24話 土地神様と番外競技 その四
ー/ー
~元に戻って、セキ視点~
「くふ……死ぬかと思ったよ」
いつもより少し薄暗くて不気味な雰囲気の廊下に元気のないボンチョさんの声が響く。
キリさんの異空間収納からボンチョさんを引っ張り出した僕らは保健室を出て、並んで歩きながらキリさんの説明を聞くことになった。
土地神様の話によると、僕らの前に現れたサラの姿の神様は『死神』と呼ばれる存在なのだという。
死神といっても本来の役割を放棄してまつろわぬ神となっているらしく、神様としてのルールは違反しながらも呪いを抑えて人間を守っている……とかなんとか。
話を聞いていてもよく分からなかったが、向こうも色々と複雑な立場にある神様らしい。
「──本当なら、私とマトイで体育祭が終わった後に解決しようとしとったんじゃけど……向こうから二人に接触しに来るなんて予想外じゃったわ」
「ああ、フキが言ってたのってこの件だったんですね。ってことはさっき『返す』って言ってたのは……」
フキの話では、校舎内にいる神様……おそらくさっきの死神さんが僕の魂の一部を刈り取ったということだった。聞いてた話と違って敵意があるようには見えなかったことや、キリさんの説明からして実際の性格はこちらに好意的と考えていいのかもしれない。
ということはつまり、接触を図ってきたのは僕に魂を返却しようとしたと見ていいだろう。
「アレ? マトチャンはナンデいないノ?」
「グラウンドの皆を守るために残ってるんじゃないかな。マトイは胡散臭い見た目だけど優しいからね」
「そうじゃね。死神が抑えとった呪いがどういう動きをするか分からんけえ、警戒はせんにゃいけんじゃろうし……こっちに来るのは遅くなると思う」
「マトチャンが胡散臭いのは二人トモ認めてるんだネ」
「ていうかなんでちょっと曖昧なんです? マトイさんがキリさん達を送ってきたんじゃないんですか?」
「……説明しとる暇がないって言って投げ飛ばされたもんじゃけえ……」
「「投げ……」」
それで悲鳴を上げて突っ込んできてたのか。
無茶をするというか、またとんでもないことをするもんだな。いや、マトイさんは元からとんでもないか。
「まーイーヤ。どーしてGrim Reaperがこの学校にいるノ?」
「それは分からんけど……マトイには、あの死神さんが長い間、呪いを抑え込んどったって聞いとるよ」
「長い間ってことは、キリさんは前からここに死神がいることが分かってたんですか?」
「いや、上手いこと隠れとったみたいで全然気が付かんかった。呪いの気配も分からんかったし……ああ、学校が暗くなってしもうとるのも、死神さんが呪いの被害が広がらんように結界を張った影響じゃね。二人の話を聞く限り、死神さん自身が呪いに飲み込まれてしもうたみたいじゃけど」
普通に話が進んでいるけど、神様が呪われるって相当ヤバイ事案なんじゃないのか? それこそ、前のリンギクさん達のものとは比べ物にならないレベルだと思う。
色々と気になる部分は多いけれど、やっぱり一番気になるのは……
「死神さん、どうしてサラの姿をしてたんだろう。キリさんは何か知ってますか?」
「ああ、それはね──」
───ジリリリリリ。リリリリリ……。
「……何の音?」
「ホントだ。ボンチョサンからカナ」
「む? これは……無線通信機か?」
サラの指摘にボンチョさんが上着の内ポケットを確認すると、小さな電話の受話器のようなものが出てきた。
アラームが鳴っているが、どういうわけか所持していたボンチョさんも知らない様子だし、見るからに怪しい。これはどうしたものか……と対応に困っていると、ボンチョさんが即座に通話ボタンを押してしまった。
「はいもしもし?」
「ちょ、出て大丈夫なんですかそれ」
「……おぉ、マトイか。大丈夫、全員無事だとも」
「え、マトイさん?」
出処不明な怪しい機械の発信先はマトイさんだったようだ。
耳元の声に安心したのか、ボンチョさんは嬉しそうに顔を崩しながら続ける。
「どうしたんだ? 当方に秘密裏でこんなものを忍ばせておくだなんて。もしや当方へのBig Love Call(ネイティブ発音)を……あ、違う? そうですか……あ、はい。少し待ってくれ、今スピーカーにするから」
『──もしもーし? 聞こえてる?』
「Oh, マトチャン! 聞こえてるヨ!」
『よしよし、良好だな』
少し音質は悪いが、スピーカーモードの端末から周囲の喧騒と共に聞こえてきたのはたしかにマトイさんの声だった。
ボンチョさんと同じとは言わないが、この人の声が聞こえると謎の安心感があるな。なんでだろ。
「マトイは頼りになるけえね!」
「なんでキリさんが得意げなんですか。つーか勝手に心読むのやめてくださいって」
『いつも通りのテンションで何よりだ。……さて、大体の話はキリから聞いてるな? 悪いけど、オレがそっちに行くのは時間が掛かる。こっちでもできるコトはしておくから、せいぜい秘密暴露装置にならないように気をつけなー』
「待ってくださいなんですか秘密暴露装置って」
『あ、キリから聞いてない? ソコの呪いに侵されたら隠し事できなくなるンだよ。考えてるコトから隠してる秘密まで周囲に向かって駄々洩れ人間の出来上がりってヤツ』
「おいキリさん」
「……」(ふいっ)
「キリチャン。コッチ向けヨ」
「…………」(ふいっ)
僕とサラが呼びかけると、キリさんは無言でそのご尊顔を他所へお向けになられた。聞いてねえぞ土地神様。
「ふむ、呪いの効果はそんなものなのか? 見た目や肌感覚よりも大したことがないようで、なんだか拍子抜けというか安心したというか……」
『一応他にもすげェ体調が悪くなったりもするぞ。死ぬほど苦しいくらいでギリギリ死にはしないからソコは安心していいけどサ』
「死ぬほど苦しみながら社会的に死ぬじゃないですか。嫌ですよ」
『アッハッハッハ、そうなったら頑張って耐えな』
やだ愉快そう。悪役かこの人は。
誰ですかこの人の声聞くと安心するとか言ったの。
「まあ、命に別状はないと思えば少し安心しましたけど」
『そうそう、気楽に気楽に……あ、でも死神の鎌に触れたら普通に死ぬからソコは気をつけてね。襲い掛かってきたら全力で避けて逃げな』
「気楽になれなくなりましたよ」
「も、もし死んでも私がなんとかするけえ……」
「ナントカできるのかヨ」
そんな虫刺され感覚で生死が左右されるの僕ら?
いやまあ、土地神様|《キリさん》なんかと普段接してるせいで感覚が麻痺しつつあるけど、相手は死神。そういうものなのかもしれないけど……なんかすげえ複雑というか、微妙な気分になるというかですね。
『───! ───……っ!!』
「ところでマトイさん。なんかそっち騒がしくないですか?」
『体育祭終盤だからな。そういうコトもあンでしょ』
マトイさんの声とは別に聞こえてくる喧騒について訊くと、当然のような口ぶりで返された。
なるほど。たしかに残りの競技も少なくなってきた今、体育祭の方は盛り上がっている頃だろう。
通話口から微かに漏れ出る声も、皆の熱意の表れ──
『──二人三脚ならバランスを崩しやすい! 事故を装った接触妨害をしろ!』
『イザクラ先輩。以前から思っていたが、フキザキ先輩は普通に声援を送ることはできないのだろうか』
『高校の敷地内は治外法権だ! 気にせずやってやれ!!』
『敷地の所在は法治国家の中なんだけど──』
「マトイさん。今すごく聞き覚えのある声で物騒な会話が聞こえてきた気がするんですが」
『体育祭終盤だからな。そういうコトもあンでしょ』
そういうものか。マトイさんが言うならそうかもしれない。
「ソレはトモカク、何かAdviceはゴザイマセンノ?」
『その辺を伝えようと思……連絡──』
「あ、あれ? マトイ?」
『──流石に電波に……響が出るか。手短に話すぞ。呪いの影……神は逃げ回……ズだ。だからまずは……サンとサラ……に手伝っ…………な』
「え、ええっと……なんて?」
助言を求めて訊ねると、突然マトイさんの声が途切れ始めた。
キリさんが心配そうに端末を見つめる中、マトイさんの声は続く。
『一番重要なコトを言……。死……来ても正面から呪いを祓おうとするな。やるならどうにかして誓約……て、縛……交わせ。それからニ……ウカに連…………キリ……印……──』
「マトイ、待ってくれ! まだ聞きたいことが……せめて、最後に──」
何かを伝えようとしているが、途切れ方は酷くなっていく。
最後の通信であることを察したのか、ボンチョさんは必死に声を上げて──
「──当方のことを愛してるって言ってくれないか!!」
『うるせェ』(ブツッ)
雑な一言を最後にマトイさんとの通信が切れた。
今確実に電波とか関係なく向こうの意思で切られたよね。なんてことしてくれたんだこの漫画家。
「くふ、相変わらずの塩対応。股が濡れそうだ」
「この状況でよくそんなこと言える余裕ありますね……」
「この状況だからこそだよ。聞いた事はないかな? 命の危機には生存本能で性的欲求が」
「張り倒しますよ」
「ひぃ、すいません!」
「セッチャン、エンリョが無くなってきましたナ」
遠慮しても意味無さそうだしな。もはや怖がられても心が痛まなくなってきたまであるぞ。
「まあいいや。それより、マトイさんがなんか気になる事言ってましたね」
「ショーメンからノロイをドーとかってヤツ?」
「ああ、それは当方も気になった。対策らしきことも言っていたようだったが、当方には誓約? くらいしか聞き取れなかったよ。土地神様は何か分からないだろうか……おや、どうしてこちらをそんなに必死に見ているのかな? その表情もたまらないね。こっちもこっちで股が濡」
「え? あ、ご、ごめんなさい」
ボンチョさんが話しかけると、キリさんはハッとして軽く頭を下げた。
必死に見ていたというか、射殺しそうな凄い目つきでガン見してた気が……うん、気にしないことにしよう。
「誓約かぁ。やり方は私も知っとるけど、死神さんとの間に交わすんなら何をどうしようかって感じじゃね」
「キリチャンもワカンネーかぁ」
「今回はちょっと想定外な状況じゃけんね。本来やるはずじゃったことができんけえ、どうしたもんか……ご、ごめんね、不安にさせてしもぉて」
「いえ、謝らなくても。僕らは助けてもらう立場ですし」
今回のことは色々とイレギュラーな状況で、キリさんもマトイさんも最善の行動をしようとしてくれているのは僕にも理解できる。そんな中でキリさんを責めるのはお門違いだし、そんなつもりは毛頭ない。
「と、とにかくまずはさっきの死神さんを探さんにゃいけん。……マトイの言っとったことは気になるけど、呪いをどうにかせんにゃ解決できんけえね」
「ソレもソーダネ」
「あぁ、すまない。いくつか質問をしてもいいかな」
「あ、はい?」
「探すのは良いのだが、その死神とやらはどんな見た目なんだい?」
気を取り直して歩き出そうとしたところで、ボンチョさんが小さく挙手して訊ねてきた。
どんなって……あ、そういえばボンチョさんはキリさんの神通力で仕舞われてたからまだ見てないんだっけ。
「ワタシにソックリサンでしテヨ。制服着たワタシってカンジ?」
「ほう。となると、対峙した時に見分けが付かない危険性があるかもしれないな」
「いや、完全に同じというわけでは。背も低かったし、あと…………まぁそれはいいや」
「オッパイも向こうのホーがチョット小さかったって思タデショ」
「すいません」
くっ、顔は背けたはずなのになぜ分かった。キリさんの影響で神通力使えるようになったのかしらこの子。
ともかく、サラと目の前の存在は完全に見た目が同一というわけではない。赤く長い髪の毛は向こうの方が少し短いし、服装も向こうは夏の制服を着ていたりと、パッと見ても違いは分かるだろう。
「髪の長さ的に、ちょっと前のサラを見てる気分だったな。時期的には去年くらいかな?」
「ふむ……それなら見間違うことはないかな。では次の質問だけれど……」
「ン、ナンデショ?」
一つ目の質問の答えを聞くと、ボンチョさんは僕らへ視線を向けた。
どうやら次の質問は僕らに対してのようだ。
「いや、大したことじゃないのだけれど……二人とも、随分と落ち着いてると思ってさ。こういったことには慣れているのかな?」
「慣れてるというか……似たようなことが先月あったから、そのせいですかね。キリさんがいるから安心してるってのもありますけど」
「アノ時はフキのホーがヤバかったケドネ。ソーユーボンチョサンも落ち着いてると思うケド?」
「表に出していないだけで、内心焦っているさ。当方はあまりこういう経験はないものだからね」
……そういえばこの人、マトイさんやキリさんの上司と知り合いだったりするだけで、一般人なんだよな。どうしてこの場に送り込まれたんだろう。
マトイさんのことだから、何かしらの思惑があってのことだとは思うけど……。
「まあそれはさておき、次の質問だ。死神氏はどう探すんだい? 歩いて目視というのも、この暗さでは……」
「そこはキリチャンの神通力で探知機みたいなカンジでは?」
「いえ、校舎にかけた結界の維持もせんにゃいけんけえ、いざって時のために力は温存しといた方がいいかもしれん」
たしかにそれはそうだ。死神そのものが呪われたということは、校舎を囲う結界も呪いに侵されているわけで、中を歩く僕らにとってはどこもかしこも危険な状況だ。
しかし、ボンチョさんの意見にも同意できる。校舎内をひたすら歩けばいずれ見つかるかもしれないが、それは相手が動いていない場合だ。同時に移動しているとしたら遭遇するのは難しいだろう。
「じゃあ、どうやって探すんです?」
「一応、考えがないわけじゃないよ。ただ、セキさんとサラちゃんにしんどい思いさせることになるかもしれんのんじゃけど……」
「分かりました」
「やりマス!」
言い淀むキリさんに僕らは即決で返した。
この状況下で協力できることがあるなら多少苦しくても率先してやるべきだ。それに、キリさんの負担を減らせるというのならなおさらだ。
「何をするかまだ言っとらんけど……二人ならそう言うよねぇ。説明するより実践した方が早いけえやってみるけど……無理はせんでね?」
「「バッチコイ」」
「じゃあ背中をこっちに向けてくれる?」
指示通りに僕らは揃って背中を差し出した。
すると──
「えいやっ!」(バシッ!!)
「「痛え!!!」」
可愛らしい掛け声とは裏腹に、とんでもねえ衝撃が僕たちに襲い掛かったのだった。
まだリアクションはありません。最初の一歩を踏み出しましょう!
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土地神様の話によると、僕らの前に現れたサラの姿の神様は『死神』と呼ばれる存在なのだという。
死神といっても本来の役割を放棄してまつろわぬ神となっているらしく、神様としてのルールは違反しながらも呪いを抑えて人間を守っている……とかなんとか。
話を聞いていてもよく分からなかったが、向こうも色々と複雑な立場にある神様らしい。
「──本当なら、私とマトイで体育祭が終わった後に解決しようとしとったんじゃけど……向こうから二人に接触しに来るなんて予想外じゃったわ」
「ああ、フキが言ってたのってこの件だったんですね。ってことはさっき『返す』って言ってたのは……」
フキの話では、校舎内にいる神様……おそらくさっきの死神さんが僕の魂の一部を刈り取ったということだった。聞いてた話と違って敵意があるようには見えなかったことや、キリさんの説明からして実際の性格はこちらに好意的と考えていいのかもしれない。
ということはつまり、接触を図ってきたのは僕に魂を返却しようとしたと見ていいだろう。
「アレ? マトチャンはナンデいないノ?」
「グラウンドの皆を守るために残ってるんじゃないかな。マトイは胡散臭い見た目だけど優しいからね」
「そうじゃね。死神が抑えとった呪いがどういう動きをするか分からんけえ、警戒はせんにゃいけんじゃろうし……こっちに来るのは遅くなると思う」
「マトチャンが胡散臭いのは二人トモ認めてるんだネ」
「ていうかなんでちょっと曖昧なんです? マトイさんがキリさん達を送ってきたんじゃないんですか?」
「……説明しとる暇がないって言って投げ飛ばされたもんじゃけえ……」
「「投げ……」」
それで悲鳴を上げて突っ込んできてたのか。
無茶をするというか、またとんでもないことをするもんだな。いや、マトイさんは元からとんでもないか。
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「それは分からんけど……マトイには、あの死神さんが長い間、呪いを抑え込んどったって聞いとるよ」
「長い間ってことは、キリさんは前からここに死神がいることが分かってたんですか?」
「いや、上手いこと隠れとったみたいで全然気が付かんかった。呪いの気配も分からんかったし……ああ、学校が暗くなってしもうとるのも、死神さんが呪いの被害が広がらんように結界を張った影響じゃね。二人の話を聞く限り、死神さん自身が呪いに飲み込まれてしもうたみたいじゃけど」
普通に話が進んでいるけど、神様が呪われるって相当ヤバイ事案なんじゃないのか? それこそ、前のリンギクさん達のものとは比べ物にならないレベルだと思う。
色々と気になる部分は多いけれど、やっぱり一番気になるのは……
「死神さん、どうしてサラの姿をしてたんだろう。キリさんは何か知ってますか?」
「ああ、それはね──」
───ジリリリリリ。リリリリリ……。
「……何の音?」
「ホントだ。ボンチョサンからカナ」
「む? これは……無線通信機か?」
サラの指摘にボンチョさんが上着の内ポケットを確認すると、小さな電話の受話器のようなものが出てきた。
アラームが鳴っているが、どういうわけか所持していたボンチョさんも知らない様子だし、見るからに怪しい。これはどうしたものか……と対応に困っていると、ボンチョさんが即座に通話ボタンを押してしまった。
「はいもしもし?」
「ちょ、出て大丈夫なんですかそれ」
「……おぉ、マトイか。大丈夫、全員無事だとも」
「え、マトイさん?」
出処不明な怪しい機械の発信先はマトイさんだったようだ。
耳元の声に安心したのか、ボンチョさんは嬉しそうに顔を崩しながら続ける。
「どうしたんだ? 当方に秘密裏でこんなものを忍ばせておくだなんて。もしや当方へのBig Love Call(ネイティブ発音)を……あ、違う? そうですか……あ、はい。少し待ってくれ、今スピーカーにするから」
『──もしもーし? 聞こえてる?』
「Oh, マトチャン! 聞こえてるヨ!」
『よしよし、良好だな』
少し音質は悪いが、スピーカーモードの端末から周囲の喧騒と共に聞こえてきたのはたしかにマトイさんの声だった。
ボンチョさんと同じとは言わないが、この人の声が聞こえると謎の安心感があるな。なんでだろ。
「マトイは頼りになるけえね!」
「なんでキリさんが得意げなんですか。つーか勝手に心読むのやめてくださいって」
『いつも通りのテンションで何よりだ。……さて、大体の話はキリから聞いてるな? 悪いけど、オレがそっちに行くのは時間が掛かる。こっちでもできるコトはしておくから、せいぜい秘密暴露装置にならないように気をつけなー』
「待ってくださいなんですか秘密暴露装置って」
『あ、キリから聞いてない? ソコの呪いに侵されたら隠し事できなくなるンだよ。考えてるコトから隠してる秘密まで周囲に向かって駄々洩れ人間の出来上がりってヤツ』
「おいキリさん」
「……」(ふいっ)
「キリチャン。コッチ向けヨ」
「…………」(ふいっ)
僕とサラが呼びかけると、キリさんは無言でそのご尊顔を他所へお向けになられた。聞いてねえぞ土地神様。
「ふむ、呪いの効果はそんなものなのか? 見た目や肌感覚よりも大したことがないようで、なんだか拍子抜けというか安心したというか……」
『一応他にもすげェ体調が悪くなったりもするぞ。死ぬほど苦しいくらいでギリギリ死にはしないからソコは安心していいけどサ』
「死ぬほど苦しみながら社会的に死ぬじゃないですか。嫌ですよ」
『アッハッハッハ、そうなったら頑張って耐えな』
やだ愉快そう。悪役かこの人は。
誰ですかこの人の声聞くと安心するとか言ったの。
「まあ、命に別状はないと思えば少し安心しましたけど」
『そうそう、気楽に気楽に……あ、でも死神の鎌に触れたら普通に死ぬからソコは気をつけてね。襲い掛かってきたら全力で避けて逃げな』
「気楽になれなくなりましたよ」
「も、もし死んでも私がなんとかするけえ……」
「ナントカできるのかヨ」
そんな虫刺され感覚で生死が左右されるの僕ら?
いやまあ、土地神様|《キリさん》なんかと普段接してるせいで感覚が麻痺しつつあるけど、相手は死神。そういうものなのかもしれないけど……なんかすげえ複雑というか、微妙な気分になるというかですね。
『───! ───……っ!!』
「ところでマトイさん。なんかそっち騒がしくないですか?」
『体育祭終盤だからな。そういうコトもあンでしょ』
マトイさんの声とは別に聞こえてくる喧騒について訊くと、当然のような口ぶりで返された。
なるほど。たしかに残りの競技も少なくなってきた今、体育祭の方は盛り上がっている頃だろう。
通話口から微かに漏れ出る声も、皆の熱意の表れ──
『──二人三脚ならバランスを崩しやすい! 事故を装った接触妨害をしろ!』
『イザクラ先輩。以前から思っていたが、フキザキ先輩は普通に声援《エール》を送ることはできないのだろうか』
『高校の敷地内は治外法権だ! 気にせずやってやれ!!』
『敷地の所在は法治国家の中なんだけど──』
「マトイさん。今すごく聞き覚えのある声で物騒な会話が聞こえてきた気がするんですが」
『体育祭終盤だからな。そういうコトもあンでしょ』
そういうものか。マトイさんが言うならそうかもしれない。
「ソレはトモカク、何かAdviceはゴザイマセンノ?」
『その辺を伝えようと思……連絡──』
「あ、あれ? マトイ?」
『──流石に電波に……響が出るか。手短に話すぞ。呪いの影……神は逃げ回……ズだ。だからまずは……サンとサラ……に手伝っ…………な』
「え、ええっと……なんて?」
助言を求めて訊ねると、突然マトイさんの声が途切れ始めた。
キリさんが心配そうに端末を見つめる中、マトイさんの声は続く。
『一番重要なコトを言……。死……来ても《《正面から呪いを祓おうとするな》》。やるならどうにかして《《誓約》》……て、縛……交わせ。それからニ……ウカに連…………キリ……印……──』
「マトイ、待ってくれ! まだ聞きたいことが……せめて、最後に──」
何かを伝えようとしているが、途切れ方は酷くなっていく。
最後の通信であることを察したのか、ボンチョさんは必死に声を上げて──
「──当方のことを愛してるって言ってくれないか!!」
『うるせェ』(ブツッ)
雑な一言を最後にマトイさんとの通信が切れた。
今確実に電波とか関係なく向こうの意思で切られたよね。なんてことしてくれたんだこの漫画家。
「くふ、相変わらずの塩対応。股が濡れそうだ」
「この状況でよくそんなこと言える余裕ありますね……」
「この状況だからこそだよ。聞いた事はないかな? 命の危機には生存本能で性的欲求が」
「張り倒しますよ」
「ひぃ、すいません!」
「セッチャン、エンリョが無くなってきましたナ」
遠慮しても意味無さそうだしな。もはや怖がられても心が痛まなくなってきたまであるぞ。
「まあいいや。それより、マトイさんがなんか気になる事言ってましたね」
「ショーメンからノロイをドーとかってヤツ?」
「ああ、それは当方も気になった。対策らしきことも言っていたようだったが、当方には誓約? くらいしか聞き取れなかったよ。土地神様は何か分からないだろうか……おや、どうしてこちらをそんなに必死に見ているのかな? その表情もたまらないね。こっちもこっちで股が濡」
「え? あ、ご、ごめんなさい」
ボンチョさんが話しかけると、キリさんはハッとして軽く頭を下げた。
必死に見ていたというか、射殺しそうな凄い目つきでガン見してた気が……うん、気にしないことにしよう。
「誓約かぁ。やり方は私も知っとるけど、死神さんとの間に交わすんなら何をどうしようかって感じじゃね」
「キリチャンもワカンネーかぁ」
「今回はちょっと想定外な状況じゃけんね。本来やるはずじゃったことができんけえ、どうしたもんか……ご、ごめんね、不安にさせてしもぉて」
「いえ、謝らなくても。僕らは助けてもらう立場ですし」
今回のことは色々とイレギュラーな状況で、キリさんもマトイさんも最善の行動をしようとしてくれているのは僕にも理解できる。そんな中でキリさんを責めるのはお門違いだし、そんなつもりは毛頭ない。
「と、とにかくまずはさっきの死神さんを探さんにゃいけん。……マトイの言っとったことは気になるけど、呪いをどうにかせんにゃ解決できんけえね」
「ソレもソーダネ」
「あぁ、すまない。いくつか質問をしてもいいかな」
「あ、はい?」
「探すのは良いのだが、その死神とやらはどんな見た目なんだい?」
気を取り直して歩き出そうとしたところで、ボンチョさんが小さく挙手して訊ねてきた。
どんなって……あ、そういえばボンチョさんはキリさんの神通力で仕舞われてたからまだ見てないんだっけ。
「ワタシにソックリサンでしテヨ。制服着たワタシってカンジ?」
「ほう。となると、対峙した時に見分けが付かない危険性があるかもしれないな」
「いや、完全に同じというわけでは。背も低かったし、あと…………まぁそれはいいや」
「オッパイも向こうのホーがチョット小さかったって思タデショ」
「すいません」
くっ、顔は背けたはずなのになぜ分かった。キリさんの影響で神通力使えるようになったのかしらこの子。
ともかく、サラと目の前の存在は完全に見た目が同一というわけではない。赤く長い髪の毛は向こうの方が少し短いし、服装も向こうは夏の制服を着ていたりと、パッと見ても違いは分かるだろう。
「髪の長さ的に、ちょっと前のサラを見てる気分だったな。時期的には去年くらいかな?」
「ふむ……それなら見間違うことはないかな。では次の質問だけれど……」
「ン、ナンデショ?」
一つ目の質問の答えを聞くと、ボンチョさんは僕らへ視線を向けた。
どうやら次の質問は僕らに対してのようだ。
「いや、大したことじゃないのだけれど……二人とも、随分と落ち着いてると思ってさ。こういったことには慣れているのかな?」
「慣れてるというか……似たようなことが先月あったから、そのせいですかね。キリさんがいるから安心してるってのもありますけど」
「アノ時はフキのホーがヤバかったケドネ。ソーユーボンチョサンも落ち着いてると思うケド?」
「表に出していないだけで、内心焦っているさ。当方はあまりこういう経験はないものだからね」
……そういえばこの人、マトイさんやキリさんの上司と知り合いだったりするだけで、一般人なんだよな。どうしてこの場に送り込まれたんだろう。
マトイさんのことだから、何かしらの思惑があってのことだとは思うけど……。
「まあそれはさておき、次の質問だ。死神氏はどう探すんだい? 歩いて目視というのも、この暗さでは……」
「そこはキリチャンの神通力で探知機《Detector》みたいなカンジでは?」
「いえ、校舎にかけた結界の維持もせんにゃいけんけえ、いざって時のために力は温存しといた方がいいかもしれん」
たしかにそれはそうだ。死神そのものが呪われたということは、校舎を囲う結界も呪いに侵されているわけで、中を歩く僕らにとってはどこもかしこも危険な状況だ。
しかし、ボンチョさんの意見にも同意できる。校舎内をひたすら歩けばいずれ見つかるかもしれないが、それは相手が動いていない場合だ。同時に移動しているとしたら遭遇するのは難しいだろう。
「じゃあ、どうやって探すんです?」
「一応、考えがないわけじゃないよ。ただ、セキさんとサラちゃんにしんどい思いさせることになるかもしれんのんじゃけど……」
「分かりました」
「やりマス!」
言い淀むキリさんに僕らは即決で返した。
この状況下で協力できることがあるなら多少苦しくても率先してやるべきだ。それに、キリさんの負担を減らせるというのならなおさらだ。
「何をするかまだ言っとらんけど……二人ならそう言うよねぇ。説明するより実践した方が早いけえやってみるけど……無理はせんでね?」
「「バッチコイ」」
「じゃあ背中をこっちに向けてくれる?」
指示通りに僕らは揃って背中を差し出した。
すると──
「えいやっ!」(バシッ!!)
「「痛え!!!」」
可愛らしい掛け声とは裏腹に、とんでもねえ衝撃が僕たちに襲い掛かったのだった。