3 ボディーガード
ー/ー
リオさんとともに市場へ向かった。
お金でつながるだけの関係だけど、さっきまでの不安感は落ち着いていた。
キョロキョロしなくなった。人影に怯えることがなくなった。店の野菜を手に取り、吟味できる。
並んで歩いていると、改めてリオさんの腕の太さに驚いた。
隣で揺れる彼の腕は、いったい私の腕の何倍あるんだろう。思わず自分のか細い腕と見比べてみた。無骨な指も、長年、剣を握ることで太くなったのだろうか。
初対面の時から太い指だなと思っていたけど、彼が私の隣を歩くから、なおさらその違いに驚愕する。
会話はなかった。
話すの、苦手なのかな。確かにペラペラ楽しく、話すタイプではなさそうだ。
リオさんの第一印象は、一言で言えば「誠実だけど、面白みに欠ける」、そんなタイプではないだろうか。
こんなやりがいのない仕事でも退屈そうにするわけでもなく、視線鋭く周囲と私に気を配る。
そんなところが頼もしいのだけど、ギルドを出てから、ずっとお互い無言だ。少し気まずい。
声、掛けてみようかな。通りすがりの店の鏡にちらりと視線を移す。
睡眠不足のクマはない?
軽く目の下をほぐす。
服は……太陽のぽかぽかしたいい香り。
「あの!」
意を決して話しかけた。
「何か?」
仕事の邪魔をするな、とでも言いたいのだろうか。彼は異変を察知すべく、注意深く周囲を探る。
「昨日まで仕事だったんですか?」
マスターの言葉を思い出して訊ねた。
「ああ……」
納得したように頷き、リオさんは、視線を宙にさ迷わせた。
「実は昨日の朝方、おやっさんに頼まれて急遽モンスター退治に狩り出されました」
「そう、だったんですね」
えっと……
「無事倒せました?」
「これだけ」
リオさんが左手を差し出した。噛まれた痕だろう。親指付け根付近に、牙の跡が残っている。
気づかなかった。
「すいません、あの。大丈夫でした?」
「全然。この通り」
太い指を何度も握り、リオさんは影響がないことを示す。
そうだったんだ、私……
リオさんを見上げると、鋭かった彼の表情が、険しくなった。
乱暴に腕を引かれる。私の前を影がよぎった。リオさんの背中が、私を覆った。
「何だてめえ?」
太く、響く声には覚えがある。駆け巡った恐怖が全身を支配した。
昨日の、あの人の声だ。
「あなたこそ、どなたです?」
リオさんは、一切の感情を見せずに淡々と問い返した。
「俺はな、そのお嬢ちゃんに、ちいと用があるんだよ」
「石のことか?」
「あん?」
怒号に突き上げられるように体が跳ね上がった。
「そのことなら、こちらに非がある。この通り謝らせてもらう」
リオさんが頭を下げた。
悪いのは私だ。彼が謝ることじゃない。
私は暴れ回る鼓動の息苦しさに逆らいながら、リオさんの隣に並んだ。
できるだけの誠意を込めて、深く頭を沈める。
「昨日のことは、本当にごめんなさい」
喉が掠れ、声が引っかかる。それでも相手に聞こえるよう、声を吐き出した。
「謝って済むと思ってんのか」
髪を掴まれ、引っ張られた。
悲鳴を、飲み込む。怯えの声すら、出ない。
「それ以上はやめろ」
冷徹な忠告だった。リオさんが、男の手首を捩じり上げた。
苦悶に歪みながらも、彼の表情には強い敵意が宿ったままだ。
右の拳がリオさんの頬に沈む。
正面から拳を受け、リオさんは男を睨みつけた。
「こちらは石だからな。もう一度だけなら反撃しないでやる」
鈍い音が響いた。二度目の拳で、リオさんの口から血が垂れた。
リオさんが血を吐き捨てた。
口の中が切れてるんだ。私は彼の腕を掴んで首を振った。私の代わりに彼がこんな目に遭うなんて耐えられない。
リオさんは、そっと私の肩を掴んで背中に隠れるように促す。
「これでおあいこだ。今からは、俺とお前のケンカだな」
リオさんが、相手の胸倉を掴んだ。
相手が宙に浮きあがる。
「どうする?」
「は、離せ!」
男が叫ぶと、リオさんはあっさりと解放した。男は私を睨みつけて舌打ちすると、怨嗟の声を上げ、立ち去った。
胸を撫で下ろすより先に、私はリオさんの手を取った。少しあった抵抗を無視して、一直線に井戸へ向かう。
周囲の人々は今の騒動で、私たちから距離を置いていた。
すんなり井戸に着くと、リオさんに口をゆすぐように言った。私は彼の隣に腰を下ろし、痛まないようにそっとハンカチを当てた。その合間に首を巡らせ、氷屋を見つけると、一袋買ってリオさんに差し出す。
リオさんは、きょとんとして私を見ている。のんびりしてるリオさんを促すべく、私は自分の頬を指先で叩いた。
「それ、当ててください」
「ありがとう」
「こっちのセリフですってば」
私の言葉に、リオさんは、下手くそで不器用な笑いを浮かべた。
それとも、口の中が痛かったのかな。
でも、初めて彼の笑顔を見たな。
こんなふうに笑うんだ。
今さら、知った。知らないことだらけだ。
「ご飯、食べられそうですか?」
リオさんの隣に座り、顔を覗き込む。彼の頬は痛々しく腫れている。
「これくらい、何ともないですよ。この程度で食べられなくなってたら冒険者なんてやってられないです」
「そう、ですか……」
傷に染みない料理、私に作らせてください!
謝罪と感謝を込めて、そう伝えようとした。でも、その言葉は寸でのところで飲み込んだ。迷惑に思われたら困る。
「ボディーガード、終わりですか?」
あの男は逃げて行った。安心したはずなのに、なぜか心が霧がかったように隠れてしまう。
私は何を望んでいるんだろう。
「契約期間は働きますよ」
なんだかなあ。
事務的な返答に、少し心が曇る。
まあ、間違ったことは言ってないんだろうけど。
なんだか、ね。
まだリアクションはありません。最初の一歩を踏み出しましょう!
おすすめ作品を読み込み中です…
この作品と似た作品
似た傾向の作品は見つかりませんでした。
この作品を読んだ人が読んでいる作品
読者の傾向からおすすめできる作品がありませんでした。
おすすめ作品は現在準備中です。
おすすめ作品の取得に失敗しました。時間をおいて再度お試しください。
リオさんとともに市場へ向かった。
お金でつながるだけの関係だけど、さっきまでの不安感は落ち着いていた。
キョロキョロしなくなった。人影に怯えることがなくなった。店の野菜を手に取り、吟味できる。
並んで歩いていると、改めてリオさんの腕の太さに驚いた。
隣で揺れる彼の腕は、いったい私の腕の何倍あるんだろう。思わず自分のか細い腕と見比べてみた。無骨な指も、長年、剣を握ることで太くなったのだろうか。
初対面の時から太い指だなと思っていたけど、彼が私の隣を歩くから、なおさらその違いに驚愕する。
会話はなかった。
話すの、苦手なのかな。確かにペラペラ楽しく、話すタイプではなさそうだ。
リオさんの第一印象は、一言で言えば「誠実だけど、面白みに欠ける」、そんなタイプではないだろうか。
こんなやりがいのない仕事でも退屈そうにするわけでもなく、視線鋭く周囲と私に気を配る。
そんなところが頼もしいのだけど、ギルドを出てから、ずっとお互い無言だ。少し気まずい。
声、掛けてみようかな。通りすがりの店の鏡にちらりと視線を移す。
睡眠不足のクマはない?
軽く目の下をほぐす。
服は……太陽のぽかぽかしたいい香り。
「あの!」
意を決して話しかけた。
「何か?」
仕事の邪魔をするな、とでも言いたいのだろうか。彼は異変を察知すべく、注意深く周囲を探る。
「昨日まで仕事だったんですか?」
マスターの言葉を思い出して訊ねた。
「ああ……」
納得したように頷き、リオさんは、視線を宙にさ迷わせた。
「実は昨日の朝方、おやっさんに頼まれて急遽モンスター退治に狩り出されました」
「そう、だったんですね」
えっと……
「無事倒せました?」
「これだけ」
リオさんが左手を差し出した。噛まれた痕だろう。親指付け根付近に、牙の跡が残っている。
気づかなかった。
「すいません、あの。大丈夫でした?」
「全然。この通り」
太い指を何度も握り、リオさんは影響がないことを示す。
そうだったんだ、私……
リオさんを見上げると、鋭かった彼の表情が、険しくなった。
乱暴に腕を引かれる。私の前を影がよぎった。リオさんの背中が、私を覆った。
「何だてめえ?」
太く、響く声には覚えがある。駆け巡った恐怖が全身を支配した。
昨日の、あの人の声だ。
「あなたこそ、どなたです?」
リオさんは、一切の感情を見せずに淡々と問い返した。
「俺はな、そのお嬢ちゃんに、ちいと用があるんだよ」
「石のことか?」
「あん?」
怒号に突き上げられるように体が跳ね上がった。
「そのことなら、こちらに非がある。この通り謝らせてもらう」
リオさんが頭を下げた。
悪いのは私だ。彼が謝ることじゃない。
私は暴れ回る鼓動の息苦しさに逆らいながら、リオさんの隣に並んだ。
できるだけの誠意を込めて、深く頭を沈める。
「昨日のことは、本当にごめんなさい」
喉が掠れ、声が引っかかる。それでも相手に聞こえるよう、声を吐き出した。
「謝って済むと思ってんのか」
髪を掴まれ、引っ張られた。
悲鳴を、飲み込む。怯えの声すら、出ない。
「それ以上はやめろ」
冷徹な忠告だった。リオさんが、男の手首を捩じり上げた。
苦悶に歪みながらも、彼の表情には強い敵意が宿ったままだ。
右の拳がリオさんの頬に沈む。
正面から拳を受け、リオさんは男を睨みつけた。
「こちらは石だからな。もう一度だけなら反撃しないでやる」
鈍い音が響いた。二度目の拳で、リオさんの口から血が垂れた。
リオさんが血を吐き捨てた。
口の中が切れてるんだ。私は彼の腕を掴んで首を振った。私の代わりに彼がこんな目に遭うなんて耐えられない。
リオさんは、そっと私の肩を掴んで背中に隠れるように促す。
「これでおあいこだ。今からは、俺とお前のケンカだな」
リオさんが、相手の胸倉を掴んだ。
相手が宙に浮きあがる。
「どうする?」
「は、離せ!」
男が叫ぶと、リオさんはあっさりと解放した。男は私を睨みつけて舌打ちすると、怨嗟の声を上げ、立ち去った。
胸を撫で下ろすより先に、私はリオさんの手を取った。少しあった抵抗を無視して、一直線に井戸へ向かう。
周囲の人々は今の騒動で、私たちから距離を置いていた。
すんなり井戸に着くと、リオさんに口をゆすぐように言った。私は彼の隣に腰を下ろし、痛まないようにそっとハンカチを当てた。その合間に首を巡らせ、氷屋を見つけると、一袋買ってリオさんに差し出す。
リオさんは、きょとんとして私を見ている。のんびりしてるリオさんを促すべく、私は自分の頬を指先で叩いた。
「それ、当ててください」
「ありがとう」
「こっちのセリフですってば」
私の言葉に、リオさんは、下手くそで不器用な笑いを浮かべた。
それとも、口の中が痛かったのかな。
でも、初めて彼の笑顔を見たな。
こんなふうに笑うんだ。
今さら、知った。知らないことだらけだ。
「ご飯、食べられそうですか?」
リオさんの隣に座り、顔を覗き込む。彼の頬は痛々しく腫れている。
「これくらい、何ともないですよ。この程度で食べられなくなってたら冒険者なんてやってられないです」
「そう、ですか……」
傷に染みない料理、私に作らせてください!
謝罪と感謝を込めて、そう伝えようとした。でも、その言葉は寸でのところで飲み込んだ。迷惑に思われたら困る。
「ボディーガード、終わりですか?」
あの男は逃げて行った。安心したはずなのに、なぜか心が霧がかったように隠れてしまう。
私は何を望んでいるんだろう。
「契約期間は働きますよ」
なんだかなあ。
事務的な返答に、少し心が曇る。
まあ、間違ったことは言ってないんだろうけど。
なんだか、ね。