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13話 土地神様と体育祭 その四

ー/ー




「皆、お疲れ様!」
「おうテメェら、イカしてたぜ」

 借り物競争を終えた僕らがトラックから退場してくると、姉貴とノロイさんが労いの言葉と共に出迎えてくれた。
 それから移動して、グラウンドから少し離れた場所にある木陰に向かうと……そこでは顔に影を落としたニシユキさんがピクニックシートの上で体育座りをしていた。

「あ……お疲れ様でした……」

 彼女はこちらに気が付くと控えめな笑顔を浮かべて労ってくれたが……まるで血でも吐いた後のようにやつれた様子である。
 その状態は初対面の時を思い出す姿だが、呪われたりしていたあの時とは違って今のニシユキさんは健康体。今回の原因は言わずもがなだろう。

「に、ニシユキさん!? い、一体誰がこんなことを……!」
「「アンタだアンタ」」
「なんですとぉ!?」
 
 イザと一緒にツッコミを入れると、キリさんは驚愕の表情を浮かべた。
 ニシユキさんは自分が同人誌を作っていることは周囲にあまり言わないようにしている人だ。それをグラウンドのど真ん中で他人に見せてんだからこうなりますわな。

「元気出せよ相棒。テメェが作った本がグラウンドの真ん中で広げられるなんざそうそうできねえ体験だぞ?」
「ゴボッハァ!!!」
「ノロイさん、傷口に塩塗るのはやめてあげて。ユッキーまた倒れちゃうから」

 塩どころか岩塩ぶつけてるレベルだろこれ。
 シートの上で繰り広げられるコントのようなやり取りを見ていると、どこからかアラーム音のようなものが聞こえてきた。
 音の方向は……ニシユキさんからだ。

「あ、ごめんなさい。センパイ、時間みたいですよ」
「おっと……ありがと、ユッキー」

 ニシユキさんが鞄からスマホを取り出して音を止めると、姉貴が少し残念そうな面持ちで礼を言った。

「また何か用事?」
「うん。ちょっと頼まれごとがあってね。もう少しセキくんの活躍を見てたかったけど……」
「そっか……忙しいのに来てくれてありがとう」

 眉を困らせながら名残惜しそうに言う姉貴に対し、僕も少し寂しい気分になった。
 姉貴は連絡無精な上、多忙の身。そうそう会う機会もないし、もう少し話していたかったんだけどな。

「二人ってお互いにシスコンブラコン気味なとこあるわよね」
「「姉弟仲が良いのはいいことでは?」」
「息ピッタリですナ」

 イザの言葉に姉貴と一緒に首を傾げると、サラが小さく拍手してきた。照れるぜ。
 どう言われようが、相引レイは尊敬する自慢の姉だ。そこを恥じるつもりは毛頭ないからね。

「皆ともあまり話せなくて残念だなぁ。いつかゆっくり話せるといいね」
「そう思うんならあんまり安請け合いしすぎないでよ。もっと家に帰ってこいって爺さんも言ってたぞ」
「それは申し訳ない。代わりに謝っておいて」

 姉貴は悪びれもせず笑いながらニシユキさんの傍に置いていた鞄を手に取った。
 ……ん? ニシユキさんは座ったままだけど……二人は一緒に帰るわけじゃないのか?

「ユッキーは昼過ぎに帰るんだったよね?」
「あ、はい。自分は特に今日用事があるわけじゃないので……センパイ、ノロイさんのことをお願いしますね」
「ノロイさんも連れて帰るんですか?」
「動く折り鶴は人目があるところだと、ね。それに色々と問題を起こさないか心配だし」
「「ああ……」」

 姉貴の説明にイザと声を出して納得してしまった。あの折り鶴の素行を考えればそりゃそうなるわな。

「というわけでノロイさん、行くよー……ってアレ?」

 姉貴が僕らの少し後ろでフキと話している折り鶴に声を掛ける。
 しかし二人(?)は話が盛り上がっているようで、気が付いていないようだ。
 仕方がないので代わりに僕が近づいて声を掛けようとすると……

「どうだ親友。体育祭での人の匂いってのは」
「うーむ……期待に添えなくて悪いが、体育祭は案外嗅ぐのが難しいところがあるぜ。競技中に匂いを嗅ぐのは当然難しいとして、テントでの待機中は人が密集していることが多い。個人のソレじゃなくなっちまうわけだ」
「なるほどな……だが、お前のことだ。体育祭は人の行き来が激しい。だからこそそのすれ違いざまが狙い目ってのは既に察してんだろ……?」
「ふっ、流石は親友……目ざといな。基本的に移動中のやつらは既に対策として制汗スプレーを使っていることが多いが、勿論それだけじゃ消しきれねえところがある。だからこそそれらの要素が絡まった特有の――」

 真剣な顔つきと声で体育祭中での人の匂いについて語っている折り鶴と筋肉ダルマ。
 人に聞かれればある種のハラスメントに抵触するであろう危険な会話だ。できれば聞かなかったことにして即刻立ち去りたいが、だからこそノロイさんを姉貴に回収してもらわねばなるまい。

「あー……盛り上がってるところ悪いんだけど、ノロイさん。お帰りの時間です」
「マジか。じゃあ親友、いつかまた語らおうぜ……!」
「おう。また会おうぜ、親友……」
「僕は何を見せつけられてんの?」

 折り鶴の片翼と筋肉質の大きな右手が固い握手を交わす。そしてそれを間で見ている僕。なんですかこれ。



 変な友情を見せつけられた後、僕とサラは姉貴達と一緒に校門まで行くことになった。
 イザとフキは競技の準備、キリさんとニシユキさんは雑談に興じている。そんな中で昼休憩まで出番がなく、暇を持て余している僕らで姉貴とノロイさんを見送ることになった……わけだが……。

「……」
「……」

「「…………」」

 沈黙の空間、再び。
 三人で並んで歩くも、まったく会話が無い。サラも姉貴もいるのにこんな状態は初めてだ。

「おいなんだこの気まずい空気。コイツら仲悪いのか?」
「そういうわけじゃないと思います。……多分」

 僕の手にある姉貴の鞄からノロイさんの声がして、小声で返事をする。
 二人は今日が初対面で、まともに話してすらいない。だけどノロイさんの言う通り仲が悪く見えてもしょうがないし、僕も自信を持って否定できなかった。
 そうして会話のないまま歩き、とうとう校門の前まで辿り着いてしまった。

「姉貴、荷物」
「あ、うん。……えっと……それじゃ……」

 僕がノロイさんの入った鞄を手渡すと、姉貴は戸惑うように手を伸ばしてきた。
 ……明らかにサラを意識して目が泳いでいる。姉貴のこんな状態、初めて見るぞ。
 せめていつもの調子に戻らないものか、と困っていると……姉貴の手が触れそうになった瞬間、


「……だぁーもうクソッタレ! 鬱陶しいんだよテメェら!!」


 と、声を上げながら鞄の隙間から折り鶴が飛び出してきた。
 僕らが驚いているのも束の間、ノロイさんはサラの頭の上に着地して、続ける。

「そうやって黙って何も話さないでテメェらは満足か知らんが、ンな暗い顔してウッダウダ悩んで妙な空気作りやがって……周りからすりゃ迷惑なんだよアホ共!」
「あ、アホって……」
「アホにアホっつって何が悪い。テメェらがそれだとジブンもソービキ弟も気まずいだろーが!」

 戸惑う姉貴の言葉を封殺するようにノロイさんが怒鳴り散らす。
 僕への気遣いが垣間見えているのは多少嬉しくもあるけど……ちょっと声が大きいですノロイさん。
 今は人通りが少ないからまだいいけど、あんまり騒ぐと目立ってしまうんじゃないか?
 そんな僕の心配を余所に、折り鶴幽霊はサラの頭頂部から浮かび上がって僕の右肩へと飛んできた。

「まだ時間に余裕あんだろ。何悩んでんのか知らねえけど、ジブンらの前で言い辛いことなら二人で話してこい! ……解決しようがしまいが心底どうでもいいが、テメェらにゃそれが必要だろ」
「……そう、だね」
「……ウン」

 ノロイさんのたしなめるような言葉に姉貴とサラは頷くと、僕らから少し離れて何か話し始めた。
 話の内容は聞こえないけど、お互いぎこちなさそうに話している。どうなるかは分からないが、関係が少しは改善されるといいな。

「……ノロイさん、ありがとう。二人を叱ってくれて」
「礼言われるこたぁしてねえよ。ジブンは腹立って口出しただけだ」

 二人の様子を伺いながら右肩の折り鶴へお礼を言うと、鼻でも鳴らすようにぶっきらぼうな言い方で返された。
 喋り方は乱暴なところがあるけど、この人が優しいのは初対面の時から理解している。和むような気持ちでクスリと笑ってしまった。

「んだよ」
「なんでもないです。……でも、次からはあんな大声出さないでくださいね? 気づかれないか結構ヒヤヒヤしたんで……」

 校門から少し離れた場所に設置された簡易テントを見ながら小声で話す。
 受付係をしている先生は退屈そうに欠伸をしていて、浮かんで話す折り鶴に気が付いた様子はなさそうだ。

「ハッ、次なんざあってたまるか。ただ、似た事があったらまたやるかもな」
「えー……」

 自分の見た目理解してます?
 そんな目線を向けていると、ノロイさんはまた浮かび上がって校門端に寄せられている門柵の上に留まって話を続けた。

「個人的な考えで悪いが、仲良くなれそうな奴らが楽しくなさそうにしてんのがどうしようもなく気に入らねえんだよ。話せばいいのに話さねえのなんざ、以ての外だ」

 高所で語る彼女を見上げながら、話に耳を傾ける。
 そんな時、少し強い風が吹いた。


「───話せる時に話さねえと、意味ねえんだからな」


土地神3-13


 折り鶴の姿に、ほんの一瞬……茶色がかった長い髪の女の子が座っているような姿が重なって見えた。
 驚いたのも束の間、風が目に入った。軽く目を擦って異物が入っていないことに安心しながらノロイさんの方にまた目を向けると、見慣れつつある折り鶴の姿が変わらずにある。

(今のは……?)

 見間違いなのかなんなのか疑問を浮かべていると、ノロイさんも何か悩ましげに「んん?」と呟きながら僕の頭へと降りてきた。

「……なんでジブンはそんな入れ込んでんだ?」
「僕に訊かないでくださいよ。つーか見られたら厄介なんで早く鞄に戻ってください」

 自分で話しておいて、なぜか疑問形で語るノロイさんに呆れてしまう。
 それから摘まみ上げて鞄に押し込めようとしていると、姉貴達が近づいてきているのが見えた。
 それなりに和解できたのか、二人とも何か話しながらこちらへ歩いている。安心して声を掛けようとしたら──

「姉貴、サラ。話は終わっ──」

「セキくん! この子めちゃくちゃいい子だね! ごめんねサラちゃん、私誤解してたよー!」
「気にしネーでオネーサン! ワタシも悪かタですカラ!」
「じゃあ両成敗ってことで!」

「「はっはっはっはっは(ハッハッハッハッハ)!」」

「「おい何があった」」

 さっきとは打って変わって仲良く笑い声を出している二人にノロイさんと一緒にツッコミを入れてしまった。
 関係改善を求めて送り出したのは僕らだけど、変わり身が早すぎませんかね。手まで繋いじゃってまあ仲良しさんですこと……。



「で、結局何が原因だったの?」

 姉貴とノロイさんが校門から離れていくのを手を振って見送りながら、サラに問いかけた。
 もちろん訊いているのは姉貴との不仲(?)についてだ。人見知りという言葉が辞書にないタイプの二人があんな風になるなんて珍しいし、どういうことだったのかは気になるしな。

「ンー……セッチャンにはまだナイショ! オネーサンも話したくナイだろーし、話せるよーになったら言うヨ」
「そっか。じゃあ今は訊かないことにする」
「ソーしてオイテ!」

 話したくない、か。笑顔でそう言われるとこれ以上踏み込めないな。
 謎のままなのはちょっと腑に落ちないけど、二人の中で解決してるならそれでいいか。
 ……この前といい、なんか僕に対して秘密の話が多い気がするのは気のせいだと思いたい。

「サラは僕を信用してない……とかじゃないよね?」
「? そんなコトナイヨ?」

 一応訊いてみると、隣の赤毛は可愛らしく小首を傾げてきた。
 うむ、可愛い。可愛いは正義。信じることにしよう。
 内心でそんなことを言っているうちに姉貴達の姿が見えなくなった。お見送り完了である。

「よし、戻るか。ついでに自販機寄る?」
「ノドは渇いておりませんノデ、ダイジョブです。……ン?」
「どうした?」
「ヤ、なんか聞いたコトある声が……あ、マトチャンだ」
「え? あ、ホントだ」

 辺りを見回し、今離れたばかりの校門の方向を見て呟いたサラに倣って僕も振り返ると……姉貴達が歩いていった方向とは逆の校門横の塀、その先から見慣れた布頭が飛び出ており、平行移動しているのが見えた。
 そのまま何の問題もなく受付で手続きをしているが、同時にスマホを片手に通話している様子だった。

「───分かった。じゃァまた後で落ち合おうか……おォ、お二人サン、こんにちは」

 僕らの存在に気が付いたところでちょうど話し終わったらしく、マトイさんは端末を懐に入れてからこちらに手を挙げて挨拶してきたのだった。




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次のエピソードへ進む 14話 土地神様と体育祭 その五


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「皆、お疲れ様!」
「おうテメェら、イカしてたぜ」
 借り物競争を終えた僕らがトラックから退場してくると、姉貴とノロイさんが労いの言葉と共に出迎えてくれた。
 それから移動して、グラウンドから少し離れた場所にある木陰に向かうと……そこでは顔に影を落としたニシユキさんがピクニックシートの上で体育座りをしていた。
「あ……お疲れ様でした……」
 彼女はこちらに気が付くと控えめな笑顔を浮かべて労ってくれたが……まるで血でも吐いた後のようにやつれた様子である。
 その状態は初対面の時を思い出す姿だが、呪われたりしていたあの時とは違って今のニシユキさんは健康体。今回の原因は言わずもがな《《アレ》》だろう。
「に、ニシユキさん!? い、一体誰がこんなことを……!」
「「アンタだアンタ」」
「なんですとぉ!?」
 イザと一緒にツッコミを入れると、キリさんは驚愕の表情を浮かべた。
 ニシユキさんは自分が同人誌を作っていることは周囲にあまり言わないようにしている人だ。それをグラウンドのど真ん中で他人に見せてんだからこうなりますわな。
「元気出せよ相棒。テメェが作った本がグラウンドの真ん中で広げられるなんざそうそうできねえ体験だぞ?」
「ゴボッハァ!!!」
「ノロイさん、傷口に塩塗るのはやめてあげて。ユッキーまた倒れちゃうから」
 塩どころか岩塩ぶつけてるレベルだろこれ。
 シートの上で繰り広げられるコントのようなやり取りを見ていると、どこからかアラーム音のようなものが聞こえてきた。
 音の方向は……ニシユキさんからだ。
「あ、ごめんなさい。センパイ、時間みたいですよ」
「おっと……ありがと、ユッキー」
 ニシユキさんが鞄からスマホを取り出して音を止めると、姉貴が少し残念そうな面持ちで礼を言った。
「また何か用事?」
「うん。ちょっと頼まれごとがあってね。もう少しセキくんの活躍を見てたかったけど……」
「そっか……忙しいのに来てくれてありがとう」
 眉を困らせながら名残惜しそうに言う姉貴に対し、僕も少し寂しい気分になった。
 姉貴は連絡無精な上、多忙の身。そうそう会う機会もないし、もう少し話していたかったんだけどな。
「二人ってお互いにシスコンブラコン気味なとこあるわよね」
「「姉弟仲が良いのはいいことでは?」」
「息ピッタリですナ」
 イザの言葉に姉貴と一緒に首を傾げると、サラが小さく拍手してきた。照れるぜ。
 どう言われようが、相引レイは尊敬する自慢の姉だ。そこを恥じるつもりは毛頭ないからね。
「皆ともあまり話せなくて残念だなぁ。いつかゆっくり話せるといいね」
「そう思うんならあんまり安請け合いしすぎないでよ。もっと家に帰ってこいって爺さんも言ってたぞ」
「それは申し訳ない。代わりに謝っておいて」
 姉貴は悪びれもせず笑いながらニシユキさんの傍に置いていた鞄を手に取った。
 ……ん? ニシユキさんは座ったままだけど……二人は一緒に帰るわけじゃないのか?
「ユッキーは昼過ぎに帰るんだったよね?」
「あ、はい。自分は特に今日用事があるわけじゃないので……センパイ、ノロイさんのことをお願いしますね」
「ノロイさんも連れて帰るんですか?」
「動く折り鶴は人目があるところだと、ね。それに色々と問題を起こさないか心配だし」
「「ああ……」」
 姉貴の説明にイザと声を出して納得してしまった。あの折り鶴の素行を考えればそりゃそうなるわな。
「というわけでノロイさん、行くよー……ってアレ?」
 姉貴が僕らの少し後ろでフキと話している折り鶴に声を掛ける。
 しかし二人(?)は話が盛り上がっているようで、気が付いていないようだ。
 仕方がないので代わりに僕が近づいて声を掛けようとすると……
「どうだ親友。体育祭での人の匂いってのは」
「うーむ……期待に添えなくて悪いが、体育祭は案外嗅ぐのが難しいところがあるぜ。競技中に匂いを嗅ぐのは当然難しいとして、テントでの待機中は人が密集していることが多い。個人のソレじゃなくなっちまうわけだ」
「なるほどな……だが、お前のことだ。体育祭は人の行き来が激しい。だからこそそのすれ違いざまが狙い目ってのは既に察してんだろ……?」
「ふっ、流石は親友……目ざといな。基本的に移動中のやつらは既に対策として制汗スプレーを使っていることが多いが、勿論それだけじゃ消しきれねえところがある。だからこそそれらの要素が絡まった特有の――」
 真剣な顔つきと声で体育祭中での人の匂いについて語っている折り鶴と筋肉ダルマ。
 人に聞かれればある種のハラスメントに抵触するであろう危険な会話だ。できれば聞かなかったことにして即刻立ち去りたいが、だからこそノロイさんを姉貴に回収してもらわねばなるまい。
「あー……盛り上がってるところ悪いんだけど、ノロイさん。お帰りの時間です」
「マジか。じゃあ親友、いつかまた語らおうぜ……!」
「おう。また会おうぜ、親友……」
「僕は何を見せつけられてんの?」
 折り鶴の片翼と筋肉質の大きな右手が固い握手を交わす。そしてそれを間で見ている僕。なんですかこれ。
 変な友情を見せつけられた後、僕とサラは姉貴達と一緒に校門まで行くことになった。
 イザとフキは競技の準備、キリさんとニシユキさんは雑談に興じている。そんな中で昼休憩まで出番がなく、暇を持て余している僕らで姉貴とノロイさんを見送ることになった……わけだが……。
「……」
「……」
「「…………」」
 沈黙の空間、再び。
 三人で並んで歩くも、まったく会話が無い。サラも姉貴もいるのにこんな状態は初めてだ。
「おいなんだこの気まずい空気。コイツら仲悪いのか?」
「そういうわけじゃないと思います。……多分」
 僕の手にある姉貴の鞄からノロイさんの声がして、小声で返事をする。
 二人は今日が初対面で、まともに話してすらいない。だけどノロイさんの言う通り仲が悪く見えてもしょうがないし、僕も自信を持って否定できなかった。
 そうして会話のないまま歩き、とうとう校門の前まで辿り着いてしまった。
「姉貴、荷物」
「あ、うん。……えっと……それじゃ……」
 僕がノロイさんの入った鞄を手渡すと、姉貴は戸惑うように手を伸ばしてきた。
 ……明らかにサラを意識して目が泳いでいる。姉貴のこんな状態、初めて見るぞ。
 せめていつもの調子に戻らないものか、と困っていると……姉貴の手が触れそうになった瞬間、
「……だぁーもうクソッタレ! 鬱陶しいんだよテメェら!!」
 と、声を上げながら鞄の隙間から折り鶴が飛び出してきた。
 僕らが驚いているのも束の間、ノロイさんはサラの頭の上に着地して、続ける。
「そうやって黙って何も話さないでテメェらは満足か知らんが、ンな暗い顔してウッダウダ悩んで妙な空気作りやがって……周りからすりゃ迷惑なんだよアホ共!」
「あ、アホって……」
「アホにアホっつって何が悪い。テメェらがそれだとジブンもソービキ弟も気まずいだろーが!」
 戸惑う姉貴の言葉を封殺するようにノロイさんが怒鳴り散らす。
 僕への気遣いが垣間見えているのは多少嬉しくもあるけど……ちょっと声が大きいですノロイさん。
 今は人通りが少ないからまだいいけど、あんまり騒ぐと目立ってしまうんじゃないか?
 そんな僕の心配を余所に、折り鶴幽霊はサラの頭頂部から浮かび上がって僕の右肩へと飛んできた。
「まだ時間に余裕あんだろ。何悩んでんのか知らねえけど、ジブンらの前で言い辛いことなら二人で話してこい! ……解決しようがしまいが心底どうでもいいが、テメェらにゃそれが必要だろ」
「……そう、だね」
「……ウン」
 ノロイさんのたしなめるような言葉に姉貴とサラは頷くと、僕らから少し離れて何か話し始めた。
 話の内容は聞こえないけど、お互いぎこちなさそうに話している。どうなるかは分からないが、関係が少しは改善されるといいな。
「……ノロイさん、ありがとう。二人を叱ってくれて」
「礼言われるこたぁしてねえよ。ジブンは腹立って口出しただけだ」
 二人の様子を伺いながら右肩の折り鶴へお礼を言うと、鼻でも鳴らすようにぶっきらぼうな言い方で返された。
 喋り方は乱暴なところがあるけど、この人が優しいのは初対面の時から理解している。和むような気持ちでクスリと笑ってしまった。
「んだよ」
「なんでもないです。……でも、次からはあんな大声出さないでくださいね? 気づかれないか結構ヒヤヒヤしたんで……」
 校門から少し離れた場所に設置された簡易テントを見ながら小声で話す。
 受付係をしている先生は退屈そうに欠伸をしていて、浮かんで話す折り鶴に気が付いた様子はなさそうだ。
「ハッ、次なんざあってたまるか。ただ、似た事があったらまたやるかもな」
「えー……」
 自分の見た目理解してます?
 そんな目線を向けていると、ノロイさんはまた浮かび上がって校門端に寄せられている門柵の上に留まって話を続けた。
「個人的な考えで悪いが、仲良くなれそうな奴らが楽しくなさそうにしてんのがどうしようもなく気に入らねえんだよ。話せばいいのに話さねえのなんざ、以ての外だ」
 高所で語る彼女を見上げながら、話に耳を傾ける。
 そんな時、少し強い風が吹いた。
「───話せる時に話さねえと、意味ねえんだからな」
 折り鶴の姿に、ほんの一瞬……茶色がかった長い髪の女の子が座っているような姿が重なって見えた。
 驚いたのも束の間、風が目に入った。軽く目を擦って異物が入っていないことに安心しながらノロイさんの方にまた目を向けると、見慣れつつある折り鶴の姿が変わらずにある。
(今のは……?)
 見間違いなのかなんなのか疑問を浮かべていると、ノロイさんも何か悩ましげに「んん?」と呟きながら僕の頭へと降りてきた。
「……なんでジブンはそんな入れ込んでんだ?」
「僕に訊かないでくださいよ。つーか見られたら厄介なんで早く鞄に戻ってください」
 自分で話しておいて、なぜか疑問形で語るノロイさんに呆れてしまう。
 それから摘まみ上げて鞄に押し込めようとしていると、姉貴達が近づいてきているのが見えた。
 それなりに和解できたのか、二人とも何か話しながらこちらへ歩いている。安心して声を掛けようとしたら──
「姉貴、サラ。話は終わっ──」
「セキくん! この子めちゃくちゃいい子だね! ごめんねサラちゃん、私誤解してたよー!」
「気にしネーでオネーサン! ワタシも悪かタですカラ!」
「じゃあ両成敗ってことで!」
「「|はっはっはっはっは《ハッハッハッハッハ》!」」
「「おい何があった」」
 さっきとは打って変わって仲良く笑い声を出している二人にノロイさんと一緒にツッコミを入れてしまった。
 関係改善を求めて送り出したのは僕らだけど、変わり身が早すぎませんかね。手まで繋いじゃってまあ仲良しさんですこと……。
「で、結局何が原因だったの?」
 姉貴とノロイさんが校門から離れていくのを手を振って見送りながら、サラに問いかけた。
 もちろん訊いているのは姉貴との不仲(?)についてだ。人見知りという言葉が辞書にないタイプの二人があんな風になるなんて珍しいし、どういうことだったのかは気になるしな。
「ンー……セッチャンにはまだナイショ! オネーサンも話したくナイだろーし、話せるよーになったら言うヨ」
「そっか。じゃあ今は訊かないことにする」
「ソーしてオイテ!」
 話したくない、か。笑顔でそう言われるとこれ以上踏み込めないな。
 謎のままなのはちょっと腑に落ちないけど、二人の中で解決してるならそれでいいか。
 ……この前といい、なんか僕に対して秘密の話が多い気がするのは気のせいだと思いたい。
「サラは僕を信用してない……とかじゃないよね?」
「? そんなコトナイヨ?」
 一応訊いてみると、隣の赤毛は可愛らしく小首を傾げてきた。
 うむ、可愛い。可愛いは正義。信じることにしよう。
 内心でそんなことを言っているうちに姉貴達の姿が見えなくなった。お見送り完了である。
「よし、戻るか。ついでに自販機寄る?」
「ノドは渇いておりませんノデ、ダイジョブです。……ン?」
「どうした?」
「ヤ、なんか聞いたコトある声が……あ、マトチャンだ」
「え? あ、ホントだ」
 辺りを見回し、今離れたばかりの校門の方向を見て呟いたサラに倣って僕も振り返ると……姉貴達が歩いていった方向とは逆の校門横の塀、その先から見慣れた布頭が飛び出ており、平行移動しているのが見えた。
 そのまま何の問題もなく受付で手続きをしているが、同時にスマホを片手に通話している様子だった。
「───分かった。じゃァまた後で落ち合おうか……おォ、お二人サン、こんにちは」
 僕らの存在に気が付いたところでちょうど話し終わったらしく、マトイさんは端末を懐に入れてからこちらに手を挙げて挨拶してきたのだった。