第3節 墜落騒動/ §3
ー/ー
―セクション3―
ふたりはカフェの奥まった席で向かい合わせに座った。
「――俺、警視庁の高次犯罪対策室って部署の室長って肩書きがあるんだ。部下と現場に出ることも多いから、指揮官っていう方が近いかもだけど……」
「クリームソーダを飲みながら、室長だとか指揮官だとか言っても、ちっともサマにならねぇな」
研矢は苦笑した。
「『任務により遅刻や急な早退などもある』って言ってたのは、それのことか」
「うん。学生の間は学業優先なんだけど、どうしても現場出なきゃいけないこともあるし。――中学までは周囲に言ってなかったんだ。でも高校では先に言っとこうと思って……」
その時ちょうど研矢が注文していたナポリタンが届き、ふたりはいったん口をつぐんだ。
「今まで言ってなかったのに、なぜ話す気になったんだ?」
店員が去ったのを見届けてから、研矢が聞く。
「それは――知られないままに行動してると、好きに休んだり授業抜けたり、自由気ままに見えるみたいだから……。高校ではそんな風に見られたくなくて、最初に言っておこうって決めたんだ」
「なるほど」
「実際クラスメイトに迷惑もかけるだろうし――。研矢も首席だからって、俺の面倒見役、頼まれちゃって……」
「たいした負担じゃないさ」
「ありがとう。でもさ、続けば疎まれるんだ。小中といじめもあったし、友だちもできないし、先生たちとも仲良くできなかった。学校に行くのが苦痛で仕方なくて、挙句、学校そのものが怖くなって……」
研矢は入試の時の大杜の様子を思い出した。
(あれは学校に対する恐怖心だったのか)
「だからさ、研矢も面倒だと感じ始めたら、勉強の世話なんか放っておいてくれていいから。ただ友だちの方はやめないで欲しいんだ」
大杜は顔を上げずに小声で言うと、ソーダを音を立てて飲んだ。
研矢は自身の学園生活を思い返した。常に多くの人に囲まれていたが、本当の友だちと思った相手はいなかった。
周りにたくさん人がいても、友だちでなかったのなら、彼らは一体なんだったんだろうな、と今さらながらに思う。
松宮の名前に群がってきた取り巻き、とでも言うべきか――。
大杜と方向性が違うが、高校で新しい交友関係を築きたい気持ちは、研矢にもよくわかった。
「安心しろ。俺の懐は広いからな」
研矢はことさら明るく言う。
「けどさ、特務員は秘匿されてるんじゃないのか? みんなにバラしてよかったのかよ」
「任務によるよ。俺は一般社会に対して活動するから、厳密には隠してないし、そもそも隠しきれない」
「ふぅん」
「クラスメイトにも、高犯対——略してそう呼んでるんだけど――のことを言ってもよかったんだ。ただあそこで話すと、俺の自己紹介ばかりが長くなりそうだったから。先生に迷惑かけるだろうなぁと思って話さなかっただけ」
「まぁ、そうだな。バレるまで、あえて言うこともないんじゃないか? お前がどんな任務を負っていようが、クラスメイトには関係ないことだしな」
「そうだよね」
大杜は頷き、明るい表情になった。
「そういやアイビーは――あれ? もしかして、忘れてきたのか⁉」
病院に戻ってくる時、大杜がアイビーもリュックも持っていなかったことを思い出し、研矢は焦った。
「大丈夫。ケリアが連れてったから」
ケリアはアイビーを嫌っているが、大杜の指示であれば従わないということはない。
雑に扱われてるだろうなと予想できて、大杜は「アイビーごめん」と心の中で謝った。
「いつの間に指示出してるんだ?」
ケリアが来たのは偶然ではなく大杜が呼び出したのだ。
「色々秘密兵器仕込んでるからね。どうやったかは内緒」
子供っぽい言いように研矢は苦笑する。
「言えることと言えないことがあるってか。まあそりゃそうだな。なぁアイビーも見守りロボットじゃなくて、本当は警官ロボット隊の一員だったりするのか?」
ケリアがアイビーに言っていた言葉を思い返しても、ただの見守りロボットにできることを超えている。
「そうだよ。それも皆のリーダー。まぁ俺の子どもの頃からの見守りロボットであることも間違いではないんだけど」
「ボディガード的なのも兼ねて?」
「本人はそのつもりだね。放っておいてくれていいのに」
「見守りを卒業させる気はないって言ってたもんな。心配で仕方ないんだな」
研矢はリトルバードでの様子を思い出していた。
「まぁ今は普通の見守りロボットではないけどね。ボディも特別な素材で強固だし。さっきトラックをひっくり返したのもアイビーだよ」
「あれ、ひっくり返ったんじゃなくて、ひっくり返したのか!」
研矢は思わず声を上げる。
「あの騒動にお前らが居合わせて、本当に良かった」
「そう言って貰えるとちょっと誇らしいかな」
「ああ、誇っていいことだぞ」
「でも任務だからね」
「学生で責務負わされてんだ。自分のやってることにもっと胸張れよ」
大杜はそんな風に考えたことはあまりなかったが、研矢が真剣な顔で言うので、気恥ずかしいような、でも嬉しいような、温かい気持ちになった。
「ところで、明日からは7時間授業だぞ――ってか、明日は来るんだよな?」
「うん。今日は学校半日だったし、朝一片付けたいこともあって休んだけど、明日からは行くつもり」
「そっか。なら弁当持ってきた方がいいぞ。今日食堂の様子を聞いたが、かなり混むらしいからな」
「わかった。ありがとう」
大杜は笑う。同年代の友だちとこんな何気ない会話をできる日が来るとは思っておらず、改めて嬉しさが込み上げてくる。
「高校生活、楽しく過ごせるといいな」
「ああ。けどお前は勉強も頑張らねぇとな」
「う……。でも留年しちゃったら研矢と同じ学年じゃなくなるじゃん。そんなの嫌だし、勉強もちゃんと頑張るよ」
(俺にとっては、入学試験の日、研矢が居合わせてくれて本当に良かった、だよ)
口には出さずに――大杜は、心からそう思った。
だが、「明日からは行く」と言っていた大杜は、あと5分で始業チャイムが鳴るという段になっても、教室にやって来なかった。
(急ぎの任務か?)
研矢は主不在の席を見やる。
「さっそく留年の危機か……」
そう呟いた直後、大杜が教室に飛び込んできた。
「間に合った!」
席に着くなり大きな声を出して、大杜は机に突っ伏した。肩で息をしている。
研矢が声を掛けようとした瞬間、虫がたかるように、クラスメイトたちが大杜を取り囲んだ。
「おはよう! 昨日は何かの仕事だった?」
「遅刻ギリギリじゃん。大丈夫?」
「――あ、うん。ありがとう」
大杜ははびっくりしたような顔を上げた。
「佐々城君、お昼どうする?」
「私、お弁当多めに作ってきたから、一緒に食べようよ」
研矢は近づけず、取り巻きを外から見つめる。
(案外モテるな)
見た目は文句なしだし、性格も良さそうだし、何より特務員という珍しい存在でもあるから、女子が放っておかないのは納得だ。内向的な性格さえ改善すれば、もしかすると俺よりもモテるんじゃねぇか? などと研矢は思った。
「お弁当、持ってきたから大丈夫だよ。ありがとうね」
大杜はは困りながらも、穏やかな笑顔は絶やさずにいる。愛想笑いかもしれないが。
「じゃ、一緒に食べるだけでもどう?」
「え、私と食べようよ」
「いや、その……」
大杜の笑顔は消えないが、困っているのは傍目にもわかる。
研矢は仕方ないなと席を立ったが、その前を一人の女子が通り過ぎて、大杜の取り巻きたちを押し退けた。
「佐々城君は私と食べるの。付き合うことになったの。もうキスもした仲だし、邪魔しないでよね」
羽曳野花鈴だった。
(間接、が抜けてるな)
研矢は心の中で呟く。
「えっ、いや、あれは――」
大杜は焦って、机に手を付いて立ち上がった。
「キスしたものねー?」
「かん――」
「キスだったわよねー?」
あまりの圧に、大杜だけでなく、周囲の女子も引いている。
花鈴は肩の上でくるりと内に巻いた髪を指先で巻き取りながら、大杜の顔に迫る。
「ね、恋人よね?」
「……えーと」
花鈴の目に強い意志を感じ、大杜がどう返答したものかと考えあぐねていると、始業のチャイムが鳴り、教室のドアが開いた。天堂が入ってくる。
直後、大杜の周りからさっと人波が引き、気付くと、花鈴もちゃっかり席に戻っていた。
動揺して立ち上がった大杜と、助けてやろうと立ち上がっていた研矢のふたりだけが、ぽつんと突っ立っている形になった。
「何かしら?」
天堂が感情を見せない口調で聞くと、ふたりは無言で同時に座った。
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「クリームソーダを飲みながら、室長だとか指揮官だとか言っても、ちっともサマにならねぇな」
研矢は苦笑した。
「『任務により遅刻や急な早退などもある』って言ってたのは、それのことか」
「うん。学生の間は学業優先なんだけど、どうしても現場出なきゃいけないこともあるし。――中学までは周囲に言ってなかったんだ。でも高校では先に言っとこうと思って……」
その時ちょうど研矢が注文していたナポリタンが届き、ふたりはいったん口をつぐんだ。
「今まで言ってなかったのに、なぜ話す気になったんだ?」
店員が去ったのを見届けてから、研矢が聞く。
「それは――知られないままに行動してると、好きに休んだり授業抜けたり、自由気ままに見えるみたいだから……。高校ではそんな風に見られたくなくて、最初に言っておこうって決めたんだ」
「なるほど」
「実際クラスメイトに迷惑もかけるだろうし――。研矢も首席だからって、俺の面倒見役、頼まれちゃって……」
「たいした負担じゃないさ」
「ありがとう。でもさ、続けば疎まれるんだ。小中といじめもあったし、友だちもできないし、先生たちとも仲良くできなかった。学校に行くのが苦痛で仕方なくて、挙句、学校そのものが怖くなって……」
研矢は入試の時の大杜の様子を思い出した。
(あれは学校に対する恐怖心だったのか)
「だからさ、研矢も面倒だと感じ始めたら、勉強の世話なんか放っておいてくれていいから。ただ友だちの方はやめないで欲しいんだ」
大杜は顔を上げずに小声で言うと、ソーダを音を立てて飲んだ。
研矢は自身の学園生活を思い返した。常に多くの人に囲まれていたが、本当の友だちと思った相手はいなかった。
周りにたくさん人がいても、友だちでなかったのなら、彼らは一体なんだったんだろうな、と今さらながらに思う。
松宮の名前に群がってきた取り巻き、とでも言うべきか――。
大杜と方向性が違うが、高校で新しい交友関係を築きたい気持ちは、研矢にもよくわかった。
「安心しろ。俺の懐は広いからな」
研矢はことさら明るく言う。
「けどさ、特務員は秘匿されてるんじゃないのか? みんなにバラしてよかったのかよ」
「任務によるよ。俺は一般社会に対して活動するから、厳密には隠してないし、そもそも隠しきれない」
「ふぅん」
「クラスメイトにも、高犯対——略してそう呼んでるんだけど――のことを言ってもよかったんだ。ただあそこで話すと、俺の自己紹介ばかりが長くなりそうだったから。先生に迷惑かけるだろうなぁと思って話さなかっただけ」
「まぁ、そうだな。バレるまで、あえて言うこともないんじゃないか? お前がどんな任務を負っていようが、クラスメイトには関係ないことだしな」
「そうだよね」
大杜は頷き、明るい表情になった。
「そういやアイビーは――あれ? もしかして、忘れてきたのか⁉」
病院に戻ってくる時、大杜がアイビーもリュックも持っていなかったことを思い出し、研矢は焦った。
「大丈夫。ケリアが連れてったから」
ケリアはアイビーを嫌っているが、大杜の指示であれば従わないということはない。
雑に扱われてるだろうなと予想できて、大杜は「アイビーごめん」と心の中で謝った。
「いつの間に指示出してるんだ?」
ケリアが来たのは偶然ではなく大杜が呼び出したのだ。
「色々秘密兵器仕込んでるからね。どうやったかは内緒」
子供っぽい言いように研矢は苦笑する。
「言えることと言えないことがあるってか。まあそりゃそうだな。なぁアイビーも見守りロボットじゃなくて、本当は警官ロボット隊の一員だったりするのか?」
ケリアがアイビーに言っていた言葉を思い返しても、ただの見守りロボットにできることを超えている。
「そうだよ。それも皆のリーダー。まぁ俺の子どもの頃からの見守りロボットであることも間違いではないんだけど」
「ボディガード的なのも兼ねて?」
「本人はそのつもりだね。放っておいてくれていいのに」
「見守りを卒業させる気はないって言ってたもんな。心配で仕方ないんだな」
研矢はリトルバードでの様子を思い出していた。
「まぁ今は普通の見守りロボットではないけどね。ボディも特別な素材で強固だし。さっきトラックをひっくり返したのもアイビーだよ」
「あれ、ひっくり返ったんじゃなくて、ひっくり返したのか!」
研矢は思わず声を上げる。
「あの騒動にお前らが居合わせて、本当に良かった」
「そう言って貰えるとちょっと誇らしいかな」
「ああ、誇っていいことだぞ」
「でも任務だからね」
「学生で責務負わされてんだ。自分のやってることにもっと胸張れよ」
大杜はそんな風に考えたことはあまりなかったが、研矢が真剣な顔で言うので、気恥ずかしいような、でも嬉しいような、温かい気持ちになった。
「ところで、明日からは7時間授業だぞ――ってか、明日は来るんだよな?」
「うん。今日は学校半日だったし、朝一片付けたいこともあって休んだけど、明日からは行くつもり」
「そっか。なら弁当持ってきた方がいいぞ。今日食堂の様子を聞いたが、かなり混むらしいからな」
「わかった。ありがとう」
大杜は笑う。同年代の友だちとこんな何気ない会話をできる日が来るとは思っておらず、改めて嬉しさが込み上げてくる。
「高校生活、楽しく過ごせるといいな」
「ああ。けどお前は勉強も頑張らねぇとな」
「う……。でも留年しちゃったら研矢と同じ学年じゃなくなるじゃん。そんなの嫌だし、勉強もちゃんと頑張るよ」
(俺にとっては、入学試験の日、研矢が居合わせてくれて本当に良かった、だよ)
口には出さずに――大杜は、心からそう思った。
だが、「明日からは行く」と言っていた大杜は、あと5分で始業チャイムが鳴るという段になっても、教室にやって来なかった。
(急ぎの任務か?)
研矢は|主《あるじ》不在の席を見やる。
「さっそく留年の危機か……」
そう呟いた直後、大杜が教室に飛び込んできた。
「間に合った!」
席に着くなり大きな声を出して、大杜は机に突っ伏した。肩で息をしている。
研矢が声を掛けようとした瞬間、虫がたかるように、クラスメイトたちが大杜を取り囲んだ。
「おはよう! 昨日は何かの仕事だった?」
「遅刻ギリギリじゃん。大丈夫?」
「――あ、うん。ありがとう」
大杜ははびっくりしたような顔を上げた。
「佐々城君、お昼どうする?」
「私、お弁当多めに作ってきたから、一緒に食べようよ」
研矢は近づけず、取り巻きを外から見つめる。
(案外モテるな)
見た目は文句なしだし、性格も良さそうだし、何より特務員という珍しい存在でもあるから、女子が放っておかないのは納得だ。内向的な性格さえ改善すれば、もしかすると俺よりもモテるんじゃねぇか? などと研矢は思った。
「お弁当、持ってきたから大丈夫だよ。ありがとうね」
大杜はは困りながらも、穏やかな笑顔は絶やさずにいる。愛想笑いかもしれないが。
「じゃ、一緒に食べるだけでもどう?」
「え、私と食べようよ」
「いや、その……」
大杜の笑顔は消えないが、困っているのは傍目にもわかる。
研矢は仕方ないなと席を立ったが、その前を一人の女子が通り過ぎて、大杜の取り巻きたちを押し退けた。
「佐々城君は私と食べるの。付き合うことになったの。もうキスもした仲だし、邪魔しないでよね」
羽曳野花鈴だった。
(間接、が抜けてるな)
研矢は心の中で呟く。
「えっ、いや、あれは――」
大杜は焦って、机に手を付いて立ち上がった。
「キスしたものねー?」
「かん――」
「キスだったわよねー?」
あまりの圧に、大杜だけでなく、周囲の女子も引いている。
花鈴は肩の上でくるりと内に巻いた髪を指先で巻き取りながら、大杜の顔に迫る。
「ね、恋人よね?」
「……えーと」
花鈴の目に強い意志を感じ、大杜がどう返答したものかと考えあぐねていると、始業のチャイムが鳴り、教室のドアが開いた。天堂が入ってくる。
直後、大杜の周りからさっと人波が引き、気付くと、花鈴もちゃっかり席に戻っていた。
動揺して立ち上がった大杜と、助けてやろうと立ち上がっていた研矢のふたりだけが、ぽつんと突っ立っている形になった。
「何かしら?」
天堂が感情を見せない口調で聞くと、ふたりは無言で同時に座った。