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第14話 番外編 国王の憂鬱 -3/3- ②

ー/ー



■ ■ ■

――国王、プロノア・ゼ・キルト・ストラヴェルは、無理を言って、視察団の中に、メノムと一緒に紛れ込んでいた。
王子に反対されると思っていた国王は驚いたが。おかげで娘に会えた。
アルスはとても元気そうだった。まあ、元々心配などしていないが! こちらをうろんな目で見ていた気がするが、気のせいだ!

そして、案内役の少年……アルスと相部屋の、シオウ・ル・レガンの顔を初めて見たのだが、国王は思わず、ローブの下で二度見した。
――まあこれが、驚く程の美少年だったのだ。

長い黒髪を右側でひとつにまとめて、スカーフを巻いた独特の髪型だ。レガンでは身分によって髪を伸ばせる長さが決まっているので、これは領主の息子、と言う彼の地位を現している。目鼻立ちは美しく……野生的というのだろうか。吊り目で意志が強そうな感じがあるのだが、不思議と不快を抱かせない。余裕があると言うのだろうか? 長い睫毛から覗く瞳は鮮やかな青。髪型のせいもあるが、華やかさがあり、他の候補生達より若干背が高い。ものすごくモテそうな少年だった。

名乗り禁止はリズが決めた決まりだったが、彼は案内役と言うことで名乗ってくれた。
――もちろん、王子に向けてだが。
受け答えもはっきりしていて、何よりとても貫禄がある。十四とは思えない落ち着きだ。
立ち振る舞いもさわやかで、声は明るく、初夏を思わせる。まだ少年だが、好青年と言いたくなった。
彼の受け答えを聞いて周囲の男子が感心していた。
成績は話題に上らなかったが、おそらく上位にいるのだろう。さすがシオウ、と言う空気がある。一挙一動が注目を集めるというか、同性にも好かれるタイプらしい。国王から見ても格好いい。

リズが話を向けたため、話題は手持ち精霊の話になった。
国王は彼が『コル=ナーダ』の持ち主だと聞いて目を丸くした。
これはリズにこっそり耳打ちされたのだが。彼は『コル=ナーダが魔霊だった』ということも知っているのだと。
――つまり彼は、故郷を焼いた精霊の面倒を見ている事になる。
なんという器の大きさ。なんと壮大な男だろうと感動した。
国王は『なるほど、これはルルミリーに選ばれるはずだ』と納得した。
国王は、ルルミリーとは少し前に話ができて、礼を言うこともでき、友達契約を結んでいた。
途中、王子、シオウ、リズ達だけで話す事もできたのだが、シオウはできれば早く湖から解放したいと語っていた。
現在はアリアとルルミリー、その他、水の精霊が、交代で湖底を調査しているという。

元魔霊であるコル=ナーダと、伝説の精霊ルルミリー=エルタ。
火と水の相反する二体も、彼なら操る事ができるだろう。彼にはぜひ精霊騎士になって欲しい。

その後、国王は一行と共に楽しく視察をして、近くにいた候補生にたまに話し掛けて生活の様子を聞いた。
国王はこんな機会はもう無いと、もう一人の同室『プラグ・カルタ』という少年を見つけたかったのだが……。

名乗り禁止だし、誰も容姿を事前に教えてくれなかったので、誰がそれか、全く分からなかった。
候補生に突っ込んだ質問をしようとすると、側でメノムが咳払いをするのだ。
せめて目の色や髪の色くらいは知りたいのだが、リズはそれすら教えてくれないし、調べるのも禁止だと言われている。こっそり調べさせようとした事もあったが、リズが先回りしているのか、密偵達にも首を振られてしまうのだ。
しかも皆、妙に訳知り顔。リズはあからさまににやけている。全く、腹も立とうと言う物だ。
しかし、ここまで徹底するというのは、本当に一体どういうことか。

とりあえず、シオウはとてもいい少年で、確かに『真面目で大丈夫そう』だった。
なぜそう思ったのかというと、実は王子がこっそり『候補生の中に、好きな女の子はいますか?』とシオウに尋ねてくれたのだ。まあ、国王があちこち動くので呆れて……と言った様子だったが。王子も妹の事が少しは気になっているのだ、と思う事にした。
シオウは驚きながら『いえ、俺は世界で一番強い、最強の女性を嫁にするので。残念ながら、この中に嫁候補はいません。隊士でも物足りないんです』と答えていた。
意外な回答だったので、国王は驚いた。
そして心の中で、シオウに丸をつけた。それならシオウは問題ない。

「そうなんですか?」
シオウの返答には王子も驚き、笑顔を見せていた。
「はい。俺に勝てるくらいの、強い女性を探しています」
「――それは中々、大変そうだ。でも、貴方なら、どこかに運命の相手がきっといますよ。ぜひとも、そのまま突き進んで下さい」
「だと良いんですが……」
シオウが苦笑した。
そこでリズが「コイツより、おめーのが先じゃね? もうハタチだろ」と口を挟んだので、王子は苦笑した。
「僕は、多分その時が来たら、直感で分かると思います。美人だと嬉しいな」
王子の答えは、予言者……という感じで少しがっくりした。しかし、美人が好きと分かっただけで収穫だ。女性に興味があってよかった。
と言うか、王子の結婚よりも、リズの口調を矯正するのが先だが、国王はもう諦めている。

それにしてもプラグ・カルタは……シオウより隠されている。
余程問題があるのだろうか?
国王が『儂は国王でアルスの父だぞ、知る権利がある!』とローブの下で頰を膨らませていると。

「今日は全ての候補生がいるんですか?」
何気なく、王子がリズに尋ねた。
するとリズがそのはず――と言った後、ちょうど歩いていた候補生に尋ねた。
「おい、今日って、お前ら全員いるよな?」
「え。いえ? プラ……、あ、いや、あれ、えっとー、二人出かけています」
と薄紫髪の少年が口を滑らせた。
「ああ、そういうこともあるなー」
リズはそっぽを向いたのだが、国王は聞き逃さなかった。確かに『プラ』と言った。

一目で分かったが、彼は首都の巫女長ミリルの弟、フィニー・ラ・トリルだ。
特徴的な髪色、瞳の色はトリル侯爵が由来で間違い無い。可愛い顔は父親の面影が強い。
……貴族は親と似ているのでそれと分かる場合も多かった。
アラーク・ル・ヘッセなど、あの気むずかしそうな恐い顔は父親そっくりだ。
後はナージャ・ラ・タルクロン。彼女の清楚でありながら華やかな見た目は間違えようが無い。他にも数名、首都貴族の子供は見当が付いた。
首都以外でも、リルカ・ラ・ハーパーは、そばかすと地味な雰囲気で何となく分かった。

貴族でなくても噂に上がっている子供もいて、例えばレンツィという金髪を一つ結びにした美少年は、近衛が目を付けていたはずだ。
クロスティアの精霊騎士は上位五名の狭き門なので、大半の候補生があぶれる。しかし優秀な生徒が多いので、近衛は早い内から狙いを定め誘いをかける。近衛は貴族でなければなれないが、養子にすれば問題ない。
――つまり地元で噂になるような強い少年や、強くて顔立ちの良い少年は、近衛騎士団や領土騎士団に把握されているのだ。
レンツィもそれで、先に近衛が勧誘したのだが『精霊騎士になりたいので』と断られたと言う。
その場合、近衛はあっさり諦めて応援する。なぜなら、精霊騎士課程を乗り越えた子供は皆、例外なく、見違えるほど強くなるからだ。レンツィが上位五名に入れなかった場合は、再び勧誘されるだろう。

しかしプラグ・カルタについては、噂が無い。
カルタ本家は、代々、領民支援の一環として、領内の優秀な子供を養子にしていて、必要な教育を受けさせている。今の養子達は、長男は作曲家、次男は裁判官、三男は商人、四男は王城勤務――など各方面で活躍していて、皆、幼い頃から各分野で有名だったと言う。
プラグは噂になるほどではないか、騎士としては見た目が普通なのだろう。

「後の子は、どこへ出かけたのかな?」
国王がフィニーに直接尋ねると、フィニーは「えっと……」と言った後、リズを見た。
「ハァ。残り二人、どこ行ったんだって? 答えてやれ」
リズに言われて、フィニーは「山に行くって。遠乗りだそうです……」と小声で答えた。
この辺りで『山』と言えばよく知っている。狩猟用の山だ。

「そうか、折角だし、そちらも見に行くか、こちらは一段落しそうだし」
国王は呟き、勝手に歩き出した。
――視察は終わり、後は騎士団本舎でお茶でも飲みながら話し合い、と言う雰囲気になっていた。候補生のシオウも解放されている。
メノムと、近衛三名が仕方無く、と言った様子で国王についてきた。

そして国王はふらりと厩舎に立ち寄り、馬を見た。
「ふむ。中々良い馬だ」
「はぁ。どうも。視察の方ですか?」
「うむそうだ。今日は誰が出かけている?」
「今日ですか、プラグ君と、ゼラト君が出てますね」

(よしっ!)
国王は内心で快哉を上げ、ローブの中で拳を握った。
ようやく名前が出て来た。ここまで来たら、もう何が何でも見て帰る。
でなければ気になって眠れない。

「ほう。今どの辺りだろうか?」
「えーっと、そうだなぁ。まだ山にいるかな。お探しですか?」
「まあ、どちらでもいいが、いつ戻る?」
「今日は四時くらいには帰るって言ってましたから、池の側で待っていたら会えると思いますよ。いつも早めに戻って来ますから。ああ、ここで待っても良いですけど、ニオイがきついので、すみません」
確かに、厩舎は馬糞の匂いがする。慣れていないので少ししんどいし、護衛も馬小屋で待たせるのは忍びない。
「わかった。ところで二人はよく遠乗りするのか?」
「プラグ君は持ち馬があるので、良く来ますね。とても良い子ですよ。ゼラト君は初めてだったな」
厩務員は馬の手入れをしながら答えた。
「ほう。持ち馬があるとは。どのような良い子だ?」
「え? うーん。どのような……そうですねぇ。賢い子かな。ちょっと大人しい感じで」
賢いと聞いて、国王はアドニスを思い浮かべた。
彼を大人しくした感じだろうか? 何となく、黒髪、黒縁眼鏡で勉強好きの、引っ込み思案な少年を思い浮かべた。顔のイメージはフィニーだった。後ろ髪は短くて、前髪は真っ直ぐに切りそろえているのではないか。まあ妄想だが、プラグ・カルタという名前の響きからすると、そんな印象なのだ。
「なるほど」
「あ、彼の持って来た馬が凄く良くて。今留守なんですけど、ラ=ファータって言って、まだ三歳なんですけどね。あんなに賢い馬は見た事が無い。いや天才っているんですね。突然変異かな。あの馬の良い所は、まず、肩幅ですね。後はスネ、胸もいいし、首筋なんか震えが来ますよ。蹄も強くて綺麗だし、足も長くて、関節も柔らかくて、バネがある。太股も立派で、体質的に疲れが残らないみたいで、とても丈夫な馬です。尻尾も見事なんですよ。あ、毛並みも良くて、色は普通の鹿毛で牝馬なんですけど、顔がまた可愛くって! うちの馬たちはぞっこんで、特にチーカーはもう彼女に首ったけです。愛嬌もあって人懐っこくて」
厩務員は延々と馬のことを話し続けた。さすが厩務員、と唸るべきだが、それじゃない。
「そうか。うん、わかった。その馬も見てこよう。ではな」
「ああ、はいー」

国王は厩舎を出て、遊歩道へ向かった。この辺りはよく知っている……と言う程では無いが、近衛の兵士が知っていて、案内してくれた。
「ん? お主アレンか? こっちへ来たのか」
そこで気付いたのだが、護衛の一人は近衛騎士団団長のアレン・ル・フォーガスだった。
「はい。王子にはリズ隊長が付いていますので。お伴致します」
「ああ、まあそうだな」
リズとリーオがいてルネもいる。他にもクロスティアの騎士がうじゃうじゃ。頭がお祭りでも襲わないだろう。国王が刺客なら別の日にする。まあ油断は出来ないと言う事で、護衛がいるのだが。今回の黒マントは、建築家や大工以外は国王の隠れ蓑だ。

「殿下は何かあるかも、との口ぶりでしたから、注意を払います」
「ん? 左様か?」
「ええ、警戒しながら、観察しましょう」
……するとメノムが口を開いた。
「陛下。それならば、一目見たらすぐ帰りましょう」
「ふむ……そうだな。しばらく待つか」
「では、お水はいかがでしょうか」
「ふむ、そうだな。もう少し行ったところで待とう」

一行はしばらく歩き、遊歩道に入った。
すると、同じく待つ者達がいる。
「あれは近衛の候補生だな?」
「ええ、サルザット達ですね。そう言えば今日、出かけると申請がありました」
アレンが説明した。
「仲間を待っているのか?」
「どうでしょう……五名のはずなので、全員いると思いますが。後は近衛の誰かかもしれませんね」
「まだ来ないだろう。休憩にするか。メノム、水をくれ」
「はい、どうぞ」
「皆も休もう。木陰が気持ち良いぞ」
そして国王達は木陰に入って待っていた。
近衛の候補生は、交代で走っているようだったが、一人か二人はずっと別れ道で待っている。事情を聞こうかと思ったが、必要はないのでやめた。
「一応、視察の件は伝えています。時間が余ったら、近衛に来る可能性もあると」
アレンが言った。
「なるほど。良い判断だ。助かった。でなければ儂らは怪しい集団だからな。近衛の宿舎にもそのうち行きたい物だ。いつが空いている?」
国王はメノムに予定を確認した。
「来週以降なら、いつでも調整可能です」
メノムが答えた。
「アレンはどうだ? いつがいい?」
「……今は試験直後で、立て込んでいるので、もう少し先、できれば六月の方が助かります。引っ越しの準備で、里帰りしている候補生もいますから」
「ああ、そうか」
国王は頷いた。
そう言えば、近衛の採用試験は毎年この時期にあった。受かった場合は、騎士団宿舎への引っ越しが必要になる。大抵はすぐ故郷に帰り、親に報告する。
それ以外の候補生も、試験後に学年が上がり、部屋換えと休暇があるので避けた方が無難だ。
「採用試験か。今年はどうだ。三年生は受かったか?」
「今年は全員、落としました」
アレンが言った。
「ふむ……基準は聞いているが……少し厳しいのでは無いか?」
「いえ。三年では。実力はまだまだ足りません。やっとお稽古剣が抜けるところですし、受かる方が珍しいんです。四年、五年は若干受かりました。ただ、今、あそこにいる候補生は全て落ちていますね。あの候補生達は、ちょうど五年前の再編の影響を受けた世代なので……色々変わりすぎて戸惑っている様子です」
アレンの言葉に国王は深く頷いた。
「なるほど。再編と同時に厳しくしたのだったな……」

五年前、リズが隊長に就任した際、大規模な人員整理が行われて、クロスティア騎士団の騎士達は六十名ほどの精鋭を残し、ほとんど近衛、または隠密に移動した。
その後、リズは近衛の採用基準にも『緩すぎ弱すぎ』と文句を付け、殴り込みをかけた。
彼女一人に近衛はほぼ全員倒されて、規律は見直し、採用基準は変更を余儀なくされた。
最初の一年は毎日喧嘩だったという。
……元から近衛にいた者と新しく入った者の、いざこざやもめ事は日常茶飯事……。
最終的に序列制を導入してなんとかまとまった。あまりに酷いので国王が王命でとりあえず戦わせて、強い順を決めて無理矢理納得させたのだ。
ちなみにアレンは一位を取ったので、こうして団長に就任している。

彼は、見た目は二十代後半に見えるが、実際は五十二歳。精霊の血が混じっているせいで、エアリ公爵と良い勝負ができ、リズにも何とか引き分けた。彼がいたため近衛騎士団はギリギリ面目を保ったのだ。
ぱっと見は普通だが、才能に恵まれすぎていて貴族からは『近衛の宝』と言われている。
……公爵に気に入られてよく手合わせをしているが、色々、苦労しているらしい。

古株で経験も豊富なのだが、彼の強さは精霊由来の物だし、見た目が若く威厳も無いと言う理由で今まで団長には遠かった。
ちなみに……アレンの家は今でこそ侯爵家だが、元は伯爵家だった。それが一番の理由だ。
後は……顔。
アレンは決して不細工では無いし、顔立ちは平均より整っているのだが、ルネに比べると地味だ。さすがにルネは規格外だから、比べる対象が間違っていると思うが……リズも若い美女――当時は美少女――だったので、近衛はそこだけはしっかり影響を受けたらしい。

クロスティア騎士団は男女問わず採用していて、美形や美女、女性事務員も多い。
一方の近衛は全員男で、歴代の近衛騎士を見ても、女性騎士は数えるほどしかいない。
――本音を言えば、奴等も美人の隊長や、美少女団員が欲しいのだ。
しかし男性優位の血統主義が邪魔をする。
女性の場合は、強ければ平民出身でも養子にすれば……とはいかない。
容姿以上に品格が求められるのだ。
その点で、ナージャ・ラ・タルクロンはものすごく狙われている。タルクロンは男爵だが、評議員常連の名家なので、是非に、と言う声が多い。
実際、彼女は強いらしい。
……成績は秘密にされているが、近衛経由でこの位は聞こえてくる。

それはさておき、昔から『近衛は顔が良くないと駄目』という風潮があり、他国ほどではないが『容姿端麗』が候補生の条件になっている。
アレンを副団長にして、団長はいっそ若い美形を、と推す声が多かった。
強さよりも家柄、見た目重視。……そのくらい以前は古い組織だったのだ。

皆がアレンに文句を付けまくるので、国王は怒ってアレンの身分を上げた。
最初は公爵にすると言ったのだが、さすがにそれは止められた。
その後は一応、皆が納得してくれた。
ただやはり地味、と言うのが引っかかっていて、今度は実年齢を理由にして、早く次の団長を、と言う勝手な声もあるらしい。ストラヴェルには面食いが多いのだ。
序列制は一年目だけで、団長が決まった二年目からは元通りの堅実運営になっているが……他国にばれたら笑われる。

そのいざこざの影響を受けたのが、あちらにいる候補生達で――可愛そうと言う他ない。
採用基準も厳しくなって、さすがにクロスティア騎士団のように上位五名ではないが、基準に満たなければ近衛になれない。
以前は見た目が良くて、十八歳までのどこかで三年在籍すれば、自然に近衛になれたのだが……その分、質にはばらつきがあった。

「今は、制限を二十歳までに引き上げたので、皆、十八歳辺りで受かります。あの子達も、来年か再来年には……と思いますが……はぁ……」
アレンが溜息を吐いた。
「何か憂慮でも?」
「やはりサルザット家の子供は、気性が荒くて。そのままではとても合格させられません。いざ仕事となれば、重宝はするのですが……他の候補生も、実力不足もありますが、皆、人格審査で落ちています。大人のいざこざのせいで、余計、貴族意識が高くなったようです。貴族でなければ認めない、と言うほどで。元クロスティア隊士の言う事を聞かなかったり……平民に威張ったり……後輩に命令したり……荒れていますね……」
「ふぅむ……」
「いっそクロスティアとの合同演習も良いかと思いますが、以前、それで自信を無くした候補生が大勢いて思案中です。あ、失礼致しました、こんな話を……騎士団で解決すべき問題ですね」
アレンが恐縮する。
「いや、良い。だが、もめた分、近衛の質はかなり良くなっている。見違えるほどだ。クロスティアとも連携できるし驚いている」
国王の言葉に、アレンが深く頷いた。
「はい。それは私も日々、実感しています。ですからあの子達も、もう少し丸くなってくれると助かるのですが。……気長に育てていきます」
よほど手を焼いているようだ。国王は苦笑した。

「ああ、ところで、近衛は『プラグ・カルタ』と言う候補生について何か知っているか? 皆が内緒にしていて、教えてくれんのだ。全く」
すると微妙な間があり、アレンと近衛二人が黙り込んだ。
国王は瞬きをした。
「なんだ、荒くれ者か?」
三人は顔を見合わせて「え? まさか、ご存じないのですか?」と言った。
国王はいよいよ儂だけか、と思って「知るわけ無いから、見に来たのだ!」と言った。
言うか迷ったが、国王は言う事にした。
「実は、そやつが、娘と同室なのだ」
「ええっッ!?」
――国王は、シオウ、プラグが王女と同室にされている、と言う現状を打ち明けた。
「忌ま忌ましいリズが言い出して、王女が了承した。シオウの方は、今日見て大丈夫だと思った。だがプラグの方は、皆、何故か隠す。儂は、王女が心配で夜も眠れん!」

すると代表してアレンが口を開いた。
「……それは……リズ隊長のご判断は、正しいかも……しれませんね……部屋の変更はできないのですか?」
「リズも王女も頑固でな……そんなに問題があるのか? ああ、この事は他言無用。口外したら処刑だ。――せめて彼の見た目だけでも知りたい」
アレンは戸惑った様子で、メノムを見た。
「……メノム様? お話ししても、よろしいのですか?」
「そうですね、どうせ、そろそろ来ます」
メノムが若干投げやりに言った。
「全く、お主が言えばこんな手間を掛けずに済んだのだ。で、どうなんだ。アレン、何故おぬしらが知っている?」
「……知っているというか……たまに遠乗りに来るので、近衛の間で噂になりました。持ち馬が立派だったのもあるんですが、その、見た目がですね、とても良くて。シオウ君と並んで、街でも噂になっていて……」
「なんだと?」

「あ、近づいて来ます」
メノムが木陰から望遠鏡で見て言った。メノムは本当に用意の良い男だった。
「――しかも、成績も……」
「貸せ――いや実際に見る!」
アレンの言葉を無視して、国王は立ち上がった。
「見たらすぐ、お戻り下さい。前を行っている『銀髪』の少年です」
メノムが言った。メノムには国王を敬う、と言う言葉を教えたい。
「銀髪?」
国王は瞬きをしながら、遊歩道に出た。
確かに、近衛訓練生の向こうに馬が二頭。馬上に訓練着を着た候補生がいる。
一瞬、目が眩んで視界がぼやけたので、しばらく目を慣らす。

――そして固まった。
確かに銀髪だ。だが。これは全く聞いていない。
後ろの金髪の少年も、相当な美少年だったが、プラグ・カルタは彼を上回る美少年だった。
遠目でも分かるとんでもない美貌。光り輝くというのは彼の為にあるのだろう。さらりとした短い髪が風に揺れ、優しい微笑みが眩しすぎる。どこかの貴族、王族と言われても納得する。線は細く姿勢は正しく、凛としていて、爽やかで、ほんの少し悪戯っぽい感じもする……。
美少年はやがて近衛の候補生と出会い、馬から下りて、穏やかな挨拶を交わし、微笑み、こちらに歩いてくる。

国王達に気付いて、プラグは一瞬、目を向けた。
瞳は琥珀色。光が当たって透き通り、金色に見えた。
その目で魂を奪おうと言うのだろうか。睫毛まで美しい。
国王はしばらく固まって、見つめていた。今日出会った少年達の中で、一番の美形だ。

「メノム?」
「戻りましょう。お静かに」

国王は手を引かれ、速やかに、林の奥に運ばれた。
アレンが説明する。
「あれがプラグ・カルタ君です。今の所、彼が主席だそうです。そして二位がシオウ君。今年はこの二人が飛び抜けているようで。……つまり、一番優秀な二人が、王女殿下と同室、と言う事です」
お気の毒に、とでも言いたげな様子だった。
「何だそれはーーーっ!」
国王の叫びは、メノムに塞がれ、かき消えた。

■ ■ ■

国王は騒いだ後、がっくりと、地面に膝を突いた。

プラグ・カルタ……馬小屋の王子様……。まさに意味通りの少年だったのだ。
あんな瞬き一つで女性を殺せそうな美少年が、王女と同室……毎日同室……。
プラグが微笑んで『俺と駆け落ちしてください』と言ったら……。男も女も骨抜きだ。
シオウにしても……あんな爽やか好青年、と言いたくなる美少年が、王女と同室……毎晩同室……。……毎晩……同室……。

「! ……何か、もめているようです」
メノムが木の陰から見て言った。
国王はしっかり落ち込んでいたが、顔を上げた。

アレンが、不味い、と言った。
「馬の貸し借りか……? 少し近づいて、みますか?」
「ですが、出るべきでは無いでしょう」
メノムが釘を刺す。
「いえ、あの子は、ちょっと気が荒いので、いざとなったら止めに――」
アレンが言い終わる前に「ホタル!」と言う叫び声が聞こえた。

国王ははっとして駆け出そうとしたが、近衛二人に止められた。
「周囲を確認します!」
「陛下、動かず、お静かに!」

「……!」
アレンが素早く移動し、メノムから取り上げた望遠鏡で様子を窺う。
アレンはすぐ戻って来た。頭を抱えている。
「不味いです、最悪だ……! 出てきます!」
「駄目です!」
それをメノムがしがみついて止めた。

「そのうち、王子殿下がいらっしゃいます。ここは、見守りましょう!」
メノムが言った。
国王は頷き、何があったのだろうと、一人、路の側まで出ようとした。
アレンが国王の隣についていて、「こちらに」と言うアレンの指示で二人は森の中を移動した。風下にちょうど背の低い茂みがあり、木もあるので隠れて見られた。
位置としては近衛候補生達の少し後ろ。普段なら気付かれそうな距離だが、候補生は全て背を向けて、地面を見ている――。その先には。祝詞を唱えるプラグがいた。

■ ■ ■

全てを見届けて、国王は王子と共に帰路についた。

その間。一言も発せずに黙り込んでいた。
偶然目撃してしまった不祥事に、アレンと近衛二人は意気消沈していたが、気遣う事はできなかった。メノムも黙っていた。

護衛達と別れた後、国王は自室には戻らず謁見の間に戻った。
慣れとは恐ろしい物で……足が勝手に動いたのだ。

国王が見た時、既に妖精は死んでいた。
プラグ・カルタは祝詞を唱えていたが。そして魂を引き戻してしまったが、国王はそれがどれだけ難しい事か知っている。その後の祝詞も分かったのは触りだけだが……大祭司が使う祝詞だ。
皆が言っていた『今年は優秀』の意味が初めて分かった。

それ以上に、泣きながら必死に祈る姿が、なぜか国王に感銘を与えた。

「宰相、メノムよ」
「……はい」
「プラグ・カルタの経歴を洗え。周囲の評判も含め、養子になる前の出来事も全て。巫女の妹についても調べろ」
するとメノムは。
「それはできません」
と言った。予想できた事なので、国王は溜息を吐いた。
「全くお主は。言う事を聞け」
「あの少年は駄目です。まだシオウ・ル・レガンの方がましです」
メノムの言いたい事は分かった。
プラグ・カルタは捨て子で平民だ。出自の正しい、シオウやアドニスとは比べられない。
それでも……もし……。万が一があったら。あり得たら?

「それにあの謙虚さでは、断るでしょうし。何より彼の未来が潰れます」
メノムが呟いた。

万が一の時、二人が進むのは、茨の道どころではない。
多大な犠牲を払っても。叶うとは思えない。

国王は溜息を吐いた。

「……言ってみただけだ」

だが――残念なことに、娘の好みは親が一番よく知っている。
国王は何がアルスにとって最善か。そんな事を考えた。

〈おわり〉


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長い黒髪を右側でひとつにまとめて、スカーフを巻いた独特の髪型だ。レガンでは身分によって髪を伸ばせる長さが決まっているので、これは領主の息子、と言う彼の地位を現している。目鼻立ちは美しく……野生的というのだろうか。吊り目で意志が強そうな感じがあるのだが、不思議と不快を抱かせない。余裕があると言うのだろうか? 長い睫毛から覗く瞳は鮮やかな青。髪型のせいもあるが、華やかさがあり、他の候補生達より若干背が高い。ものすごくモテそうな少年だった。
名乗り禁止はリズが決めた決まりだったが、彼は案内役と言うことで名乗ってくれた。
――もちろん、王子に向けてだが。
受け答えもはっきりしていて、何よりとても貫禄がある。十四とは思えない落ち着きだ。
立ち振る舞いもさわやかで、声は明るく、初夏を思わせる。まだ少年だが、好青年と言いたくなった。
彼の受け答えを聞いて周囲の男子が感心していた。
成績は話題に上らなかったが、おそらく上位にいるのだろう。さすがシオウ、と言う空気がある。一挙一動が注目を集めるというか、同性にも好かれるタイプらしい。国王から見ても格好いい。
リズが話を向けたため、話題は手持ち精霊の話になった。
国王は彼が『コル=ナーダ』の持ち主だと聞いて目を丸くした。
これはリズにこっそり耳打ちされたのだが。彼は『コル=ナーダが魔霊だった』ということも知っているのだと。
――つまり彼は、故郷を焼いた精霊の面倒を見ている事になる。
なんという器の大きさ。なんと壮大な男だろうと感動した。
国王は『なるほど、これはルルミリーに選ばれるはずだ』と納得した。
国王は、ルルミリーとは少し前に話ができて、礼を言うこともでき、友達契約を結んでいた。
途中、王子、シオウ、リズ達だけで話す事もできたのだが、シオウはできれば早く湖から解放したいと語っていた。
現在はアリアとルルミリー、その他、水の精霊が、交代で湖底を調査しているという。
元魔霊であるコル=ナーダと、伝説の精霊ルルミリー=エルタ。
火と水の相反する二体も、彼なら操る事ができるだろう。彼にはぜひ精霊騎士になって欲しい。
その後、国王は一行と共に楽しく視察をして、近くにいた候補生にたまに話し掛けて生活の様子を聞いた。
国王はこんな機会はもう無いと、もう一人の同室『プラグ・カルタ』という少年を見つけたかったのだが……。
名乗り禁止だし、誰も容姿を事前に教えてくれなかったので、誰がそれか、全く分からなかった。
候補生に突っ込んだ質問をしようとすると、側でメノムが咳払いをするのだ。
せめて目の色や髪の色くらいは知りたいのだが、リズはそれすら教えてくれないし、調べるのも禁止だと言われている。こっそり調べさせようとした事もあったが、リズが先回りしているのか、密偵達にも首を振られてしまうのだ。
しかも皆、妙に訳知り顔。リズはあからさまににやけている。全く、腹も立とうと言う物だ。
しかし、ここまで徹底するというのは、本当に一体どういうことか。
とりあえず、シオウはとてもいい少年で、確かに『真面目で大丈夫そう』だった。
なぜそう思ったのかというと、実は王子がこっそり『候補生の中に、好きな女の子はいますか?』とシオウに尋ねてくれたのだ。まあ、国王があちこち動くので呆れて……と言った様子だったが。王子も妹の事が少しは気になっているのだ、と思う事にした。
シオウは驚きながら『いえ、俺は世界で一番強い、最強の女性を嫁にするので。残念ながら、この中に嫁候補はいません。隊士でも物足りないんです』と答えていた。
意外な回答だったので、国王は驚いた。
そして心の中で、シオウに丸をつけた。それならシオウは問題ない。
「そうなんですか?」
シオウの返答には王子も驚き、笑顔を見せていた。
「はい。俺に勝てるくらいの、強い女性を探しています」
「――それは中々、大変そうだ。でも、貴方なら、どこかに運命の相手がきっといますよ。ぜひとも、そのまま突き進んで下さい」
「だと良いんですが……」
シオウが苦笑した。
そこでリズが「コイツより、おめーのが先じゃね? もうハタチだろ」と口を挟んだので、王子は苦笑した。
「僕は、多分その時が来たら、直感で分かると思います。美人だと嬉しいな」
王子の答えは、予言者……という感じで少しがっくりした。しかし、美人が好きと分かっただけで収穫だ。女性に興味があってよかった。
と言うか、王子の結婚よりも、リズの口調を矯正するのが先だが、国王はもう諦めている。
それにしてもプラグ・カルタは……シオウより隠されている。
余程問題があるのだろうか?
国王が『儂は国王でアルスの父だぞ、知る権利がある!』とローブの下で頰を膨らませていると。
「今日は全ての候補生がいるんですか?」
何気なく、王子がリズに尋ねた。
するとリズがそのはず――と言った後、ちょうど歩いていた候補生に尋ねた。
「おい、今日って、お前ら全員いるよな?」
「え。いえ? プラ……、あ、いや、あれ、えっとー、二人出かけています」
と薄紫髪の少年が口を滑らせた。
「ああ、そういうこともあるなー」
リズはそっぽを向いたのだが、国王は聞き逃さなかった。確かに『プラ』と言った。
一目で分かったが、彼は首都の巫女長ミリルの弟、フィニー・ラ・トリルだ。
特徴的な髪色、瞳の色はトリル侯爵が由来で間違い無い。可愛い顔は父親の面影が強い。
……貴族は親と似ているのでそれと分かる場合も多かった。
アラーク・ル・ヘッセなど、あの気むずかしそうな恐い顔は父親そっくりだ。
後はナージャ・ラ・タルクロン。彼女の清楚でありながら華やかな見た目は間違えようが無い。他にも数名、首都貴族の子供は見当が付いた。
首都以外でも、リルカ・ラ・ハーパーは、そばかすと地味な雰囲気で何となく分かった。
貴族でなくても噂に上がっている子供もいて、例えばレンツィという金髪を一つ結びにした美少年は、近衛が目を付けていたはずだ。
クロスティアの精霊騎士は上位五名の狭き門なので、大半の候補生があぶれる。しかし優秀な生徒が多いので、近衛は早い内から狙いを定め誘いをかける。近衛は貴族でなければなれないが、養子にすれば問題ない。
――つまり地元で噂になるような強い少年や、強くて顔立ちの良い少年は、近衛騎士団や領土騎士団に把握されているのだ。
レンツィもそれで、先に近衛が勧誘したのだが『精霊騎士になりたいので』と断られたと言う。
その場合、近衛はあっさり諦めて応援する。なぜなら、精霊騎士課程を乗り越えた子供は皆、例外なく、見違えるほど強くなるからだ。レンツィが上位五名に入れなかった場合は、再び勧誘されるだろう。
しかしプラグ・カルタについては、噂が無い。
カルタ本家は、代々、領民支援の一環として、領内の優秀な子供を養子にしていて、必要な教育を受けさせている。今の養子達は、長男は作曲家、次男は裁判官、三男は商人、四男は王城勤務――など各方面で活躍していて、皆、幼い頃から各分野で有名だったと言う。
プラグは噂になるほどではないか、騎士としては見た目が普通なのだろう。
「後の子は、どこへ出かけたのかな?」
国王がフィニーに直接尋ねると、フィニーは「えっと……」と言った後、リズを見た。
「ハァ。残り二人、どこ行ったんだって? 答えてやれ」
リズに言われて、フィニーは「山に行くって。遠乗りだそうです……」と小声で答えた。
この辺りで『山』と言えばよく知っている。狩猟用の山だ。
「そうか、折角だし、そちらも見に行くか、こちらは一段落しそうだし」
国王は呟き、勝手に歩き出した。
――視察は終わり、後は騎士団本舎でお茶でも飲みながら話し合い、と言う雰囲気になっていた。候補生のシオウも解放されている。
メノムと、近衛三名が仕方無く、と言った様子で国王についてきた。
そして国王はふらりと厩舎に立ち寄り、馬を見た。
「ふむ。中々良い馬だ」
「はぁ。どうも。視察の方ですか?」
「うむそうだ。今日は誰が出かけている?」
「今日ですか、プラグ君と、ゼラト君が出てますね」
(よしっ!)
国王は内心で快哉を上げ、ローブの中で拳を握った。
ようやく名前が出て来た。ここまで来たら、もう何が何でも見て帰る。
でなければ気になって眠れない。
「ほう。今どの辺りだろうか?」
「えーっと、そうだなぁ。まだ山にいるかな。お探しですか?」
「まあ、どちらでもいいが、いつ戻る?」
「今日は四時くらいには帰るって言ってましたから、池の側で待っていたら会えると思いますよ。いつも早めに戻って来ますから。ああ、ここで待っても良いですけど、ニオイがきついので、すみません」
確かに、厩舎は馬糞の匂いがする。慣れていないので少ししんどいし、護衛も馬小屋で待たせるのは忍びない。
「わかった。ところで二人はよく遠乗りするのか?」
「プラグ君は持ち馬があるので、良く来ますね。とても良い子ですよ。ゼラト君は初めてだったな」
厩務員は馬の手入れをしながら答えた。
「ほう。持ち馬があるとは。どのような良い子だ?」
「え? うーん。どのような……そうですねぇ。賢い子かな。ちょっと大人しい感じで」
賢いと聞いて、国王はアドニスを思い浮かべた。
彼を大人しくした感じだろうか? 何となく、黒髪、黒縁眼鏡で勉強好きの、引っ込み思案な少年を思い浮かべた。顔のイメージはフィニーだった。後ろ髪は短くて、前髪は真っ直ぐに切りそろえているのではないか。まあ妄想だが、プラグ・カルタという名前の響きからすると、そんな印象なのだ。
「なるほど」
「あ、彼の持って来た馬が凄く良くて。今留守なんですけど、ラ=ファータって言って、まだ三歳なんですけどね。あんなに賢い馬は見た事が無い。いや天才っているんですね。突然変異かな。あの馬の良い所は、まず、肩幅ですね。後はスネ、胸もいいし、首筋なんか震えが来ますよ。蹄も強くて綺麗だし、足も長くて、関節も柔らかくて、バネがある。太股も立派で、体質的に疲れが残らないみたいで、とても丈夫な馬です。尻尾も見事なんですよ。あ、毛並みも良くて、色は普通の鹿毛で牝馬なんですけど、顔がまた可愛くって! うちの馬たちはぞっこんで、特にチーカーはもう彼女に首ったけです。愛嬌もあって人懐っこくて」
厩務員は延々と馬のことを話し続けた。さすが厩務員、と唸るべきだが、それじゃない。
「そうか。うん、わかった。その馬も見てこよう。ではな」
「ああ、はいー」
国王は厩舎を出て、遊歩道へ向かった。この辺りはよく知っている……と言う程では無いが、近衛の兵士が知っていて、案内してくれた。
「ん? お主アレンか? こっちへ来たのか」
そこで気付いたのだが、護衛の一人は近衛騎士団団長のアレン・ル・フォーガスだった。
「はい。王子にはリズ隊長が付いていますので。お伴致します」
「ああ、まあそうだな」
リズとリーオがいてルネもいる。他にもクロスティアの騎士がうじゃうじゃ。頭がお祭りでも襲わないだろう。国王が刺客なら別の日にする。まあ油断は出来ないと言う事で、護衛がいるのだが。今回の黒マントは、建築家や大工以外は国王の隠れ蓑だ。
「殿下は何かあるかも、との口ぶりでしたから、注意を払います」
「ん? 左様か?」
「ええ、警戒しながら、観察しましょう」
……するとメノムが口を開いた。
「陛下。それならば、一目見たらすぐ帰りましょう」
「ふむ……そうだな。しばらく待つか」
「では、お水はいかがでしょうか」
「ふむ、そうだな。もう少し行ったところで待とう」
一行はしばらく歩き、遊歩道に入った。
すると、同じく待つ者達がいる。
「あれは近衛の候補生だな?」
「ええ、サルザット達ですね。そう言えば今日、出かけると申請がありました」
アレンが説明した。
「仲間を待っているのか?」
「どうでしょう……五名のはずなので、全員いると思いますが。後は近衛の誰かかもしれませんね」
「まだ来ないだろう。休憩にするか。メノム、水をくれ」
「はい、どうぞ」
「皆も休もう。木陰が気持ち良いぞ」
そして国王達は木陰に入って待っていた。
近衛の候補生は、交代で走っているようだったが、一人か二人はずっと別れ道で待っている。事情を聞こうかと思ったが、必要はないのでやめた。
「一応、視察の件は伝えています。時間が余ったら、近衛に来る可能性もあると」
アレンが言った。
「なるほど。良い判断だ。助かった。でなければ儂らは怪しい集団だからな。近衛の宿舎にもそのうち行きたい物だ。いつが空いている?」
国王はメノムに予定を確認した。
「来週以降なら、いつでも調整可能です」
メノムが答えた。
「アレンはどうだ? いつがいい?」
「……今は試験直後で、立て込んでいるので、もう少し先、できれば六月の方が助かります。引っ越しの準備で、里帰りしている候補生もいますから」
「ああ、そうか」
国王は頷いた。
そう言えば、近衛の採用試験は毎年この時期にあった。受かった場合は、騎士団宿舎への引っ越しが必要になる。大抵はすぐ故郷に帰り、親に報告する。
それ以外の候補生も、試験後に学年が上がり、部屋換えと休暇があるので避けた方が無難だ。
「採用試験か。今年はどうだ。三年生は受かったか?」
「今年は全員、落としました」
アレンが言った。
「ふむ……基準は聞いているが……少し厳しいのでは無いか?」
「いえ。三年では。実力はまだまだ足りません。やっとお稽古剣が抜けるところですし、受かる方が珍しいんです。四年、五年は若干受かりました。ただ、今、あそこにいる候補生は全て落ちていますね。あの候補生達は、ちょうど五年前の再編の影響を受けた世代なので……色々変わりすぎて戸惑っている様子です」
アレンの言葉に国王は深く頷いた。
「なるほど。再編と同時に厳しくしたのだったな……」
五年前、リズが隊長に就任した際、大規模な人員整理が行われて、クロスティア騎士団の騎士達は六十名ほどの精鋭を残し、ほとんど近衛、または隠密に移動した。
その後、リズは近衛の採用基準にも『緩すぎ弱すぎ』と文句を付け、殴り込みをかけた。
彼女一人に近衛はほぼ全員倒されて、規律は見直し、採用基準は変更を余儀なくされた。
最初の一年は毎日喧嘩だったという。
……元から近衛にいた者と新しく入った者の、いざこざやもめ事は日常茶飯事……。
最終的に序列制を導入してなんとかまとまった。あまりに酷いので国王が王命でとりあえず戦わせて、強い順を決めて無理矢理納得させたのだ。
ちなみにアレンは一位を取ったので、こうして団長に就任している。
彼は、見た目は二十代後半に見えるが、実際は五十二歳。精霊の血が混じっているせいで、エアリ公爵と良い勝負ができ、リズにも何とか引き分けた。彼がいたため近衛騎士団はギリギリ面目を保ったのだ。
ぱっと見は普通だが、才能に恵まれすぎていて貴族からは『近衛の宝』と言われている。
……公爵に気に入られてよく手合わせをしているが、色々、苦労しているらしい。
古株で経験も豊富なのだが、彼の強さは精霊由来の物だし、見た目が若く威厳も無いと言う理由で今まで団長には遠かった。
ちなみに……アレンの家は今でこそ侯爵家だが、元は伯爵家だった。それが一番の理由だ。
後は……顔。
アレンは決して不細工では無いし、顔立ちは平均より整っているのだが、ルネに比べると地味だ。さすがにルネは規格外だから、比べる対象が間違っていると思うが……リズも若い美女――当時は美少女――だったので、近衛はそこだけはしっかり影響を受けたらしい。
クロスティア騎士団は男女問わず採用していて、美形や美女、女性事務員も多い。
一方の近衛は全員男で、歴代の近衛騎士を見ても、女性騎士は数えるほどしかいない。
――本音を言えば、奴等も美人の隊長や、美少女団員が欲しいのだ。
しかし男性優位の血統主義が邪魔をする。
女性の場合は、強ければ平民出身でも養子にすれば……とはいかない。
容姿以上に品格が求められるのだ。
その点で、ナージャ・ラ・タルクロンはものすごく狙われている。タルクロンは男爵だが、評議員常連の名家なので、是非に、と言う声が多い。
実際、彼女は強いらしい。
……成績は秘密にされているが、近衛経由でこの位は聞こえてくる。
それはさておき、昔から『近衛は顔が良くないと駄目』という風潮があり、他国ほどではないが『容姿端麗』が候補生の条件になっている。
アレンを副団長にして、団長はいっそ若い美形を、と推す声が多かった。
強さよりも家柄、見た目重視。……そのくらい以前は古い組織だったのだ。
皆がアレンに文句を付けまくるので、国王は怒ってアレンの身分を上げた。
最初は公爵にすると言ったのだが、さすがにそれは止められた。
その後は一応、皆が納得してくれた。
ただやはり地味、と言うのが引っかかっていて、今度は実年齢を理由にして、早く次の団長を、と言う勝手な声もあるらしい。ストラヴェルには面食いが多いのだ。
序列制は一年目だけで、団長が決まった二年目からは元通りの堅実運営になっているが……他国にばれたら笑われる。
そのいざこざの影響を受けたのが、あちらにいる候補生達で――可愛そうと言う他ない。
採用基準も厳しくなって、さすがにクロスティア騎士団のように上位五名ではないが、基準に満たなければ近衛になれない。
以前は見た目が良くて、十八歳までのどこかで三年在籍すれば、自然に近衛になれたのだが……その分、質にはばらつきがあった。
「今は、制限を二十歳までに引き上げたので、皆、十八歳辺りで受かります。あの子達も、来年か再来年には……と思いますが……はぁ……」
アレンが溜息を吐いた。
「何か憂慮でも?」
「やはりサルザット家の子供は、気性が荒くて。そのままではとても合格させられません。いざ仕事となれば、重宝はするのですが……他の候補生も、実力不足もありますが、皆、人格審査で落ちています。大人のいざこざのせいで、余計、貴族意識が高くなったようです。貴族でなければ認めない、と言うほどで。元クロスティア隊士の言う事を聞かなかったり……平民に威張ったり……後輩に命令したり……荒れていますね……」
「ふぅむ……」
「いっそクロスティアとの合同演習も良いかと思いますが、以前、それで自信を無くした候補生が大勢いて思案中です。あ、失礼致しました、こんな話を……騎士団で解決すべき問題ですね」
アレンが恐縮する。
「いや、良い。だが、もめた分、近衛の質はかなり良くなっている。見違えるほどだ。クロスティアとも連携できるし驚いている」
国王の言葉に、アレンが深く頷いた。
「はい。それは私も日々、実感しています。ですからあの子達も、もう少し丸くなってくれると助かるのですが。……気長に育てていきます」
よほど手を焼いているようだ。国王は苦笑した。
「ああ、ところで、近衛は『プラグ・カルタ』と言う候補生について何か知っているか? 皆が内緒にしていて、教えてくれんのだ。全く」
すると微妙な間があり、アレンと近衛二人が黙り込んだ。
国王は瞬きをした。
「なんだ、荒くれ者か?」
三人は顔を見合わせて「え? まさか、ご存じないのですか?」と言った。
国王はいよいよ儂だけか、と思って「知るわけ無いから、見に来たのだ!」と言った。
言うか迷ったが、国王は言う事にした。
「実は、そやつが、娘と同室なのだ」
「ええっッ!?」
――国王は、シオウ、プラグが王女と同室にされている、と言う現状を打ち明けた。
「忌ま忌ましいリズが言い出して、王女が了承した。シオウの方は、今日見て大丈夫だと思った。だがプラグの方は、皆、何故か隠す。儂は、王女が心配で夜も眠れん!」
すると代表してアレンが口を開いた。
「……それは……リズ隊長のご判断は、正しいかも……しれませんね……部屋の変更はできないのですか?」
「リズも王女も頑固でな……そんなに問題があるのか? ああ、この事は他言無用。口外したら処刑だ。――せめて彼の見た目だけでも知りたい」
アレンは戸惑った様子で、メノムを見た。
「……メノム様? お話ししても、よろしいのですか?」
「そうですね、どうせ、そろそろ来ます」
メノムが若干投げやりに言った。
「全く、お主が言えばこんな手間を掛けずに済んだのだ。で、どうなんだ。アレン、何故おぬしらが知っている?」
「……知っているというか……たまに遠乗りに来るので、近衛の間で噂になりました。持ち馬が立派だったのもあるんですが、その、見た目がですね、とても良くて。シオウ君と並んで、街でも噂になっていて……」
「なんだと?」
「あ、近づいて来ます」
メノムが木陰から望遠鏡で見て言った。メノムは本当に用意の良い男だった。
「――しかも、成績も……」
「貸せ――いや実際に見る!」
アレンの言葉を無視して、国王は立ち上がった。
「見たらすぐ、お戻り下さい。前を行っている『銀髪』の少年です」
メノムが言った。メノムには国王を敬う、と言う言葉を教えたい。
「銀髪?」
国王は瞬きをしながら、遊歩道に出た。
確かに、近衛訓練生の向こうに馬が二頭。馬上に訓練着を着た候補生がいる。
一瞬、目が眩んで視界がぼやけたので、しばらく目を慣らす。
――そして固まった。
確かに銀髪だ。だが。これは全く聞いていない。
後ろの金髪の少年も、相当な美少年だったが、プラグ・カルタは彼を上回る美少年だった。
遠目でも分かるとんでもない美貌。光り輝くというのは彼の為にあるのだろう。さらりとした短い髪が風に揺れ、優しい微笑みが眩しすぎる。どこかの貴族、王族と言われても納得する。線は細く姿勢は正しく、凛としていて、爽やかで、ほんの少し悪戯っぽい感じもする……。
美少年はやがて近衛の候補生と出会い、馬から下りて、穏やかな挨拶を交わし、微笑み、こちらに歩いてくる。
国王達に気付いて、プラグは一瞬、目を向けた。
瞳は琥珀色。光が当たって透き通り、金色に見えた。
その目で魂を奪おうと言うのだろうか。睫毛まで美しい。
国王はしばらく固まって、見つめていた。今日出会った少年達の中で、一番の美形だ。
「メノム?」
「戻りましょう。お静かに」
国王は手を引かれ、速やかに、林の奥に運ばれた。
アレンが説明する。
「あれがプラグ・カルタ君です。今の所、彼が主席だそうです。そして二位がシオウ君。今年はこの二人が飛び抜けているようで。……つまり、一番優秀な二人が、王女殿下と同室、と言う事です」
お気の毒に、とでも言いたげな様子だった。
「何だそれはーーーっ!」
国王の叫びは、メノムに塞がれ、かき消えた。
■ ■ ■
国王は騒いだ後、がっくりと、地面に膝を突いた。
プラグ・カルタ……馬小屋の王子様……。まさに意味通りの少年だったのだ。
あんな瞬き一つで女性を殺せそうな美少年が、王女と同室……毎日同室……。
プラグが微笑んで『俺と駆け落ちしてください』と言ったら……。男も女も骨抜きだ。
シオウにしても……あんな爽やか好青年、と言いたくなる美少年が、王女と同室……毎晩同室……。……毎晩……同室……。
「! ……何か、もめているようです」
メノムが木の陰から見て言った。
国王はしっかり落ち込んでいたが、顔を上げた。
アレンが、不味い、と言った。
「馬の貸し借りか……? 少し近づいて、みますか?」
「ですが、出るべきでは無いでしょう」
メノムが釘を刺す。
「いえ、あの子は、ちょっと気が荒いので、いざとなったら止めに――」
アレンが言い終わる前に「ホタル!」と言う叫び声が聞こえた。
国王ははっとして駆け出そうとしたが、近衛二人に止められた。
「周囲を確認します!」
「陛下、動かず、お静かに!」
「……!」
アレンが素早く移動し、メノムから取り上げた望遠鏡で様子を窺う。
アレンはすぐ戻って来た。頭を抱えている。
「不味いです、最悪だ……! 出てきます!」
「駄目です!」
それをメノムがしがみついて止めた。
「そのうち、王子殿下がいらっしゃいます。ここは、見守りましょう!」
メノムが言った。
国王は頷き、何があったのだろうと、一人、路の側まで出ようとした。
アレンが国王の隣についていて、「こちらに」と言うアレンの指示で二人は森の中を移動した。風下にちょうど背の低い茂みがあり、木もあるので隠れて見られた。
位置としては近衛候補生達の少し後ろ。普段なら気付かれそうな距離だが、候補生は全て背を向けて、地面を見ている――。その先には。祝詞を唱えるプラグがいた。
■ ■ ■
全てを見届けて、国王は王子と共に帰路についた。
その間。一言も発せずに黙り込んでいた。
偶然目撃してしまった不祥事に、アレンと近衛二人は意気消沈していたが、気遣う事はできなかった。メノムも黙っていた。
護衛達と別れた後、国王は自室には戻らず謁見の間に戻った。
慣れとは恐ろしい物で……足が勝手に動いたのだ。
国王が見た時、既に妖精は死んでいた。
プラグ・カルタは祝詞を唱えていたが。そして魂を引き戻してしまったが、国王はそれがどれだけ難しい事か知っている。その後の祝詞も分かったのは触りだけだが……大祭司が使う祝詞だ。
皆が言っていた『今年は優秀』の意味が初めて分かった。
それ以上に、泣きながら必死に祈る姿が、なぜか国王に感銘を与えた。
「宰相、メノムよ」
「……はい」
「プラグ・カルタの経歴を洗え。周囲の評判も含め、養子になる前の出来事も全て。巫女の妹についても調べろ」
するとメノムは。
「それはできません」
と言った。予想できた事なので、国王は溜息を吐いた。
「全くお主は。言う事を聞け」
「あの少年は駄目です。まだシオウ・ル・レガンの方がましです」
メノムの言いたい事は分かった。
プラグ・カルタは捨て子で平民だ。出自の正しい、シオウやアドニスとは比べられない。
それでも……もし……。万が一があったら。あり得たら?
「それにあの謙虚さでは、断るでしょうし。何より彼の未来が潰れます」
メノムが呟いた。
万が一の時、二人が進むのは、茨の道どころではない。
多大な犠牲を払っても。叶うとは思えない。
国王は溜息を吐いた。
「……言ってみただけだ」
だが――残念なことに、娘の好みは親が一番よく知っている。
国王は何がアルスにとって最善か。そんな事を考えた。
〈おわり〉