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ハッピーエンドへ

ー/ー



 送信された画像を削除するより早く、聡一郎から連絡がきた。そのとき私は、了の部屋で制服に着替えている最中だった。部屋を出てからようやく聡一郎に電話を掛けると、了のそれとは正反対の、抑制されたトーンで「話を聞かせてほしい」と言った。
 了のマンションを出てから間もなく、ポツポツと雨が降り出した。その勢いはみるみる強くなって、街はあっという間に雨の匂いと音に包まれた。
 まるでドラマかなにかの演出みたいなタイミングだな、と思う。思ってみせる。私は今こそ、客観的に物事を捉えるクールな小瀬深澄を演じなければいけない。
 どこで間違ったんだろう、とそんなことを考えてみる。それは後悔というより反省に近い内面の動きだった。それも真っ当で道徳的な反省ではなくて、試合に負けたチームの指揮官が敗因を洗い出すような、そういった意味合いの反省。
 きっかけは、間違いなく私の不注意だ。けれど、おそらく、もっと根本的なところから、自分は間違っていたのだろう。自分自身を巡る具体的な問題なのに他人事のように考えてしまうのは、一種の防衛本能なのかもしれない、とそんなことを思いながら。
 私が向かったのは聡一郎の家だった。三十分近く雨に曝され続けてびしょ濡れになっている私にも表情を変えず、無言でバスタオルを渡してくれただけだった。ほとんど洗剤の匂いのしない、ごわごわとしたバスタオルだった。
 彼の部屋でも、やはり私はほとんどなにも口にしなかった。聡一郎がいくつかの質問を私にぶつけ、私はそれに対して首を縦か横に振るだけだった。
「いつから、そいつと付き合ってたんだ?」
 付き合ってた? と訊き返してしまいそうになった。了とは付き合っていたわけではなかったからだ。けれど、そんな言い訳を口にしたってどうしようもないと思った。
「大学の、学祭の日から」
 ようやく放てたその言葉が、どうやら決定打になったらしい。聡一郎は、深いため息をつき、目元を手で覆った。
「小瀬は了見の狭いことを言うと思うかもしれないが、やっぱり俺は、君が同時進行的に誰かと関係を持っていたことが、持てたという事実が、恐ろしくて仕方ないんだ」
 私は頷く。
「二度と、俺の前に姿を見せないでくれ」
 もう一度、私は頷く。心が、不思議なほど冷めている。それが聡一郎の手前、取り繕い、自らに暗示をかけた末の仮面なのか、それとも冷え切ったむき出しの本心なのか、私には判別がつかなかった。
 聡一郎の家を出る頃には、雨は止んでいた。玄関まで見送りに来た聡一郎に余計な気を遣わせずに済んだことに――あるいは余計な優しさを感じずに済んだことに――私は心からほっとした。
 帰宅して、シャワーを浴びて着替え終えた頃、LINEの通知が鳴った。反射的に、聡一郎か、了のどちらかだと思った。そんな自分がとても哀れだ。
 届いていたのは、夏芽からのメッセージだった。「玲と付き合うことになったよ!」と表示されていた。続いて、「夢みたい!」「みーちゃんのおかげ!」「本当にありがとう!」と細切れなメッセージが送られてくる。きっと、気持ちが高ぶっているんだろうな、と思った。惨たらしいまでの際立った対比を感じながら、私は「一文にまとめて送ってこい」と返した。そして、かつてないほどの気力を要して、「おめでとう」と送った。


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 送信された画像を削除するより早く、聡一郎から連絡がきた。そのとき私は、了の部屋で制服に着替えている最中だった。部屋を出てからようやく聡一郎に電話を掛けると、了のそれとは正反対の、抑制されたトーンで「話を聞かせてほしい」と言った。
 了のマンションを出てから間もなく、ポツポツと雨が降り出した。その勢いはみるみる強くなって、街はあっという間に雨の匂いと音に包まれた。
 まるでドラマかなにかの演出みたいなタイミングだな、と思う。思ってみせる。私は今こそ、客観的に物事を捉えるクールな小瀬深澄を演じなければいけない。
 どこで間違ったんだろう、とそんなことを考えてみる。それは後悔というより反省に近い内面の動きだった。それも真っ当で道徳的な反省ではなくて、試合に負けたチームの指揮官が敗因を洗い出すような、そういった意味合いの反省。
 きっかけは、間違いなく私の不注意だ。けれど、おそらく、もっと根本的なところから、自分は間違っていたのだろう。自分自身を巡る具体的な問題なのに他人事のように考えてしまうのは、一種の防衛本能なのかもしれない、とそんなことを思いながら。
 私が向かったのは聡一郎の家だった。三十分近く雨に曝され続けてびしょ濡れになっている私にも表情を変えず、無言でバスタオルを渡してくれただけだった。ほとんど洗剤の匂いのしない、ごわごわとしたバスタオルだった。
 彼の部屋でも、やはり私はほとんどなにも口にしなかった。聡一郎がいくつかの質問を私にぶつけ、私はそれに対して首を縦か横に振るだけだった。
「いつから、そいつと付き合ってたんだ?」
 付き合ってた? と訊き返してしまいそうになった。了とは付き合っていたわけではなかったからだ。けれど、そんな言い訳を口にしたってどうしようもないと思った。
「大学の、学祭の日から」
 ようやく放てたその言葉が、どうやら決定打になったらしい。聡一郎は、深いため息をつき、目元を手で覆った。
「小瀬は了見の狭いことを言うと思うかもしれないが、やっぱり俺は、君が同時進行的に誰かと関係を持っていたことが、持てたという事実が、恐ろしくて仕方ないんだ」
 私は頷く。
「二度と、俺の前に姿を見せないでくれ」
 もう一度、私は頷く。心が、不思議なほど冷めている。それが聡一郎の手前、取り繕い、自らに暗示をかけた末の仮面なのか、それとも冷え切ったむき出しの本心なのか、私には判別がつかなかった。
 聡一郎の家を出る頃には、雨は止んでいた。玄関まで見送りに来た聡一郎に余計な気を遣わせずに済んだことに――あるいは余計な優しさを感じずに済んだことに――私は心からほっとした。
 帰宅して、シャワーを浴びて着替え終えた頃、LINEの通知が鳴った。反射的に、聡一郎か、了のどちらかだと思った。そんな自分がとても哀れだ。
 届いていたのは、夏芽からのメッセージだった。「玲と付き合うことになったよ!」と表示されていた。続いて、「夢みたい!」「みーちゃんのおかげ!」「本当にありがとう!」と細切れなメッセージが送られてくる。きっと、気持ちが高ぶっているんだろうな、と思った。惨たらしいまでの際立った対比を感じながら、私は「一文にまとめて送ってこい」と返した。そして、かつてないほどの気力を要して、「おめでとう」と送った。