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第8話 若手隊士達 -3/4- ①

ー/ー



プラグは今日が命日かもしれない、と思いつつ訓練棟『六月の間』をノックした。

「どうぞ」
これはクラリーナの声だ。

扉を開けて、プラグは思わず「うっ」と声を上げた。
そこには七人の隊士が待っていた。
意外な事に、男性は一人だけで、後は全て女性隊士だ。

知っている顔は、今朝会った『クラリーナ・ザーヴェ』。
実技で会った、黒髪ポニーテイルの『ユノ・ラハバ・カトン』、そしてルネの手下の、黒髪赤目の『リリ・カトン』。
後は、唯一の男性。抜き打ちプレート強奪でちらりと見た事がある、金髪青眼、短い巻き毛の……背の高い隊士の四人だ。
リリは今日もメイド服を着ている。

他の三人は初めて見る顔だった。
まずは自己紹介、と言うことで、じゃあ、と金髪の男性隊士が進み出た。
「初めまして……じゃないか。この前ちらっと会ったね。俺はピオン・デュロ。十七歳で、フォーンやユノの同期だよ」
身長はルネより高く、百八十セリチ以上ある。
「プラグ・カルタです……よろしくお願いします」
帰りたい気持ちを抑え、プラグは挨拶をした。
握手を求められたので握手する。
「今日はよろしくね」
ルネと違って嫌な感じはなく、普通に好青年だ。

次は誰、という空気になり「年長のエメリンさんからで?」とユノが言って、ピオンの右横にいた少女が一歩前に出た。

「はい! エメリン・アソウです。こう見えてこの中でいちばんの年上、リズ隊長と同じ十九歳です! よろしくお願いします!」
と言ったのは、まっすぐな、長い金髪、金目の幼い感じの女性だった。
十九歳と言ったが十五、六歳の少女に見える。前髪は横一直線に切りそろえて、左右を編み込みにしていた。

次に、おっとりとした感じの、七三分けの女性が手を挙げた。垂れ目で、髪は淡い緑色、瞳も同じ色だった。右側にお団子をつくり、緑色のリボンで髪をまとめている。
「アルジェナ・ファーノです。十八歳、クラリーナの同期です。よろしくお願いしますー」
ずっと聞いていたら、眠くなりそうな……ふわふわしした声だった。

次の女性は落ち着いた印象だった。
「ええと、はじめまして。私はミラ・ウィニーです。私は十七歳で、ピオン、ユノの同期です」
ミラ・ウィニーと名乗った女性は、ウエーブがかった、黒髪を肩の上で真っ直ぐ切りそろえていた。前髪は髪飾りで留めて、額を広く見せている。失礼かもしれないが、大人っぽいのでクラリーナより年上に見えた。

まとめると。隊士は七人。
エメリン――十九歳。見た目は幼い。可愛らしい顔立ち。まっすぐな金髪。金目。前髪は切りそろえて前髪の左右は三つ編みの編み込み。
アルジェナ――十八歳。クラリーナの同期。ふわふわ系。垂れ目。緑髪、緑目。七三分けの前髪に、右側お団子。
ミラ――十七歳。ピオン、ユノの同期。年の割に落ち着いた印象の、肩くらいまでで切りそろえた、黒髪ウェーブの女性。
ピオン――男。十七歳。背が高い。金髪巻き毛で青い目。ルネより遙かに好青年。
残りは、ユノ、クラリーナ、リリで七人、という感じだ。

「よろしくお願いします。皆さん……女性なんですね?」
プラグは挨拶を返しつつ、不思議に思って尋ねた。
すると唯一の男性、ピオンが苦笑した。
「ああ、男連中は皆、シオウ君の方へ行ってるんだ。今回の鍛練、力があると不味いかなって……俺は数合わせというか。半分で割って穴埋め」
「なるほど……ありがとうございます」

そこで進み出たのが、リリだった。
「では。自己紹介も済んだ事ですし。ルネ様からの伝言があります。ちょっとお耳を」
リリはプラグに近づいて来て、耳打ちした。
「貴方が倒れたら――、…………、――という事になりますので、死ぬ気で頑張って下さい」
リリが離れたが――プラグはリリを凝視した。
「……わかりました。アイツは来ないんですか?」
「夕方に来るそうです――起きていたら一緒に夕飯をと……」
「一生来なくて良いのに。公爵は暇なんだな……食事はいりません。帰ります」
プラグは歯がみした。

「――わかりました。皆さん、死ぬ気で頑張るのでご指導よろしくお願いします!」
プラグは気合いを入れて、挨拶をしなおした。

「では始めましょうか。私、リリから今日の鍛練の説明をします。ついでに審判も勤めます」
どうやらリリが仕切るらしい。

「まずですね、こちらのプラグさんは、過去の怪我で、頭と、背中が弱点だそうです。一応治ってはいるけれど、打たれるとちょっと痛いので、庇う癖をつけないように頑張ろう、というのが今回の趣旨です。この怪我というのは――どの辺りですか? 包み隠さずに説明を」

リリに言われて、プラグは説明をした。勿論、作り話だ。
「えっと、三年前。カルタで熊と鹿に、同時に襲われて……熊に頭の左右をがしっと掴まれて。あと、背中を鹿に角で? この肩甲骨の辺りですね。両側をどすっと……そんな感じで、そこからは覚えていないんですが、今、思い出すと恐いな、よく生きていたな、という感じでした……」

するとアルジェナが「見た事ある!」と言った。
「わたし、任務で行ったことあるけど、あそこの動物って、本当に大きいの……カルタの熊は、私三人分だし……鹿は角を入れない状態で、ピオンくらいの大きさかな。もっと大きいのもいるって。良かったね、狼だったら死んでたよ」
「ええ。熊と鹿はしばらく遊びますが、狼は群れるし、すぐに食べますから……」
「え……カルタってそんな? こわ……鹿ってえ……俺くらい?」
ピオンが言ったが、プラグは首を振った。
「あれは鹿じゃありません。カルタにいるのは、ヘラジカと言う、鹿の形をした大きい動物です。鹿と呼ばれていますが、あれは全く違う化け物です。人を襲うことはあまり無いんですが……運が悪かった。ちょうど熊と戦っていたらしくて……通りかかって、喧嘩を売られました。小さいのがきた、じゃあ、これを転がして遊ぼう、と……鞠遊びの感覚です」
鞠遊び、の言葉に隊士達が少々青ざめる。
リリが続ける。
「――それが心の傷になっていて、あと、実際に後遺症があり、背中と頭を打たれるととても痛くて、たまに気絶するそうです」
「それは、大変ですね……」
ミラが言った。
リリが頷いて、微笑んだ。
「なので、皆様はそこを重点的に狙って下さい。弱点克服の為の訓練ですので、遠慮はいりません。ただし、頭は切れたら不味いので、両者、刃のない訓練用の剣で立ち会う事。弱点にも、弱点以外の場所にも突きは禁止、剣取りも、体術も禁止です。弱点を打つときは刃を使わず、なるべく、剣の平で叩いて下さい。背中は思いっきり打って大丈夫ですが、頭は軽く打つか、加減出来なかったら寸止めでも良しとします。打たれた場合、逆に隊士が危なくなった場合は『待て』の合図で仕切り直しとなります。まずは一対一、次は二対一、と私の判断で人数を増やしていきます。先輩達は、かかり稽古と同じように、彼を円で囲み、私を起点に、『次』の号令で、右回りで入って下さい。あ、全員入っても余裕があるようでしたら、最後に、私も入りますので……では武器を変えて、輪になってください」

皆が剣を外して邪魔にならない端に置き、用意してあった訓練剣に持ち変える。プラグも剣を変えた。リリも剣を替え、懐中時計を取り出した。

その後、大雑把に輪になって、プラグを囲む。
六月の間は、以前ルネと戦った部屋より若干広く、隊士七人がいても、十分立ち回りは可能だ。床は同じく白色だ。

「ちなみに、この訓練は、延々と続きます。一応、三十分から四十分ごとに『そこまで』の合図で小休止を挟みます。途中でも、プラグさんがもう無理、または先輩方が止めたい、と思ったら、左手を挙げて下さい。他には、各自、自己判断で一旦、離れて、休憩しても大丈夫です。では、ユノさんから時計回りで。一対一、始め!」

「――お願いします」
ユノが先に言ったので、プラグも言った。
「お願いします」
剣を中段に構え切っ先をユノに向けて待つ。対するユノは切っ先を下げて構えた。
ユノは少し近づいて間合いを調整しつつ、プラグの間合いと実力を計っている。
ユノの構えは先制攻撃を誘う物なのでプラグは小さく一歩踏み出した。ユノは下から横に剣を斜めに旋回させてプラグの頭を狙ってきた。大ぶりの強い一撃をプラグは刃の中央付近で止めた。振りは大きく強かったが感触は軽い。ユノは一瞬で切っ先を下げ、今度は突かない程度にプラグに向け近づけ、プラグの動線をずらそうとしてきた。
――プラグはユノの剣を跳ね上げて、攻撃に転じた。
一撃目の振り下ろしは受けられたが、反撃を攻撃の軸を僅かにずらす事で躱し、そのまま刃をユノの剣の下に潜り込ませて、左側から裏刃で、彼女の脇を強かに打った。
「ッ!」
ユノが小さく呻いた。肋骨の間を、痺れが走るように打ったのでしばらく左手に力が入りにくいだろう。
「次! 二人入って!」
リリが言った。
次に入って来たのは、ミラとクラリーナだった。
ユノも早々に立ち直って今度は上段に構えている。ユノは真面目そうな見た目なのに豪快な扱い方をする。プラグは切っ先を腰より下に向けた。ミラはすぐに斬りかかってきた。続いてクラリーナ。間合いを詰めてぶつかることで二本とも纏めて受けたが、クラリーナは怪力で剣がぶれた。訳あり鍛練趣味というだけあって成人男性の比では無い。ユノの上段からの振り降ろしが来る間に――ユノは二人を相手するプラグが対応できないであろう攻撃を選んできた――ミラが剣を浮かせて鍔競り合いを抜けた。力は無いが器用に扱う。
プラグは先にクラリーナを弾き、手首を返して剣を旋回させ、ミラの刃の根元に当てて押さえ、半歩右にずれてユノの攻撃を避けた。

プラグから少し離れ、クラリーナが笑った。
「ミラ、ユノ、手数を増やしプラグを崩して下さい。中々強敵です。思ったより力がある」
「はい!」「はいッ!」
「狙えそうだったら、急所を遠慮なく狙って下さい。彼なら余裕で避けられるはずです」
ミラとユノが頷いた。
余裕とかそんな、と言う気分だがやってみるしかない。
精霊との乱組みより、数が少ないのでまだいいのか、個人が強い分、良くないのか微妙だ。
剣を振り回してしまえばいいのだが、それだと背中が狙われる。
考える間にもミラとユノが来るので、二人を相手しつつ、クラリーナを見据えた。

「行きます!」
クラリーナが一直線に飛び込んで来た。
躊躇無い攻撃でしかも速い。躱した後にミラが左から斬りつけてくる。ユノの攻撃はプラグを崩す事に専念していて、右背後。逃げ場を無くしている。
その時にはクラリーナが既にきびすを返してプラグの左背後にいた。

■ ■ ■

「!」
今、一瞬見えなかった。
エメリンは目を見張った。
絶対に避けられないはずの、クラリーナの背後攻撃を、プラグはふわりと躱してしまった。ミラとプラグの位置が入れ替わっていて、プラグが左に避けている。つまりミラの勢いを受けずに引き込んで、彼女と背中を合わせる形で入れ替わったのだ。クラリーナはミラを攻撃しかけ、ミラはクラリーナの攻撃を受けた。その間にプラグが動き、ミラは背後から撃たれ、悶絶する。次はユノ。今度は強い一撃で、一気に三メルトほど弾き飛ばした。

エメリン・アソウ――最年長、十九歳に見えない十九歳。金髪金目の少女――は順番が最後なので、わくわくしながら戦いを見ていた。
この中では自分が一番年長であり、一番強いのだが、このプラグはかなり凄い。
(うわー! 皆が強い強いって言うのも納得……! この子、絶対、リズ隊長とも互角以上に戦えるよね! すごい!)
エメリンでも、一対一では敵う気がしないのだ。化け物組で間違い無い。アプリア、チェスター・マスト辺りなら、良い勝負ができそうな感じがある。
だがこれは多数対一の、ちょっと可愛そうな戦い。
――しかしプラグは三人に慣れてしまって、危なげなく捌くようになった。動きは完全に読まれている。リリもそう読み、指示を出す。
「次! アルジェナ!」
「はぁい! えいっ」
アルジェナが入ったのだが、状況は変わらない。三本が四本になってもな、という感じすら漂っている。切っ先は弧を描き、最小限の動きで全て弾いてしまう。背中への警戒も怠らず、クラリーナの攻撃は僅かに効いているものの体勢を崩すには至らない。
むしろ剣が増えた分、逆に隙間が減って、プラグの移動につられて皆が動くので、動きが遮られ――やりにくそうだ。
多人数相手に見事としか言いようがないが、こちらも先輩だ。これはプラグの鍛練であると同時に自分達の鍛練でもあるから、プラグの攻略方法を見つけたい。
エメリンはプラグの動きを観察した。そしてプラグの目線であることに気が付いた。

(あ。なるほど、そういうことか、だから読まれてるんだ)
エメリンはリリに声を掛けた。
「リリ、次、ピオンを入れてみて! 彼、女の子とは戦い慣れてるみたい。その次は私もすぐ入って、六人でかかるわ。リリは入らず審判してて。危なかったら止めてね」
「はい、次! ピオン! 入ってください。三十秒後、エメリン!」

「はぁああああっ!」
ピオンは気合いで斬りかかった。ピオンはかなり技巧派の騎士なのだが、長身を生かして重く、大きな攻撃もできる。プラグが下がって避ける。そこへクラリーナが迫り、プラグがようやく半歩以上で避けた。皆が倒せないのがこれだ。外から見ないと分からないが、プラグは動いているように見えて、動いていない。体力を温存しているのだ。
もちろん、彼も外から見られたら分かると――理解しているはずだ。こちらが気付くか、どこまでやれるか、試しているようでもあった。

エメリンは感心した。
(……この子、絶対ダントツよね! もう先生クラスじゃない!? しかも足運びとか、身のこなしとか、すごく隊士向き……)
今は青色の訓練着を着ているから、外から見れば動きが分かるが、丈の長い隊服を着込んでマントを着たら余計に動きが読めなくなるだろう。
面白いのはルネに似た剣でありながら、こちらの方が古風に感じる点だ。この剣の本質は技巧寄りでは無く、力技に違い無い。体力の消費を極限まで減らして必要な力だけ乗せて叩き、斬り、牽制し、百人斬りしても平気くらいの動きをしている。
この年でこれだけできるとなると、余程権威のある、最強クラスの師匠に教わったのだろう。間違い無く我流ではない。

そして――分かってしまったのだが。
プラグは天才ではない。
素質や才能は人並み以上にたっぷりあるのだが……いわゆる天賦の才で戦うのではなく、試行錯誤しながら一つ一つ積み重ねて強くなっていく、生粋の努力型なのだ。

エメリンは内心はしゃいだ。
皆が天才、天才と言っているので、てっきり飛び抜けた才能で戦う系かと思ったのだが、全く違った。
(ええ~! 涼しい顔して、めっちゃ努力家~!? 意外……! シオウ君は全く違うタイプって聞いてるけど、うわー! そっちが天才系!? 気になる~! 好対照ってやつ!?)

ピオンが女子と鍔競り合いをするプラグの真横から突進し、左斜め下から斜め上へと斬り上げようとする。――実際にはそうならず、プラグは、はっとして、ピオンの攻撃を避けた。
「いいよピオンその感じで! やっと二歩使わせたよ!」
エメリンはピオンに声をかけた。
実はピオンは直感にすぐれた天才型だ。本人は天才の自覚が無いし認めないが、才能で言えば、今日の面子の中では飛び抜けている。隊士は皆分かっている。だからプラグもピオンからは逃げる。
「皆、足! 足も狙って良いわよ! 上半身だけじゃ駄目、三人足、二人上で良いわ。ピオンとユノは上! ユノの攻撃もすごく効いてるわ! クラリーナはそのまま背後を攻めて。ミラは綺麗な攻撃じゃ躱されちゃうから、もっと野性的に! 気合いで! とっ捕まえるくらいの感じでいこう! この子、感情が分かりやすいからそこもよく見て、目線に注目、誰が見られてるか、次どう動くか分かるかも!」
エメリンは声をかけた。プラグが一呼吸、深くしたので当たっているのだろう。
プラグが優勢に見えるのだが、こちらも手練れ揃いで数が多いから、やはり少しずつ効いている。

「最後、エメリン!」
「はいッ!」
リリの掛け声でエメリンは突進した。
どこへ行けば良いか、分かっている。

■ ■ ■

エメリンが斜め右前、二時方向から飛び出して、反時計回りに回り込みながら、切っ先を大きく旋回させる一撃で、プラグの左肩甲骨を見事に打ち付けた。

「ぁああっ!」
激痛と共にプラグは、声を上げ崩れ落ちた。

プラグはしばらく頭を床につけて、なんとか耐え、白む視界を必死に戻した。
「エッ!? わッ、ごめん! これでそんな痛いの!? ごめん!」
打ったエメリンが戸惑っている。
更に十秒ほど後、激痛と体温変化に耐えて、なんとか、僅かに右手を挙げた。
左手は動かない。
「……す、すいません……もうちょっと、弱く……」
――避ける術の無い、会心の一撃だ。エメリンは分析に優れていて、しかも動きに個性というか、独創性がある。戦闘中に新しい動きを作ってしまうのだ。
一対一なら負けないが、こういう相手が多人数に混ざると少し厳しい……。
しかも彼女は普通の人間だ。

(普通って何だろう……もう、ここ、恐い……)
プラグは項垂れた。どうやって集めた? と言う程強い剣士が集まっている。しかも全員、型や足捌きがものの見事にバラバラだ。普通、騎士団というのは、同じ型を教えるものではないのか……? 
「珍獣博覧会……」
プラグは小さく呟いた。全種、違う生き物と戦っているようだった。

(サミル様……俺はもっと、頑張ります……)
プラグは初めて、自分も、もう少し強くなれるかも、と思った。
『手を抜く癖がある』と言う、サミルが言った意味も、ようやく理解できた。
プラグに足りなかったのは『何でも良い』という適当さと、自分に合った剣技を追及する『貪欲さ』だったのだろう。
答えをくれる人がいないから、正解か分からない。だからできない、ではなく、答えなんてどうでも良いのだ。
もう、好きなように、勝手に、強くなればいいのだ。
(いい加減、独り立ちしろってことですね……分かりました。そうします。今までありがとうございました……師匠……!)
……ここで学ぶ事は多いようだ。

プラグは立ち上がろうとしたが、ふらついて尻餅をついてしまった。
エメリンが慌てて支える。
「ごめんね、ちょっと休もう! リリ」
「しばらく休憩します。皆さんも休憩です」

休憩の合図に、皆がどっと息を吐く。
「はぁ……強……! しんどい……!」
と言ったのはユノだった。彼女はずっと入っていたので汗だくだ。
「手強いですね……七人目でようやく、となると。人数を分けて、交代で消耗させた方がいいのかしら?」
クラリーナは冷静かつ楽しそうに考えている。

「大丈夫ですか!?」「だいじょーぶ……!?」
ミラとアルジェナがプラグに近づいて、膝をついた。
「左手……背中、ちょっと見ますよ? 上着、脱がしますね」
ミラが言って、プラグを脱がした。上着とシャツを脱がされ、上半身が露出する。
恥ずかしがる場面でも無いので、素直に背中を向けて診て貰った。しかし。
「あら……なんともないわ…………。綺麗に治っているんですね」
プラグの背中は、真っさらで、たぶん赤くなってもいないだろう。
「プレート使います? 効果あるのかな……ル・フィーラ! あ、だめだ反応無し」
『治療』のプレートは内傷にも効果があるが、怪我がなければ発動しない。光は消えてしまった。
原因は分かっているが、プラグは一応、ミラ達にも感覚を伝えた。
「治っているんですけど、何処かおかしいみたいで。精神的な物と言うには痛くて……」
「あ。それ、神経だね! っていうかたぶん霊脈だよそれ。その、ヘラジカが霊力を持ってたとかじゃない? あれ、頭もってことは、熊も? こわー、カルタ!」
エメリンがずばりと言った。
「……ルネにもそう言われました。皆さん本当にお強い。まるでカルタに帰ったみたいです。珍獣の住み処にいるようだ」
「でしょう? でも貴方も凄いよ。こんなにできると思わなかった。どうする、続き、できそう? ちょっと、身を引いてたよね」
やはりエメリンは気づいていたらしい。
「はい、少しだけ。加減して頂けたので、まずは当たってみようと思って。おかげで大丈夫でしたから、やれます。ぜひお願いします」
かなり痛かったが、身構えたおかげで今回は気絶しなかった。
痛みはあるが、大分引いてきた。まだ剣は振れる。

プラグは呼吸を整えて、立ち上がった。

■ ■ ■

プラグは未だかつてないほど、やる気に満ちていた。
次に背中を打ったのは、なんとユノだった。今までの大振り力技が本領では無く、いきなり、細やかな動きと、流れるような足運びを見せた。腕を鞭のようにしならせる、鋭い一撃だ。ユノの戦い方は、立てた作戦をしっかり遂行するという、やはり真面目な物だったのだ。狙ったのも律儀に打たれた方とは逆、右側だ。プラグはまた膝をついて、座り込んだ。

「……いて、てて、う゛うう、ッ……!」
しばらく歯を食いしばって耐える。
ちなみに、プラグがとても痛がったので、頭はやめておこう、となっていた。
プラグは頭でも構わないと言ったのだが、全員が青ざめ、首を振った。
プラグは長い呼吸を繰り返して、立ち上がった。

「……もう一回、お願いします……!」
プラグは今まで戦いを楽しいとか、訓練がしたいとか思った事は無かったし、自分が一番強い、強くなりたい、というシオウの感覚も分からなかったのだが、初めて『楽しい』と思った。
しかし同時に、体がついて来ない、という感覚も初めて味わった。感動した。
「ああ、そうかこれが。思うように動けないってやつなんだな! これが!!」
疲れるのとはまた違う。こうしたいのに、できない。
(――そうか、だからシオウは凄いんだ!)
多彩な動きを思いつくのは、工夫しているからだ。自分の体の動きを熟知して、限界を把握して、常に、どうすれば勝てるかを考えている。
(どうすれば負けないか、ではなく、どうやって勝つ、か……考えた事も無かった)
プラグは早く、明日、シオウと手合わせしたいと思った。

「ぎゃっ……!」
プラグはまた背中を叩かれた。今度はピオンだが、さすが、という動きの良さだ。
振り下ろしをやめ、剣を返して直角に動かす、これは中々できることではない。大抵、威力が乗らないので実用性が低いのだ。避けきれずに食らってしまったのは、背中を打たれ続けて、動きが鈍っていたせいもある。

プラグはまた冷や汗と戦って、顔を上げた。
「……もう一回っ、まだまだ、いけます……、余裕です……っ」

シオウがプラグを認めているように、プラグもシオウを認めている。
シオウはプラグにやたら拘ってくるのだが、プラグからしても、何かが引っかかっていた。
すごいなという尊敬だと思っていたのだが――それは嫉妬だった。

一応人間なのに、圧倒的に優れているから、凄く格好良くて羨ましくて、俺の方が強いんだよ、と、示さずにはいられない。五千年、いや実際は三千年くらいかもしれないが、地道に覚えた事が才能一つにあっと言う間に抜かれたのでは。シオウが努力家なのは間違い無い。頭が良いのも知っている。でも俺だってできると言いたい。要するに負けたくなかったのだ。
(長生きだからって、疎くなりすぎだ……!)
カド=ククナは、少しのんびりしているから――少しずつ、感情を掘り起こしていかなければ。それで強くなれるか分からないが。『変化』は必要だ。

「――ぐッ!」
クラリーナの良い所は諦めないところだ。彼女は真後ろから体ごと突っ込んできたため、プラグと一緒に転倒して床に転がった。剣の平を体の前に掲げて、左手を刀身に添えての突進、体当たりという、速さ頼みの一撃だ。もはや剣はおまけだが、当たる瞬間に強く打ち付けてきた。確かに剣を使っている。クラリーナが前方に転がり、そのまま壁にぶつかる所を、滑り込んだピオンが受け止めた。直前でクラリーナの狙いに気付いたらしい。
彼女はやはり怪力だ。強く打たれて、視界が反転する。

立とうと思うのだが、体が動かない。

■ ■ ■

クラリーナの捨て身の一撃で、プラグはようやく動きを止めた。
「気絶……、した!?」
エメリンが肩で息をする。アルジェナは先程、昏倒し、リリの後ろに寝かされている。
クラリーナもピオンに支えられてなんとか起き上がったが、すぐには立てず、肩を押さえてこちらを振り返っている。ピオンの「大丈夫か?」と言う言葉になんとか頷いている。
ユノは二回前の『もう一回』で、お返しとばかりに背中を強打されたので休憩し、息を整えている。
戦闘中、ミラ・ウィーニーはクラリーナの援護に集中していた。
――手足が、少し震えている。上手く力が入らない。つまり恐怖を感じている。
打っても打っても立ち上がってくる。しかも少し楽しげだった。
エメリンがプラグの首元に手を当てて、ほっと息を吐いた。
「落ちてるね……ああ、良かった」
ミラもプラグの側に移動して……背中を打った後なので、少し迷ったが、仰向けに寝かせて、呼吸を確かめて、頷いた。
「この方法、あまり良くありませんね、彼の闘争心を刺激するようです。普段我々に合わせて手加減しているところが、なくなってしまう」
このプラグはどう見ても訳ありだ。先程、背中を見たときにも思ったが、かなり細くて、剣を扱うようには見えない。こう言う場合は、例外なく精霊の血が入っているのだが、それにしても、もう少し丈夫そうでもいいと思う。
ミラの右側で、ユノがゆっくり立ち上がった。
「やっと、立てた、ああもう、ふがいない。私にだけ、後に響く剣を使ってくるんですよ。凄く痛い……! まだ少し痺れます」
「それだけ警戒しているんでしょう」
ミラは答えた。ユノにだけ一撃が重い。当て方も他とは違って、嫌な音を響かせていた。
『治療』のプレートを使っても痺れが取れないようだった。つまりプラグは打撃を使い分けることができるのだ。この年で、恐ろしいと言う他無い。

リリは結局参加しなかったが、途中から止めに入るか迷っているようだった。
「気絶してしまいましたし、今日はここまでにしましょう」
リリの言葉に皆が頷いた。
ミラはプラグを治療することにした。
「治療します。ル・フィーラ……!」
プレートを取り出して、打撲を一カ所ずつ直していく。
「アルジェナへの一撃はガンッって音したよね。痛そう」
エメリンが言ってアルジェナを見る。
同期のクラリーナがぺちぺちとアルジェナの頰を叩いている。
「アルジェナ、起きますか? 無理ですか?」
「起きる……」
アルジェナがよく寝た……と言いながら起きた。
「ふわぁ。すごく気持ち良く眠れた……今何時?」
「あら、もう、五時ですね。皆さん、休憩にして、夕飯にしましょうか。プラグさんは隣に寝かせておいて下さい。後はルネ様がやってくださいます」
「じゃ、運ぼうか?」
ピオンが申し出たが、ミラは首を振った。
「動かすのはもう少し待ちましょう。まだ少し痛そうなんです」
プラグは目を閉じたまま、苦悶の表情を浮かべている。汗も酷い。ミラは何となく、まだ動かさない方が良いと思った。
「あ、そう? じゃあどうしようかな……俺、戻って食べようかな。久しぶりにがっつり食べたい。あのスープを飲まないと帰った、って気にならなくて」
ピオンが剣を付け替えながら言った。
「あーわかる。ヒュリスのご飯もいいけど、やっぱ隊舎のもいいよね。まあ、私はこっちで食べようかな。あ、剣ちょうだい」
練習用の剣を回収しながら、エメリンが言った。
他の隊士達も各々エメリンに渡して、自分の剣をベルトに下げなおしていく。
「じゃ、俺はもう行こうかな。隣も気になるし、片付けたら、終了の報告がてら覗いてきます。あ、先輩、持ちます。じゃあ、お先に失礼します」
「うん、ありがと、行こう」
ピオンとエメリンが出て行ったあと。

「……もう一回、おねがいします……」

――ミラが振り返るとプラグが剣を持って立ち上がっていた。
そう言えば先程も、ずっと握ったままだった。

ミラは思わず距離を取った。

「プラグさん、もう終わりましたよ。ああ、剣、返しておきます」
リリが、当然気が付いている物として言ったのだが、ミラは止めようとした。
声が届く前にプラグが剣を振り上げた。
寸前でクラリーナがリリに体当たりし、リリを弾き飛ばした。
「やば、飛んでる……!」
珍しくクラリーナが焦った声を出して、体勢を整えて剣を抜いた。
――意識がもうろうとして、自分が何をしているか分からなくなる。集中あるいは消耗して、周囲の声が聞こえず、気力で戦ってしまう。鍛練ではまれにある事だが――。
「プラグさん、終わりましたよ!」
ミラは声を掛ける。こう言う場合は声掛けが有効だ。
「終わったのよ! 鍛練終了!」
クラリーナも声をかけるが、反応が無い。プラグはうつむいたままだ。鍛練に慣れている場合は『終了』と聞けば反射で正気に戻るのだが、プラグに変化は無い。相変わらず切っ先を正面に向けている。
ミラはクラリーナに声をかけた。ユノとアルジェナ、リリが周囲に集まる。
「どうします?」
「ちょっと待ってみて、変わらないようなら、間合いに入って腕を掴む?」
クラリーナが言った。声掛けの次は、体に触れる。これも正気に戻すには有効だ。
「それがいいですわね、私がやります」
リリが言った。リリはまだ戦っていないので適任だ。
「朝ですよ! 起きてくださいまし!」
リリは一歩前に踏み出し、間合いを詰めようとしたのだが、その瞬間に、リリは咄嗟に剣で左側を庇った。
「!」
金属音が響き、リリはそのまま膝を突いた。プラグが大振りをしてリリを攻撃したのだ。直感で受けなければ食らっていた。リリは急いで離脱して、剣を構え直した。
クラリーナが先に駆け出す。
「アルジェナ、ユノ! 手伝って! 私が引きつけるから、リリとミラは背後から背中を!」
クラリーナが近づくとプラグは剣を振り下ろしてきた。
「了解!」
クラリーナがプラグの剣を自分の剣を真横にして受けている間に、ミラとリリは背後に回った。
アルジェナとユノは左右から剣を構え、プラグを捕まえにかかった。
「!」
アルジェナとリリがほぼ同時に斬られ、そのまま弾き飛ばされた。遅れて、金属の滑る、高い音が聞こえた。ミラは避ける事ができたが。鈴を転がしたような、可愛らしい笑い声が聞こえた。先程クラリーナと剣を合わせていたのに、クラリーナも倒れている。風切音がしたと思ったら、今度はユノが一歩引いた。ユノは痛みに歯を食いしばった後、大きく一歩踏み込んで、捨て身の突きを繰り出した。
リリがプラグの足にしがみつき、動きを押さえた。
思考もできないまま、ミラは渾身の力を込めて、背中を強打した。

――声も上げずにプラグが倒れた。
「剣を!」
一緒に倒れたリリが言って、ユノがプラグの剣を引き剥がし、床に投げて滑らせた。
リリが支えたため頭を打つことは無かったが、倒れたプラグはぴくりともしない。
「……ッ大丈夫!?」
ミラは青ざめ、我に返って駆け寄った。
プラグを見ると、ぐったりと目を閉じているが、呼吸はある。
「はぁ……良かった! 皆、大丈夫ですか? 生きてます?」
ミラは汗を拭い、ユノとリリに目を向けた。
「なんとか。真剣なら死んでいましたね……」
リリが息を吐いた。ユノも息を吐いて床に座り込んでいる。
クラリーナが右頰と右手を抑えた。
「いったぁ! 脱臼したぁ! あんなのあり? 突きと同時に滑らせて、もう……! 治療、治療ッ」
「早く隣に運んじゃいましょう」
ユノが言って、リリとユノの二人で、プラグを起こして肩を貸して、引きずって歩いて行く。
ミラは小さく息を吐き、クラリーナの治療を手伝った。





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次のエピソードへ進む 第8話 若手隊士達 -3/4- ②


みんなのリアクション



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プラグは今日が命日かもしれない、と思いつつ訓練棟『六月の間』をノックした。
「どうぞ」
これはクラリーナの声だ。
扉を開けて、プラグは思わず「うっ」と声を上げた。
そこには七人の隊士が待っていた。
意外な事に、男性は一人だけで、後は全て女性隊士だ。
知っている顔は、今朝会った『クラリーナ・ザーヴェ』。
実技で会った、黒髪ポニーテイルの『ユノ・ラハバ・カトン』、そしてルネの手下の、黒髪赤目の『リリ・カトン』。
後は、唯一の男性。抜き打ちプレート強奪でちらりと見た事がある、金髪青眼、短い巻き毛の……背の高い隊士の四人だ。
リリは今日もメイド服を着ている。
他の三人は初めて見る顔だった。
まずは自己紹介、と言うことで、じゃあ、と金髪の男性隊士が進み出た。
「初めまして……じゃないか。この前ちらっと会ったね。俺はピオン・デュロ。十七歳で、フォーンやユノの同期だよ」
身長はルネより高く、百八十セリチ以上ある。
「プラグ・カルタです……よろしくお願いします」
帰りたい気持ちを抑え、プラグは挨拶をした。
握手を求められたので握手する。
「今日はよろしくね」
ルネと違って嫌な感じはなく、普通に好青年だ。
次は誰、という空気になり「年長のエメリンさんからで?」とユノが言って、ピオンの右横にいた少女が一歩前に出た。
「はい! エメリン・アソウです。こう見えてこの中でいちばんの年上、リズ隊長と同じ十九歳です! よろしくお願いします!」
と言ったのは、まっすぐな、長い金髪、金目の幼い感じの女性だった。
十九歳と言ったが十五、六歳の少女に見える。前髪は横一直線に切りそろえて、左右を編み込みにしていた。
次に、おっとりとした感じの、七三分けの女性が手を挙げた。垂れ目で、髪は淡い緑色、瞳も同じ色だった。右側にお団子をつくり、緑色のリボンで髪をまとめている。
「アルジェナ・ファーノです。十八歳、クラリーナの同期です。よろしくお願いしますー」
ずっと聞いていたら、眠くなりそうな……ふわふわしした声だった。
次の女性は落ち着いた印象だった。
「ええと、はじめまして。私はミラ・ウィニーです。私は十七歳で、ピオン、ユノの同期です」
ミラ・ウィニーと名乗った女性は、ウエーブがかった、黒髪を肩の上で真っ直ぐ切りそろえていた。前髪は髪飾りで留めて、額を広く見せている。失礼かもしれないが、大人っぽいのでクラリーナより年上に見えた。
まとめると。隊士は七人。
エメリン――十九歳。見た目は幼い。可愛らしい顔立ち。まっすぐな金髪。金目。前髪は切りそろえて前髪の左右は三つ編みの編み込み。
アルジェナ――十八歳。クラリーナの同期。ふわふわ系。垂れ目。緑髪、緑目。七三分けの前髪に、右側お団子。
ミラ――十七歳。ピオン、ユノの同期。年の割に落ち着いた印象の、肩くらいまでで切りそろえた、黒髪ウェーブの女性。
ピオン――男。十七歳。背が高い。金髪巻き毛で青い目。ルネより遙かに好青年。
残りは、ユノ、クラリーナ、リリで七人、という感じだ。
「よろしくお願いします。皆さん……女性なんですね?」
プラグは挨拶を返しつつ、不思議に思って尋ねた。
すると唯一の男性、ピオンが苦笑した。
「ああ、男連中は皆、シオウ君の方へ行ってるんだ。今回の鍛練、力があると不味いかなって……俺は数合わせというか。半分で割って穴埋め」
「なるほど……ありがとうございます」
そこで進み出たのが、リリだった。
「では。自己紹介も済んだ事ですし。ルネ様からの伝言があります。ちょっとお耳を」
リリはプラグに近づいて来て、耳打ちした。
「貴方が倒れたら――、…………、――という事になりますので、死ぬ気で頑張って下さい」
リリが離れたが――プラグはリリを凝視した。
「……わかりました。アイツは来ないんですか?」
「夕方に来るそうです――起きていたら一緒に夕飯をと……」
「一生来なくて良いのに。公爵は暇なんだな……食事はいりません。帰ります」
プラグは歯がみした。
「――わかりました。皆さん、死ぬ気で頑張るのでご指導よろしくお願いします!」
プラグは気合いを入れて、挨拶をしなおした。
「では始めましょうか。私、リリから今日の鍛練の説明をします。ついでに審判も勤めます」
どうやらリリが仕切るらしい。
「まずですね、こちらのプラグさんは、過去の怪我で、頭と、背中が弱点だそうです。一応治ってはいるけれど、打たれるとちょっと痛いので、庇う癖をつけないように頑張ろう、というのが今回の趣旨です。この怪我というのは――どの辺りですか? 包み隠さずに説明を」
リリに言われて、プラグは説明をした。勿論、作り話だ。
「えっと、三年前。カルタで熊と鹿に、同時に襲われて……熊に頭の左右をがしっと掴まれて。あと、背中を鹿に角で? この肩甲骨の辺りですね。両側をどすっと……そんな感じで、そこからは覚えていないんですが、今、思い出すと恐いな、よく生きていたな、という感じでした……」
するとアルジェナが「見た事ある!」と言った。
「わたし、任務で行ったことあるけど、あそこの動物って、本当に大きいの……カルタの熊は、私三人分だし……鹿は角を入れない状態で、ピオンくらいの大きさかな。もっと大きいのもいるって。良かったね、狼だったら死んでたよ」
「ええ。熊と鹿はしばらく遊びますが、狼は群れるし、すぐに食べますから……」
「え……カルタってそんな? こわ……鹿ってえ……俺くらい?」
ピオンが言ったが、プラグは首を振った。
「あれは鹿じゃありません。カルタにいるのは、ヘラジカと言う、鹿の形をした大きい動物です。鹿と呼ばれていますが、あれは全く違う化け物です。人を襲うことはあまり無いんですが……運が悪かった。ちょうど熊と戦っていたらしくて……通りかかって、喧嘩を売られました。小さいのがきた、じゃあ、これを転がして遊ぼう、と……鞠遊びの感覚です」
鞠遊び、の言葉に隊士達が少々青ざめる。
リリが続ける。
「――それが心の傷になっていて、あと、実際に後遺症があり、背中と頭を打たれるととても痛くて、たまに気絶するそうです」
「それは、大変ですね……」
ミラが言った。
リリが頷いて、微笑んだ。
「なので、皆様はそこを重点的に狙って下さい。弱点克服の為の訓練ですので、遠慮はいりません。ただし、頭は切れたら不味いので、両者、刃のない訓練用の剣で立ち会う事。弱点にも、弱点以外の場所にも突きは禁止、剣取りも、体術も禁止です。弱点を打つときは刃を使わず、なるべく、剣の平で叩いて下さい。背中は思いっきり打って大丈夫ですが、頭は軽く打つか、加減出来なかったら寸止めでも良しとします。打たれた場合、逆に隊士が危なくなった場合は『待て』の合図で仕切り直しとなります。まずは一対一、次は二対一、と私の判断で人数を増やしていきます。先輩達は、かかり稽古と同じように、彼を円で囲み、私を起点に、『次』の号令で、右回りで入って下さい。あ、全員入っても余裕があるようでしたら、最後に、私も入りますので……では武器を変えて、輪になってください」
皆が剣を外して邪魔にならない端に置き、用意してあった訓練剣に持ち変える。プラグも剣を変えた。リリも剣を替え、懐中時計を取り出した。
その後、大雑把に輪になって、プラグを囲む。
六月の間は、以前ルネと戦った部屋より若干広く、隊士七人がいても、十分立ち回りは可能だ。床は同じく白色だ。
「ちなみに、この訓練は、延々と続きます。一応、三十分から四十分ごとに『そこまで』の合図で小休止を挟みます。途中でも、プラグさんがもう無理、または先輩方が止めたい、と思ったら、左手を挙げて下さい。他には、各自、自己判断で一旦、離れて、休憩しても大丈夫です。では、ユノさんから時計回りで。一対一、始め!」
「――お願いします」
ユノが先に言ったので、プラグも言った。
「お願いします」
剣を中段に構え切っ先をユノに向けて待つ。対するユノは切っ先を下げて構えた。
ユノは少し近づいて間合いを調整しつつ、プラグの間合いと実力を計っている。
ユノの構えは先制攻撃を誘う物なのでプラグは小さく一歩踏み出した。ユノは下から横に剣を斜めに旋回させてプラグの頭を狙ってきた。大ぶりの強い一撃をプラグは刃の中央付近で止めた。振りは大きく強かったが感触は軽い。ユノは一瞬で切っ先を下げ、今度は突かない程度にプラグに向け近づけ、プラグの動線をずらそうとしてきた。
――プラグはユノの剣を跳ね上げて、攻撃に転じた。
一撃目の振り下ろしは受けられたが、反撃を攻撃の軸を僅かにずらす事で躱し、そのまま刃をユノの剣の下に潜り込ませて、左側から裏刃で、彼女の脇を強かに打った。
「ッ!」
ユノが小さく呻いた。肋骨の間を、痺れが走るように打ったのでしばらく左手に力が入りにくいだろう。
「次! 二人入って!」
リリが言った。
次に入って来たのは、ミラとクラリーナだった。
ユノも早々に立ち直って今度は上段に構えている。ユノは真面目そうな見た目なのに豪快な扱い方をする。プラグは切っ先を腰より下に向けた。ミラはすぐに斬りかかってきた。続いてクラリーナ。間合いを詰めてぶつかることで二本とも纏めて受けたが、クラリーナは怪力で剣がぶれた。訳あり鍛練趣味というだけあって成人男性の比では無い。ユノの上段からの振り降ろしが来る間に――ユノは二人を相手するプラグが対応できないであろう攻撃を選んできた――ミラが剣を浮かせて鍔競り合いを抜けた。力は無いが器用に扱う。
プラグは先にクラリーナを弾き、手首を返して剣を旋回させ、ミラの刃の根元に当てて押さえ、半歩右にずれてユノの攻撃を避けた。
プラグから少し離れ、クラリーナが笑った。
「ミラ、ユノ、手数を増やしプラグを崩して下さい。中々強敵です。思ったより力がある」
「はい!」「はいッ!」
「狙えそうだったら、急所を遠慮なく狙って下さい。彼なら余裕で避けられるはずです」
ミラとユノが頷いた。
余裕とかそんな、と言う気分だがやってみるしかない。
精霊との乱組みより、数が少ないのでまだいいのか、個人が強い分、良くないのか微妙だ。
剣を振り回してしまえばいいのだが、それだと背中が狙われる。
考える間にもミラとユノが来るので、二人を相手しつつ、クラリーナを見据えた。
「行きます!」
クラリーナが一直線に飛び込んで来た。
躊躇無い攻撃でしかも速い。躱した後にミラが左から斬りつけてくる。ユノの攻撃はプラグを崩す事に専念していて、右背後。逃げ場を無くしている。
その時にはクラリーナが既にきびすを返してプラグの左背後にいた。
■ ■ ■
「!」
今、一瞬見えなかった。
エメリンは目を見張った。
絶対に避けられないはずの、クラリーナの背後攻撃を、プラグはふわりと躱してしまった。ミラとプラグの位置が入れ替わっていて、プラグが左に避けている。つまりミラの勢いを受けずに引き込んで、彼女と背中を合わせる形で入れ替わったのだ。クラリーナはミラを攻撃しかけ、ミラはクラリーナの攻撃を受けた。その間にプラグが動き、ミラは背後から撃たれ、悶絶する。次はユノ。今度は強い一撃で、一気に三メルトほど弾き飛ばした。
エメリン・アソウ――最年長、十九歳に見えない十九歳。金髪金目の少女――は順番が最後なので、わくわくしながら戦いを見ていた。
この中では自分が一番年長であり、一番強いのだが、このプラグはかなり凄い。
(うわー! 皆が強い強いって言うのも納得……! この子、絶対、リズ隊長とも互角以上に戦えるよね! すごい!)
エメリンでも、一対一では敵う気がしないのだ。化け物組で間違い無い。アプリア、チェスター・マスト辺りなら、良い勝負ができそうな感じがある。
だがこれは多数対一の、ちょっと可愛そうな戦い。
――しかしプラグは三人に慣れてしまって、危なげなく捌くようになった。動きは完全に読まれている。リリもそう読み、指示を出す。
「次! アルジェナ!」
「はぁい! えいっ」
アルジェナが入ったのだが、状況は変わらない。三本が四本になってもな、という感じすら漂っている。切っ先は弧を描き、最小限の動きで全て弾いてしまう。背中への警戒も怠らず、クラリーナの攻撃は僅かに効いているものの体勢を崩すには至らない。
むしろ剣が増えた分、逆に隙間が減って、プラグの移動につられて皆が動くので、動きが遮られ――やりにくそうだ。
多人数相手に見事としか言いようがないが、こちらも先輩だ。これはプラグの鍛練であると同時に自分達の鍛練でもあるから、プラグの攻略方法を見つけたい。
エメリンはプラグの動きを観察した。そしてプラグの目線であることに気が付いた。
(あ。なるほど、そういうことか、だから読まれてるんだ)
エメリンはリリに声を掛けた。
「リリ、次、ピオンを入れてみて! 彼、女の子とは戦い慣れてるみたい。その次は私もすぐ入って、六人でかかるわ。リリは入らず審判してて。危なかったら止めてね」
「はい、次! ピオン! 入ってください。三十秒後、エメリン!」
「はぁああああっ!」
ピオンは気合いで斬りかかった。ピオンはかなり技巧派の騎士なのだが、長身を生かして重く、大きな攻撃もできる。プラグが下がって避ける。そこへクラリーナが迫り、プラグがようやく半歩以上で避けた。皆が倒せないのがこれだ。外から見ないと分からないが、プラグは動いているように見えて、動いていない。体力を温存しているのだ。
もちろん、彼も外から見られたら分かると――理解しているはずだ。こちらが気付くか、どこまでやれるか、試しているようでもあった。
エメリンは感心した。
(……この子、絶対ダントツよね! もう先生クラスじゃない!? しかも足運びとか、身のこなしとか、すごく隊士向き……)
今は青色の訓練着を着ているから、外から見れば動きが分かるが、丈の長い隊服を着込んでマントを着たら余計に動きが読めなくなるだろう。
面白いのはルネに似た剣でありながら、こちらの方が古風に感じる点だ。この剣の本質は技巧寄りでは無く、力技に違い無い。体力の消費を極限まで減らして必要な力だけ乗せて叩き、斬り、牽制し、百人斬りしても平気くらいの動きをしている。
この年でこれだけできるとなると、余程権威のある、最強クラスの師匠に教わったのだろう。間違い無く我流ではない。
そして――分かってしまったのだが。
プラグは天才ではない。
素質や才能は人並み以上にたっぷりあるのだが……いわゆる天賦の才で戦うのではなく、試行錯誤しながら一つ一つ積み重ねて強くなっていく、生粋の努力型なのだ。
エメリンは内心はしゃいだ。
皆が天才、天才と言っているので、てっきり飛び抜けた才能で戦う系かと思ったのだが、全く違った。
(ええ~! 涼しい顔して、めっちゃ努力家~!? 意外……! シオウ君は全く違うタイプって聞いてるけど、うわー! そっちが天才系!? 気になる~! 好対照ってやつ!?)
ピオンが女子と鍔競り合いをするプラグの真横から突進し、左斜め下から斜め上へと斬り上げようとする。――実際にはそうならず、プラグは、はっとして、ピオンの攻撃を避けた。
「いいよピオンその感じで! やっと二歩使わせたよ!」
エメリンはピオンに声をかけた。
実はピオンは直感にすぐれた天才型だ。本人は天才の自覚が無いし認めないが、才能で言えば、今日の面子の中では飛び抜けている。隊士は皆分かっている。だからプラグもピオンからは逃げる。
「皆、足! 足も狙って良いわよ! 上半身だけじゃ駄目、三人足、二人上で良いわ。ピオンとユノは上! ユノの攻撃もすごく効いてるわ! クラリーナはそのまま背後を攻めて。ミラは綺麗な攻撃じゃ躱されちゃうから、もっと野性的に! 気合いで! とっ捕まえるくらいの感じでいこう! この子、感情が分かりやすいからそこもよく見て、目線に注目、誰が見られてるか、次どう動くか分かるかも!」
エメリンは声をかけた。プラグが一呼吸、深くしたので当たっているのだろう。
プラグが優勢に見えるのだが、こちらも手練れ揃いで数が多いから、やはり少しずつ効いている。
「最後、エメリン!」
「はいッ!」
リリの掛け声でエメリンは突進した。
どこへ行けば良いか、分かっている。
■ ■ ■
エメリンが斜め右前、二時方向から飛び出して、反時計回りに回り込みながら、切っ先を大きく旋回させる一撃で、プラグの左肩甲骨を見事に打ち付けた。
「ぁああっ!」
激痛と共にプラグは、声を上げ崩れ落ちた。
プラグはしばらく頭を床につけて、なんとか耐え、白む視界を必死に戻した。
「エッ!? わッ、ごめん! これでそんな痛いの!? ごめん!」
打ったエメリンが戸惑っている。
更に十秒ほど後、激痛と体温変化に耐えて、なんとか、僅かに右手を挙げた。
左手は動かない。
「……す、すいません……もうちょっと、弱く……」
――避ける術の無い、会心の一撃だ。エメリンは分析に優れていて、しかも動きに個性というか、独創性がある。戦闘中に新しい動きを作ってしまうのだ。
一対一なら負けないが、こういう相手が多人数に混ざると少し厳しい……。
しかも彼女は普通の人間だ。
(普通って何だろう……もう、ここ、恐い……)
プラグは項垂れた。どうやって集めた? と言う程強い剣士が集まっている。しかも全員、型や足捌きがものの見事にバラバラだ。普通、騎士団というのは、同じ型を教えるものではないのか……? 
「珍獣博覧会……」
プラグは小さく呟いた。全種、違う生き物と戦っているようだった。
(サミル様……俺はもっと、頑張ります……)
プラグは初めて、自分も、もう少し強くなれるかも、と思った。
『手を抜く癖がある』と言う、サミルが言った意味も、ようやく理解できた。
プラグに足りなかったのは『何でも良い』という適当さと、自分に合った剣技を追及する『貪欲さ』だったのだろう。
答えをくれる人がいないから、正解か分からない。だからできない、ではなく、答えなんてどうでも良いのだ。
もう、好きなように、勝手に、強くなればいいのだ。
(いい加減、独り立ちしろってことですね……分かりました。そうします。今までありがとうございました……師匠……!)
……ここで学ぶ事は多いようだ。
プラグは立ち上がろうとしたが、ふらついて尻餅をついてしまった。
エメリンが慌てて支える。
「ごめんね、ちょっと休もう! リリ」
「しばらく休憩します。皆さんも休憩です」
休憩の合図に、皆がどっと息を吐く。
「はぁ……強……! しんどい……!」
と言ったのはユノだった。彼女はずっと入っていたので汗だくだ。
「手強いですね……七人目でようやく、となると。人数を分けて、交代で消耗させた方がいいのかしら?」
クラリーナは冷静かつ楽しそうに考えている。
「大丈夫ですか!?」「だいじょーぶ……!?」
ミラとアルジェナがプラグに近づいて、膝をついた。
「左手……背中、ちょっと見ますよ? 上着、脱がしますね」
ミラが言って、プラグを脱がした。上着とシャツを脱がされ、上半身が露出する。
恥ずかしがる場面でも無いので、素直に背中を向けて診て貰った。しかし。
「あら……なんともないわ…………。綺麗に治っているんですね」
プラグの背中は、真っさらで、たぶん赤くなってもいないだろう。
「プレート使います? 効果あるのかな……ル・フィーラ! あ、だめだ反応無し」
『治療』のプレートは内傷にも効果があるが、怪我がなければ発動しない。光は消えてしまった。
原因は分かっているが、プラグは一応、ミラ達にも感覚を伝えた。
「治っているんですけど、何処かおかしいみたいで。精神的な物と言うには痛くて……」
「あ。それ、神経だね! っていうかたぶん霊脈だよそれ。その、ヘラジカが霊力を持ってたとかじゃない? あれ、頭もってことは、熊も? こわー、カルタ!」
エメリンがずばりと言った。
「……ルネにもそう言われました。皆さん本当にお強い。まるでカルタに帰ったみたいです。珍獣の住み処にいるようだ」
「でしょう? でも貴方も凄いよ。こんなにできると思わなかった。どうする、続き、できそう? ちょっと、身を引いてたよね」
やはりエメリンは気づいていたらしい。
「はい、少しだけ。加減して頂けたので、まずは当たってみようと思って。おかげで大丈夫でしたから、やれます。ぜひお願いします」
かなり痛かったが、身構えたおかげで今回は気絶しなかった。
痛みはあるが、大分引いてきた。まだ剣は振れる。
プラグは呼吸を整えて、立ち上がった。
■ ■ ■
プラグは未だかつてないほど、やる気に満ちていた。
次に背中を打ったのは、なんとユノだった。今までの大振り力技が本領では無く、いきなり、細やかな動きと、流れるような足運びを見せた。腕を鞭のようにしならせる、鋭い一撃だ。ユノの戦い方は、立てた作戦をしっかり遂行するという、やはり真面目な物だったのだ。狙ったのも律儀に打たれた方とは逆、右側だ。プラグはまた膝をついて、座り込んだ。
「……いて、てて、う゛うう、ッ……!」
しばらく歯を食いしばって耐える。
ちなみに、プラグがとても痛がったので、頭はやめておこう、となっていた。
プラグは頭でも構わないと言ったのだが、全員が青ざめ、首を振った。
プラグは長い呼吸を繰り返して、立ち上がった。
「……もう一回、お願いします……!」
プラグは今まで戦いを楽しいとか、訓練がしたいとか思った事は無かったし、自分が一番強い、強くなりたい、というシオウの感覚も分からなかったのだが、初めて『楽しい』と思った。
しかし同時に、体がついて来ない、という感覚も初めて味わった。感動した。
「ああ、そうかこれが。思うように動けないってやつなんだな! これが!!」
疲れるのとはまた違う。こうしたいのに、できない。
(――そうか、だからシオウは凄いんだ!)
多彩な動きを思いつくのは、工夫しているからだ。自分の体の動きを熟知して、限界を把握して、常に、どうすれば勝てるかを考えている。
(どうすれば負けないか、ではなく、どうやって勝つ、か……考えた事も無かった)
プラグは早く、明日、シオウと手合わせしたいと思った。
「ぎゃっ……!」
プラグはまた背中を叩かれた。今度はピオンだが、さすが、という動きの良さだ。
振り下ろしをやめ、剣を返して直角に動かす、これは中々できることではない。大抵、威力が乗らないので実用性が低いのだ。避けきれずに食らってしまったのは、背中を打たれ続けて、動きが鈍っていたせいもある。
プラグはまた冷や汗と戦って、顔を上げた。
「……もう一回っ、まだまだ、いけます……、余裕です……っ」
シオウがプラグを認めているように、プラグもシオウを認めている。
シオウはプラグにやたら拘ってくるのだが、プラグからしても、何かが引っかかっていた。
すごいなという尊敬だと思っていたのだが――それは嫉妬だった。
一応人間なのに、圧倒的に優れているから、凄く格好良くて羨ましくて、俺の方が強いんだよ、と、示さずにはいられない。五千年、いや実際は三千年くらいかもしれないが、地道に覚えた事が才能一つにあっと言う間に抜かれたのでは。シオウが努力家なのは間違い無い。頭が良いのも知っている。でも俺だってできると言いたい。要するに負けたくなかったのだ。
(長生きだからって、疎くなりすぎだ……!)
カド=ククナは、少しのんびりしているから――少しずつ、感情を掘り起こしていかなければ。それで強くなれるか分からないが。『変化』は必要だ。
「――ぐッ!」
クラリーナの良い所は諦めないところだ。彼女は真後ろから体ごと突っ込んできたため、プラグと一緒に転倒して床に転がった。剣の平を体の前に掲げて、左手を刀身に添えての突進、体当たりという、速さ頼みの一撃だ。もはや剣はおまけだが、当たる瞬間に強く打ち付けてきた。確かに剣を使っている。クラリーナが前方に転がり、そのまま壁にぶつかる所を、滑り込んだピオンが受け止めた。直前でクラリーナの狙いに気付いたらしい。
彼女はやはり怪力だ。強く打たれて、視界が反転する。
立とうと思うのだが、体が動かない。
■ ■ ■
クラリーナの捨て身の一撃で、プラグはようやく動きを止めた。
「気絶……、した!?」
エメリンが肩で息をする。アルジェナは先程、昏倒し、リリの後ろに寝かされている。
クラリーナもピオンに支えられてなんとか起き上がったが、すぐには立てず、肩を押さえてこちらを振り返っている。ピオンの「大丈夫か?」と言う言葉になんとか頷いている。
ユノは二回前の『もう一回』で、お返しとばかりに背中を強打されたので休憩し、息を整えている。
戦闘中、ミラ・ウィーニーはクラリーナの援護に集中していた。
――手足が、少し震えている。上手く力が入らない。つまり恐怖を感じている。
打っても打っても立ち上がってくる。しかも少し楽しげだった。
エメリンがプラグの首元に手を当てて、ほっと息を吐いた。
「落ちてるね……ああ、良かった」
ミラもプラグの側に移動して……背中を打った後なので、少し迷ったが、仰向けに寝かせて、呼吸を確かめて、頷いた。
「この方法、あまり良くありませんね、彼の闘争心を刺激するようです。普段我々に合わせて手加減しているところが、なくなってしまう」
このプラグはどう見ても訳ありだ。先程、背中を見たときにも思ったが、かなり細くて、剣を扱うようには見えない。こう言う場合は、例外なく精霊の血が入っているのだが、それにしても、もう少し丈夫そうでもいいと思う。
ミラの右側で、ユノがゆっくり立ち上がった。
「やっと、立てた、ああもう、ふがいない。私にだけ、後に響く剣を使ってくるんですよ。凄く痛い……! まだ少し痺れます」
「それだけ警戒しているんでしょう」
ミラは答えた。ユノにだけ一撃が重い。当て方も他とは違って、嫌な音を響かせていた。
『治療』のプレートを使っても痺れが取れないようだった。つまりプラグは打撃を使い分けることができるのだ。この年で、恐ろしいと言う他無い。
リリは結局参加しなかったが、途中から止めに入るか迷っているようだった。
「気絶してしまいましたし、今日はここまでにしましょう」
リリの言葉に皆が頷いた。
ミラはプラグを治療することにした。
「治療します。ル・フィーラ……!」
プレートを取り出して、打撲を一カ所ずつ直していく。
「アルジェナへの一撃はガンッって音したよね。痛そう」
エメリンが言ってアルジェナを見る。
同期のクラリーナがぺちぺちとアルジェナの頰を叩いている。
「アルジェナ、起きますか? 無理ですか?」
「起きる……」
アルジェナがよく寝た……と言いながら起きた。
「ふわぁ。すごく気持ち良く眠れた……今何時?」
「あら、もう、五時ですね。皆さん、休憩にして、夕飯にしましょうか。プラグさんは隣に寝かせておいて下さい。後はルネ様がやってくださいます」
「じゃ、運ぼうか?」
ピオンが申し出たが、ミラは首を振った。
「動かすのはもう少し待ちましょう。まだ少し痛そうなんです」
プラグは目を閉じたまま、苦悶の表情を浮かべている。汗も酷い。ミラは何となく、まだ動かさない方が良いと思った。
「あ、そう? じゃあどうしようかな……俺、戻って食べようかな。久しぶりにがっつり食べたい。あのスープを飲まないと帰った、って気にならなくて」
ピオンが剣を付け替えながら言った。
「あーわかる。ヒュリスのご飯もいいけど、やっぱ隊舎のもいいよね。まあ、私はこっちで食べようかな。あ、剣ちょうだい」
練習用の剣を回収しながら、エメリンが言った。
他の隊士達も各々エメリンに渡して、自分の剣をベルトに下げなおしていく。
「じゃ、俺はもう行こうかな。隣も気になるし、片付けたら、終了の報告がてら覗いてきます。あ、先輩、持ちます。じゃあ、お先に失礼します」
「うん、ありがと、行こう」
ピオンとエメリンが出て行ったあと。
「……もう一回、おねがいします……」
――ミラが振り返るとプラグが剣を持って立ち上がっていた。
そう言えば先程も、ずっと握ったままだった。
ミラは思わず距離を取った。
「プラグさん、もう終わりましたよ。ああ、剣、返しておきます」
リリが、当然気が付いている物として言ったのだが、ミラは止めようとした。
声が届く前にプラグが剣を振り上げた。
寸前でクラリーナがリリに体当たりし、リリを弾き飛ばした。
「やば、飛んでる……!」
珍しくクラリーナが焦った声を出して、体勢を整えて剣を抜いた。
――意識がもうろうとして、自分が何をしているか分からなくなる。集中あるいは消耗して、周囲の声が聞こえず、気力で戦ってしまう。鍛練ではまれにある事だが――。
「プラグさん、終わりましたよ!」
ミラは声を掛ける。こう言う場合は声掛けが有効だ。
「終わったのよ! 鍛練終了!」
クラリーナも声をかけるが、反応が無い。プラグはうつむいたままだ。鍛練に慣れている場合は『終了』と聞けば反射で正気に戻るのだが、プラグに変化は無い。相変わらず切っ先を正面に向けている。
ミラはクラリーナに声をかけた。ユノとアルジェナ、リリが周囲に集まる。
「どうします?」
「ちょっと待ってみて、変わらないようなら、間合いに入って腕を掴む?」
クラリーナが言った。声掛けの次は、体に触れる。これも正気に戻すには有効だ。
「それがいいですわね、私がやります」
リリが言った。リリはまだ戦っていないので適任だ。
「朝ですよ! 起きてくださいまし!」
リリは一歩前に踏み出し、間合いを詰めようとしたのだが、その瞬間に、リリは咄嗟に剣で左側を庇った。
「!」
金属音が響き、リリはそのまま膝を突いた。プラグが大振りをしてリリを攻撃したのだ。直感で受けなければ食らっていた。リリは急いで離脱して、剣を構え直した。
クラリーナが先に駆け出す。
「アルジェナ、ユノ! 手伝って! 私が引きつけるから、リリとミラは背後から背中を!」
クラリーナが近づくとプラグは剣を振り下ろしてきた。
「了解!」
クラリーナがプラグの剣を自分の剣を真横にして受けている間に、ミラとリリは背後に回った。
アルジェナとユノは左右から剣を構え、プラグを捕まえにかかった。
「!」
アルジェナとリリがほぼ同時に斬られ、そのまま弾き飛ばされた。遅れて、金属の滑る、高い音が聞こえた。ミラは避ける事ができたが。鈴を転がしたような、可愛らしい笑い声が聞こえた。先程クラリーナと剣を合わせていたのに、クラリーナも倒れている。風切音がしたと思ったら、今度はユノが一歩引いた。ユノは痛みに歯を食いしばった後、大きく一歩踏み込んで、捨て身の突きを繰り出した。
リリがプラグの足にしがみつき、動きを押さえた。
思考もできないまま、ミラは渾身の力を込めて、背中を強打した。
――声も上げずにプラグが倒れた。
「剣を!」
一緒に倒れたリリが言って、ユノがプラグの剣を引き剥がし、床に投げて滑らせた。
リリが支えたため頭を打つことは無かったが、倒れたプラグはぴくりともしない。
「……ッ大丈夫!?」
ミラは青ざめ、我に返って駆け寄った。
プラグを見ると、ぐったりと目を閉じているが、呼吸はある。
「はぁ……良かった! 皆、大丈夫ですか? 生きてます?」
ミラは汗を拭い、ユノとリリに目を向けた。
「なんとか。真剣なら死んでいましたね……」
リリが息を吐いた。ユノも息を吐いて床に座り込んでいる。
クラリーナが右頰と右手を抑えた。
「いったぁ! 脱臼したぁ! あんなのあり? 突きと同時に滑らせて、もう……! 治療、治療ッ」
「早く隣に運んじゃいましょう」
ユノが言って、リリとユノの二人で、プラグを起こして肩を貸して、引きずって歩いて行く。
ミラは小さく息を吐き、クラリーナの治療を手伝った。