「すみません、リーオ隊士の言いつけで、お手伝いに来ました。アルスです」
時間通り、アルスは厨房顔を出した。手伝いなので髪は一つに纏めている。
「ああ、聞いてるよ。今日は精霊がいないから助かるよ」
シェフ頭のローレンスが苦笑した。
ローレンスは黒髪巻き毛に黒目、小太りの中年男性で、上下白の調理服を着ているが、クロスティア騎士団だからか、隊服と同じ、赤紫色の、紋章入りコックネクタイを締めていて、肩には金色の線が入っている。コックネクタイには灰色の縁取りがあってお洒落だ。
厨房には他に二人のシェフがいて、皆、お揃いの調理服を身に着けている。肩の線は灰色だった。
「その芋、洗ってくれる? 皮を剥くから、ブラシでざっと」
大量の芋を示される。
「はい!」
アルスは早速、洗い始めた。調理場には洗い場が二つ並んでいて、もう一カ所は空いている。ここにもお風呂場と同じく水道が通っていて、蛇口をひねれば綺麗な水が出る。仕組みは分からないが、クレナ湖の水を使っているという。
「で、今度は何をやらかしたの?」
ローレンスが笑った。
「実は、窓から『飛翔』で飛び降りて……」
アルスは答えた。今思うと恥ずかしい。
「ははは! それ、誰かが一回はやるやつだね。今年は、まさか王女様――ゴホン、アルスちゃんがやるなんてね。プラグ君も共犯かな」
「いえ、プラグは今日は大人しかったです」
「あはは」
他のシェフも笑っている。
候補生宿舎にはシェフが五人いて、一日三人で作業しているという。
今年は約六十食、候補生の多い年はもっと大変らしいが、候補生宿舎には暇な精霊が多いので、他の厨房に比べれば大分楽で、ローレンスは街でシェフをしていたが、気まぐれで応募し、採用され、もう十年以上勤めていると聞いた。
ローレンスは自分達が食べさせた子が凄い騎士になっていくのが、とても楽しいと言っていた。『あの子が?』みたいな活躍をするので、目玉が飛び出そうになるらしい。
五年前、隊長がリズになってからは、以前の十倍騒がしくて苦笑しきりだとか……。
精霊はだいたい常に十体ほどいて、持ち主が決まっていない精霊は、とりあえず厨房に配置され、皮剥き、千切り、炒め物、煮物、なんでも一通り手伝う。女性型だからか、皆、基本、器用で上手だという。メオン=リンド、ギナ=ミミムなど一部例外はあるそうだ。
時が経つにつれ、辞めるなどして候補生が減っていくこともあるので、手が空いたら本舎の厨房を手伝ったりする。そちらも手が足りていたら、献立を考えるか、奇抜な創作料理を作るらしい。他の仕事と掛け持ちが出来るので、料理修行に出ている者もいる。しかし、待遇が良いし、お城の仕事だし、美人が多いし、候補生も精霊も可愛いしで……うっかりするとこちらに居着いてしまうらしい。
精霊のおやつは、精霊の担当で、端に専用の作業場がある。
近頃は毎朝ラ=ヴィアとナダ=エルタが来て、二人で見たこともない美味しいお菓子を作っている。
ナダ=エルタは気前よく氷を提供してくれるので、宿舎と本舎、薔薇の館にはセラ国由来の『冷蔵庫』なるものが誕生した。冷たくできるし、保存ができて助かっているという。
「後で、プラグの妹のアメルちゃんも来ます。彼女も共犯なんです」
「妹さん? へぇ。お転婆なんだねぇ――そう言えば、アルスちゃんって包丁、使えるの?」
芋洗いが終わりそうなので、ローレンスが尋ねてきた。そう言えば、普段は精霊が沢山いるので、配膳くらいしか手伝う事は無い。
「はい、一応使えます。母が教えてくれたので。皮剥きは最低、できないとって言われて練習しました。切る、煮る、焼くくらいですけど……」
「へぇ、凄い感心だねぇ……じゃあちょっと頼もうかな」
「はい」
アルスは芋をむき始めた。久しぶりだが、腕は衰えていない。
「おっ、普通に上手いね。芋は滑るから、気を付けてやってね。ついでに芽も取ってくれる?」
「はい」
アルスは芋の芽をくりぬいた。
「――ただいまーです。お手伝いしましょうか……?」
のんびりと言って入って来たのは、水泡の精霊、ニア=エルタだった。持ち主はアドニスで、白い半袖のドレスを着た可愛い精霊だ。今日は髪を一つにまとめている。精霊達は手伝うときは髪を縛って、頭を三角の布で覆うことになっているらしい。
「ああ、ニアちゃん。丁度良かった、お芋の皮剥き、お願いしていい? アルスちゃんと一緒に」
「はい」
ニア=エルタは慣れた様子でエプロンを棚から取って、頭に三角の布をつけた。
「今日は皆は来そう?」
「そろそろ、戻ってくるはずです」
「そっか、良かった」
外で馬の嘶きと、蹄の音が聞こえて、アルスは顔を上げた。
「馬?」
誰かがバタバタと廊下を走る音がする。
「誰か、リーオを呼んでくれ!!」
――と言う声が聞こえた。シオウだ。アルスは顔を上げた。
「今の、シオウ?」
アルスは思わず包丁を置いて、廊下に向かった。
アルスが顔を出した時、シオウは厨房の横を通りすぎていた。曲がる後ろ姿が見え、廊下を奥へ向かっていく。廊下が濡れている。医務室の方向だ。何かあったらしい。
「私、リーオさん呼んで来ます! さっき会いました!」
「ああ、こっちはいいよ、急いで」
アルスはリーオがいる場所を知っていたので、迷わず図書室に向かう。
「リーオさん!」
すると途中でリーオに出くわした。どうやら聞こえていたようだ。
「どうした……!?」
「シオウがずぶ濡れで、医務室に!」
「分かった。――お前も来い」
リーオが急ぎながら言った。
「はい!」
アルスとリーオは連れだって医務室に入った。
すると医者の手を止めるシオウがいた。
「ちょっと、まって! まて、大丈夫です、生きてるから、ちょ、ちょっと待って」
「いや、服を脱がさないと……!」
「いや、うん、まって、待って下さい? あ、リーオ隊士!」
シオウはベッドに膝をつき、ずぶ濡れのアメルを抱えている。シオウ自身もずぶ濡れだった。
アルスはびっくりして、まずいと思った。アメルの中身はプラグなのだ。
リーオも察して、すぐに進み出た。
アメルの呼吸を確認して、医師のイサークを見る。
「息はある。イサーク、脱がせるのはちょっと待て」
「あっ、はい!」
イサークは従ったが、心配そうだ。
彼は三十代半ばの若い医者で、長い金髪を一つ結びにして、眼鏡をかけている。目も金色だった。身長はリーオと同じくらいで、体型はリーオより細い。アルスはラ=ヴィアの一件で倒れた時、彼のお世話になっていた。親子二代でこの騎士団にいて、父親のトルク医師と交代で勤務している。イサークはまだ若いがラヴェルの医術大学出身で、腕は確かだと言う。
「シオウ――溺れたのか?」
リーオが尋ねる。
「はい、湖で溺れて、息はあったんですけど、疲れたのか気絶して。一応連れて来ました」
シオウの返答にアルスはぎょっとした。
アメル――プラグが溺れた? チーズを届けに行っただけのはずだ。一体どうして?
「イサーク、診察を、脱がさないように」
「分かりました……レイナ、毛布を。呼吸は安定している……脈拍は正常、大丈夫。けど、体温が低い――三十四、お湯を沸かして」
「はい、毛布です、お湯はもう沸きます」
イサークは毛布をアメルにかけ、シオウにもかけた。
「君、火の精霊持ってたよね?」
「あっ、コル、イル出てこい!」
シオウが言うとコル=ナーダとイル=ナダが急いで出来て、それぞれアメルにとシオウに寄り添った。シオウがイル=ナーダに抱きつかれて「あったけ……」と言った。コル=ナーダはアメルの手を握って、体を温めていく。少し顔色が良くなり、周囲も温かくなった。
温かい手ぬぐいも用意されて、アメルの首筋や手に置かれた。
アメルはまだ冷たく、震えている。ドレスはびしょ濡れで、シーツに水が染みている。
「えっと、私、ドレスを絞ります……! 洗面器あります?」
アルスは洗面器を借りて、ドレスの裾を絞った。しかし、膝より上には……上げられない。
言っている場合では無いが、細くて白い足が、目の毒だ。露出しないように気を付けて絞った。
イサークがリーオを見る。
「――早く濡れたドレスを脱がさないと。……私は外しましょうか? この時期の水は冷たいし、ずぶ濡れだ。コルセットは取って良いですか?」
イサークの言葉にリーオが「待て」と言ってこちらを見た。
「コルセットを外していいか?」
リーオの言葉にシオウが頷く。
「それくらいなら――あれ? どうなってるんだ? 後ろか」
シオウがコルセットを眺めた。シオウはアメルを右向きにして、後ろの結び目を見つけて引いたが、おかしな風に絡まって、玉結びになってしまった。シオウの手はかじかんでいて、解けない。
「ああ、くそ、解けない」
「もう切っちゃいましょう、私がやります、はさみ下さい!」
「あっハイ」
イサークがはさみをアルスに渡した。
アルスは背中のリボンを切った。外側のコルセットを外すと、呼吸が楽になったらしい。
アルスはプラグの腰に触れて、あっと思った。固い。
「内側にもある……どうしよう。起きてプラ――ゴホン、アメル!」
うっかりプラグ、と呼び掛けそうになった。ぷら、くらいまで言った気がするが、まだ大丈夫だ。
「この子って、シオウ君の彼女?」
イサークは誤解したらしい。都合が良いのでアルスは頷いた。
「そうです。プラグの妹です、双子の。――プラグの妹ちゃんです! 大丈夫?」
アルスはアメルの頰を叩いた。
「う、ううん……」
するとプラグ――アメル? が呻いた。そして、薄目を開けた。
「あ! 良かった!」
「……アルス様……?」
「あれ、アメル?」
プラグではなく、アメルの声だった。
「……イサーク、すまん、ちょっと外してくれ」
リーオが言った。
「はいはい~レイナも出よう」
イサークとレイナは速やかに出て行った。
「う、うう、ん……」
するとアメルが呻いて、しばらくきつく目を瞑った。
十秒ほど経っただろうか。
「――よし」
と言った。プラグの声だった。
プラグはしっかり目を開けた。
「……すみません、大丈夫です……ちょっと混乱して……何で落ちたんだろう?」
プラグの言葉に、シオウが息を吐く。
「はぁ――よかった。たぶん精霊の仕業だ。いきなり黒い煙みたいなのが出て来て、お前が急に落っこちて。なんであそこにいたんだ?」
「確か……ああそうだ、チーズを渡した後、トゥーワの様子を見て……飛んで行ったから、後で見に行こうと思って……? ビルフさんと話していて……雲が出て来て。おかしいなって思って……湖に……」
プラグは眠そうだ。そして、寒そうだ。
「で、すごく風が強かったから、つばで前が見えなくて。アメルは帽子を取ったんです。そしたら飛んでしまって、一歩踏み出したら落ちてました。結構深くて、死ぬかと思った……アメルは泳げないんです……幻覚の類いかな」
「かもな、診察、どうする?」
シオウが言った。
「濡れたままだと風邪を引くわ。シオウもずぶ濡れよ」
プラグがしっかり話したので、アルスは少しほっとして言った。
シオウも改めて息を吐く。
「はぁ。お前、もう大丈夫か?」
「うん、大丈夫……水、飲んだけど、肺には入ってないと思う。あ。……そう言えば精霊、いたな……うん、いた。あれだ……」
プラグは起き上がろうとして、失敗した。
「無理しないで!」
「ああ、いや、コルセットが……起き上がりにくくて」
「ああ、そうなのね、手を貸すわ」
アルスとシオウが手を貸して、プラグを起こした。プラグはくしゃみをして、咳き込んで、胸を押さえた。
「――うん、大丈夫です。体は問題ない」
しっかりした言葉に、リーオが溜息を吐いた。
「精霊の事は後でいい。まずは風呂だ。早く脱いだ方が良い。風呂はどこを使う?」
「ラ=ヴィアが戻って来たら、元に戻れるんですけど……お風呂は、ここで服を脱いで、髪を乾かすだけで大丈夫です」
プラグは遠慮がちに言った。
「駄目よ、くちびるが真っ青よ、暖まらないと。女子風呂使って良いから、私が見張りをするわ」
アルスは言った。
「じゃあ俺は男風呂で、プレート入れて良っすよね? やっぱ寒くなってきた……! 火のプレートって、女湯にもある? あれって置きっ放しだっけ?」
「ああ。あるはずだ。水瓶を使え」
アルスに向けたシオウの質問には、リーオが答えた。シオウが返事をする。
「はい。あ。コル、あっちについてけ――着替え取ってくる」
シオウは言ったのがアルスは止めた。
「いえ、待って、床が濡れるわよ、二人とも、そのままお風呂に行って。取ってくるわ、アメルちゃんにも何か取ってくる。リーオさん、シオウに着替え置いてもらえます?」
「ああ――イサーク、もう良いぞ」
リーオがイサークを呼び、プラグは立ったまま、さっと顔色を見られたが、問題は無いという。早く温まってと言われて、アルスとプラグ、シオウはそのまま部屋を出た。
■ ■ ■
「うーん、精霊っぽいものがいた、と」
リズの言葉にプラグは頷いた。
「はい。ただ水に溶けていて、姿は良く分からなかったです」
ベッドのヘッドボードにもたれて、プラグは答えた。
もう大丈夫なのだが疲れているので、布団を半分掛けている。
夕方、帰ってきたリズは入り口のファータを見て何事かとなったらしい。
しかしその時、シオウとアメルはちょうど風呂に入っていた。
リズはリーオに事情を聞いて、湖の周囲を通行止めにした。と言っても、夜、わざわざ近づく場所ではない。
今は無事に出て、ラ=ヴィアも帰ってきたので、アメルは『プラグ』に戻っている。
リズはシオウのベッドに腰掛けていて、二人の話を聞き始めた所だ。
プラグは説明しながら思い出した。
――本当に、帽子を追って一歩踏み出した瞬間に、落ちたのだ。
湖まではまだ距離もあり、地面を踏むはずだったのだが、そこは水だった。
プラグは泳げるのだが、アメルは泳げない。アメルは水を飲んで、もがいて沈み、溺れた。苦しくて、プラグも『溺れる』と思った時、何かがアメルの手を掴んだ。
「視界も悪くて、ぼんやりと青白い姿が見えた感じで……シオウの所まで運んでくれた……と思います」
「知り合いじゃないのか?」
「いえ、たぶん知らない精霊でした。新精霊かな……?」
「んー、たぶんそいつ、聞いた事あるんだよな……そいつかは分かんねぇけど」
リズが言うので、プラグは驚いた。
「えっ?」
「いや、確か、先代国王くらいの話? クレナ湖でうっかり溺れた王子――あれ。ってことは国王か? ――を助けたって話があったような。でも今日、溺れさせたのそいつっぽいよな? んん……どうするか、水の精霊って、水の中にいると捕まえにくいんだよなぁ」
リズが腕を組む。
ふと、プラグは思い出した。
「クレナ湖にいるなら、『ルルミリー=エルタ』っていう精霊ですか?」
『ルルミリー=エルタ』というのはこの城に伝わる伝説で、クレナ湖にいるという黒い、短いドレスを着た精霊のことだ。住む場所に困っていたのを初代国王ビアスがここに住むと良いと言ってクレナ湖を勧めたとか。
プラグの言葉にリズはさらに首を傾げた。
「いやワカラン。あれはおとぎ話って気もするが、あってもおかしくは無いか……とりあえず、一度探してみるか。あの辺、大丈夫そうか? 危険なら通行止めになるんだが?」
「うーん。シオウはどう思う?」
それについてはプラグはよく分からない。
シオウも首を傾げた。
「なんか歌が聞こえて、風が吹いて、煙みたいなのが出て来て、そしたらすぐ側に水があった、ってことは、前触れがあるんで、まあ……避けられる……か……? 動かなければ落ちないし……?」
「でも危ないよな?」
プラグは言った。
「危ないよなぁ」
リズもシオウも同意した。
リズが立ち上がる。
「よし、とりあえず明日、池の周りを調べてみるか。朝の走りは一旦中止、って候補生と隊士に伝えとく。歌と、黒い煙に注意、風が吹いて空が曇ったら、近づくなって。――うーん、結構危険だな。シオウは明日の朝、もう一回行くぞ。プラグは歌、聞いたのか?」
「いえ、距離があったからかな。聞いていないです。変な雲があるなぁって」
「雲ね。雲の精霊とかか? そんなんいるか?」
「さぁ……」
プラグは首を傾げた。
(――雲……水……の精霊?)
そしてしばらく考え、ある考えが浮かんだ。
「あ! そうだ。水の精霊に探してもらうのは? 湖に潜って」
「……あ! それ良いな! さすがプラグ!」
リズに褒められてしまいプラグは反応に困った。
「呼びかけたら反応があるかも」
「よし、明日、早速、水の奴らをかき集めてみる。ラ=ヴィアも貸してくれ」
「はい。あ、そうだ良ければアリアにも声を掛けてもらえませんか? 彼女はここに長くいるから何か知っているかも」
『アリア=エルタ(水/浄化)』は以前、魔霊浄化の際に力を借りた精霊で、城の教会にいる。アリアは基本、動きたくない精霊なのだが、呼べば来てくれるだろう。
リズも分かっているようで、顔をしかめた。
「ああ、あいつな。あいつすげー出不精なんだよなぁ。わかった、持ってくる。たまには外に出ろって。よし決まりだな、準備があるから、捜索は午後からに変更。かき集めてくる。お前等、宿題はいいから、今日はもう寝ろ」
「はい、そうします」
プラグは頷いた。
リズは「はっはっはっ、よーし捕まえるぞ! 待ってろ精霊!」と言って、笑いながら去って行った。
■ ■ ■
翌日、朝はやめて、昼から、候補生と隊士から全ての水の精霊を借りて、クレナ湖の探索が行われた。
シオウは目撃者、と言う事で探索に協力したのだが、プラグはもめた。
いた方がいい、別にいなくても良い、やっぱりいた方がいい、となって結局連れて来られた。当然、今日の鍛練は捜索で中止だ。リズとしてはビシバシ鍛えたいので複雑らしい。
早く見つけて三倍だ、と言っていた。
クレナ湖は広いので、近衛からも借りてきて、総勢三十四体になった。
その中にはアリア=エルタもいる。
――『アリア=エルタ(水/浄化)』。
長い水色の髪に、灰色の瞳を持つ女性精霊で、頰には、ラ=ヴィアとよく似た、泣いているような、逆三角形の入れ墨を持っている。ラ=ヴィアの入れ墨は赤だが、彼女の入れ墨は水色だ。
長い前髪を額の右側で分けていて、髪には白い蓮の髪飾りを付けている。
切れ長の目を持つ美女で、胸の空いた白いドレスを纏っている。
彼女は『できれば動きたくない』と言う変わり者で、普段は城内の『水の祭壇』にいて、『浄化の精霊石をひたすら作る』と言う、精霊によっては苦行な仕事を楽々こなしている。
「外に出るのは、何十年ぶりかしら……」
アリア=エルタは日差しに目を細めた。
浄化の際に会ったときと変わらず、元気そうだ。
他の精霊に「あー、久しぶり!」とか「貴方、もうちょっと動きなさいよ」と言われていた。
「お仕事がありますから、仕方ありません、楽でいいわぁ……」
本音が漏れている。
彼女は戦いたくない、働きたくない、何もしたくない、の三ない精霊なのだ。
クロスティアでも寝床の滝から動かず、勉強はそこでして鍛練も水の中。欲しい物があれば誰かに頼んで持って来てもらっていた。一応、泳ぐのは好きで、たまに川を通っていたが、陸に上がる気は無さそうだった。
「確かアリアは、精霊狩りの時からここにいるんだよな?」
リズが尋ねた。
「ええ、そうです」
彼女はリズに、自分は約五百年前の『精霊狩り』の際、クレナ湖に逃げ込んだ……と語ったのだが、実はその記憶は間違っている。
プラグの記憶が確かなら『精霊狩り』は約千年前の出来事なので、五百年もずれている。
そのほか、アリアと同じくクレナ湖に逃げ込んだ精霊は、トアゼ=エルタ、ニア=エルタを始め、今、騎士団にいる水精霊のほぼ全てがそうだったのだが、彼女達の記憶も、全てずれているようだった。
『例外』は他国から来たと言う、近衛の精霊の三体で、彼女達はクレナ湖ではなく、出身地近くの川にいたり、滝壷にいたり、湖にいたりしたらしい。
「五百年前の……精霊狩りってどう言う物だったんですか?」
会話の流れで、プラグは尋ねた。近衛の精霊はプラグの正体を知らないので、候補生らしい言い方にした。
すると他国から来た精霊達は「それがよく分からない」と答えた。
曰く、『精霊狩り』があった、と言う大雑把な事実しか覚えていないらしいのだ。
「眠っていたのか、弱っていたのか、存在自体が、曖昧になってしまっていて……気が付いたらプレートにされていました」
そう語ったのは『水曲(すいきょく)』の精霊『リシテ=エルタ』だった。
他の二体、ハルバ=エルタ、ナーク=エルタもそうだと語った。
精霊狩りが実際にどういう物だったのかは、湖にいたにせよ、他国にいたにせよ、綺麗さっぱり忘れている。
プラグはと言えば、三体とも見覚えがあった。彼女達はラ=サミル神殿付近ではなく、少し離れた所に住んでいたから、大陸が閉鎖された際、別の国に落ちたのだろう。
本当は再会を喜びたいのだが――あやふやすぎて、かなり、危険な状況だ。
……彼女達は『カド=ククナ』の事も、カド=ククナが負った役目も覚えているはずだが、プラグがそうであるとは、近衛の精霊には、今はまだ明かさない方がいいだろう。
クロスティア騎士団の精霊達も改めて考えたらしく、それぞれ黙り込んでいた。
『ルルミリー=エルタ』については、アリア=エルタも、長く城にいるが実際の所は分からないと言う。
「精霊狩りがあって、逃げ込んだのは確かなんですが、記憶が曖昧で。その後気付いたら、皆、クレナ湖にいて。しばらく息を潜めていました。その後、三十年くらいして、精霊狩りがおさまった……と風精霊の噂で聞いて、皆、思い思いの場所に移動しました。その時にも、その精霊を見た覚えは無いんです。ただ、多かったので、見逃しているかも……?」
アリア=エルタも半信半疑、と言った様子だ。
アリア=エルタは動く気がなかったので、そのままこの湖に残って、結果、数代前の王族に見つかったのだという。
そして、精霊結晶を創るかわりに、城に住まわせてもらい、欲しい物は何でも持って来てもらう、という好待遇で契約した。
では水の精霊達は、クレナ湖には詳しいのか、と思いきや、全て探索した訳では無い、と語った。
「水の流れは変わりますから。私は適当に漂って、二百年くらいは山にいました。滝壷が好みだったんです。クレナ湖に注ぐこの川から、山に向かいました」
「んー、この川な」
リズが地図を見た。
「湖底もだいたい見ましたけど、何かあるかと言われたら……分かりません。それらしい物は無かった気がしますが……皆はどう? 見た覚えある?」
どの精霊も、知らないと言った。
リズがしばらく考えて、髪を撫で付けた。
「ま、探すしかないな。おいプラグ、なんか案出せ。どうやったら見つかる?」
「ええ……」
無茶振りにプラグは考えたが、とりあえず、「時間が過ぎるので、探しながら考えた方が良いのでは?」と言った。
リズは「ま、そうだな」と頷いた。
そしてリズは、湖に運ばせた船に乗り込もうとした。
「お前らも来るか? あ。つか、漕いでくれ」
「えっ……船で探すんですか?」
プラグは目を見張った。
隊士達が船を運んで来たのは見ていたが『何に使うんだろう?』と首を傾げていたのだ。
するとリズがぽかんと口を開けた。
「は? 当たり前だろ? プレートは周囲一キロ、これ常識、私は全部と友情契約してるけど、一キロ以上離れたら板に戻っちまう」
リズの言葉にプラグはあっ、と思った。そう言えばそうだった――。
精霊がプレートから離れて行動できるのは、半径一キロメルトまで。それ以上離れると、精霊は勝手にプレートに収まってしまう。
これは迷子防止の為の機能で、探す手間を省くために付けた。そうしないと、精霊はあちこち飛び回り、百キロでも二百キロでも遠くへ行ってしまう。
精霊が自分でプレートを持って動いたとしても、契約者と一キロ離れたらその場でプレートに収まる。
その場合、探すのは手間だが半径一キロ、直系二キロ以内にはあるので、その範囲を探せばいい。
……プラグはそう思って、ラ=ヴィアと相談して『とりあえず一キロ』にしたのだが、後で『五キロくらいにしておけば良かった……』と思った仕組みだ。変えても良かったのだが、不便を感じたのがしばらく後だったため、変更ができず、代わりに友達契約の祝詞を作成した。
この騎士団で精霊が自由に動けるのは、敷地が二、三キロ程度なのと、リズとリーオが全ての精霊と友達契約――友情契約とも言う――を結んでいるからだ。本契約は一人だけだが、友情契約は精霊が良ければいくらでもできる。
リズやリーオがいなくても、副隊長、アプリア、ルネ、エドナク、そして事務の数名も同じく『友達』なので、精霊達は好き勝手に過ごせるのだ。
「お前、この船、何だと思ってたんだ?」
リズが首を傾げて聞いてきた。
「……いえ、探す間に釣りでもするのか、水辺が殺風景だから置いたのかと……」
カド=ククナは歌っていれば水の上を歩けるので、プラグには『船を運ぶ=乗る』という発想が無かった。釣りなら分かるかな、と言う程度だ。
「はぁ!? 正気かお前!? んなわけねぇだろ!! 乗るんだよ!」
リズが地図を地面に叩き付けた。正気を疑われてしまった。
となると。リズはつまり、船で湖に出て、周囲一キロずつ探そうと言っているのだ。
プレートで気軽に走ってしまっているが、クレナ湖は広く、探す場所はどう見ても一キロ以上ある。外周約八十キロ、表面積は約百三十平方キロメルト、水深は深いところで二十メルト程度だという。
小舟一艘だし、逆に正気かと尋ねたい。リズの言った方法なら、何日もかけて日ごとに範囲を決めてやるべきだ。
――プラグとリズのやりとりを、精霊達は不思議そうに眺めている。置いてきぼりにされたシオウは「もうどうにでもしろ」と草取りを始めた。
「……でも、危険じゃありませんか? 相手は溺れさせる精霊ですよ」
「んな事言ってたら見つからん、って言うかそん時は精霊に拾って貰えば十分だ。が、ずっと抱えられるのも疲れるからな。船しかないだろ。もうお前、漕げ」
リズは帽子を持って来ていて、かぶって、船に乗り込んでいる。
……リズがお洒落な帽子を持っているから、どんな方法で釣りをするのか、プラグは楽しみにしていたのだ。勘違いしすぎて恥ずかしい。
「でも凄く大変ですよね? 今日一日では難しいのでは?」
プラグの言葉にリズは喧嘩腰になった。
「ハアアァ? なんだ、文句あんのか? 仕方ねぇんだよ! ……はーまったく、どこぞの馬鹿が一キロ限定にしたから、いちいちスゲー不便なんだよ!!」
「う……。…………」
プラグは考えた。考えに考えた。そして。
「もし、仮に、範囲を広げられ」
「できんのか」
リズは一瞬で船からプラグまで迫り、プラグを逃がすまいと捕まえた。
「……できなくは、ないと……」
「ヤレ」
「ですが……ちょっと狡い方法なんですけど……」
「ヤレ! 私が許す! 頼む、ヤッてくれ!! 湖の上で干物になりたくねぇんだよ!!」
リズの嘆きはもっともだが――本当にルール違反の方法なのだ。
「頼む! この通りだ!」
「でも、ここだけ贔屓するのも……」
プラグは小声で言った。
するとリズがプラグを引っ張って、その場にしゃがませて、耳元で囁いた。
『元はと言えば、お前が変な機能付けるからだろ……! なんでそんな機能、付けたんだ!?』
『迷子防止の為、仕方無かったんです……、後で五キロにすれば良かったと思いましたけど、友達契約を付け足しときましたから、大丈夫でしょう?』
「はぁ!? そんなん!? ――いいからやってくれ……!」
リズの懇願に、プラグは溜息を吐いた。
懇願だが、腕をがっしり掴まれている。やるまで放してくれないだろう。
「……ううん……では、今回だけ……これはホントに規則違反ですからね……」
するとリズがプラグの首に腕を回して、驚く程ニヤニヤした。
「はっはー! お前、そう言って、また私が困ったらやってくれんだろ? へへへ、ふふふ、ひひひ、分かってるって、お前のことは! お互い、隠し事は無しで行こうぜ! で、どうヤんだ?」
「シオウ、悪いけど――」
「あ、ちょうちょが飛んでる~、あー何も聞こえないなぁ……」
シオウは少し向こうをふらついている。大変ありがたいのだが、しかしそれでも不味い。
「悪いけど、耳を塞いで貰えるか?」
するとシオウが独り言で抗議して来た。
「チッ――そんなにやべぇのかよ――お前何なんだよ――」
「ゴメン、本当にゴメン。クッキーにケーキも付ける」
「お前、俺の評価、安すぎだろ……はぁぁ、分かったよ。全く」
シオウは後ろを向いて耳を塞いだ。
「隊長もです。せめて耳を塞いで下さい」
「ええええ! ヤダ! ヤダヤダヤダ見る~! 知りたい~!!」
リズは手足をばたつかせて駄々をこねた。
「仕方無いな。もうそのまでいいです……プレート全部貸して下さい」
「おっ、やる気になったな! ヨシヨシ」
「ルフィーラルファナジェウィイビアーダニアディアセスゼフィカレーナフィーラシスゼディズイーメグルコクファルシラノラリアールリカ」
プラグは思いっきり早口で終わらせた。
「は? 今なんつった?」
プラグは笑顔でリズにプレートの束を返した。
「はい! 終わりました。これで距離の制限は無くなります。ちなみにいつものレーナで切れますから」
するとリズがプラグの頭に噛み付いてきた。
「おめー!! このやろー!! 覚えきれなかったじゃねーか!」
「ちゃんと見せましたし言いました」
「このー!」
「シオウも、もう良いぞ~!」
シオウもしっかり聞こうとしていたらしい。「……くっそ早口言葉かよ」と言って舌打ちしている。
一方――水の精霊達はざわつき始めた。
「あれ……な、何だか、急に力が漲ってきました!」
ナダ=エルタが自分の手の平を見つめて言った。
「本当、今なら何でもできそう!」
トアゼ=エルタが拳を握った。
「なんだか、すごく泳ぎ回りたい!」
アリア=エルタが闘志を燃やし。
「やる……しかない!!」
ニア=エルタまでやる気になっている。
「ほら隊長、あんまり長時間だと、精霊にも負担が掛かりますから。長くても二、三時間にしてください。皆ー、湖の精霊を探したいかー!?」
プラグは笑顔でけしかけた。
「おーーッ!!」
精霊達は勇ましい返事をした。プラグはもう一度焚きつける。
「新たな仲間を見つけたいかー!」
「おーーーっ!!!」
「皆、隊長が大好きかー!?」
「おおーーーーーっ!!」
「――ほら早く、皆が、隊長の号令を待ってますよ! 開始の合図はウ・アール・シラで。さあ是非!」
精霊達はリズの号令を、今か今かと待っている。
リズは不本意そうに歯を食いしばり――かなり嬉しそうに――拳を握った。
「くっ……、よし――おら、精霊共! 見つけた奴には、なんかやるぞ! 頑張って探せーッ!」
「おー!!」
水の精霊達は盛り上がっている。
ちなみに一応、ナダ=エルタもいるが、氷の精霊なので陸地で叫んでいる。
「ではいけ! ウ・アール・シラ!!」
「おおおおーーーー!!!!!」
水の精霊が次々に飛び込んでいく。ちなみに捜索は霊体の予定だったが、気合いが入りすぎて、実体で飛び込む者もいた。
捜索は皆がやってくれるので、プラグはナダ=エルタに話し掛けた。
「ナダは泳げそう?」
「いえ、分かりません。霊体ならいけると思うんですけど……!!」
しばらく練習してみたところ、実体では無理だが、霊体でなら息ができ、捜索もできそうだ、と言う事で参加する事になった。
「この辺だけでいいよ。あ、ニアと一緒に行ったらどうかな」
ちょうど近くで、ニア=エルタが準備体操をしている。彼女は飛び込まなかったが、衣装を水着に変えていて、やる気満々だ。
「はい! ニアさん!! 一緒に行ってくれますか!!」
「……いく!!」
二人は一緒に捜索を始めた。
捜索は精霊に任せて、リズ、シオウ、プラグの三人は、他に手がかりは無いかと話した。
「シオウが湖に潜るのは?」
プラグは言ってみた。
「ええ? ここ、冷たいからやだ、つか無理だろ死ぬぞ」
シオウが言った。確かにこの湖の水温は低い。プラグも凍えるかと思った。
「この城、冬は寒そうだな……」
「そういや冬は、ちょっと凍るんだよなー」
リズが言った。
「そうなんですね。首都は雪が降るって聞いたけど、どれくらい積もります?」
「そんなに積もらないんだが、だいたい、足首くらいまでだな。ただ寒い」
「へぇ。カルタより少ないんだ」
「カルタは雪降るって言うな」
「ええ、平地は膝くらいなんですが、山は凄いですよ」
完全に世間話だ。シオウが呆れた。
「お前等――いえ、隊長とプラグ、ちゃんと探そうぜ」
「シオウ、やる気だな」
プラグは感心した。プラグは噛まずに言えたので、もう終わった気分だ。放っておいても精霊達が何とかしてくれるだろう。
しかし一応、プラグはシオウに尋ねる事にした。
「昨日、どんな感じだったんだ? その精霊の様子とか……」
「んー……よくわかんねぇけど……呼ばれたような?」
「歌だったんだろう? どんな歌?」
「それがなんだか、自棄みたいな歌で。適当に叫んでる感じだった。困ってんのかな、って思った。ラーラーメー! メー! メー! みたいな、歌詞は聴き取れなかった」
シオウが再現する。シオウの再現は確かに、呼ぶような助けを求めるような高い調子だった。
「それは大変だな……んん……他に何か変わったことはあったか?」
「変わった事か……急に、って感じだったからな……」
シオウは、少し歩いて。草むらに移動した。水際から五メルト程離れた位置だ。
思ったより、水に近かった。
「この辺にいたんだよな。で、素振りしたあと、腕立てしてて、ちょっと後ろにファータがいて、あと鳥が来て……それくらいか?」
「トゥーワか……後はファータ? 関係あるとしたらトゥーワかな……?」
プラグは首を傾げる。
「焼き鳥が関係あるのか? あいつらよく分からんけど」
リズが言った。
「どうかな……紅玉鳥は、動物とは何となく意思疎通ができても、精霊と会話はできないはずだけど……とりあえず呼んでみましょうか?」
「そうだな、何か起きたら、ちょっと警戒しつつ飛翔で避けられるか? 一応、起動させろ」
リズが「ル・フィーラ」と続けて、飛翔を起動させる。プラグとシオウも飛翔を起動させ、プラグは念話で『ちょっと来てくれるか』とトゥーワに伝えた。
『いいよー』
と言う返事が来る。しばらくしてトゥーワが飛んで来た。
左手を差し出してとまらせる。
「器用だな。お前、巫女のやる事もできるのか」
リズが言った。
「ええ、一通りは。トゥーワ、何か気付くことは無いか? 湖に、精霊がいるかもしれないんだ」
『うん、いるよー』
「えっ」
あっさり言われてプラグは驚いた。思わず問い返す。
「いる? どこに?」
『水の中、プレートになってる』
「えっ。――水の中で、プレートになってる?」
『とっても、弱い感じ』
「トゥーワ、じゃあ何処にあるか分かるか、ちょっと飛んでみてくれるか? 見つけたら旋回」
トゥーワはわかった、と言って飛んで行った。
「おお、なんだ、プレートになってるのか! 見つからねぇ訳だ。誰か落としたのか?」
リズが言った。
するとシオウが不思議そうに尋ねてきた。
「なあ精霊って、他の精霊の気配とか分かるのか? プレートの気配とかは?」
「精霊は精霊の気配なら分かるけど、プレートは霊力が遮断されるから、普通なら紅玉鳥でも、見つけられない筈なんだけど……」
「それな、なんでそんな仕様なんだ? 無くしたプレートが見つからないって話、結構、聞くんだが? 落とし物見つける機能、付けとけよ」
「――確か、プレートの気配が探れてしまうと、集まっているところや、反応のある場所に乗り込まれるからだって……ラ=ヴィアが言っていました。精霊を守るためだって」
「あー、なるほど。まあ、確かにそうだな、納得した。でも不便だな。またなんか特別な力でぱぱーっといけねぇのか?」
「あ、トゥーワが」
プラグは湖上を見た。旋回している。そして、ぎりぎり思念を届けてきた。
『ここだよー』
「あ。そうか、そういう……、だいたい一キロですね。思念が届くのは……その精霊はかなり弱ってるかも。たぶんプレートから上手く出られないんじゃ?」
「そんな事あるのか?」
「休眠状態ですね。おれ、ゴホッ、周囲の様子はなんとなく分かるけど、みたいな……おれ、ゴホン、弱り切っている、感じじゃ無いなら、寝ぼけてる感じかも? たまに霊体で出て、踊ったり歌ったり、くらいならできるんじゃ……」
リズが精霊達に「なるほど――おい――そこ探せ! プレートが沈んでるかも!」と指示を出す。
精霊達は潜って付近を探し始めた。しかし意外と近い所にある。
リズも同じ事を思ったようで、首を傾げた。
「近いな。寝ぼけてるなら、あのお前が見たっていう、精霊は何だ?」
「何だろう……」
するとシオウが、何やら思い出した様子で手を打った。
「あ。そう言えば、誰かに手、掴まれたな……あれ、何だったんだろう。多分、精霊だと思うけど。お前が見たやつだよな? 姿が見えるなら、割と元気じゃね?」
「ありました!」
とアリア=エルタが、『金』色のプレートを掲げて、プレートが太陽に反射したその瞬間。
突如、無数の精霊が湖面に現れた。
プラグが見た青白く光る精霊だが、数は百近くいる。
「えっ!?」
湖面が急に波立って、無数の水柱が生まれた。水が空に向かって吸い上げられていき――雲になり、土砂降りの雨になった。轟音と共に水位が下がり、その分がまた雨で増え、精霊達は悲鳴を上げて湖から飛び出してきた。プラグは『目』で見たが――アリアがいる中央は凪いだままだ。アリアは悲鳴を上げて焦っている。
水柱を作り、雨を降らせているのは精霊の分身だ。
「ええっ!? おいどーなってんだ!?」
土砂降りの中、シオウが叫んだ。
『アリア!! プレートを水に戻せ!』
プラグはアリアの頭に声を届けた。
アリアがプレートを下げると、雨は一瞬で収まり、精霊も消え、揺れる湖面が残った。
アリアはあ然としている。
『アリア、プレートを水に入れたまま、慎重に、こっちに持って来て。変化があったらやめていい』
アリア=エルタは、プレートを水に入れたまま、泣きそうな顔でこちらに向かって泳いできた。
「おさまった……?」
リズが呆然とする。僅かな時間だったが……皆、すっかりずぶ濡れだ。
「何だったんだ……さっきの精霊達は?」
シオウが呟いた。
「ううん……アリアが水に戻したら、止まったように見えたけど。たぶん、水から、というか、この湖から出せないんだ」
プラグは久しぶりに『思念』を使ったな、と思いながら普通に喋った。
カド=ククナは五人まで思念を届けることができるが、プラグは一人が背一杯だ。
それも怪しすぎるので……そもそも『人』が使ってはいけない力だ。
(俺は、本当に気を付けないとばれる……。嘘は難しい……)
プラグは肩を落とした。リズに頼まれると嫌と言えない自分がいる。
シオウには、もう何か勘づかれているだろう……。
「出せないって、何でだ」
リズが聞いてきた。
「ううん……可能性としては、何か守っているとか……? 近くに来たら、話が聞けるかも。触ってみる」
「あ、巫女のあれだな?」
「それです」
リズの言葉にプラグは頷いた。
巫女はプレートに直接触れれば、精霊と対話ができる。
プレートが普通の状態なら、触れなくても思念を届ける事ができるのだが、触れない場合は『大丈夫』『落ち着いて』『敵じゃありません』程度の雑さで、はっきりした言葉となると難しい。
アリアは濡れたトゥーワと一緒に戻って来た。
他の精霊達も、岸辺に上がって見守っている。
「いきなり、なんか、びっくりしました……!」
アリア=エルタが目を丸くして言った。アリアは精一杯、ぼかしてくれた。
「ごめん、大丈夫だった?」
「ええ、私の周りは何も起きませんでした。水から出したら駄目なんですね?」
「たぶん、水に入れたままで。触るから」
プラグは手袋を外して、水に手を入れてプレートに触れた。
「――君は誰?」
『……? あなたはだれ……?』
返事があったので思考での会話に切り替える。
『俺も精霊だよ。今は人に化けてる。君はずっとここにいたの? 君の名前は?』
『……わたし……わたしは……ルルミリー……? わたしは……いつからここにいる……? おぼえてない……』
『記憶がないのか……大変だったな、霊力はある?』
『……霊力……あまりない……』
『実体化できそう?』
『むり……しにそう……おなかすいた……』
『じゃあ、俺の霊力を分けるから、そしたら霊体になれるはず。いい?』
『うん……』
「ルルミリーですね。霊力を分けます。ル・フィーラ・ル・ファナ・ジェウィ・イビアーダ・ニア・ディアセス――」
プラグは目を閉じて、すごく小さな声で祝詞を唱えた。
「ゼ・アーサル・セオン・レラ・レイナス・アール・シス」
プラグは三十分の一、と指定して霊力を共有した。
プレートが光って、霊力が奪われていく。
「よし……ルルミリー、姿を見せて。霊体になれる?」
するとフワリ……と湖面に立つ姿があった。
十四、五歳くらいの少女の精霊だ。
入れ墨のない白い肌に、銀に近い水色の髪と水色の瞳。髪は湖面に付くほど長い。尖った耳を持ち、黒くてフリルが沢山付いた膝上丈のドレスを着ていた。形はナダ=エルタの服に近く、頭には黒いヘッドドレスがある。
正面から見ると、背中にある黒い小さい羽が見える。コウモリの羽に似ていた。
「ん……、ふぁぁあ、よく寝たぁ……! なんだか、すごく元気になった……ありがとう」
ルルミリーが伸びをした。
霊体ではなく、実体化して浮いている。
どうやら――かなり強い力を持った古代精霊だ。プラグは微笑んだ。
「おはよう、ルルミリー。ところで君は、自分が何の精霊か分かる?」
「わたしは、雨雲(あまぐも)の精霊? 雨をいーっぱい降らせるのが使命……?」
プラグは目を丸くした。
「雨雲! へぇ、そうなんだ。どうしてここに? 思い出せることはある?」
「……おぼえてないけど……、何か頼まれて、ここにいることになった……?」
「ああ、そうか、何か守る物があるとか?」
「……よくわかんない」
ルルミリーが首を傾げた。
「プレートの持ち主はだれ?」
「その人」
ルルミリーが指さしたのは、なんとシオウだった。
「え?」
シオウが目を丸くする。
「ルル、その人が気に入ったから、夢で鳥さんに頼んで、持ち主にしてもらったの。可愛いドレスの……あなたにそっくりな巫女さんもいた」
これにはプラグも驚いた。
「えええっ……!? トゥーワ?」
『そうだよー』とトゥーワが伝えて来たのだが……聞いていない。
しかし、事情を全て理解した。
プラグは長い溜息を吐いた。
「ああ……そういうことか……なるほど……わかった。じゃあシオウが主でいいんだな」
「うん。でも、ここから出られないみたい……」
「なるほど。それは困ったね。今から相談するから、ちょっと待ってもらえるかな」
「うん」
ルルミリーは肩まで水に浸かって、待つ姿勢になった。
「ちょ、どういうことだ?」
シオウが聞いてきたので、プラグは説明した。
「多分だけど……彼女はシオウを気に入って、で、紅玉鳥が来たから、ついでに巫女……アメルも呼んで、それで、勝手に契約してしまったんだ。すごく力の強い精霊ならそれくらいできると思う。ぼんやり寝ぼけて無意識に、とかかな……? ルルミリーは覚えてる? 夢だったんだよね?」
「んーでも、なんとなく、皆集まって、握手して、これでよしーって、なった気がする……?」
プラグはとりあえず、笑っておく事にした。
「はは、なるほど、やっぱり、無意識だったってことだね。でも、契約は契約だから、そのままで大丈夫だよ。彼が君の持ち主だ。おめでとう二人とも! ――良かったなシオウ、ご指名だ」
「はぁ!? ……そんな事あんの!?」
シオウが信じられない、と言う顔で言った。
するとリズが珍しく苦笑した。
「いやー、たまにあるんだよこれが、精霊が気に入った奴を呼んで、自分を見つけさせるって事が。そうかそれか。よし、じゃあ、ルルミリー=エルタ! 発見! ってことで国王を驚かせようぜ! いや本当にいたんだな! アリアには褒美出すぞ! いや、全員か! 歴史的快挙だ!」
リズは水の精霊達に言った。
水の精霊達もぽかんとしていたが、やがて歓声と盛大な拍手が起きた。
「わー!」「おめでとうございます、ルルミリーさん!」
「はじめましてー!」「よろしくねー」「宴会しましょー!」
等と口々に言っている。アリアも「良かったですね!」と言って笑っている。
「ええ……」
シオウはまだ呆然としている。
「まあ、そういうこともある。ところで、水から出られない問題だけど……やっぱり何か、この湖にあるんだな。精霊を守護役にする時は大抵、古い何かがあるんだけど……」
プラグはクロスティアを思い出した。
クロスティアには由来の分からない遺跡が沢山あり、そこには、古い神や、悪い神が封印されていた。そのうちの一つが、閉鎖の影響でこの湖に落ちたのかもしれない。
「もしかしたら、湖底に遺跡とか無いかな? 『魔神(ましん)』とか封印されてるやつ。すぐ見つかるかはわからないから、しばらく誰かがルルミリーと一緒に探してもらえるかな? アリアはどう? リズと探すか、シオウとも友達契約してもらって。ルルミリーだけじゃ寂しいだろうし。たまには運動もしたら?」
「ええ、いいですよ。お手伝い致します」
「浄化石のお仕事は大丈夫?」
「ああ、しばらくは良いと思います。作りすぎて、余っていますから」
「じゃあアリアと、あと暇な精霊がいたら協力して。たぶん、真ん中辺りにあると思う。でも、ルルミリーがいたのはこっち側だがら、分からないけど……お願いできる?」
「ええ、お任せ下さい。皆で探してみます」
アリア=エルタが微笑んだ。
「――よし、と言う訳で、シオウ、彼女を使えるのは、もう少し先になるかもしれないけど、とりあえずおめでとう。良かったな。握手でもしたら?」
一応、契約の立ち合いをしてしまったので、仲を取り持つのもプラグの仕事だ。
ルルミリーは肩まで浸かったまま、シオウを見上げている。
「あ、ああ……よろしく? シオウ・ル・レガンだ……」
「よろしくー、ルルって呼んでねー」
シオウは水辺に膝をつき、ルルミリーと握手を交わした。
〈おわり〉