのか?」
「ええ。プラグは何となく、お兄様に似てるのよね。ふわふわした感じが」

――アルスの兄と言えば、第一王子、タスクラデアだ。
彼は先週、焼けた執務棟の視察に来ていて、とてもお世話になった。
箝口令が敷かれているため言えないが、妖精の『ホタル』はすっかりゼラトに懐いている。
王子があの場を収めてくれなかったら、ホタルはプラグが自分でプレートに入れる事になっていただろうし、近衛とも遺恨が残ったかもしれない。

「王子殿下はそんな感じなのか?」
プラグは王子に会っていない事になっているので、知らない振りをした。
「ええ。癒やし系王子って評判なの。すごく優しくて、美形で、でも賢くて強くて、私の憧れなの。あんな風に生まれたかったわ」
「アルスも十分素敵だと思うけど。そっかー。会う機会は無さそうだけど、会ってみたいな」
「あら。でも精霊騎士になったら、叙勲式で会えるわよ。金髪で私と同じ目の色をしているからすぐ分かるわ。長い髪の先っぽを三つ編みにしていて、左右の目の下に泣きボクロがあるの。そう言えばシオウは? 結晶どうなの?」
シオウは先程から机に向かって本を読んでいたのだが、顔を上げた。
「イルが適当に作ったからもう出してきた」
「え。早い。いつの間に?」
アルスが言った。
「つか、お前等が遅いんだよ。まだだったのに驚いた。宿題が出たの、もう一ヶ月前じゃねえか?」
「う」
シオウの言葉にプラグは呻いた。アプリアに精霊結晶の説明を受けたのは確か、三倍訓練が始まった四月十一日。そこからもう一ヶ月が過ぎ、今日は五月十五日だ。
……プラグはどうやら日付の感覚が緩いらしい。授業もつい昨日受けた気分でいた。
授業を受けた日から、弱点克服の三倍訓練、三倍になった宿題で精一杯だったこともあるが、ホタルの件があって落ち込んだり、湖で溺れて死にかけたり、何もしていないのにアラークに殴られたりして、すっかり忘れていた。

そこでプラグは一瞬、愕然とした。
(あれ……最近、運が悪い……?)
休みの度になぜか事件に巻き込まれている。プラグは今度、礼拝に行こうかと考えた。

シオウが意地悪げに、にやりと微笑んだ。
「お前そんなのんびりだと、成績、下がるぞ。コレは別に評価対象じゃ無いらしいけどよ。俺は今、アプリアに言われて、改良の勉強してるところ――これも三倍の何かだけど、サッパリわかんねぇ。お前、分かるか? 結晶の構成変更? あと結晶からプレートを作るとか」
シオウに尋ねられて、プラグは口元に手を当てた。シオウはずいぶん難しい事を言われている。
「構成変更か。うーん……いきなりは難しいな。でも結晶からプレートを作るのは巫女でないとできないから、構成変更をやった方がいいな。これはイルの結晶だよな。ちょっと見せて貰って良いか」
シオウの机の上には黄緑色のハンカチが広げてあって、真珠大の結晶が五つ置いてある。
どれもきちんとした結晶で、全て形は違うが見た目は整っている。
「作ったのはイル?」
「ん、この一個だけコル」
一つだけ、形のいびつな物があって、水晶のような小さな結晶が三つくっついている。確かに霊力も違う。イルの物は橙色で、コルの物は真っ赤で、どちらも問題は無さそうだ。

「うん、凄くいい。どれも構成変更に使えると思う。本、見せて」
「ん」
プラグはシオウに教本を借りて、頁をめくって見た。
手順は全て書いてあるし、一応合っている物の……実際に手本が無ければ分かりにくいだろう。
「シオウはやったことないんだな?」
「さすがに無いな。結晶は実家でも一つ二つしかなかったし……」
その時、シオウは胸元に手を置いた。
「そうか、シオウならできるかも……この本の通りでいいんだけど、結晶と同調(シーラ)するのには、ちょっとコツがいる。まず『ラ・フィカセラム・レソ・リーシェル・セス(精霊結晶を解析します)』の祝詞で効果を読み取る、読み取れるようになるまでひたすら繰り返す。で、同調だけどこれは……この本の例よりも、巫女が使う、同調したいです、という意味の祝詞の方がいい『ラ・ア・ニール・アイラス・レソ・シーラ・フィカセラム(フィカセラムと私の意志を同調します)』アイラスは私の意志、教本だとイラス(意識)になってるけど、これだと弱いかな。結晶には意志がないから強い祝詞の方が上手く行くことがある――らしい。――で、自分の霊力と混ぜるのは『ゼ・ア・ニール・アロウ・ア・フィーラ・ペルラ・フィカセラム・アールセス(私はこの結晶と私の霊力を融合します)』このゼの命令形は霊力を使うけど、できれば効果はかなり高い。と言うかこの本、普通に専門書なんだけど……アプリアさんの本?」

プラグの言葉にシオウが頷いた。
「ん。何か、アプリアはそういうのにも詳しいんだってよ。困ったらラファに聞けとか言ってたけど、そもそも巫女の祝詞って、男にできるもんなのか? 変換(アルド)とか簡単な物ならって思うけど、男と女で、向き不向きがあるんじゃねえか?」
シオウの言葉に、プラグはしばらく考えた。
「うーん。確かに祝詞は女性の方が上手いけど、男性ができるかできないは、適性によるとしか。でも、男性の場合は祝詞ができても、紅玉鳥が従わないから……男性祭司は祝詞の研究者、管理者の方が多いはずだ」

男性には紅玉鳥は従わない、と言うのが通説だが、これは実は違っていて、男性でも『大祭司(ネフスティア)』以上になれば紅玉鳥は言う事を聞く。
この国では普通、男性がなれるのは『祭司』までなので、王子が『大祭司』の称号を持つのは珍しい。『男性で王族だからとりあえず大祭司にした』と言う可能性もあるが、実際にトゥーワを使っていたから相応の能力があるのだろう。
しかしこの国の大祭司(ネフスティア)と、クロスティアの大祭司(ネフスティア)との基準は違うはずなので、さすがに、王子が歌いながら水の上を歩き出す……なんて事はないはずだ。
プラグは続けた。

「普通は、巫女じゃない男性には難しいんだけど、シオウは火の精霊と相性がいいから、もしかしたら、火の精霊結晶なら同調ができるかもしれない。同調は相性があって、自分に合う物で無いと弾かれる。例えば、自分の精霊の結晶だと若干、やりやすい……らしい」
「その『相性』って何なんだ?」
「血筋か、気質かな。後は好み。気安めだけど、血筋の場合は相性が良いって言われる。先祖に火の精霊とか、風の精霊とかがいれば、その一族とは相性がいい。精霊の方で察して近づいてくる感じ?」
「それって、人が見て分かるもん? 俺、他の奴を見ても、何も感じないけど?」
「分かる人には分かる。例えば――ルネみたいに、精霊の血が濃い人の場合、見ただけで先祖を言い当てるとか。でもルネくらい鋭いのは珍しいと思う。力の強さはどこに出るか分からないらしいから、ルネは感覚に出たんだろうな……ちょっと大変そうかも。シオウは火の扱いが上手いから、もしできたら凄いな……って感じの課題かな」

シオウが火の精霊と相性が良いというのは、シオウがコル=ナーダの孫だからだ。
情報として上がっているかは不明だが、シオウが使うと、火のプレートは明らかに良く燃えるし、難しいはずの操作も上手い。アプリアもそれを察して、追加の課題を出したのだろう。単純に早くできたから、というのもありそうだが。

ちなみにプラグの『嘘』はどこにも属していない大精霊なので、プラグ自身がどの属性と相性が良いというのは無い。
今はたまたま、『ラ=ヴィア(鏡/水鏡)』、『ナダ=エルタ(水/削氷)』と一緒になっているだけなのだが、基本、水一族とは相性が良い気がする。この『相性』は性格が合う方の相性だ。
霊力調整については、個人の性格が反映されるので、細かい作業が苦手だと、扱いにくい属性もある。水や土は物質として出て来てくれるが、火や雷、風はふんわりしていて、扱う感覚が大分違う。慣れていればどれでも使えるので、問題は無いと言える。

シオウだって水を使えるが、水一族の場合、先にいるコル達と喧嘩が始まる……かもしれない。そう言う意味で、扱う属性が偏ることはある。
そこで我慢しろと言うか、じゃあそっちと交換しようか、となるかは騎士団によるのだろう。ここは気軽に交換していそうだ。
火で固めていると、水使いが来た時に少し不利になるし、雨の日対策が必要になるのだが、今はまだ候補生なので、プレート自体が少ない。これはそのうち、で十分だろう。

――シオウはどうやら自分の出自を知っているらしく、分かった顔で頷いた。
「ほお……なるほど……火限定なら、いけるかもってことか?」
「可能性はある。ただこれができたら、結晶書き換えの専門家として一生食べていけるくらいの難易度だな。……で、その次、同調ができたら、今度は書き換えを……」
「……ねえ、私も聞いていい?」
アルスが近づいて来た。プラグは頷いた。
「うん、アルスは聖女だからもしかしたらできるかも」
プラグは言った。
するとアルスが難しそうな顔をした。
「できるかしら……これ、お兄様がやってたのよ……。『アロウ』って単語に聞き覚えがあったわ。なんて意味だった? 融合?」
「混ぜ合わせるって言う意味かな。末尾のアールセスというのが、普通はディアセスでやるから、あまり使わないんだけど『開始』の意味で、ゼの命令形と合わせるともっと強いから、少し上手く行きやすくなるかな……。でも性質に合わないと、弾かれる場合があるから注意して。解析して同調した時点で、いけるかどうかは感覚で分かると思う。駄目だと思ったら絶対に無理は禁物だ」

――気が付いたら精霊達も皆集まって、プラグの話を聞いていた。

「無理に同調すると、精霊の意志に囚われてしまうから……結晶に意志はないけど、作った精霊の想いが強かったら、精霊の意に沿わない変更は命懸けになる。シオウもアルスもよく気を付けて」
二人が頷いた。
「――んで? 次は?」
シオウが続きを促した。
「次はここ。さらっと書いてあるけど、アロウまででも、普通はすごく難しいんだよな……」
プラグは本を見た。書物では手順と祝詞が書いてあって、説明もあるのだが実際は簡単にできる事では無い。
第一王子がアロウの所まで行き、実際に書き換えができるというなら、やはりかなりの力の持ち主だ。
結晶の書き換えができる巫女は、国に一人いたら良い方では無いだろうか……。
書き換えができる巫女は、間違い無く巫女長クラスだ。
ミリルにできるかは分からないが、もしアプリアができるというなら、騎士団は大助かりだろう。

「次は、変更の申請……この祝詞はこのままでいい『ゼ・ミーア・ドーゼス・フィカセラム・ラッカ・カ・ア・シス(この結晶は神なる私の創造物で分身です)』の申請が通ったら『ラ・ミーア・イー・ディズ・メ・誰々・フィーカ(作った状態に戻します)』で、誰々の所で自分の名前を言って、完了だ」

「ここまで来たら、もう後は、自分の書き換えたい効果をゼクナ語で言うだけになる。自分の一部になる感覚――……らしい。精霊結晶が持つ分の霊力を使って、好きな効果を付けられる。例えば、この火の結晶を利用して、温かい石の代わりにするとか。霊力分の効果なら、だいたい何でもできる。――こんな感じかな」
プラグが説明を終えると、シオウが「ほおぉ」と驚いた。
シオウは綺羅綺羅と輝かせている。
「お前すげぇな……! 実際にできるのか?」
「まさか。知ってるだけだよ。解析、同調くらいまではできる人も多いけど、書き換えはそれこそ、首都の巫女長か、大祭司(ネフスティア)クラスでないと」
するとアルスが眉を顰めた。
「――つまり『アメル』ならできるの?」
「えーっと……アメルもどうかな……そんなに使う場面も無いし……」
「ねえ、いつも思うんだけど、そういうのどこで勉強したの?」
アルスに言われて、プラグは少し焦った。
「えーっと、カルタで教会のお世話になっていたから。後は、伯爵がすごく博識で。色々教えて貰ったんだ」
「伯爵ね……まあ、そういうことにしておくわ。結晶の書き換えなんてできるのお兄様くらいだと思っていたけど……」

アルスはじっとプラグを見た。プラグは少したじろいでアルスの瞳を見返した。
長い睫毛に縁取られたすみれ色の瞳は、いつかプラグの嘘を全て見抜いてしまいそうだ。

「うん、そういうことにしておいてあげる。もし騎士になれなかったら、お城で祭司として雇ってあげるわ。お兄様はいつも忙しいのよ」
「アルスのお兄さんって、大祭司(ネフスティア)? 忙しいんだ?」
「ええ。お母様がミアルカの面倒を見ているから、代わりに祭典やお儀式の手伝いをしているわ。実は予言者で、後は、結晶の書き換えとか、すごく難しい事をやっているんだけど、私、ちっとも分からなくて……書き換えができたら、役に立てると思うんだけど……できるかしら……」
「どうだろう……修行を積めばできるかも、ってくらいだから……でも血縁ならもしかしたら、できるかな……? やってみたら……?」
「そうするわ。シオウも一緒にやりましょうよ」
「ん。そうだな。二人でやったほうが張り合いがある。どっちができるか競争な。まあ俺は聖女じゃないから、駄目かもしれんけど……」
「ほんと、できたらシオウも祭司になる?」
「うげ。柄じゃねぇ」
「――まあ、向き不向きがあるから、無理はせずに」
プラグの言葉にアルスが頷いた。
「わかったわ。反発があったらやめる、でいいのよね。お兄様も良く言っていたわ。でも上手いのよね……何でかしら?」
「たぶん、本人の性質かな。悪用しようと思ってやると、だいたい反発されるから。優しい心で頑張る感じ。コツとしては、精霊に頼んで初めから使いたい効果に近い物を作ってもらうとか。でもそれだと元々効果のある物を作ればいいから、別に書き換えする必要はなくなる」
シオウが首を傾げた。
「そういやそうだな。初めっから精霊に頼めばいいのか。じゃあ、書き換えの得ってなんだ?」
「悪用するか、後は便利にするかだな。構成変更を使うと、精霊が作る時よりも難しい効果を簡単に付けられる。例えば、この時間だけこうしてください、とか、この人だけに加護を与えて下さいとかかな……? 王家の秘宝とか、そう言う物があったと思うよ。王族しかはめられない指輪とか。あれは王の血筋だけ、って条件が付いてるんだと思う」
「あ! あの指輪! そうなのね。じゃあ聖女の冠も、もしかして……? そうやって作ったの?」
『聖女の冠』というのは聖女が戴く銀色の冠で、聖女の証となる。聖女で、しかも巡礼を終えた者以外には身に着けられないと言う。
「たぶんそう。でも精霊の涙はもっと書き換えが難しいから、よほど力のある人がやったのか、精霊がやったの――かなぁ? さすがに無いか。初代聖女様がやったのかもな」
プラグは首を傾げておいた。うっかり言いすぎる所だった。
「メディアル様ね、確かに、そうかも!」
プラグはどきどきしながら、話題を変える為、気になっていた事を尋ねる事にした。
「――あ、そうだアルス。お兄さんって、予言者なのか?」
するとアルスが、ああ、と言った。
「そうよ。あんまり知られていないけど……小さい頃から、ちょっと先の事を言い当てる不思議な力があったの。評議員とか、貴族の偉い人とか、王族、宰相は知ってるわ。だから王子だけど、祝詞を覚えて大祭司になったのよ」
「なるほど。珍しいなと思って……」
プラグは言った。

――この大陸には数百年に一人か、もっと少ないくらいで、先の事が分かる者が出現する。
人はそれを『予言者』と呼び、特別に崇拝していた。
聖女とはまた別の力だ。

「予言者って、確かに珍しいよな……本当にいるんだな。兄ちゃんすげぇな」
シオウが言った。
「ええ、本当に凄いのよ。でも、予言の力はあんまり当てにならないから、もし先に分かっても、民に公言はしないようにしてるの。嵐とか、疫病とか、厄災とか、全部分かる訳じゃないから」
「なるほど……それが賢明だな。当たらなかったら、批難されるだろうから」
「そうなのよ。分かったり分からなかったり、お兄様は、はっと『予言』が浮かぶって言っていたわ。……あ、そうそう! 実はね、一つ、予言が大当たりした話があるのよ! 聞いてくれる?」
アルスは目を輝かせて、シオウとプラグを見た。

「ずっと――誰かに話したかったの!」
「聞いて良いなら」
プラグは答えた。シオウも何かと聞く姿勢だ。
「あのね! 実はね、ここの隊長――リズさんを見つけたの、お兄様なのよ!」
アルスの言葉にプラグとシオウは『え』と声を揃えた。

「六年前、お兄様がふとお父様に――『陛下、今すぐ、西の果てまで旅して下さい。そこで、この国にとって、重要な女性と出会います』って言ったらしいの。それで、お父様がその通りにしたらリズ隊長がいたの! ちょうどその時、騎士団がまとまらないって悩んでいたから。彼女しかいないって、頼み込んで連れて来たんですって! 私は後で聞いたんだけど、凄いわよね!」

アルスの話にプラグとシオウは目を丸くした。
プラグは驚きすぎて言葉も無かったのだがシオウが先に口を開いた。
「嘘だろ!? そんなん!?」
「そうなのよ! 当時のお城は大騒ぎだったらしいわ。お父様がいきなり旅に出るって……しかも一年経って戻って来たら、若い女性を連れてたんだから。えっ、側室? って言われたけど、隊長さんなんだもの!」
プラグは、直近の王室の記録を思い出した。国が貴族に向けて発行している記録書だ。
「あ。何かの記録で、王様が突然、西に行ったっていうのは見た気がする。交友関係強化の外遊って書いてあったけど……そうだったんだな」
「そうなのよ。素敵よね……!」
アルスは微笑んでいる。

「あ。それだけど。そういや、西にもクロスティア騎士団がなかったか?」
シオウが言った。
「ん?」
「いや今思い出したけど、確か、その時の外交で通った国に、ざくざく作ったんじゃ無かったか? 今の王様がさ、通った国で王様や有望な騎士何人かに、宝石とかと一緒に騎士団の紋章を与えたとかそんなんで」
シオウの言葉にアルスが頷く。
「あー、そうなのよ、それ、旅の名目が無かったから……騎士団の団員だから、いつでも遊びに来ていい。って事にして……友好の証みたいな感じで。隊長がいたのは一番端の、旧ガート国で、中々、目的の人物が見つからないから冷や冷やしたって言っていたわ。男性で印象的な人は多いけど、女性って言われるといなくて。どこかの王女かどこかの王妃かって思っていたけど。最後は『予言だから』でほとんどの国を押し通ったらしいの」
「それは大変だったな」
プラグは言った。
「そうなのよ。でもお兄様が本物の予言者だっていうのは、お父様はよく分かっていたから。帰るに帰られなくて困ったらしいわ。諦めかけて遊びに出たときに、リズ隊長に会ったらしいの」

――確かにリズは『国王がどこかから連れて来た』とは聞いていた。
プラグはリズはどういう経緯でこの国に来たのか、と首を傾げていたが、思ったより壮大だった。

「それは隊長も吃驚しただろうな」
プラグは言った。
「本当にそうよね。いきなり遠くの王様が来て『うちの騎士団の団長になってくれ!』って言うんだから。ここでやることがあるからって断られて、何度も頼んでやっと来てくれたらしいの。今は西方がどうなってるか、私には分からないけど、騎士団から要請があったら救援に行くかもしれないわ」
アルスの言葉にプラグは頷いた。

西方のクロスティア――この話はカルタでサリーから聞いていた。
クロスティア騎士団に入れば、友好国なら通れるかもしれないと。
プラグが精霊騎士になろうと思ったきっかけだが、まさかリズが関わっていたとは。

「へぇ……そうなんだな。改めて考えると、クロスティア騎士団は結構な規模だ」
プラグの言葉にアルスが頷いた。
「ええ、お父様が通った、西の海岸沿い、一番近いフロスト公国、スコト王国、マドス王国、キッシュ王国、アロナ王国、ザントニア王国、後は今は無いけど、ガート国を入れて、七国と、中央のセラ、ヒュリス、ストラヴェル。後は、北のへルグ王国と北の小さな島国――ギービフ王国で、十二カ国かしら。名前だけ、って国も多いらしいけど、騎士団に加入すれば少なくとも中央の三国とは敵対しなくて済むから……でも、逆に狙われることもあるって聞くから、慎重になったり、脱退したりする事もあるのよ。五年前のへルグ王国みたいにディアティル帝国の傘下に入ったから、クロスティアはもうやめ、とかね。セラ国はへルグ王国を味方にしようと頑張っているらしいけど……あの辺りも不安定よね……」

ディアティル帝国はセラ国の数国上、北にある大帝国だ。
五年前、セラ国へ侵攻したのはディアティル帝国とへルグ国の連合軍だった。
侵攻の目的は領土拡大と言われているが、よく分かっていない。

「ディアティル帝国はもう十分広いのに何が欲しいんだろうな」
プラグは呟いた。
「そりゃお前、寒いからだろ。温かい所で暮らそうって言う」
シオウの言葉にアルスが頷いた。
「後は国内の不満を、外国にぶつけてるとか。あそこはまだ奴隷制度があるみたいだから。時代遅れよね。……あんまりそういうことを言うのは良くないけど……」
アルスは控え目に付け足した。
「なるほど。でもストラヴェルは上手く農奴を解放できたけど、実際にずっと制度が続いてたら難しいんだろうな……」
「ええ。農奴と奴隷はちょっと違うみたいだけど。一生、生まれたままで同じ身分で、仕事も結婚も制限されるなんて辛いわね」
「――さて、じゃあ俺は続きやるから。あんがとな」
シオウが言って、作業に戻った。
「じゃあ私もちょっとやろうかしら。効果変更は、昔やって難しくて諦めてたんだけど、プラグに言われるとできそうな気分になるわ」
アルスも微笑み、机に向かった。

「プラグは効果変更、やらないの?」
「うーん。付けたい効果もないし。もうナダの結晶を先に提出しようかな。一番良いのを選ぶんだっけ?」
シオウを見るとシオウが答えた。
「別に何でもいいみたいだったぜ。ただ複数できたら、最後に自分のを一つ残して全部渡せばいいって感じで。アプリアがいるからもう出して来るか?」

これは今日、夕飯の席で言われたのだが……今後、候補生の宿舎にはアプリア、コリント、リゼラ、クラリーナ、リゼラ、ミラ、エメリンなどが、交代で宿舎に泊まり込むという。
コリントとリゼラはほぼ常駐、アプリアも相談役として、任務の無い時は一階に泊まるという。
……相談役というか、お目付役だ。
アプリアとリゼラ、クラリーナ達がいて、男子も女子も話し掛けていた。
任務は良いのですかと聞かれていたが、隊舎までは、大した距離では無いのでこちらにいても問題ないと言っていた。
クラリーナ、アルジェナ、ミラ、エメリンの四人は女性隊士の師匠として、精霊の属性ごとに稽古を付けているので、近くにいた方が都合が良いのだと言う。それからの事は、やってみて決めるという適当さだ。
アプリアは一階の一号室を使い、リゼラと女性隊士達は、女子棟二階の空き部屋に、コリントは男子棟の空き部屋に入った。

アプリアが一階なのは男子も相談できるようにする為だ。
一号室は食堂のある廊下の向かいにあって、何かあったら相談しやすい。
一号室のサラ、トレラ、ショミラは二階に移動する事になったのだが、問題が起きるよりはいいと、特に不満もなく、皆に手伝われながら引っ越しにかかっていた。

「どうしようかな。夜だし……せっかくナダが初めて作った結晶だから、とっておこうか」
プラグは微笑んだ。

するとナダ=エルタが不安げな表情で「あの……」と言った。
「ちょっと、気になってる事があるんですけど、プラグさん、ラ=ヴィアさん、外でお話いいですか……?」
ナダ=エルタから言い出すのは珍しいので、プラグは頷いて外に出た。
廊下には誰もいなかったが、ナダ=エルタはできれば誰も居ないところで話したいと言った。

「じゃあ外に出るか、リーオの執務室――は、燃えたんだったな……」
プラグは思い出した。
先月、たき火をしたおかげで、執務室があった棟は綺麗さっぱり無くなっている。

「図書室かな。でもまだ誰か居そうだ……どんな話なんだ?」
階段を下りながら、プラグは触りだけ尋ねた。ナダは実体化したままだが、ラ=ヴィアは部屋を出る時に霊体になって浮いている。
すると、階段を下り終える前に、ナダ=エルタが霊体になって浮いた。
『――今気づきましたけど、霊体で話せば良かったんですね』
「あ。確かに」
プラグも気付いた。霊体になってしまえば、持ち主以外に声は聞こえない。ナダ=エルタはいつも実体化しているので失念していた。

『あの、えっとですね。私、そういえば、まだプラグさんの……精霊の姿を見た事がないなぁって』
ナダ=エルタの言葉にプラグは再び「あ」と声を出した。
「そう言えばそうだ」
『そうなんです。だから、本当に精霊なのかなぁ? どんな精霊なんだろうって気になっていたんです。見た目は普通に人間ですから……』
「確かに気になるよな。じゃあ、どこかの部屋で戻ろうか」
『え! 良いんですか!? そんな簡単に?』
「それ自体は普通に、いつでもできるんだけど場所がな……リーオの執務室は無いし……二階の空き部屋か?」

プラグが考えていると、足音と鼻歌が聞こえた。
「ん?」
「お?」
廊下を歩いてきたのはリズだった。リズはプラグを指差した。
「あ!」
「うわっ」
そしてあっと言う間にプラグは捕まってしまった。
「――よう、お前のおかげで、盛大な引っ越しができて良かったなぁ~!」
がっしり捕まったまま、ぐりぐりと肘鉄を食らう。
「それは俺のせいじゃないです、イタタ……」
プラグは上目遣いにリズを睨んだ。
「で、お前、何しに降りてきたんだ? また悪巧みか?」
「そういう貴方こそ。何しに来たんですか?」
「ん? アプリアの部屋で飲もうと思って。引越祝い」
リズは酒瓶を持っていた。
「そうなんですね。じゃあこれで」
「待て。で、何をしにどこへ行く気だ? 精霊連れて小便か?」
リズがナダ=エルタとラ=ヴィアの浮いている場所を見た。
霊体だが、気配でばれているらしい。
「違います……あの、リーオさんの執務室の代わりになる所ってどこかにないですか?」
「お前、燃やした口でよく言うな……。んー……二階の空き部屋か、教室は? 男子棟、まだ空いてるだろ?」
リズの言葉にプラグは首を振った。
「いえ、できれば密室が良いんですが」
その言葉にリズが、口の端を上げた。
「ははーん。つまり見られたら不味い事をする訳か? 女装か? ふふん……アメルなら歓迎だぜ。そうだ、アメルになって酒盛りすればいい!」
「いえ、そうじゃないです……」
するとリズが、今度はにやりと笑った。
「まあだったら、外出でいいぞ? 夜の鍛練とかか?」
「いえ、外はちょっと」
「あ! あーはいはい、わかった。そういうことな。ふーん……私にも見せろ! それが条件だ」
「……何の事です?」
リズは鋭い。鋭すぎるくらいだ。
女装でなければ、後は鍛練、それも違うなら――もしかして? という消去法で、あっと言う間にプラグの目的に気付いてしまった――らしい。

「お。当たったか? お前の姿、ナダは見たこと無いとかそんなだろ。だろうなと思ってたんだ。な、良いだろ? つか、燃やしたのお前だし……。一生払わせるぞ?」
「それは通りません。たき火をしたいと言ったのは隊長でしょう?」
「堅い事言うなよ~! やだやだやだ。見せてくれなきゃやだー! そうだアプリアとリーオも呼んで盛大に見せろよ!」
「だから大人数は無理ですって、貴方も……無理です」
プラグはそっぽを向いた。
「ちぇ。でも、あれマジでヤバかったからな? お前、私が更迭されたら自力で行けよ? 国王もカンカンに怒って、王子がとりなしてくれなかったらクビだったんだから」
確かにその可能性は……大いにあった。
「う。王子が……宝石を売って下さったとか……」
プラグは王子の優しげな笑みを思い出した。
――馬で颯爽と現れて、レイン・サルザットを諭してくれた時……後光が差して見えた。

「おう、話を聞いて珍しく爆笑してな。宝石も買い手が付いて、まあ良かったってなったが、七千万だからなぁ……。お前、ルネのカップと言い、借金が増えてくナァ? あ。妖精の件も聞いてる。お前なぁ……問題起こしすぎだろ! まだ三ヶ月だぞ? 嘘だろ? 正気か? 隠れる気あるか? 本っ当に、王子に感謝しろよ。あれから本っ当に色々あったんだ」
リズの言葉には実感がこもっている。
プラグは祈りの方向性を『不運の回避』では無く『王子の安寧』に変えようと思った。
ひたすら申し訳無ない。
「……もし会ったら感謝しておきます。そう言えばアルスが言っていたんですが、貴方がこの騎士団に入ったのは予言のせいだったんですね? 驚きました」
「あ゛あ゛あ゛あ゛! はい~! 敬語うざい! ここじゃ何だから、とりあえず移動しようぜ――えっと、おっ、そうだ大広間!! あそこなら誰もいないし、逆に良くないか?」
「その手には乗りませんよ……って、ああっ?」
リズはひょいとプラグを小脇に抱え――勝手に歩き出した。

「ギィ、悪いがアプリアに今日はプラグと寝るって伝えてくれ」
リズが虚空に向けてとんでもない事をのたまったのでプラグは焦った。ギナ=ミミムは『闇』の精霊で、今し方、実体化した。ギィというのは愛称だろう。
「わかった……」
ギナ=ミミムは以前見た時より、頭一つ背が高くなっている。回復しているように見えてほっとしたが、何かあったのだろうか?
「ギナ。駄目だぞ。ちゃんと後で行かせるから!」
「そういって、避けられたひと、いない……がんばって……」
ギナが手を振った。リズも手を振り返した。
「ヒッ」
「いやー、お前が悪事を働いたおかげで、ギィが目に見えて回復してな。お前の不始末は私の責任、私の悪事ってカウントされたんだな。それにはすっげーーー? 感謝してる。一蓮托生、十把一絡げ、お前と私は運命共同体! 死ぬ時は一緒だぜ! ってことで見せろ。見せるまで離さねぇぞ」
リズがこうなると、相当しつこいと言う事は、もう既に分かっている。
……あと数分、十秒でもずれていれば出会わなかったのに。見事に鉢合わせてしまった。
ナダが霊体のまま『すみません……!』と謝っている。

「真面目な話、もし何かあったら、精霊の姿を知っていないと庇えない。どうなんだ? 今と同じような見た目なのか?」
リズの言葉に、運ばれながらプラグは考えた。……体に見合わずリズは怪力で、プラグを難なく持ち上げている。
「どうだろう……俺は結構似ていると思いますから、見ればすぐ分かるのでは? 髪も目も同じ色ですし。髪が長いくらいで」
髪の長さは違うが、髪の色も、目の色も同じだから、同一だと勘ぐる人間は居そうだ。
「は? それって不味いんじゃねぇか? 正体バレバレだろ」
「うーん」
と、そこで大広間に着いてしまった。

大広間は暗く、がらんとしていたが、リズが「ル・フィーラ!」と唱えると一斉に灯りが点いた。灯りは壁にそって配置されていて、光量はさほどない。
ステンドグラスの上半分は見えなかったが、灯りより下がぼんやりと照らされ、幻想的だ。
ステンドグラスの正面、絨毯の中央にプラグは降ろされた。絨毯の回りには灯りが無いので、ここだけ暗い。
リズが階段に登って、執務机に座る。そちらには、淡い灯りが一つある。

「ナダとラ=ヴィアもいるか? せっかくだから出てこい」
リズが声をかけると、ナダ=エルタが「ごめんなさいいい……!」と言いながら実体化した。
ラ=ヴィアは呆れている。
「いや、俺の運が悪かった。どうして会うかな……呪いかな……はぁ。隊長、外に出て貰えませんか?」
「ハァ? 出るわけねぇだろ。ロレ、こいつに思い知らせてやるか?」

リズが口にした名前にプラグはぎょっとした。
「ロレがいるんですか?」
――『ロレ=ナーダ』は情火(じょうか)の精霊だ。
「おう。出てこいロレ!」
実体化したロレ=ナーダは、火一族だが青いドレスに身を包んでいる。長い髪は深い青。尖った耳と、人と同じ肌の色に、白い羽を持つ、美しい精霊だ。ただし双眸は、白目まで真っ赤だ。
「こいつの特性は知ってるよな? 殺傷能力は無いが、燃やした相手が私の事を好きになる。で、絶頂しまくる。どうだ、お返しに燃やしてやろうか?」
「遠慮します……!」
プラグは首を振った。リズは出会ったら恐いかも、という精霊ばかり持っている。
そう言えば、暗闇で物が見える『光彩』も今はキールが持っているが、リズの所有だった。

そして思案した。
リズと言えば一つ気になっている事がある。
最近、プラグの精霊としての力が、少しずつ、戻り始めているのだ。
こつこつ嘘を吐いているから、という理由では説明できない早さだった。
(おそらく、リズに戦争のことを話した辺りから……予言というのは俺も感知できない事だから、何か関係があるのか?)
リズが予言によって招請されたというのは予想外だった。

「貴方は王子の予言によってこの国に来たと聞きましたが……、その予言はどんな物でしたか?」
「ん? ああ……それか。えっとー別に、私が受けた訳じゃねぇぞ? 国王は『国王は西の果てまで旅をせよ、さすればそこに黒き闇がある。闇とは女性、この国に大いなる繁栄をもたらすだろう』だったかな。……だが、それには続きがある」
リズがにやついた。プラグは沈黙で、続きを促した。

「『闇は白き光と契約し、この世界を救うだろう』――だそうだ。どうだ、これ、そのまま、お前じゃねぇか? もう巫女と契約してるなら外れかもしれねぇが。いずれは、って事かもな」

リズの言葉にプラグは深く溜息を吐いた。

『白き光』――とは。プラグの、かつての名前が意味するところだ。

(つまり予言者は、やはり、別の神が用意した存在か……)
プラグは過去、予言者に出会ったことがある。それはこの地に降り立ってすぐだった。

「……俺は昔、予言者に会ったことがあります。この地に来てすぐの事で、その時は悪い予言をもらって、意味が分からず……その通りになりました。予言者は別の神が用意した、戦の手がかりなのかもしれません」
「おーそれな、予言者の言う事は絶対当たるって評判だからな。悪い予言とは運が無かったな――あ、この戦い、『大陸戦争』って呼び名はどうだ? 格好いいだろ! ――で、どうなんだ。見せるのか、見せないのか?」
プラグは息を吐いた。
リズに関してはもう諦めるしか無い。たとえ候補生になれなくても、どうせどこかで出会うだろう。まさに運命共同体だ。
「分かりました。見せましょう。契約はできませんが……貴方に会って、大陸戦争の事を話したら、急に、力が戻って来たんです。カド=ククナとしての役目を果たしている、と言う事なのかもしれません。少し眩しいですよ」
プラグは言って、姿を変えた。



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次のエピソードへ進む 第15話 精霊結晶 ②


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「ふぃか、せらむ?」
ベッドの上で、実体化したナダ=エルタが首を傾げた。
プラグのベッドは、使っていない時はナダ=エルタとラ=ヴィアに占領されている。
ラ=ヴィアは霊体を好んでいるが、ナダ=エルタは良く実体化して本を読んでいた。
読書が好きらしく、頻繁に図書室に通っている。彼女は生まればかりだから、色々な物に興味があるのだろう。勉強するのは良い事なのでプラグは好きにさせていた。
「そう。精霊結晶(フィカセラム)。ナダは作ったことある?」
五月十五日。アラークに殴られるという不幸があったものの――今日は倒れずに済んだので、忘れていた宿題を頼む事にした。
今、プラグは風呂から戻って、ベッドの側に立ち、濡れた髪を布で拭いているところだ。
「すみません、やったことが無いです……」
ナダ=エルタが起き上がって答えた。
「いや、そうだろうな」
ベッドに腰を下ろし、プラグは苦笑した。
やはりというか。ナダ=エルタは精霊結晶(フィカセラム)を作ったことが無いらしい。
生まれて二年では無理も無い。
「――ミ。私じゃだめ? ナダにはまだ、難しいかもしれないヨ?」
と言って、苦笑気味に、ラ=ヴィアが実体化した。
「ううん……宿題だから……ラ=ヴィアにやってもらう訳にもいかない……あ、でもラ=ヴィアがお手本を見せるのはいいかもしれない」
プラグは言った。
ラ=ヴィアはまだプラグの精霊では無い、と言う事になっているので、課題と言う事ならナダ=エルタしかいないのだ。
「ミ! それ、大さんせい!」
「そうですね、先輩が一緒なら心強いです!」
ナダ=エルタが頷いた。
「あ。でも、ラ=ヴィアも……そんなに得意じゃ無いよな……? どう……?」
プラグは思い出して声を潜めた。部屋にはアルスがいるのだ。アルスは机に向かって、別の宿題をやっていて、たまにこちらを見ている。気になるようだ。
ラ=ヴィアは、理数的というか、仕組みを考えたり形を考えたり提案したりは上手いのだが感覚的な事は少々苦手で、小さな結晶を作るのにもとても時間が掛かって、失敗し、最後には諦めていた。
――最もこれは、精霊としての『成り立ち』の問題かもしれない。
ラ=ヴィアは古代神に分類されるから、精霊としてフィカセラムを作る、という機能が……備わっていないか、原始的なのか。とにかく苦手だ。
「う゛。ミ。確かに、苦手だヨ。ひとり上手いコしってるけど……そのコはダメ?」
ラ=ヴィアが言いにくそうに言って、プラグを見た。
しかしプラグは、今の所、精霊結晶を作る気は無い。
「うーん。そうだな。そのコは、今回はちょっと。……丁度良い機会だから、二人にやってもらおう。簡単な物なら……二人とも、教本の中で気になる効果はあるか? 祝詞も載ってるし、これなら……どうかな」
プラグは教本を開いて見せた。
『恋愛が成就する(かもしれない)効果』
『落とし物をしない(かもしれない)効果』
『躓いて転ばない(かもしれない)効果』
『しゃっくりが出ない(かもしれない)効果』
「びみょーですね」
ナダ=エルタが言った。
「変なのばっか」
ラ=ヴィアも頷いた。
「そうだよなぁ。アルスはどうしたんだ?」
プラグはついにアルスに話しかけた。ずっと興味津々ですという顔をしていたのだ。
「! うん! あのね、私はウルが得意だって言うから、風を吹かせる結晶をお願いしたわ。ね、ウル」
するとウル=アアヤが実体化して、微笑んだ。
「はい。髪を乾かすのに良いと思って。夏は涼しいですし。火の精霊がいればいいのですが」
「それはお兄様が持ってたから大丈夫よ」
「――という訳です」
ウル=アアヤが頭を下げた。
確かにウル=アアヤは器用なので、アルスは問題なくできそうだ。
プラグは少し考えた。
「うーん。ウルに手伝って貰うのは、さすがに不味いか……自分の精霊で、って宿題だよな……頑張ってみるか。それで、どれがいい?」
ナダ=エルタと、ラ=ヴィアはベッドの上で教本を見ながら相談を始める――かと思いきや、ナダ=エルタは即座に教本を指さした。
「これ! 恋愛成就が良いです!」
この時、プラグは少し驚いた。
「あれ、字が読める? ああそうか、本、読んでるか……言葉もキルト語だし……あれ?」
改めて考えると不思議だ。
プラグは精霊は皆、古代ゼクナ語を話している、と思っていたが、ナダ=エルタはそう言えば最初からキルト語を話している。どこかで勉強したのだろうか?
するとウル=アアヤが。
「あ、新精霊はそうなんですよ。確かー。勉強しなくても、文字が読めるそうですよ。キルト語も話せて、その上、ゼクナ語も分かるそうです」
とさりげなく教えてくれた。
「そうなのか。へぇ凄い。……じゃあ、それにしてみるか。ラ=ヴィアは?」
「……んー……ミミミ……転ばないやつ? か、落とし物しないやつ、便利そう……主はどっちがいい?」
「んー……どっちも便利そうだけど。落とし物かな……いや転ばないのも……そうだな、転ばない方で。訓練棟の床、たまに滑るんだ」
「ミ!」
ラ=ヴィアが頷いた。
ラ=ヴィアはとても嬉しそうだ。……最近、構ってやれなかったので、ずいぶん拗ねていたのだ。
「よし、じゃあやってみよう」
「はい!」「ミ……」
ラ=ヴィアとナダ=エルタは集中して祝詞を唱え始めた。
そして――。
「できました!」
ナダ=エルタが言った。彼女の手の中には小さな六角形の、薄水色の結晶がある。
「え!? もうできたのか!?」
「み!?」
これにはプラグもラ=ヴィアも驚いた。ラ=ヴィアの方はと言うと、彼女の傍らに小さな光の粒が浮かんでいる状態だ。この粒は自由に出し入れできて、これを基本に祈りを続け、霊力を注いで、結晶を作っていくのだが――。
「ちょっと、見せてくれるか?」
「はい。これでいいんですか……?」
ナダ=エルタが結晶をプラグに渡した。確かに精霊結晶で、しっかりとした霊力を感じる。
「おお……! ちゃんと結晶だ。そうか君は得意なんだな」
「すごい……! おどろいた……! ナダ、才能あるヨ!」
プラグとラ=ヴィアに褒められて、ナダは耳まで真っ赤になった。
「あ、ありがとうございます……! あっさりできて吃驚しました」
「もしかしたら、精霊の性質かもな。氷を作るのが得意だから……。ラ=ヴィアは水鏡で形がないからちょっと苦手なのかも」
プラグの言葉にラ=ヴィアが項垂れ、申し訳無さそうな、しょんぼり顔をした。
「ラ=ヴィアも気にしないで、気長にやっていこう。時間がかかるのが普通だからな。そうだな……。ナダは……そうだな、明日は別の効果を作ってみよう。幾つか作って慣れたら、もう少し大きくする感じで」
プラグはラ=ヴィアとナダ=エルタの頭を撫でた。
「はい!」「ミ!」
ナダ=エルタとラ=ヴィアは返事をしてお互いに相談し始めたが、ラ=ヴィアは自信が無さそうだ。
「みー。……でも苦手……どうやるの? コツあるの?」
「えっとですね……集中? というよりはふわっと形にする感じ……?」
「ふわ……? もっとおしえて」
「えーと、……近かったのは、粉をふるう感じでしょうか? 固い感じじゃなかったかも……」
「ミ……!? そんな風なの?」
「ええ、そんな感じでした。霊力を細かくしてふるって、想像した形にふわっと乗せる感じで」
「なるほど、ミ……!」
ラ=ヴィアが再び祈り始めた。
プラグは苦笑する。
「ラ=ヴィア、お祈りは一日一回だぞ? 別の効果の物ならいいけど……」
「じゃあ、落とし物にする!」
ラ=ヴィアが言った。
「そうだな、焦らずゆっくり行こう」
プラグはよしよしと頭を撫でた。ラ=ヴィアが「ミ!」と言って、しっぽを振った。
するとアルスが。
「なんかプラグを見てると、精霊が犬か猫に見えてくるわ――そんな感じでいいの?」
と呟いた。アルスの傍らにはウルがいて、揃ってこちらを見ている。
「いいんじゃないか? 実際、可愛いし……」
プラグは答えた。
「そう……? ウルはどう思う? 私もああいう感じがいい? 頭なでなでして欲しい?」
「……いえ、ちょっと、恥ずかしいかも……」
ウルが苦笑する。
「精霊達ってプラグの事、皆大好きよね――たぶん、動物に好かれるタイプなのね」
アルスの言葉にプラグは少しどきりとしたが、結論にほっとした。
「そうかもしれない」
「そういう人って、似た雰囲気があるのねー。羨ましいわ」
アルスが誰かを思い描いているようだったので、プラグは聞いてみた。
「心当たりがあるのか?」
「ええ。プラグは何となく、お兄様に似てるのよね。ふわふわした感じが」
――アルスの兄と言えば、第一王子、タスクラデアだ。
彼は先週、焼けた執務棟の視察に来ていて、とてもお世話になった。
箝口令が敷かれているため言えないが、妖精の『ホタル』はすっかりゼラトに懐いている。
王子があの場を収めてくれなかったら、ホタルはプラグが自分でプレートに入れる事になっていただろうし、近衛とも遺恨が残ったかもしれない。
「王子殿下はそんな感じなのか?」
プラグは王子に会っていない事になっているので、知らない振りをした。
「ええ。癒やし系王子って評判なの。すごく優しくて、美形で、でも賢くて強くて、私の憧れなの。あんな風に生まれたかったわ」
「アルスも十分素敵だと思うけど。そっかー。会う機会は無さそうだけど、会ってみたいな」
「あら。でも精霊騎士になったら、叙勲式で会えるわよ。金髪で私と同じ目の色をしているからすぐ分かるわ。長い髪の先っぽを三つ編みにしていて、左右の目の下に泣きボクロがあるの。そう言えばシオウは? 結晶どうなの?」
シオウは先程から机に向かって本を読んでいたのだが、顔を上げた。
「イルが適当に作ったからもう出してきた」
「え。早い。いつの間に?」
アルスが言った。
「つか、お前等が遅いんだよ。まだだったのに驚いた。宿題が出たの、もう一ヶ月前じゃねえか?」
「う」
シオウの言葉にプラグは呻いた。アプリアに精霊結晶の説明を受けたのは確か、三倍訓練が始まった四月十一日。そこからもう一ヶ月が過ぎ、今日は五月十五日だ。
……プラグはどうやら日付の感覚が緩いらしい。授業もつい昨日受けた気分でいた。
授業を受けた日から、弱点克服の三倍訓練、三倍になった宿題で精一杯だったこともあるが、ホタルの件があって落ち込んだり、湖で溺れて死にかけたり、何もしていないのにアラークに殴られたりして、すっかり忘れていた。
そこでプラグは一瞬、愕然とした。
(あれ……最近、運が悪い……?)
休みの度になぜか事件に巻き込まれている。プラグは今度、礼拝に行こうかと考えた。
シオウが意地悪げに、にやりと微笑んだ。
「お前そんなのんびりだと、成績、下がるぞ。コレは別に評価対象じゃ無いらしいけどよ。俺は今、アプリアに言われて、改良の勉強してるところ――これも三倍の何かだけど、サッパリわかんねぇ。お前、分かるか? 結晶の構成変更? あと結晶からプレートを作るとか」
シオウに尋ねられて、プラグは口元に手を当てた。シオウはずいぶん難しい事を言われている。
「構成変更か。うーん……いきなりは難しいな。でも結晶からプレートを作るのは巫女でないとできないから、構成変更をやった方がいいな。これはイルの結晶だよな。ちょっと見せて貰って良いか」
シオウの机の上には黄緑色のハンカチが広げてあって、真珠大の結晶が五つ置いてある。
どれもきちんとした結晶で、全て形は違うが見た目は整っている。
「作ったのはイル?」
「ん、この一個だけコル」
一つだけ、形のいびつな物があって、水晶のような小さな結晶が三つくっついている。確かに霊力も違う。イルの物は橙色で、コルの物は真っ赤で、どちらも問題は無さそうだ。
「うん、凄くいい。どれも構成変更に使えると思う。本、見せて」
「ん」
プラグはシオウに教本を借りて、頁をめくって見た。
手順は全て書いてあるし、一応合っている物の……実際に手本が無ければ分かりにくいだろう。
「シオウはやったことないんだな?」
「さすがに無いな。結晶は実家でも一つ二つしかなかったし……」
その時、シオウは胸元に手を置いた。
「そうか、シオウならできるかも……この本の通りでいいんだけど、結晶と同調(シーラ)するのには、ちょっとコツがいる。まず『ラ・フィカセラム・レソ・リーシェル・セス(精霊結晶を解析します)』の祝詞で効果を読み取る、読み取れるようになるまでひたすら繰り返す。で、同調だけどこれは……この本の例よりも、巫女が使う、同調したいです、という意味の祝詞の方がいい『ラ・ア・ニール・アイラス・レソ・シーラ・フィカセラム(フィカセラムと私の意志を同調します)』アイラスは私の意志、教本だとイラス(意識)になってるけど、これだと弱いかな。結晶には意志がないから強い祝詞の方が上手く行くことがある――らしい。――で、自分の霊力と混ぜるのは『ゼ・ア・ニール・アロウ・ア・フィーラ・ペルラ・フィカセラム・アールセス(私はこの結晶と私の霊力を融合します)』このゼの命令形は霊力を使うけど、できれば効果はかなり高い。と言うかこの本、普通に専門書なんだけど……アプリアさんの本?」
プラグの言葉にシオウが頷いた。
「ん。何か、アプリアはそういうのにも詳しいんだってよ。困ったらラファに聞けとか言ってたけど、そもそも巫女の祝詞って、男にできるもんなのか? 変換(アルド)とか簡単な物ならって思うけど、男と女で、向き不向きがあるんじゃねえか?」
シオウの言葉に、プラグはしばらく考えた。
「うーん。確かに祝詞は女性の方が上手いけど、男性ができるかできないは、適性によるとしか。でも、男性の場合は祝詞ができても、紅玉鳥が従わないから……男性祭司は祝詞の研究者、管理者の方が多いはずだ」
男性には紅玉鳥は従わない、と言うのが通説だが、これは実は違っていて、男性でも『大祭司(ネフスティア)』以上になれば紅玉鳥は言う事を聞く。
この国では普通、男性がなれるのは『祭司』までなので、王子が『大祭司』の称号を持つのは珍しい。『男性で王族だからとりあえず大祭司にした』と言う可能性もあるが、実際にトゥーワを使っていたから相応の能力があるのだろう。
しかしこの国の大祭司(ネフスティア)と、クロスティアの大祭司(ネフスティア)との基準は違うはずなので、さすがに、王子が歌いながら水の上を歩き出す……なんて事はないはずだ。
プラグは続けた。
「普通は、巫女じゃない男性には難しいんだけど、シオウは火の精霊と相性がいいから、もしかしたら、火の精霊結晶なら同調ができるかもしれない。同調は相性があって、自分に合う物で無いと弾かれる。例えば、自分の精霊の結晶だと若干、やりやすい……らしい」
「その『相性』って何なんだ?」
「血筋か、気質かな。後は好み。気安めだけど、血筋の場合は相性が良いって言われる。先祖に火の精霊とか、風の精霊とかがいれば、その一族とは相性がいい。精霊の方で察して近づいてくる感じ?」
「それって、人が見て分かるもん? 俺、他の奴を見ても、何も感じないけど?」
「分かる人には分かる。例えば――ルネみたいに、精霊の血が濃い人の場合、見ただけで先祖を言い当てるとか。でもルネくらい鋭いのは珍しいと思う。力の強さはどこに出るか分からないらしいから、ルネは感覚に出たんだろうな……ちょっと大変そうかも。シオウは火の扱いが上手いから、もしできたら凄いな……って感じの課題かな」
シオウが火の精霊と相性が良いというのは、シオウがコル=ナーダの孫だからだ。
情報として上がっているかは不明だが、シオウが使うと、火のプレートは明らかに良く燃えるし、難しいはずの操作も上手い。アプリアもそれを察して、追加の課題を出したのだろう。単純に早くできたから、というのもありそうだが。
ちなみにプラグの『嘘』はどこにも属していない大精霊なので、プラグ自身がどの属性と相性が良いというのは無い。
今はたまたま、『ラ=ヴィア(鏡/水鏡)』、『ナダ=エルタ(水/削氷)』と一緒になっているだけなのだが、基本、水一族とは相性が良い気がする。この『相性』は性格が合う方の相性だ。
霊力調整については、個人の性格が反映されるので、細かい作業が苦手だと、扱いにくい属性もある。水や土は物質として出て来てくれるが、火や雷、風はふんわりしていて、扱う感覚が大分違う。慣れていればどれでも使えるので、問題は無いと言える。
シオウだって水を使えるが、水一族の場合、先にいるコル達と喧嘩が始まる……かもしれない。そう言う意味で、扱う属性が偏ることはある。
そこで我慢しろと言うか、じゃあそっちと交換しようか、となるかは騎士団によるのだろう。ここは気軽に交換していそうだ。
火で固めていると、水使いが来た時に少し不利になるし、雨の日対策が必要になるのだが、今はまだ候補生なので、プレート自体が少ない。これはそのうち、で十分だろう。
――シオウはどうやら自分の出自を知っているらしく、分かった顔で頷いた。
「ほお……なるほど……火限定なら、いけるかもってことか?」
「可能性はある。ただこれができたら、結晶書き換えの専門家として一生食べていけるくらいの難易度だな。……で、その次、同調ができたら、今度は書き換えを……」
「……ねえ、私も聞いていい?」
アルスが近づいて来た。プラグは頷いた。
「うん、アルスは聖女だからもしかしたらできるかも」
プラグは言った。
するとアルスが難しそうな顔をした。
「できるかしら……これ、お兄様がやってたのよ……。『アロウ』って単語に聞き覚えがあったわ。なんて意味だった? 融合?」
「混ぜ合わせるって言う意味かな。末尾のアールセスというのが、普通はディアセスでやるから、あまり使わないんだけど『開始』の意味で、ゼの命令形と合わせるともっと強いから、少し上手く行きやすくなるかな……。でも性質に合わないと、弾かれる場合があるから注意して。解析して同調した時点で、いけるかどうかは感覚で分かると思う。駄目だと思ったら絶対に無理は禁物だ」
――気が付いたら精霊達も皆集まって、プラグの話を聞いていた。
「無理に同調すると、精霊の意志に囚われてしまうから……結晶に意志はないけど、作った精霊の想いが強かったら、精霊の意に沿わない変更は命懸けになる。シオウもアルスもよく気を付けて」
二人が頷いた。
「――んで? 次は?」
シオウが続きを促した。
「次はここ。さらっと書いてあるけど、アロウまででも、普通はすごく難しいんだよな……」
プラグは本を見た。書物では手順と祝詞が書いてあって、説明もあるのだが実際は簡単にできる事では無い。
第一王子がアロウの所まで行き、実際に書き換えができるというなら、やはりかなりの力の持ち主だ。
結晶の書き換えができる巫女は、国に一人いたら良い方では無いだろうか……。
書き換えができる巫女は、間違い無く巫女長クラスだ。
ミリルにできるかは分からないが、もしアプリアができるというなら、騎士団は大助かりだろう。
「次は、変更の申請……この祝詞はこのままでいい『ゼ・ミーア・ドーゼス・フィカセラム・ラッカ・カ・ア・シス(この結晶は神なる私の創造物で分身です)』の申請が通ったら『ラ・ミーア・イー・ディズ・メ・誰々・フィーカ(作った状態に戻します)』で、誰々の所で自分の名前を言って、完了だ」
「ここまで来たら、もう後は、自分の書き換えたい効果をゼクナ語で言うだけになる。自分の一部になる感覚――……らしい。精霊結晶が持つ分の霊力を使って、好きな効果を付けられる。例えば、この火の結晶を利用して、温かい石の代わりにするとか。霊力分の効果なら、だいたい何でもできる。――こんな感じかな」
プラグが説明を終えると、シオウが「ほおぉ」と驚いた。
シオウは綺羅綺羅と輝かせている。
「お前すげぇな……! 実際にできるのか?」
「まさか。知ってるだけだよ。解析、同調くらいまではできる人も多いけど、書き換えはそれこそ、首都の巫女長か、大祭司(ネフスティア)クラスでないと」
するとアルスが眉を顰めた。
「――つまり『アメル』ならできるの?」
「えーっと……アメルもどうかな……そんなに使う場面も無いし……」
「ねえ、いつも思うんだけど、そういうのどこで勉強したの?」
アルスに言われて、プラグは少し焦った。
「えーっと、カルタで教会のお世話になっていたから。後は、伯爵がすごく博識で。色々教えて貰ったんだ」
「伯爵ね……まあ、そういうことにしておくわ。結晶の書き換えなんてできるのお兄様くらいだと思っていたけど……」
アルスはじっとプラグを見た。プラグは少したじろいでアルスの瞳を見返した。
長い睫毛に縁取られたすみれ色の瞳は、いつかプラグの嘘を全て見抜いてしまいそうだ。
「うん、そういうことにしておいてあげる。もし騎士になれなかったら、お城で祭司として雇ってあげるわ。お兄様はいつも忙しいのよ」
「アルスのお兄さんって、大祭司(ネフスティア)? 忙しいんだ?」
「ええ。お母様がミアルカの面倒を見ているから、代わりに祭典やお儀式の手伝いをしているわ。実は予言者で、後は、結晶の書き換えとか、すごく難しい事をやっているんだけど、私、ちっとも分からなくて……書き換えができたら、役に立てると思うんだけど……できるかしら……」
「どうだろう……修行を積めばできるかも、ってくらいだから……でも血縁ならもしかしたら、できるかな……? やってみたら……?」
「そうするわ。シオウも一緒にやりましょうよ」
「ん。そうだな。二人でやったほうが張り合いがある。どっちができるか競争な。まあ俺は聖女じゃないから、駄目かもしれんけど……」
「ほんと、できたらシオウも祭司になる?」
「うげ。柄じゃねぇ」
「――まあ、向き不向きがあるから、無理はせずに」
プラグの言葉にアルスが頷いた。
「わかったわ。反発があったらやめる、でいいのよね。お兄様も良く言っていたわ。でも上手いのよね……何でかしら?」
「たぶん、本人の性質かな。悪用しようと思ってやると、だいたい反発されるから。優しい心で頑張る感じ。コツとしては、精霊に頼んで初めから使いたい効果に近い物を作ってもらうとか。でもそれだと元々効果のある物を作ればいいから、別に書き換えする必要はなくなる」
シオウが首を傾げた。
「そういやそうだな。初めっから精霊に頼めばいいのか。じゃあ、書き換えの得ってなんだ?」
「悪用するか、後は便利にするかだな。構成変更を使うと、精霊が作る時よりも難しい効果を簡単に付けられる。例えば、この時間だけこうしてください、とか、この人だけに加護を与えて下さいとかかな……? 王家の秘宝とか、そう言う物があったと思うよ。王族しかはめられない指輪とか。あれは王の血筋だけ、って条件が付いてるんだと思う」
「あ! あの指輪! そうなのね。じゃあ聖女の冠も、もしかして……? そうやって作ったの?」
『聖女の冠』というのは聖女が戴く銀色の冠で、聖女の証となる。聖女で、しかも巡礼を終えた者以外には身に着けられないと言う。
「たぶんそう。でも精霊の涙はもっと書き換えが難しいから、よほど力のある人がやったのか、精霊がやったの――かなぁ? さすがに無いか。初代聖女様がやったのかもな」
プラグは首を傾げておいた。うっかり言いすぎる所だった。
「メディアル様ね、確かに、そうかも!」
プラグはどきどきしながら、話題を変える為、気になっていた事を尋ねる事にした。
「――あ、そうだアルス。お兄さんって、予言者なのか?」
するとアルスが、ああ、と言った。
「そうよ。あんまり知られていないけど……小さい頃から、ちょっと先の事を言い当てる不思議な力があったの。評議員とか、貴族の偉い人とか、王族、宰相は知ってるわ。だから王子だけど、祝詞を覚えて大祭司になったのよ」
「なるほど。珍しいなと思って……」
プラグは言った。
――この大陸には数百年に一人か、もっと少ないくらいで、先の事が分かる者が出現する。
人はそれを『予言者』と呼び、特別に崇拝していた。
聖女とはまた別の力だ。
「予言者って、確かに珍しいよな……本当にいるんだな。兄ちゃんすげぇな」
シオウが言った。
「ええ、本当に凄いのよ。でも、予言の力はあんまり当てにならないから、もし先に分かっても、民に公言はしないようにしてるの。嵐とか、疫病とか、厄災とか、全部分かる訳じゃないから」
「なるほど……それが賢明だな。当たらなかったら、批難されるだろうから」
「そうなのよ。分かったり分からなかったり、お兄様は、はっと『予言』が浮かぶって言っていたわ。……あ、そうそう! 実はね、一つ、予言が大当たりした話があるのよ! 聞いてくれる?」
アルスは目を輝かせて、シオウとプラグを見た。
「ずっと――誰かに話したかったの!」
「聞いて良いなら」
プラグは答えた。シオウも何かと聞く姿勢だ。
「あのね! 実はね、ここの隊長――リズさんを見つけたの、お兄様なのよ!」
アルスの言葉にプラグとシオウは『え』と声を揃えた。
「六年前、お兄様がふとお父様に――『陛下、今すぐ、西の果てまで旅して下さい。そこで、この国にとって、重要な女性と出会います』って言ったらしいの。それで、お父様がその通りにしたらリズ隊長がいたの! ちょうどその時、騎士団がまとまらないって悩んでいたから。彼女しかいないって、頼み込んで連れて来たんですって! 私は後で聞いたんだけど、凄いわよね!」
アルスの話にプラグとシオウは目を丸くした。
プラグは驚きすぎて言葉も無かったのだがシオウが先に口を開いた。
「嘘だろ!? そんなん!?」
「そうなのよ! 当時のお城は大騒ぎだったらしいわ。お父様がいきなり旅に出るって……しかも一年経って戻って来たら、若い女性を連れてたんだから。えっ、側室? って言われたけど、隊長さんなんだもの!」
プラグは、直近の王室の記録を思い出した。国が貴族に向けて発行している記録書だ。
「あ。何かの記録で、王様が突然、西に行ったっていうのは見た気がする。交友関係強化の外遊って書いてあったけど……そうだったんだな」
「そうなのよ。素敵よね……!」
アルスは微笑んでいる。
「あ。それだけど。そういや、西にもクロスティア騎士団がなかったか?」
シオウが言った。
「ん?」
「いや今思い出したけど、確か、その時の外交で通った国に、ざくざく作ったんじゃ無かったか? 今の王様がさ、通った国で王様や有望な騎士何人かに、宝石とかと一緒に騎士団の紋章を与えたとかそんなんで」
シオウの言葉にアルスが頷く。
「あー、そうなのよ、それ、旅の名目が無かったから……騎士団の団員だから、いつでも遊びに来ていい。って事にして……友好の証みたいな感じで。隊長がいたのは一番端の、旧ガート国で、中々、目的の人物が見つからないから冷や冷やしたって言っていたわ。男性で印象的な人は多いけど、女性って言われるといなくて。どこかの王女かどこかの王妃かって思っていたけど。最後は『予言だから』でほとんどの国を押し通ったらしいの」
「それは大変だったな」
プラグは言った。
「そうなのよ。でもお兄様が本物の予言者だっていうのは、お父様はよく分かっていたから。帰るに帰られなくて困ったらしいわ。諦めかけて遊びに出たときに、リズ隊長に会ったらしいの」
――確かにリズは『国王がどこかから連れて来た』とは聞いていた。
プラグはリズはどういう経緯でこの国に来たのか、と首を傾げていたが、思ったより壮大だった。
「それは隊長も吃驚しただろうな」
プラグは言った。
「本当にそうよね。いきなり遠くの王様が来て『うちの騎士団の団長になってくれ!』って言うんだから。ここでやることがあるからって断られて、何度も頼んでやっと来てくれたらしいの。今は西方がどうなってるか、私には分からないけど、騎士団から要請があったら救援に行くかもしれないわ」
アルスの言葉にプラグは頷いた。
西方のクロスティア――この話はカルタでサリーから聞いていた。
クロスティア騎士団に入れば、友好国なら通れるかもしれないと。
プラグが精霊騎士になろうと思ったきっかけだが、まさかリズが関わっていたとは。
「へぇ……そうなんだな。改めて考えると、クロスティア騎士団は結構な規模だ」
プラグの言葉にアルスが頷いた。
「ええ、お父様が通った、西の海岸沿い、一番近いフロスト公国、スコト王国、マドス王国、キッシュ王国、アロナ王国、ザントニア王国、後は今は無いけど、ガート国を入れて、七国と、中央のセラ、ヒュリス、ストラヴェル。後は、北のへルグ王国と北の小さな島国――ギービフ王国で、十二カ国かしら。名前だけ、って国も多いらしいけど、騎士団に加入すれば少なくとも中央の三国とは敵対しなくて済むから……でも、逆に狙われることもあるって聞くから、慎重になったり、脱退したりする事もあるのよ。五年前のへルグ王国みたいにディアティル帝国の傘下に入ったから、クロスティアはもうやめ、とかね。セラ国はへルグ王国を味方にしようと頑張っているらしいけど……あの辺りも不安定よね……」
ディアティル帝国はセラ国の数国上、北にある大帝国だ。
五年前、セラ国へ侵攻したのはディアティル帝国とへルグ国の連合軍だった。
侵攻の目的は領土拡大と言われているが、よく分かっていない。
「ディアティル帝国はもう十分広いのに何が欲しいんだろうな」
プラグは呟いた。
「そりゃお前、寒いからだろ。温かい所で暮らそうって言う」
シオウの言葉にアルスが頷いた。
「後は国内の不満を、外国にぶつけてるとか。あそこはまだ奴隷制度があるみたいだから。時代遅れよね。……あんまりそういうことを言うのは良くないけど……」
アルスは控え目に付け足した。
「なるほど。でもストラヴェルは上手く農奴を解放できたけど、実際にずっと制度が続いてたら難しいんだろうな……」
「ええ。農奴と奴隷はちょっと違うみたいだけど。一生、生まれたままで同じ身分で、仕事も結婚も制限されるなんて辛いわね」
「――さて、じゃあ俺は続きやるから。あんがとな」
シオウが言って、作業に戻った。
「じゃあ私もちょっとやろうかしら。効果変更は、昔やって難しくて諦めてたんだけど、プラグに言われるとできそうな気分になるわ」
アルスも微笑み、机に向かった。
「プラグは効果変更、やらないの?」
「うーん。付けたい効果もないし。もうナダの結晶を先に提出しようかな。一番良いのを選ぶんだっけ?」
シオウを見るとシオウが答えた。
「別に何でもいいみたいだったぜ。ただ複数できたら、最後に自分のを一つ残して全部渡せばいいって感じで。アプリアがいるからもう出して来るか?」
これは今日、夕飯の席で言われたのだが……今後、候補生の宿舎にはアプリア、コリント、リゼラ、クラリーナ、リゼラ、ミラ、エメリンなどが、交代で宿舎に泊まり込むという。
コリントとリゼラはほぼ常駐、アプリアも相談役として、任務の無い時は一階に泊まるという。
……相談役というか、お目付役だ。
アプリアとリゼラ、クラリーナ達がいて、男子も女子も話し掛けていた。
任務は良いのですかと聞かれていたが、隊舎までは、大した距離では無いのでこちらにいても問題ないと言っていた。
クラリーナ、アルジェナ、ミラ、エメリンの四人は女性隊士の師匠として、精霊の属性ごとに稽古を付けているので、近くにいた方が都合が良いのだと言う。それからの事は、やってみて決めるという適当さだ。
アプリアは一階の一号室を使い、リゼラと女性隊士達は、女子棟二階の空き部屋に、コリントは男子棟の空き部屋に入った。
アプリアが一階なのは男子も相談できるようにする為だ。
一号室は食堂のある廊下の向かいにあって、何かあったら相談しやすい。
一号室のサラ、トレラ、ショミラは二階に移動する事になったのだが、問題が起きるよりはいいと、特に不満もなく、皆に手伝われながら引っ越しにかかっていた。
「どうしようかな。夜だし……せっかくナダが初めて作った結晶だから、とっておこうか」
プラグは微笑んだ。
するとナダ=エルタが不安げな表情で「あの……」と言った。
「ちょっと、気になってる事があるんですけど、プラグさん、ラ=ヴィアさん、外でお話いいですか……?」
ナダ=エルタから言い出すのは珍しいので、プラグは頷いて外に出た。
廊下には誰もいなかったが、ナダ=エルタはできれば誰も居ないところで話したいと言った。
「じゃあ外に出るか、リーオの執務室――は、燃えたんだったな……」
プラグは思い出した。
先月、たき火をしたおかげで、執務室があった棟は綺麗さっぱり無くなっている。
「図書室かな。でもまだ誰か居そうだ……どんな話なんだ?」
階段を下りながら、プラグは触りだけ尋ねた。ナダは実体化したままだが、ラ=ヴィアは部屋を出る時に霊体になって浮いている。
すると、階段を下り終える前に、ナダ=エルタが霊体になって浮いた。
『――今気づきましたけど、霊体で話せば良かったんですね』
「あ。確かに」
プラグも気付いた。霊体になってしまえば、持ち主以外に声は聞こえない。ナダ=エルタはいつも実体化しているので失念していた。
『あの、えっとですね。私、そういえば、まだプラグさんの……精霊の姿を見た事がないなぁって』
ナダ=エルタの言葉にプラグは再び「あ」と声を出した。
「そう言えばそうだ」
『そうなんです。だから、本当に精霊なのかなぁ? どんな精霊なんだろうって気になっていたんです。見た目は普通に人間ですから……』
「確かに気になるよな。じゃあ、どこかの部屋で戻ろうか」
『え! 良いんですか!? そんな簡単に?』
「それ自体は普通に、いつでもできるんだけど場所がな……リーオの執務室は無いし……二階の空き部屋か?」
プラグが考えていると、足音と鼻歌が聞こえた。
「ん?」
「お?」
廊下を歩いてきたのはリズだった。リズはプラグを指差した。
「あ!」
「うわっ」
そしてあっと言う間にプラグは捕まってしまった。
「――よう、お前のおかげで、盛大な引っ越しができて良かったなぁ~!」
がっしり捕まったまま、ぐりぐりと肘鉄を食らう。
「それは俺のせいじゃないです、イタタ……」
プラグは上目遣いにリズを睨んだ。
「で、お前、何しに降りてきたんだ? また悪巧みか?」
「そういう貴方こそ。何しに来たんですか?」
「ん? アプリアの部屋で飲もうと思って。引越祝い」
リズは酒瓶を持っていた。
「そうなんですね。じゃあこれで」
「待て。で、何をしにどこへ行く気だ? 精霊連れて小便か?」
リズがナダ=エルタとラ=ヴィアの浮いている場所を見た。
霊体だが、気配でばれているらしい。
「違います……あの、リーオさんの執務室の代わりになる所ってどこかにないですか?」
「お前、燃やした口でよく言うな……。んー……二階の空き部屋か、教室は? 男子棟、まだ空いてるだろ?」
リズの言葉にプラグは首を振った。
「いえ、できれば密室が良いんですが」
その言葉にリズが、口の端を上げた。
「ははーん。つまり見られたら不味い事をする訳か? 女装か? ふふん……アメルなら歓迎だぜ。そうだ、アメルになって酒盛りすればいい!」
「いえ、そうじゃないです……」
するとリズが、今度はにやりと笑った。
「まあだったら、外出でいいぞ? 夜の鍛練とかか?」
「いえ、外はちょっと」
「あ! あーはいはい、わかった。そういうことな。ふーん……私にも見せろ! それが条件だ」
「……何の事です?」
リズは鋭い。鋭すぎるくらいだ。
女装でなければ、後は鍛練、それも違うなら――もしかして? という消去法で、あっと言う間にプラグの目的に気付いてしまった――らしい。
「お。当たったか? お前の姿、ナダは見たこと無いとかそんなだろ。だろうなと思ってたんだ。な、良いだろ? つか、燃やしたのお前だし……。一生払わせるぞ?」
「それは通りません。たき火をしたいと言ったのは隊長でしょう?」
「堅い事言うなよ~! やだやだやだ。見せてくれなきゃやだー! そうだアプリアとリーオも呼んで盛大に見せろよ!」
「だから大人数は無理ですって、貴方も……無理です」
プラグはそっぽを向いた。
「ちぇ。でも、あれマジでヤバかったからな? お前、私が更迭されたら自力で行けよ? 国王もカンカンに怒って、王子がとりなしてくれなかったらクビだったんだから」
確かにその可能性は……大いにあった。
「う。王子が……宝石を売って下さったとか……」
プラグは王子の優しげな笑みを思い出した。
――馬で颯爽と現れて、レイン・サルザットを諭してくれた時……後光が差して見えた。
「おう、話を聞いて珍しく爆笑してな。宝石も買い手が付いて、まあ良かったってなったが、七千万だからなぁ……。お前、ルネのカップと言い、借金が増えてくナァ? あ。妖精の件も聞いてる。お前なぁ……問題起こしすぎだろ! まだ三ヶ月だぞ? 嘘だろ? 正気か? 隠れる気あるか? 本っ当に、王子に感謝しろよ。あれから本っ当に色々あったんだ」
リズの言葉には実感がこもっている。
プラグは祈りの方向性を『不運の回避』では無く『王子の安寧』に変えようと思った。
ひたすら申し訳無ない。
「……もし会ったら感謝しておきます。そう言えばアルスが言っていたんですが、貴方がこの騎士団に入ったのは予言のせいだったんですね? 驚きました」
「あ゛あ゛あ゛あ゛! はい~! 敬語うざい! ここじゃ何だから、とりあえず移動しようぜ――えっと、おっ、そうだ大広間!! あそこなら誰もいないし、逆に良くないか?」
「その手には乗りませんよ……って、ああっ?」
リズはひょいとプラグを小脇に抱え――勝手に歩き出した。
「ギィ、悪いがアプリアに今日はプラグと寝るって伝えてくれ」
リズが虚空に向けてとんでもない事をのたまったのでプラグは焦った。ギナ=ミミムは『闇』の精霊で、今し方、実体化した。ギィというのは愛称だろう。
「わかった……」
ギナ=ミミムは以前見た時より、頭一つ背が高くなっている。回復しているように見えてほっとしたが、何かあったのだろうか?
「ギナ。駄目だぞ。ちゃんと後で行かせるから!」
「そういって、避けられたひと、いない……がんばって……」
ギナが手を振った。リズも手を振り返した。
「ヒッ」
「いやー、お前が悪事を働いたおかげで、ギィが目に見えて回復してな。お前の不始末は私の責任、私の悪事ってカウントされたんだな。それにはすっげーーー? 感謝してる。一蓮托生、十把一絡げ、お前と私は運命共同体! 死ぬ時は一緒だぜ! ってことで見せろ。見せるまで離さねぇぞ」
リズがこうなると、相当しつこいと言う事は、もう既に分かっている。
……あと数分、十秒でもずれていれば出会わなかったのに。見事に鉢合わせてしまった。
ナダが霊体のまま『すみません……!』と謝っている。
「真面目な話、もし何かあったら、精霊の姿を知っていないと庇えない。どうなんだ? 今と同じような見た目なのか?」
リズの言葉に、運ばれながらプラグは考えた。……体に見合わずリズは怪力で、プラグを難なく持ち上げている。
「どうだろう……俺は結構似ていると思いますから、見ればすぐ分かるのでは? 髪も目も同じ色ですし。髪が長いくらいで」
髪の長さは違うが、髪の色も、目の色も同じだから、同一だと勘ぐる人間は居そうだ。
「は? それって不味いんじゃねぇか? 正体バレバレだろ」
「うーん」
と、そこで大広間に着いてしまった。
大広間は暗く、がらんとしていたが、リズが「ル・フィーラ!」と唱えると一斉に灯りが点いた。灯りは壁にそって配置されていて、光量はさほどない。
ステンドグラスの上半分は見えなかったが、灯りより下がぼんやりと照らされ、幻想的だ。
ステンドグラスの正面、絨毯の中央にプラグは降ろされた。絨毯の回りには灯りが無いので、ここだけ暗い。
リズが階段に登って、執務机に座る。そちらには、淡い灯りが一つある。
「ナダとラ=ヴィアもいるか? せっかくだから出てこい」
リズが声をかけると、ナダ=エルタが「ごめんなさいいい……!」と言いながら実体化した。
ラ=ヴィアは呆れている。
「いや、俺の運が悪かった。どうして会うかな……呪いかな……はぁ。隊長、外に出て貰えませんか?」
「ハァ? 出るわけねぇだろ。ロレ、こいつに思い知らせてやるか?」
リズが口にした名前にプラグはぎょっとした。
「ロレがいるんですか?」
――『ロレ=ナーダ』は情火(じょうか)の精霊だ。
「おう。出てこいロレ!」
実体化したロレ=ナーダは、火一族だが青いドレスに身を包んでいる。長い髪は深い青。尖った耳と、人と同じ肌の色に、白い羽を持つ、美しい精霊だ。ただし双眸は、白目まで真っ赤だ。
「こいつの特性は知ってるよな? 殺傷能力は無いが、燃やした相手が私の事を好きになる。で、絶頂しまくる。どうだ、お返しに燃やしてやろうか?」
「遠慮します……!」
プラグは首を振った。リズは出会ったら恐いかも、という精霊ばかり持っている。
そう言えば、暗闇で物が見える『光彩』も今はキールが持っているが、リズの所有だった。
そして思案した。
リズと言えば一つ気になっている事がある。
最近、プラグの精霊としての力が、少しずつ、戻り始めているのだ。
こつこつ嘘を吐いているから、という理由では説明できない早さだった。
(おそらく、リズに戦争のことを話した辺りから……予言というのは俺も感知できない事だから、何か関係があるのか?)
リズが予言によって招請されたというのは予想外だった。
「貴方は王子の予言によってこの国に来たと聞きましたが……、その予言はどんな物でしたか?」
「ん? ああ……それか。えっとー別に、私が受けた訳じゃねぇぞ? 国王は『国王は西の果てまで旅をせよ、さすればそこに黒き闇がある。闇とは女性、この国に大いなる繁栄をもたらすだろう』だったかな。……だが、それには続きがある」
リズがにやついた。プラグは沈黙で、続きを促した。
「『闇は白き光と契約し、この世界を救うだろう』――だそうだ。どうだ、これ、そのまま、お前じゃねぇか? もう巫女と契約してるなら外れかもしれねぇが。いずれは、って事かもな」
リズの言葉にプラグは深く溜息を吐いた。
『白き光』――とは。プラグの、かつての名前が意味するところだ。
(つまり予言者は、やはり、別の神が用意した存在か……)
プラグは過去、予言者に出会ったことがある。それはこの地に降り立ってすぐだった。
「……俺は昔、予言者に会ったことがあります。この地に来てすぐの事で、その時は悪い予言をもらって、意味が分からず……その通りになりました。予言者は別の神が用意した、戦の手がかりなのかもしれません」
「おーそれな、予言者の言う事は絶対当たるって評判だからな。悪い予言とは運が無かったな――あ、この戦い、『大陸戦争』って呼び名はどうだ? 格好いいだろ! ――で、どうなんだ。見せるのか、見せないのか?」
プラグは息を吐いた。
リズに関してはもう諦めるしか無い。たとえ候補生になれなくても、どうせどこかで出会うだろう。まさに運命共同体だ。
「分かりました。見せましょう。契約はできませんが……貴方に会って、大陸戦争の事を話したら、急に、力が戻って来たんです。カド=ククナとしての役目を果たしている、と言う事なのかもしれません。少し眩しいですよ」
プラグは言って、姿を変えた。