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第1話 ウソツキ -2/2- ①

ー/ー



プラグプロフ1
候補生の訓練着
プラグ・カルタ設定画
シオウプロフ1
シオウプロフ2と3
アルスティア

日の出と共にラッパが鳴る――。

プラグは宿舎の『二十五番』の部屋、真ん中のベッドで目を覚ました。
――部屋にはベッドが三台。壁際に机が三台。窓は一つ。
壁は安価な白漆喰で、床板はところどころ禿げている。

「二人とも、急がないと、食事に遅れるわよ!」
明るい声が聞こえた。

少女の名前はアルスティア。昨日、真っ先に手を挙げ、男と一年同室になってしまった気の毒な? 少女だ。
彼女が手を挙げた瞬間に少し周囲がざわついたが、さして興味は無いのでプラグは砂浴びする小鳥を眺めていた。
中々呼ばれないな、と思っていると、そこの、と声を掛けられ、除けられた。
じろじろ見られたあげく「この子はどう?」と言われた。他の隊士達も眺め「まあ……じゃあそれで」と言われて、少女の隣に動かされた。
もう一人は居眠りをしていて「後は――そこの。なんて子?」と当てられ選ばれた。
選んだ女性隊士は心配しつつも「たぶん……この二人なら無難そう」と言っていた。

昨夜の自己紹介では、長いので『アルス』と呼んで欲しいと言っていた。
赤い巻き毛に、すみれ色の瞳を持つ、とても美しい少女だが。ちょっと、口うるさいと言うか、勝ち気な印象だ。
『アルス』というのは千年前は男の名前だったと思うが『聖女ティアス』が現れて以来、似たような響きを女性も使うようになっていて、今では『――ス』と付くのは女性に多いと言う。
これは『男からスを奪った現象』と言われている。男でも最後の『ス』が付く名前は多いのだが、ナナリス、ミナス、フィリスなど、初代三聖女のイメージもある。勝ち気そうなアルスには似合っている。
昨日いた、隊士のコリント・ディア、という名前は略称でなければ、コリントス、のスが『女性っぽい』と言う理由で、無くなった名前だろう。スの付く男性は、稀に嫌がって自分で短く名乗ることもある。
ストラヴェルでは、普段エドム、と名乗っている男性の本名がエドムスだった、などは良くあることだ。

アルスは窓際の、彼女のベッドを片付けている。
真ん中の、プラグのベッドとアルスのベッドの間は青いカーテンで仕切られている。青はこの国で最も馴染みのある色だ。屋根も青、白壁も完全な白では無く、若干青みがかっている。他国から『青い国』と呼ばれるくらいだ。

プラグの左隣、入り口側のベッドには、同室の少年が眠っている。掛け布団も青……ここが王城の兵舎だから、というのもあるだろう。
「んん……?」
と言う声がして、少年が目を覚ました。

少年は体を起こして目を擦った。外跳ね気味の長い黒髪が見える。
「……いま、何か言ったか?」
「アルスが朝だと言った」
「ならいい……まだいいよな……寝る……」
黒髪に青い目。日に焼けた肌の少年。彼は『シオウ・ル・レガン』と名乗った。シオウと呼べば良いらしい。

「シオウ、寝るな。支度しないと」
プラグは支給された訓練着――太股まである青色の上着、青色のズボンを穿いて、腰を太めのベルトで締めて、靴下を履き終えた。
上着は長袖で、詰め襟では無い。襟ぐり、袖、裾に騎士団の制服と同じような銀色の縁取りがあるが、制服より簡素だ。襟には切り込みと隠しボタンがあり、かぶりやすくなっている。

「ねえ――カーテン、開けて良い?」
アルスが聞いてきた。シオウはまだ寝ているので、大丈夫だろう。
「うん、大丈夫だ」
遠慮がちに、アルスが仕切りのカーテンを除けて出てきた。彼女もズボンを穿いている。この支給服は大中小の差はあるが男女兼用なので、アルスが着ると大きく見える。プラグもシオウもアルスも、同じ小を着ている。体格の良い者は中もいたが、ほとんどの子供が小だった。
「ズボンって初めてなのよ、これでいいのかしら。前と後ろ合ってる? このベルト、こうでいいの?」
「良いと思う。苦しくなければ」
アルスのウエストは細く、心配になるくらいだったが、女性は平民でも良くコルセットをするので、きつめに慣れているのだろう。ただ、アルスは昨日もコルセットは着けていなかった。白いワンピースのウエストを、金属の輪が連なったベルトで締めてお終い、と言う。簡単な服だった。
「そう。良かった。少し緩めようかしら。あ、外に靴が届いてたわ」
アルスは三人分のブーツを中に入れ、中に入っていた名前の紙を見て一足をプラグに渡した。ブーツは黒の編み上げで、ヒールは低く、質のいい皮を使っている。
「ありがとう」
靴は昨日、夕食の席で大きさの希望を聞かれた。交換も無償らしく、至れり尽くせりだが、動くなら靴は重要だ。
アルスはシオウの肩を揺すった。
「シオウ君、起きて。一緒に食事に行くわよ!」
「ん~?」
「ほら起きて!」
「わかったよ……」
シオウは渋々起きて、着替え始めた。
アルスは真面目らしく、机の方を向いて、今日の予定を確認している。
教本を開いているのはシオウの着替えを見ないためだろう。プラグは布製の背負い鞄を開けて鏡を取り出した。昨日預けていた荷物は、そのまま部屋に持ち込めた。鞄は二つあったので、一つはベッドの下に置いてある。私物の制限は無いらしい。
プラグが櫛で髪を整えていると、シオウが着替えを終えた。腰まで届く長い黒髪を、手ぐしで雑に整えている。

「シオウ、髪、梳かないのか?」
するとシオウは、縁に三角形の金刺繍が入った、緑色の長いスカーフを取り出した。素材は綿のようだ。
「ああ、どうせ癖っ毛だから。こうして、こうして、こうして、こうだ!」
手早くまとめ、右側で結ぶ。昨日も見た独特の巻き方だ。
「へぇ。でも櫛は使った方がいいぞ?」
「手ぐしで完璧!」
シオウは適当に髪をなでつけ、ブーツを履き紐を結んで「おっ案外、良い靴だな」と言った。
髪型が奇抜なため分かりにくいが、彼もかなり整った容姿をしている。吊り目がちの大きな瞳に、黒く長い睫。すっとした鼻筋。まだ細い首筋に、真っ直ぐな眉。何一つ欠点は無い顔で、美少年と言える。

――しかし。プラグは昨日シオウ見た瞬間、気が付いた。
(彼は……精霊と人間の混血か? 血は薄いが……奇妙だな)
『シオウ・ル』というのは古代語で『苛烈』を意味する『シオール』が語源だろう。
苛烈の精霊とは聞いた事が無いが、火の属霊の末裔かもしれない。レガンは出身地……アストラ国の南、レガン地方の事だろう。
精霊は精霊以外にも人間と交わる事もできるので、千年の間にもっと混血が進んでいてもおかしくなかったが、目覚めて五年、混血と出会ったのは初めてだ。
――二人きりになった時、それとなく確認をするつもりでいる。

同じ部屋に精霊と、精霊の混血がいる。
自分とシオウが選ばれたのは、偶然だろうか。
昨日の様子では、すぐ選んだ、と言った風に見えたが……。

(しばらくは、様子を見よう)

何があろうと、プラグは『嘘』を吐くだけだ。

■ ■ ■

兵舎は壁も床も木でできていて、歩く度にぎしぎし鳴った。
食堂は広く、端から端まで長い机が四列並んでいた。椅子もこれまた切れ目までが長く、五、六人が並んで座れるが、椅子の真ん中辺りに座るときは、横から入るか、跨がなければ座れない。調理場はすぐ隣にあるようで、両開きの扉があり、左右に机がある。壁には大きめの窓が四つ、若干、間を開けて並んでいて、中庭の木が見える。心地よい朝日が差し込み、テーブルに影を作っていた。
入り口側のテーブルには、盆があり、パンとスープの皿がある。入って来た順に取って、机に詰めて座る。入ったまま、アルス、シオウ、プラグの順で椅子に座る事になった。
どうやら早い方で、調理場に一番奥近いテーブルで、テーブルに着いていたのは三人。
昨日も一番だった水色髪に丸眼鏡の少年と、彼の同室らしい二人がいる。同室の二人は眠そうだ。
食堂には、ぞろぞろと子供達が入ってくる。
シェフらしき白い前掛けをしたおじさんが「食べ終えたら、右の机に重ねておいてください」と言ってパンとスープを追加していく。

「あ。おはよう」
眼鏡の少年が言った。
「よう。ここいいか~?」
とシオウが言うと少年達は頷いた。
「お邪魔するわね」
と言ってアルスが左端に腰掛ける。
プラグも「おはよう」と言って盆を置いた。

「あ。飲み物はあそこの樽だよ」
指をさして言ったのは、真ん中に座っていた、淡い金髪の少年だ。その隣には濃い青髪の、癖毛が目立つ少年がいる。
アルスが振り返る。
「――ああ。あそこね。水? 紅茶?」
「水です。自由に汲んで良いそうです」
眼鏡の少年が言った。
「じゃあアルスの分も取ってくる。シオウ」
座る前だったので、プラグはアルスに声をかけて、シオウを連れて移動した。

飲み物は水で、水樽が二つ置いてあり、そこから自由に汲めると言う。
「うわ、浄化石(じょうかせき)。これ、贅沢だな……さすが王城」
シオウが中をのぞき込んで言った。
樽には底の見えないほど、浄化の精霊石の小さい物――いわゆる『欠け石』が入っているので、水あたりの心配は無さそうだ。埃や塵も浮いていない。
「ストラヴェルの衛生観念は大した物だな」
プラグは呟いた。首都に来る間も、水に困ったことは無い。浄化石入りの水筒は持っていたが、こうした樽や水瓶はどの宿にあり、宿屋や店では、必ず浄化された水が出た。
そのほか多い飲み物は、薄緑色のお茶か、温かい紅茶で、どちらもストラヴェルの輸出品だ。
「うん? そうだな」
シオウが頷いた。

「混んできた。早めに来て正解だったね」
と言ったのは眼鏡の少年だ。「確かに」と隣の二人が呟いている。今は大分並んでしまっている。プラグはアルスに水を渡して、シオウと共に自分の席に座ろうとしたが、隣に人が座っていたので、椅子を跨いで座った。
「ん? おはよ」
と言ったのは隣の少年で、黒髪に緑の目をしている。前髪は真ん中分けで、後ろ髪はプラグより少し短く、首筋が見える。
プラグは「うん、おはよう」と短く返した。

「それで自己紹介ね?」
とアルスが言ったので、プラグはそちらに注目した。プラグとシオウが戻るのを待っていたようだ。早く来たため、少し時間がある。
「食べながら話そう」
「腹減った~」
言われるまでも無く、シオウも少年達も食べ始めている。正面を見ると、女子は女子同士で隣の机に固まっている。部屋が同じだから自然、そうなるのだろう。
プラグも食べ始める。

「パン美味い。スープも美味い」
シオウは感想を述べている。
「そうだな」
プラグは同意した。眼鏡の少年は食べ終えていて、ハンカチで口を拭いている。瞳は丸く、優しげな印象だが、貴族然として見えた。眼鏡の奥の瞳は、僅かに緑がかった水色だった。
「僕はアドニス・スピカ。よろしくね」
「俺はイアンチカ。隣の、サミック領の出身」
淡い金髪の少年が言う。
次はプラグの正面に座っている、青髪の青目の少年だ。
「俺はウォレス・サミック。こいつと同じサミック領。もしかしたら、近い場所同士で部屋になってるのかな? そんな時間あったっけ?」
するとアドニスが首を傾げた。
――確かに時間は無かったが、そう言えばカルタ伯爵は推薦状を出したはずだ。あれは先に提出されているはずだから、おおよそ把握していたのかもしれない。
するとアドニスが、あ。と言った。
「受付……? と言うか、もしかして、推薦状じゃないか? 事前に出すやつ」
「ああ! そうかもな! あれか」
アドニスの言葉に、青髪のウォレスが納得したように頷いた。
アドニスという少年はいかにも真面目だし、見た目通り賢いようだ。プラグは彼に思考を任せる事にした。
――プラグは精霊に関する知識がある状態なので、出しゃばらず、知識や考えは、彼や他の誰かに話してもらう方が問題が起きない。これをこの国では『人を木陰にする』と言う。

「ええと、私はアルス。アルスティア・キルト。首都出身よ。長いからアルスでいいわ。よろしくね」
「俺はシオウ・ル・レガン。南の端っこ出身」
アルスが丁寧に言った後、シオウが大雑把に自己紹介する。シオウがまだ何か言うかと思ったが、終わりらしい。ウォレスに目線で促されて、口を開いた。
「プラグ・カルタ。俺も端っこのカルタ出身」
アドニスと青髪のウォレスが「ああ」と頷いた。淡い金髪のイアンチカはどこだっけ? と言った。
「えっとシオウ君? 南の端っこってどの辺?」
イアンチカが尋ねる。
「レガンだよ。森しかない所」
「ああ、なるほど、地名。名字かと思った」
青髪のウォレスが言った。
「飾り文字があるのは貴族だもんな。ル、とか、ゼ、とか真ん中に入るやつ。たぶん貴族じゃないんだよな? なんでついてるの?」
イアンチカがシオウに尋ねた。
「さあ、なんか部族? のしきたりで付いてる。先祖が火の精霊だったとか何とか。知らんけど」
プラグがシオウに聞こうと思っていたことはあっさり聞けた。
ストラヴェルの南方は元々多数の部族が住む土地で、そこが旧アストラ国に併合されて、今はストラヴェルの一部になっている。変わった髪型は南方出身に多い。精霊への信仰も独特だから、そう言う部族もあるのだろう。
「へぇ。そうなんだ? 君は確か、貴族だっけ? カルタ家の……えっとプラグさん?」
イアンチカに言われて、プラグはパンをちぎりながら顔を上げた。
「俺? 俺はただの養子だから。もとは捨て子だった。カルタ家は捨て子の養子が多い。普通でいいぞ」
何度も聞かれそうなので、先に伝えておくことにした。
本家は人を選ぶが、分家は孤児院を経営していて、良く身寄りのない子供を引き取っていた。と言っても、実際に分家が全て育てるわけでは無く、後見人程度だ。
「そっか、よろしくな。なんだよかった。珍しい髪色だから王族かと思って緊張してたんだ」
イアンチカが言った。
「王族?」
プラグは大きく首を傾げた。
「ほら、ロージアの昔話。代々、白い髪の一族が治めてたって話。白髪とか銀髪って、そんくらいでしか聞いたこと無いし」
「ああ。あれか。関係無いから安心してくれ。南の方じゃないかって言われてるけど、よく分からない」
「そうなんだな。でもいい色だよな」
イアンチカが笑った。割といいやつのようだ。
「いい色って言えば、アルスちゃんは? 男二人と一緒でいいのか? 速攻、手上げてたけど、一人部屋とか頼めないのか?」
青髪のウォレスが心配そうに言った。アルスが苦笑する。
「まあ、良いんじゃ無いかしら。あれは反射で上げちゃったのよ。そろそろ時間だから、片付けましょう。じゃあね」
アルスが時計を見て言った。アルスは食べるのが早い。プラグも残りを食べ終えた。
「さっぱりした子だなぁ。後ろは割ともめてるのに」
青髪のウォレスが後ろを気にして、苦笑した。先程から、戸惑う貴族少女達の声が聞こえている。
平民は静かに食べているのだが、貴族の少女は驚いた様子だ。それでも食べる者もいれば、帰った方がいいかも、と呟く少女もいる。
ある部屋の三人組は、先程「食事は別にしてもらいましょう」と言って部屋を出て行った。
ある茶髪三つ編みの少女は「分かって来たんだし、一年がんばろ……」と言いながら頑張って食べていた。

プラグが片付けに立つ直前、右隣にいた黒髪の緑目の少年が声をかけてきた。
「あっと、俺、名前、エミール、よろしくな。プラグだって?」
「ああ、よろしく。すまない、もう時間だから後で」
「ああ。またな」

「おいお前ら、時間だぞ!」
というコリント隊士の声がする。
その後は片付けを終え慌ただしく移動して、宿舎前の中庭に集合した。

■ ■ ■

「ではわたくし、アプリア・ナナが先導します。初めの一週間は、そんなに長い距離では無いのですが、来週には倍になります。そして後々、どんどん追加されていきます。一ヶ月ほどで、最低距離を越えた後は、体力のある男子は個人に合わせて距離が多めになりますが、女子の最低距離は男子の七、八割程度になります。走れる方は男子と同程度でも構いません。朝の運動は八時までに終えて下さい。慣れれば大丈夫ですので、頑張って下さい」
言ったのは女性隊士だ。声で分かったが、審査にいた女性だ。
フードを取った彼女は、はっきりした目鼻立ちの美人で、茶に近い赤い巻き毛を、耳の前だけ髪を長く伸ばしている。前髪は少し短い真ん中分けだ。目の色は髪と同じ赤茶色。後ろの髪はかなり短く切っているが、横髪が長いのと、後ろも巻き毛なせいで気にならない。色白で背が高い上に、女性的な体つきなので皆が感心している。隊服は胸がきつそうだ。

殿にはまたコリント隊士と、もう一人、長い金髪の女性隊士がついている。この女性隊士は昨日、食堂で靴のサイズを説明していた隊士だ。その時コリント隊士もいたから、二人とも世話係らしい。
「後ろは、コリント隊士とリゼラ・メーラ隊士です。皆様の一年先輩になります。鍛練で分からない事や、困った事があったらまず彼等に相談してください。彼等が上の隊士達に伝えますから、ね?」
優しい口調に、空気が緩む。
「そうだ、女子はリゼラさんに、男士はコリントさんに相談するのもいいですね。そうしましょう。よろしくお願いしますね」
「はい」
コリントとリゼラが頷いた。
アプリアが微笑み、続ける。
「ちなみに、昨年、受かった五人の内、今残っているのはこの二人だけです。一人は怪我で引退し、他の二人は殉職しました。そういうこともありますので、心して励んで下さい、ね? では行きましょう」
優しい笑顔で言って、走り出す。
距離自体は大した事は無かった。十五分ほど、森の道を軽く走り、池が見えたところで折り返して戻って来た。男子の大半が息切れすることも無く、走り終えた。女子も少し息が上がっている程度だ。

「来週から、これの倍……うーん」
女子は大丈夫かな、と心配している者もいた。
「頑張るしかないよね……」
という会話が聞こえる。
するとリゼラが声をかけた。リゼラは長く真っ直ぐな金髪を、低い位置で左右に分けて結んでいる。瞳は茶色に近い、淡い金色だった。琥珀色より濃いが、金色とも言えない。茶色っぽくも見える不思議な色をしている。
「大丈夫、私もそんな感じだったけど、何とかなったから。意外といけるわよ! 頑張ってね」
リゼラの力強い言葉に、女子達がほっと息を吐く。最低距離について質問をしている少女もいる。

リゼラ達を横目で見ながら、コリントが溜息を吐く。
「女は、まああんな感じだが、男は厳しいぞ。明日からは、副たいちょ……んん、アプリアさんはいないから、朝の鍛練は、俺とリゼラ、あと交代の若い隊士が二人の四人で監督する。実技の時は別の教官がついたり、俺達も手伝ったりだな。ここはいつも人手不足なんだ。来週、再来週から、いけそうなやつは距離がぐっと増えるからそのつもりで。そうやって、どんどん、できないやつは置いていって、できるやつだけ厳しくなるんだぜ。全く。ちなみに女子の中で、体力のある奴は男子に混ざるから、負けないように気を付けろ。リゼラもそうだった。油断したら刺されるぞ」

■ ■ ■

座学の教官は二十代半ばの精霊騎士で、朴訥、という印象の青年だった。
真面目と言った表現が似合う、平凡な顔立ちだ。茶に近い金髪を額の真ん中で分けている。髪の長さは耳が隠れる程度だ。

教室は広く、六十二名全員が入っても、席は三十程余裕があった。
聖女教会のように、細長い机が何列も並んでいる。
彼以外にも教室には数名補佐官がいるが、服装からして王城の兵士だ。
――審査の日、広間で話しかけて来た青年もいる。

教官隊士が口を開く。
「私はリーオ・インタル。諸君らは『クロスティア』の騎士候補生として、一年間、精霊術、武術、体術、勉学の基礎を学ぶ。その中で優れた男女、上位五名が精霊騎士としてクロスティアに配属される。それ以外は適性に合わせて、王城の兵士や、近衛兵――国家騎士となる。女性の場合は支援騎士や看護騎士、巫女やプレート管理員にもなれる。どれもやりがいのある仕事だから、とりあえず一年、我慢してくれ。脱走してもいいが、その場合、即退舎で戻って来られない。脱走の前に相談してくれれば、普通に辞められるから、よく考えてくれ」

手元には五冊の教科書と書き取り用の紙、石版がある。

「まず『クロスティア』という名称について説明する。これは当騎士団の名前でもあるが、中央三国および周辺の同盟国に存在する『複数の騎士団の総称』でもある――聖女を掲げる、ストラヴェル、ヒュリス国、セラ国の三国を中心として、それぞれの国の、聖女や王、国民、国土を、精霊の脅威から守る為に結成された。同盟国が他国の精霊使いに襲撃された際は、遠征をし、他国の精霊騎士と協力して、敵を討伐する。わが騎士団は完全実力主義だ。例えば、先日、諸君等の審査をした黒髪の女性。彼女はこの騎士団の総隊長で、彼女は、某国の遠征から帰った後だった」

リズメドル――リズは総隊長だったらしい。
プラグは癖のありそうな隊長だ、と思った。

「次に、組織の成り立ちを説明する。我々は一般的に『クロスティア騎士団』と呼ばれているが、その規模は小さく、部隊は、白、灰、黒の三部隊があるのみで、現在は二百名程度が所属している。そのうちの半分は貴族を中心とした近衛騎士で、王城からは動けない。我々は三部隊のうち一部隊を常に王都に残し、あとの二部隊で行動する。忙しい理由が分かっただろう。旧王都であるアストラにもクロスティア騎士団があるが、あちらは半年交代で、数名が行くのみで、後は領土騎士と、貴族のより抜きの集まりだから、性質が違う。まあ、不仲ではないから安心しろ」

ストラヴェルには、大きな城が二つある。
一つは、プラグ達がいる、このストラヴェル城。
この城はストラヴェル国、中央よりやや北部寄りに存在し、背後に巨大な湖を持ち、三重の城郭に囲まれている。
城郭と言ってもかなりの広さがあるので、中に入れば圧迫感はないが、場内には籠城用の農園がや森、貴族の邸宅やストラヴェル騎士団が置かれている。
城下町は整備され、城郭の外にも街が続き、東側に二つの領を挟んで海岸となり交通の便も良い。
三つ目、一番外側の城郭が街、二つ目、真ん中の城郭には貴族の館や森林。
最後、一番内側の城郭に城……。

プラグ達がいるこの兵舎は、一番内側の城壁にある。つまり城と同じ場所にあるが、敷地は広く、城までは少し遠い。
プラグも、遠くに見える建物を見て、あれがそうか。と思った物だ。
理由が無ければ、一般市民がここまで入ることは無い。
途中は森で、貴族の館は正面からは通らないので、実感は湧かないが……国の最深部だ。
その下の城下町は延々と続いていた。つまり大都市なのだ。

もう一方の旧王都、アストラ城。あちらにもクロスティア騎士団はあるが、国家騎士団が主で、クロスティアは出張という形らしい。アストラ城はカルタに近いので通って来たが、土地も城も城壁も、この城の、半分くらいの規模だった。

「――『クロスティア』というのは聖域の名前でもある。詳細は不明だが、我々精霊騎士にとっては、無くてはならない場所だ。次に、プレートについて説明する。教本の初めの頁を開け」

『クロスティア』――聖域。
これはかなり重要だと思うのだが、さらっと流され、プレートと精霊の説明になる。教える順番があるのかもしれない。
リーオ隊士はプレートの色や精霊についてざっと説明をし、基本が自分が教えて、更に詳しい事は専門の講師を招いて、その講師が講義すると言った。

「この五冊の教本にあることは、八割方、試験で出るので、各自、読んでおくように。と言っても、これは今は、さほど重要ではない。まず一番始めに、諸君等が覚えなければならないのは、古代ゼクナ語だ」
リーオ隊士の言葉に、プラグは納得した。
確かにそれができなければ、プレートは扱えない。

「古代ゼクナ語は、古代ゼクナ文明で使われていた、精霊の言葉と文字だ。プレートの起動は祝詞を唱えるし、契約でも必要になる。『翻訳』のプレートがあるので、全て覚える必要はないが、ある程度、主要な単語と、文章は覚えてもらう」

『翻訳』のプレートとは、かつて『聖女メディアル』の娘の一人、ナナリスが初めて作ったプレートで『知恵』の精霊結晶を元に構成されている。
これがあれば、精霊との会話に困る事は無いが、一度に起動できる枚数には個人差があるので、直接、話した方が良い場合もある。

「プレートの支給は来週になる」

支給の言葉に少年少女が目を輝かせる。
リーオ隊士が、若干口元を緩めた後、咳払いをし、少年少女を見回した。
「さて……ではまず、母国語……キルト語の読み書きができない出来ない者はいるか? その場合は、補習がつく。まだ読み書がきできない、苦手な者は挙手」
手を挙げる者はいなかった。
読み書きが必要という情報は知れ渡っているし、そもそもストラヴェルは若い世代ほど識字率が高い。

「では、ゼクナ語について。多少でもいい、精霊とゼクナ語で会話ができる者は?」
プラグは正直に手を挙げた。が、一人だったのでひるんだ。――と思ったら、女子の列でアルスが手を挙げていた。
他にはシオウが「片言なら……」と自信なさげに手を挙げた。
「片言でもいい」
リーオの言葉で更に、ゼラトとペイト――審査で話掛けてきた二人だ――その他二人が手を挙げた。
「契約の祝詞を暗唱できる者は?」
これは大半が挙手をした。

「――では、まず三つにクラスを分ける。同じ部屋の者は全て別のクラスになる。左から、窓際のベッドで寝ている者、真ん中に寝ている者、入り口側に寝ている者に別れろ」
プラグは何と合理的な分け方だろう、と感心しながら、真ん中に移動した。

先程の質問は何だったんだ、という声が聞こえる。教える側の参考として、ゼクナ語が話せるか聞いただけなのだろう。
赤、青、緑の三クラスに別れ、アルスが赤、プラグが青、シオウは緑になった。

「では今から、一ヶ月後、正式なクラス分けが済むまでは、座学は全員まとめて、鍛練、集団戦闘訓練はこのクラスで行う事とする」

■ ■ ■



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ストラヴェルでは、普段エドム、と名乗っている男性の本名がエドムスだった、などは良くあることだ。
アルスは窓際の、彼女のベッドを片付けている。
真ん中の、プラグのベッドとアルスのベッドの間は青いカーテンで仕切られている。青はこの国で最も馴染みのある色だ。屋根も青、白壁も完全な白では無く、若干青みがかっている。他国から『青い国』と呼ばれるくらいだ。
プラグの左隣、入り口側のベッドには、同室の少年が眠っている。掛け布団も青……ここが王城の兵舎だから、というのもあるだろう。
「んん……?」
と言う声がして、少年が目を覚ました。
少年は体を起こして目を擦った。外跳ね気味の長い黒髪が見える。
「……いま、何か言ったか?」
「アルスが朝だと言った」
「ならいい……まだいいよな……寝る……」
黒髪に青い目。日に焼けた肌の少年。彼は『シオウ・ル・レガン』と名乗った。シオウと呼べば良いらしい。
「シオウ、寝るな。支度しないと」
プラグは支給された訓練着――太股まである青色の上着、青色のズボンを穿いて、腰を太めのベルトで締めて、靴下を履き終えた。
上着は長袖で、詰め襟では無い。襟ぐり、袖、裾に騎士団の制服と同じような銀色の縁取りがあるが、制服より簡素だ。襟には切り込みと隠しボタンがあり、かぶりやすくなっている。
「ねえ――カーテン、開けて良い?」
アルスが聞いてきた。シオウはまだ寝ているので、大丈夫だろう。
「うん、大丈夫だ」
遠慮がちに、アルスが仕切りのカーテンを除けて出てきた。彼女もズボンを穿いている。この支給服は大中小の差はあるが男女兼用なので、アルスが着ると大きく見える。プラグもシオウもアルスも、同じ小を着ている。体格の良い者は中もいたが、ほとんどの子供が小だった。
「ズボンって初めてなのよ、これでいいのかしら。前と後ろ合ってる? このベルト、こうでいいの?」
「良いと思う。苦しくなければ」
アルスのウエストは細く、心配になるくらいだったが、女性は平民でも良くコルセットをするので、きつめに慣れているのだろう。ただ、アルスは昨日もコルセットは着けていなかった。白いワンピースのウエストを、金属の輪が連なったベルトで締めてお終い、と言う。簡単な服だった。
「そう。良かった。少し緩めようかしら。あ、外に靴が届いてたわ」
アルスは三人分のブーツを中に入れ、中に入っていた名前の紙を見て一足をプラグに渡した。ブーツは黒の編み上げで、ヒールは低く、質のいい皮を使っている。
「ありがとう」
靴は昨日、夕食の席で大きさの希望を聞かれた。交換も無償らしく、至れり尽くせりだが、動くなら靴は重要だ。
アルスはシオウの肩を揺すった。
「シオウ君、起きて。一緒に食事に行くわよ!」
「ん~?」
「ほら起きて!」
「わかったよ……」
シオウは渋々起きて、着替え始めた。
アルスは真面目らしく、机の方を向いて、今日の予定を確認している。
教本を開いているのはシオウの着替えを見ないためだろう。プラグは布製の背負い鞄を開けて鏡を取り出した。昨日預けていた荷物は、そのまま部屋に持ち込めた。鞄は二つあったので、一つはベッドの下に置いてある。私物の制限は無いらしい。
プラグが櫛で髪を整えていると、シオウが着替えを終えた。腰まで届く長い黒髪を、手ぐしで雑に整えている。
「シオウ、髪、梳かないのか?」
するとシオウは、縁に三角形の金刺繍が入った、緑色の長いスカーフを取り出した。素材は綿のようだ。
「ああ、どうせ癖っ毛だから。こうして、こうして、こうして、こうだ!」
手早くまとめ、右側で結ぶ。昨日も見た独特の巻き方だ。
「へぇ。でも櫛は使った方がいいぞ?」
「手ぐしで完璧!」
シオウは適当に髪をなでつけ、ブーツを履き紐を結んで「おっ案外、良い靴だな」と言った。
髪型が奇抜なため分かりにくいが、彼もかなり整った容姿をしている。吊り目がちの大きな瞳に、黒く長い睫。すっとした鼻筋。まだ細い首筋に、真っ直ぐな眉。何一つ欠点は無い顔で、美少年と言える。
――しかし。プラグは昨日シオウ見た瞬間、気が付いた。
(彼は……精霊と人間の混血か? 血は薄いが……奇妙だな)
『シオウ・ル』というのは古代語で『苛烈』を意味する『シオール』が語源だろう。
苛烈の精霊とは聞いた事が無いが、火の属霊の末裔かもしれない。レガンは出身地……アストラ国の南、レガン地方の事だろう。
精霊は精霊以外にも人間と交わる事もできるので、千年の間にもっと混血が進んでいてもおかしくなかったが、目覚めて五年、混血と出会ったのは初めてだ。
――二人きりになった時、それとなく確認をするつもりでいる。
同じ部屋に精霊と、精霊の混血がいる。
自分とシオウが選ばれたのは、偶然だろうか。
昨日の様子では、すぐ選んだ、と言った風に見えたが……。
(しばらくは、様子を見よう)
何があろうと、プラグは『嘘』を吐くだけだ。
■ ■ ■
兵舎は壁も床も木でできていて、歩く度にぎしぎし鳴った。
食堂は広く、端から端まで長い机が四列並んでいた。椅子もこれまた切れ目までが長く、五、六人が並んで座れるが、椅子の真ん中辺りに座るときは、横から入るか、跨がなければ座れない。調理場はすぐ隣にあるようで、両開きの扉があり、左右に机がある。壁には大きめの窓が四つ、若干、間を開けて並んでいて、中庭の木が見える。心地よい朝日が差し込み、テーブルに影を作っていた。
入り口側のテーブルには、盆があり、パンとスープの皿がある。入って来た順に取って、机に詰めて座る。入ったまま、アルス、シオウ、プラグの順で椅子に座る事になった。
どうやら早い方で、調理場に一番奥近いテーブルで、テーブルに着いていたのは三人。
昨日も一番だった水色髪に丸眼鏡の少年と、彼の同室らしい二人がいる。同室の二人は眠そうだ。
食堂には、ぞろぞろと子供達が入ってくる。
シェフらしき白い前掛けをしたおじさんが「食べ終えたら、右の机に重ねておいてください」と言ってパンとスープを追加していく。
「あ。おはよう」
眼鏡の少年が言った。
「よう。ここいいか~?」
とシオウが言うと少年達は頷いた。
「お邪魔するわね」
と言ってアルスが左端に腰掛ける。
プラグも「おはよう」と言って盆を置いた。
「あ。飲み物はあそこの樽だよ」
指をさして言ったのは、真ん中に座っていた、淡い金髪の少年だ。その隣には濃い青髪の、癖毛が目立つ少年がいる。
アルスが振り返る。
「――ああ。あそこね。水? 紅茶?」
「水です。自由に汲んで良いそうです」
眼鏡の少年が言った。
「じゃあアルスの分も取ってくる。シオウ」
座る前だったので、プラグはアルスに声をかけて、シオウを連れて移動した。
飲み物は水で、水樽が二つ置いてあり、そこから自由に汲めると言う。
「うわ、浄化石(じょうかせき)。これ、贅沢だな……さすが王城」
シオウが中をのぞき込んで言った。
樽には底の見えないほど、浄化の精霊石の小さい物――いわゆる『欠け石』が入っているので、水あたりの心配は無さそうだ。埃や塵も浮いていない。
「ストラヴェルの衛生観念は大した物だな」
プラグは呟いた。首都に来る間も、水に困ったことは無い。浄化石入りの水筒は持っていたが、こうした樽や水瓶はどの宿にあり、宿屋や店では、必ず浄化された水が出た。
そのほか多い飲み物は、薄緑色のお茶か、温かい紅茶で、どちらもストラヴェルの輸出品だ。
「うん? そうだな」
シオウが頷いた。
「混んできた。早めに来て正解だったね」
と言ったのは眼鏡の少年だ。「確かに」と隣の二人が呟いている。今は大分並んでしまっている。プラグはアルスに水を渡して、シオウと共に自分の席に座ろうとしたが、隣に人が座っていたので、椅子を跨いで座った。
「ん? おはよ」
と言ったのは隣の少年で、黒髪に緑の目をしている。前髪は真ん中分けで、後ろ髪はプラグより少し短く、首筋が見える。
プラグは「うん、おはよう」と短く返した。
「それで自己紹介ね?」
とアルスが言ったので、プラグはそちらに注目した。プラグとシオウが戻るのを待っていたようだ。早く来たため、少し時間がある。
「食べながら話そう」
「腹減った~」
言われるまでも無く、シオウも少年達も食べ始めている。正面を見ると、女子は女子同士で隣の机に固まっている。部屋が同じだから自然、そうなるのだろう。
プラグも食べ始める。
「パン美味い。スープも美味い」
シオウは感想を述べている。
「そうだな」
プラグは同意した。眼鏡の少年は食べ終えていて、ハンカチで口を拭いている。瞳は丸く、優しげな印象だが、貴族然として見えた。眼鏡の奥の瞳は、僅かに緑がかった水色だった。
「僕はアドニス・スピカ。よろしくね」
「俺はイアンチカ。隣の、サミック領の出身」
淡い金髪の少年が言う。
次はプラグの正面に座っている、青髪の青目の少年だ。
「俺はウォレス・サミック。こいつと同じサミック領。もしかしたら、近い場所同士で部屋になってるのかな? そんな時間あったっけ?」
するとアドニスが首を傾げた。
――確かに時間は無かったが、そう言えばカルタ伯爵は推薦状を出したはずだ。あれは先に提出されているはずだから、おおよそ把握していたのかもしれない。
するとアドニスが、あ。と言った。
「受付……? と言うか、もしかして、推薦状じゃないか? 事前に出すやつ」
「ああ! そうかもな! あれか」
アドニスの言葉に、青髪のウォレスが納得したように頷いた。
アドニスという少年はいかにも真面目だし、見た目通り賢いようだ。プラグは彼に思考を任せる事にした。
――プラグは精霊に関する知識がある状態なので、出しゃばらず、知識や考えは、彼や他の誰かに話してもらう方が問題が起きない。これをこの国では『人を木陰にする』と言う。
「ええと、私はアルス。アルスティア・キルト。首都出身よ。長いからアルスでいいわ。よろしくね」
「俺はシオウ・ル・レガン。南の端っこ出身」
アルスが丁寧に言った後、シオウが大雑把に自己紹介する。シオウがまだ何か言うかと思ったが、終わりらしい。ウォレスに目線で促されて、口を開いた。
「プラグ・カルタ。俺も端っこのカルタ出身」
アドニスと青髪のウォレスが「ああ」と頷いた。淡い金髪のイアンチカはどこだっけ? と言った。
「えっとシオウ君? 南の端っこってどの辺?」
イアンチカが尋ねる。
「レガンだよ。森しかない所」
「ああ、なるほど、地名。名字かと思った」
青髪のウォレスが言った。
「飾り文字があるのは貴族だもんな。ル、とか、ゼ、とか真ん中に入るやつ。たぶん貴族じゃないんだよな? なんでついてるの?」
イアンチカがシオウに尋ねた。
「さあ、なんか部族? のしきたりで付いてる。先祖が火の精霊だったとか何とか。知らんけど」
プラグがシオウに聞こうと思っていたことはあっさり聞けた。
ストラヴェルの南方は元々多数の部族が住む土地で、そこが旧アストラ国に併合されて、今はストラヴェルの一部になっている。変わった髪型は南方出身に多い。精霊への信仰も独特だから、そう言う部族もあるのだろう。
「へぇ。そうなんだ? 君は確か、貴族だっけ? カルタ家の……えっとプラグさん?」
イアンチカに言われて、プラグはパンをちぎりながら顔を上げた。
「俺? 俺はただの養子だから。もとは捨て子だった。カルタ家は捨て子の養子が多い。普通でいいぞ」
何度も聞かれそうなので、先に伝えておくことにした。
本家は人を選ぶが、分家は孤児院を経営していて、良く身寄りのない子供を引き取っていた。と言っても、実際に分家が全て育てるわけでは無く、後見人程度だ。
「そっか、よろしくな。なんだよかった。珍しい髪色だから王族かと思って緊張してたんだ」
イアンチカが言った。
「王族?」
プラグは大きく首を傾げた。
「ほら、ロージアの昔話。代々、白い髪の一族が治めてたって話。白髪とか銀髪って、そんくらいでしか聞いたこと無いし」
「ああ。あれか。関係無いから安心してくれ。南の方じゃないかって言われてるけど、よく分からない」
「そうなんだな。でもいい色だよな」
イアンチカが笑った。割といいやつのようだ。
「いい色って言えば、アルスちゃんは? 男二人と一緒でいいのか? 速攻、手上げてたけど、一人部屋とか頼めないのか?」
青髪のウォレスが心配そうに言った。アルスが苦笑する。
「まあ、良いんじゃ無いかしら。あれは反射で上げちゃったのよ。そろそろ時間だから、片付けましょう。じゃあね」
アルスが時計を見て言った。アルスは食べるのが早い。プラグも残りを食べ終えた。
「さっぱりした子だなぁ。後ろは割ともめてるのに」
青髪のウォレスが後ろを気にして、苦笑した。先程から、戸惑う貴族少女達の声が聞こえている。
平民は静かに食べているのだが、貴族の少女は驚いた様子だ。それでも食べる者もいれば、帰った方がいいかも、と呟く少女もいる。
ある部屋の三人組は、先程「食事は別にしてもらいましょう」と言って部屋を出て行った。
ある茶髪三つ編みの少女は「分かって来たんだし、一年がんばろ……」と言いながら頑張って食べていた。
プラグが片付けに立つ直前、右隣にいた黒髪の緑目の少年が声をかけてきた。
「あっと、俺、名前、エミール、よろしくな。プラグだって?」
「ああ、よろしく。すまない、もう時間だから後で」
「ああ。またな」
「おいお前ら、時間だぞ!」
というコリント隊士の声がする。
その後は片付けを終え慌ただしく移動して、宿舎前の中庭に集合した。
■ ■ ■
「ではわたくし、アプリア・ナナが先導します。初めの一週間は、そんなに長い距離では無いのですが、来週には倍になります。そして後々、どんどん追加されていきます。一ヶ月ほどで、最低距離を越えた後は、体力のある男子は個人に合わせて距離が多めになりますが、女子の最低距離は男子の七、八割程度になります。走れる方は男子と同程度でも構いません。朝の運動は八時までに終えて下さい。慣れれば大丈夫ですので、頑張って下さい」
言ったのは女性隊士だ。声で分かったが、審査にいた女性だ。
フードを取った彼女は、はっきりした目鼻立ちの美人で、茶に近い赤い巻き毛を、耳の前だけ髪を長く伸ばしている。前髪は少し短い真ん中分けだ。目の色は髪と同じ赤茶色。後ろの髪はかなり短く切っているが、横髪が長いのと、後ろも巻き毛なせいで気にならない。色白で背が高い上に、女性的な体つきなので皆が感心している。隊服は胸がきつそうだ。
殿にはまたコリント隊士と、もう一人、長い金髪の女性隊士がついている。この女性隊士は昨日、食堂で靴のサイズを説明していた隊士だ。その時コリント隊士もいたから、二人とも世話係らしい。
「後ろは、コリント隊士とリゼラ・メーラ隊士です。皆様の一年先輩になります。鍛練で分からない事や、困った事があったらまず彼等に相談してください。彼等が上の隊士達に伝えますから、ね?」
優しい口調に、空気が緩む。
「そうだ、女子はリゼラさんに、男士はコリントさんに相談するのもいいですね。そうしましょう。よろしくお願いしますね」
「はい」
コリントとリゼラが頷いた。
アプリアが微笑み、続ける。
「ちなみに、昨年、受かった五人の内、今残っているのはこの二人だけです。一人は怪我で引退し、他の二人は殉職しました。そういうこともありますので、心して励んで下さい、ね? では行きましょう」
優しい笑顔で言って、走り出す。
距離自体は大した事は無かった。十五分ほど、森の道を軽く走り、池が見えたところで折り返して戻って来た。男子の大半が息切れすることも無く、走り終えた。女子も少し息が上がっている程度だ。
「来週から、これの倍……うーん」
女子は大丈夫かな、と心配している者もいた。
「頑張るしかないよね……」
という会話が聞こえる。
するとリゼラが声をかけた。リゼラは長く真っ直ぐな金髪を、低い位置で左右に分けて結んでいる。瞳は茶色に近い、淡い金色だった。琥珀色より濃いが、金色とも言えない。茶色っぽくも見える不思議な色をしている。
「大丈夫、私もそんな感じだったけど、何とかなったから。意外といけるわよ! 頑張ってね」
リゼラの力強い言葉に、女子達がほっと息を吐く。最低距離について質問をしている少女もいる。
リゼラ達を横目で見ながら、コリントが溜息を吐く。
「女は、まああんな感じだが、男は厳しいぞ。明日からは、副たいちょ……んん、アプリアさんはいないから、朝の鍛練は、俺とリゼラ、あと交代の若い隊士が二人の四人で監督する。実技の時は別の教官がついたり、俺達も手伝ったりだな。ここはいつも人手不足なんだ。来週、再来週から、いけそうなやつは距離がぐっと増えるからそのつもりで。そうやって、どんどん、できないやつは置いていって、できるやつだけ厳しくなるんだぜ。全く。ちなみに女子の中で、体力のある奴は男子に混ざるから、負けないように気を付けろ。リゼラもそうだった。油断したら刺されるぞ」
■ ■ ■
座学の教官は二十代半ばの精霊騎士で、朴訥、という印象の青年だった。
真面目と言った表現が似合う、平凡な顔立ちだ。茶に近い金髪を額の真ん中で分けている。髪の長さは耳が隠れる程度だ。
教室は広く、六十二名全員が入っても、席は三十程余裕があった。
聖女教会のように、細長い机が何列も並んでいる。
彼以外にも教室には数名補佐官がいるが、服装からして王城の兵士だ。
――審査の日、広間で話しかけて来た青年もいる。
教官隊士が口を開く。
「私はリーオ・インタル。諸君らは『クロスティア』の騎士候補生として、一年間、精霊術、武術、体術、勉学の基礎を学ぶ。その中で優れた男女、上位五名が精霊騎士としてクロスティアに配属される。それ以外は適性に合わせて、王城の兵士や、近衛兵――国家騎士となる。女性の場合は支援騎士や看護騎士、巫女やプレート管理員にもなれる。どれもやりがいのある仕事だから、とりあえず一年、我慢してくれ。脱走してもいいが、その場合、即退舎で戻って来られない。脱走の前に相談してくれれば、普通に辞められるから、よく考えてくれ」
手元には五冊の教科書と書き取り用の紙、石版がある。
「まず『クロスティア』という名称について説明する。これは当騎士団の名前でもあるが、中央三国および周辺の同盟国に存在する『複数の騎士団の総称』でもある――聖女を掲げる、ストラヴェル、ヒュリス国、セラ国の三国を中心として、それぞれの国の、聖女や王、国民、国土を、精霊の脅威から守る為に結成された。同盟国が他国の精霊使いに襲撃された際は、遠征をし、他国の精霊騎士と協力して、敵を討伐する。わが騎士団は完全実力主義だ。例えば、先日、諸君等の審査をした黒髪の女性。彼女はこの騎士団の総隊長で、彼女は、某国の遠征から帰った後だった」
リズメドル――リズは総隊長だったらしい。
プラグは癖のありそうな隊長だ、と思った。
「次に、組織の成り立ちを説明する。我々は一般的に『クロスティア騎士団』と呼ばれているが、その規模は小さく、部隊は、白、灰、黒の三部隊があるのみで、現在は二百名程度が所属している。そのうちの半分は貴族を中心とした近衛騎士で、王城からは動けない。我々は三部隊のうち一部隊を常に王都に残し、あとの二部隊で行動する。忙しい理由が分かっただろう。旧王都であるアストラにもクロスティア騎士団があるが、あちらは半年交代で、数名が行くのみで、後は領土騎士と、貴族のより抜きの集まりだから、性質が違う。まあ、不仲ではないから安心しろ」
ストラヴェルには、大きな城が二つある。
一つは、プラグ達がいる、このストラヴェル城。
この城はストラヴェル国、中央よりやや北部寄りに存在し、背後に巨大な湖を持ち、三重の城郭に囲まれている。
城郭と言ってもかなりの広さがあるので、中に入れば圧迫感はないが、場内には籠城用の農園がや森、貴族の邸宅やストラヴェル騎士団が置かれている。
城下町は整備され、城郭の外にも街が続き、東側に二つの領を挟んで海岸となり交通の便も良い。
三つ目、一番外側の城郭が街、二つ目、真ん中の城郭には貴族の館や森林。
最後、一番内側の城郭に城……。
プラグ達がいるこの兵舎は、一番内側の城壁にある。つまり城と同じ場所にあるが、敷地は広く、城までは少し遠い。
プラグも、遠くに見える建物を見て、あれがそうか。と思った物だ。
理由が無ければ、一般市民がここまで入ることは無い。
途中は森で、貴族の館は正面からは通らないので、実感は湧かないが……国の最深部だ。
その下の城下町は延々と続いていた。つまり大都市なのだ。
もう一方の旧王都、アストラ城。あちらにもクロスティア騎士団はあるが、国家騎士団が主で、クロスティアは出張という形らしい。アストラ城はカルタに近いので通って来たが、土地も城も城壁も、この城の、半分くらいの規模だった。
「――『クロスティア』というのは聖域の名前でもある。詳細は不明だが、我々精霊騎士にとっては、無くてはならない場所だ。次に、プレートについて説明する。教本の初めの頁を開け」
『クロスティア』――聖域。
これはかなり重要だと思うのだが、さらっと流され、プレートと精霊の説明になる。教える順番があるのかもしれない。
リーオ隊士はプレートの色や精霊についてざっと説明をし、基本が自分が教えて、更に詳しい事は専門の講師を招いて、その講師が講義すると言った。
「この五冊の教本にあることは、八割方、試験で出るので、各自、読んでおくように。と言っても、これは今は、さほど重要ではない。まず一番始めに、諸君等が覚えなければならないのは、古代ゼクナ語だ」
リーオ隊士の言葉に、プラグは納得した。
確かにそれができなければ、プレートは扱えない。
「古代ゼクナ語は、古代ゼクナ文明で使われていた、精霊の言葉と文字だ。プレートの起動は祝詞を唱えるし、契約でも必要になる。『翻訳』のプレートがあるので、全て覚える必要はないが、ある程度、主要な単語と、文章は覚えてもらう」
『翻訳』のプレートとは、かつて『聖女メディアル』の娘の一人、ナナリスが初めて作ったプレートで『知恵』の精霊結晶を元に構成されている。
これがあれば、精霊との会話に困る事は無いが、一度に起動できる枚数には個人差があるので、直接、話した方が良い場合もある。
「プレートの支給は来週になる」
支給の言葉に少年少女が目を輝かせる。
リーオ隊士が、若干口元を緩めた後、咳払いをし、少年少女を見回した。
「さて……ではまず、母国語……キルト語の読み書きができない出来ない者はいるか? その場合は、補習がつく。まだ読み書がきできない、苦手な者は挙手」
手を挙げる者はいなかった。
読み書きが必要という情報は知れ渡っているし、そもそもストラヴェルは若い世代ほど識字率が高い。
「では、ゼクナ語について。多少でもいい、精霊とゼクナ語で会話ができる者は?」
プラグは正直に手を挙げた。が、一人だったのでひるんだ。――と思ったら、女子の列でアルスが手を挙げていた。
他にはシオウが「片言なら……」と自信なさげに手を挙げた。
「片言でもいい」
リーオの言葉で更に、ゼラトとペイト――審査で話掛けてきた二人だ――その他二人が手を挙げた。
「契約の祝詞を暗唱できる者は?」
これは大半が挙手をした。
「――では、まず三つにクラスを分ける。同じ部屋の者は全て別のクラスになる。左から、窓際のベッドで寝ている者、真ん中に寝ている者、入り口側に寝ている者に別れろ」
プラグは何と合理的な分け方だろう、と感心しながら、真ん中に移動した。
先程の質問は何だったんだ、という声が聞こえる。教える側の参考として、ゼクナ語が話せるか聞いただけなのだろう。
赤、青、緑の三クラスに別れ、アルスが赤、プラグが青、シオウは緑になった。
「では今から、一ヶ月後、正式なクラス分けが済むまでは、座学は全員まとめて、鍛練、集団戦闘訓練はこのクラスで行う事とする」
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