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第14話 番外編 国王の憂鬱 -2/3- ②

ー/ー



その後、軽く二人で手合わせをして、二人は山を下りた。

帰り道、ゼラトはホタルが驚くかも、と言って遅い道を選んだ。
ホタルはすっかりゼラトに懐き、今は二人の周囲を楽しそうに飛んでいる。山から降りるのは初めてだという。

「俺さー。お前の事、ちょっと勘違いしてたかも」
「?」
「お前、単に変わった奴だったんだな」
「変わってるかな……?」
「また今度、皆と一緒に遠乗りに行こうぜ。結構楽しかった。ホタルにも会えたし。――俺、精霊って、よく分かんないな、ちょっと恐い、って思ってたんだけど、そんな事、無いのかもな。俺の持ってるアール=ララフって、無口で何考えてるか分からなくてさ。言う事は聞いてくれるんだけど……」
「あー。なるほど。精霊も色々いるからな」
『アール=ララフ(土/隆起)』は長い白髪と茶色い肌を持つ女性精霊で、瞳は漆黒。美人だが、無口で無愛想なのは間違い無く、確かに少しやりにくいかもしれない。

「なんか、カルタ豆知識とか無いか? コツとか」
「ははは。さすがに無いよ。あ。ただ、参考になるか分からないんだけど。土の精霊は大人しい精霊が多いって聞いた。だからそれが普通じゃ無いかな? 嫌なら来ないだろうし」
プラグの言葉にゼラトが頷いた。
「確かに……嫌われてはいないみたいなんだけど。なんで選ばれたんだろ? 貰った時も、別に……彼女は俺の所に行きたがっていた、みたいな感じだったけど。穴埋めとかかな?」
プラグは「何でだろう」と呟いた後、もう少し考え、思い出した。

「あ……もしかしたら、面食いなのかも? それはないか」
と言って笑った。
そう言えばアール=ララフは見た目は無愛想だが、可愛い物が好き、という精霊だった。日がな一日、地面に寝転がって野兎を見ていたり、蝶々をひたすら眺めていたり。
「ええ? そんなのあり?」
「決め方は知らないけど、ナダ=エルタの話だと、挙手制みたいだから。精霊達も毎年候補生が来て、さて誰にしようってなって、じゃあ好みの子にしよう、って考えてるんじゃ無いか? 皆、普通の女子だよきっと。かぶったらじゃんけんで決めたりとか?」
「そういや、俺、なんで俺を選んだの? って聞いたけど、何か恥ずかしそうにして、答えてくれなかったんだよな……まさか本当にそうなのかよ……? また顔かー……?」
ゼラトが自分の頰をつねって苦笑した。
プラグも苦笑する。
「顔はなぁ。どうだろう。アールに『可愛い物がすき?』って聞いてみたら? それか『俺の顔が好き?』とか?」
「まあ聞いてみるか。結構、隆起って扱いが難しくて、練習してたんだけどさ。アール=ララフが、なーんか上の空って言うか? こっちを見てるんだよなぁ。そのせいか?」
「それはそうかも。ゼラトはとても可愛いから。見とれてたんだよ」
プラグは声を上げて笑った。
ゼラトは少しむくれている。
「俺だって、成長したら背が伸びて格好いい男に――、あ、人がいる?」
「あ、本当だ。近衛の候補生かな。珍しい……」
話す間に、いつの間にか『遅い道』を抜けていた。前方三十五メルトほど先の、別れ道の際に近衛の候補生達がいる。
近衛の訓練着は、精霊騎士課程のものとデザインは同じで、生地の青色も同じだが、縁取りが黄色――金色だ。

近衛の候補生は五人いて、皆、馬から下りて話している。
年齢は皆、プラグ達より少し上。十六、七歳くらいだろうか? 

中央に一番背の高い、濃い水色髪の、長い巻き毛の少年がいて、何か深刻な相談をしているようだ。

背の高い少年は、形の良い細い眉を顰めて、何やら考え込んでいる。
背は高いが、一番年長という感じはしない。年は十六歳程度だろうか。
少年の顔立ちはかなり端正で、瞳は僅かに紫ががった灰色。上に行くほど濃く青みがかって見える……不思議な色だった。若干、垂れ目で、切れ長の目は目尻に長い睫毛がある。前髪は額の真ん中で分けていて、後ろ髪は白いリボンで緩くまとめていた。
肌は全く日に焼けておらず、青白い。髪色はアドニスより濃く、ウォレスよりは薄い。ちょうど中間と言ったところか。
細身かつ、凛とした佇まいで、全てひっくるめるとずいぶんな美形と言えるだろう。

「どうしたんだろう?」
プラグとゼラトは普通に近づいて、一応、挨拶の為に馬から下りた。
取り込み中のようなので微笑んで「お疲れ様です」と言って、通り過ぎた。皆、やはり会話中で、「ああ」とか適当な返事が返ってきた。ゼラトも後に続いた。

すれ違った後、プラグは十メルトほど先に、五人、黒いマントの男がいるのに気が付いた。男達はすぐに、木の間に引っ込んでしまった。
「視察の人かな」
「かも?」

「おい、そこの君――」
その時、背後から呼び止められた。
プラグが立ち止まって振り返ると、金髪の少年と、茶髪の少年がいて、揃って声を掛けてきた。
「君、悪いんだけど、その馬、貸してくれないか?」
金髪の少年が話し掛けてきた。
「え?」
プラグは瞬きをした。
「いや実は、あの方がその馬に乗りたがってたんだけど、ちょうど出かけたって聞いて、別の馬にしたんだ。でも見つけたからって事で……いいか?」
残りの三人もプラグを見ている。
「今からですか? どちらまで? もう四時くらいのはずですが」
プラグは尋ねた。ゆっくり戻って来たので、時間が経っている。
「ちょっと山の麓まで、速い道を行く予定なんだけど。往復で。久々の休みだからさ、頼むよ」
プラグは少し考えた。
「ファータはまだ走れる?」
プラグがファータに尋ねると、ファータは蹄で返事をした。
プラグはもう少し尋ねた。
「速い道を、往復だけど大丈夫?」
するとファータは、余裕。嫌じゃ無い、という感じを出している。

「ファータは良いみたいですけど、もう山まで行ってきた後なので、あまり速さを出さず、麓までは行かずに、途中で切り上げて、五時までに戻って下さると助かります。どなたが乗るんですか?」
「あの背の高い方だよ、いいなら良かった、その馬はいつも駄目って言われるから」
プラグは濃い水色髪の少年を見た。
「ああ。あの方は……?」
すると茶髪の少年が小声で言った。
「あの方は、レイン・イーユ・ラ・フランドル・サルザット様だ。サルザット領の」
「サルザット……? 分かりました」
サルザットと言えば南西の領地だが――確か名門のはずだ。
プラグは頷き、直接渡す事にした。
「え? 貸すの?」
「うん。ファータが良いって言ってるし。断る理由も無いし……ただ遅いから、このまま俺はここで帰りを待つ事にする。ゼラトは先に戻る?」
「どしよかな。て言うか、いっそ半分までで、往復で三十分以内にしてもらえよ。俺達帰る所なんですよ。もう終わりですし、いいですよね? 腹、減ったんで」
ゼラトがはっきりと言ってくれた。
プラグはゼラトの言葉に頷いた。
「そうだね。それで良いなら大丈夫です。門限もありますし」
「ああ、そうだな、確かに遅いしそれでいい。じゃあ行こう」
話がまとまり、金髪の少年がほっとした様子を見せた。

そしてプラグは長い名前の貴族に、ファータを貸した。
「でも疲れていると思うので、道の真ん中までで引き返して頂けますか? 全速は出さずに程々で。俺はここで待ってますので。あ。そうだ。代わりにその馬、預かります」
長い名前の貴族が頷いた。

■ ■ ■

路肩に避けると、ちょうど柵があったので、プラグは近衛の青毛馬とルーランを繋いで、近くに座って、ゼラトと雑談をした。

「ゼラトは帰っても良かったのに?」
「まあ三十分だし? 付き合う。そういやホタルって名前、お前が付けたのか?」
「いや、名前を付けたのは、さっき話した、浄化の精霊、アリア=エルタらしいよ。精霊になると勝手に名前が付くんだけど、妖精はまだ名前を持っていないから、付けてくれたって。『ル=ラナ=ホタル』の『ル』って言うのは妖精の証で、精霊になると取れる。だからその時が来たら『ラナ=ホタル』になるな。小石の精霊は初めてだけど、石の大精霊はいるから、ホタルって同じ種族名がついてる」
「種族名……じゃあラナって呼んだ方がいいのか?」
「どうだろう。妖精には敬意を払いたいから、俺はホタルって呼んでるけど、親しくなったらラナでもいいかも」
プラグはちょんちょん、とホタルをつついた。ホタルは笑ってプラグの指を掴んだ。

ゼラトはホタルをじっと見つめて……首を傾げた。
「なぁ妖精って、精霊とどう違うんだっけ?」
プラグはどう説明しようか、少し考えてから口を開いた。
「えーと。精霊はまず、『霊体(ラフィ)』っていう意識だけの存在として発生して、あちこちを漂っているんだけど、何かの切っ掛けで、自分の依り代になる物を見つけると、そこに乗り移る事があって、その場合は妖精になる。依り代は自分と同じ性質の物でないといけないから、見つけて乗り移るのは珍しい。って感じかな」
「へぇ~。そりゃ凄いな」
「うん」
プラグは頷いた。
プラグは、精霊よりもっと純粋な存在が妖精で、妖精の存在は奇跡だと思っている。
『霊体(ラフィ)』が自分に合った物に乗り移る――これは本当に珍しく、プラグも数えるほどしか見た事が無い。ラ=サミル曰く、妖精はもっと昔は沢山いたが、今ではほとんど精霊になってしまった為、簡単には見つからないのだという。精霊が既にいる場合はそもそも、同じ意志が発生しない。
ホタルの石一族はかなり多く、細かい名前の、例えば、花こう岩、石英や、岩や岩石の精霊などがいる。鉱物や各種宝石の精霊は金一族の名を持つ場合が多く、こちらも沢山いる。
ざっくりと『小石』という精霊は今までいなかったのか、既にホタルの『霊体(ラフィ)』いて生まれなかったかのどちらかだ。となると、ホタルは古い存在の可能性もある。
ちなみに石一族や、宝石の精霊は戦闘には不向きな者も多い。
皆、とても綺麗なのだが、そもそも攻撃が苦手……と言うことがあるのだ。ただ、石一族も金一族も、石や宝石を投げて攻撃ができるので、ホタルも戦えるかもしれない。

「妖精から精霊になった例は、ごくたまにあるかな……くらい、らしいよ。たぶん、変わった見た目の精霊と関係があるんだと思う。って養父が言ってた」
「お前の養父な。へぇ~、やっぱ物知りだな。変わった見た目の精霊って?」
「猫とか、羊とか。動物の特徴を持つ精霊は、元は妖精だったことが多いんだって。なんで猫に乗り移ったのかは分からないけど。メオン=リンドとかはしばらく猫だったかもね」
「ええ!? 嘘だろ」
プラグは笑った。
「ははは。これは嘘だよ。ただ霊体や妖精の時に、猫を見たら猫みたいな特徴を持ってしまう事があるみたいだ。精霊は基本人型だけど、自分がいいな、って思った物に影響を受けるんだって。精霊になると妖精だったときの記憶はぼんやりあるかも……、くらいになるみたい。長生きだから、妖精に会ったら仲良くして、いつかまた会えるかも、って思うのがいいかな。俺はホタルって響きが気に入ってるけど、ゼラトは持ち主だからラナでもいいのかな」
プラグが言うと、ホタルは首を傾げた。
キルト語なので分からないのだろう。

動物の特徴を持つ精霊については昔、不思議に思って精霊達に聞き取りをした。するとそう言えば猫が好きだった、とか羊の多いところにいた気がする、と言う答えが返ってきた。精霊が鳥のような羽を持つのは、鳥を見ていたからかもしれない。するとコウモリの羽は、コウモリを見ていたのか? 昆虫の羽は、昆虫を……? カド=ククナは、皆、様々な要素が混じり合って精霊になっているのだろうと結論づけた。精霊には、同族同士で似た姿を持つ者がいるが、それは発生した環境が近かったせいかもしれない。

『ゼラトにホタルって呼んで欲しい? それともラナ?』
プラグが尋ねると、ホタルは。プラグの指にぶらさがって遊びながら。
『ドッチ、デモイイ』
と笑顔で答えた。ホタルは名前にこだわりがないらしい。
「――どっちでもいいって。はい。ル=ラナ=ホタルをよろしく」
プラグは微笑み、ホタルをゼラトの手の平に載せた。
「あ、どうも……なんか不思議だな、妖精をもらうなんて」
「そう?」
「妖精なんて本で見たことしか無いって。ハジコ村にもいなかったし。実習の時は自然精霊が居たけど、水のやつで、喋らなかったし」
「あ、俺、その実習、受けていない……。今度頼もうかな」
「お前、別にいらないんじゃないか? 妖精を捕まえられるなんて相当だぜ?」
「捕まえたって言うか、友達になったっていう感じ」

プラグが湖にルルミリーの様子を見に行ったら、そこでアリアがホタルの事を思い出して、山の滝壷に妖精がいると教えてくれた。
一応、アリアが滝壷を出て城に行くときに声をかけたが、城より山の方がいい、と言ったらしい。当時の国王は良い人で、それならこのままにしておこう、と言ってそっとしておいてくれた。
……つまりアリアは今まで放置していたのだ。精霊は長生きなので少しのんびりしたところがある。
ホタルはホタルで適当に飛び回っているから、別にアリアが居なくてもやっていける、とは言っていたが、いざ思い出したら、今はどうしているだろう、元気だろうか、最近はあの山で狩りをする人間が多いから、捕まっていないだろうか……と心配になったようだった。
それならとプラグは代わりに山に入って、探す事にした。
はじめは気配はするものの、姿を見せてくれなかった。まあそうだろうと思って、精霊の姿に戻って声を掛けたら出て来てくれた。もちろん山に誰もいないのは、確認済みだ。
それからしばらく遊んで友達になった。

プラグはこの辺りの事情は全て飛ばして、ゼラトに「いい主人ができてよかった」と言った。
「妖精は扱いが難しいから、プレートに収めるのが良いと思う。隊長に頼んで、巫女にやってもらおう」
勿論、この巫女というのはアメル――プラグの事だ。妖精には意思があり『魂(レフル)』や『核』もあり、構成は精霊に近いので、弱らせてもプレートには入らない。
プラグはホタルの近況を聞いて、プレートのことを説明して、プレートに入ったらどうか、と尋ねていた。
ホタルはアリアがプレートに入った時のことを覚えていて、そうすると言ってくれた。
当時の王様は優しい人物だったらしい。
……妖精は『この精霊は嘘をついているかも』と思い至らないくらい、純粋なのだ。
嘘ではないし、証拠としてアリアから髪飾りを借りてきたが、それだって殺して奪ったとか、盗んで使っているとか、色々考えられるのだが、もし髪飾りが無くてもプラグが精霊というだけで信用してもらえただろう。
ちなみにアリアは教育の一環として『カド=ククナ』やクロスティアの事をホタルに話したらしく、ホタルは『ア、ソウイエバ、シッテル!』という感じだった。妖精はいずれ精霊になるので……と言うアリアの親心だ。

「……やっぱ、ちょっと心配かも。喋る生き物だもんな。俺だけ持ってたら羨ましいって思われるかも」
ゼラトは不安なようだ。
それはあるかもしれないので、プラグは苦笑した。
「大丈夫。何なら隊長に説明して貰おう。気が合ったからとか。育て方はアール=ララフも、他の精霊も妖精は大好きだから、ゼラトが忙しい時は皆で世話してくれると思うよ。隊長はアリア=エルタの事も知ってるから、後でアリアに会わせてあげよう。湖にいるんだけど、どこにいるかはわからないから、隊長に聞かないと。先にプレートかな」
「へぇ。ならいいか。……妖精って、見つけても勝手に連れて行っちゃダメなのか? 法律があるとか?」
「うーん……ストラヴェルにはないけど、セラ国には売買禁止の法律がああったと思う。捕獲も条件があるはずだ。妖精には意志があるから、無理矢理は良くないと言うか、嫌いな人の側だとすぐ弱って、死んでしまうんだ」
プラグの言葉にゼラトが眉を顰めた。
「えっ? それってやばくない。育てにくそう」
「ああ、大丈夫。プレートに入れば、死んでしまう事はまずないから。ゼラトは土の精霊を持ってるから、もし気に入れば、って思ってた。でなければ、隊長か他の誰かを探すつもりだった」
「色々考えてるんだなぁ。ふーん。じゃあ戻ったら、すぐプレートに入れないとな」
ゼラトの言葉に、プラグは頷いた。

やがて、ホタルはゼラトの膝で眠ってしまった。側では柵に繋いだルーランが草を食んでいる。
「そういや、あの三角のって結界だったのか?」
ゼラトが言った。
「うん、簡単なやつだけど」
「そんな事もできるんだから、凄ぇはずだよなぁ、どこで覚えたんだ?」
「妹が巫女だから、教えてもらったんだ」
「あ、あの凄い可愛い子! この前見た。へーぇあの子巫女だったのかー」
「うん、紅玉鳥もいるよ。今はここにいたり、妹の所にいたり、気まぐれに飛んでる」
「ここにいんの?」
「馬小屋の近くに鳥小屋があっただろ。二階建ての。あれが使ってなかったから、使って良いって言われて」
「ああ。あれ鳥小屋なんだな……つか、お前さー、隊長と仲良すぎねぇ? 親戚とか?」
「いや、そんな事ないよ。普通」
「隊長もお前に色々なんかやってるし?」
「いや、隊長はたぶん、誰にでもそうだよ。頼めばすぐやってくれる。意外とマメって言うか。変わった人だよなぁ」
プラグはしみじみ頷いた。リズのおかげでここにいるのが少し楽しい。
ゼラトが苦笑する。
「隊長も、お前には言われたくないと思う……いやでも、確かに変わってるけど……変な人だよなぁ――お、戻って来た! やっとか」

ゼラトの言葉にプラグは立ち上がった。
「さて、じゃあ帰ろうか。貰ってくる」
「ん、じゃ黒い馬、連れて来る」
「あ、そうか――あ、呼んでる。ごめんお願いして良い?」「んー」
レイン達が何か言いたげなので、プラグはそのままレイン・サルザットの元へ向かい、ゼラトは、ルーランと青毛馬を繋いだ柵へ向かった。

「お疲れ様です。どうでした?」
するとレインはファータの頭を見た。
「いい馬だ。もう一度走りたい」
と言った。
「いや、すみません。もう時間ですから」
「この馬はお前の物か?」
「ええ、そうです」
「いくらだ?」
「は?」
「いくらでも出すぞ」
「いえ、売る気は無いんですよ」
プラグは苦笑した。サルザット家は噂通り、少し面倒な家柄らしい。
貸すのも迷ったが、下手に断っても面倒だった。
「とりあえず、降りて頂けますか? あちらで馬が待っていますから」
プラグが元の馬を示して言うと、サルザットのレインはファータから下りた。
レインは眉間に皺を寄せ、難しい顔をしている。

「ファータ、楽しかったか?」
ファータは楽しんだらしい。汗を掻いているので戻って手入れをしてやりたい。
ところがレインが手綱を放さない。
プラグは首を傾げた。
「どうしました?」
「この馬は我が家のウライガと掛け合わせる」
「はぁ。でもファータはまだ三歳なので無理ですよ。それに相手になりそうな馬がいるので……」
「どの馬だ? それごと買い取る」
「あ、いえ。エアリ公爵所有のチーカーです。あの黒い。騎士団の馬なので、ちょっと難しいと思います。気に入って頂けたのは嬉しいですけど……この話はここまでで」
「なら子供を寄越せ」
「そんな、まだ先の事ですし。ファータがチーカーを気に入らなければ、子供もできませんよ? ではこれで」
プラグは手綱を取り返して、立ち去ろうと背を向けた。
その時、左肩を掴まれたので思わず振り向いた。

「危ないな」
プラグはレインの拳を止めて溜息を吐いた。
怒っています、と言う顔をしていたが急に殴りかかって来るとは。

「ば……、いや、うん。とにかく売りませんから、失礼しますね。お疲れ様です」
プラグは『ばか……』と言いかけて飲み込み、笑って頭を下げた。
すると風を切る音が聞こえた。
「!」
プラグは目を丸くした。
「ちょっと!」
と言うゼラトの声が聞こえる。
「――ホタル!」
ホタルがレインの頰を小さな足で蹴飛ばしていた。先程こちらに来てプラグの周囲を飛んでいたのだ。
その瞬間はゆっくりに見えた。
気付いたときには、ホタルは地面に叩き付けられていた。



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帰り道、ゼラトはホタルが驚くかも、と言って遅い道を選んだ。
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「俺さー。お前の事、ちょっと勘違いしてたかも」
「?」
「お前、単に変わった奴だったんだな」
「変わってるかな……?」
「また今度、皆と一緒に遠乗りに行こうぜ。結構楽しかった。ホタルにも会えたし。――俺、精霊って、よく分かんないな、ちょっと恐い、って思ってたんだけど、そんな事、無いのかもな。俺の持ってるアール=ララフって、無口で何考えてるか分からなくてさ。言う事は聞いてくれるんだけど……」
「あー。なるほど。精霊も色々いるからな」
『アール=ララフ(土/隆起)』は長い白髪と茶色い肌を持つ女性精霊で、瞳は漆黒。美人だが、無口で無愛想なのは間違い無く、確かに少しやりにくいかもしれない。
「なんか、カルタ豆知識とか無いか? コツとか」
「ははは。さすがに無いよ。あ。ただ、参考になるか分からないんだけど。土の精霊は大人しい精霊が多いって聞いた。だからそれが普通じゃ無いかな? 嫌なら来ないだろうし」
プラグの言葉にゼラトが頷いた。
「確かに……嫌われてはいないみたいなんだけど。なんで選ばれたんだろ? 貰った時も、別に……彼女は俺の所に行きたがっていた、みたいな感じだったけど。穴埋めとかかな?」
プラグは「何でだろう」と呟いた後、もう少し考え、思い出した。
「あ……もしかしたら、面食いなのかも? それはないか」
と言って笑った。
そう言えばアール=ララフは見た目は無愛想だが、可愛い物が好き、という精霊だった。日がな一日、地面に寝転がって野兎を見ていたり、蝶々をひたすら眺めていたり。
「ええ? そんなのあり?」
「決め方は知らないけど、ナダ=エルタの話だと、挙手制みたいだから。精霊達も毎年候補生が来て、さて誰にしようってなって、じゃあ好みの子にしよう、って考えてるんじゃ無いか? 皆、普通の女子だよきっと。かぶったらじゃんけんで決めたりとか?」
「そういや、俺、なんで俺を選んだの? って聞いたけど、何か恥ずかしそうにして、答えてくれなかったんだよな……まさか本当にそうなのかよ……? また顔かー……?」
ゼラトが自分の頰をつねって苦笑した。
プラグも苦笑する。
「顔はなぁ。どうだろう。アールに『可愛い物がすき?』って聞いてみたら? それか『俺の顔が好き?』とか?」
「まあ聞いてみるか。結構、隆起って扱いが難しくて、練習してたんだけどさ。アール=ララフが、なーんか上の空って言うか? こっちを見てるんだよなぁ。そのせいか?」
「それはそうかも。ゼラトはとても可愛いから。見とれてたんだよ」
プラグは声を上げて笑った。
ゼラトは少しむくれている。
「俺だって、成長したら背が伸びて格好いい男に――、あ、人がいる?」
「あ、本当だ。近衛の候補生かな。珍しい……」
話す間に、いつの間にか『遅い道』を抜けていた。前方三十五メルトほど先の、別れ道の際に近衛の候補生達がいる。
近衛の訓練着は、精霊騎士課程のものとデザインは同じで、生地の青色も同じだが、縁取りが黄色――金色だ。
近衛の候補生は五人いて、皆、馬から下りて話している。
年齢は皆、プラグ達より少し上。十六、七歳くらいだろうか? 
中央に一番背の高い、濃い水色髪の、長い巻き毛の少年がいて、何か深刻な相談をしているようだ。
背の高い少年は、形の良い細い眉を顰めて、何やら考え込んでいる。
背は高いが、一番年長という感じはしない。年は十六歳程度だろうか。
少年の顔立ちはかなり端正で、瞳は僅かに紫ががった灰色。上に行くほど濃く青みがかって見える……不思議な色だった。若干、垂れ目で、切れ長の目は目尻に長い睫毛がある。前髪は額の真ん中で分けていて、後ろ髪は白いリボンで緩くまとめていた。
肌は全く日に焼けておらず、青白い。髪色はアドニスより濃く、ウォレスよりは薄い。ちょうど中間と言ったところか。
細身かつ、凛とした佇まいで、全てひっくるめるとずいぶんな美形と言えるだろう。
「どうしたんだろう?」
プラグとゼラトは普通に近づいて、一応、挨拶の為に馬から下りた。
取り込み中のようなので微笑んで「お疲れ様です」と言って、通り過ぎた。皆、やはり会話中で、「ああ」とか適当な返事が返ってきた。ゼラトも後に続いた。
すれ違った後、プラグは十メルトほど先に、五人、黒いマントの男がいるのに気が付いた。男達はすぐに、木の間に引っ込んでしまった。
「視察の人かな」
「かも?」
「おい、そこの君――」
その時、背後から呼び止められた。
プラグが立ち止まって振り返ると、金髪の少年と、茶髪の少年がいて、揃って声を掛けてきた。
「君、悪いんだけど、その馬、貸してくれないか?」
金髪の少年が話し掛けてきた。
「え?」
プラグは瞬きをした。
「いや実は、あの方がその馬に乗りたがってたんだけど、ちょうど出かけたって聞いて、別の馬にしたんだ。でも見つけたからって事で……いいか?」
残りの三人もプラグを見ている。
「今からですか? どちらまで? もう四時くらいのはずですが」
プラグは尋ねた。ゆっくり戻って来たので、時間が経っている。
「ちょっと山の麓まで、速い道を行く予定なんだけど。往復で。久々の休みだからさ、頼むよ」
プラグは少し考えた。
「ファータはまだ走れる?」
プラグがファータに尋ねると、ファータは蹄で返事をした。
プラグはもう少し尋ねた。
「速い道を、往復だけど大丈夫?」
するとファータは、余裕。嫌じゃ無い、という感じを出している。
「ファータは良いみたいですけど、もう山まで行ってきた後なので、あまり速さを出さず、麓までは行かずに、途中で切り上げて、五時までに戻って下さると助かります。どなたが乗るんですか?」
「あの背の高い方だよ、いいなら良かった、その馬はいつも駄目って言われるから」
プラグは濃い水色髪の少年を見た。
「ああ。あの方は……?」
すると茶髪の少年が小声で言った。
「あの方は、レイン・イーユ・ラ・フランドル・サルザット様だ。サルザット領の」
「サルザット……? 分かりました」
サルザットと言えば南西の領地だが――確か名門のはずだ。
プラグは頷き、直接渡す事にした。
「え? 貸すの?」
「うん。ファータが良いって言ってるし。断る理由も無いし……ただ遅いから、このまま俺はここで帰りを待つ事にする。ゼラトは先に戻る?」
「どしよかな。て言うか、いっそ半分までで、往復で三十分以内にしてもらえよ。俺達帰る所なんですよ。もう終わりですし、いいですよね? 腹、減ったんで」
ゼラトがはっきりと言ってくれた。
プラグはゼラトの言葉に頷いた。
「そうだね。それで良いなら大丈夫です。門限もありますし」
「ああ、そうだな、確かに遅いしそれでいい。じゃあ行こう」
話がまとまり、金髪の少年がほっとした様子を見せた。
そしてプラグは長い名前の貴族に、ファータを貸した。
「でも疲れていると思うので、道の真ん中までで引き返して頂けますか? 全速は出さずに程々で。俺はここで待ってますので。あ。そうだ。代わりにその馬、預かります」
長い名前の貴族が頷いた。
■ ■ ■
路肩に避けると、ちょうど柵があったので、プラグは近衛の青毛馬とルーランを繋いで、近くに座って、ゼラトと雑談をした。
「ゼラトは帰っても良かったのに?」
「まあ三十分だし? 付き合う。そういやホタルって名前、お前が付けたのか?」
「いや、名前を付けたのは、さっき話した、浄化の精霊、アリア=エルタらしいよ。精霊になると勝手に名前が付くんだけど、妖精はまだ名前を持っていないから、付けてくれたって。『ル=ラナ=ホタル』の『ル』って言うのは妖精の証で、精霊になると取れる。だからその時が来たら『ラナ=ホタル』になるな。小石の精霊は初めてだけど、石の大精霊はいるから、ホタルって同じ種族名がついてる」
「種族名……じゃあラナって呼んだ方がいいのか?」
「どうだろう。妖精には敬意を払いたいから、俺はホタルって呼んでるけど、親しくなったらラナでもいいかも」
プラグはちょんちょん、とホタルをつついた。ホタルは笑ってプラグの指を掴んだ。
ゼラトはホタルをじっと見つめて……首を傾げた。
「なぁ妖精って、精霊とどう違うんだっけ?」
プラグはどう説明しようか、少し考えてから口を開いた。
「えーと。精霊はまず、『霊体(ラフィ)』っていう意識だけの存在として発生して、あちこちを漂っているんだけど、何かの切っ掛けで、自分の依り代になる物を見つけると、そこに乗り移る事があって、その場合は妖精になる。依り代は自分と同じ性質の物でないといけないから、見つけて乗り移るのは珍しい。って感じかな」
「へぇ~。そりゃ凄いな」
「うん」
プラグは頷いた。
プラグは、精霊よりもっと純粋な存在が妖精で、妖精の存在は奇跡だと思っている。
『霊体(ラフィ)』が自分に合った物に乗り移る――これは本当に珍しく、プラグも数えるほどしか見た事が無い。ラ=サミル曰く、妖精はもっと昔は沢山いたが、今ではほとんど精霊になってしまった為、簡単には見つからないのだという。精霊が既にいる場合はそもそも、同じ意志が発生しない。
ホタルの石一族はかなり多く、細かい名前の、例えば、花こう岩、石英や、岩や岩石の精霊などがいる。鉱物や各種宝石の精霊は金一族の名を持つ場合が多く、こちらも沢山いる。
ざっくりと『小石』という精霊は今までいなかったのか、既にホタルの『霊体(ラフィ)』いて生まれなかったかのどちらかだ。となると、ホタルは古い存在の可能性もある。
ちなみに石一族や、宝石の精霊は戦闘には不向きな者も多い。
皆、とても綺麗なのだが、そもそも攻撃が苦手……と言うことがあるのだ。ただ、石一族も金一族も、石や宝石を投げて攻撃ができるので、ホタルも戦えるかもしれない。
「妖精から精霊になった例は、ごくたまにあるかな……くらい、らしいよ。たぶん、変わった見た目の精霊と関係があるんだと思う。って養父が言ってた」
「お前の養父な。へぇ~、やっぱ物知りだな。変わった見た目の精霊って?」
「猫とか、羊とか。動物の特徴を持つ精霊は、元は妖精だったことが多いんだって。なんで猫に乗り移ったのかは分からないけど。メオン=リンドとかはしばらく猫だったかもね」
「ええ!? 嘘だろ」
プラグは笑った。
「ははは。これは嘘だよ。ただ霊体や妖精の時に、猫を見たら猫みたいな特徴を持ってしまう事があるみたいだ。精霊は基本人型だけど、自分がいいな、って思った物に影響を受けるんだって。精霊になると妖精だったときの記憶はぼんやりあるかも……、くらいになるみたい。長生きだから、妖精に会ったら仲良くして、いつかまた会えるかも、って思うのがいいかな。俺はホタルって響きが気に入ってるけど、ゼラトは持ち主だからラナでもいいのかな」
プラグが言うと、ホタルは首を傾げた。
キルト語なので分からないのだろう。
動物の特徴を持つ精霊については昔、不思議に思って精霊達に聞き取りをした。するとそう言えば猫が好きだった、とか羊の多いところにいた気がする、と言う答えが返ってきた。精霊が鳥のような羽を持つのは、鳥を見ていたからかもしれない。するとコウモリの羽は、コウモリを見ていたのか? 昆虫の羽は、昆虫を……? カド=ククナは、皆、様々な要素が混じり合って精霊になっているのだろうと結論づけた。精霊には、同族同士で似た姿を持つ者がいるが、それは発生した環境が近かったせいかもしれない。
『ゼラトにホタルって呼んで欲しい? それともラナ?』
プラグが尋ねると、ホタルは。プラグの指にぶらさがって遊びながら。
『ドッチ、デモイイ』
と笑顔で答えた。ホタルは名前にこだわりがないらしい。
「――どっちでもいいって。はい。ル=ラナ=ホタルをよろしく」
プラグは微笑み、ホタルをゼラトの手の平に載せた。
「あ、どうも……なんか不思議だな、妖精をもらうなんて」
「そう?」
「妖精なんて本で見たことしか無いって。ハジコ村にもいなかったし。実習の時は自然精霊が居たけど、水のやつで、喋らなかったし」
「あ、俺、その実習、受けていない……。今度頼もうかな」
「お前、別にいらないんじゃないか? 妖精を捕まえられるなんて相当だぜ?」
「捕まえたって言うか、友達になったっていう感じ」
プラグが湖にルルミリーの様子を見に行ったら、そこでアリアがホタルの事を思い出して、山の滝壷に妖精がいると教えてくれた。
一応、アリアが滝壷を出て城に行くときに声をかけたが、城より山の方がいい、と言ったらしい。当時の国王は良い人で、それならこのままにしておこう、と言ってそっとしておいてくれた。
……つまりアリアは今まで放置していたのだ。精霊は長生きなので少しのんびりしたところがある。
ホタルはホタルで適当に飛び回っているから、別にアリアが居なくてもやっていける、とは言っていたが、いざ思い出したら、今はどうしているだろう、元気だろうか、最近はあの山で狩りをする人間が多いから、捕まっていないだろうか……と心配になったようだった。
それならとプラグは代わりに山に入って、探す事にした。
はじめは気配はするものの、姿を見せてくれなかった。まあそうだろうと思って、精霊の姿に戻って声を掛けたら出て来てくれた。もちろん山に誰もいないのは、確認済みだ。
それからしばらく遊んで友達になった。
プラグはこの辺りの事情は全て飛ばして、ゼラトに「いい主人ができてよかった」と言った。
「妖精は扱いが難しいから、プレートに収めるのが良いと思う。隊長に頼んで、巫女にやってもらおう」
勿論、この巫女というのはアメル――プラグの事だ。妖精には意思があり『魂(レフル)』や『核』もあり、構成は精霊に近いので、弱らせてもプレートには入らない。
プラグはホタルの近況を聞いて、プレートのことを説明して、プレートに入ったらどうか、と尋ねていた。
ホタルはアリアがプレートに入った時のことを覚えていて、そうすると言ってくれた。
当時の王様は優しい人物だったらしい。
……妖精は『この精霊は嘘をついているかも』と思い至らないくらい、純粋なのだ。
嘘ではないし、証拠としてアリアから髪飾りを借りてきたが、それだって殺して奪ったとか、盗んで使っているとか、色々考えられるのだが、もし髪飾りが無くてもプラグが精霊というだけで信用してもらえただろう。
ちなみにアリアは教育の一環として『カド=ククナ』やクロスティアの事をホタルに話したらしく、ホタルは『ア、ソウイエバ、シッテル!』という感じだった。妖精はいずれ精霊になるので……と言うアリアの親心だ。
「……やっぱ、ちょっと心配かも。喋る生き物だもんな。俺だけ持ってたら羨ましいって思われるかも」
ゼラトは不安なようだ。
それはあるかもしれないので、プラグは苦笑した。
「大丈夫。何なら隊長に説明して貰おう。気が合ったからとか。育て方はアール=ララフも、他の精霊も妖精は大好きだから、ゼラトが忙しい時は皆で世話してくれると思うよ。隊長はアリア=エルタの事も知ってるから、後でアリアに会わせてあげよう。湖にいるんだけど、どこにいるかはわからないから、隊長に聞かないと。先にプレートかな」
「へぇ。ならいいか。……妖精って、見つけても勝手に連れて行っちゃダメなのか? 法律があるとか?」
「うーん……ストラヴェルにはないけど、セラ国には売買禁止の法律がああったと思う。捕獲も条件があるはずだ。妖精には意志があるから、無理矢理は良くないと言うか、嫌いな人の側だとすぐ弱って、死んでしまうんだ」
プラグの言葉にゼラトが眉を顰めた。
「えっ? それってやばくない。育てにくそう」
「ああ、大丈夫。プレートに入れば、死んでしまう事はまずないから。ゼラトは土の精霊を持ってるから、もし気に入れば、って思ってた。でなければ、隊長か他の誰かを探すつもりだった」
「色々考えてるんだなぁ。ふーん。じゃあ戻ったら、すぐプレートに入れないとな」
ゼラトの言葉に、プラグは頷いた。
やがて、ホタルはゼラトの膝で眠ってしまった。側では柵に繋いだルーランが草を食んでいる。
「そういや、あの三角のって結界だったのか?」
ゼラトが言った。
「うん、簡単なやつだけど」
「そんな事もできるんだから、凄ぇはずだよなぁ、どこで覚えたんだ?」
「妹が巫女だから、教えてもらったんだ」
「あ、あの凄い可愛い子! この前見た。へーぇあの子巫女だったのかー」
「うん、紅玉鳥もいるよ。今はここにいたり、妹の所にいたり、気まぐれに飛んでる」
「ここにいんの?」
「馬小屋の近くに鳥小屋があっただろ。二階建ての。あれが使ってなかったから、使って良いって言われて」
「ああ。あれ鳥小屋なんだな……つか、お前さー、隊長と仲良すぎねぇ? 親戚とか?」
「いや、そんな事ないよ。普通」
「隊長もお前に色々なんかやってるし?」
「いや、隊長はたぶん、誰にでもそうだよ。頼めばすぐやってくれる。意外とマメって言うか。変わった人だよなぁ」
プラグはしみじみ頷いた。リズのおかげでここにいるのが少し楽しい。
ゼラトが苦笑する。
「隊長も、お前には言われたくないと思う……いやでも、確かに変わってるけど……変な人だよなぁ――お、戻って来た! やっとか」
ゼラトの言葉にプラグは立ち上がった。
「さて、じゃあ帰ろうか。貰ってくる」
「ん、じゃ黒い馬、連れて来る」
「あ、そうか――あ、呼んでる。ごめんお願いして良い?」「んー」
レイン達が何か言いたげなので、プラグはそのままレイン・サルザットの元へ向かい、ゼラトは、ルーランと青毛馬を繋いだ柵へ向かった。
「お疲れ様です。どうでした?」
するとレインはファータの頭を見た。
「いい馬だ。もう一度走りたい」
と言った。
「いや、すみません。もう時間ですから」
「この馬はお前の物か?」
「ええ、そうです」
「いくらだ?」
「は?」
「いくらでも出すぞ」
「いえ、売る気は無いんですよ」
プラグは苦笑した。サルザット家は噂通り、少し面倒な家柄らしい。
貸すのも迷ったが、下手に断っても面倒だった。
「とりあえず、降りて頂けますか? あちらで馬が待っていますから」
プラグが元の馬を示して言うと、サルザットのレインはファータから下りた。
レインは眉間に皺を寄せ、難しい顔をしている。
「ファータ、楽しかったか?」
ファータは楽しんだらしい。汗を掻いているので戻って手入れをしてやりたい。
ところがレインが手綱を放さない。
プラグは首を傾げた。
「どうしました?」
「この馬は我が家のウライガと掛け合わせる」
「はぁ。でもファータはまだ三歳なので無理ですよ。それに相手になりそうな馬がいるので……」
「どの馬だ? それごと買い取る」
「あ、いえ。エアリ公爵所有のチーカーです。あの黒い。騎士団の馬なので、ちょっと難しいと思います。気に入って頂けたのは嬉しいですけど……この話はここまでで」
「なら子供を寄越せ」
「そんな、まだ先の事ですし。ファータがチーカーを気に入らなければ、子供もできませんよ? ではこれで」
プラグは手綱を取り返して、立ち去ろうと背を向けた。
その時、左肩を掴まれたので思わず振り向いた。
「危ないな」
プラグはレインの拳を止めて溜息を吐いた。
怒っています、と言う顔をしていたが急に殴りかかって来るとは。
「ば……、いや、うん。とにかく売りませんから、失礼しますね。お疲れ様です」
プラグは『ばか……』と言いかけて飲み込み、笑って頭を下げた。
すると風を切る音が聞こえた。
「!」
プラグは目を丸くした。
「ちょっと!」
と言うゼラトの声が聞こえる。
「――ホタル!」
ホタルがレインの頰を小さな足で蹴飛ばしていた。先程こちらに来てプラグの周囲を飛んでいたのだ。
その瞬間はゆっくりに見えた。
気付いたときには、ホタルは地面に叩き付けられていた。