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2話 土地神様と僕らの特訓 その二

ー/ー




 神社を出発した僕らは早速ランニングを始めることになった。
 とはいえ、イザがミジンコレベルの体力なのは知っている。ということで神社からそこまで距離の無い僕の家辺りを目標に一旦軽く走ることになったのだが……

「はぁ、はぁ……ごほっ」
「嘘だろお前」

 目の前で死にかけているミジンコ以下の体力を持つ女を見下ろしながら、絶句した。
 神社から僕の家までは大体歩いて十分程度の距離だ。そこを軽く走った程度にも関わらず、イザは長距離走を走った後かのように家の近くの道端でへたり込んでしまっていた。

「イザクラ先輩、大丈夫か? ほら、水だ」
「ありがとう。……今日はここまでね。皆、付き合ってくれてありがとう」
「オイやりきった顔すんな。お前の家の辺りまで回って神社まで帰るぞ」
「ば、馬鹿な!? 今ので三日分は体力使ったわよ!?」
「どんだけ動かずに一日を生きてんだお前は」

 そこまで動かないのはナマケモノかカメレオンかお前くらいだろ。

「彫刻の様に動かない先輩も素敵だと思うが……鍛錬の軛の際(体育の授業中)はどうしているんだ?」
First Running(最初の助走)の後よくブッ倒れて運ばれてるヨ」

 なんてこった。中学の時から変わってねえ。
 最初は身体が極端に弱いのかと思ってたけど、後から単純な運動不足だったと判明したんだよね。流石にあの頃よりマシになってると思ってたんだけど……高校に入ってからは授業が男女別だから全然知らなかった。

「中学時代からまるで成長していない……」
「誰が小さいままだって?」
「体力の話だバカタレ」

 見当違いの怒りを抱えている小さいミジンコの顔面にタオルを叩きつけた。キレてないで己の状況を嘆け。
 とりあえず、このまま道端でたむろしているわけにもいかない。かといってイザは体力が切れているので走ることはできない。
 というわけで仕方なく、休憩がてら徒歩で移動することになった。

「そういえば、先程マトイさんが来る前……神社でキリさんは何をしていたんだ?」

 道すがら、リンギクさんがそんな疑問を口にしてきた。
 マトイさんが来るまでの神社のキリさん? そんなの……

「落ち込んでたね」
「オチンコデテタネ」
「ぶふぉっ」
「イザ、ダイジョブ?」
「アンタわざとでしょ……くっ……」

 イザにサラの言い間違いが刺さって噴き出した。
 相変わらず単純な下ネタに弱い。てか結構余裕出てきたし、少ししたら走り直すか。

「それは見ていれば分かった。ただ、落ち込みながらも小石に向かって手を翳していたように見えたが……」
「エット、たしか……ワタシ達がTrainingするって言タら、キリチャンもレンシューって言テタヨ」
「キリさんも練習? どういうことだ?」
「神通力の特訓するんだってさ」

 キリさんは神様が使える超能力……神通力を持っている。
 その力は多岐に渡るもので、人の心を読んだりテレパシーのように脳内に語りかけたり……重い物でも動かせる念動力といった色々なことが出来る便利な特殊能力だ。
 しかし、当の土地神様はその力を上手くコントロールすることができておらず、僕やこの場にいない親友のフキは初対面で空に向かって投げ飛ばされたりもしていた。

「ふむ。流石は土地神様……勤勉なのだな」
「コントロールできないと人が死にかねないからね」
「勤勉であってもらわねばかなり困るな!?」

 実際僕とフキは死にかけたからな。

「先月のこともあったし、気にしてるのかもしれないわね。あの神様の性格的に役に立てなかったと思っててもおかしくない気がするし」
「そうかな? 脱出する時も頑張ってくれたし、十分助けてくれたと思ってるけど……」
「ソレ以外の活躍(カツヤク)ダト……イザをオシタオシてたくらい?」
「その話、詳しく聞かせてくれないか」
「嫌よ」

 この女、即答である。
 まあイザが押し倒された話はともかく、フキの家で何があったかくらいは話してもいい気がするけど……あ、そうだ。

「じゃあ走りながら話そうか。イザ、勝手に話されるのが嫌なら着いてきな」(ダッ)
「成程、いい考えだなソウビキ先輩!」(ダッ)
「Chase Gameだー!」(ダッ)
「アンタらのそういうとこ腹立つわぁ!?」
 
 こうして僕らの追いかけっこが始まり、途中で何度も体力の限界を迎えるイザを介護しながら町を回って神社まで駆け抜けるのだった。



         〇〇〇



「ふう、いい汗かいた」

 神社の鳥居を潜り、汗を拭いながら一息つく。
 まさか最後の最後に全力で競争することになるとは……まあ男女差もあって僕が余裕で一着だったけど。
 サラの提案とはいえ本気を出し過ぎた。皆が来るまで社の裏で休んでおこう.


「​……あれ?」

 スポーツ飲料を口にしながら社に視線を向けると、その光景に違和感を覚えた。
 社の拝殿前の段差でマトイさんが腰掛けているのは見える。しかし、キリさんの姿が無いのだ。

「マトイさ───」

 とりあえずマトイさんに声を掛けながら近づいてみると、布巻怪人は自身の口元(なのかは定かではないが位置的に多分その辺)に人差し指を当てた。
 よく分からないけど静かにした方がいいみたいなので、すぐに口を噤んだ。
 一体どうして……

「……あっ」

 近くまで行くと、静かにしなければならない理由がすぐに分かった。
 マトイさんの膝の上で真っ白い小さな生き物が丸くなって寝息を立てているではないか。
 な、なんだこの小さい命は。犬……だろうか?
 何の生き物なのかはよく分からないけど、その寝姿は凄まじい愛くるしさだ。

「さっき寝たトコだから、静かにしてあげてね」
「は、はい。あの、この可愛い生き物は一体……?」
「ン? あァ、コレは──」


「オッシャァ!! I’m WINNER!!」
「負けた───っっ!!」


 ……マトイさんの言葉に被さるように、鳥居の方からバカでかい声が突っ込んできた。

「エゾノ先輩、素早いのだな! 何かスポーツでもやっておられるのか!?」
「ナニもしてナイヨ! あ、オバァチャンのCyclingに付き合ったりしてるからカモ?」
「お祖母様も健脚なのだな。素晴らしいことだ!」

「「アッハッハッハッハッ!!」」

 うむ、とてもうるさい。
 走ったせいでテンションが上がっているのか、いつもよりさらにうるさい気がする上、あの赤と銀の二人が揃うと余計にうるさい。片方だけでも声がでかいというのに……これが相乗効果か。

「あっ、セッチャンとマトチャ──ブフッ」
「二人とも! 只今戻っ──んぐふっ」

 二人揃ってさらに大きな声を上げながらこちらに近付いて来ていたので、両人の顔面にタオルを投げつけて封殺した。


「「か……可愛い(カワイイ)~~~!!!」」

 タオルを投げつけて黙らせた後、あらためて近づいてきた二人はマトイさんの膝上で眠る小さな生物を見て声を上げた。
 幸いさっきの騒音でも起きなかったようで、変わらず寝息を立てている。

「だから声のボリューム落とせって……」
「ああ、すまない。……いやしかし、本当に可愛らしいな。マトイさん、この子は何処で?」
「最初っからいたよ」

 最初から……ということは、僕らがここに来た時点でどこかに潜んでいたのだろうか。全然気が付かなかった。

「テカ、この子はナンテ生物ナノで?」
「狐だな。Fox」
「へ~……」
「あ、ちょっと待て」

 息を漏らしながら白い子狐に触ろうとしたサラの手を慌てて掴んだ。
 するとサラはキョトンとした顔でこちらを見てきた。

「ドッタノ、セッチャン?」
「不用意に触れたら良くないんじゃないかな。ええとアレ、なんていったっけ……」
「Oh, Echinococcus」
「そうそれ。エキノコックス」
「しかしマトイさんは普通に触れているぞ?」
「マトイさんは手袋してるし……それにマトイさんだから」
「どういう意味だい」

 あまり気にしないで頂きたい。

「……てか、イザは?」
「ソーイエバ遅いネ」
最後の戦い(レース)前には疲労困憊だったからな。道中で倒れているかもしれない。様子を見て来よう」

 リンギクさんは言うや否や、神社の外へと駆けていった。
 サラもそうだけど、あの子も大概体力あるな。僕の周りって運動できるやつがやけに多い気がする。

「ソレでマトチャン、キリチャンは?」
「え、いるじゃん」
「え?」

 マトイさんに言われてサラと一緒に周囲を見回すが、変わらず姿は見えない。
 いつかのように神通力で姿を消してるのかな。

「何してンの?」
「いや、キリさんを探してるんですけど……」
「いやいや、いるでしょ。

 そう言ってマトイさんが手のひらで指し示したのは……膝の上の白い生き物。

「……え?」
「だからコレがキリ」

 …………んん?

 あらためてマトイさんの膝の上の白い子狐をじっくりと見てみる。
 サイズは小さく、寝息と共にふわふわとした白い体毛が揺れ、犬のようなマズルがあり、ピンクの鼻と肉球が可愛さを助長させている四足生物だ。
 たしかに真っ白という点ではキリさんと同じだけど……。

「コレがキリさんってどういう……あ、そういえば」
「キリチャン、前にキツネだって言テタネ」

 そうだ。たしか前にキリさんは自分が狐だとかいう話をしてた気がする。
 聞いた時は驚いたけど、話題として出たのが一回きりだったからすっかり忘れていた。
 え、ていうか……これがマジでキリさんなの?

「でもどうしてこんな姿に?」
「練習で力使いすぎてバテたみたいだな。疲れてるだけだから多少休めばいいだけサね」

 それを聞いてちょっと安心した。
 この状態も可愛いけど、いつもの姿じゃないと落ち着かないからね。

「……へぷしっ」

 そんな話をしていると、犬がするようなクシャミが聞こえてきた。
 音の主はマトイさんの膝の上の白生物……というかキリさんである。彼女は顔を拭うように両前足で目元を擦ると、ぼんやりと目を覚ました。

「ア、起キタ」
「あぇ? ……おはようございます」

 キリさんはマトイさんの膝から降りると、微妙に寝ぼけた声で狐姿のまま(こうべ)を垂れた。

「……ん?」

 頭を下げた状態で何かに気が付いたような声を漏らす。
 それから自分の前足を確認するように無言でまじまじと見つめて……身体を発光させた。

「おっと……あ、元に戻った」

「…………」

 全身が光に包まれた後、光は大きくなり……やがてキリさんの姿がいつものアルビノ着物美少女に戻った。
 うん、やっぱりこっちの人間姿の方が落ち着……あれ?
 なんかキリさん、すごく顔が赤いような──

「おはようサン。よく寝てたな」
「……わ」
「わ?」


「わ、わああぁぁ───っっ!!??」


 マトイさんが寝起きの挨拶をした途端、キリさんが顔を真っ赤にして叫んだ。
 そしてその瞬間、彼女の身体が白く発光し、神通力が発動し──

 ───ズドン! と。

 大砲のような音と共に、一番近くにいたマトイさんが凄まじい勢いで遥か彼方へと吹き飛ばされていった。


 言葉を発する間もなく、布怪人は空の彼方の星となって見えなくなってしまった。
 マトイさん……短い再会だったな……。





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 神社を出発した僕らは早速ランニングを始めることになった。
 とはいえ、イザがミジンコレベルの体力なのは知っている。ということで神社からそこまで距離の無い僕の家辺りを目標に一旦軽く走ることになったのだが……
「はぁ、はぁ……ごほっ」
「嘘だろお前」
 目の前で死にかけているミジンコ以下の体力を持つ女を見下ろしながら、絶句した。
 神社から僕の家までは大体歩いて十分程度の距離だ。そこを軽く走った程度にも関わらず、イザは長距離走を走った後かのように家の近くの道端でへたり込んでしまっていた。
「イザクラ先輩、大丈夫か? ほら、水だ」
「ありがとう。……今日はここまでね。皆、付き合ってくれてありがとう」
「オイやりきった顔すんな。お前の家の辺りまで回って神社まで帰るぞ」
「ば、馬鹿な!? 今ので三日分は体力使ったわよ!?」
「どんだけ動かずに一日を生きてんだお前は」
 そこまで動かないのはナマケモノかカメレオンかお前くらいだろ。
「彫刻の様に動かない先輩も素敵だと思うが……|鍛錬の軛の際《体育の授業中》はどうしているんだ?」
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 なんてこった。中学の時から変わってねえ。
 最初は身体が極端に弱いのかと思ってたけど、後から単純な運動不足だったと判明したんだよね。流石にあの頃よりマシになってると思ってたんだけど……高校に入ってからは授業が男女別だから全然知らなかった。
「中学時代からまるで成長していない……」
「誰が小さいままだって?」
「体力の話だバカタレ」
 見当違いの怒りを抱えている小さいミジンコの顔面にタオルを叩きつけた。キレてないで己の状況を嘆け。
 とりあえず、このまま道端でたむろしているわけにもいかない。かといってイザは体力が切れているので走ることはできない。
 というわけで仕方なく、休憩がてら徒歩で移動することになった。
「そういえば、先程マトイさんが来る前……神社でキリさんは何をしていたんだ?」
 道すがら、リンギクさんがそんな疑問を口にしてきた。
 マトイさんが来るまでの神社のキリさん? そんなの……
「落ち込んでたね」
「オチンコデテタネ」
「ぶふぉっ」
「イザ、ダイジョブ?」
「アンタわざとでしょ……くっ……」
 イザにサラの言い間違いが刺さって噴き出した。
 相変わらず単純な下ネタに弱い。てか結構余裕出てきたし、少ししたら走り直すか。
「それは見ていれば分かった。ただ、落ち込みながらも小石に向かって手を翳していたように見えたが……」
「エット、たしか……ワタシ達がTrainingするって言タら、キリチャンもレンシューって言テタヨ」
「キリさんも練習? どういうことだ?」
「神通力の特訓するんだってさ」
 キリさんは神様が使える超能力……神通力を持っている。
 その力は多岐に渡るもので、人の心を読んだりテレパシーのように脳内に語りかけたり……重い物でも動かせる念動力といった色々なことが出来る便利な特殊能力だ。
 しかし、当の土地神様はその力を上手くコントロールすることができておらず、僕やこの場にいない親友のフキは初対面で空に向かって投げ飛ばされたりもしていた。
「ふむ。流石は土地神様……勤勉なのだな」
「コントロールできないと人が死にかねないからね」
「勤勉であってもらわねばかなり困るな!?」
 実際僕とフキは死にかけたからな。
「先月のこともあったし、気にしてるのかもしれないわね。あの神様の性格的に役に立てなかったと思っててもおかしくない気がするし」
「そうかな? 脱出する時も頑張ってくれたし、十分助けてくれたと思ってるけど……」
「ソレ以外の活躍《カツヤク》ダト……イザをオシタオシてたくらい?」
「その話、詳しく聞かせてくれないか」
「嫌よ」
 この女、即答である。
 まあイザが押し倒された話はともかく、フキの家で何があったかくらいは話してもいい気がするけど……あ、そうだ。
「じゃあ走りながら話そうか。イザ、勝手に話されるのが嫌なら着いてきな」(ダッ)
「成程、いい考えだなソウビキ先輩!」(ダッ)
「Chase Gameだー!」(ダッ)
「アンタらのそういうとこ腹立つわぁ!?」
 こうして僕らの追いかけっこが始まり、途中で何度も体力の限界を迎えるイザを介護しながら町を回って神社まで駆け抜けるのだった。
         〇〇〇
「ふう、いい汗かいた」
 神社の鳥居を潜り、汗を拭いながら一息つく。
 まさか最後の最後に全力で競争することになるとは……まあ男女差もあって僕が余裕で一着だったけど。
 サラの提案とはいえ本気を出し過ぎた。皆が来るまで社の裏で休んでおこう.
「​……あれ?」
 スポーツ飲料を口にしながら社に視線を向けると、その光景に違和感を覚えた。
 社の拝殿前の段差でマトイさんが腰掛けているのは見える。しかし、キリさんの姿が無いのだ。
「マトイさ───」
 とりあえずマトイさんに声を掛けながら近づいてみると、布巻怪人は自身の口元(なのかは定かではないが位置的に多分その辺)に人差し指を当てた。
 よく分からないけど静かにした方がいいみたいなので、すぐに口を噤んだ。
 一体どうして……
「……あっ」
 近くまで行くと、静かにしなければならない理由がすぐに分かった。
 マトイさんの膝の上で真っ白い小さな生き物が丸くなって寝息を立てているではないか。
 な、なんだこの小さい命は。犬……だろうか?
 何の生き物なのかはよく分からないけど、その寝姿は凄まじい愛くるしさだ。
「さっき寝たトコだから、静かにしてあげてね」
「は、はい。あの、この可愛い生き物は一体……?」
「ン? あァ、コレは──」
「オッシャァ!! I’m WINNER!!」
「負けた───っっ!!」
 ……マトイさんの言葉に被さるように、鳥居の方からバカでかい声が突っ込んできた。
「エゾノ先輩、素早いのだな! 何かスポーツでもやっておられるのか!?」
「ナニもしてナイヨ! あ、オバァチャンのCyclingに付き合ったりしてるからカモ?」
「お祖母様も健脚なのだな。素晴らしいことだ!」
「「アッハッハッハッハッ!!」」
 うむ、とてもうるさい。
 走ったせいでテンションが上がっているのか、いつもよりさらにうるさい気がする上、あの赤と銀の二人が揃うと余計にうるさい。片方だけでも声がでかいというのに……これが相乗効果か。
「あっ、セッチャンとマトチャ──ブフッ」
「二人とも! 只今戻っ──んぐふっ」
 二人揃ってさらに大きな声を上げながらこちらに近付いて来ていたので、両人の顔面にタオルを投げつけて封殺した。
「「か……|可愛い《カワイイ》~~~!!!」」
 タオルを投げつけて黙らせた後、あらためて近づいてきた二人はマトイさんの膝上で眠る小さな生物を見て声を上げた。
 幸いさっきの騒音でも起きなかったようで、変わらず寝息を立てている。
「だから声のボリューム落とせって……」
「ああ、すまない。……いやしかし、本当に可愛らしいな。マトイさん、この子は何処で?」
「最初っからいたよ」
 最初から……ということは、僕らがここに来た時点でどこかに潜んでいたのだろうか。全然気が付かなかった。
「テカ、この子はナンテ生物ナノで?」
「狐だな。Fox」
「へ~……」
「あ、ちょっと待て」
 息を漏らしながら白い子狐に触ろうとしたサラの手を慌てて掴んだ。
 するとサラはキョトンとした顔でこちらを見てきた。
「ドッタノ、セッチャン?」
「不用意に触れたら良くないんじゃないかな。ええとアレ、なんていったっけ……」
「Oh, Echinococcus」
「そうそれ。エキノコックス」
「しかしマトイさんは普通に触れているぞ?」
「マトイさんは手袋してるし……それにマトイさんだから」
「どういう意味だい」
 あまり気にしないで頂きたい。
「……てか、イザは?」
「ソーイエバ遅いネ」
「|最後の戦い《レース》前には疲労困憊だったからな。道中で倒れているかもしれない。様子を見て来よう」
 リンギクさんは言うや否や、神社の外へと駆けていった。
 サラもそうだけど、あの子も大概体力あるな。僕の周りって運動できるやつがやけに多い気がする。
「ソレでマトチャン、キリチャンは?」
「え、いるじゃん」
「え?」
 マトイさんに言われてサラと一緒に周囲を見回すが、変わらず姿は見えない。
 いつかのように神通力で姿を消してるのかな。
「何してンの?」
「いや、キリさんを探してるんですけど……」
「いやいや、いるでしょ。《《ここに》》」
 そう言ってマトイさんが手のひらで指し示したのは……膝の上の白い生き物。
「……え?」
「だからコレがキリ」
 …………んん?
 あらためてマトイさんの膝の上の白い子狐をじっくりと見てみる。
 サイズは小さく、寝息と共にふわふわとした白い体毛が揺れ、犬のようなマズルがあり、ピンクの鼻と肉球が可愛さを助長させている四足生物だ。
 たしかに真っ白という点ではキリさんと同じだけど……。
「コレがキリさんってどういう……あ、そういえば」
「キリチャン、前にキツネだって言テタネ」
 そうだ。たしか前にキリさんは自分が狐だとかいう話をしてた気がする。
 聞いた時は驚いたけど、話題として出たのが一回きりだったからすっかり忘れていた。
 え、ていうか……これがマジでキリさんなの?
「でもどうしてこんな姿に?」
「練習で力使いすぎてバテたみたいだな。疲れてるだけだから多少休めばいいだけサね」
 それを聞いてちょっと安心した。
 この状態も可愛いけど、いつもの姿じゃないと落ち着かないからね。
「……へぷしっ」
 そんな話をしていると、犬がするようなクシャミが聞こえてきた。
 音の主はマトイさんの膝の上の白生物……というかキリさんである。彼女は顔を拭うように両前足で目元を擦ると、ぼんやりと目を覚ました。
「ア、起キタ」
「あぇ? ……おはようございます」
 キリさんはマトイさんの膝から降りると、微妙に寝ぼけた声で狐姿のまま首《こうべ》を垂れた。
「……ん?」
 頭を下げた状態で何かに気が付いたような声を漏らす。
 それから自分の前足を確認するように無言でまじまじと見つめて……身体を発光させた。
「おっと……あ、元に戻った」
「…………」
 全身が光に包まれた後、光は大きくなり……やがてキリさんの姿がいつものアルビノ着物美少女に戻った。
 うん、やっぱりこっちの人間姿の方が落ち着……あれ?
 なんかキリさん、すごく顔が赤いような──
「おはようサン。よく寝てたな」
「……わ」
「わ?」
「わ、わああぁぁ───っっ!!??」
 マトイさんが寝起きの挨拶をした途端、キリさんが顔を真っ赤にして叫んだ。
 そしてその瞬間、彼女の身体が白く発光し、神通力が発動し──
 ───ズドン! と。
 大砲のような音と共に、一番近くにいたマトイさんが凄まじい勢いで遥か彼方へと吹き飛ばされていった。
 言葉を発する間もなく、布怪人は空の彼方の星となって見えなくなってしまった。
 マトイさん……短い再会だったな……。