―セクション4―
昼休み、大杜と研矢は、使われていなさそうな教室に忍び込み、後ろに集められていた机と椅子を出してきて、持参の弁当を食べていた。
花鈴が大杜と一緒に食べると宣言していたが、ふたりは気付かれる前に教室を出てきている。今頃怒って探し回っているかもしれない。
「うまそうだな、それ」
研矢は大杜の色鮮やかなおかずに驚いた。
「俺が作ったんだよ。食べてみる?」
「え、お前、料理できんのか?」
「うちはみんな仕事が忙しいから、得意分野の家事を担当してるんだ。俺は料理が得意だから、食事担当だよ」
「マジか。家事ロボットは使ってないのか?」
大杜の部下は警官ロボットだというのに、家にはいないのかと、研矢は不思議に思った。
「母さんがロボット――特にヒューマン型ロボットが嫌いなんだ。だから家では使えない」
「抵抗ある人はいるもんな。しかしえらいな。早起きして弁当まで作んのか」
「まぁ得意分野というより、趣味なんだよ。料理が好きなんだ。いろんな食材組み合わせて、新しい味を作り出して、なんか魔法みたいだなって」
大杜は唐揚げをひとつ彼の弁当箱の中に転がした。
「口に合わなかったらごめん」
「いや、すごくうまい」
研矢は感心した。特務員として忙しそうなのに、料理までしているとは。
「もしかして、今朝は弁当作ってて遅くなったとか?」
「あ、違う違う」
大杜はあからさまに面倒くさそうな表情を浮かべた。
「アイビーと揉めたんだ。付いてくるってきかなくて。なんとか置いてこれたんだけど大変だったよ」
「本当に心配性なんだな。けど、ボディガードみたいなのはいたほうがいいんじゃないのか?」
「普通に学校生活送る上でボディガードっている? それならみんなボディガード連れて歩かなきゃいけないよ」
「お前が普通じゃないからだろ」
「そんなこと言ったら、君にこそいるんじゃない?」
「どういう意味だ?」
研矢は眉をひそめた。
「誘拐とかに気を付けなければいけないんじゃないかと思って。|MatsuQ《マツキュー》社長夫婦の息子さんでしょ」
「……気付いてたか」
「うん。フルネーム聞いた時から気付いてたよ」
「さすがロボット隊率いてるだけあって、詳しいな」
「うちの部下はみんなMatsuQ製だからね」
「そういやアイビーもだよな。あの見守りロボットはうちの初期のものだろ。ボディはすでに別物みたいだが」
「そう。最初の友だちで最初の警官ロボット」
「最初?」
研矢の疑問に、大杜はミニトマトを口に放り込みながら頷く。
「第一号ということだ」
急な第三者の声にびっくりして、大杜がミニトマトを喉に詰まらせかけて派手に咳き込む。
ふたりが声の方を見ると、窓枠の外側に、アイビーがちょこんと乗っかっているのが見えた。
(ひとりでやって来たのか)
置いていかれたアイビーが追い掛けてきたのだろう。いくらロボットが世間に認知されていると言っても、おもちゃのロボットが街中を移動しているさまは、さぞかし面白かっただろうなと、研矢は思った。
「絶対に来るなって言っておいただろ! これはお願いじゃなくて、め・い・れ・い!」
「私が来ているのは、友人として心配だからだ。命令は意味をなさない」
「……」
「とにかく、この窓を開けてくれないか」
「……」
大杜はアイビーの言葉を無視して、ふいっとそっぽを向くと、水筒に手を伸ばす。
「タイト」
アイビーの声のトーンが変わる。
しょんぼりしているようで、研矢はアイビーが少しかわいそうになった。
「入れてやれば?」
研矢が言うと、大杜は首を横に振った。
「いやだ」
「残念だ。窓ガラスを割るのは忍びないが、仕方ない」
「待て!」
研矢が慌てて止める。内緒で教室を使っているのに、窓ガラスが割られては、面倒なことになる。
研矢は立ち上がると、鍵を外して窓を少し開けた。
アイビーはボディを横にしてひょっこりといった仕草で教室に入り、自分で窓を閉め、軽くジャンプして鍵を掛けた。
「ありがとう、ケンヤ」
「はいはい、どういたしまして」
研矢は答えながら、本当に人と話しているみたいだなと、改めて思った。
アイビーは正確には見守りロボットではなく、警官ロボットとのことだから、積まれている人工知能が高性能であろうことは想像できる。しかし知能はサイズに比例する。生き物の脳と同じように、大きければ大きいほど賢い。逆もしかり。
「アイビーのサイズで、ほかの警官ロボットと同じだけの知能ってすごいな。親父の発明?」
「ハード面の性能は、確かに松宮博士の発明だ。だが私たちキューレイシリーズの人工知能は、松宮博士の発明ではない」
「そうなのか?」
それなら誰が? と疑問に思いながら、研矢は大杜を見た。
大杜はアイビーの行動に腹を立て、むすっとして弁当を食べ進めていたが、研矢の視線に気付いて顔を上げる。
一瞬躊躇したのち、
「機密情報ではあるけど、松宮博士の息子さんだからいいかな。——キューレイシリーズの人工知能は、発明されたんじゃなくて、生まれたんだよ」
「……は?」
アイビーが説明を引き継ぐ。
「ロボット製造企業はたくさんあるが、ヒューマン型の警官ロボットは、どれもすべてキューレイ以降に真似て造られたものだ。つまりは似て非なるもの」
「似て非なるもの?」
「同じものは造れない。キューレイシリーズと呼ばれているロボットと同じ性能を生み出せるのは、ただ一人だ」
そこでアイビーが大杜の方を見た。
(特務員は、特別な能力を持つ――)
研矢はそのことを思い出した。
「……お前は、ロボットを作り出す能力があるのか?」
研矢が信じられないといった顔で聞くと、大杜は首を横に振った。
「ロボットは作り出せないよ。ロボットに心を生み出すことができるだけだよ」
なんてことはない風に言う大杜に、研矢は言葉を失い、ぶわりと毛穴が開くような緊張感を覚えた。
「能力者には、能力の特徴に合わせたコードネームのようなものが与えられる。タイトは、『アーティフィシャル・インテリジェンス・マスター』と呼ばれている」
「……なっげぇよ。要はA・Iマスターってことだろ」
研矢は呆れたように言った。が、しかし、
「俺は今、すごい機密情報を聞いてしまったんじゃないのか? 本当に大丈夫か?」
秘密組織に消されたりはしないだろうか。変な汗を掻く。
「そんなに大層なことじゃないよ。意図的に生み出せるわけでも、大量に生み出せるわけでもないんだから」
「いや、それでも――」
「そうだ。大杜は特別なんだ」
「アイビーは黙って。俺は今日来たことを許してないんだからな」
直後、緊張感を打ち破るような、スパンというものすごい音がして、教室の扉が開かれた。
「彼女を放って行くなんて、ひどくない!? 佐々城君!」
仁王立ちの花鈴が立っている。
しかも顔を真っ赤にして怒っている。
今まで探し回っていたのだとしたら、さすがに申し訳ないなと、大杜と研矢は顔を見合わせた。
「いつから彼女になったんだ? 一、二度しか顔を合わせないうちから恋人というのは、私は断固反対だ」
「だから黙って」
大杜がアイビーに言いながら、困ったように花鈴を見やる。
「その……彼女って触れ回るの、やめてくれないかな……?」
「どうして? 女子に取り巻かれるの、面倒そうにしていたから、助け船を出しただけじゃない。彼女いた方が便利でしょう?」
ずいぶんな言いようだと、研矢は渋い顔をした。
「余計なお世話が過ぎるだろ。カモフラージュ彼女がいたら、大杜に他の女子が近付けねぇだろうが」
「えー、彼女、欲しかったの?」
花鈴が不機嫌そうに言う。
「いや、別に」
「え?」
大杜の言葉に、研矢が驚きの声を上げる。
「お前、彼女欲しくないのか?」
「とりあえず、俺は平穏な学校生活が送れれば満足だよ」
「そうでしょう? 平穏に過ごしたいなら、私を側に置いておいた方が都合がいいわよ。佐々城君モテるから、女性トラブルの防止にもなるし」
「……」
ふざけた提案の割に、彼女の口調は真剣だった。大杜は、提案の裏に何か事情があるのではないかと考えた。
大杜が無言の間、花鈴は強い視線で大杜を見つめ、その視線を見つめ返した大杜は、覚悟を決める。
どんな事情があるにせよ、友だちが増えるきっかけだと思えばいい― ―そう思うことにした。
「それじゃあ――よろしく?」
「え、いいのか⁉」
研矢が驚く。
「フリだけだし――羽曳野さんがもういいってなるまで、ね」
「何が?」
大杜の表現に、研矢は不思議そうな顔をしたが、花鈴はびくりと大杜を見返した。
大杜は柔らかく笑うと、今度ははっきりと言った。
「よろしく」
「あ、う、うん。よろしく。――あ、|花鈴《すず》って呼んでくれていいから」
「じゃあ俺も名前で……」
「うん! |大杜《たいと》君、楽しく過ごそうね!」
花鈴はほっとしたように表情を柔らかくした。その表情に、研矢が内心どきりとする。
「松宮君も特別に名前で呼んでいいわよ。みんな仲良くなった証しにね」
「仲良くなった証し?」
研矢はあえて納得いかなさそうに顔をして見せたが、内心は少し気持ちが高揚していた。
「あ、君付けはいらないから」
大杜がそう言うと、花鈴は頷いた。
「じゃ、さっそくだけど、大杜に研矢」
花鈴が悪戯っぽい表情を浮かべて、教室の後ろの机をびしりと指差した。
「私の分の机と椅子、早く用意してくれる?」