「痛ぇ……まだ背中がヒリヒリしてる」
「Top of Head までImpactが……」
「ご、ごめんね? 神通力が下手じゃけえ、こうでもせんにゃ魂まで力が届かんくて」
キリさんの謝罪を受けつつも、僕とサラは自分の背中をさすりながら前を歩いていた。
先程キリさんから背中に張り手を受けたのは、神通力による魂の可視化をするためだったらしい。フキからも聞いた通り、僕の魂の一部を死神さんは持っている。それなら魂が見える状態になれば繋がっている魂の線を辿れば、おのずと死神さんの元へ辿り着くという算段だった。
というわけで、今僕らの身体は淡い光の膜に包まれているような状態となっていて、左手から廊下の先へ向けて糸のようなものが伸びている。それを道筋として廊下を歩いているところだ。
「神通力で失せ物探しをする時はこんな感じで線が見えるんでしたっけ」
「そうそう。また魂をどっかに落としてしもうたら、おんなじようにやるけえ安心してね!」
「そうそう落とすもんじゃないと思います」
「マジで痛かったしモーイーヨ……」
「キリ氏、良ければ当方のことも引っ叩いてくれないかな。マトイのような手袋越しで叩かれるのも好いけれど、貴女のように美しい白い手で直接触れて叩かれるのも悪くなさそうだ」
「リアクションに困る言葉を並べるのやめてもらっていいですか。ところでキリさんに訊いておきたいんですけど」
「あ、うん。何?」
「僕は魂の一部が持っていかれてるってことだから分かりますけど、なんでサラからも線が伸びてるんです?」
僕の隣を歩くサラも身体が淡い光に包まれており、同じように左手から紐のような線が伸びている。
普通にキリさんの神通力《張り手》を一緒に喰らったからスルーしそうになってたけど、なんでコイツからも出てるんだコレ。
「え? そりゃサラちゃんの魂も一部取られとるけえじゃけど」
「エ、ソーなノ?」
「お前もだったのかよ。お揃いじゃん」
「Wow, ワタシタチ、Soul parts less Friends?」
「「イエーイ!」」
「くふ、緊張感ないねキミたち」
サラと一緒にハイタッチするとボンチョさんが愉快そうに笑った。まあ気落ちするよりいいじゃないですか。
しかし先月の蔵の件といい、よく魂がどっか行くもんだな。魂が抜かれやすいタイプなのかしらこの子。
「あ、もしかして死神さんがサラの格好してたのって、その辺りが理由で?」
「うん。魂から情報を得て見た目を構築しとるけえ、あの見た目になっとるみたい。多分セキさんの姿にもなれるじゃないかね?」
ふむ。先月のコマチさんの時のようなものか。
似たような先行体験があるせいで酷く納得がいく。こういうのがあるから経験って大事なんだと思い知らされるね。
「ところで二人とも、今日の体育祭の最中に変なことはなかった?」
「体育祭なんて変なことしかなかったですけど」
「フキとかミンナの暴走とかネ」
「いや競技のことじゃなくて。身体が別の方向に引っ張られるとか、頭の中に景色が見えたり声が聞こえるとか、そういうのよ」
「ああ、ありましたありました。時々サラの声が聞こえる感じで……アレってなんなんです?」
そうだ、時々頭の中に響くサラの声。そのことについてキリさん達に相談しようと思っていたのに、色々あってすっかり忘れてしまっていた。
「呪いの影響で死神さんの力が不安定になっとるけえ、取られとる魂の一部が揺さぶられて記憶が漏れ出しとるんよ。セキさんは記憶が欠けとるんじゃろ? なら、聞こえとる声はその失くしとる記憶から来とるもんよ」
「なるほど。サラも同じように声が聞こえてたりすんの?」
「…………ウン」
あれ? なんかサラの表情が暗い。
いやまあ、魂が取られてるとか言われたら気が気じゃないよな。僕はもう慣れてるけど、記憶がなくなるのって不安にもなるだろうし……。
「あ、記憶が持っていかれとる配分はセキさんの方が多いけえ、サラさんに聞こえとるのもほとんどセキさんの記憶から来とる声よ。どっちも取られとるけえ混線しとるんかね」
「おい僕のプライバシー。ていうかなんでサラの方は被害が少ないんですか」
「セキさんに比べてサラちゃんはほとんど魂が欠けとらんのんよ。あとは……抜かれ方が良い感じだったんかもね」
「なるほど、脳に致命傷を受けても死ななかった事例と似たようなものかな」
ああ、そういえばそんな話をテレビで見たことあるな。魂云々に当てはめていいものか分からないけど。
しかしサラにまで僕の記憶が漏れ出しているとは……それで保健室では様子がおかしかったのかな。
(僕が覚えていない部分とはいえ、変なこと聞いてないよな?)
「セキさんは大概変じゃけえ大丈夫じゃろ」
言うようになりましたねキリさん。否定はしませんが。
「……ん? おっと!」
緊張感の欠片もない会話をしていると、とうとう西棟四階の端まで来てしまった。そして、その最端部に位置している階段の前に立っている存在を見て、思わず声が出た。
そこにいたのは……先程逃げ出した、制服のサラ。いや、彼女の姿をした死神さんだ。
「アレ? なんか……」
「うん。なんかさっきより……身体が楽?」
「どうしたんだい、二人とも妙な顔をして」
「ああ、いえ」
僕とサラが顔を見合わせていると、ボンチョさんが不思議そうに顔を覗き込んできた。
呪いの影響か、死神さんの姿を目にするだけで嫌悪感と悪寒が身体中を走る。それは保健室の時点で嫌というほど理解できた。しかし、今は目の前にいるにも関わらず、そんな感覚が薄れている。
慣れてしまった可能性もあるけど、そう簡単にあの感覚が馴染むとは思えない。もしかしてキリさんが何かしてくれてるのかな。
まあそれはともかくとして、だ。
「見つけタはイイケド、どーすンノ? |Curse《のろい》は正面《ショーメン》から|Exterminate《退治》はダメなんダヨネ?」
「そう言われとるけど、祓わんにゃ解決できんし……一回だけ試してみようかと思うんじゃけど、いいかね? 危なかったら皆のことを守りながら離れる感じで」
「いいも何も、キリさんの方針に従いますよ」
「イギナシ!」
「当方も特に異論はないよ」
僕らが異議を唱えることがないと分かると、キリさんは頷いて死神さんへ向けて両手を掲げ、ゆっくり歩き出した。
死神さんの方は虚ろな目で棒立ちになっていて、顔はこちらに向いているものの、視線はずっと床に張り付いている。その様子からは僕らに気が付いているのかいないのか、判断できない。
「───……」
そこそこ程度に近付いたキリさんは身体を淡く光らせ、神通力を発動させた。
校舎の中が暗くなっていることもあって、その光がいつもより綺麗に見える。
息を呑むような綺麗な光景に見惚れていると、キリさんの身体から光が伸びて死神さんへと近づいていった。
そして、キリさんの光が死神さんの身体に触れ──
「───えっ?」
───触れた途端、光が霧散して消えてしまった。
キリさんも予想外だったのか、呆けた声を出している。
その瞬間、死神さんの身体からおびただしい量の呪いが噴出し始め、侵食するように周りの壁や床を黒く染め始めた。
《何しちょんだ! 早う逃げれ!》
頭の中に声が響く。これは死神さんの──って考えてる場合じゃねえ!
「……なんかヤバそうだ! キリさん、逃げ──っおぉ!?」
呆けているキリさんを連れ戻そうと近づこうとすると、突然足元が掴まれたようにつんのめってしまった。
危ねえ、転けるところだった……っ!?
「なんだこれ!?」
足元を見ると、床から黒が侵食するように両足が染まりつつあるのが見えた。しかも奇妙な色彩的変化だけではなく足の裏が張り付いたかのように動けなくなっている。なんという高性能色移り粘着シートだ。
「アレ? ワタシ今日Black Socksだったっけ?」
「こんな時でも呑気だなお前! あ、ちょっと待って足の感覚無くなってき……あががががなんだこの痺れる感じどっかで身に覚えがあるぞ」
「Long Time SEIZAのアトの足ってこんなカンジダヨネ」
「あ、それだ」
「どっちも呑気じゃね!?」
黒色に侵食されながら話しているとキリさんに突っ込まれてしまった。すいません。
「それで、キリさん今これどういう状況なんです!? ていうか神通力は!?」
「マトチャンと同じで弾かれたノ?」
「そ、それが理由は分からんけど、弾くとかじゃなくてそもそも神通力の効きが極端に悪いんよ! 私も動けんし……誰か助けてー!?」
「いや僕らも動けないんで無理で……あ、ヤバイなんかすげえ気分悪くなってきた」
「ワタシもチョット吐きそう……」
どうやらサラも僕も身体が呪いに侵されているらしい。体調を崩すとか言ってたし、このままだといよいよ危険そうだ。
急速に体調がおかしくなっていくのが分かる。そして、脳みそを直接掴まれたような不快感が頭の中を駆け巡り、意識も消え入りそうになっていった。
───セキ、サラどこ行ったか知らねえ?
朦朧とする意識の中、頭の中に声が響く。
フキの声だろうか。これは……いつの会話だろう。
――知らない。探してこようか?
今度は僕の声だ。それと同時に、ぼんやりと景色が脳裏に浮かんでくる。
教室、かな。クラスの皆が忙しそうに動いていて、フキも何か大きなパネルを担いでいる。
その様子を見て……なぜだか、言い様のない不安な気分になった。
(この時に、もっと早く行っていれば──)
……あれ? 今、僕は何を考えた?
ダメだ、思考が纏まらない。頭がくらくらする。
僕は今立っているのか、それとも倒れているのか。それすらも分からなくなってきた。
気分が悪い。頭が痛い。眠い。
一瞬のうちに頭の中が混濁して、意識を飛ばしそうになっていると──
「───大丈夫かい?」
ポン、と。
声を掛けられると同時に、背中を軽く叩かれた。
「───っ!」
その瞬間、意識がはっきりと戻ってきた。
え、あれ? 今どうなってたの僕? ていうか、今の声……
「……ボンチョさん?」
「ああ。キミの先輩にして漫画家、そして敬愛すべきマトイの可愛い性奴隷(希望)である盆提灯だとも」
振り返ると、三つ編みを揺らした漫画家がサムズアップしながら自己紹介してきた。
絶対後半の文章はいらんでしょ……と言いたいところだけど、それよりも訊かないといけないことがある。
「ボンチョさん、無事だったんですね。ていうかそれ以前に、動けるんですか?」
「いやぁ、当方にも何故かは……エゾノ氏、キミも起きるんだ」
「あェ? ……オハヨゴザマス?」
ボンチョさんにも理由は分からないようだが、彼女は平気な様子で黒くなった床の上を移動して、僕と同じようにサラの背中を叩いた。するとサラは目を覚まし、身体を這っていた黒色も逃げるように散らばっていく。
一体どうなってんだこれ。マジでなんともなさそうだし、分からないっていうのも嘘じゃなさそうだし……この人、一般人じゃないの?
「あ、そっか! ウカ様が盆提灯先生に加護を授けとるんじゃ! じゃけえ無事なんじゃね!?」
「ああ、なるほど。ボンチョさん、キリさんも助け──うわすげえことになってる」
僕の疑問に答えるように解説を叫ぶキリさんの声を聞いてそっちを見ると、黒い靄の塊が彼女を簀巻きにして包み込んでいた。見事な土地神様の軍艦巻きが一丁出来上がっておられる。
「なんかSUSHI食べたくなるナー」
「言ってる場合かよ。ボンチョさん、どうにかできます?」
「ううむ、ダメだね。荒縄で縛られているかのように頑強というか……いつかマトイも当方を縛ってくれないものだろうか」
「本当に緊張感ないね皆!? いや、ちょっと待ってよ……?」
キリさんの悲鳴じみたツッコミはさておき、どうしたものか。
理由は不明だが、呪いに対してキリさんの神通力はほとんど通用しない。おそらくこれがマトイさんが言っていた『正面から呪いを祓おうとするな』ということなのだろう。
なら、その後に言っていた『誓約』について考えるべきなんだろうけど……未だにその意味は理解できていない。
このままだとキリさんが危ないのに、一体どうしたら……。
「縛り……誓約……そうか! 盆提灯先生、拘束は解かんでもいいけえ、私の言う通り紙に文字書いてくれる? 紙はなんでもいいけえ」
「ふむ、了解した」
何もすることができずに歯噛みしていると、軍艦巻き神様が何かを思いついたらしい。靄が邪魔で見えづらいが、ボンチョさんがポケットからメモ帳を取り出して、耳打ちするキリさんの指示に従ってペンを走らせている。
「よし、書けたよ」
「ありがとうございます! それじゃあ──」
ボンチョさんがメモを破り取って見せると、キリさんの身体が発光し始めた。そしてメモが浮き上がり、彼女たちと死神の間へと移動した。
そして──
《───《《罪ある神》》に問います。呪を祓い、この手を取るか、否か》
頭の中にキリさんの声が響く。
いつもの彼女からかけ離れた真剣な声だが、たしかに土地神様の声だ。そして、その声に呼応するように他の声も頭に響いてきた。
《ど、どうにかしてえのはその通りだ。だども、どうにもできんのはあんたにも分かぁだら!》
《今問うは見解ではありません。……助けてほしいのかどうか、答えなさい》
戸惑うような死神の声に対し、キリさんは声を強めた。
厳格な物言いに僕もサラも驚いて、思わず顔を見合わせている。誰だあの土地神様。
《……て、ほしい。助けて! 呪いを祓ぉて、おらを……皆を助けてぇんだ!》
《然《な》らば、誓約を交わしましょう。そして、ここに書かれている通りに縛りを結ぶのです》
必死に助けを乞う声に応えるように、ボンチョさんが書いたメモが輝きを増しながら死神へと向かってさらに移動を始めた。
暗くなった周囲を照らすように光るメモ用紙に、死神は無理矢理動かすようにして手を伸ばし……触れた。
その時、周囲を染めていた『黒《呪い》』が全て、サラの姿をした死神の元へと収束したのだった。