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第14話 番外編 国王の憂鬱 -3/3- ①

ー/ー




「ホタル! ああッ!」
プラグはすぐに膝を突いてホタルを見た。
そして目を見開いた。ホタルは全身から血を流して潰れて、即死状態だ。
すぐにホタルの周囲に指で、六角形の線を書く。

「ゼ・イー・アール・レフル・シス!」
手をかざして叫んで、何とか魂を引き留めようとするが、『魂(レフル)』は既に外に出ている。一瞬絶望しかけたが、すぐに祝詞を繋いだ。
「ゼ・ア・レシアス・アールセス・ゼ・ラナソタ・レフル・イー・ベルラス・フィーカ、ゼ・ア・ニール・フール・ラノ・ラナソタ・ラッカ・ア・ミーア・シャル!」

(駄目か……!?)
血だまりを見る。『魂(レフル)』が外に出て、完全に死ぬと体が消える。
まだいけるはずだ。それまでに魂を戻せれば、『存在』は助かる。
ただし魂はすぐに離れていくので、呼び戻すのは時間との闘いだ。

「ゼ・ア・レシアス・アールセス・ゼ・ラナソタ・レフル・イー・ベルラス・フィーカ、ゼ・ア・ニール・フール・ラノ・ラナソタ・ラッカ・ア・ミーア・シャル! ゼ・イー・アール・レフル・シス……!」

魂が見つからない。
『目』で見て周囲を探る。視界を切り替えて真っ暗な中で魂を探した。

(ホタル……! どこだ……!!)
光すら見えない。暗闇だ。ホタルはククナを『パパ』と呼んだ。
アリアがそう教えてしまったらしい。父親のような存在だと。

(戻ってこい! 死なないで! 行かないで! こっちだ、ここにいる!)

六角形は、戻る場所の目印だ。
どこにも見つからなくて、何も見えなくて、涙があふれてくる。
もう逝ってしまったのだろうか。
その時、遠くかすかに――光が見えた。小さな瞬き……小さな羽。
プラグは暗闇の中で、手を差し伸べて意識を繋げた。

「ラ・ア・ニール・アイラス・レソ・シーラ・ララニス・ル=ラナ=ホタル(私の意識を、尊敬すべき妖精、ラナ=ホタルと繋げます)」

宣言して、プラグはホタルと繋がった。
ホタルの記憶が断片的に、印象深いモノから流れ込んでくる。
その中に、懐かしい人がいた。
(……ホタル……君は、あの人に会ったんだね……)
金の髪、赤い瞳。どこかで見た気がしていた。誰よりも美しい人……。

プラグは目を開けた。
「ゼ・ア・ニール・フール・ラノ・ラナソタ・ラッカ・ア・ミーア・シャル……!」
もう三回繰り返したところで、ほんの僅かに、ホタルの肩が動いた。
「! 来た!」
プラグは震えながら、腕を祈りの形に組み替える。

「ゼ・ア・ニール・ルセナ・ア・フィーラ・シーナ・レフル・メ・ノ・ラ・フィーナ・ペルイラス・ラノ・モルグ・ゼアール・シス! ゼ・スーナフト・セオン・レラ・レイナス・アール・シス……!」

周囲が淡い光に包まれ、ホタルに霊力が吸収されていく。
「っ、よしゼラト! 白プレート、貰ってきて! リズかリーオに!」
「――あ、ああ! 馬で!?」
「何でもいい!」
ゼラトは弾かれたように動き出し、ルーランに飛び乗って走って行った。
蹄の音が遠ざかる。

プラグは項垂れた。すぐに処置ができたので、何とか魂は見つかって、定着もできた。
回復もほんの少し、最低限だけ霊力を注いだ。
だが……これはあんまりだ。
妖精は小さい分、弱く、怪我をするとすぐ死んでしまう。だからプレートに入れた方が良いと思って……プラグが連れて来なければ……。プラグは、珍しいからと、捕まえようとする人間と同じだ。
「ごめん……! ホタル……!」
プラグは堪えきれずにまた泣いた。
戻って来たホタルには、記憶がないはずだ。ホタルは一度、死んでしまったのだ。長い年月を生きた妖精を殺してしまった。親と慕って懐いてくれた妖精を……。

ホタルは見開いていた目を閉じ……ほんのり輝き、呼吸し始めている。

近衛の、金髪の少年が近づいて来て、しゃがんだ。
「本当にごめん……! 動いたけど、助かったのか……!?」
プラグは汗と涙をぬぐって、呼吸を整え、微笑みを作った。
「はい、なんとか……後はプレートに入れれば、少しずつ回復するはずです……もう大丈夫ですから、行って下さい。そこの方は、二度と妖精を投げてはいけませんよ。すぐ死んでしまいますから」

プラグはレインを見上げた。
レインは恐ろしい事に、笑っていた。
……引きつっているだけかもしれない。

「変な人ですね……」
サルザット家――この家は『呪われた家』と言われていて、代々、尋問官や監獄島の看守を務めている。
尋問……つまるところの拷問を、喜んでこなすという『闇の一族』だ。
総じて傲慢で、しかしその分、国への忠誠心は高く、自分達の役割に誇りを持っているらしい、とは聞いていたが。

「行きましょう、レイン様」
赤髪の少年と他の少年がレインを促す。
金髪の少年が項垂れる。
「悪かったな……助かった。ありがとう」
そう言って去ろうとしたのだが、少し向こうから……来てしまった。
真っ赤な髪――クエンティンと、金髪で体格のいい男性。ランドルだ。二人は馬に乗ろうとしている近衛候補生達を見て、座ったままのプラグを見て、血だまりの中のホタルを見つけ、さっと表情を変えた。

「お前達、どうした。何があった?」
クエンティンが下馬して、手綱を引いて近づいて来た。
「それは妖精か? 殺したのか?」
ランドルも馬から下りる。こうなってはどうしようもない。近衛候補生達は事情を話すしかなくなるのだが――その時、蹄の音が聞こえた。

「お待たせ! 貰ってきた!」
ゼラトは白プレートを掲げた。
ゼラト、なのだが、彼の後ろに金髪の男性がいて手綱を取っている。
長い髪を三つ編みにした、女性的な容貌の男性だ。

「あとこの人が巫女? だって、紅玉鳥も連れて来て――」
ゼラトが空を見上げて、飛んでいたトゥーワを見た。

その瞬間、周囲にいた近衛と近衛候補生が、一斉に跪いた。
「王子殿下……ッ!!」

プラグは目を見開いた。
ゼラトが目を丸くして、はっとして背後の男性を見る。
「え。うそ!? えええええッ!? このひと!? 王子!?」
「あっ、落ち着いて、慌てると落ちますよ!」
落ちかけたゼラトを王子が支え、驚いたルーランを落ち着かせた。ゼラトは静止して事なきを得た。
その間にトゥーワが下降し、ファータの背中に降りた。
ゼラトと王子は慎重に下馬して、手綱はゼラトが預かった。
ゼラトはやってしまったという顔をしながら、背一杯畏まり、頭を下げて王子に白プレートを渡した。
王子はプレートを受け取って、すぐにプラグの隣に膝を突いてホタルを見た。ホタルは呼吸こそ安定しているが、気を失ったままだ。
「……今も繋がってるね?」
「はい」
「後は僕がやろう。そっと外して」
プラグは頷き、そっとホタルとの同調を解いた。
すぐに王子が白プレートをかざす。

「契約者はきみ?」
「いいえ、ゼラトで。ゼラト、手綱を変わろう」
プラグはゼラトの元へ歩み寄って、念の為に確認した。
「ホタルは、前の記憶がないと思うけど……持ち主はゼラトでいい?」
ゼラトは驚いた後、しっかり頷いた。そこで王子が振り返る。
「この子の名前と依り代は?」
「ル=ラナ=ホタルです、ゼラト、石を」
プラグは答えた。ゼラトが小石をズボンのポケットから取り出した。

「じゃあその石をこの子の上に置いて、軽く手を触れて……。トゥーワ君、お願いね。ル・アールグラン・ル・アータゼイラ・ル・アミリッジ・ナタフィーカ……」
静かな祝詞のあと、トゥーワが張り切って大きく鳴いて、王子が持つ白プレートがほんの僅かに光った。
そして、ホタルの体は血だまりごと消えた。
「よし、契約完了。後は教会にお願いして、少しずつ治療をしてもらえば大丈夫。――ああ、泣かないで、大丈夫、すぐ元気になるから」
ゼラトがプレートを抱いて泣き出したのを王子が宥める。

「う゛ぁあああん! たいせつにします! よかった゛ぁあ!!」
ゼラトが大声で泣くので、プラグもつられて涙をこぼした、いけないと思って袖で拭う。
王子が立ってプラグを見る。プラグが「ゼラト、こっちへ」と呼ぶと、ゼラトはプラグに突進してきた。
「ありがとうう!!」
「泣くなよ、大丈夫」
「う゛ぁああ! めっちゃありがとう! お前マジ恩人! 神様! ありがと!」
今度はプラグがゼラトを宥める事になった。
「ほら落ち着いて、王子殿下が困ってるよ」
「あ! ……ウッ、はい!」
ゼラトは泣き止んで、鼻を啜った。プレートを見ると、小石を抱えたホタルの絵が浮かび、上部に『ル=ラナ=ホタル』下部に『小石』とゼクナ語で書かれている。もう大丈夫だ。

王子は跪いたままの近衛達を見た。
「さて……どなたか、事情を聞かせて頂けますか?」
優しく柔らかい声だった。怒っているようには思えない。
「……私から報告させていただきます……!」
と言ったのは、なんとレイン本人だった。
「お願いします」
王子が言って、レインは話し始めた。ところがレインの話は、そこまで言わなくても良いのに、と言う程、赤裸々だった。

自分の生い立ちから始まり、妾腹の生まれで、一族での立場が弱いこと、落ちこぼれと言われていた事、近衛に来た理由、試験に落ちて苛々していたこと。そんな時、ファータを見かけて素晴らしい馬だと思い、実家にいる馬の相手に丁度良いと思っていた事。騎士団の馬ではなく持ち主がいて、持ち主は平民同然だと知ったこと。しかし精霊騎士候補生と、近衛候補生は休日が違うので、中々掛け違ってプラグに会えず、ようやく今日、休日が重なっていると知って、待ち伏せしてプラグに馬を借りた事。
これまで望めば何でも手に入ったので、当然の権利として買い取ろうとしたこと。しかしプラグにあっさり断られたこと。交渉したが駄目だったこと。
生意気な奴だ、思い知らせてやろうと思って、背後から肩を掴んで殴りかかったが、プラグにあっさり止められたこと。
その時、プラグの側にいた鬱陶しい妖精が自分を蹴飛ばした事――。

「まさか、私の顔を蹴飛ばすとは。むかついて、思いっきり地面に叩き付けてしまいました。衝動的な行動でしたが、憎しみがこもっていたと思います。結果、妖精は潰れて出血し、その少年がなんとか助けたようです。聞いた事の無い祝詞を使っていました。その後、殿下がご到着され、今に至ります」

プラグはぽかんとした。
こんなに正直に言えるなら、なぜ自制が出来なかったのだろう。手で横に払うとか、怒鳴るとか、その程度でも良かったはずだ。
「……こいつ正直すぎだろ、あほか……?」
ゼラトも呆れているが、一方の近衛兵と候補生達は蒼白だ。

クエンティンが立ち上がって、レインを強かに殴った。直ぐに頭を下げさせ、自分も平身低頭した。
「ッ申し訳ありませんでした! この馬鹿の処罰は如何様にも……! いえ、私が責任を取ります!」
クエンティンの言葉にランドルも隣で平伏する。
「いいえ私が責任を取ります! この馬鹿共にはどうか、寛大な処罰を! お前等馬鹿か! だから家大事は程々にって言ったのに!」

王子は真面目な顔をしているが、内心では苦笑しているのではないだろうか。
「お二人とも、顔を上げてください。そうですね……確かに、問題は問題です。貴方達の行動には非があります。この遊歩道は共用です。指導不足もあったでしょう。さて、どうしましょうか……? ううん」
そして王子はプラグとゼラトを見た。

「そちらの、候補生お二人はどうでしょう。怒っていますか? 金髪のかたは……?」
「あ、えっと、俺、は、怒って無いです。こうして戻ってきたから……あと今の告白聞いて、ちょっと怒りが消えました……やっぱり、叩き付けたのは酷かったと思うけどさ……」
ゼラトが眉を顰め、困惑気味に答えた。
「銀髪のかたは?」
プラグは問われて、考えた。
「そうですね……俺は怒っていますが、傷を受けたのは妖精のホタルです。彼女の魂(レフル)は戻りましたが、一度死んで体から離れてしまったので、今までの記憶はたぶん、残っていないでしょう。妖精が弱いと知っていながら、連れて来てしまった俺にも責任はあります。ファータのことも俺の認識が甘かった。友達だから側にいたい、馬小屋もあるし、と安易に考えていました。……彼が妖精を殺した、と言う事なら、話を聞く限り、俺達が虫や蚊を憎んで、叩くのと同じ行為です。これから、そちらの方が、少し優しくなってくれるなら……特に処罰は望みません」

プラグは、怒っていると誤解されないようになるべく優しく言った。
――怒りはあるが、それは全て、自分に対する怒りだ。
ホタルを殺したのはプラグだ。原因も責任もプラグにしかない。確かにファータは良い馬だが、まさか執着される程だとは思わなかったのだ。それが甘いし、馬鹿だし、見せびらかしたのと同じだ。『自分が寂しいから』と連れてきたのもプラグだった。
プラグは一人で精霊達に会うのが恐かったのだ。
千年――五百年も見捨てたと、恨まれるのが恐かったのだ。
結果、大切な人との繋がりがあったホタルは死に、記憶の断片だけがプラグに残った。本当は悔しくて泣きたい。叫びたいほど辛い。
でも今は、そんな気持ちは、見せられないのだ。

王子は頷いて――微笑んだ。
「そうですか。では……そうですね……ここにいる皆さんで、無かった事にしましょうか?」

王子の言葉に、プラグは瞬きをした。
王子が続ける。
「先が分かっていても、止められない出来事はあります。今日起きてしまったのは、そのような事かもしれません。けれど。心がけ違えば、何か一つ違っていれば。防ぐ事もできたかもしれない。貴方がたは、それぞれ、その事を胸に刻んで、今日の事は誰にも話さないようにしてください。箝口令というやつですね。初めて使いました。期間は十年くらいにしましょうか。いずれ、あんなこともあったな、と言い合える日が来るように、各々、精進して下さいね。――レインさん」

王子はレインに声を掛けた。
レインはさらに平伏した。

「貴方の一族はストラヴェルを陰で支えています。けれど他の家族と同じように、皆に厳しくしてしまうと、あなた自身が壊れてしまいます。犯罪者には厳しい、くらいに、抜け道を作ってみて下さい。妖精を見つけても叩かないように。そうだ。試しに自分以外の人を『妖精』だと思ってみて下さい。そして、貴方は今日、どうするべきだったのか、自分に問いかけて下さい。人の物を欲しがらずとも、あなたが欲しい物は、既に自分の中にあるはずです」

■ ■ ■

――その後、慌てた様子の護衛が来て、王子は去って行った。
その際、木陰にいた黒マント達も合流していた。

ゼラトはすっかり感化された様子で、溜息を吐いている。
「ストラヴェルの王子様って、すごい方なんだな……なんか拝みたくなった。美形だし、優しいし、ちょっと近衛に入りたくなったかも……」
ゼラトが言うには、王子はリズとリーオと一緒にお茶を飲んでいて、ゼラトが駆け込んで、リズに事情を話すと、王子が『ここは僕が行きます』と言って立ち上がったのだという。
ゼラトでこれなので、近衛達の方を見ると……皆がむぜひ泣いていた。

クエンティンは号泣している。
「だからお前等、言っただろう! 身分自慢は程々にって……! 殿下の人徳に一生感謝しろ! 普通なら一発失格だぞ! 親が泣くぞぉ! 殿下はなぁ! 本当に素晴らしいお方なんだぞぉお!」
そして、ランドルが泣きながら、近衛候補生の頭に拳骨を落として行く。
「お前等、拳骨一発ずつだ! くそーこの程度かよ! もっと罰与えてぇ……! でも何かあったってバレる! ちくしょー! 立て、レイン・サルザット! お前等並べ!」
レインは引くほどの大号泣だ。地面に伏せて肩を震わせていた。
彼は一族でも出来損ないと言われていたらしいから、王子の言葉に感銘を受けたのだろう。
ランドルが一列に並んだ候補生に、拳骨を落としていく。
そしてクエンティンも順番に拳を与えた。

プラグは『まだまだ皆子供なんだな』と思って、自分も泣いたことを思い出して一人で赤面した。
……プラグも精霊としてはまだ子供だが、さすがに五千年。情けないにも程がある。
けれど、あがいても藻掻いても大人になれる気はしない。

『心を無くすくらいなら、一生、子供のままでいろ』

かつて――心を無くすな、と言った人がいたから――。律儀に守っているのだ。
それにしても、プラグはいい加減成長してもいいと思う。もう良い頃合いだ。その人には色々不満もあったし……。
けれど、どうなるべきなのか?
プラグが望めば、精霊達の父ともなれる、かもしれない。そうしてくれと言うだけだ。
人に『神』としてあがめてもらう事も出来ただろう。
けれど、プラグは『その世界』を望んでいない。ふと、橙色の空を見た。

……魂(レフル)が何処へ行くのか。仕組みも分かっているのに。ままならない。
結局、プラグは『死』を受け入れられないのだ。

候補生達は『ありがとうございました!』と揃って、泣きながら返事をしていた。
近衛は訓練期間が長い分、候補生と近衛兵の絆が強いのかもしれない。

それを見たゼラトがたじろいだ。
「いや、あっちもあっちで大変そうだな……こっちでいいや」
進路希望が戻って、プラグは笑った。
「だいたい、騎士団ってあんな感じなのかも」
プラグは呟いた。プラグが知っている騎士団や、カルタの領土騎士団も、確かにあんな感じだった。血の気の多い若い男が集まるのだから、しょっちゅう喧嘩している。ストラヴェルの近衛は先輩がしっかりしているのでまだ良い方だろう。と言っても、プラグが知る限りの近衛兵は……だが。
おそらく本当に身分に拘る大貴族は、こんな所に出てこない。
レインもファータがいなければ来なかっただろう。

拳骨の後、クエンティンとランドルが走って来て、頭を下げた。
「大変申し訳無い! ほんっっとに迷惑をかけた! ウチの馬鹿どもが! 馬鹿過ぎて恥ずかしい! プラグ君と、ゼラト君も! 申し訳無い!」
「本当に悪かった! 申し訳無い!」
二人揃って直角のお辞儀だ。
プラグとゼラトは慌てて、大丈夫です頭を上げて下さい、と言うはめになった。
ランドルはゼラトの持つ赤プレートを見て、心配そうに尋ねてきた。
「その妖精は、一度死んでしまったのか? 魂をつなぎ止めるとは驚きだが……。本当に悪かった……記憶は戻りそうか? もう無理なのか」
プラグは頷いた。
「妖精の場合は、魂(レフル)が体から離れた時点で、記憶との繋がりが切れるそうです。精霊の場合は核があれば、記憶は残ることが多いですが、妖精はまだ核との繋がりが弱いので……。でも癖とか、好きな物は変わりません。同じ魂(レフル)ですから」

それを聞いたクエンティンが、震えながら眉尻を下げた。
近衛兵も精霊騎士なので、この重さは分かるはずだ。
「そうか……ゼラト君、本当にすまなかった。どう謝っても、許されないと思うが、大切にしてやってくれ……」
クエンティンの言葉にゼラトが笑って頷いた。
「はい。もう人を蹴飛ばさないように、ちゃんと躾けます。びっくりした本当に……意外に気が強いって言うか、お転婆なんだな」
ゼラトはプレートを見ながら苦笑した。

……プラグは『ゼラトは強い』と思った。
人の強さは知っていたが、ここに来てから驚く事ばかりだ。
プラグが今更、変わったとしても……あの人達に、許してもらえるだろうか?
答えの来ない、無意味な問いかけだと分かっているけれど。
全てを失って、その上で、ホタルを死なせてしまうような、最悪な精霊だけれど。
この世界を守りたい。恐くても、せめて一歩、踏み出したいと思った。

「それで、これからの事だが、申し訳無いのだが……王族命令だ。十年、今日の事は、内緒にしておいてもらえるか……?」
クエンティンの言葉に、プラグは、はっと現実に引き戻された。
先にゼラトが「はい」と頷いていた。
プラグも、微笑んで頷いた。
「ええ。そうします。いつか思い出話にできますよ、妖精は記憶が無くなっても、本当にそのままですから。消えてしまったのは悲しい事だけど、その分、ゼラトが可愛がってくれます。な、ゼラト」
「もちろん。もう俺、土の精霊だけ使うって気分。土最高!」
ゼラトの明るい言葉に助けられ、プラグは微笑んだ。
「そんなに決める事は無いよ。たぶん風とは相性が良いはずだから」
そこでクエンティンが歯を食いしばった。
「くうぅ、この違い! 君の落ち着きを皆に分けたい……! どいつもこいつも、腕白なんだよ、まったく貴族だって平民だって、どいつも一緒だ!」

プラグは思わず笑った。
「あ。そうだ。一つ提案なんですけど。ファータについてですが。確かにファータは良い馬で、気になる人もいるようです。だから条件付きで近衛の候補生にも貸し出します。条件はちょっと難しくて『ファータの気持ちが分かるようになったら』で。ファータは賢いので人の言葉が分かります。乗って良い? と聞いて頷いたら乗って大丈夫です。乗りたかったら世話したり餌をあげたりして、仲良くなって下さい。太らせないようにちゃんと厩務員さんに聞いてからですが。細かい事はビルフさんに聞いて下さい。合図や分かる言葉も渡してありますから。ファータ、それでいいか? この服の皆さんと仲良くしてくれるか?」
ファータはプラグを見つめて、近衛と候補生を見て頷いた。

「だそうです。人懐っこい馬なんですけど、最近はあまり構ってやれなくて。あ、牡馬、特にチーカーとは一緒に走らせないで下さい。狙ってるので……遠乗りは牝馬と一緒でお願いします」
プラグは苦笑した。
クエンティンが深く頷いた。
「……そうか、ありがとう。つまり……これからも遠慮なく、ここを使って良いって事だな?」
「ええ、もちろん。共用ですから」
プラグは頷いた。
「だそうだ、お前等。まったくもう。 ――今日はここまでだ。悪かったな、また遊んでやってくれ」
「はい。また。――じゃあ、行こうか」
プラグは頷いてゼラトを見た。
ゼラトは笑って、大きく手を振った。
「よし、じゃあ、またなー! 先輩達! 今度、皆と来るから会ったらよろしく!」
プラグも手を振って、ゼラトと共に立ち去った。




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そして目を見開いた。ホタルは全身から血を流して潰れて、即死状態だ。
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(戻ってこい! 死なないで! 行かないで! こっちだ、ここにいる!)
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宣言して、プラグはホタルと繋がった。
ホタルの記憶が断片的に、印象深いモノから流れ込んでくる。
その中に、懐かしい人がいた。
(……ホタル……君は、あの人に会ったんだね……)
金の髪、赤い瞳。どこかで見た気がしていた。誰よりも美しい人……。
プラグは目を開けた。
「ゼ・ア・ニール・フール・ラノ・ラナソタ・ラッカ・ア・ミーア・シャル……!」
もう三回繰り返したところで、ほんの僅かに、ホタルの肩が動いた。
「! 来た!」
プラグは震えながら、腕を祈りの形に組み替える。
「ゼ・ア・ニール・ルセナ・ア・フィーラ・シーナ・レフル・メ・ノ・ラ・フィーナ・ペルイラス・ラノ・モルグ・ゼアール・シス! ゼ・スーナフト・セオン・レラ・レイナス・アール・シス……!」
周囲が淡い光に包まれ、ホタルに霊力が吸収されていく。
「っ、よしゼラト! 白プレート、貰ってきて! リズかリーオに!」
「――あ、ああ! 馬で!?」
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蹄の音が遠ざかる。
プラグは項垂れた。すぐに処置ができたので、何とか魂は見つかって、定着もできた。
回復もほんの少し、最低限だけ霊力を注いだ。
だが……これはあんまりだ。
妖精は小さい分、弱く、怪我をするとすぐ死んでしまう。だからプレートに入れた方が良いと思って……プラグが連れて来なければ……。プラグは、珍しいからと、捕まえようとする人間と同じだ。
「ごめん……! ホタル……!」
プラグは堪えきれずにまた泣いた。
戻って来たホタルには、記憶がないはずだ。ホタルは一度、死んでしまったのだ。長い年月を生きた妖精を殺してしまった。親と慕って懐いてくれた妖精を……。
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そして、ホタルの体は血だまりごと消えた。
「よし、契約完了。後は教会にお願いして、少しずつ治療をしてもらえば大丈夫。――ああ、泣かないで、大丈夫、すぐ元気になるから」
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「う゛ぁあああん! たいせつにします! よかった゛ぁあ!!」
ゼラトが大声で泣くので、プラグもつられて涙をこぼした、いけないと思って袖で拭う。
王子が立ってプラグを見る。プラグが「ゼラト、こっちへ」と呼ぶと、ゼラトはプラグに突進してきた。
「ありがとうう!!」
「泣くなよ、大丈夫」
「う゛ぁああ! めっちゃありがとう! お前マジ恩人! 神様! ありがと!」
今度はプラグがゼラトを宥める事になった。
「ほら落ち着いて、王子殿下が困ってるよ」
「あ! ……ウッ、はい!」
ゼラトは泣き止んで、鼻を啜った。プレートを見ると、小石を抱えたホタルの絵が浮かび、上部に『ル=ラナ=ホタル』下部に『小石』とゼクナ語で書かれている。もう大丈夫だ。
王子は跪いたままの近衛達を見た。
「さて……どなたか、事情を聞かせて頂けますか?」
優しく柔らかい声だった。怒っているようには思えない。
「……私から報告させていただきます……!」
と言ったのは、なんとレイン本人だった。
「お願いします」
王子が言って、レインは話し始めた。ところがレインの話は、そこまで言わなくても良いのに、と言う程、赤裸々だった。
自分の生い立ちから始まり、妾腹の生まれで、一族での立場が弱いこと、落ちこぼれと言われていた事、近衛に来た理由、試験に落ちて苛々していたこと。そんな時、ファータを見かけて素晴らしい馬だと思い、実家にいる馬の相手に丁度良いと思っていた事。騎士団の馬ではなく持ち主がいて、持ち主は平民同然だと知ったこと。しかし精霊騎士候補生と、近衛候補生は休日が違うので、中々掛け違ってプラグに会えず、ようやく今日、休日が重なっていると知って、待ち伏せしてプラグに馬を借りた事。
これまで望めば何でも手に入ったので、当然の権利として買い取ろうとしたこと。しかしプラグにあっさり断られたこと。交渉したが駄目だったこと。
生意気な奴だ、思い知らせてやろうと思って、背後から肩を掴んで殴りかかったが、プラグにあっさり止められたこと。
その時、プラグの側にいた鬱陶しい妖精が自分を蹴飛ばした事――。
「まさか、私の顔を蹴飛ばすとは。むかついて、思いっきり地面に叩き付けてしまいました。衝動的な行動でしたが、憎しみがこもっていたと思います。結果、妖精は潰れて出血し、その少年がなんとか助けたようです。聞いた事の無い祝詞を使っていました。その後、殿下がご到着され、今に至ります」
プラグはぽかんとした。
こんなに正直に言えるなら、なぜ自制が出来なかったのだろう。手で横に払うとか、怒鳴るとか、その程度でも良かったはずだ。
「……こいつ正直すぎだろ、あほか……?」
ゼラトも呆れているが、一方の近衛兵と候補生達は蒼白だ。
クエンティンが立ち上がって、レインを強かに殴った。直ぐに頭を下げさせ、自分も平身低頭した。
「ッ申し訳ありませんでした! この馬鹿の処罰は如何様にも……! いえ、私が責任を取ります!」
クエンティンの言葉にランドルも隣で平伏する。
「いいえ私が責任を取ります! この馬鹿共にはどうか、寛大な処罰を! お前等馬鹿か! だから家大事は程々にって言ったのに!」
王子は真面目な顔をしているが、内心では苦笑しているのではないだろうか。
「お二人とも、顔を上げてください。そうですね……確かに、問題は問題です。貴方達の行動には非があります。この遊歩道は共用です。指導不足もあったでしょう。さて、どうしましょうか……? ううん」
そして王子はプラグとゼラトを見た。
「そちらの、候補生お二人はどうでしょう。怒っていますか? 金髪のかたは……?」
「あ、えっと、俺、は、怒って無いです。こうして戻ってきたから……あと今の告白聞いて、ちょっと怒りが消えました……やっぱり、叩き付けたのは酷かったと思うけどさ……」
ゼラトが眉を顰め、困惑気味に答えた。
「銀髪のかたは?」
プラグは問われて、考えた。
「そうですね……俺は怒っていますが、傷を受けたのは妖精のホタルです。彼女の魂(レフル)は戻りましたが、一度死んで体から離れてしまったので、今までの記憶はたぶん、残っていないでしょう。妖精が弱いと知っていながら、連れて来てしまった俺にも責任はあります。ファータのことも俺の認識が甘かった。友達だから側にいたい、馬小屋もあるし、と安易に考えていました。……彼が妖精を殺した、と言う事なら、話を聞く限り、俺達が虫や蚊を憎んで、叩くのと同じ行為です。これから、そちらの方が、少し優しくなってくれるなら……特に処罰は望みません」
プラグは、怒っていると誤解されないようになるべく優しく言った。
――怒りはあるが、それは全て、自分に対する怒りだ。
ホタルを殺したのはプラグだ。原因も責任もプラグにしかない。確かにファータは良い馬だが、まさか執着される程だとは思わなかったのだ。それが甘いし、馬鹿だし、見せびらかしたのと同じだ。『自分が寂しいから』と連れてきたのもプラグだった。
プラグは一人で精霊達に会うのが恐かったのだ。
千年――五百年も見捨てたと、恨まれるのが恐かったのだ。
結果、大切な人との繋がりがあったホタルは死に、記憶の断片だけがプラグに残った。本当は悔しくて泣きたい。叫びたいほど辛い。
でも今は、そんな気持ちは、見せられないのだ。
王子は頷いて――微笑んだ。
「そうですか。では……そうですね……ここにいる皆さんで、無かった事にしましょうか?」
王子の言葉に、プラグは瞬きをした。
王子が続ける。
「先が分かっていても、止められない出来事はあります。今日起きてしまったのは、そのような事かもしれません。けれど。心がけ違えば、何か一つ違っていれば。防ぐ事もできたかもしれない。貴方がたは、それぞれ、その事を胸に刻んで、今日の事は誰にも話さないようにしてください。箝口令というやつですね。初めて使いました。期間は十年くらいにしましょうか。いずれ、あんなこともあったな、と言い合える日が来るように、各々、精進して下さいね。――レインさん」
王子はレインに声を掛けた。
レインはさらに平伏した。
「貴方の一族はストラヴェルを陰で支えています。けれど他の家族と同じように、皆に厳しくしてしまうと、あなた自身が壊れてしまいます。犯罪者には厳しい、くらいに、抜け道を作ってみて下さい。妖精を見つけても叩かないように。そうだ。試しに自分以外の人を『妖精』だと思ってみて下さい。そして、貴方は今日、どうするべきだったのか、自分に問いかけて下さい。人の物を欲しがらずとも、あなたが欲しい物は、既に自分の中にあるはずです」
■ ■ ■
――その後、慌てた様子の護衛が来て、王子は去って行った。
その際、木陰にいた黒マント達も合流していた。
ゼラトはすっかり感化された様子で、溜息を吐いている。
「ストラヴェルの王子様って、すごい方なんだな……なんか拝みたくなった。美形だし、優しいし、ちょっと近衛に入りたくなったかも……」
ゼラトが言うには、王子はリズとリーオと一緒にお茶を飲んでいて、ゼラトが駆け込んで、リズに事情を話すと、王子が『ここは僕が行きます』と言って立ち上がったのだという。
ゼラトでこれなので、近衛達の方を見ると……皆がむぜひ泣いていた。
クエンティンは号泣している。
「だからお前等、言っただろう! 身分自慢は程々にって……! 殿下の人徳に一生感謝しろ! 普通なら一発失格だぞ! 親が泣くぞぉ! 殿下はなぁ! 本当に素晴らしいお方なんだぞぉお!」
そして、ランドルが泣きながら、近衛候補生の頭に拳骨を落として行く。
「お前等、拳骨一発ずつだ! くそーこの程度かよ! もっと罰与えてぇ……! でも何かあったってバレる! ちくしょー! 立て、レイン・サルザット! お前等並べ!」
レインは引くほどの大号泣だ。地面に伏せて肩を震わせていた。
彼は一族でも出来損ないと言われていたらしいから、王子の言葉に感銘を受けたのだろう。
ランドルが一列に並んだ候補生に、拳骨を落としていく。
そしてクエンティンも順番に拳を与えた。
プラグは『まだまだ皆子供なんだな』と思って、自分も泣いたことを思い出して一人で赤面した。
……プラグも精霊としてはまだ子供だが、さすがに五千年。情けないにも程がある。
けれど、あがいても藻掻いても大人になれる気はしない。
『心を無くすくらいなら、一生、子供のままでいろ』
かつて――心を無くすな、と言った人がいたから――。律儀に守っているのだ。
それにしても、プラグはいい加減成長してもいいと思う。もう良い頃合いだ。その人には色々不満もあったし……。
けれど、どうなるべきなのか?
プラグが望めば、精霊達の父ともなれる、かもしれない。そうしてくれと言うだけだ。
人に『神』としてあがめてもらう事も出来ただろう。
けれど、プラグは『その世界』を望んでいない。ふと、橙色の空を見た。
……魂(レフル)が何処へ行くのか。仕組みも分かっているのに。ままならない。
結局、プラグは『死』を受け入れられないのだ。
候補生達は『ありがとうございました!』と揃って、泣きながら返事をしていた。
近衛は訓練期間が長い分、候補生と近衛兵の絆が強いのかもしれない。
それを見たゼラトがたじろいだ。
「いや、あっちもあっちで大変そうだな……こっちでいいや」
進路希望が戻って、プラグは笑った。
「だいたい、騎士団ってあんな感じなのかも」
プラグは呟いた。プラグが知っている騎士団や、カルタの領土騎士団も、確かにあんな感じだった。血の気の多い若い男が集まるのだから、しょっちゅう喧嘩している。ストラヴェルの近衛は先輩がしっかりしているのでまだ良い方だろう。と言っても、プラグが知る限りの近衛兵は……だが。
おそらく本当に身分に拘る大貴族は、こんな所に出てこない。
レインもファータがいなければ来なかっただろう。
拳骨の後、クエンティンとランドルが走って来て、頭を下げた。
「大変申し訳無い! ほんっっとに迷惑をかけた! ウチの馬鹿どもが! 馬鹿過ぎて恥ずかしい! プラグ君と、ゼラト君も! 申し訳無い!」
「本当に悪かった! 申し訳無い!」
二人揃って直角のお辞儀だ。
プラグとゼラトは慌てて、大丈夫です頭を上げて下さい、と言うはめになった。
ランドルはゼラトの持つ赤プレートを見て、心配そうに尋ねてきた。
「その妖精は、一度死んでしまったのか? 魂をつなぎ止めるとは驚きだが……。本当に悪かった……記憶は戻りそうか? もう無理なのか」
プラグは頷いた。
「妖精の場合は、魂(レフル)が体から離れた時点で、記憶との繋がりが切れるそうです。精霊の場合は核があれば、記憶は残ることが多いですが、妖精はまだ核との繋がりが弱いので……。でも癖とか、好きな物は変わりません。同じ魂(レフル)ですから」
それを聞いたクエンティンが、震えながら眉尻を下げた。
近衛兵も精霊騎士なので、この重さは分かるはずだ。
「そうか……ゼラト君、本当にすまなかった。どう謝っても、許されないと思うが、大切にしてやってくれ……」
クエンティンの言葉にゼラトが笑って頷いた。
「はい。もう人を蹴飛ばさないように、ちゃんと躾けます。びっくりした本当に……意外に気が強いって言うか、お転婆なんだな」
ゼラトはプレートを見ながら苦笑した。
……プラグは『ゼラトは強い』と思った。
人の強さは知っていたが、ここに来てから驚く事ばかりだ。
プラグが今更、変わったとしても……あの人達に、許してもらえるだろうか?
答えの来ない、無意味な問いかけだと分かっているけれど。
全てを失って、その上で、ホタルを死なせてしまうような、最悪な精霊だけれど。
この世界を守りたい。恐くても、せめて一歩、踏み出したいと思った。
「それで、これからの事だが、申し訳無いのだが……王族命令だ。十年、今日の事は、内緒にしておいてもらえるか……?」
クエンティンの言葉に、プラグは、はっと現実に引き戻された。
先にゼラトが「はい」と頷いていた。
プラグも、微笑んで頷いた。
「ええ。そうします。いつか思い出話にできますよ、妖精は記憶が無くなっても、本当にそのままですから。消えてしまったのは悲しい事だけど、その分、ゼラトが可愛がってくれます。な、ゼラト」
「もちろん。もう俺、土の精霊だけ使うって気分。土最高!」
ゼラトの明るい言葉に助けられ、プラグは微笑んだ。
「そんなに決める事は無いよ。たぶん風とは相性が良いはずだから」
そこでクエンティンが歯を食いしばった。
「くうぅ、この違い! 君の落ち着きを皆に分けたい……! どいつもこいつも、腕白なんだよ、まったく貴族だって平民だって、どいつも一緒だ!」
プラグは思わず笑った。
「あ。そうだ。一つ提案なんですけど。ファータについてですが。確かにファータは良い馬で、気になる人もいるようです。だから条件付きで近衛の候補生にも貸し出します。条件はちょっと難しくて『ファータの気持ちが分かるようになったら』で。ファータは賢いので人の言葉が分かります。乗って良い? と聞いて頷いたら乗って大丈夫です。乗りたかったら世話したり餌をあげたりして、仲良くなって下さい。太らせないようにちゃんと厩務員さんに聞いてからですが。細かい事はビルフさんに聞いて下さい。合図や分かる言葉も渡してありますから。ファータ、それでいいか? この服の皆さんと仲良くしてくれるか?」
ファータはプラグを見つめて、近衛と候補生を見て頷いた。
「だそうです。人懐っこい馬なんですけど、最近はあまり構ってやれなくて。あ、牡馬、特にチーカーとは一緒に走らせないで下さい。狙ってるので……遠乗りは牝馬と一緒でお願いします」
プラグは苦笑した。
クエンティンが深く頷いた。
「……そうか、ありがとう。つまり……これからも遠慮なく、ここを使って良いって事だな?」
「ええ、もちろん。共用ですから」
プラグは頷いた。
「だそうだ、お前等。まったくもう。 ――今日はここまでだ。悪かったな、また遊んでやってくれ」
「はい。また。――じゃあ、行こうか」
プラグは頷いてゼラトを見た。
ゼラトは笑って、大きく手を振った。
「よし、じゃあ、またなー! 先輩達! 今度、皆と来るから会ったらよろしく!」
プラグも手を振って、ゼラトと共に立ち去った。