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第3節 墜落騒動/ §2

ー/ー



   ―セクション2―

 研矢は本館と別館を繋ぐ通路に設置されたソファーに腰掛けた。

 通路は床付近までガラスで覆われていて、手入れされた中庭がよく見える。

 研矢は中庭を散歩する患者や見舞い客であろう人たちをぼんやりと見やった。

(一時間近くかけてやって来て、10分ぐらいで出てきてしまったな)

 姉に何のために来たのかと言われたことを思い返し、「まったくだな」と内心苦笑する。

 しかしそれでも、ここに足を運んだだけで稀有なことなのだ。

(落ち着いたら、腹減ってきたな)

 腹の虫も、グゥと主張し始める。

 1階のカフェで何か食ってから帰ろうか、などと考えていたとき、見知った姿が中庭のベンチにあるのに気付いた。

「大杜じゃないか?」

 ソファーから立ち上がると、研矢は中庭へ急いだ。

 近くまで来ると、やはり本人で間違いなかった。プルオーバーのホワイトパーカーに細身のジーンズを履いた大杜は、脇にリュックを置いて一人で座っていた。

 視線は散歩する人たちを見ている感じだったが、なにやら独り言を呟いている。

「あと少しだけ。大丈夫、いいんだって……」

(リュックにアイビーが入ってんのか?)

 本当にいつも連れ歩いているのだろうかと思い、研矢は少し呆れた。

「大杜」
 研矢は名前を呼んで近付いた。

 大杜は驚いて立ち上がる。

「研矢、どうしてここに?」

「そりゃお互い様のセリフだな」

「……それもそうだね」

 大杜は笑ってベンチに座り直す。先程より端に寄ったのは、横に座れということだろうと、研矢は隣に腰掛けた。

「身内がこの病院に入院してるんだ」

 研矢の言葉に、大杜は聞いてはいけないことだったかと、申し訳ない表情を浮かべる。

 研矢は首を振って見せた。

「気にすんな。別にたいしたことじゃない」

 余命一ヶ月の宣告を受けていて、大したことないはずはないが、研矢にはやはり他人事のようだった。ほとんど会ったことのない相手を、家族と思えと言われても難しい。

 研矢の口調に、深入りしないほうがよい事柄であると察して、大杜は話題を変えた。

「俺はここの医師に知り合いがいて、会う約束してて来たんだよ。でも直前で急患が入ったから待っておくように言われてさ。すでに一時間も待ちぼうけ」

 おどけるように言ってから、大杜ははぁと大きな溜め息を付いた。

「一時間って……体冷えるぞ?」

 今日は4月にしてはやたらと肌寒い。

「そうだろう? だから帰ろうと言ってるんだ」

「やっぱりそこにいるのか」

 リュックの中から聞こえてくる声に研矢が言葉を返すと、大杜はリュックを上から押さえ込んだ。

「他の人がいるところでは喋るなって、いつも言ってるのに」

「まぁまぁ、俺だし、いいだろ。もうそいつのことはわかっているからさ」

 大杜は肩をすくめた。

「それより、ここで待たなきゃなんねぇのか?」

「うん?」

「俺昼飯食ってなくてさ。腹減ってきたから、カフェでなんか食っていこうと思ってんだけど——そこで待てばどうだ?」

 大杜はスマートフォンをちらりと見やった。待ち人からの連絡はやはり入っていない。

「そうしようかな」

 そう呟いた時、液晶画面が暗くなった。
 バックライトが消えたのではなく、上空が陰ったのだ。

 ふたりは同時に空を見上げた。

 太陽の真下に、赤っぽい機体が浮かんでいた。逆光ですぐにわからなかったが、手をかざして見ると、特徴のあるフォルムが見える。

「飛行タイプの郵便配達ロボットか。珍しいな」

 それはハガキや手紙などの小さな郵便物のみを扱い、古い筒型の朱色のポストを模したユニークな形状をしている。近頃は手紙を郵便で送ることが減っているため、見かけることはほとんどない。

「ん? なんか、変……じゃないか」

 研矢は怪訝そうに眉を寄せた。

 機体が左右に揺れている気がしたからだ。

「やばい! あれ、墜落する!」

 大杜が声を上げ、ふたりで軌道を確認する。

 これが落ちていくとしたら――

「「病院前の交差点‼」」

 声が重なった。

 大杜はリュックを肩に掛け、おもむろに走り出す。

「お、おい⁉」

 研矢は慌てて声を掛けた。

 自分たちが行ったところで何かできるとは思えなかったが、大杜を一人で行かせるわけにもいかず、研矢もすぐに追い掛ける。

 中庭から門までは、本館の広い廊下を突っ切るルートが最短だ。

 大杜は躊躇なく本館に飛び込み、廊下を突っ走る。途中で何度か注意を受けたが、注意が耳に届く頃にはその場にはいない。

 受け付けを抜けて、自動ドアが開くのももどかしく外に飛び出る。

 道行く人も気付き始め、多くの人が立ち止まり、指差して空を見上げていた。

「おい、大杜! 危ないから止まれ!」

 小さな機体とはいえ、直撃を受ければ命に関わるし、爆発するかもしれない。落ちる場所によっては二次災害発生だ。

(あいつ、足早いな)

 研矢は大杜の背中を追い掛けながら思った。足に自信のある自分でも、ほとんど差が縮まらないのだ。

 突如、郵便配達ロボットの背後に黒い機影が見え、それがものすごいスピードで滑空してきた。

「警官ロボットか⁉」

 研矢が叫ぶと、大杜も立ち止まり、一緒に空を見上げた。

 警官ロボットの数はずいぶんと増えていたが、上空でパトロールを行うロボットの数はまだ少ない。だが身にまとっているのは、警官ロボットが着用する機動隊と同じ出動服に違いない。

「彼女が来たならもう大丈夫か……」

 大杜の言葉に研矢は首を傾げた。

「彼女? ——速っ‼」

 その警官ロボットは、ものすごい勢いで近付いたかと思うと、郵便配達ロボットの真上辺りで、落下するように降下した。

 大杜はふと横を向く。

 向こうから来るトラックの挙動がおかしいことに気付いたからだ。

「大杜?」

 大杜が動いた気配を感じて研矢が振り返ると、今度は交差点に向かって走っていくところだった。

「はぁ⁉ おい‼」

 大杜がどこに向かっているのかわかり、研矢の顔が引きつった。

「あいつ!」

 スピードこそ出ていないものの、向こうからやってくるトラックはセンターラインを超えている。その先には上空を見上げる人だかりがあるが、大杜が駆けつけたとして、何ができるわけでもないだろう。

「危ねぇ!」

 その頃には、トラックに気付く者が現れ、交差点付近がにわかにパニックになった。

 大杜は走りながら、片肩に掛けていたリュックをトラックに向かって放り投げた。

 直後、トラックが横転する。スピードは出ていなかったのでさして横滑りもせずに止まったが、それでも人だかりから数メートルの距離での出来事だった。

 転んで怪我をしている老人に大杜が手を差し出している。

 研矢も駆け寄り、倒れた自転車を立てたりと、周囲に手を貸した。

 すると何かがそばに降り立った。見ると、郵便配達ロボットを片手で抱えた警官ロボットだった。

 さっき降下してきたロボットだ。ウィングは収納可能らしく、一見すると飛行タイプのロボットとはわからない。顔の作りは女性的だった。

(あれ、そういや、さっき彼女って……)

 遠目でわかるか? と研矢は不思議に思う。

 改めて郵便配達ロボットを見ると、見上げた時は小さく見えたが、実際はドラム缶のようなサイズだった。

(パトロール中だったのか? 助かったな。こんなものが墜落していたら、ヤバかったかもな……)

 間に合ってくれて本当に良かったと思っていたら、

「ご無事で何よりです」
 警官ロボットが優しい声で大杜に向かって言った。まるで恋人に話しかけるような、柔らかな口調だ。

「あとは私にお任せください」

「ありがとう、ケリア。間に合ってくれて、本当に助かったよ」

「いいえ。大事にいたらず、またお怪我もなく安心しました。それにしても――アイビー‼ どこだ⁉ 貴様、なんのために付いている⁉ ボスを危険にさらすなど……この役立たずが‼」

 突如ドスの効いた声になり、研矢はぎょっとする。周囲にいた人だかりはおおむね散ったが、まだ一部近くにいた人間は、同じように驚いて見ている。

「ボス?」

 場違いなワードに、研矢が呟いた。

「そうだ、アイビー! 運転手は⁉」

 トラックのドアにはアイビーがぶら下がっていた。

「大丈夫だ。衝撃はさほどなかったはずだし、シートベルトも問題がない。人だかりに気を取られて脇見をしたのだろう。――タイト、怪我はないな?」

「平気だよ」

 そうしてる間に、ケリアがトラックのドライバーを運転席から救出した。

 遠くからパトカーのサイレンが聞こえ出す。

 病院の方からは、医療関係者と思われる者が数名やってきた。準備のよいことに、ストレッチャーや車椅子を用意していた。

「救急の通報を受けて来ました。騒々しいですね」

「シラー、怪我人が何人か見受けられるから、病院で手当てしてあげて。トラックのドライバーの方もね。あとは所轄署が処理してくれると思う」

 大杜が医師ロボットに向かって言う。

「承知しました」

「ところでさ――俺、中庭で一時間待ちぼうけしてたんだけど……」

「忘れてたわけではないですよ。急患対応中だと言ってあったでしょう?」

「はぁ⁉ シラー! ボスを待ちぼうけさせただと⁉ 貴様、ボスが風邪でも引いたらどうするんだ‼」

「ケリア、声が大きい……」

 はぁと溜め息を吐きながら、大杜は何気なく研矢を見やる。

 研矢の目が点になっているのに気付き、バツが悪そうに肩をすくめた。

 遠かったサイレンが急に近付いたように感じた直後、パトカーが角を曲がってきて、数台連なるように急停止した。

 先頭から恰幅のよい警察官が飛び出してきて、警官ロボットに相対する。

「お疲れ様です。自分はこの区域の責任者、警部の二重(ふたえ)です」

 見本のような敬礼に、ケリアも美しい敬礼を返した。

「高次犯罪対策室所属、Q0(キューレイ)09(レイク)です。緊急指令により対応致しました。交通事故の検証や事後処理、怪我人などにつきましては、そちらの警察署にお任せいたします。郵便配達ロボットは制御不能で墜落の危険があったため回収致しました。調査等はこちらでさせていただきます。――ボス、それでよろしいですね?」

「うん、大丈夫だよ」

 ケリアが話の最後を大杜に振ったため、二重は怪訝そうな顔をした。

「ボス?」

「お疲れさまです。高次犯罪対策室室長の佐々城です。――では、あとはよろしくお願いします」

 敬礼をしてから、大杜は背を向けて歩き出す。

「は、えっ、ええ⁉」

 二重の驚きはもっともだと研矢は思った。

「資料はまた改めて」

 シラーと呼ばれていたロボットが大杜の背中に声を掛けると、大杜は振り向かないままに頷いてみせた。

「研矢、行こう。お昼ご飯食べるんだよね。付き合うよ」

「……もう、待つ必要なくなったんじゃないのか?」

 シラーという医師ロボットを待っていたのであれば、約束を取り直したのだから不要なはずだ。

「喉、乾いたし」

「……ま、いいか」

 あれだけ全力疾走したのだから、喉が渇いているのも事実だろうし、と研矢は大杜の隣に並んで病院へ戻った。



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   ―セクション2―
 研矢は本館と別館を繋ぐ通路に設置されたソファーに腰掛けた。
 通路は床付近までガラスで覆われていて、手入れされた中庭がよく見える。
 研矢は中庭を散歩する患者や見舞い客であろう人たちをぼんやりと見やった。
(一時間近くかけてやって来て、10分ぐらいで出てきてしまったな)
 姉に何のために来たのかと言われたことを思い返し、「まったくだな」と内心苦笑する。
 しかしそれでも、ここに足を運んだだけで稀有なことなのだ。
(落ち着いたら、腹減ってきたな)
 腹の虫も、グゥと主張し始める。
 1階のカフェで何か食ってから帰ろうか、などと考えていたとき、見知った姿が中庭のベンチにあるのに気付いた。
「大杜じゃないか?」
 ソファーから立ち上がると、研矢は中庭へ急いだ。
 近くまで来ると、やはり本人で間違いなかった。プルオーバーのホワイトパーカーに細身のジーンズを履いた大杜は、脇にリュックを置いて一人で座っていた。
 視線は散歩する人たちを見ている感じだったが、なにやら独り言を呟いている。
「あと少しだけ。大丈夫、いいんだって……」
(リュックにアイビーが入ってんのか?)
 本当にいつも連れ歩いているのだろうかと思い、研矢は少し呆れた。
「大杜」
 研矢は名前を呼んで近付いた。
 大杜は驚いて立ち上がる。
「研矢、どうしてここに?」
「そりゃお互い様のセリフだな」
「……それもそうだね」
 大杜は笑ってベンチに座り直す。先程より端に寄ったのは、横に座れということだろうと、研矢は隣に腰掛けた。
「身内がこの病院に入院してるんだ」
 研矢の言葉に、大杜は聞いてはいけないことだったかと、申し訳ない表情を浮かべる。
 研矢は首を振って見せた。
「気にすんな。別にたいしたことじゃない」
 余命一ヶ月の宣告を受けていて、大したことないはずはないが、研矢にはやはり他人事のようだった。ほとんど会ったことのない相手を、家族と思えと言われても難しい。
 研矢の口調に、深入りしないほうがよい事柄であると察して、大杜は話題を変えた。
「俺はここの医師に知り合いがいて、会う約束してて来たんだよ。でも直前で急患が入ったから待っておくように言われてさ。すでに一時間も待ちぼうけ」
 おどけるように言ってから、大杜ははぁと大きな溜め息を付いた。
「一時間って……体冷えるぞ?」
 今日は4月にしてはやたらと肌寒い。
「そうだろう? だから帰ろうと言ってるんだ」
「やっぱりそこにいるのか」
 リュックの中から聞こえてくる声に研矢が言葉を返すと、大杜はリュックを上から押さえ込んだ。
「他の人がいるところでは喋るなって、いつも言ってるのに」
「まぁまぁ、俺だし、いいだろ。もうそいつのことはわかっているからさ」
 大杜は肩をすくめた。
「それより、ここで待たなきゃなんねぇのか?」
「うん?」
「俺昼飯食ってなくてさ。腹減ってきたから、カフェでなんか食っていこうと思ってんだけど——そこで待てばどうだ?」
 大杜はスマートフォンをちらりと見やった。待ち人からの連絡はやはり入っていない。
「そうしようかな」
 そう呟いた時、液晶画面が暗くなった。
 バックライトが消えたのではなく、上空が陰ったのだ。
 ふたりは同時に空を見上げた。
 太陽の真下に、赤っぽい機体が浮かんでいた。逆光ですぐにわからなかったが、手をかざして見ると、特徴のあるフォルムが見える。
「飛行タイプの郵便配達ロボットか。珍しいな」
 それはハガキや手紙などの小さな郵便物のみを扱い、古い筒型の朱色のポストを模したユニークな形状をしている。近頃は手紙を郵便で送ることが減っているため、見かけることはほとんどない。
「ん? なんか、変……じゃないか」
 研矢は怪訝そうに眉を寄せた。
 機体が左右に揺れている気がしたからだ。
「やばい! あれ、墜落する!」
 大杜が声を上げ、ふたりで軌道を確認する。
 これが落ちていくとしたら――
「「病院前の交差点‼」」
 声が重なった。
 大杜はリュックを肩に掛け、おもむろに走り出す。
「お、おい⁉」
 研矢は慌てて声を掛けた。
 自分たちが行ったところで何かできるとは思えなかったが、大杜を一人で行かせるわけにもいかず、研矢もすぐに追い掛ける。
 中庭から門までは、本館の広い廊下を突っ切るルートが最短だ。
 大杜は躊躇なく本館に飛び込み、廊下を突っ走る。途中で何度か注意を受けたが、注意が耳に届く頃にはその場にはいない。
 受け付けを抜けて、自動ドアが開くのももどかしく外に飛び出る。
 道行く人も気付き始め、多くの人が立ち止まり、指差して空を見上げていた。
「おい、大杜! 危ないから止まれ!」
 小さな機体とはいえ、直撃を受ければ命に関わるし、爆発するかもしれない。落ちる場所によっては二次災害発生だ。
(あいつ、足早いな)
 研矢は大杜の背中を追い掛けながら思った。足に自信のある自分でも、ほとんど差が縮まらないのだ。
 突如、郵便配達ロボットの背後に黒い機影が見え、それがものすごいスピードで滑空してきた。
「警官ロボットか⁉」
 研矢が叫ぶと、大杜も立ち止まり、一緒に空を見上げた。
 警官ロボットの数はずいぶんと増えていたが、上空でパトロールを行うロボットの数はまだ少ない。だが身にまとっているのは、警官ロボットが着用する機動隊と同じ出動服に違いない。
「彼女が来たならもう大丈夫か……」
 大杜の言葉に研矢は首を傾げた。
「彼女? ——速っ‼」
 その警官ロボットは、ものすごい勢いで近付いたかと思うと、郵便配達ロボットの真上辺りで、落下するように降下した。
 大杜はふと横を向く。
 向こうから来るトラックの挙動がおかしいことに気付いたからだ。
「大杜?」
 大杜が動いた気配を感じて研矢が振り返ると、今度は交差点に向かって走っていくところだった。
「はぁ⁉ おい‼」
 大杜がどこに向かっているのかわかり、研矢の顔が引きつった。
「あいつ!」
 スピードこそ出ていないものの、向こうからやってくるトラックはセンターラインを超えている。その先には上空を見上げる人だかりがあるが、大杜が駆けつけたとして、何ができるわけでもないだろう。
「危ねぇ!」
 その頃には、トラックに気付く者が現れ、交差点付近がにわかにパニックになった。
 大杜は走りながら、片肩に掛けていたリュックをトラックに向かって放り投げた。
 直後、トラックが横転する。スピードは出ていなかったのでさして横滑りもせずに止まったが、それでも人だかりから数メートルの距離での出来事だった。
 転んで怪我をしている老人に大杜が手を差し出している。
 研矢も駆け寄り、倒れた自転車を立てたりと、周囲に手を貸した。
 すると何かがそばに降り立った。見ると、郵便配達ロボットを片手で抱えた警官ロボットだった。
 さっき降下してきたロボットだ。ウィングは収納可能らしく、一見すると飛行タイプのロボットとはわからない。顔の作りは女性的だった。
(あれ、そういや、さっき彼女って……)
 遠目でわかるか? と研矢は不思議に思う。
 改めて郵便配達ロボットを見ると、見上げた時は小さく見えたが、実際はドラム缶のようなサイズだった。
(パトロール中だったのか? 助かったな。こんなものが墜落していたら、ヤバかったかもな……)
 間に合ってくれて本当に良かったと思っていたら、
「ご無事で何よりです」
 警官ロボットが優しい声で大杜に向かって言った。まるで恋人に話しかけるような、柔らかな口調だ。
「あとは私にお任せください」
「ありがとう、ケリア。間に合ってくれて、本当に助かったよ」
「いいえ。大事にいたらず、またお怪我もなく安心しました。それにしても――アイビー‼ どこだ⁉ 貴様、なんのために付いている⁉ ボスを危険にさらすなど……この役立たずが‼」
 突如ドスの効いた声になり、研矢はぎょっとする。周囲にいた人だかりはおおむね散ったが、まだ一部近くにいた人間は、同じように驚いて見ている。
「ボス?」
 場違いなワードに、研矢が呟いた。
「そうだ、アイビー! 運転手は⁉」
 トラックのドアにはアイビーがぶら下がっていた。
「大丈夫だ。衝撃はさほどなかったはずだし、シートベルトも問題がない。人だかりに気を取られて脇見をしたのだろう。――タイト、怪我はないな?」
「平気だよ」
 そうしてる間に、ケリアがトラックのドライバーを運転席から救出した。
 遠くからパトカーのサイレンが聞こえ出す。
 病院の方からは、医療関係者と思われる者が数名やってきた。準備のよいことに、ストレッチャーや車椅子を用意していた。
「救急の通報を受けて来ました。騒々しいですね」
「シラー、怪我人が何人か見受けられるから、病院で手当てしてあげて。トラックのドライバーの方もね。あとは所轄署が処理してくれると思う」
 大杜が医師ロボットに向かって言う。
「承知しました」
「ところでさ――俺、中庭で一時間待ちぼうけしてたんだけど……」
「忘れてたわけではないですよ。急患対応中だと言ってあったでしょう?」
「はぁ⁉ シラー! ボスを待ちぼうけさせただと⁉ 貴様、ボスが風邪でも引いたらどうするんだ‼」
「ケリア、声が大きい……」
 はぁと溜め息を吐きながら、大杜は何気なく研矢を見やる。
 研矢の目が点になっているのに気付き、バツが悪そうに肩をすくめた。
 遠かったサイレンが急に近付いたように感じた直後、パトカーが角を曲がってきて、数台連なるように急停止した。
 先頭から恰幅のよい警察官が飛び出してきて、警官ロボットに相対する。
「お疲れ様です。自分はこの区域の責任者、警部の|二重《ふたえ》です」
 見本のような敬礼に、ケリアも美しい敬礼を返した。
「高次犯罪対策室所属、|Q0《キューレイ》ー|09《レイク》です。緊急指令により対応致しました。交通事故の検証や事後処理、怪我人などにつきましては、そちらの警察署にお任せいたします。郵便配達ロボットは制御不能で墜落の危険があったため回収致しました。調査等はこちらでさせていただきます。――ボス、それでよろしいですね?」
「うん、大丈夫だよ」
 ケリアが話の最後を大杜に振ったため、二重は怪訝そうな顔をした。
「ボス?」
「お疲れさまです。高次犯罪対策室室長の佐々城です。――では、あとはよろしくお願いします」
 敬礼をしてから、大杜は背を向けて歩き出す。
「は、えっ、ええ⁉」
 二重の驚きはもっともだと研矢は思った。
「資料はまた改めて」
 シラーと呼ばれていたロボットが大杜の背中に声を掛けると、大杜は振り向かないままに頷いてみせた。
「研矢、行こう。お昼ご飯食べるんだよね。付き合うよ」
「……もう、待つ必要なくなったんじゃないのか?」
 シラーという医師ロボットを待っていたのであれば、約束を取り直したのだから不要なはずだ。
「喉、乾いたし」
「……ま、いいか」
 あれだけ全力疾走したのだから、喉が渇いているのも事実だろうし、と研矢は大杜の隣に並んで病院へ戻った。