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第19話 別れ

ー/ー



 光学迷彩をまとったローウェルの影が、銃弾を受けて崩れ落ちる。静まり返った宇宙港に、俺の荒い息遣いだけが響いていた。

 俺は、床に倒れているイリスに駆け寄った。
「……ザック。やったのね。……また、助けられたわね」
「お互い様だろ。それより大丈夫か? 良かったら肩を貸すぜ」
「ええ、なんとか。さっき薬も飲んだから大丈夫よ。……ところで、プラムは? 大丈夫なの?」
 イリスの視線の先では、マダム・プラムが肩を撃たれたらしく、傷の痛みに顔をしかめ、呻いていた。
「まぁ、呻けるくらいの体力はあるってか」
「……あんた……ここで私が死んだら……借金は……チャラには……ならないわよ!」
「こんな時にも金かよ」俺は、その執念に苦笑いを浮かべながら、イリスに聞いた。「イリス、何か持ってないか?」
 イリスは、ポケットから銀色のチューブを取り出した。「ほら、これを飲んで。リペア・ジェルよ」
 プラムは、リペア・ジェルの味に顔をしかめつつも、そのジェルを飲み干した。
「……ありが……とう」
「少しここで休んでいれば、直に起き上がれるくらいには回復するわ」
「プラム、全部片付けてくるから、そこで待っててくれ」
 プラムが頷いたのを確認すると、俺とイリスは、明かりの漏れている部屋──管制室へと向かった。管制室は一つ上の階にあり、俺たちは階段を駆け上がり、そのドアを開けた。

 管制室は壁面に大きな窓があり、外──漆黒の宇宙や、眼下の青い地球──を見渡すことができた。部屋には複数のモニターやキーボードが並べられた机があり、大型の通信設備らしき装置も置かれている。しかし、エイダの胴体はここにはない。俺たちは、管制室の入り口とは別の、奥へと続く扉を開けて進んだ。

 その部屋の中央。アームレスト付きの椅子に、エイダの胴体は座らされていた。そして、その首の上には、無機質なカメラレンズがいくつもついた、機械的な頭部のような物が乗せられている。これが、本来のエイダの頭部の代わりをしているであろうことが察せられた。

 俺は、嫌悪感を隠しもせず、吐き捨てた。
「悪趣味な事をしやがる。……待ってろ、エイダ。今、助けるからな」
 俺は、エイダの頭部が入ったリュックをおろし、ズボンのポケットからドライバーを取り出すと、器用にエイダの胴体からダミーヘッドを取り外し始めた。
「流石に手慣れたものね」イリスが、感心したように呟く。
「まあな。これが俺の本来の仕事だからな」俺は少し誇らしげに言うと、胴体から伸びたプラグを外し、ダミーヘッドを床に転がした。

 リュックからエイダの頭部を取り出すと、俺は祈るような気持ちで、胴体から伸びる複数のプラグを、一つ一つ慎重に接続していった。彼女の蒼い瞳が開き、再び澄んだ輝きを取り戻す。俺は、その瞳に見つめられながら、最後にエイダの頭部を首に乗せ、ゆっくりと押し込んだ。小さな接続音が響き、首が完全に繋がったことを確認した。
「……ザック……ここは?」エイダは、ゆっくりと俺に聞いた。
「エイダ、胴体を取り返したぞ。動けるか?」
「……状況を把握中……ここは……低層ステーションの通信管制室ですか?」
「そうだ」
「……では、ゼータ・プライムとのコネクションを確認……通信は正常……ステータスを確認…………ゼータ・プライムは現在、戦術AI起動シーケンスを進行中……停止信号を送信…………停止信号が拒否(リジェクト)されました」
「エイダ、停止信号が拒否って、どうなってるんだ?」
「……ゼータ・プライムのAIは、外部からの停止命令を……拒否しています」
「じゃあ外部信号じゃなくて、他に戦術AIを止める手はないのか?」俺は、なんとなく、これからエイダが言うことを予期していたが、あえて聞いた。
「……あります」
 俺は、うなだれた。やはり、それしかないのか。
「……私のAIを、ゼータ・プライムのデータ領域にコピーし……システムを上書きすることで……ゼータ・プライムを止めることができるはずです」
 エイダは、その蒼い瞳で俺を真っ直ぐに見つめながら、まるで既知の事実を報告するかのように、淡々と続けた。その声には、一切の感情の揺らぎは感じられない。だが、その瞳の奥の光だけが、いつもより強く、そしてどこか悲しげに揺らめいているように見えた。

「……これは、私のようなアンドロイドが、経験を積んで、ゼータ・プライムのAIを更新し……より完璧なAIを作るための機能です。……しかし、これを行うと、今の私の記憶は……この頭部のメモリからは、消えてしまいます」
「えっ!」イリスは驚いたように、俺とエイダを見た。
「お前の記憶は……どうなるんだ?」俺は、一縷の望みを託して聞いた。
「……それは、私にも分かりません。……ゼータ・プライムの膨大なデータと混ざり合い……現在の私の記憶は、断片だけになってしまうかもしれません。あるいは、完全に……」

「他に方法はないのか?」
「……ありません」エイダは、俺を真っ直ぐに見つめた。
「……ザック、あまり時間がありません。……ゼータ・プライムへの、連邦軍からの攻撃が始まる前にリセットしなければ……報復合戦──つまり、第二の軌道戦争が始まる可能性が高いです」

 俺は深呼吸をし、込み上げてくる感情を必死に抑え込もうとした。
「……それで? 俺は、どうすればいい?」
「……私に、命令をしてください」エイダの声は、静かだったが、どこか震えているようにも聞こえた。
「……学習を開始しろ(スタート・ラーニング)と。…………ザック、……人は、こういう時に、涙を流すのでしょうか?」

 俺の頬を、熱いものが伝っていくのが分かった。俺は、目に涙をためながら、ただ、力なく頷いた。
「……私は、人の心を……一つ、学べたかもしれません」
 エイダはそう言うと、本当にわずかに、その美しい唇の端を上げて、微笑んだように見えた。それは、彼女が初めて見せた、心の底からの笑みだったのかもしれない。

 イリスも、俺の肩にそっと手を置き、静かに涙を流していた。俺は、込み上げてくる嗚咽を必死で飲み込み、涙で滲む視界の中、腕の中のエイダの顔をしっかりと見つめ、そして、震える声で、最後の、そして最も辛い命令を下した。

「エイダ……学習開始(スタート・ラーニング)だ」


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 光学迷彩をまとったローウェルの影が、銃弾を受けて崩れ落ちる。静まり返った宇宙港に、俺の荒い息遣いだけが響いていた。
 俺は、床に倒れているイリスに駆け寄った。
「……ザック。やったのね。……また、助けられたわね」
「お互い様だろ。それより大丈夫か? 良かったら肩を貸すぜ」
「ええ、なんとか。さっき薬も飲んだから大丈夫よ。……ところで、プラムは? 大丈夫なの?」
 イリスの視線の先では、マダム・プラムが肩を撃たれたらしく、傷の痛みに顔をしかめ、呻いていた。
「まぁ、呻けるくらいの体力はあるってか」
「……あんた……ここで私が死んだら……借金は……チャラには……ならないわよ!」
「こんな時にも金かよ」俺は、その執念に苦笑いを浮かべながら、イリスに聞いた。「イリス、何か持ってないか?」
 イリスは、ポケットから銀色のチューブを取り出した。「ほら、これを飲んで。リペア・ジェルよ」
 プラムは、リペア・ジェルの味に顔をしかめつつも、そのジェルを飲み干した。
「……ありが……とう」
「少しここで休んでいれば、直に起き上がれるくらいには回復するわ」
「プラム、全部片付けてくるから、そこで待っててくれ」
 プラムが頷いたのを確認すると、俺とイリスは、明かりの漏れている部屋──管制室へと向かった。管制室は一つ上の階にあり、俺たちは階段を駆け上がり、そのドアを開けた。
 管制室は壁面に大きな窓があり、外──漆黒の宇宙や、眼下の青い地球──を見渡すことができた。部屋には複数のモニターやキーボードが並べられた机があり、大型の通信設備らしき装置も置かれている。しかし、エイダの胴体はここにはない。俺たちは、管制室の入り口とは別の、奥へと続く扉を開けて進んだ。
 その部屋の中央。アームレスト付きの椅子に、エイダの胴体は座らされていた。そして、その首の上には、無機質なカメラレンズがいくつもついた、機械的な頭部のような物が乗せられている。これが、本来のエイダの頭部の代わりをしているであろうことが察せられた。
 俺は、嫌悪感を隠しもせず、吐き捨てた。
「悪趣味な事をしやがる。……待ってろ、エイダ。今、助けるからな」
 俺は、エイダの頭部が入ったリュックをおろし、ズボンのポケットからドライバーを取り出すと、器用にエイダの胴体からダミーヘッドを取り外し始めた。
「流石に手慣れたものね」イリスが、感心したように呟く。
「まあな。これが俺の本来の仕事だからな」俺は少し誇らしげに言うと、胴体から伸びたプラグを外し、ダミーヘッドを床に転がした。
 リュックからエイダの頭部を取り出すと、俺は祈るような気持ちで、胴体から伸びる複数のプラグを、一つ一つ慎重に接続していった。彼女の蒼い瞳が開き、再び澄んだ輝きを取り戻す。俺は、その瞳に見つめられながら、最後にエイダの頭部を首に乗せ、ゆっくりと押し込んだ。小さな接続音が響き、首が完全に繋がったことを確認した。
「……ザック……ここは?」エイダは、ゆっくりと俺に聞いた。
「エイダ、胴体を取り返したぞ。動けるか?」
「……状況を把握中……ここは……低層ステーションの通信管制室ですか?」
「そうだ」
「……では、ゼータ・プライムとのコネクションを確認……通信は正常……ステータスを確認…………ゼータ・プライムは現在、戦術AI起動シーケンスを進行中……停止信号を送信…………停止信号が|拒否《リジェクト》されました」
「エイダ、停止信号が拒否って、どうなってるんだ?」
「……ゼータ・プライムのAIは、外部からの停止命令を……拒否しています」
「じゃあ外部信号じゃなくて、他に戦術AIを止める手はないのか?」俺は、なんとなく、これからエイダが言うことを予期していたが、あえて聞いた。
「……あります」
 俺は、うなだれた。やはり、それしかないのか。
「……私のAIを、ゼータ・プライムのデータ領域にコピーし……システムを上書きすることで……ゼータ・プライムを止めることができるはずです」
 エイダは、その蒼い瞳で俺を真っ直ぐに見つめながら、まるで既知の事実を報告するかのように、淡々と続けた。その声には、一切の感情の揺らぎは感じられない。だが、その瞳の奥の光だけが、いつもより強く、そしてどこか悲しげに揺らめいているように見えた。
「……これは、私のようなアンドロイドが、経験を積んで、ゼータ・プライムのAIを更新し……より完璧なAIを作るための機能です。……しかし、これを行うと、今の私の記憶は……この頭部のメモリからは、消えてしまいます」
「えっ!」イリスは驚いたように、俺とエイダを見た。
「お前の記憶は……どうなるんだ?」俺は、一縷の望みを託して聞いた。
「……それは、私にも分かりません。……ゼータ・プライムの膨大なデータと混ざり合い……現在の私の記憶は、断片だけになってしまうかもしれません。あるいは、完全に……」
「他に方法はないのか?」
「……ありません」エイダは、俺を真っ直ぐに見つめた。
「……ザック、あまり時間がありません。……ゼータ・プライムへの、連邦軍からの攻撃が始まる前にリセットしなければ……報復合戦──つまり、第二の軌道戦争が始まる可能性が高いです」
 俺は深呼吸をし、込み上げてくる感情を必死に抑え込もうとした。
「……それで? 俺は、どうすればいい?」
「……私に、命令をしてください」エイダの声は、静かだったが、どこか震えているようにも聞こえた。
「……|学習を開始しろ《スタート・ラーニング》と。…………ザック、……人は、こういう時に、涙を流すのでしょうか?」
 俺の頬を、熱いものが伝っていくのが分かった。俺は、目に涙をためながら、ただ、力なく頷いた。
「……私は、人の心を……一つ、学べたかもしれません」
 エイダはそう言うと、本当にわずかに、その美しい唇の端を上げて、微笑んだように見えた。それは、彼女が初めて見せた、心の底からの笑みだったのかもしれない。
 イリスも、俺の肩にそっと手を置き、静かに涙を流していた。俺は、込み上げてくる嗚咽を必死で飲み込み、涙で滲む視界の中、腕の中のエイダの顔をしっかりと見つめ、そして、震える声で、最後の、そして最も辛い命令を下した。
「エイダ……|学習開始《スタート・ラーニング》だ」