第4節 悪意の座標/ §2
ー/ー
―セクション2―
大杜と研矢が保健室に入ると、養護教諭が「あら」と声に出して驚いた。
「一年一組の名物コンビね」
「え?」
「成績ギリギリの特務員君と天才の御曹司君でしょ? 教師の間では有名よ」
ふたりは顔を見合わせて苦笑いを浮かべた。
中学高時代、保健室が教室のようだった大杜も、この高校では保健室は初めてだ。それとなく観察すると、白いカーテンで区切られたベッドが6つ並んでいて、一番奥のカーテンは引かれていた。
「こんな場所、何して切ったの?」
「あ――えっと」
「教室の窓ガラスが割れて、飛んできた破片で切れたんです」
返答に困った大杜に代わり、研矢が横から素早く答える。どうせすぐにわかることなので、嘘を付く必要も誤魔化す必要もない。
「え、そうなの!? 他に怪我人は!? 先生に報告はした?」
「クラスメイトが職員室に行きました。他の怪我人もいません」
「――そう、良かったわ。でもどうして割れたの?」
「わからないんです。誰かが窓に何かしたわけでもないので」
「そう。風で何か飛んできたのかしら……」
「その可能性が高いと思ってます」
傷周りを触られ痛みで硬直している大杜の代わりに、結局研矢がすべて答えていた。
「ガーゼをテープで固定しておくわね。大したことないからすぐに血は止まると思うわ。でも今夜は切った方を下にして寝ない方がいいわよ」
「はい」
大杜が頷いた時、養護教諭がスマートフォンに視線を走らせた。
「呼び出しだわ。ごめんね、ちょっと出てくるわ。休んでいっていいけど、次の授業には教室に帰りなさいね」
「はい」
「――貴島君、先生席外すけど、何かあったら、内線で職員室に連絡しなさいね」
「……どーも」
カーテンの奥から聞こえて来た声に、大杜と研矢は顔を見合わせた。一つ前の授業中に、彼が頭痛だと言って抜けていたことを思い出す。
養護教諭が慌ただしく保健室を出るのを見送ってから、研矢は近くのベッドを顎で示した。
「ま、せっかくだし、ちょっと寝ろよ。さっきの授業もうたた寝ばっかしてただろ。今から戻っても中途半端だし、休憩時間が増えたとでも思っておけばいい。――次の授業の前に起こしてやるから」
「でも……さっきのが……気になって……」
貴島に聞かれることを気にして、大杜が小声で言う。
「まぁでも俺らが今できることはねぇし」
殺気があったと言っても、誰が、誰に対してかははっきりしない。
「――悪意は向かいから」
突如カーテンの中から聞こえてきた声に、大杜と研矢がカーテンの方を振り返る。独り言という感じではない。
研矢がズカズカといった足取りで奥のベッドへ向い、カーテンを勢いよく開けた。
貴島はベッドの上にあぐらをかいて、スマートフォンでゲームをしていた。
「頭痛の奴がゲームすんのか?」
研矢が剣呑とした口調で言うと、貴島はゆっくりと顔を上げた。
「もう治った。次の授業には戻る」
「最初から仮病だろ。――なんだ、今のは」
「そのままだ」
悪意――すなわち殺気のことを言っているのだとしたら。
研矢と養護教諭の会話を聞いていたとしても、普通はただの事故としか思わないはずだ。それなのに、大杜達が感じた殺気を、彼は知っているのだろうか。
「――お前、犯人を知ってるのか?」
「いいや」
「なんだと?」
「だが――」
貴島は瞼の落ちかかった目で大杜を見やり億劫そうに大杜の顔を指をさした。そしてテーブルにその指をゆっくりと向けた。
「さっさと解決させろ。トラブルの巻き添えはごめんだ」
それだけ言うと、貴島はカーテンを閉めてた。
放課後、大杜と研矢はふたりで帰路に付いていた。花鈴がついてきたら面倒だと思っていたが、花鈴は部活があるらしく、大人しく日彩と共に部活へ向かった。
「しかしこういうことがあるとなると、やっぱアイビーはいた方がいいな」
「いや、学校ではいなくていいよ。俺は普通の学校生活がしたいんだよ。なのに幼稚園児に対するみたいに、世話ばっかりやいてくるんだ。今日は任務があって良かった。いたら大騒ぎだったよ」
「帰ってその傷見たらどっちにしても大騒ぎだろ」
「報告はしてあるから、本部ではもう大騒ぎになってると思う」
「それなのに、誰も迎えには来ないのか?」
「断ったからね。誰か来たら、来た相手とは一週間口を聞かないって脅してあるし」
「それが脅しになるのか」
研矢は苦笑し、ケリアという大杜の部下を思い出す。
(こいつの部下はみんなあんな感じに、大杜に傾倒してんのか)
「でも昼の件、本当にお前が狙われたなら、ボディガードはいた方がいいだろ。ってか、貴島も何なんだあいつ……」
「彼が何者かは知らないけど――何かが起こることは知ってたみたいだね」
「奴が席を外したタイミングも良すぎるしな。――何が『巻き添えはごめんだ』だ」
大杜が狙われていることを知っていたのなら、なぜ教えていかなかったのか。研矢にはそのことが納得いかない。
「あいつは保身を優先したんだ。怪我をする可能性が大杜だけとは限らなかったのに」
「そうだね。カーテンが閉められたのは偶然だったから――。あれがなければ、何人か怪我をしていたかもしれなかった」
「あいつは信用なんねぇな」
「どうだろ。一応警告してヒントくれたわけだし」
「事件が起きる前に警告しろよ、って話だろ」
「――研矢の方が怒ってるね」
大杜の言葉に、研矢はハッとした。
「それもそうだな。なんでかな。すっげぇ腹立ってさ」
「花鈴が怪我しかけたから?」
「はっ? いや、それはねぇわ」
研矢の即答に、大杜は笑う。
「確かに怪我人が出るかもしれない事を隠されたのはいい気はしない。でも彼の言葉のおかげで、犯人に辿り着けそうだから、とりあえずは味方だと思っておくよ」
「犯人!?」
「そ」
「検討、ついたのか!?」
「うん」
「いつの間に――?」
大杜は悪戯っぽく、指を唇に当てて見せた。
「今日俺は一人で帰らなきゃ」
「……お前、もしかして……」
研矢は渋い顔をする。
「心配しないで。俺も一応警察官だよ」
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「一年一組の名物コンビね」
「え?」
「成績ギリギリの特務員君と天才の御曹司君でしょ? 教師の間では有名よ」
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「こんな場所、何して切ったの?」
「あ――えっと」
「教室の窓ガラスが割れて、飛んできた破片で切れたんです」
返答に困った大杜に代わり、研矢が横から素早く答える。どうせすぐにわかることなので、嘘を付く必要も誤魔化す必要もない。
「え、そうなの!? 他に怪我人は!? 先生に報告はした?」
「クラスメイトが職員室に行きました。他の怪我人もいません」
「――そう、良かったわ。でもどうして割れたの?」
「わからないんです。誰かが窓に何かしたわけでもないので」
「そう。風で何か飛んできたのかしら……」
「その可能性が高いと思ってます」
傷周りを触られ痛みで硬直している大杜の代わりに、結局研矢がすべて答えていた。
「ガーゼをテープで固定しておくわね。大したことないからすぐに血は止まると思うわ。でも今夜は切った方を下にして寝ない方がいいわよ」
「はい」
大杜が頷いた時、養護教諭がスマートフォンに視線を走らせた。
「呼び出しだわ。ごめんね、ちょっと出てくるわ。休んでいっていいけど、次の授業には教室に帰りなさいね」
「はい」
「――貴島君、先生席外すけど、何かあったら、内線で職員室に連絡しなさいね」
「……どーも」
カーテンの奥から聞こえて来た声に、大杜と研矢は顔を見合わせた。一つ前の授業中に、彼が頭痛だと言って抜けていたことを思い出す。
養護教諭が慌ただしく保健室を出るのを見送ってから、研矢は近くのベッドを顎で示した。
「ま、せっかくだし、ちょっと寝ろよ。さっきの授業もうたた寝ばっかしてただろ。今から戻っても中途半端だし、休憩時間が増えたとでも思っておけばいい。――次の授業の前に起こしてやるから」
「でも……さっきのが……気になって……」
貴島に聞かれることを気にして、大杜が小声で言う。
「まぁでも俺らが今できることはねぇし」
殺気があったと言っても、|誰が《・・》、|誰に《・・》対してかははっきりしない。
「――悪意は向かいから」
突如カーテンの中から聞こえてきた声に、大杜と研矢がカーテンの方を振り返る。独り言という感じではない。
研矢がズカズカといった足取りで奥のベッドへ向い、カーテンを勢いよく開けた。
貴島はベッドの上にあぐらをかいて、スマートフォンでゲームをしていた。
「頭痛の奴がゲームすんのか?」
研矢が剣呑とした口調で言うと、貴島はゆっくりと顔を上げた。
「もう治った。次の授業には戻る」
「最初から仮病だろ。――なんだ、今のは」
「そのままだ」
悪意――すなわち殺気のことを言っているのだとしたら。
研矢と養護教諭の会話を聞いていたとしても、普通はただの事故としか思わないはずだ。それなのに、大杜達が感じた殺気を、彼は知っているのだろうか。
「――お前、犯人を知ってるのか?」
「いいや」
「なんだと?」
「だが――」
貴島は瞼の落ちかかった目で大杜を見やり億劫そうに大杜の顔を指をさした。そしてテーブルにその指をゆっくりと向けた。
「さっさと解決させろ。トラブルの巻き添えはごめんだ」
それだけ言うと、貴島はカーテンを閉めてた。
放課後、大杜と研矢はふたりで帰路に付いていた。花鈴がついてきたら面倒だと思っていたが、花鈴は部活があるらしく、大人しく日彩と共に部活へ向かった。
「しかしこういうことがあるとなると、やっぱアイビーはいた方がいいな」
「いや、学校ではいなくていいよ。俺は普通の学校生活がしたいんだよ。なのに幼稚園児に対するみたいに、世話ばっかりやいてくるんだ。今日は任務があって良かった。いたら大騒ぎだったよ」
「帰ってその傷見たらどっちにしても大騒ぎだろ」
「報告はしてあるから、本部ではもう大騒ぎになってると思う」
「それなのに、誰も迎えには来ないのか?」
「断ったからね。誰か来たら、来た相手とは一週間口を聞かないって脅してあるし」
「それが脅しになるのか」
研矢は苦笑し、ケリアという大杜の部下を思い出す。
(こいつの部下はみんなあんな感じに、大杜に傾倒してんのか)
「でも昼の件、本当にお前が狙われたなら、ボディガードはいた方がいいだろ。ってか、貴島も何なんだあいつ……」
「彼が何者かは知らないけど――何かが起こることは知ってたみたいだね」
「奴が席を外したタイミングも良すぎるしな。――何が『巻き添えはごめんだ』だ」
大杜が狙われていることを知っていたのなら、なぜ教えていかなかったのか。研矢にはそのことが納得いかない。
「あいつは保身を優先したんだ。怪我をする可能性が大杜だけとは限らなかったのに」
「そうだね。カーテンが閉められたのは偶然だったから――。あれがなければ、何人か怪我をしていたかもしれなかった」
「あいつは信用なんねぇな」
「どうだろ。一応警告してヒントくれたわけだし」
「事件が起きる前に警告しろよ、って話だろ」
「――研矢の方が怒ってるね」
大杜の言葉に、研矢はハッとした。
「それもそうだな。なんでかな。すっげぇ腹立ってさ」
「花鈴が怪我しかけたから?」
「はっ? いや、それはねぇわ」
研矢の即答に、大杜は笑う。
「確かに怪我人が出るかもしれない事を隠されたのはいい気はしない。でも彼の言葉のおかげで、犯人に辿り着けそうだから、とりあえずは味方だと思っておくよ」
「犯人!?」
「そ」
「検討、ついたのか!?」
「うん」
「いつの間に――?」
大杜は悪戯っぽく、指を唇に当てて見せた。
「今日俺は一人で帰らなきゃ」
「……お前、もしかして……」
研矢は渋い顔をする。
「心配しないで。俺も一応警察官だよ」