第8話 若手隊士達 -3/4- ②
ー/ー
■ ■ ■
ピオンが覗くと、シオウが戦っている七月の部屋は混戦となっていた。
混戦というか、混沌というか。
――やる気のある隊士と、やる気の無い隊士がはっきり分かれていたのだ。
「だから俺があの方に勝つとか無理だって……」
と言っているのはシオウと同郷の、レント・アンガルド。年は十八歳で、クラリーナと同期になる。濃い茶髪の巻き毛を一つに結び、頭に赤を基調としたスカーフを巻いている。同郷と言ってもレガンの一部族の出身で、シオウとは、顔見知りなので絶対会いたくない、と言って避けていたのを覚えている。
「ちょ、レントさん頑張ってくださいよ! 座り込まないで!」
コリントに応援され、仕方無し、と言った様子でまた戦いに戻る。
「あ~無理、無理、無理、どうせ僕なんて負けて当然……」
こちらも暗い事を言っているのは、十七歳組のジャメフ・クラーツだ。栗色の髪に砂色の瞳を持つ、前髪長めの、普段から暗い隊士だ。
「ジャメフ! がんばれ、君なら出来る! さあ行こう!」
こちらも同期のフォーンに応援され、仕方無く立ち上がった。
「まだ、やってる?」
「あ、ピオンさん! お疲れ様です!」
コリントが言った。シオウは今、三人を相手に戦っていて、劣勢だ。
一人は十歳くらいの、黒髪緑目の少年、二人目は筋骨隆々の赤髪の青年と言いたくなる体格の少年、三人目は細身で優雅な佇まいの、淡い水色髪、長髪の青年だ。
シオウが普段、着けているスカーフは解けてしまって、髪も盛大にほどけている。シオウの頰や服、コリント達の体にも小さな傷があるので、どうやら真剣で戦っているらしい。
「ッ」
シオウが――黒髪に緑目の、小さな子供の大剣を止める。
「あははは! 動きにぶってるよ~!」
彼は自分の身長ほどの剣で、シオウをぐいぐいと圧している。
この身長、百三十セリチ、十歳の子供にしか見えない隊士は――『二十歳組』の次席、チェスター・マストだ。体が小さいのは精霊の血が濃く出た為で、王族と縁があるらしい。ちなみに二十歳の首席はアプリア・ナナ。これは実技ではなく勉強で差が付いた。
シオウが必死の鍔競り合いをしていると、横から体格の良い赤髪、金目、角刈りの少年――もう青年で良いと思う――十八歳組の首席、グイット・リウィングが「うぉぉぉぉぉ!」という雄叫びと共に突進してきた。
「ああ! うぜぇえー!」
シオウはキレながら床に手をついて躱した。
グイットは『筋肉は万能』という信条を持つ筋肉隊士で、次席のクラリーナとは最後まで筋力を競い合っていて、最終的に彼が首席となった。実は、主に彼とクラリーナのおかげで十八歳組は『脳筋の年』と呼ばれている。第三席のレント・アンガルドも、第五席のアルジェナ・ファーノも、筋力は普通だが、正直、頭を使うタイプでは無いので、まあ間違ってはいない。
十八歳組、唯一の頭脳派だった第四席のエリーは魔霊討伐で殉職してしまった。
「おいで、おいで……こっちへ、おいで……」
と言った細身の隊士は、十九歳組の首席。シュヴァイツ・コルネだ。淡い水色の髪に薄紫色の瞳、真ん中分けの長髪の美青年で、一番の特徴は、瞼に赤いアイラインを引いていることだろう。どちらかといえば垂れ目なのだが、化粧のせいで吊り目に見える。いつでも笑っているので胡散臭いと言われている。
彼は流れるような、残像が見えるような、不思議な剣技を使う。
――彼の間合いに入ると、何も知らない敵は、彼のいない場所に攻撃してしまう。動きが素早く、捕らえるのが難しいのだ。ピオンの一年先輩なので、ピオンは何度も手合わせしているが、当てずっぽうで振るうしかない。
シオウがシュヴァイツの間合いに入り、剣を振り上げた。ピオンの目にはシュヴァイツを斬った様に見えたのだが。
「チッ、外れか、この、珍獣共が……ッ!」
「あはは」
「――ハッ」
シオウが笑って、振り下ろす。防がれこそしたが、シュヴァイツを捉えている。
「!」
「っと!」
シオウが次の瞬間、その場から横に飛んだ。シオウのいた場所をチェスターの大剣が通っていく。そしてまた、グイットの突進が来る。
「だーもう! 疲れた……! もうやめる!」
シオウが言って、僅かに避けた後、剣を床に放った。剣は床を滑り、しばらく進んで止まった。
「皆、先輩、向こうはもう終わりましたよー。今から夕飯だって、俺は宿舎に戻るけど、クラリーナ達はここで食べるって」
ピオンが声を掛けると、さすがに全員が動きを止めた。
シオウが深い溜息を吐いて、膝を突き、座り込んだ。
「あー、腹減ったぁ……」
良く見ると傷だらけで満身創痍だが、それでもこの化け者達相手に生き残ったのは凄い。
コリントが駆け寄って『治療』のプレートを取り出す。
「大丈夫か、治療するな。――ル・フィーラ」
「どもー」
シオウは大の字に寝転がって、休む体勢だ。
床に髪が広がったのを鬱陶しげに指で梳く。シオウの事は遠目で見た事があったが、こうして髪を解いていると、がらりと雰囲気が変わる。髪を結んでいるときは快活な印象だったが、今は優美さが際立っている。
「おいレント」
シオウが自分の髪に触れながら言った。
「ぎぁッ、はい、ただいま!」
シオウの言葉に、レントがシオウのスカーフらしき物を、部屋の隅から持って来た。
シオウは上半身を起こし、レントを睨んだ。レントは両膝をついて差し出した。
「お前、少しは強くなってるかと思ったら、ぜんっぜん駄目じゃねぇか……こんだけ化け物がいる中で、何やってたんだ?」
「いえあの、シオウル様がお強いだけだと……」
「そーいうのいいから、お前の紐。寄越せ」
「はい……」
レントは素直に自分の髪紐を解いてシオウに渡した。レントの髪は肩を過ぎる程度で、シオウよりかなり短いが、そういえばレガンでは独特の風習により、伸ばせる長さが決まっている、とレントの姉――十九歳組、マリー・アンガルドが言っていた。
シオウは、髪を右側の高い位置で結んで、頭にスカーフを巻いた。
「マリーは?」
「姉もここにいます。話し合った結果、精霊騎士になろうと……」
レントは一つ年上の、冷静で頼りになる先輩だが……今は子猫に見える。
「ふうん。ま、生きてて良かったな」
シオウの無邪気な微笑みに、レントが硬直した。
「またよろしくな――先輩」
シオウがレントを若干、見上げた。これは上目遣いというのだろうか? 微笑んでいるのは口元だけで、綺麗な分ちょっと恐い。
「ひ、い゛」
「ははは、結構、結構!」
シオウはレントの背を叩いて笑い出した。
他の先輩達は――いじけていたり、慰めていたり、談笑していたり、アイラインを直していたりと、まとまりが無い。あまり戦闘は見られなかったが……この面子、特にチェスター相手に相手に伸びていないのは凄い。
ちらりと見ただけだが、シオウはプラグとはまた違ったタイプの天才らしい。ピオンはこのまま少しいて、シオウ側の話を聞こうと思った。あと、プラグの事も話す必要がある。
「そう言えば、ルネさんはまだなのかな」
ピオンは呟いた。こちらに顔を出していたかも、と思ったのだが見当たらない。
「あ、ついさっき戻ったみたいだよ。気配がした」
言ったのはチェスターだ。外の気配――彼はルネの次に強いので、彼が言うならそうなのだろう。
「じゃ、俺もう戻りますんで……片付けは?」
シオウが立ち上がって、先輩達を見た。
唯一、コリントが苦笑する。
「あ、後はやっとくからいいぜ。お疲れ様。しっかり休めよ」
「……ども」
シオウはコリントに頭を下げ「あ゛ー疲れた……」と言いながら歩いて行く。
途中、シオウが立ち止まって隣の部屋を見た。
「あ。そういえば、アイツは? プラグ。終わったんですよね?」
ピオンに聞いているようだ。
「ああ、倒れちゃって、連れて帰る?」
「――いや、いっす」
シオウはそのまま出て行った。
■ ■ ■
「あー、疲れた……もう寝たい……」
シオウは、さすがに疲れ切っていた。
昼すぎから始めて五時間。休憩はあったし、七対一で戦ったのは二時間くらいで、後は弱い奴をぶちのめして数を減らしたが、それにしても長かった。
時間があればプラグに鍛練の様子を聞こうと思ったが、倒れてしまったらしい。
(……でも鍛練で倒れるとか、ちょっと羨ましいな……)
可愛い顔して体力ありありのプラグが倒れるような鍛練だ。きっと厳しかったのだろう。
弱点克服、云々と言っていたのでそれも気になる所だ。
シオウは今まで、自分に『弱点』は無いと思っていた。シオウは攻撃も防御もまんべんなくできるバランス型だ。
しかし不思議な事に――プラグの実力を考えると不思議では無いが――プラグと相対していると、自分の全てが弱点に思えてくるのだ。
要するに圧倒的な力の差がある。
だが、それでも良い勝負ができるのは不思議に思っていた。しかもプラグは大真面目らしい。
これはよほど『殺しちゃ駄目だ、駄目ったら、駄目だ! 優しく、もっと優しく!』と自制して加減しているか、よほどやる気がないか、それとも上手く力を出せていないかのどれかだ。
手合わせ中のプラグからは気合いや殺気を感じられない。
真剣に、真面目に力一杯やっていますよ――とそれだけだ。
殺気を出すときは相手を殺す時、という根っからの殺戮タイプか、笑いながら人を殺せる浮き浮きタイプか……。
どちらにせよ、キレた時が楽しみだ。つついて本気を見てもいいが、今のシオウでは負けてしまう。ここでしっかり『化け物』相手に鍛練を積んで、打倒プラグを目指していく。
もちろん、明日からは毎朝、本気で行くつもりだ。
プラグは――勝ち筋が見えないのが最高だ。どこに打ち込んでも勝てる気はしない。
しかし、実際は、たまに勝ててしまうだろう。
元がどうあれ『プラグ・カルタ』はまだまだ発展途上なのだ。
(変なやつだが、ま、精霊だからな。長生きな分、蓄積があるんだろ)
――今日戦った隊士達は、確かに化け物揃いだった。
が、残念ながらシオウが気に入る相手はいなかった。
レント・アンガルドは、姉のマリーと一歳違いの兄弟、つまり年子で、アンガルド一族からクロスティア騎士団に入った変わり者だ。と言うかあの姉弟に部族を出るのを薦めたのは確かシオウだった気がする。
シオウが適当に『どこでもいいから、一回、部族から出てみろ』言ったのを真に受けて、本当に出奔した。
レガンでは各部族が競い合っているが、ぬるい競争に浸かっていては、あの姉弟はあれ以上強くなれないと思ったのだ。出奔は禁止されているので、追っ手が掛かったはずだが……生き残っているということは、まあそういうことだ。
二人とも年上だが弟分、妹分という感覚で、一応、遠縁にあたる。
今日まで会わなかったのは遠征では無く、シオウに会わないように逃げ回っていたから、らしい。
(しかし、まあ、変な感じになったな……)
強さで言えば大した変化は無い。年齢と共に成長した、程度だ。
ただレントの性格がかなり変わって、すっかり丸くなっていたのには驚いた。
姉弟揃って真面目真面目の真四角で、感情の機微も薄く、頭も使わず、呆れる程融通が利かなかったのだが、化け物揃いのこの騎士団でずいぶん揉まれたらしい。
戦闘的な強さより――心が強くなっているのだろう。
あの二人は将来、家臣にする予定なので嬉しい誤算だ。
(せいぜい励め。マリーもどんな面白い事になっているやら)
それより期待外れだったのは『化け物』組だ。
シオウはリズやリーオ、コリントやリゼラに、この騎士団の化け物組と、強い順を尋ねていた。
すると不思議な答えが返ってきて、飛び抜けた隊士は若手に多いと言う。
これはリズが隊長になった五年前から採用方法が変わり、なぜか化け物が集まり始めたから……らしい。
二十歳組の首席がアプリアで、次席がチェスター・マストという時点でお察しだ。
剣技ダントツの一番はノム・ルネ・ラ・エアリ。
これは、まあプラグの話を聞く限り、そうだろうな、という感じだが、正直、興味はない。
機会があれば戦うし、戦っても負けると思うが、別格というか、強い、だからなんだ? という退屈な強さをしていそうだ。弟子を苛めて遊ぶというのも、なんだか気にくわない。
二番目はチェスター・マスト。
これも戦ってみて分かったが、シオウの求める強さでは無い。一応技術もあるが力押しで、精神が子供過ぎて苛々する。外見だけ大人なガキのお守りはレガンで散々したが、チェスターは外見も子供なのでただの子供だ。
その次がアプリア――これは知略に長け、プレートの扱い含め総合的に強い、と言う事らしい。アプリアとは戦ってみたいと思う。
その次がリズ。
実力で言えばかなりの手練れなのだが……『一番戦いたくない相手』『絶対、負ける』という評がつく。シオウもそれはよく分かる。手段を選ばないので敵にしてはいけない。
……絶対に敵にしてはいけない相手というのがあって、この騎士団ではそれがリズと、まだ候補生なプラグ、あとはリーオとアプリアだ。
リーオは強さで言えばそこそこだろうが、ああいう奴を敵にすると後々面倒な事になる。リーオの前では、程々に大人しくしているのが吉だ。
ここは騎士団にしては良い線を行っていると思う。……が。
『ストラヴェルのクロスティア騎士団が一番強い。マジでヤバイ』
というよりは『ひたすらヤバイ』と言う方が真実だったのだ。なんだこの奇人変人、変態の集まりは。
……確かに強いのだが、何だかどれも物足りない。
まあ……唯一の収穫が、大当たりのプラグだったので、来て良かったと思っている。
レガンに戻る時は、持ち帰ってもいいかもしれない。
(プレート戦闘や精霊剣だとまた違うだろうから、それに期待するか……)
早くプレートを使って、思いっきり戦いたい。
(嫁になりそうな女もいないしなぁ。これが一番、期待外れだ)
シオウは歩きながら、がっくりと項垂れた。
女性隊士も見るには見たが、リズは論外、アプリアも好みではない。
その他、聞いてみても、飛び抜けた強さの女はいないようだ。あのクラリーナも強いと言えば強いが、それでも次席程度だという。
……素質や才能で言えばアルスだが、正直まったく可愛くない。
顔立ちは整っているが、別に嫌いではないが、シオウにとってはコレジャナイ感が凄いのだ。
(なんつーか、これじゃない。いやこれは絶対違う、って感じがするんだよな……)
それにアルスはプラグを、プラグはアルスを気に入っている様子だから、放っておいてもくっつくだろう。
二人の子供なら絶対に強いだろうから、女が生まれたら預かってみるか、と思った。
……その為にも、プラグとは仲良くしておきたい。
――シオウの完璧な『俺の嫁、生産計画!』はこうだ。
まず現状、どう考えても強いプラグ(おそらく大精霊クラス。顔が好み)、とどう考えても素質はあるがそこまで強く無いアルス(王女で聖女。顔は好みじゃ無いが、一般的には可愛い)が、同室であることを利用し、上手い具合に進展させる。
具体的には、でしゃばらず、二人が話すときは静かにしておく。
……これはシオウが空気に徹しておけば、勝手に話し始めるので問題ない。
そして二人が一緒に外出したいと言い出したら、さりげなく留守番を買って出る。
あるいは、お使いを頼んで二人きりで外出させる。
また、シオウもたまに一人で外出して、二人きりになれるように配慮する。
そして卒業後――ここにいる間でもいいが、機を見てどこかに呼び出し、しばらく密室に閉じ込める。その時は何も起こらなくても、後々進展するはずだ。
そして二人は程なく結婚する。
これはアルスが聖女なので早い方がいい。二十歳前、いっそ十五、六歳でも構わない。
アルスは王女だが、プラグは美形だし強いし賢いので、始めは反対されてもそのうち認められるだろう。結局、男は力なのだ。
……そこらのクズ王子との話が出たら、下僕を使ってこっそり潰す。
アルスとプラグが国王に追われるなら、レガンに監禁――もとい、匿ってやってもいい。
……精霊との混血は、子供の代は普通である事が多い。
なので、子孫を繁栄させて、シオウが気に入る女子ができたら――たぶん孫代になると思うが――秘術を使って、長い寿命を与える。百人くらい作れば、生贄もなんとかなるだろう。
片方が精霊の場合、女が人間でも出産は案外簡単なので、あと、シオウはそういう秘術も知っているので、問題はない。レガンの技術は凄いのだ。
(よっし、完璧!)
シオウは一人、頷いた。
ところが。
「あれ?」
一階に下りたところでルネに出くわした。
と言うか、階段を上ってくるところだった。
「ども……おつかれさまです」
シオウは目を合わせず、そのまますれ違おうとしたのだが。がしっと、肩を掴まれた。
「君、シオウ君だっけ? ずいぶん余裕そうだね? 一本行っとく?」
まだリアクションはありません。最初の一歩を踏み出しましょう!
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混戦というか、混沌というか。
――やる気のある隊士と、やる気の無い隊士がはっきり分かれていたのだ。
「だから俺があの方に勝つとか無理だって……」
と言っているのはシオウと同郷の、レント・アンガルド。年は十八歳で、クラリーナと同期になる。濃い茶髪の巻き毛を一つに結び、頭に赤を基調としたスカーフを巻いている。同郷と言ってもレガンの一部族の出身で、シオウとは、顔見知りなので絶対会いたくない、と言って避けていたのを覚えている。
「ちょ、レントさん頑張ってくださいよ! 座り込まないで!」
コリントに応援され、仕方無し、と言った様子でまた戦いに戻る。
「あ~無理、無理、無理、どうせ僕なんて負けて当然……」
こちらも暗い事を言っているのは、十七歳組のジャメフ・クラーツだ。栗色の髪に砂色の瞳を持つ、前髪長めの、普段から暗い隊士だ。
「ジャメフ! がんばれ、君なら出来る! さあ行こう!」
こちらも同期のフォーンに応援され、仕方無く立ち上がった。
「まだ、やってる?」
「あ、ピオンさん! お疲れ様です!」
コリントが言った。シオウは今、三人を相手に戦っていて、劣勢だ。
一人は十歳くらいの、黒髪緑目の少年、二人目は筋骨隆々の赤髪の青年と言いたくなる体格の少年、三人目は細身で優雅な佇まいの、淡い水色髪、長髪の青年だ。
シオウが普段、着けているスカーフは解けてしまって、髪も盛大にほどけている。シオウの頰や服、コリント達の体にも小さな傷があるので、どうやら真剣で戦っているらしい。
「ッ」
シオウが――黒髪に緑目の、小さな子供の大剣を止める。
「あははは! 動きにぶってるよ~!」
彼は自分の身長ほどの剣で、シオウをぐいぐいと圧している。
この身長、百三十セリチ、十歳の子供にしか見えない隊士は――『二十歳組』の次席、チェスター・マストだ。体が小さいのは精霊の血が濃く出た為で、王族と縁があるらしい。ちなみに二十歳の首席はアプリア・ナナ。これは実技ではなく勉強で差が付いた。
シオウが必死の鍔競り合いをしていると、横から体格の良い赤髪、金目、角刈りの少年――もう青年で良いと思う――十八歳組の首席、グイット・リウィングが「うぉぉぉぉぉ!」という雄叫びと共に突進してきた。
「ああ! うぜぇえー!」
シオウはキレながら床に手をついて躱した。
グイットは『筋肉は万能』という信条を持つ筋肉隊士で、次席のクラリーナとは最後まで筋力を競い合っていて、最終的に彼が首席となった。実は、主に彼とクラリーナのおかげで十八歳組は『脳筋の年』と呼ばれている。第三席のレント・アンガルドも、第五席のアルジェナ・ファーノも、筋力は普通だが、正直、頭を使うタイプでは無いので、まあ間違ってはいない。
十八歳組、唯一の頭脳派だった第四席のエリーは魔霊討伐で殉職してしまった。
「おいで、おいで……こっちへ、おいで……」
と言った細身の隊士は、十九歳組の首席。シュヴァイツ・コルネだ。淡い水色の髪に薄紫色の瞳、真ん中分けの長髪の美青年で、一番の特徴は、瞼に赤いアイラインを引いていることだろう。どちらかといえば垂れ目なのだが、化粧のせいで吊り目に見える。いつでも笑っているので胡散臭いと言われている。
彼は流れるような、残像が見えるような、不思議な剣技を使う。
――彼の間合いに入ると、何も知らない敵は、彼のいない場所に攻撃してしまう。動きが素早く、捕らえるのが難しいのだ。ピオンの一年先輩なので、ピオンは何度も手合わせしているが、当てずっぽうで振るうしかない。
シオウがシュヴァイツの間合いに入り、剣を振り上げた。ピオンの目にはシュヴァイツを斬った様に見えたのだが。
「チッ、外れか、この、珍獣共が……ッ!」
「あはは」
「――ハッ」
シオウが笑って、振り下ろす。防がれこそしたが、シュヴァイツを捉えている。
「!」
「っと!」
シオウが次の瞬間、その場から横に飛んだ。シオウのいた場所をチェスターの大剣が通っていく。そしてまた、グイットの突進が来る。
「だーもう! 疲れた……! もうやめる!」
シオウが言って、僅かに避けた後、剣を床に放った。剣は床を滑り、しばらく進んで止まった。
「皆、先輩、向こうはもう終わりましたよー。今から夕飯だって、俺は宿舎に戻るけど、クラリーナ達はここで食べるって」
ピオンが声を掛けると、さすがに全員が動きを止めた。
シオウが深い溜息を吐いて、膝を突き、座り込んだ。
「あー、腹減ったぁ……」
良く見ると傷だらけで満身創痍だが、それでもこの化け者達相手に生き残ったのは凄い。
コリントが駆け寄って『治療』のプレートを取り出す。
「大丈夫か、治療するな。――ル・フィーラ」
「どもー」
シオウは大の字に寝転がって、休む体勢だ。
床に髪が広がったのを鬱陶しげに指で梳く。シオウの事は遠目で見た事があったが、こうして髪を解いていると、がらりと雰囲気が変わる。髪を結んでいるときは快活な印象だったが、今は優美さが際立っている。
「おいレント」
シオウが自分の髪に触れながら言った。
「ぎぁッ、はい、ただいま!」
シオウの言葉に、レントがシオウのスカーフらしき物を、部屋の隅から持って来た。
シオウは上半身を起こし、レントを睨んだ。レントは両膝をついて差し出した。
「お前、少しは強くなってるかと思ったら、ぜんっぜん駄目じゃねぇか……こんだけ化け物がいる中で、何やってたんだ?」
「いえあの、シオウル様がお強いだけだと……」
「そーいうのいいから、お前の紐。寄越せ」
「はい……」
レントは素直に自分の髪紐を解いてシオウに渡した。レントの髪は肩を過ぎる程度で、シオウよりかなり短いが、そういえばレガンでは独特の風習により、伸ばせる長さが決まっている、とレントの姉――十九歳組、マリー・アンガルドが言っていた。
シオウは、髪を右側の高い位置で結んで、頭にスカーフを巻いた。
「マリーは?」
「姉もここにいます。話し合った結果、精霊騎士になろうと……」
レントは一つ年上の、冷静で頼りになる先輩だが……今は子猫に見える。
「ふうん。ま、生きてて良かったな」
シオウの無邪気な微笑みに、レントが硬直した。
「またよろしくな――先輩」
シオウがレントを若干、見上げた。これは上目遣いというのだろうか? 微笑んでいるのは口元だけで、綺麗な分ちょっと恐い。
「ひ、い゛」
「ははは、結構、結構!」
シオウはレントの背を叩いて笑い出した。
他の先輩達は――いじけていたり、慰めていたり、談笑していたり、アイラインを直していたりと、まとまりが無い。あまり戦闘は見られなかったが……この面子、特にチェスター相手に相手に伸びていないのは凄い。
ちらりと見ただけだが、シオウはプラグとはまた違ったタイプの天才らしい。ピオンはこのまま少しいて、シオウ側の話を聞こうと思った。あと、プラグの事も話す必要がある。
「そう言えば、ルネさんはまだなのかな」
ピオンは呟いた。こちらに顔を出していたかも、と思ったのだが見当たらない。
「あ、ついさっき戻ったみたいだよ。気配がした」
言ったのはチェスターだ。外の気配――彼はルネの次に強いので、彼が言うならそうなのだろう。
「じゃ、俺もう戻りますんで……片付けは?」
シオウが立ち上がって、先輩達を見た。
唯一、コリントが苦笑する。
「あ、後はやっとくからいいぜ。お疲れ様。しっかり休めよ」
「……ども」
シオウはコリントに頭を下げ「あ゛ー疲れた……」と言いながら歩いて行く。
途中、シオウが立ち止まって隣の部屋を見た。
「あ。そういえば、アイツは? プラグ。終わったんですよね?」
ピオンに聞いているようだ。
「ああ、倒れちゃって、連れて帰る?」
「――いや、いっす」
シオウはそのまま出て行った。
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「あー、疲れた……もう寝たい……」
シオウは、さすがに疲れ切っていた。
昼すぎから始めて五時間。休憩はあったし、七対一で戦ったのは二時間くらいで、後は弱い奴をぶちのめして数を減らしたが、それにしても長かった。
時間があればプラグに鍛練の様子を聞こうと思ったが、倒れてしまったらしい。
(……でも鍛練で倒れるとか、ちょっと羨ましいな……)
可愛い顔して体力ありありのプラグが倒れるような鍛練だ。きっと厳しかったのだろう。
弱点克服、云々と言っていたのでそれも気になる所だ。
シオウは今まで、自分に『弱点』は無いと思っていた。シオウは攻撃も防御もまんべんなくできるバランス型だ。
しかし不思議な事に――プラグの実力を考えると不思議では無いが――プラグと相対していると、自分の全てが弱点に思えてくるのだ。
要するに圧倒的な力の差がある。
だが、それでも良い勝負ができるのは不思議に思っていた。しかもプラグは大真面目らしい。
これはよほど『殺しちゃ駄目だ、駄目ったら、駄目だ! 優しく、もっと優しく!』と自制して加減しているか、よほどやる気がないか、それとも上手く力を出せていないかのどれかだ。
手合わせ中のプラグからは気合いや殺気を感じられない。
真剣に、真面目に力一杯やっていますよ――とそれだけだ。
殺気を出すときは相手を殺す時、という根っからの殺戮タイプか、笑いながら人を殺せる浮き浮きタイプか……。
どちらにせよ、キレた時が楽しみだ。つついて本気を見てもいいが、今のシオウでは負けてしまう。ここでしっかり『化け物』相手に鍛練を積んで、打倒プラグを目指していく。
もちろん、明日からは毎朝、本気で行くつもりだ。
プラグは――勝ち筋が見えないのが最高だ。どこに打ち込んでも勝てる気はしない。
しかし、実際は、たまに勝ててしまうだろう。
元がどうあれ『プラグ・カルタ』はまだまだ発展途上なのだ。
(変なやつだが、ま、精霊だからな。長生きな分、蓄積があるんだろ)
――今日戦った隊士達は、確かに化け物揃いだった。
が、残念ながらシオウが気に入る相手はいなかった。
レント・アンガルドは、姉のマリーと一歳違いの兄弟、つまり年子で、アンガルド一族からクロスティア騎士団に入った変わり者だ。と言うかあの姉弟に部族を出るのを薦めたのは確かシオウだった気がする。
シオウが適当に『どこでもいいから、一回、部族から出てみろ』言ったのを真に受けて、本当に出奔した。
レガンでは各部族が競い合っているが、ぬるい競争に浸かっていては、あの姉弟はあれ以上強くなれないと思ったのだ。出奔は禁止されているので、追っ手が掛かったはずだが……生き残っているということは、まあそういうことだ。
二人とも年上だが弟分、妹分という感覚で、一応、遠縁にあたる。
今日まで会わなかったのは遠征では無く、シオウに会わないように逃げ回っていたから、らしい。
(しかし、まあ、変な感じになったな……)
強さで言えば大した変化は無い。年齢と共に成長した、程度だ。
ただレントの性格がかなり変わって、すっかり丸くなっていたのには驚いた。
姉弟揃って真面目真面目の真四角で、感情の機微も薄く、頭も使わず、呆れる程融通が利かなかったのだが、化け物揃いのこの騎士団でずいぶん揉まれたらしい。
戦闘的な強さより――心が強くなっているのだろう。
あの二人は将来、家臣にする予定なので嬉しい誤算だ。
(せいぜい励め。マリーもどんな面白い事になっているやら)
それより期待外れだったのは『化け物』組だ。
シオウはリズやリーオ、コリントやリゼラに、この騎士団の化け物組と、強い順を尋ねていた。
すると不思議な答えが返ってきて、飛び抜けた隊士は若手に多いと言う。
これはリズが隊長になった五年前から採用方法が変わり、なぜか化け物が集まり始めたから……らしい。
二十歳組の首席がアプリアで、次席がチェスター・マストという時点でお察しだ。
剣技ダントツの一番はノム・ルネ・ラ・エアリ。
これは、まあプラグの話を聞く限り、そうだろうな、という感じだが、正直、興味はない。
機会があれば戦うし、戦っても負けると思うが、別格というか、強い、だからなんだ? という退屈な強さをしていそうだ。弟子を苛めて遊ぶというのも、なんだか気にくわない。
二番目はチェスター・マスト。
これも戦ってみて分かったが、シオウの求める強さでは無い。一応技術もあるが力押しで、精神が子供過ぎて苛々する。外見だけ大人なガキのお守りはレガンで散々したが、チェスターは外見も子供なのでただの子供だ。
その次がアプリア――これは知略に長け、プレートの扱い含め総合的に強い、と言う事らしい。アプリアとは戦ってみたいと思う。
その次がリズ。
実力で言えばかなりの手練れなのだが……『一番戦いたくない相手』『絶対、負ける』という評がつく。シオウもそれはよく分かる。手段を選ばないので敵にしてはいけない。
……絶対に敵にしてはいけない相手というのがあって、この騎士団ではそれがリズと、まだ候補生なプラグ、あとはリーオとアプリアだ。
リーオは強さで言えばそこそこだろうが、ああいう奴を敵にすると後々面倒な事になる。リーオの前では、程々に大人しくしているのが吉だ。
ここは騎士団にしては良い線を行っていると思う。……が。
『ストラヴェルのクロスティア騎士団が一番強い。マジでヤバイ』
というよりは『ひたすらヤバイ』と言う方が真実だったのだ。なんだこの奇人変人、変態の集まりは。
……確かに強いのだが、何だかどれも物足りない。
まあ……唯一の収穫が、大当たりのプラグだったので、来て良かったと思っている。
レガンに戻る時は、持ち帰ってもいいかもしれない。
(プレート戦闘や精霊剣だとまた違うだろうから、それに期待するか……)
早くプレートを使って、思いっきり戦いたい。
(嫁になりそうな女もいないしなぁ。これが一番、期待外れだ)
シオウは歩きながら、がっくりと項垂れた。
女性隊士も見るには見たが、リズは論外、アプリアも好みではない。
その他、聞いてみても、飛び抜けた強さの女はいないようだ。あのクラリーナも強いと言えば強いが、それでも次席程度だという。
……素質や才能で言えばアルスだが、正直まったく可愛くない。
顔立ちは整っているが、別に嫌いではないが、シオウにとってはコレジャナイ感が凄いのだ。
(なんつーか、これじゃない。いやこれは絶対違う、って感じがするんだよな……)
それにアルスはプラグを、プラグはアルスを気に入っている様子だから、放っておいてもくっつくだろう。
二人の子供なら絶対に強いだろうから、女が生まれたら預かってみるか、と思った。
……その為にも、プラグとは仲良くしておきたい。
――シオウの完璧な『俺の嫁、生産計画!』はこうだ。
まず現状、どう考えても強いプラグ(おそらく大精霊クラス。顔が好み)、とどう考えても素質はあるがそこまで強く無いアルス(王女で聖女。顔は好みじゃ無いが、一般的には可愛い)が、同室であることを利用し、上手い具合に進展させる。
具体的には、でしゃばらず、二人が話すときは静かにしておく。
……これはシオウが空気に徹しておけば、勝手に話し始めるので問題ない。
そして二人が一緒に外出したいと言い出したら、さりげなく留守番を買って出る。
あるいは、お使いを頼んで二人きりで外出させる。
また、シオウもたまに一人で外出して、二人きりになれるように配慮する。
そして卒業後――ここにいる間でもいいが、機を見てどこかに呼び出し、しばらく密室に閉じ込める。その時は何も起こらなくても、後々進展するはずだ。
そして二人は程なく結婚する。
これはアルスが聖女なので早い方がいい。二十歳前、いっそ十五、六歳でも構わない。
アルスは王女だが、プラグは美形だし強いし賢いので、始めは反対されてもそのうち認められるだろう。結局、男は力なのだ。
……そこらのクズ王子との話が出たら、下僕を使ってこっそり潰す。
アルスとプラグが国王に追われるなら、レガンに監禁――もとい、匿ってやってもいい。
……精霊との混血は、子供の代は普通である事が多い。
なので、子孫を繁栄させて、シオウが気に入る女子ができたら――たぶん孫代になると思うが――秘術を使って、長い寿命を与える。百人くらい作れば、生贄もなんとかなるだろう。
片方が精霊の場合、女が人間でも出産は案外簡単なので、あと、シオウはそういう秘術も知っているので、問題はない。レガンの技術は凄いのだ。
(よっし、完璧!)
シオウは一人、頷いた。
ところが。
「あれ?」
一階に下りたところでルネに出くわした。
と言うか、階段を上ってくるところだった。
「ども……おつかれさまです」
シオウは目を合わせず、そのまますれ違おうとしたのだが。がしっと、肩を掴まれた。
「君、シオウ君だっけ? ずいぶん余裕そうだね? 一本行っとく?」