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第1話 ウソツキ -1/2-

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フロレスタ大陸地図


我らクロスティア騎士団は団旗に一輪の花を掲げる。

『奇跡の花』は大陸歴一二一八年『アルケルムの戦い』の折、同盟を反古にした悪しき精霊『ハラプ=ハラケス』によって奪われた。

精霊は西方にある『満干の塔(みちひのとう)』より無限に現れ、各国を蹂躙する。
精霊は作物を枯らし、病を運び、人の生気を喰らう。
精霊は害である。悪である。
精霊を『精霊板』(プレート)に封印し、精霊の力を使いこなし、『救世の聖女』に花を――。
「捧げる事こそが、正義である……」

大広間の入り口に立っていた兵士の耳に、独り言が聞こえて、ふと顔を上げた。

先程、受付を済ませて入って来た少年が、壁のレリーフを読んでいる。
どこの民族出身なのか、緑色のケープで肩を覆い、ケープのフードを目深にかぶっている。ケープの下は揃いの緑色。長胴着を身に着けて腰紐で結び、胴着の下に白色のズボンを穿いて、足元は牛皮の長靴を履いている。
これだけならごく普通の王国民だが、ハーフマントの裾や胴着の裾に皮製の飾り房がいくつもぶらさがっている。色が地味なため華美とは言えないが、少々奇抜な意匠だった。

少年が読んでみせたのは『古代ゼクナ語』で書かれたクロスティア騎士団の訓戒だった。
古代文字――これは今から千年ほど前から、五百年前のアルケルムの戦い(精霊大戦)頃まで使われていた言葉で『精霊術』には欠かせないものだが、騎士や兵士、巫女以外にはほとんど知られていない。例外は貴族だが、この年齢なら知っていてもよく使う単語や祈りの言葉程度だろう。

兵士は騎士団詰め所の警備係で、入り口付近に待機していたが、先程から数名の少年少女が、フードの少年を盗み見て笑っている。

ここはストラヴェル王国の首都キルトにある、ストラヴェル城――正門入って左側――騎士団詰め所を入ってすぐの『石壁の大広間』と呼ばれる、広い空間だ。
アーチ型の張りが幾つも並び、天井は人二十人が立っても届かない程の高さで、そこかしこに薄水色の漆喰が使われている。
正面には聖女教会に倣い『聖女メディアル』のステンドグラスがある。
部屋の中央には青い絨毯が敷かれていて、ステンドグラスの下まで続いている。
階段の上には執務机が、白と青、緑の光に照らされ輝いている。
――壮麗なラヴェル様式だ。
ラヴェル様式の『ラヴェル』というのは『ストラヴェル王国』の前身となったラヴェル王国から来ている。
かつて対立していた『アストラ王国』の王女と『ラヴェル王国』の王子が、精霊大戦を切っ掛けに結婚し、では名前も一つにしよう、ということで今の国名になった。
要するにくっつけただけの国名だ。
アストラ王国の人間は髪色が様々だが、ラヴェル王国の人間は黒髪が多い。ただ、同盟からの結婚統合かつ、言語も訛りがある程度、だっただめ差別はあまりなく、統合から数百年のうちに混血が進んで、もはや見分けは付かない。
黒髪なら先祖のルーツがラヴェル王国にあるかもしれない……と分かる程度である。

この部屋には少年と同じ年頃の子供達が既に、九十人以上集まっている。
今日、この場に集まっているのは騎士団試験を受けに来た少年・少女達である。
騎士団詰め所――つまり王国騎士団本舎。ここは年に一度の騎士団試験の時のみ、志望者に開放される。

兵士の左手側にいる少年までは『三メルト』程度離れている。
『一メルト』は大人の歩幅ふたつ分の長さで『一メルト=百セリチ』、『千メルト=一キロメルト』だ。
特に大柄なこの兵士の身長はちょうど百八十セリチ。つまりこの兵士の身長の半分より少し長い程度が一メルトだ。
この子供の身長は、大体、百六十セリチ程度だろう。
この場にいると言う事は十四歳であろうから、さほど高く無いが、低くも無い。
この大広間には少年と同じく、去年十四歳になった少年、少女が百人程度集まっている。
少年の体重は五十キログラン……いや、せいぜい四十二、三キログランだろう。不健康な感じはしないが細身だ。
この兵士は体格が良いのでこの少年二人分の重さがある。

兵士の名前はラルゴ。
少年と同じく、十四歳で騎士採用試験を受けたものの、騎士にはなれず、代わりに王城の兵士になった。――ちなみに現在二十八歳で、先月結婚した。鎧で隠れているが、金髪青目、生粋のキルト人だ。
『キルト』とは、この国の首都の名称であり、この西フロレスタ大陸の、西、中央、北の一部を含めた、広大な領域を指す。

ラルゴは少年の近くまで――左に六歩程度歩いて声を掛けた。

「そのフード、取ったらどうだい? 暑いだろ」
ラルゴが苦笑すると、少年はこちらに顔を向けた。
少年はフードをかぶった上、更に、白い布で鼻と口を覆っていて、顔がほとんど見えないのだ。唯一見える瞳は薄茶色。どこにでもある色だ。
睫毛は――天窓から差し込む光で反射し、よく見えないが、淡い金色……に見えた。
王国には四季があり、今は三月……。それにしては、少し暑い。
「精霊のせいで最近暑いから、そのままだとのぼせるよ。俺も暑いったらありゃしない。まあこの部屋は精霊石が無いし、天井からも光が入るからな……仕方無いって言えばそうだが」
ラルゴは手で鎧を浮かし、扇いで言った。
「そんなに暑くないですけど……取った方がいいですか?」
すると、意外にしっかりした返事が返ってきた。
「いや、それ、さっきからひそひそ言われているからね」
兵士は言った。今は収まっているが、時折、子供達がフードの少年ちらちら見ている。
これには理由がある。
騎士の最上位『クロスティアの精霊騎士』達は皆、外出時にフードを被っているので、少年の格好が物真似に見えるのだろう。
兵士としても、かつての自分を見ているようで……いたたまれない。
「騎士様の真似っぽく見えるんだろうよ」
その事を伝えると、少年は首を傾げて「そうなんですか?」と言った。
「そうそう。あ、別に、暑くなければ良いんだがね」
「そう言えば、暑いかも……じゃあ取っておこうかな……」
少年は壁を向いたまま自然な手つきでフードをよけた。
兵士は『おや?』と思った。

――銀髪とは珍しい。白髪に近い、綺麗な髪だ。
そう言えば、この国で銀髪を見た事があっただろうか? 金髪は多いし、青、赤、茶色、黒、水色、他の髪色もよく見かける。だが銀髪は、生まれてこの方、見た覚えが無い。そう言えば、異国では稀にあったしいが……? 確かここより更に西方の国だった気がする。
西――と言うのは、忌むべき言葉になっている。そこに『満干の塔(みちひの塔)』があるからだ。
この少年はおそらく異国人で、からかわれるのが面倒なのだろう。
少し長めの短髪で、耳前の髪を首にかかる程度に伸ばしている。この国は、男は刈り上げか、もう少し短い髪が主流だ。勿論、男性の長髪もいるが珍しい。
兵士は少年に対して『なよなよしい』『大人しい』と言う印象を持った。

鼻と口はまだ白い布に覆われているが――目だけ見れば、まるで……。
少年は口元の布を首元に下げて、首の後ろの結び目を解いた。

少年の素顔を見て、兵士は思わず目を見開いた。
とびきりの美少年だった。
まず目を引くのは白銀の髪。色白だが不健康な感じはしない。ほっそりとした体躯。
山型の目ははっきりと大きく、灰色の長い睫毛に縁取られている。

先程彼の目を薄茶色だと思ったのは、フードの影があったからで、実際はもう少し明るい色だった。宝玉……とでも言うべきか。目の周りは明るい金色で、瞳が濃い琥珀色。
大層な女顔だが、きちんと少年に見える。
しかし、なぜか悪戯っぽい感じがして、胸が高鳴った。
美形過ぎて、言葉が続かない。
彼が顔を隠さずそこにいたら、兵士は声をかけられなかっただろう。

少年は白い布を畳みながら「やっぱり暑かったな」と呟いて、また壁を見た。
兵士は黙り込み、会釈を返した。

「きみはどこから来たんだい? 出身は?」
兵士は尋ねた。
「カルタです」
少年は美形だが、どこかほっとする、優しげな雰囲気を持っていた。
再び声を掛けられたからか、少年は礼儀正しく兵士に向き直った。整いすぎた造形の中で唯一、琥珀色の瞳が兵士に親しみを持たせた。琥珀の瞳はこの国では特に多い。

兵士は筆記試験の知識を掘り起こした。
『カルタ』というのは、ストラヴェル王国の最西端にある、ルード山脈に接する地方都市だ。
確か、季候も良く、水が豊富で、作物がよく採れる穀倉、酪農地帯……要するにド田舎だ。
特筆する事と言えば『聖女教会』――通称『紅玉会』の本部があるくらいか。
「ああ、カルタ! 大分離れてるな。通りで見た事が無いと思った。その服は、その辺の格好なのか?」
「ええ」
王国の領土は広く、カルタから首都までは、馬で旅をするなら、急いで二週間、通常なら一ヶ月、下手すれば一ヶ月少しかかる。精霊騎士になりたいだけなら、ストラヴェル中央寄りにある旧首都ラヴェルの騎士団に入るか、南寄りにある旧首都アストラの騎士団に入るか、各領の領土騎士になる場合が多いので、遠方からの受験者は少ない。この少年は大志を抱き、旅をしてきたのだろう。
「馬車で来たのか?」
「いえ、馬で。厩舎に預けています」
城は遠方から来る者のために、厩舎を開放していたが、大抵は乗合馬車で来るので、実際使う例は珍しい。
採用されればそのまま騎士団預かりとなるし、騎士団から、訓練を受けた馬が貸与されるからだ。初めは個人の馬ではないのだが、一年経ち正式に配属になれば好きな馬を選べる。
と言う事は、この少年が持って来た馬はかなりの良馬だろう。
専用の訓練を積んだ馬で無ければやっていけない。まあ、後で地元に返すのかもしれないが……。
「君なら白馬か?」
「? いや普通の鹿毛ですよ」
少年が首を傾げた。
「はは。そうか。受かると良いな」
「そうですね……ちょっと、大変そうかな」
少年が苦笑した。

この城にいるとやたら美形に出くわすが、この少年はその中でも抜群だ。あと数年したら引く手数多になるだろう。
……少年が『クロスティアの精霊騎士』になれたら、の話だが。

この試験は王国民全ての憧れである『聖女様』の計らいで、毎年三月に行われている。
条件は『ストラヴェル王国に在住しているか、移住可能であること』『十四歳であること』『後見人がいること』この三つだけだ。
後見人は成人――十七歳以上であれば誰でも良い。故に、読み書き計算もできない、食いっぱぐれの農夫の息子、腕っ節はそこその腕白坊主、気の強い少女、商家の息子などが大半を占める。
上級貴族の子弟は試験免除で修練課程に入るから、この場に来る事は無い。
例外は両親に反対されている場合。騎士は栄えある仕事だが、死亡率も高い。
貴族はまず長男を騎士にして、次男、三男は家に残そうという動きがあるので、次男、三男は家の事を任される。その決定に不服なら、こうしてこの場に来るしかない。

目線を下げると、先程の少年はいなかった。ラルゴが部屋首を動かすと、左側、もう一つ奥の石像を眺めていた。
あの少年は貴族なのだろうか。服装からしてそうは見えない。この部屋にも貴族の子息、子女はいて、一目でそれと分かる格好をしている。貴族の子弟は白いシャツにベスト、その上に黒または青色の裾長ジャケットを着て、首元に家の紋章と付け襟を付けている。
下半身は白いズボン、足元は上等な、皮の編み上げ長靴。これは貴族は外出時、身分を示す格好が義務づけられているからだ。
貴族の女子は青いケープに、襟元は好きなデザインのリボン。左胸にはやはり紋章が付く。ドレスは思い思い、好きな色を着ているが、皆ケープは青い。
外出時の服装が決まっているのは、無用な諍いを避けるためであるが……逆に言えば、人攫いに逢う可能性もある。まあ、城壁の中に住めない貴族も王城まで徒歩で来る訳は無いし、王城で人攫いなど聞いた事も無い。

先程の少年。あれだけ美形と言う事は……どこぞの貴族の、庶子の可能性もある。
花街のご落胤と言うやつだ――さすがにそれは失礼か。

ラルゴは苦笑し、少年の事を忘れた。
「それにしても遅いな」「待ちくたびれたな」という子供達の声が聞こえる。
「まだなんですか? 時計、回ってますけど……」
と一人に聞かれた。ステンドグラスの下、右側寄りに柱時計がある。開始時刻はとうに過ぎていた。
案内役の兵士は、この部屋にもう一人いて、ラルゴの反対側に立っている。
部屋の外では二人の女性と、一人の兵士受付を担当していて、また一人、二人と入ってくる。
受付の女性が、一人入って来て――ちなみにこの三つ編み茶髪の美女がラルゴ(俺)の妻だ――「もう少し遅れますので、そのままお待ち下さい。お手洗いはこの広間を出て左側です」と言って出て行った。

■ ■ ■

「遅いな」
と誰かが呟いた。

「あまり遅くなるようなら、宿舎に泊まってもらう」
と言われるに至って、今日中に来るのだろうか、という雰囲気になり始める。

「こんにちは。あなた、どこ出身? 見慣れない服だけど……」
プラグの近くにいた、淡い金髪の少女がとりあえず退屈凌ぎに……と言った様子で話しかけて来た。髪の長さは肩を過ぎる程度で、毛先を紐で結び、内側に巻いている。目は薄い茶色。紺色のワンピースと、白いハーフマント、水色のスカーフを身に着け、足元は黒革のブーツ。一般的な女性の格好だから、平民だろう。大きな荷物は受付に預ける決まりなので、プラグと同じく手ぶらだ。
「カルタ」
「ああ、一番、西端のあそこね。遠かったでしょ? 馬車?」
「いや馬で来た。ゆっくり来たから、二ヶ月くらいかな」
「えぇ? そんなにかかるのね」
彼女と話していたら、もう一人、明るい金髪の少年が話し掛けてきた。ふわふわの巻き毛に大きな水色の瞳が印象的だ。身なりからして、少年は貴族だ。
「おい、ペイト。聞いたけど、まだ来ないみたいだぜ。話通りだな……忙しいって。大人しく待つしかないか。あ、俺はゼラト・ル・ピア。北部エスタード領のハジコ村出身。一応、超貧乏貴族。君は?」
「プラグ・カルタ。カルタ家の五男。養子」
雑談しても良い雰囲気なので、プラグは答えた。
「ああ、あのカルタ家のな。へえ名家じゃないか。国境のカルタ家は騎士の養子が多いって聞くけど、五男って事は、もしかして本家なのか?」
「ああ、そうだな」
「へぇ凄いなぁ。さっき貴族に声を掛けられたけど……皆、結構、名家から来てるんだよな。あのトリル侯爵の庶子ってのもいて……気後れする」
ゼラトが溜息を吐いた後、機を窺っていたらしいペイトが口を挟んだ。
「そうだ。私はペイト・マイメ。不作法でごめんなさい。ごく普通の平民です」
「そう。よろしく」
プラグは頷いた。試験があるのだから相手が落ちたら面倒だ。プラグが落ちる可能性も有る。プラグが受かるか、受からないか。
……カルタ伯爵は五分五分だと言っていた。

「それにしても遅いわね。青い集団には近づけ無いわ……さっき平民の、赤い巻き毛の可愛い子と話したけど。その子は首都の出身ですって。あれ、どこかしら?」
「へぇ……」
プラグは興味が無かったので相槌を打っておいた。
「白い髪って珍しいな。あ、ごめん駄目だったか?」
ゼラトが髪に触れようとした。
「別に。触ってみるか?」
「いやいい、悪いな。その髪って、どこの国の特徴なんだ?」
「さぁ……よく分からない」
「んん?」
「捨て子だったから、ちょっと」
「あ、うわ、すまん、悪い」
ゼラトが慌てて謝ったので、プラグは首を振った。
その後もゼラトが話し掛けてくるので、プラグはとりあえず答えておいた。
途中、ゼラトがトイレに行き、戻って来た。ペイトも別の女性に話し掛けている。

――クロスティアの『騎士』は結局、一時間遅れで到着した。

白いマントを靡かせ、広間に入って来た。
討伐後らしく、少々薄汚れていたが、フードをかぶった姿に皆が緊張し、注目する。
体格からして女性。憧れの眼差しを受けながら、騎士三名を連れて広間の祭壇に上がる。足下は黒いタイツと、白いハイヒールだった。
マントの下は騎士団の制服を着込んでいる。赤紫色で銀色の縁取りがある、ワンピースタイプで、長めの付け袖やベルトは白色。裾の長さは膝が隠れるほどで、斜めに裁断されている。デザインは男女共通のようだが、合わせの向きが違っていて、女性は右前、男性は左前のようだ。女性以外の騎士は黒のロングブーツを履いていた。

女性がフードを外すと、紫がかった黒髪が見えた。瞳も同じく紫色。
マントの下に入っているが、長髪のようだ。
――不健康な美女、と言う印象だ。
背が高く美しいが、目つきが悪い。

「待たせたな。私はリズメドル・ギスアド。審査官だ。よろしく」
彼女の名前にぎょっとしたのは一人や二人ではない。
プラグからしても、これは人間に付けるのか? と感じる変わった響きで、ギスアドは姓にしても珍しい。

『リズメドル』は――言っていて、プラグでも奇妙な気分になるのでリズにする――『リズ』は、ベルトのプレートケースから、手の平より少し大きい、金色の金属板――『プレート』を取り出して、机の手前側に置いた後、口を開いた。

「今から、名前を呼ばれた者は、質問に答えた後、ここまで来て、このプレートの上に、手を置いて『ル・フィーラ』と唱えろ。手袋はそのままでいい。このプレートが光ったら、適性があるので合格だ。光らなければ、失格となる。合格した者は右に避けて待っていろ。失格者はそのまま退場。数が多いので、流れ作業で行くぞ」

言い終わると、リズは執務机の椅子を引いて座って、両肘をついて、顎に手を当て――にやにやと笑い始めた。美人が台無しになる、気色の悪い笑みだった。

そのほかの隊員はフードを外さずに、一人が机の左側に、後の二人は右側左右に別れて分厚い受付名簿をめくった。
左側の隊士が答えた。顔はあまり見えないが、女性だ。
「では呼ばれた人は、質問に答えた後、こちら上がって下さい。アドニス・スピカ」
隊員が読み上げる。水色髪の、丸眼鏡をかけた少年が返事をした。
黒色のケープ、茶色の皮長靴――服装からして平民だ。少し伸びた巻き毛を黒い紐を使い、首の後ろで雑に結んでいる。
「! はい!」
「年齢は?」
「じゅ、十四歳です」
一人目の緊張からか、気の抜けたような、裏返った声だった。
「推薦人の名と、貴殿との関係は?」
今度は、右の男性隊士が質問する。
右奥の男性隊士が質問する。
「はイッ、推薦人は、フィード村の村長、クロム・ニードさんです。自分……僕、とは村長、村民の関係です」

女性隊士が苦笑し、声をかける。
「そんなに緊張しないで。では、こちらに出て、プレートに手を触れて――かざすだけでもいいんですが『ル・フィーラ』と唱えて下さい。プレートが光れば合格です」
少年は促されるまま進み出て、階段を上がり、金のプレートに手を置いた。

「ル・フィーラ……!」
控えめな声だったが、プレートはまばゆい光を放った。
「よし、合格。良い発音だ」
リズメドルが頷いて、告げる。
「そちらで待機して下さい」
男性が言った。少年は顔を赤らめ、嬉しそうに歩き出した。

女性が次の名を呼んだ。
「次、キール・マエストス」
「……はいっ!」
キールという黒髪の少女が返事をする。受け答えをして、進み出て「ル・フィーラ」と慎重に唱える。
先程の少年ほど同程度の、まばゆい光だった。
それから五人目で、初めて不合格者が出た。
その後、だいたい五人に一人は落ちている。合格しなかった者は、在る者は肩を落として出て行き、在る者は仕方無いと溜息を吐いた。

徐々に人数は減っていく。
どうやら受付に来た順らしい――プラグがこの大広間に入ったときには、受付を済ませた子供が六十人ほどいたから、順番はまだ先だ。
人が減るにつれ前に詰めろと言われていたので、階段までは十歩ほどだ。

「次、プラグ・カルタ」
「はい」
呼ばれたので、プラグは答えた。
「年齢は?」
「十四歳です」
プラグは内心、嘆息した。大嘘だが仕方無い。落ちるなら落ちるだろう。

「推薦人の名と、貴殿との関係は?」
右側の男性隊士が質問する。
「推薦人は、フラム・カルタ伯爵、養父、養子の関係です」
このくらいでいいようなので、答えた。
流れ作業で、手を置き「ル・フィーラ」と言うとプレートが光った。プレートの起動光は誰がやっても同じだから、正体がばれる心配はない。
そのまま流れで、右側に避ける。リズは眠そうにあくびをしていた。

こうして集まった少年少女、約九十名の内、六十二名が合格した。

六十二名は、そのまま兵舎の見学をした。
これから一年、生活を共にして訓練の後、最終試験がある。試験に受かれば兵士見習い、駄目なら里帰り、成績が良ければクロスティア騎士団に採用。
どうやら試験は素養のチェックだけで、訓練が厳しいらしい。
ほとんどが王城の兵士になり、騎士団に入れるのは主席五名のみ。
狭き門というものだ。

プラグは溜息を吐いた。

簡単な試験のようだが……精霊の気配を感じた。
机の上の、金色プレートは『秤』。精霊のいるプレートだ。
そのほかの三名の隊士もそれぞれ金色のプレートを持っていた。

皆、『闇』のプレートで姿を隠していたが……。リズが座った後、彼女の後ろに控えていた。
『闇』の力で隠していた物のプラグにはうっすらと姿が見えた。
――たとえ見なかったとしても、実体化していれば霊力で分かる。

『秤』の他は、『旋風』『正義』『闇』……。
――皆、知り合いというのが笑えないが――。
全て上級の、そうそうたる顔ぶれで、契約できるのはおそらく隊長クラス。
リズメドルは『闇』のプレートを持っていた。さすがは精霊騎士、と言う事だろう。

『秤』セム=ルルカ。
『金』の属霊で、女性精霊。長い金髪と、左右で色が違う瞳。右が青で左が赤。左の翼は赤色で、右の翼は青色。背の真ん中らはしなだれた黒い翼が生えている。肌は光によって金色がかって見える。衣装は白いドレスで、胸は大きく開き、足が太股まで見えている。『金』一族は皆、豊満な体付きだ。

『旋風』ルア=アアヤ。
『火』『水』『風』『土』の四大精霊――『風』の属霊で、四大精霊の属霊は皆、肌の色はともかく、顔の造りは人に近い。薄い緑の髪が、旋風のごとくるくる回っている。『風一族』衣装は薄緑がかった白い衣で、金色レースの装飾が美しく『風の属霊』の自慢だと言っていた。風貌は大人びているが『風一族』の中で三番目くらいに元気がいい。一番は『嵐』二番は『木枯らし』だ。この三体は『炎』や『火柱』に「『そよ風』を見習え」と言われていた。『そよ風』は女性精霊にも男性精霊にも大人気で、いわゆる憧れの的だった。

『正義』ミュル=セセナ。彼は男の精霊で『善』の属霊だ。『善一族』はみな男性なので彼等が通る度に女性精霊は色めき立っていた。背中に翼は無いが、背中に太く長い棘が何本もある。亜麻色の髪を肩口で切りそろえていて、前髪の下にはもう二つ目がある、見えている方の目も、隠れた目も眼光は鋭い。白くたっぷりとした服は、裾が三メルトはあり、良く茨に引っかかっていた。ちなみに『悪一族』とはとても仲が悪い。あちらは皆女性だ。

『闇』ギナ=ミミム。一本角の、真っ黒な女精霊だ。顔も体も服も真っ黒で、目だけが赤い。翼は小さいが飛ぶことはできる。
闇は光と対になる精霊で『悪』の『筆頭属霊』であるが――今は以前より幼い……人で言う十二、三歳程度の姿で、かなり力が弱まっている気がする。おそらくプラグが知る大精霊の彼女では無く、一度消滅して新たに生まれた『新精霊』だろう。記憶があるかは分からない。

『筆頭属霊』というのは、大精霊が一番始めに作り出した属霊を言う。一族によるが、特別強い力や、重要な役割を持っている場合がある。
『闇』には自分の闇の中で『悪』や悪一族の属霊を休ませるという、ゆりかごのような、大事な役割があった。『闇』のおかげで、悪一族は悪い行いを、必要な分だけに控える事ができ、他の精霊とも上手くやれていた。
大精霊でなくとも、金色になるだけの力はあったという事だ。

精霊達はプラグに気付いた様子は無かったが、『秤』と『正義』のプレートは虚偽を見抜くための物だし、『旋風』のプレートも、『闇』のプレートもどちらも姿を隠す効果がある。
プラグの擬態は性質による物なので、プラグが本来の名を名乗るか、精霊の姿に戻らなければ、上級精霊程度には分からないはずだ。

何事も無く通されてほっとしたが……正体を見破られたかもしれない。
いや。それはないか。あるいは既に、紅玉会から伝わっているか。
――とにかく、プラグ・カルタとしての一歩は踏み出せた。

■ ■ ■

案内役はかなり若い男性騎士で、コリント・ディアと名乗った。黒い目と縮れた髪、浅黒い肌をしている。年齢は今年で十六歳。つまり一年前に入った新米隊士だ。精霊騎士の特徴である、赤紫の隊服を着ているが、あまりに年が違わないので、皆が驚いている。

宿舎は鍛練場も兼ねていて、更地や牧場が用意されていた。

「ここが食堂だ」
「ここが厩」
「ここから先は立ち入り禁止だ」
「こちらは訓練用の森。体力作りに毎朝走る。道はしばらく先導する。勝手に外れて迷わないように」
「特に指示が無ければ、敷地内から出てはいけない」
「休日は外に出ても構わないが、外出先、目的を申請し、門限を守るように」
「聖女教会に用があるときは申し出ること。巫女や侍女に交際を申し込んではいけない」
「風紀を乱す行動はしないこと。特に、女性に交際を申し込んではいけない。男は胆に命じろ。夜這いも手紙も禁止だ。逆に女性も夜這いは禁止だ。その辺の問題を起こしたら、即刻サヨナラだから気を付けろ」
「ここでは平民も貴族も無い。ケープや紋章は外すこと。支給された訓練着に着替える。服は部屋に置いてある。髪の長い者は、切らなくても良いが、実技の際は紐でまとめること」
「親類への手紙も検閲される。勝手に出さないように。手紙を出すときは適当な隊士に渡せばいい」
「ここでは、風呂は毎日入れる。風呂場は男女、離れた場所になっている。こっちが男湯への道、こっちは女湯への道。掃除はしなくていい。とにかく鍛錬、鍛錬、訓練、訓練、後は座学だな。座学はこっちだ――」

宿舎の案内の合間に、プラグは、横目で注意されない程度に小鳥を眺めた。茶色い小鳥は跳ね回り、気が済んだら飛んでいく。
最後、宿舎の前に集まり、残りの説明――部屋割りについて聞く。

「ここが宿舎だ。基本、三人部屋だ。まず部屋割りを発表する。一年一緒に過ごすから、仲良くしろ。何か問題があれば変える」
回っている間に大急ぎで作った――らしい。男女別になっているが、いかにも適当な部屋割りが発表された。
その頃には、隊士らしき者達が見学に来ていた。
皆、顔を隠していない。
どうやら候補生になったら、顔を見ても構わないらしい。立って眺める暇そうな者や、足早に通り過ぎる者もいた。

「あ、女性が一人余るのですが、男性と相部屋でも気にしない女性、いますか?」
女性隊士が言った。
反射で手を上げたのは一人。赤い髪の少女だ。
「じゃあ、そこの貴女は後で。真面目そうなの選ぶから待ってて」

暇そうな者が手伝い、五名が同時に読み上げ、次々に部屋番号を伝える。聞いた者達から集まって、宿舎に入っていく。
宿舎の前では隊士が「晩飯は六時だぜ。遅れるな」と声を掛けている。
にこやかに笑っている者もいた。

――気になるのは隊士達が持つ、精霊の気配だ。
皆、隠れているが、そわそわして、楽しげで、落ち着かない、と言った様子だ。
組織の雰囲気は悪くないようだが、騎士団……とはこういう物だったか。

プラグは呼ばれるまで辺りを眺めていた。
(平和だな……)
カルタ家にいた時も思ったが、人類の進歩を感じる。
プラグ達――『精霊』が人類導いていた頃は、人は戦ばかりで禄に畑も耕さず、疫病一つで右往左往していたのに。今では清潔な街並みに、美しい服装。人間自体も優しくなった。
最も、人が優しいのはプラグが『人』に化けているからだろう。

今風に言うと、プラグは『古代精霊』の生き残りだ。

……精霊は人とは根本的に違う。
精霊は基本、不老長寿である。
病にはかからないが、殺されることがあるので不死とは言えない。
寿命については、今まで寿命を迎えた精霊を見たことが無いので分からない。

精霊はまず『霊体(ラフィ)』という意識のみの存在として生まれる。
実は自然界にあるもの、空気、石、植物、水……全てに意識が存在する。
意識が『目覚める』と精霊は『霊体』としての己に気が付く。
その後、数百年『霊力(フィーラ)』をためて『受肉』する……つまり存在を得る。
受肉した精霊は『大精霊』と呼ばれ、同族の長となり自分の『属霊』を生み出す。
属霊が増える事によって、人は精霊の力、つまり空気、石、植物、水……などの恩恵を得ることが出来る。
風の精霊、水の精霊、火の精霊、土の精霊……といったいわゆる四大精霊は、プラグにもいるのか、いないのか分からない。
多分どこかにいるだろう。精霊は基本的に自由で、何者にも囚われない。
基本の大精霊が生命の形を取っているか、いないか、それすらも知らないし、気にしても仕方がない。

プラグは『嘘』の大精霊だ。
ある時『嘘』という概念が意志を持ち、大精霊になった。
水が水であるように、『概念』というのはその精霊の『役目』であるから、常に『嘘』を義務づけられているのだが……水が水らしく、嘘は嘘らしく、と言われても精霊にもぴんとこない。
そう言う場合は、自分で考える。
意識がまとまる、力を付けるというのは『己の役目』を見出すまでの時間と言える。

霊体(ラフィ)時代は思い出せないが、人間は良く嘘をついていたから、そこから生まれたのだろう。
プラグは大精霊なので、プラグの在り方が属霊……つまり子供達の礎となる。
しかしプラグはどちらかといえば正直者で、欺くための嘘はつきたくなかった。

考えて、考えて、考えて……プラグは『人間の振りをしよう』と思った。
人の振りをして、人のように暮らす。しかし中身は大精霊。
これは立派な嘘だろう。

人の生活にも慣れ、さてそろそろ属霊でも作ろう、と思ったところで、精霊狩りが起きて、プレートに封印され……気が付けば千年が過ぎていた。

プラグが目を覚ましたのは今からたった、五年前だ。
それまでは宝物としてカルタ伯爵家にしまわれていたが、希少価値の高い『金のプレート』だっだため、厳重に保管されていた。

『プレート』と言うのは精霊を封じた長方形の金属板で、大きさは手の平より少し大きい程度。
精霊の位によって色が変わり、白色、赤色、稀に銀色、さらにごく稀に金色もある。
白色は精霊のいないまっさらなプレート。
赤プレートは精霊が作り出す『精霊結晶(フィカセラム)』を元に作られたプレートで、結晶が壊れない限り量産ができる。
有名なのは『火』や『水』のプレートだろう。これは四大精霊が火や水の中に忍ばせてくれた……『恩恵』により、燃えさかる炎や、綺麗な水から稀に採取できる。
他には、セラ国にある『つむじ風』の精霊結晶からできる『飛翔』のプレート。これはセラ国の聖女教会が製造していて、精霊騎士と言えばこれ、という程有名だ。高いところに移動したり、落下の衝撃を和らげたりする効果があり、サリーも良く使っていた。
つむじ風の精霊、ティア=アアヤはセラ国に健在らしいので、いつか会えるかもしれない。

プレートを使う為には『精霊動物(フィーノ)』と巫女立ち会いによる、『契約』が必要になる。これは白でも赤でも必要になるので、騎士も平民も王侯貴族も、新しいプレートを手に入れたらまず、聖女教会へ行き、契約をする。ストラヴェル城内にも勿論、聖女教会がある。
しかし、赤プレートになる下級精霊は意志を持っていない事が多いので、大抵は一方的な契約になる。赤色でも意志を持つ『中級精霊』もいるが、意識は薄く、喜怒哀楽程度の感情しか無い。中級精霊は、ほとんどがプレートにいる間に、徐々に意識を失っていく。

契約の例外は、試験のように、既に持ち主がいて、側で指示している場合だ。持ち主が誰かに力を貸すように指示し、精霊が納得すれば別の人間にも使える。ただし持ち主とあまり離れては使えない。これは持ち主の霊力が届かないためで、精霊は持ち主と一キロメルト程度離れるとプレートに収まってしまう。
精霊動物(フィーノ)で有名なのは紅玉鳥(こうぎょくちょう)や、藍玉鳥(らんぎょくちょう)、黒鳥といった、鳥類だろう。他にも、馬、猫、狐、トカゲ、蛇などがいたはずだが、今では全く見かけないという。

銀色のプレートは意志のある精霊で、ストラヴェルでは銀色のプレートになる精霊を『上級精霊』と呼んでいる。先程の四枚も全てこの上級で、このクラスになると自然消滅の心配はほとんどない。自然消滅は、中級以下の話であって、意志ある上級精霊の持つ霊力は、中級以下の精霊とは桁違いなのだ。
ただし、霊力を使いすぎると、弱っていき、使い果たすと消滅する。

そして、金色は最上級。滅多にいないが、プラグのような大精霊は金色になる。
このプレートから力を引き出す術を、人は『精霊術』と呼んでいる。

プラグは大精霊なので意志を残していたが、霊力(フィーラ)温存のため、眠っている状態だった。
精霊はプレートに封印されると、徐々に霊力(フィーラ)を失っていく。使役される回数が多ければ多いほど、霊力の消失は早い。
霊力を使い果たすと、精霊は大地に還る――つまり、消失する。
プラグは元々強い力を持っていたため、千年の時を永らえ、カルタ家の家宝として大事に伝わってきた。

しかし五年前。カルタ伯爵家の本邸が何者かに襲撃された。
襲撃当時、カルタ家の伯爵は不在。
カルタ家の精霊使い、使用人、警備の巫女が殺害され、伯爵夫人が重傷を負う、という切迫した状況で、駆けつけたのが巫女のサリーだ。

目的はカルタ家が持つという『希少なプレート』、つまりプラグで、その何者かは精霊使いだった。
プレートは無数にあり、認知されているだけで、白色は五十枚程度、赤色は三百枚程度、銀色は五百枚程度、金色は百枚程度。
認知されている、というのは存在が公開されている、という意味で、秘匿されているプレートも多いらしい。かつてカルタ家を襲撃した少年が持っていた『毒霧』はそれで、騎士以外には報告義務は無いが、国によっては厳しい罰則がある。プレートは国家の財産、という認識なのだ。

プラグ・カルタは偽名で、本来は『カド=ククナ』と言う。
今はカルタ家の養子になっているが、立派な古代精霊だ。
カルタ家の治める『カルタ領』はストラヴェル王国の最西端にあり、山向こうのヒュリス王国、フロスト公国、ペルナクル王国など、西方諸国との交易拠点になっていて、優秀な人材をよく養子にする。プラグはカルタ家、本家の五男だが、分家には子供が養子も合わせて十八人いる。
出生は捨て子と言う事にして、聖女教会が口裏を合わせてくれたので問題ない。勿論、伯爵はプラグの正体を知っている。

プラグの記憶では、人間と精霊はそれなりに上手くやっていたのだが……今から五百年前『アルケルムの戦い』が起きて以来、不仲だという。

『アルケルムの戦い』とは一般的には『精霊大戦』の名で親しまれている――この言い方は人間的では無いが――大きな戦で、人間と精霊の同盟が破棄されるに至った、忌まわしき出来事……らしい。

プラグは巫女に『奇跡の花(ミスティック・フラワー)』について何か知らないか、と尋ねられたが、そんな花は初めて聞いた。耳慣れない異国語で、首を傾げてしまった。
ミステック、というのは精霊大戦後に新しくできた『ウィドル・カキュシア帝国』の言葉らしい。ウィドル・カキュシア帝国はカルタの西方、ヒュリス国のさらに西、ルイーザ半島にある新興国だ。ルイーザ半島は、半島と呼ぶには大きいのだが、昔からそう呼ばれている。
ストラヴェルとウィドル・カキュシア帝国の間には、ペルナクル王国、イーラ公国、マドス王国、ガート王国、スコト王国、フロスト公国、オベライド王国などの、王国連合があるが、西端のウィドル・カキュシア帝国が一番大きい。ウィドル・カキュシア帝国は上昇志向の強い国で、ルイーザ半島は常に情勢が不安定だと言っていた。

『奇跡の花』はあらゆる願いを叶える、素晴らしい花らしいのだが……。
力のある精霊が生み出した『精霊結晶(フィカセラム)』か、紅玉鳥のような『精霊動物(フィーノ)』か、或いは精霊そのものでは無いか、と答える事しかできなかった。
可能性が高いのは精霊結晶(フィカセラム)で、精霊が霊力(フィーラ)で作った物体だ。
あるとすれば、花の精霊? だろうか。千年前、花の精霊は意志を持っていなかったので、プラグに心当たりは無い。
『花』については、聖女教会も同じ考えらしく、大した力にはなれなかった。

その後、プラグは思う所あってクロスティア騎士団に入る事にした。
目的はウィドル・カキュシア帝国にある『満干の塔(みひちのとう)』と言う、高さ四十メルト程の石塔だ。

満干の塔には少し、縁があり……その地が今どうなっているか、どうしても気になったのだ。
……あの塔に行って、確かめたいことがある。
初めは単独で行こうとしたのだが、三十年前、西端のガート国周辺が侵攻を受け、今はウィドル・カキュシア帝国の領土になっていて、近づける状態では無いと言う。

ちなみに精霊は普通、人の姿を取ることが出来ない。
擬態能力を持つ者はごく僅かで、例えば、『嘘』『鏡』――後は思いつかないが、とにかく、精霊自身がそういった性質を持っていない限り、人と同じ姿になることはない。
精霊本来の姿は、目鼻口があり、人に似ているが、人より四肢が細く、全体的に身長が低く、モノによっては角や透き通った羽や、鳥やコウモリのような翼があり、棘のある者もいる。肌の色も様々で、一目で人と違うと分かる。顔や体に入れ墨がある精霊が多い。
一般的に、人と似た姿をしている精霊ほど位が高く力が強いと言われている。
プラグは精霊となっても人と同じ肌の色をしているので、頭に羽があるとか、肌に入れ墨が入っている、以外はあまり人と変わらない。
プラグが元の姿で、子供の振りをしようと思えば、できるかもしれないが、精霊は人と違う面差しをしているので、直ぐにばれるだろう。
元々、神は精霊を造り、その後で人間を作った。
神が何を考えて人を作ったのか、諸説あるが。真相は謎だ。
神は、性質が良く出来のいい精霊を元に『人間』を作ったので、人間は生成り色または白、褐色の肌をしているのだという。

精霊は固有の能力を持っているが、基本的に非力で、戦闘には向かない。
霊力からくる持久力、回復力はあるのだが、力が弱く……属霊であれば、子供と喧嘩したら間違いなく負ける。
かつて……千年前、大規模な精霊狩りが行われた。
プラグは妹と共に聖域『満干の塔(みひちのとう)』に逃げ込んだが、妹は大地に還り、プラグはプレートに封印された。

プラグはその後悔から、カルタ家で、今風の体術や剣術、精霊術を学んだ。
プラグは精霊体の握力も一般的な成人男性と同じくらいはある。
人間体の場合は……林檎を片手で割れる程度だ。これは擬態の限界があるらしく、いくら鍛えてもそれ以上になる気配が無い。
かつて大人の姿を取っていたときも――年齢に応じて少しずつ上がる物の――林檎以外の、たとえばアザミの実を潰せたことは無い。
林檎を片手で割る程度では、騎士としては少々心許ないのだが……養父と巫女曰く、プレートもあるし、片手剣も、双剣も、弓矢も使えるし、騎士の生活はまあ、なんとかなるだろう、との事だった。


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次のエピソードへ進む 第1話 ウソツキ -2/2- ①


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我らクロスティア騎士団は団旗に一輪の花を掲げる。
『奇跡の花』は大陸歴一二一八年『アルケルムの戦い』の折、同盟を反古にした悪しき精霊『ハラプ=ハラケス』によって奪われた。
精霊は西方にある『満干の塔(みちひのとう)』より無限に現れ、各国を蹂躙する。
精霊は作物を枯らし、病を運び、人の生気を喰らう。
精霊は害である。悪である。
精霊を『精霊板』(プレート)に封印し、精霊の力を使いこなし、『救世の聖女』に花を――。
「捧げる事こそが、正義である……」
大広間の入り口に立っていた兵士の耳に、独り言が聞こえて、ふと顔を上げた。
先程、受付を済ませて入って来た少年が、壁のレリーフを読んでいる。
どこの民族出身なのか、緑色のケープで肩を覆い、ケープのフードを目深にかぶっている。ケープの下は揃いの緑色。長胴着を身に着けて腰紐で結び、胴着の下に白色のズボンを穿いて、足元は牛皮の長靴を履いている。
これだけならごく普通の王国民だが、ハーフマントの裾や胴着の裾に皮製の飾り房がいくつもぶらさがっている。色が地味なため華美とは言えないが、少々奇抜な意匠だった。
少年が読んでみせたのは『古代ゼクナ語』で書かれたクロスティア騎士団の訓戒だった。
古代文字――これは今から千年ほど前から、五百年前のアルケルムの戦い(精霊大戦)頃まで使われていた言葉で『精霊術』には欠かせないものだが、騎士や兵士、巫女以外にはほとんど知られていない。例外は貴族だが、この年齢なら知っていてもよく使う単語や祈りの言葉程度だろう。
兵士は騎士団詰め所の警備係で、入り口付近に待機していたが、先程から数名の少年少女が、フードの少年を盗み見て笑っている。
ここはストラヴェル王国の首都キルトにある、ストラヴェル城――正門入って左側――騎士団詰め所を入ってすぐの『石壁の大広間』と呼ばれる、広い空間だ。
アーチ型の張りが幾つも並び、天井は人二十人が立っても届かない程の高さで、そこかしこに薄水色の漆喰が使われている。
正面には聖女教会に倣い『聖女メディアル』のステンドグラスがある。
部屋の中央には青い絨毯が敷かれていて、ステンドグラスの下まで続いている。
階段の上には執務机が、白と青、緑の光に照らされ輝いている。
――壮麗なラヴェル様式だ。
ラヴェル様式の『ラヴェル』というのは『ストラヴェル王国』の前身となったラヴェル王国から来ている。
かつて対立していた『アストラ王国』の王女と『ラヴェル王国』の王子が、精霊大戦を切っ掛けに結婚し、では名前も一つにしよう、ということで今の国名になった。
要するにくっつけただけの国名だ。
アストラ王国の人間は髪色が様々だが、ラヴェル王国の人間は黒髪が多い。ただ、同盟からの結婚統合かつ、言語も訛りがある程度、だっただめ差別はあまりなく、統合から数百年のうちに混血が進んで、もはや見分けは付かない。
黒髪なら先祖のルーツがラヴェル王国にあるかもしれない……と分かる程度である。
この部屋には少年と同じ年頃の子供達が既に、九十人以上集まっている。
今日、この場に集まっているのは騎士団試験を受けに来た少年・少女達である。
騎士団詰め所――つまり王国騎士団本舎。ここは年に一度の騎士団試験の時のみ、志望者に開放される。
兵士の左手側にいる少年までは『三メルト』程度離れている。
『一メルト』は大人の歩幅ふたつ分の長さで『一メルト=百セリチ』、『千メルト=一キロメルト』だ。
特に大柄なこの兵士の身長はちょうど百八十セリチ。つまりこの兵士の身長の半分より少し長い程度が一メルトだ。
この子供の身長は、大体、百六十セリチ程度だろう。
この場にいると言う事は十四歳であろうから、さほど高く無いが、低くも無い。
この大広間には少年と同じく、去年十四歳になった少年、少女が百人程度集まっている。
少年の体重は五十キログラン……いや、せいぜい四十二、三キログランだろう。不健康な感じはしないが細身だ。
この兵士は体格が良いのでこの少年二人分の重さがある。
兵士の名前はラルゴ。
少年と同じく、十四歳で騎士採用試験を受けたものの、騎士にはなれず、代わりに王城の兵士になった。――ちなみに現在二十八歳で、先月結婚した。鎧で隠れているが、金髪青目、生粋のキルト人だ。
『キルト』とは、この国の首都の名称であり、この西フロレスタ大陸の、西、中央、北の一部を含めた、広大な領域を指す。
ラルゴは少年の近くまで――左に六歩程度歩いて声を掛けた。
「そのフード、取ったらどうだい? 暑いだろ」
ラルゴが苦笑すると、少年はこちらに顔を向けた。
少年はフードをかぶった上、更に、白い布で鼻と口を覆っていて、顔がほとんど見えないのだ。唯一見える瞳は薄茶色。どこにでもある色だ。
睫毛は――天窓から差し込む光で反射し、よく見えないが、淡い金色……に見えた。
王国には四季があり、今は三月……。それにしては、少し暑い。
「精霊のせいで最近暑いから、そのままだとのぼせるよ。俺も暑いったらありゃしない。まあこの部屋は精霊石が無いし、天井からも光が入るからな……仕方無いって言えばそうだが」
ラルゴは手で鎧を浮かし、扇いで言った。
「そんなに暑くないですけど……取った方がいいですか?」
すると、意外にしっかりした返事が返ってきた。
「いや、それ、さっきからひそひそ言われているからね」
兵士は言った。今は収まっているが、時折、子供達がフードの少年ちらちら見ている。
これには理由がある。
騎士の最上位『クロスティアの精霊騎士』達は皆、外出時にフードを被っているので、少年の格好が物真似に見えるのだろう。
兵士としても、かつての自分を見ているようで……いたたまれない。
「騎士様の真似っぽく見えるんだろうよ」
その事を伝えると、少年は首を傾げて「そうなんですか?」と言った。
「そうそう。あ、別に、暑くなければ良いんだがね」
「そう言えば、暑いかも……じゃあ取っておこうかな……」
少年は壁を向いたまま自然な手つきでフードをよけた。
兵士は『おや?』と思った。
――銀髪とは珍しい。白髪に近い、綺麗な髪だ。
そう言えば、この国で銀髪を見た事があっただろうか? 金髪は多いし、青、赤、茶色、黒、水色、他の髪色もよく見かける。だが銀髪は、生まれてこの方、見た覚えが無い。そう言えば、異国では稀にあったしいが……? 確かここより更に西方の国だった気がする。
西――と言うのは、忌むべき言葉になっている。そこに『満干の塔(みちひの塔)』があるからだ。
この少年はおそらく異国人で、からかわれるのが面倒なのだろう。
少し長めの短髪で、耳前の髪を首にかかる程度に伸ばしている。この国は、男は刈り上げか、もう少し短い髪が主流だ。勿論、男性の長髪もいるが珍しい。
兵士は少年に対して『なよなよしい』『大人しい』と言う印象を持った。
鼻と口はまだ白い布に覆われているが――目だけ見れば、まるで……。
少年は口元の布を首元に下げて、首の後ろの結び目を解いた。
少年の素顔を見て、兵士は思わず目を見開いた。
とびきりの美少年だった。
まず目を引くのは白銀の髪。色白だが不健康な感じはしない。ほっそりとした体躯。
山型の目ははっきりと大きく、灰色の長い睫毛に縁取られている。
先程彼の目を薄茶色だと思ったのは、フードの影があったからで、実際はもう少し明るい色だった。宝玉……とでも言うべきか。目の周りは明るい金色で、瞳が濃い琥珀色。
大層な女顔だが、きちんと少年に見える。
しかし、なぜか悪戯っぽい感じがして、胸が高鳴った。
美形過ぎて、言葉が続かない。
彼が顔を隠さずそこにいたら、兵士は声をかけられなかっただろう。
少年は白い布を畳みながら「やっぱり暑かったな」と呟いて、また壁を見た。
兵士は黙り込み、会釈を返した。
「きみはどこから来たんだい? 出身は?」
兵士は尋ねた。
「カルタです」
少年は美形だが、どこかほっとする、優しげな雰囲気を持っていた。
再び声を掛けられたからか、少年は礼儀正しく兵士に向き直った。整いすぎた造形の中で唯一、琥珀色の瞳が兵士に親しみを持たせた。琥珀の瞳はこの国では特に多い。
兵士は筆記試験の知識を掘り起こした。
『カルタ』というのは、ストラヴェル王国の最西端にある、ルード山脈に接する地方都市だ。
確か、季候も良く、水が豊富で、作物がよく採れる穀倉、酪農地帯……要するにド田舎だ。
特筆する事と言えば『聖女教会』――通称『紅玉会』の本部があるくらいか。
「ああ、カルタ! 大分離れてるな。通りで見た事が無いと思った。その服は、その辺の格好なのか?」
「ええ」
王国の領土は広く、カルタから首都までは、馬で旅をするなら、急いで二週間、通常なら一ヶ月、下手すれば一ヶ月少しかかる。精霊騎士になりたいだけなら、ストラヴェル中央寄りにある旧首都ラヴェルの騎士団に入るか、南寄りにある旧首都アストラの騎士団に入るか、各領の領土騎士になる場合が多いので、遠方からの受験者は少ない。この少年は大志を抱き、旅をしてきたのだろう。
「馬車で来たのか?」
「いえ、馬で。厩舎に預けています」
城は遠方から来る者のために、厩舎を開放していたが、大抵は乗合馬車で来るので、実際使う例は珍しい。
採用されればそのまま騎士団預かりとなるし、騎士団から、訓練を受けた馬が貸与されるからだ。初めは個人の馬ではないのだが、一年経ち正式に配属になれば好きな馬を選べる。
と言う事は、この少年が持って来た馬はかなりの良馬だろう。
専用の訓練を積んだ馬で無ければやっていけない。まあ、後で地元に返すのかもしれないが……。
「君なら白馬か?」
「? いや普通の鹿毛ですよ」
少年が首を傾げた。
「はは。そうか。受かると良いな」
「そうですね……ちょっと、大変そうかな」
少年が苦笑した。
この城にいるとやたら美形に出くわすが、この少年はその中でも抜群だ。あと数年したら引く手数多になるだろう。
……少年が『クロスティアの精霊騎士』になれたら、の話だが。
この試験は王国民全ての憧れである『聖女様』の計らいで、毎年三月に行われている。
条件は『ストラヴェル王国に在住しているか、移住可能であること』『十四歳であること』『後見人がいること』この三つだけだ。
後見人は成人――十七歳以上であれば誰でも良い。故に、読み書き計算もできない、食いっぱぐれの農夫の息子、腕っ節はそこその腕白坊主、気の強い少女、商家の息子などが大半を占める。
上級貴族の子弟は試験免除で修練課程に入るから、この場に来る事は無い。
例外は両親に反対されている場合。騎士は栄えある仕事だが、死亡率も高い。
貴族はまず長男を騎士にして、次男、三男は家に残そうという動きがあるので、次男、三男は家の事を任される。その決定に不服なら、こうしてこの場に来るしかない。
目線を下げると、先程の少年はいなかった。ラルゴが部屋首を動かすと、左側、もう一つ奥の石像を眺めていた。
あの少年は貴族なのだろうか。服装からしてそうは見えない。この部屋にも貴族の子息、子女はいて、一目でそれと分かる格好をしている。貴族の子弟は白いシャツにベスト、その上に黒または青色の裾長ジャケットを着て、首元に家の紋章と付け襟を付けている。
下半身は白いズボン、足元は上等な、皮の編み上げ長靴。これは貴族は外出時、身分を示す格好が義務づけられているからだ。
貴族の女子は青いケープに、襟元は好きなデザインのリボン。左胸にはやはり紋章が付く。ドレスは思い思い、好きな色を着ているが、皆ケープは青い。
外出時の服装が決まっているのは、無用な諍いを避けるためであるが……逆に言えば、人攫いに逢う可能性もある。まあ、城壁の中に住めない貴族も王城まで徒歩で来る訳は無いし、王城で人攫いなど聞いた事も無い。
先程の少年。あれだけ美形と言う事は……どこぞの貴族の、庶子の可能性もある。
花街のご落胤と言うやつだ――さすがにそれは失礼か。
ラルゴは苦笑し、少年の事を忘れた。
「それにしても遅いな」「待ちくたびれたな」という子供達の声が聞こえる。
「まだなんですか? 時計、回ってますけど……」
と一人に聞かれた。ステンドグラスの下、右側寄りに柱時計がある。開始時刻はとうに過ぎていた。
案内役の兵士は、この部屋にもう一人いて、ラルゴの反対側に立っている。
部屋の外では二人の女性と、一人の兵士受付を担当していて、また一人、二人と入ってくる。
受付の女性が、一人入って来て――ちなみにこの三つ編み茶髪の美女がラルゴ(俺)の妻だ――「もう少し遅れますので、そのままお待ち下さい。お手洗いはこの広間を出て左側です」と言って出て行った。
■ ■ ■
「遅いな」
と誰かが呟いた。
「あまり遅くなるようなら、宿舎に泊まってもらう」
と言われるに至って、今日中に来るのだろうか、という雰囲気になり始める。
「こんにちは。あなた、どこ出身? 見慣れない服だけど……」
プラグの近くにいた、淡い金髪の少女がとりあえず退屈凌ぎに……と言った様子で話しかけて来た。髪の長さは肩を過ぎる程度で、毛先を紐で結び、内側に巻いている。目は薄い茶色。紺色のワンピースと、白いハーフマント、水色のスカーフを身に着け、足元は黒革のブーツ。一般的な女性の格好だから、平民だろう。大きな荷物は受付に預ける決まりなので、プラグと同じく手ぶらだ。
「カルタ」
「ああ、一番、西端のあそこね。遠かったでしょ? 馬車?」
「いや馬で来た。ゆっくり来たから、二ヶ月くらいかな」
「えぇ? そんなにかかるのね」
彼女と話していたら、もう一人、明るい金髪の少年が話し掛けてきた。ふわふわの巻き毛に大きな水色の瞳が印象的だ。身なりからして、少年は貴族だ。
「おい、ペイト。聞いたけど、まだ来ないみたいだぜ。話通りだな……忙しいって。大人しく待つしかないか。あ、俺はゼラト・ル・ピア。北部エスタード領のハジコ村出身。一応、超貧乏貴族。君は?」
「プラグ・カルタ。カルタ家の五男。養子」
雑談しても良い雰囲気なので、プラグは答えた。
「ああ、あのカルタ家のな。へえ名家じゃないか。国境のカルタ家は騎士の養子が多いって聞くけど、五男って事は、もしかして本家なのか?」
「ああ、そうだな」
「へぇ凄いなぁ。さっき貴族に声を掛けられたけど……皆、結構、名家から来てるんだよな。あのトリル侯爵の庶子ってのもいて……気後れする」
ゼラトが溜息を吐いた後、機を窺っていたらしいペイトが口を挟んだ。
「そうだ。私はペイト・マイメ。不作法でごめんなさい。ごく普通の平民です」
「そう。よろしく」
プラグは頷いた。試験があるのだから相手が落ちたら面倒だ。プラグが落ちる可能性も有る。プラグが受かるか、受からないか。
……カルタ伯爵は五分五分だと言っていた。
「それにしても遅いわね。青い集団には近づけ無いわ……さっき平民の、赤い巻き毛の可愛い子と話したけど。その子は首都の出身ですって。あれ、どこかしら?」
「へぇ……」
プラグは興味が無かったので相槌を打っておいた。
「白い髪って珍しいな。あ、ごめん駄目だったか?」
ゼラトが髪に触れようとした。
「別に。触ってみるか?」
「いやいい、悪いな。その髪って、どこの国の特徴なんだ?」
「さぁ……よく分からない」
「んん?」
「捨て子だったから、ちょっと」
「あ、うわ、すまん、悪い」
ゼラトが慌てて謝ったので、プラグは首を振った。
その後もゼラトが話し掛けてくるので、プラグはとりあえず答えておいた。
途中、ゼラトがトイレに行き、戻って来た。ペイトも別の女性に話し掛けている。
――クロスティアの『騎士』は結局、一時間遅れで到着した。
白いマントを靡かせ、広間に入って来た。
討伐後らしく、少々薄汚れていたが、フードをかぶった姿に皆が緊張し、注目する。
体格からして女性。憧れの眼差しを受けながら、騎士三名を連れて広間の祭壇に上がる。足下は黒いタイツと、白いハイヒールだった。
マントの下は騎士団の制服を着込んでいる。赤紫色で銀色の縁取りがある、ワンピースタイプで、長めの付け袖やベルトは白色。裾の長さは膝が隠れるほどで、斜めに裁断されている。デザインは男女共通のようだが、合わせの向きが違っていて、女性は右前、男性は左前のようだ。女性以外の騎士は黒のロングブーツを履いていた。
女性がフードを外すと、紫がかった黒髪が見えた。瞳も同じく紫色。
マントの下に入っているが、長髪のようだ。
――不健康な美女、と言う印象だ。
背が高く美しいが、目つきが悪い。
「待たせたな。私はリズメドル・ギスアド。審査官だ。よろしく」
彼女の名前にぎょっとしたのは一人や二人ではない。
プラグからしても、これは人間に付けるのか? と感じる変わった響きで、ギスアドは姓にしても珍しい。
『リズメドル』は――言っていて、プラグでも奇妙な気分になるのでリズにする――『リズ』は、ベルトのプレートケースから、手の平より少し大きい、金色の金属板――『プレート』を取り出して、机の手前側に置いた後、口を開いた。
「今から、名前を呼ばれた者は、質問に答えた後、ここまで来て、このプレートの上に、手を置いて『ル・フィーラ』と唱えろ。手袋はそのままでいい。このプレートが光ったら、適性があるので合格だ。光らなければ、失格となる。合格した者は右に避けて待っていろ。失格者はそのまま退場。数が多いので、流れ作業で行くぞ」
言い終わると、リズは執務机の椅子を引いて座って、両肘をついて、顎に手を当て――にやにやと笑い始めた。美人が台無しになる、気色の悪い笑みだった。
そのほかの隊員はフードを外さずに、一人が机の左側に、後の二人は右側左右に別れて分厚い受付名簿をめくった。
左側の隊士が答えた。顔はあまり見えないが、女性だ。
「では呼ばれた人は、質問に答えた後、こちら上がって下さい。アドニス・スピカ」
隊員が読み上げる。水色髪の、丸眼鏡をかけた少年が返事をした。
黒色のケープ、茶色の皮長靴――服装からして平民だ。少し伸びた巻き毛を黒い紐を使い、首の後ろで雑に結んでいる。
「! はい!」
「年齢は?」
「じゅ、十四歳です」
一人目の緊張からか、気の抜けたような、裏返った声だった。
「推薦人の名と、貴殿との関係は?」
今度は、右の男性隊士が質問する。
右奥の男性隊士が質問する。
「はイッ、推薦人は、フィード村の村長、クロム・ニードさんです。自分……僕、とは村長、村民の関係です」
女性隊士が苦笑し、声をかける。
「そんなに緊張しないで。では、こちらに出て、プレートに手を触れて――かざすだけでもいいんですが『ル・フィーラ』と唱えて下さい。プレートが光れば合格です」
少年は促されるまま進み出て、階段を上がり、金のプレートに手を置いた。
「ル・フィーラ……!」
控えめな声だったが、プレートはまばゆい光を放った。
「よし、合格。良い発音だ」
リズメドルが頷いて、告げる。
「そちらで待機して下さい」
男性が言った。少年は顔を赤らめ、嬉しそうに歩き出した。
女性が次の名を呼んだ。
「次、キール・マエストス」
「……はいっ!」
キールという黒髪の少女が返事をする。受け答えをして、進み出て「ル・フィーラ」と慎重に唱える。
先程の少年ほど同程度の、まばゆい光だった。
それから五人目で、初めて不合格者が出た。
その後、だいたい五人に一人は落ちている。合格しなかった者は、在る者は肩を落として出て行き、在る者は仕方無いと溜息を吐いた。
徐々に人数は減っていく。
どうやら受付に来た順らしい――プラグがこの大広間に入ったときには、受付を済ませた子供が六十人ほどいたから、順番はまだ先だ。
人が減るにつれ前に詰めろと言われていたので、階段までは十歩ほどだ。
「次、プラグ・カルタ」
「はい」
呼ばれたので、プラグは答えた。
「年齢は?」
「十四歳です」
プラグは内心、嘆息した。大嘘だが仕方無い。落ちるなら落ちるだろう。
「推薦人の名と、貴殿との関係は?」
右側の男性隊士が質問する。
「推薦人は、フラム・カルタ伯爵、養父、養子の関係です」
このくらいでいいようなので、答えた。
流れ作業で、手を置き「ル・フィーラ」と言うとプレートが光った。プレートの起動光は誰がやっても同じだから、正体がばれる心配はない。
そのまま流れで、右側に避ける。リズは眠そうにあくびをしていた。
こうして集まった少年少女、約九十名の内、六十二名が合格した。
六十二名は、そのまま兵舎の見学をした。
これから一年、生活を共にして訓練の後、最終試験がある。試験に受かれば兵士見習い、駄目なら里帰り、成績が良ければクロスティア騎士団に採用。
どうやら試験は素養のチェックだけで、訓練が厳しいらしい。
ほとんどが王城の兵士になり、騎士団に入れるのは主席五名のみ。
狭き門というものだ。
プラグは溜息を吐いた。
簡単な試験のようだが……精霊の気配を感じた。
机の上の、金色プレートは『秤』。精霊のいるプレートだ。
そのほかの三名の隊士もそれぞれ金色のプレートを持っていた。
皆、『闇』のプレートで姿を隠していたが……。リズが座った後、彼女の後ろに控えていた。
『闇』の力で隠していた物のプラグにはうっすらと姿が見えた。
――たとえ見なかったとしても、実体化していれば霊力で分かる。
『秤』の他は、『旋風』『正義』『闇』……。
――皆、知り合いというのが笑えないが――。
全て上級の、そうそうたる顔ぶれで、契約できるのはおそらく隊長クラス。
リズメドルは『闇』のプレートを持っていた。さすがは精霊騎士、と言う事だろう。
『秤』セム=ルルカ。
『金』の属霊で、女性精霊。長い金髪と、左右で色が違う瞳。右が青で左が赤。左の翼は赤色で、右の翼は青色。背の真ん中らはしなだれた黒い翼が生えている。肌は光によって金色がかって見える。衣装は白いドレスで、胸は大きく開き、足が太股まで見えている。『金』一族は皆、豊満な体付きだ。
『旋風』ルア=アアヤ。
『火』『水』『風』『土』の四大精霊――『風』の属霊で、四大精霊の属霊は皆、肌の色はともかく、顔の造りは人に近い。薄い緑の髪が、旋風のごとくるくる回っている。『風一族』衣装は薄緑がかった白い衣で、金色レースの装飾が美しく『風の属霊』の自慢だと言っていた。風貌は大人びているが『風一族』の中で三番目くらいに元気がいい。一番は『嵐』二番は『木枯らし』だ。この三体は『炎』や『火柱』に「『そよ風』を見習え」と言われていた。『そよ風』は女性精霊にも男性精霊にも大人気で、いわゆる憧れの的だった。
『正義』ミュル=セセナ。彼は男の精霊で『善』の属霊だ。『善一族』はみな男性なので彼等が通る度に女性精霊は色めき立っていた。背中に翼は無いが、背中に太く長い棘が何本もある。亜麻色の髪を肩口で切りそろえていて、前髪の下にはもう二つ目がある、見えている方の目も、隠れた目も眼光は鋭い。白くたっぷりとした服は、裾が三メルトはあり、良く茨に引っかかっていた。ちなみに『悪一族』とはとても仲が悪い。あちらは皆女性だ。
『闇』ギナ=ミミム。一本角の、真っ黒な女精霊だ。顔も体も服も真っ黒で、目だけが赤い。翼は小さいが飛ぶことはできる。
闇は光と対になる精霊で『悪』の『筆頭属霊』であるが――今は以前より幼い……人で言う十二、三歳程度の姿で、かなり力が弱まっている気がする。おそらくプラグが知る大精霊の彼女では無く、一度消滅して新たに生まれた『新精霊』だろう。記憶があるかは分からない。
『筆頭属霊』というのは、大精霊が一番始めに作り出した属霊を言う。一族によるが、特別強い力や、重要な役割を持っている場合がある。
『闇』には自分の闇の中で『悪』や悪一族の属霊を休ませるという、ゆりかごのような、大事な役割があった。『闇』のおかげで、悪一族は悪い行いを、必要な分だけに控える事ができ、他の精霊とも上手くやれていた。
大精霊でなくとも、金色になるだけの力はあったという事だ。
精霊達はプラグに気付いた様子は無かったが、『秤』と『正義』のプレートは虚偽を見抜くための物だし、『旋風』のプレートも、『闇』のプレートもどちらも姿を隠す効果がある。
プラグの擬態は性質による物なので、プラグが本来の名を名乗るか、精霊の姿に戻らなければ、上級精霊程度には分からないはずだ。
何事も無く通されてほっとしたが……正体を見破られたかもしれない。
いや。それはないか。あるいは既に、紅玉会から伝わっているか。
――とにかく、プラグ・カルタとしての一歩は踏み出せた。
■ ■ ■
案内役はかなり若い男性騎士で、コリント・ディアと名乗った。黒い目と縮れた髪、浅黒い肌をしている。年齢は今年で十六歳。つまり一年前に入った新米隊士だ。精霊騎士の特徴である、赤紫の隊服を着ているが、あまりに年が違わないので、皆が驚いている。
宿舎は鍛練場も兼ねていて、更地や牧場が用意されていた。
「ここが食堂だ」
「ここが厩」
「ここから先は立ち入り禁止だ」
「こちらは訓練用の森。体力作りに毎朝走る。道はしばらく先導する。勝手に外れて迷わないように」
「特に指示が無ければ、敷地内から出てはいけない」
「休日は外に出ても構わないが、外出先、目的を申請し、門限を守るように」
「聖女教会に用があるときは申し出ること。巫女や侍女に交際を申し込んではいけない」
「風紀を乱す行動はしないこと。特に、女性に交際を申し込んではいけない。男は胆に命じろ。夜這いも手紙も禁止だ。逆に女性も夜這いは禁止だ。その辺の問題を起こしたら、即刻サヨナラだから気を付けろ」
「ここでは平民も貴族も無い。ケープや紋章は外すこと。支給された訓練着に着替える。服は部屋に置いてある。髪の長い者は、切らなくても良いが、実技の際は紐でまとめること」
「親類への手紙も検閲される。勝手に出さないように。手紙を出すときは適当な隊士に渡せばいい」
「ここでは、風呂は毎日入れる。風呂場は男女、離れた場所になっている。こっちが男湯への道、こっちは女湯への道。掃除はしなくていい。とにかく鍛錬、鍛錬、訓練、訓練、後は座学だな。座学はこっちだ――」
宿舎の案内の合間に、プラグは、横目で注意されない程度に小鳥を眺めた。茶色い小鳥は跳ね回り、気が済んだら飛んでいく。
最後、宿舎の前に集まり、残りの説明――部屋割りについて聞く。
「ここが宿舎だ。基本、三人部屋だ。まず部屋割りを発表する。一年一緒に過ごすから、仲良くしろ。何か問題があれば変える」
回っている間に大急ぎで作った――らしい。男女別になっているが、いかにも適当な部屋割りが発表された。
その頃には、隊士らしき者達が見学に来ていた。
皆、顔を隠していない。
どうやら候補生になったら、顔を見ても構わないらしい。立って眺める暇そうな者や、足早に通り過ぎる者もいた。
「あ、女性が一人余るのですが、男性と相部屋でも気にしない女性、いますか?」
女性隊士が言った。
反射で手を上げたのは一人。赤い髪の少女だ。
「じゃあ、そこの貴女は後で。真面目そうなの選ぶから待ってて」
暇そうな者が手伝い、五名が同時に読み上げ、次々に部屋番号を伝える。聞いた者達から集まって、宿舎に入っていく。
宿舎の前では隊士が「晩飯は六時だぜ。遅れるな」と声を掛けている。
にこやかに笑っている者もいた。
――気になるのは隊士達が持つ、精霊の気配だ。
皆、隠れているが、そわそわして、楽しげで、落ち着かない、と言った様子だ。
組織の雰囲気は悪くないようだが、騎士団……とはこういう物だったか。
プラグは呼ばれるまで辺りを眺めていた。
(平和だな……)
カルタ家にいた時も思ったが、人類の進歩を感じる。
プラグ達――『精霊』が人類導いていた頃は、人は戦ばかりで禄に畑も耕さず、疫病一つで右往左往していたのに。今では清潔な街並みに、美しい服装。人間自体も優しくなった。
最も、人が優しいのはプラグが『人』に化けているからだろう。
今風に言うと、プラグは『古代精霊』の生き残りだ。
……精霊は人とは根本的に違う。
精霊は基本、不老長寿である。
病にはかからないが、殺されることがあるので不死とは言えない。
寿命については、今まで寿命を迎えた精霊を見たことが無いので分からない。
精霊はまず『霊体(ラフィ)』という意識のみの存在として生まれる。
実は自然界にあるもの、空気、石、植物、水……全てに意識が存在する。
意識が『目覚める』と精霊は『霊体』としての己に気が付く。
その後、数百年『霊力(フィーラ)』をためて『受肉』する……つまり存在を得る。
受肉した精霊は『大精霊』と呼ばれ、同族の長となり自分の『属霊』を生み出す。
属霊が増える事によって、人は精霊の力、つまり空気、石、植物、水……などの恩恵を得ることが出来る。
風の精霊、水の精霊、火の精霊、土の精霊……といったいわゆる四大精霊は、プラグにもいるのか、いないのか分からない。
多分どこかにいるだろう。精霊は基本的に自由で、何者にも囚われない。
基本の大精霊が生命の形を取っているか、いないか、それすらも知らないし、気にしても仕方がない。
プラグは『嘘』の大精霊だ。
ある時『嘘』という概念が意志を持ち、大精霊になった。
水が水であるように、『概念』というのはその精霊の『役目』であるから、常に『嘘』を義務づけられているのだが……水が水らしく、嘘は嘘らしく、と言われても精霊にもぴんとこない。
そう言う場合は、自分で考える。
意識がまとまる、力を付けるというのは『己の役目』を見出すまでの時間と言える。
霊体(ラフィ)時代は思い出せないが、人間は良く嘘をついていたから、そこから生まれたのだろう。
プラグは大精霊なので、プラグの在り方が属霊……つまり子供達の礎となる。
しかしプラグはどちらかといえば正直者で、欺くための嘘はつきたくなかった。
考えて、考えて、考えて……プラグは『人間の振りをしよう』と思った。
人の振りをして、人のように暮らす。しかし中身は大精霊。
これは立派な嘘だろう。
人の生活にも慣れ、さてそろそろ属霊でも作ろう、と思ったところで、精霊狩りが起きて、プレートに封印され……気が付けば千年が過ぎていた。
プラグが目を覚ましたのは今からたった、五年前だ。
それまでは宝物としてカルタ伯爵家にしまわれていたが、希少価値の高い『金のプレート』だっだため、厳重に保管されていた。
『プレート』と言うのは精霊を封じた長方形の金属板で、大きさは手の平より少し大きい程度。
精霊の位によって色が変わり、白色、赤色、稀に銀色、さらにごく稀に金色もある。
白色は精霊のいないまっさらなプレート。
赤プレートは精霊が作り出す『精霊結晶(フィカセラム)』を元に作られたプレートで、結晶が壊れない限り量産ができる。
有名なのは『火』や『水』のプレートだろう。これは四大精霊が火や水の中に忍ばせてくれた……『恩恵』により、燃えさかる炎や、綺麗な水から稀に採取できる。
他には、セラ国にある『つむじ風』の精霊結晶からできる『飛翔』のプレート。これはセラ国の聖女教会が製造していて、精霊騎士と言えばこれ、という程有名だ。高いところに移動したり、落下の衝撃を和らげたりする効果があり、サリーも良く使っていた。
つむじ風の精霊、ティア=アアヤはセラ国に健在らしいので、いつか会えるかもしれない。
プレートを使う為には『精霊動物(フィーノ)』と巫女立ち会いによる、『契約』が必要になる。これは白でも赤でも必要になるので、騎士も平民も王侯貴族も、新しいプレートを手に入れたらまず、聖女教会へ行き、契約をする。ストラヴェル城内にも勿論、聖女教会がある。
しかし、赤プレートになる下級精霊は意志を持っていない事が多いので、大抵は一方的な契約になる。赤色でも意志を持つ『中級精霊』もいるが、意識は薄く、喜怒哀楽程度の感情しか無い。中級精霊は、ほとんどがプレートにいる間に、徐々に意識を失っていく。
契約の例外は、試験のように、既に持ち主がいて、側で指示している場合だ。持ち主が誰かに力を貸すように指示し、精霊が納得すれば別の人間にも使える。ただし持ち主とあまり離れては使えない。これは持ち主の霊力が届かないためで、精霊は持ち主と一キロメルト程度離れるとプレートに収まってしまう。
精霊動物(フィーノ)で有名なのは紅玉鳥(こうぎょくちょう)や、藍玉鳥(らんぎょくちょう)、黒鳥といった、鳥類だろう。他にも、馬、猫、狐、トカゲ、蛇などがいたはずだが、今では全く見かけないという。
銀色のプレートは意志のある精霊で、ストラヴェルでは銀色のプレートになる精霊を『上級精霊』と呼んでいる。先程の四枚も全てこの上級で、このクラスになると自然消滅の心配はほとんどない。自然消滅は、中級以下の話であって、意志ある上級精霊の持つ霊力は、中級以下の精霊とは桁違いなのだ。
ただし、霊力を使いすぎると、弱っていき、使い果たすと消滅する。
そして、金色は最上級。滅多にいないが、プラグのような大精霊は金色になる。
このプレートから力を引き出す術を、人は『精霊術』と呼んでいる。
プラグは大精霊なので意志を残していたが、霊力(フィーラ)温存のため、眠っている状態だった。
精霊はプレートに封印されると、徐々に霊力(フィーラ)を失っていく。使役される回数が多ければ多いほど、霊力の消失は早い。
霊力を使い果たすと、精霊は大地に還る――つまり、消失する。
プラグは元々強い力を持っていたため、千年の時を永らえ、カルタ家の家宝として大事に伝わってきた。
しかし五年前。カルタ伯爵家の本邸が何者かに襲撃された。
襲撃当時、カルタ家の伯爵は不在。
カルタ家の精霊使い、使用人、警備の巫女が殺害され、伯爵夫人が重傷を負う、という切迫した状況で、駆けつけたのが巫女のサリーだ。
目的はカルタ家が持つという『希少なプレート』、つまりプラグで、その何者かは精霊使いだった。
プレートは無数にあり、認知されているだけで、白色は五十枚程度、赤色は三百枚程度、銀色は五百枚程度、金色は百枚程度。
認知されている、というのは存在が公開されている、という意味で、秘匿されているプレートも多いらしい。かつてカルタ家を襲撃した少年が持っていた『毒霧』はそれで、騎士以外には報告義務は無いが、国によっては厳しい罰則がある。プレートは国家の財産、という認識なのだ。
プラグ・カルタは偽名で、本来は『カド=ククナ』と言う。
今はカルタ家の養子になっているが、立派な古代精霊だ。
カルタ家の治める『カルタ領』はストラヴェル王国の最西端にあり、山向こうのヒュリス王国、フロスト公国、ペルナクル王国など、西方諸国との交易拠点になっていて、優秀な人材をよく養子にする。プラグはカルタ家、本家の五男だが、分家には子供が養子も合わせて十八人いる。
出生は捨て子と言う事にして、聖女教会が口裏を合わせてくれたので問題ない。勿論、伯爵はプラグの正体を知っている。
プラグの記憶では、人間と精霊はそれなりに上手くやっていたのだが……今から五百年前『アルケルムの戦い』が起きて以来、不仲だという。
『アルケルムの戦い』とは一般的には『精霊大戦』の名で親しまれている――この言い方は人間的では無いが――大きな戦で、人間と精霊の同盟が破棄されるに至った、忌まわしき出来事……らしい。
プラグは巫女に『奇跡の花(ミスティック・フラワー)』について何か知らないか、と尋ねられたが、そんな花は初めて聞いた。耳慣れない異国語で、首を傾げてしまった。
ミステック、というのは精霊大戦後に新しくできた『ウィドル・カキュシア帝国』の言葉らしい。ウィドル・カキュシア帝国はカルタの西方、ヒュリス国のさらに西、ルイーザ半島にある新興国だ。ルイーザ半島は、半島と呼ぶには大きいのだが、昔からそう呼ばれている。
ストラヴェルとウィドル・カキュシア帝国の間には、ペルナクル王国、イーラ公国、マドス王国、ガート王国、スコト王国、フロスト公国、オベライド王国などの、王国連合があるが、西端のウィドル・カキュシア帝国が一番大きい。ウィドル・カキュシア帝国は上昇志向の強い国で、ルイーザ半島は常に情勢が不安定だと言っていた。
『奇跡の花』はあらゆる願いを叶える、素晴らしい花らしいのだが……。
力のある精霊が生み出した『精霊結晶(フィカセラム)』か、紅玉鳥のような『精霊動物(フィーノ)』か、或いは精霊そのものでは無いか、と答える事しかできなかった。
可能性が高いのは精霊結晶(フィカセラム)で、精霊が霊力(フィーラ)で作った物体だ。
あるとすれば、花の精霊? だろうか。千年前、花の精霊は意志を持っていなかったので、プラグに心当たりは無い。
『花』については、聖女教会も同じ考えらしく、大した力にはなれなかった。
その後、プラグは思う所あってクロスティア騎士団に入る事にした。
目的はウィドル・カキュシア帝国にある『満干の塔(みひちのとう)』と言う、高さ四十メルト程の石塔だ。
満干の塔には少し、縁があり……その地が今どうなっているか、どうしても気になったのだ。
……あの塔に行って、確かめたいことがある。
初めは単独で行こうとしたのだが、三十年前、西端のガート国周辺が侵攻を受け、今はウィドル・カキュシア帝国の領土になっていて、近づける状態では無いと言う。
ちなみに精霊は普通、人の姿を取ることが出来ない。
擬態能力を持つ者はごく僅かで、例えば、『嘘』『鏡』――後は思いつかないが、とにかく、精霊自身がそういった性質を持っていない限り、人と同じ姿になることはない。
精霊本来の姿は、目鼻口があり、人に似ているが、人より四肢が細く、全体的に身長が低く、モノによっては角や透き通った羽や、鳥やコウモリのような翼があり、棘のある者もいる。肌の色も様々で、一目で人と違うと分かる。顔や体に入れ墨がある精霊が多い。
一般的に、人と似た姿をしている精霊ほど位が高く力が強いと言われている。
プラグは精霊となっても人と同じ肌の色をしているので、頭に羽があるとか、肌に入れ墨が入っている、以外はあまり人と変わらない。
プラグが元の姿で、子供の振りをしようと思えば、できるかもしれないが、精霊は人と違う面差しをしているので、直ぐにばれるだろう。
元々、神は精霊を造り、その後で人間を作った。
神が何を考えて人を作ったのか、諸説あるが。真相は謎だ。
神は、性質が良く出来のいい精霊を元に『人間』を作ったので、人間は生成り色または白、褐色の肌をしているのだという。
精霊は固有の能力を持っているが、基本的に非力で、戦闘には向かない。
霊力からくる持久力、回復力はあるのだが、力が弱く……属霊であれば、子供と喧嘩したら間違いなく負ける。
かつて……千年前、大規模な精霊狩りが行われた。
プラグは妹と共に聖域『満干の塔(みひちのとう)』に逃げ込んだが、妹は大地に還り、プラグはプレートに封印された。
プラグはその後悔から、カルタ家で、今風の体術や剣術、精霊術を学んだ。
プラグは精霊体の握力も一般的な成人男性と同じくらいはある。
人間体の場合は……林檎を片手で割れる程度だ。これは擬態の限界があるらしく、いくら鍛えてもそれ以上になる気配が無い。
かつて大人の姿を取っていたときも――年齢に応じて少しずつ上がる物の――林檎以外の、たとえばアザミの実を潰せたことは無い。
林檎を片手で割る程度では、騎士としては少々心許ないのだが……養父と巫女曰く、プレートもあるし、片手剣も、双剣も、弓矢も使えるし、騎士の生活はまあ、なんとかなるだろう、との事だった。