21話 土地神様と番外競技 その一
ー/ー
「「「死ぬかと思った」」」
綱引きを終えて退場してきた僕とイザとフキは同時に呟いた。
いや、マジで死んだかと思った。まさかキリさんの協力を得た上でクラス全員が宙に浮かぶ勢いで引っ張られるだなんて、誰が予想できようか。
宙を舞う僕らはまさに一本釣りされたマグロの如し。夏を前にして荒波から青空を泳ぐ気分を味わえました。
「悪かったね。神通力と戦うとなると加減が余計に難しくってサ」
フライングフィッシュに思いを馳せていると、隣を歩くマトイさんが軽く頭を下げて謝ってきた。
実質的に神様と生徒数十人を同時に相手にして『加減』って言葉が出るのはどういうことなんだろう。まあマトイさんだしそういうこともあるか。
「誰も怪我してないですし、大丈夫ですよ。それに反則技使ったのは僕らの方ですから」
「ダナ。マトチャンをナメてたわけじゃナイケド、予想以上デシタワ」
「つーかフキ、アンタは大丈夫なの? さっきまた変な絡まり方しながら落ちてたわよね?」
「問題ない。アバラが108本折れただけだ」
「どんな身体構造してんのよアンタ」
「煩悩の数だけ折れても余りある肋骨とか怖すぎるな……。キリさんとボンチョさんは大丈夫そうですか?」
「怪我は無いから大丈夫だろうサ。そのうち目ェ覚ますでしょ」
それを聞いて安心した……というのも、土地神様と漫画家先生は揃ってマトイさんの両脇に抱えられているのだ。
綱引きで強く引き込まれた勢いで意識が吹っ飛んでしまったらしく、仲良く布人間の手によって回収されたというわけである。
白目を剝いて米俵のように抱えられているというのはビジュアル的に大丈夫ではないが、怪我が無いのなら良しとしよう。あ、キリさん涎垂れてる。
「マー負けちゃったケド、楽しかったネ! 次もガンバッテ優勝目指そー!」
「そうだね。頑張って優勝……ん?」
そうだ。サラの言う通り、僕らは優勝を目指している。そのために多少姑息な手を使ってでもマトイさんに勝とうとしたわけだけど……マトイさんが勝ってしまったということは──
「──そうだな。教師共に綱引きのポイントが10倍増しで入っちまったわけだからどうにかしねえとな」
『『『し、しまった───っっ!!!』』』
僕の気づきを代弁するようにフキが呟き、クラスメイト達が絶叫した。
それもそうだ。チームとは名ばかりのマトイさん一人だったことや単体で強すぎたことなんかが衝撃的過ぎてすっかり頭から抜け落ちていたけど、マトイさんが競技上で所属していたのは教師と保護者の混合チーム。つまり教師側に勝利ポイントが入ってしまったわけだ。
『そういやこの人教師側のチームだったわ……』
『何してくれてんですかマトイさん!』
『もっと加減してくれればよかったのに! この善人不審者!』
『鬼畜ミイラ! 顔見せろ!』
「やだ」
『嫌なら仕方ねえな。すいません』
『あぁ。少し熱くなりすぎたな。ごめんなさい』
「いいよ」
気が付いた途端、マトイさんに対して罵倒のような言葉がクラスメイトから飛ばされ始め、即座に謝り始めた。
あまりにも感情の乱高下が激しい。情緒が不安定すぎるだろ。
「過ぎた事を言っても仕方ねえ。切り替えて他で点取るぞ」
「点を取るって言っても……体育祭はもう後半だよ? 勝算はあるの?」
「今のところうちのクラスの戦績は悪くねえ。次の二人三脚の成績にもよるが、最後のスウェーデンリレーで一位を取ればとりあえず大丈夫なはずだ」
ふむ。どうやら優勝はまだギリギリ掴める範囲のようだ。
教師陣が出てくる三つの競技のうち二つを取られれば終わりになるわけだし、どちらにせよ勝利は目指さないといけないよな。
ただ、問題は……
「なんだね。そんなに見つめてからに」
問題はこの布人間、マトイさんである。
最後の競技であるスウェーデンリレーは借り物競争や綱引きのように教師陣も出てくる。さっきのようにこの人が出てきたら勝てるものも勝てないだろうから、どうにか説得せねば……。
「ところでマトチャンはこのアト他の競技も出マスノ?」
「いや、さっきの一回だけだよ。他にやることもあるし」
サラとマトイさんの会話を聞いた瞬間、クラスメイトが全員無言でガッツポーズをした。
よし、これで説得の必要がなくなった。何の憂いもなく競技に専念できるぜ。
「とりあえずオレはコイツら寝かしてくるわ。残りの競技も頑張ってね」
「あ、はい。ありがとうございます」
「礼はいいだろ。コイツのせいで優勝が消えそうなんだからな」
「マトチャン責めてもシカタネーヨー」
サラの言う通り、マトイさんに非はないだろう。こっちの事情を知らないわけだし、真っ当に競技へ参加しただけだしな。
とにかく両手に花、いや米俵を抱えて去っていくマトイさんを見送ってから次の二人三脚に出場すべく移動するのだった。
「……ていうかマトイさん、ああして歩いてると人攫いにしか見えないな」
「今更でしょ」
それもそうだ。
〇〇〇
「ゴメンね、セッチャン。ワタシのせいで……」
「問題ないよ。それにサラのせいじゃないしさ」
グラウンドから離れた校舎の一階にある保健室。
薄暗い部屋の中、僕はベッドに座ったサラのために湿布を探していた。
……いやぁ、まさか競技前に待機していた僕らのところに別クラスの生徒がよろけて突っ込んできてしまうとは予想外だった。
前にいたサラが咄嗟に僕を庇おうとして割り込んだが相手を支えきれず、僕が一番下敷きになる形で倒れ込んだのである。
その時にサラは顔をぶつけて鼻血を出してしまい、僕も身体をぶつけたりしたので二人揃って棄権ということになったのだ。
「……カラダはダイジョーブ?」
「大丈夫だって。見た目ほど痛くないし」
「本当に? 首の方向がおかしーよ?」
「慣れてるから平気だっての。よいしょっと」(ゴキャッ)
変な方を向いていた自分の顔を片手で無理矢理正常な位置に戻すと、首から鋭い痛みと同時に異音がした。きっと気のせいだろう。
ていうか、大丈夫じゃないのはコイツの方ではないだろうか。なんかずっと俯いてるし、声も暗いし……。
「ほら、湿布貼ってやるから顔こっちに向けな。はいできた」
「……アリガト」
礼を言う声も小さい。いつものテンションとは程遠いものだ。
ううむ、やっぱり疲れてるのかな。フキほどじゃないにせよ、午前中から八面六臂の活躍だったもんなぁ。
「……また、怪我させちゃった……」
「え? いや、ホントに気にしなくていいって」
「……ゴメンネ……」
……いやあの、サラさん? なんか暗すぎませんかね貴女。別人?
このくらいの怪我なんてよくあることだし、サラに怪我させられることなんてもっとよくあるだろうに、今回に限ってどうしたというんだ。
「……」
「……」
沈黙が辛い。
くっ、姉貴の時といい、コイツがこんなにしおらしいと調子が狂う。というか空気が重くなっていたたまれない。どうにか和らげられないだろうか。
「ま、まあ、二人三脚は僕らの代わりに他の人が出てくれてるみたいだし、そんなに考え込むなよ。最後まで出られないのは気になるけど、焦っても仕方ないしさ」
「……ウン」
「どうせ僕らしかいないんだし、ゆっくり休んでいこうよ」
「ウン。…………ウン!? あ、ソカ。二人きりか、今。そ、そっかぁ……」
あれ? なんか今一瞬元気になったような……気のせいか。
まあこの感じなら少し休んでれば元通りのサラになってくれるかな、なんて少し安心して備え付けの冷蔵庫を開け、経口補水液を二本手に取った。そして片方をサラに渡す。
「勝手に飲んでいいの?」
「ダメなら一緒に謝ってほしいかも」
「フフ、分かった。……ねぇ、セッチャン」
「何?」
「実はワタシ、セッチャンに謝らないといけないコトがあるんだ」
ペットボトルの蓋を開け、隣に座って飲んでいると、サラは真剣な表情で僕の顔を真っ直ぐに見つめてきた。
……どうやらこれはふざけて聞いていられない話のようだ。
彼女の顔つきにつられるように軽く居住まいを正し、きちんと聞く態勢に入る。
「どんな話?」
「……セッチャンの、記憶に関わるコト」
「……」
記憶、か。さっきも休憩中にフキとも話したっけ。
そういえばフキのやつ、あの時話していたことはサラに言ったんだろうか。まあタイミングがなかっただろうし、後で僕の方からコイツに……っていかんいかん。まずは彼女の話をちゃんと聞いてあげないと。
「えっと……話すと、嫌われるカモだケド」
「そう簡単にお前のことを嫌うことはないけどね」
「そ、それはウレシイ……カモ」
「大丈夫、ゆっくりでもいい。ちゃんと聞いてやるからさ」
「ウン」
よく分からないが少しだけ調子が戻ったようで、サラは少しだけ頬を緩めた。
張り詰めていた空気が僅かに緩んだところで、彼女は深呼吸を一つ。それから影の差した顔で口を開い……んん?
やけに顔にかかっている影が濃すぎるような気がする。ていうか……
「なんか暗くない?」
「ホントだ。Cloudy?」
いや、日が陰るにしたって暗い。それに日が落ちるには早すぎる時間帯だ。
どういうことかと振り返って窓を見ると……ガラスがまるでフィルターのように暗くなっていて、日食なんかを見る時のグラスのような状態になっていた。
遮光システムだなんてハイテク機能、うちの学校の設備にはないはずだけど……と疑問を抱いていると、妙な感覚が身体中を包み込んだ。
こう、一瞬だけラップを身体に押し付けられたみたいな。そんな一瞬の軽い圧迫感である。
「っ……何、今ノ?」
「なんか今の感覚、似たようなのを前にも体験したような……──っ!」
二人で首を傾げていると、突然妙な気配がした。
ゾワリと身体中の肌が粟立ち、咄嗟に立ち上がる。そして同時に理解した。
今、何かがこの保健室に入ってきた。
扉や窓は動いていないし、これといって変化は見当たらない。だが、たしかに姿の見えない何かがそこにいて……ゆっくりとこちらに歩いてきている。
隣のサラも異変を感じ取ったようで、僕と同じように入口の近くを見つめている。
「……サラ、立てる?」
「う、ウン」
一旦サラを立たせて、見えない何かからサラを背に隠すように矢面に立つ。
……何がいるのかは分からないが、一つだけ奇妙な確信があった。
目の前にいるのは危険なやつだ、と。
(せめて、サラだけは逃がしてやらないと)
そう考えつつ、見えない何かに睨みを利かせる。
何がいるかは分からない。だけど、せめてコイツだけは……ん?
「セッチャン、アレ……」
「ああ、僕も見えてる」
目の前の光景を見て、サラの言葉に頷いた。
何もいない空間が歪み、捻じ曲がり……だんだんと色づいて、何かを形成し始めた。
可視化されてきたことで一層警戒を強めながら、その様子を伺っていると……ある人間の立ち姿がその場に出来上がった。
「…………は?」
「え……エッ!?」
僕とサラに動揺が走り、上手く話せなくなった。
なぜなら、目の前に立っているのは紛れもなく──
───制服に身を包んだ、榎園サラだったのだから。
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綱引きで強く引き込まれた勢いで意識が吹っ飛んでしまったらしく、仲良く布人間の手によって回収されたというわけである。
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『『『し、しまった───っっ!!!』』』
僕の気づきを代弁するようにフキが呟き、クラスメイト達が絶叫した。
それもそうだ。チームとは名ばかりのマトイさん一人だったことや単体で強すぎたことなんかが衝撃的過ぎてすっかり頭から抜け落ちていたけど、マトイさんが競技上で所属していたのは教師と保護者の混合チーム。つまり教師側に勝利ポイントが入ってしまったわけだ。
『そういやこの人教師側のチームだったわ……』
『何してくれてんですかマトイさん!』
『もっと加減してくれればよかったのに! この善人不審者!』
『鬼畜ミイラ! 顔見せろ!』
「やだ」
『嫌なら仕方ねえな。すいません』
『あぁ。少し熱くなりすぎたな。ごめんなさい』
「いいよ」
気が付いた途端、マトイさんに対して罵倒のような言葉がクラスメイトから飛ばされ始め、即座に謝り始めた。
あまりにも感情の乱高下が激しい。情緒が不安定すぎるだろ。
「過ぎた事を言っても仕方ねえ。切り替えて他で点取るぞ」
「点を取るって言っても……体育祭はもう後半だよ? 勝算はあるの?」
「今のところうちのクラスの戦績は悪くねえ。次の二人三脚の成績にもよるが、最後のスウェーデンリレーで一位を取ればとりあえず大丈夫なはずだ」
ふむ。どうやら優勝はまだギリギリ掴める範囲のようだ。
教師陣が出てくる三つの競技のうち二つを取られれば終わりになるわけだし、どちらにせよ勝利は目指さないといけないよな。
ただ、問題は……
「なんだね。そんなに見つめてからに」
問題はこの布人間、マトイさんである。
最後の競技であるスウェーデンリレーは借り物競争や綱引きのように教師陣も出てくる。さっきのようにこの人が出てきたら勝てるものも勝てないだろうから、どうにか説得せねば……。
「ところでマトチャンはこのアト他の競技も出マスノ?」
「いや、さっきの一回だけだよ。他にやることもあるし」
サラとマトイさんの会話を聞いた瞬間、クラスメイトが全員無言でガッツポーズをした。
よし、これで説得の必要がなくなった。何の憂いもなく競技に専念できるぜ。
「とりあえずオレはコイツら寝かしてくるわ。残りの競技も頑張ってね」
「あ、はい。ありがとうございます」
「礼はいいだろ。コイツのせいで優勝が消えそうなんだからな」
「マトチャン責めてもシカタネーヨー」
サラの言う通り、マトイさんに非はないだろう。こっちの事情を知らないわけだし、真っ当に競技へ参加しただけだしな。
とにかく両手に花、いや米俵を抱えて去っていくマトイさんを見送ってから次の二人三脚に出場すべく移動するのだった。
「……ていうかマトイさん、ああして歩いてると人攫いにしか見えないな」
「今更でしょ」
それもそうだ。
〇〇〇
「ゴメンね、セッチャン。ワタシのせいで……」
「問題ないよ。それにサラのせいじゃないしさ」
グラウンドから離れた校舎の一階にある保健室。
薄暗い部屋の中、僕はベッドに座ったサラのために湿布を探していた。
……いやぁ、まさか競技前に待機していた僕らのところに別クラスの生徒がよろけて突っ込んできてしまうとは予想外だった。
前にいたサラが咄嗟に僕を庇おうとして割り込んだが相手を支えきれず、僕が一番下敷きになる形で倒れ込んだのである。
その時にサラは顔をぶつけて鼻血を出してしまい、僕も身体をぶつけたりしたので二人揃って棄権ということになったのだ。
「……カラダはダイジョーブ?」
「大丈夫だって。見た目ほど痛くないし」
「本当に? 首の方向《ホーコー》がおかしーよ?」
「慣れてるから平気だっての。よいしょっと」(ゴキャッ)
変な方を向いていた自分の顔を片手で無理矢理正常な位置に戻すと、首から鋭い痛みと同時に異音がした。きっと気のせいだろう。
ていうか、大丈夫じゃないのはコイツの方ではないだろうか。なんかずっと俯いてるし、声も暗いし……。
「ほら、湿布貼ってやるから顔こっちに向けな。はいできた」
「……アリガト」
礼を言う声も小さい。いつものテンションとは程遠いものだ。
ううむ、やっぱり疲れてるのかな。フキほどじゃないにせよ、午前中から八面六臂の活躍だったもんなぁ。
「……また、怪我させちゃった……」
「え? いや、ホントに気にしなくていいって」
「……ゴメンネ……」
……いやあの、サラさん? なんか暗すぎませんかね貴女。別人?
このくらいの怪我なんてよくあることだし、サラに怪我させられることなんてもっとよくあるだろうに、今回に限ってどうしたというんだ。
「……」
「……」
沈黙が辛い。
くっ、姉貴の時といい、コイツがこんなにしおらしいと調子が狂う。というか空気が重くなっていたたまれない。どうにか和らげられないだろうか。
「ま、まあ、二人三脚は僕らの代わりに他の人が出てくれてるみたいだし、そんなに考え込むなよ。最後まで出られないのは気になるけど、焦っても仕方ないしさ」
「……ウン」
「どうせ僕らしかいないんだし、ゆっくり休んでいこうよ」
「ウン。…………ウン!? あ、ソカ。二人きりか、今。そ、そっかぁ……」
あれ? なんか今一瞬元気になったような……気のせいか。
まあこの感じなら少し休んでれば元通りのサラになってくれるかな、なんて少し安心して備え付けの冷蔵庫を開け、経口補水液を二本手に取った。そして片方をサラに渡す。
「勝手に飲んでいいの?」
「ダメなら一緒に謝ってほしいかも」
「フフ、分かった。……ねぇ、セッチャン」
「何?」
「実はワタシ、セッチャンに謝らないといけないコトがあるんだ」
ペットボトルの蓋を開け、隣に座って飲んでいると、サラは真剣な表情で僕の顔を真っ直ぐに見つめてきた。
……どうやらこれはふざけて聞いていられない話のようだ。
彼女の顔つきにつられるように軽く居住まいを正し、きちんと聞く態勢に入る。
「どんな話?」
「……セッチャンの、記憶に関わるコト」
「……」
記憶、か。さっきも休憩中にフキとも話したっけ。
そういえばフキのやつ、あの時話していたことはサラに言ったんだろうか。まあタイミングがなかっただろうし、後で僕の方からコイツに……っていかんいかん。まずは彼女の話をちゃんと聞いてあげないと。
「えっと……話すと、嫌われるカモだケド」
「そう簡単にお前のことを嫌うことはないけどね」
「そ、それはウレシイ……カモ」
「大丈夫、ゆっくりでもいい。ちゃんと聞いてやるからさ」
「ウン」
よく分からないが少しだけ調子が戻ったようで、サラは少しだけ頬を緩めた。
張り詰めていた空気が僅かに緩んだところで、彼女は深呼吸を一つ。それから影の差した顔で口を開い……んん?
やけに顔にかかっている影が濃すぎるような気がする。ていうか……
「なんか暗くない?」
「ホントだ。Cloudy?」
いや、日が陰るにしたって暗い。それに日が落ちるには早すぎる時間帯だ。
どういうことかと振り返って窓を見ると……ガラスがまるでフィルターのように暗くなっていて、日食なんかを見る時のグラスのような状態になっていた。
遮光システムだなんてハイテク機能、うちの学校の設備にはないはずだけど……と疑問を抱いていると、妙な感覚が身体中を包み込んだ。
こう、一瞬だけラップを身体に押し付けられたみたいな。そんな一瞬の軽い圧迫感である。
「っ……何、今ノ?」
「なんか今の感覚、似たようなのを前にも体験したような……──っ!」
二人で首を傾げていると、突然妙な気配がした。
ゾワリと身体中の肌が粟立ち、咄嗟に立ち上がる。そして同時に理解した。
今、何かがこの保健室に入ってきた。
扉や窓は動いていないし、これといって変化は見当たらない。だが、たしかに姿の見えない何かがそこにいて……ゆっくりとこちらに歩いてきている。
隣のサラも異変を感じ取ったようで、僕と同じように入口の近くを見つめている。
「……サラ、立てる?」
「う、ウン」
一旦サラを立たせて、見えない何かからサラを背に隠すように矢面に立つ。
……何がいるのかは分からないが、一つだけ奇妙な確信があった。
目の前にいるのは危険なやつだ、と。
(せめて、サラだけは逃がしてやらないと)
そう考えつつ、見えない何かに睨みを利かせる。
何がいるかは分からない。だけど、せめてコイツだけは……ん?
「セッチャン、アレ……」
「ああ、僕も見えてる」
目の前の光景を見て、サラの言葉に頷いた。
何もいない空間が歪み、捻じ曲がり……だんだんと色づいて、何かを形成し始めた。
可視化されてきたことで一層警戒を強めながら、その様子を伺っていると……ある人間の立ち姿がその場に出来上がった。
「…………は?」
「え……エッ!?」
僕とサラに動揺が走り、上手く話せなくなった。
なぜなら、目の前に立っているのは紛れもなく──
───制服に身を包んだ、榎園サラだったのだから。